花咲川文化祭編
突入
Prrrrrr,Prrrrrr,Prrrrrr…
「……んぇ?」
何ともだらしない声だがそれも仕方ないだろう。
ただ今朝の5時半。本来ならまだ寝てる時間だ。
だが起こされた。俺の安眠を妨害したのは例の如く俺のスマホだが、おかしい。この音は俺の設定したアラームではない。というかそもそもこんな時間に設定してない。
ぼんやりとした感覚でスマホを手に取る。
『氷川日菜』
画面のど真ん中に表示されているのはそんな名前。
「…………………なんでこんな時間に電話なんか……」
さっきからけたたましく鳴っているのは、アラームではなく日菜先輩からの着信だった。
なかなかうるさい。仕方ないなと、応答ボタンを押そうとしたら、向こうから切られてしまった。
「…………」
……まぁいいか。どんな理由で電話をかけてきたのかは知らないけど、こんな時間だ、「寝てました」で済むだPrrrrrr,Prrrrrr…
「……またか」
またしてもがなりだすスマホ。コレがいつまで続くのか分からんし、出た方が手っ取り早いか…。
今度こそ応答ボタンを押す。
『…お? あ、出たー!』
『………………なんすか』
『あっはは! 声凄いねぇ。ぁ、おはよう佳君!』
『………………おはざいます』
『…佳君、朝弱いのー?』
『………弱いっていうか、ついさっきまで寝てたし………。今…何時だと思ってんすか…』
『え? えー……とね。5時半!』
『正解…。よく出来ました…』
『えへへ』
『褒めてないんですけどね…。で? こんな時間にかけてくる用事ってなんです…?』
『あそうそう! あのね? 今日っておねーちゃんの学校の文化祭でしょ?』
『っすね』
『んでね、おねーちゃんのクラスに一緒に行きたいなーって』
『はぁ……。……?…………あ俺とすか…?』
『そう! 佳君と!』
『別にいいですけど……。でもアレなんですよね…』
『んにゅ?』
『同じクラスの白…燐子さんに「来るな」って言われてるんですよね……(んにゅ…?)』
『あー……大丈夫!』
『…何がすか?』
『あたしもおねーちゃんに「来なくていいわ」って言われてるから』
『全然大丈夫ちゃいますやん……』
『えー。だってメイドだよ?』
『いやだからって……………………………はん?』
『ん?』
『今なんて?』
『ん?』
『そっちじゃない。その前です』
『だってメイドだよ…?』
『メイ…ド?』
『あれ? 聞いてなかったの? おねーちゃんのクラスの出し物ね…』
『ま、まさか……』
『"メイド喫茶"なんだって♪』
『おはようございますっ』
『わー! 急に元気じゃん♪』
『もしかして接客の方っすかね』
『詳しくは聞いてないけど…。昨日の夜、部屋でこっそりメイド服試着してたから多分……』
『(ガッツポーズ)』
『顔赤くしちゃってて可愛かったんだよ〜!』
『決まりですね』
『さっすが佳君! あ、おねーちゃんの担当は多分午後からだから』
『多分?』
『午前中は風紀委員の仕事ーって言ってたからね』
『なるほど』
『うんっ。それじゃあそーゆー事だから!』
『アイサー』
通話終了。
「……なるほどね」
自室から出て、リビングに向かいながら考える。
昨日の紗夜さんと燐子さんの態度。アレはそういう事だったのか。
まぁ確かに? 自身のメイド姿を見せるなんて恥ずかしいものだ。俺だって……いや、俺はメイド服着ねえだろ。男だし。
クラスの出し物とはいえ、紗夜さんも良く了承したな。…きっと押し切られたようなもんなんだろうけど。
メイド服かぁ……。
「行かなきゃ(行かなきゃ)」
行かなきゃ。
俺の目はもう冴えに冴えていた。
文化祭への期待が大きくなる。
「………………」
だが……。
『だから……。無理、なんだってば…っ』
それ以上の不安は消えてはくれない。
期待感と不安感が渦をまくように、俺の中でグチャグチャと混合する。
いつの間にか用意していたブラックコーヒーを意味もなく掻き混ぜながら、俺は沙綾の決断に思いを馳せる。
「……にゃん」
「…あぁ、おはよ。お前も今日は早いな」
しょうゆの顎を撫でながら俺はコーヒーを啜る。
「………」
俺ができることは、沙綾を信じることだけ。
確証なんてないけど、沙綾ならきっと決断してくれると信じている。
ほんと、何の確証も無いんだけれど。
『ごめんなさ〜い。今日の最下位は━━━━━』
何の気なしに付けたテレビ。こんな時間の朝のニュースなんて見たことないが、ちょうど占いコーナーが流れている。
『━━━━━乙女座の方〜…』
「……」
俺じゃん。
占いなんて信じちゃいないが、聞かされてしまっては気分も落ち込む。
『そんなあなたの運勢を変えるラッキーアイテムは〜━━━━━━━━━━自分の愛用している物!』
「……」
『それを持ち歩けば…今日1日がハッピーになるかも!』
「…………ハッピーねぇ…」
胡散臭い。そもそも信憑性なんてないのだが、そう思ってしまう。
「……愛用している…物」
コーヒーを啜りながら考えてみる。愛用……愛用ねぇ…。
パッと出てこない。まだ頭が冴えきっていないのかもしれない。
「…にゃ」
すると。しょうゆが俺の腕から離れ、リビングから出ていく。
猫は気まぐれだ。別に不思議に思うことでもない。
だが、数秒して帰ってきたしょうゆを見て、俺は不思議に思わざるをえなかった。
「……」
「……………なんでお前…。俺のスティックなんか咥えてんだ…?」
俺のドラム用スティック。その片割れを咥えて来たしょうゆ。ずっと一緒に生活してきた間柄だが、こんな意味不明な行動は珍しい。
しょうゆは咥えていた片方のスティックをカチャンと床に置くと、すぐさまリビングから出ていき、またしても残りのスティックの片割れを咥えて帰ってきた。
「……にゃん」
「…? さっきから何やってんだ?」
わからん。しょうゆの意図が汲み取れない。コイツは昔から賢かったから、この行動にも何かしらの意味があるもんだと思ってるんだがな…。
「……」
俺が困惑していると、しょうゆはテレビの画面を見つめる。
『いやぁ〜私最下位でしたよー』
『なら、何か愛用の道具を持ち歩いてはいかがでしょうか! では次のコーナーです━━━━━』
ゲストとキャスターの会話が耳に入る。
……愛用?
…!
「だからスティックか…!」
「んにゃん」
確かに。スティックは俺の中で愛用と言って差し支えない。まぁ、ドラマーにとっちゃ必要不可欠なモノだからな。
にしたって賢いなお前は。ほんとに猫か?
「にゃ」
ミミをピコピコさせながら寄ってくる。愛いやつめ。
「……にゃんにゃん」
「あー…アレか? そのスティックを持ってけって?」
「にゃん」
コイツ。占いの内容を理解して、その通りにしようとしてるのか。
しょうゆが占いに興味を持ったことは驚きだ。そんなに俺の運勢の悪さを心配したのか? たかがニュースのミニコーナーなのに…。
まぁでも。せっかく持ってきて貰ったんだ。どうせ使わないだろうが、手提げにでも入れておくか。
「ありがとさん」
「…にゃふ」
俺は膝の上に乗ってきたしょうゆの背中を撫でながら、空いた手で無意識にスティックを回す。
時刻は6時前。
咲祭の一般開放は午前9時。それまでは暇だな。
今思えば。日菜先輩の電話の内容って、別に朝早くにする必要もない気がするのは気のせいだろうか。
そんな考えても分からないことをボーッとした頭で考える。
「……………着替えよ」
まだ時間はある。ゆっくり支度して、お昼は………文化祭でなんか食えるだろ。
俺はテレビを消して部屋に戻る。
その1時間後。1件のメッセージがスマホに入る。
『佳夏。花咲川の正門前で9時に待ち合わせねー。遅れちゃダメだよ♪』
◇◇
「遅れちゃダメって言ったのに」
「…すんません。花女に来るの初めてなんで」
「女の子を待たせるのは関心しないぞー」
「……さーせん。なんか奢るんで許してつかぁさい」
「なら私にも奢って貰おうかしら」
「あ、じゃああこもー!」
「ぴえん」
午前9時を5分程過ぎた頃。急に待ち合わせをすることになったRoselia羽丘組と、花女の正門で合流する。
正門にはデカデカとアーチの看板。そこにはこれまたデカデカと"咲祭"の文字。正門から校舎へと続く大通りも、幾つもの店や看板、接客や宣伝なんかの人ですでにごった返しのような状態。
コレが文化祭か。どこもかしこも色とりどり。祭り感を全面に押し出した装飾は華やかだった。
一般開放直後だというのにこの人混み。花咲川の文化祭はここらでは有名…なんて事を有咲達から聞いたが。なるほど、コレは頷ける。
「それじゃあ行こっか!」
「はーいっ!」
リサ先輩の言葉と共に正門をくぐる。
歩きながら辺りを見回すが、飲食系の出店が目立つ。一応朝食は抜いて来たので、正直食う気は満々だ。腹減った。
「ねーねー友希那さん! あの店のクッキー美味しそうですよ」
「クッキー? リサので間に合ってるわ」
「あ、猫のもある」
「ちょっと見ていきましょう」
手の平くるっくるですね。猫パワー恐るべし。
「ね、ねぇ……佳夏」
「? はい」
早速出店を覗くあこと友希那先輩を眺めていると、リサ先輩がコチラをチラチラと覗きながら聞いてくる。
「その服ってさ…」
「あぁ…はい。先輩の選んでくれた服です」
そう。俺の今の服装は、この前リサ先輩とデートした時に選んで貰ったコーデ。ようやく日の目を浴びる時が来た。
「! やっぱりっ!」
それを聞いた途端にパァっと顔を上げる先輩。
「うんうん! やっぱり似合ってるよ♪ 印象がすっごい大人っぽいから、待ち合わせの時一瞬分からなかったよ〜」
「本当はいつも通りの服で行こうかなって思ってたんですけど…。リサ先輩から連絡来たのを見て…コレにしました」
「……// あははっ。ありがと!(嬉しい…っ)」
少しだけコッチに寄ってくる先輩。薄くメイクした先輩の顔はほんの少しだけ赤くなっていた。
「せっかく選んでくれたんで…。先輩にも見せたかったし」
「……うん。かっこいいよ♪ 佳夏っ」
満面の笑みで言われるとやっぱ照れるな。着慣れない服だからか、余計に緊張している気がする。……別に変じゃないよね…?
「先輩もその服……」
「んふふ♪ そーだよ? 佳夏が選んでくれたヤツ!」
やっぱり。俺も待ち合わせの時に気が付いた。
ブラウンの開襟の長袖シャツに膝下まである黒のスカート。やはりというかなんというか。着こなし具合が半端ない。暗めの色合いが、大人っぽさに拍車をかける。
先輩は全身が見えるようにクルクルと回って見せた。
「……どう? 似合ってる…?」
「えぇ…めっちゃ綺麗です」
言ってて顔が熱くなるのを感じる。綺麗、なんてそうそう使わない単語だからだろうか。
「〜〜////(あぁ〜…っ。分かってたけどやっぱ照れる…っ!//)」
途端に背中を見せて動かなくなる先輩。
「大丈夫すか…?」
「大丈夫大丈夫! モーマンタイだよっ」
ブンブンと手を振る先輩はあまり大丈夫そうには見えない。体育祭の時よりか涼しい今日だが、日は照っている。少しばかり暑いのかもしれない。
「リサ姉なにしてるのー?」
「(モグモグ)…リサのクッキーには及ばないわね」
そこへあこと友希那先輩がやってくる。……もう食ってんすか先輩。
「んーん、なんでもないっ。ていうか友希那? 食べ過ぎるとお昼ご飯入らなくなっちゃうよ?」
「………そうね…。あこ、残りは……あげるわ……………くっ…!」
「……なんで友希那さん、猫のクッキーだけ残してるんですか?」
可愛くて食べられなかったのか…? だったら買わなきゃいいのに…。
「そろそろ中入りません?」
「そうだね。ほーら友希那? 行くよ〜」
「ん〜♪ クッキーおいしー」
「にゃ……にゃーんちゃん……」
◇◇
「うっひゃ〜…」
「佳兄ー。すっごい人いっぱいだよ」
校舎の中は外以上の人混みだった。
まぁこれだけの閉鎖空間なら人口密度が上がるのも当然だな…。迷子にならなきゃいいけど。
「あれ? 佳兄?」
「ん?」
「…佳兄?」
「……アレ?」
俺は辺りを見回す。
「……ヤバい」
コレは…。
「どうしよリサ姉!」
「どうしよう俺」
「「(佳兄)(あこ達)がどっか行った」」
俺は1人だった。
さっきまでいたRoselia羽丘組が忽然と姿を消す。どこ行った? いや俺がどっか行ったのか?
なんにせよ。なってしまった……迷子に。
「…うそん」
どこで分断されたのか分からない。初めて来た学校だし、立地も構造も分からないからな…。
とりあえず今来た道を戻ってみるか……。いやその前にスマホで連絡を…………
充電0%
なぁにぃ……?
ウッソだろ? 俺昨日充電してなかったっけ? …ダメだ思い出せん。
……アレアレ?
「……ここ何処?」
さっきまでの場所と違う。考え事しながら歩いていたからか…?
こんな場所、俺は知らない。
………マズい。
悪い事が連鎖的に起こっている。不注意がすぎるぞ。
『今日の最下位は━━━━━乙女座の方〜』
………いや、それはさすがに考えすぎだろ。たかが占い。当たるわけもない。
まずは落ち着け。冷静に対処しろ。
今いる場所は…窓の外を見る限り1階だな。当然だろ、階段使ってないし。
近くのクラスは大体3年生のクラス。先輩達が3年のクラスに行くことは…多分ない。知り合いいないだろうし。多分だけど。
なら2年か1年。恐らく上の階に行ったな。
階段を探せ。まずは上の階へたどり着かなくては。
「? あ、けいけい?」
「…んぁ?」
いざ移動…と思った矢先。身に覚えのある敬称で呼び止められる。
「…! 北沢かっ」
「あー! やっぱけいけいじゃん! 来てくれたんだね」
そこには商店街の元気っ子。北沢はぐみが、「1-Aカフェ」と書かれた看板を抱えて佇んでいた。
「あぁ。遊びに来た」
「よーこそいらっしゃい!」
笑顔を振りまく彼女を見つけた瞬間、俺は安堵する。やっぱこういう状況で知り合いに会えるのは安心するな。
松原さんの事も含め、もしかしてコイツは迷子の人間に巡り会える能力でも持ってるのか?
北沢に会えたのは幸運だが、別に迷子が解消された訳じゃない。ちょうど良い。北沢にヘルプを求めるか。
「…なぁ北沢」
「どしたの?」
「上の階に行きたいんだが、階段は何処だ?」
すると北沢はう〜んと何かを数秒考えた後、「あ!」と声を出して俺の手をむんずと掴む。
「
「……? いや、2階に上がれれば…」
「コッチだよっ!」
「うぐぇっ」
ギュンっと腕を引っ張られ、殴られた時のような声を漏らす俺。
力強く俺を導いてくれる北沢を見て思い出す。
コイツもハロハピなのだと。
◇◇
北沢に引き摺られること約1分。(北沢の)目的地に到着する。
階段を駆け上がり、3階までやってきた俺の目の前には、「1-Aカフェ」と書かれた看板と。
「1-Aでカフェをやっていまーす! あっ! そこにいるのはケーナさんではありませんか!」
黄色いエプロン姿のイヴがいた。
「…よう」
「イヴちん! お客さん連れてきたよ!」
「さすがハグミさんです! ケーナさん、ご来店ありがとうございます!」
「あ、あぁ…」
そもそもココに来る予定ではなかったからか、少しばかり申し訳無さが滲み出てくる。とりあえず上階をブラブラしていればリサ先輩達と合流できると思ったんだが…。
「…あれ? 佳夏君?」
どうしたものかと頭を悩ましていた俺の後ろで、誰かが俺の名前を口にした事に気付く。
「……りみか」
「う、うん。えっと…いらっしゃい?」
「ここってりみのクラスでもあったのか」
「あはは。そうだよ」
イヴ同様黄色いエプロンをかけ、カフェラテパウダーの詰め合わせを抱えたりみの姿が。
「寄ってく? 佳夏君」
「……」
まぁ、知り合いのいるクラスには一応寄っていきたい気持ちはあったし、この際だ。迷子の途中だが早速一息入れさせて貰おうかな。
ゴメン先輩。ちょっち休憩。
「あぁ、お邪魔しようかな」
「うんっ。こっちだよ…!」
「お客さんゲットー!」
「おひとり様ご案内です!」
北沢とイヴに背中を押されながら入り口に向かう。
「「「いらっしゃいませー!」」」
店内…というかクラス内というか、とりあえず1-Aカフェはそれなりに繁盛しているようだった。
花女の生徒はもちろんのこと、羽丘生の姿や大人のお客さんまで確認できた。
そしてほんのり香るパンとコーヒーの匂い。お客さんのいるテーブルにはチラホラとパンが見えている。……アレは…やまぶきベーカリーのパンか?
「香澄ちゃん。佳夏君来てくれたよ」
「えっ! ホントだっ」
りみの呼び声にハイテンションで振り向いたのは香澄。どうやら接客担当らしい。やはり黄色いエプロンを装備している。
バッとコチラを目視で確認した香澄は目の前のお客さんと一言二言やりとりをした後、駆け足で俺の元へやってきた。あんまり走ると危ないぞ。そしてあいも変わらず近いんだなこれが。
「いらっしゃい! 佳夏君っ。来てくれたんだねっ!」
「おう」
「………むむ」
「? なんだよ」
「……佳夏君の私服、初めて見た…」
「うぇ? あぁ…そうかもな」
ニコニコ笑顔でやってきたかと思ったら、今度は「ふむふむ」と呟きながら俺の全身を眺める。
「…なんだ? なんか変か…?」
先輩は似合ってると言ってくれてはいるが、やはりどこか違和感があるのだろうか。
「ううん! 全然っ。なんかね、いつもと雰囲気がちょっと違ってて」
「そうか…?」
「そうだよ! いつもよりキラキラしてるっ!」
キラキラ? 俺は発光したりしないぞ。
……なんて、分かりきってるツッコミはしない。大方"目立ってる"と言いたいのだろうか。…目立ってるのか? なんかそれはそれで嫌だな。
「香澄ー。その人ってもしかして彼氏?」
「身長高ぁ…年上?」
「うっそ!? 香澄は恋愛とか興味無いと思ってたのに…!」
「ちょっとイケメンかも…」
「えぇ〜! どうやって知り合ったの??」
俺たちの事が気になるのか、他のクラスメイトの女子が囃し立てる。どうも色々と勘違いがすぎるようだが。
「え?……………………………えぇっ!?///」
クラスメイトの言葉にキョトンと返した香澄は、数秒して顔を赤くしながら彼女らしからぬ声を上げる。
お前、照れるとかいう概念があったのか。
「ち、ちち違うよ! 佳夏君とはただの友達でぇー…っ」
「……友達でその反応は無いよ…」
「香澄も可愛いとこあんねー」
「君もそう思うでしょ?」
「ん? あ、おう」
急に振られたので咄嗟に返してしまった。
「か、可愛い…!//」
「…何照れてんだよ……」
コッチまで恥ずかしくなるだろ。お前はいつも通りのアホっぽさを出してくれないとコッチの調子が狂う。
「香澄ちゃんが照れてるの…初めて見た、かも…//」
「そうなんですか?」
「りみりん。なんでかーくん顔赤いの?」
モジモジしてる割にさっきより近付いてくる香澄。
とりあえず俺は目の前にある猫耳についた頭をコツンと痛くならないように小突き、香澄の正気を取り戻させる。
「落ち着け」
「う〜…。皆が変なこと言うから…!」
「照れてるお前は見ててちょっと不気味だ」
「ヒドイよっ!!」
「いつも通りでいてくれ」
「……私って女の子として見られてないのかな…」
「ぁんて?」
「何でもないよっ」
急にプンスコと頬を膨らませる。相変わらず感情の振れ幅か激しいヤツだ。忙しないな。
「付き合ってないんだ」
「え? じゃあチャンス?」
「なになに、彼狙ってんの?」
「えー良くない?」
「ねーねー。あなた学校は?」
なんでそんな事聞くんだ? ……まぁ一応答えておいた方がいいのかな…。
「羽丘で、1年だ」
「同い年…!」
「大人っぽ〜い…」
「彼女は?」
「は?」
「いるの?」
「…いないけど」
「身長は?」
「好きな食べ物は?」
「趣味とかあるの?」
「連絡先交換しませんか?」
「…は、え? え?」
唐突に質問コーナーが始まった。個人情報を明かせとばかりに畳み掛ける1-A女子。怖いよ。ていうかそろそろ座らん? 俺ってば未だに教室の入り口に突っ立ってるんだが。
「……もぉ〜! 皆、佳夏君困ってるから! ほら佳夏君、コッチ来て!」
「あ、あぁ」
やや強引に手を引かれながら俺は教室の1番隅のテーブルへ誘導される。
その間妙に女子達からニヤニヤと流し目の視線を向けられていたように感じたが、気のせいか?
にしても香澄の俺の手首を握る力が強い。別に逃げないよ。
「ココ!」
「あいよ」
四角いテーブルを前にして座る。テーブルの上にはメニューが置いてあり、チラッとめくると可愛らしいイラストと共にラテアートやパンの種類が書いてあった。
ほう。パンは持ち帰りもできるのか。
「可愛いでしょ! りみりんが描いてくれたんだよ!」
「ほえー。確かに可愛い。天才」
「だって! りみりんっ」
「ふわぁ…! あ、ありがとう…//」
手に持っていたカフェラテの紙袋で顔を半分程隠しながら言う。可愛い。直後、恥ずかしくなったのかテテテと教室奥のカーテンの中へ逃げて行ってしまった。
「イヴや北沢…りみとも。皆同じクラスだったんだな」
「うん。あとおたえもいるよ! ほらアソコ」
香澄の指さした方向には黒板。そこには白チョークで何かを描き続けるおたえの後ろ姿が。
何やってんだアイツ。
しばらく眺めていたら、カチャンとチョークを置き、満足顔で俺と香澄のいるテーブルへやってくる。
「いらっしゃい」
「おう。…何やってたんだ?」
「パンダ描いてた」
俺は再度黒板を見つめる。
確かに右端に数体のパンダ……と思しき生命体が描かれている。
なぜパンダ。ていうかなぜ今。
「パン売ってるから」
「だからパンダ…?」
「うん」
「おたえ…。天才なの!?」
「え?」
「いえーい」
ピースを作るおたえ。コイツも相変わらず何考えてるかわからんな。慣れる気がしない。大丈夫かこのクラス。
「あ、そうだ! 佳夏君、何か頼む?」
「ん? あぁそうだな…」
そうだった。せっかくカフェに来たのだから何か食べたいものだ。体育祭の時の話じゃ、ここのパンはやまぶきベーカリーのパンを出しているって言うし。味はまず保証されているだろう。
「パンは全部おすすめだよ」
「じゃあ全部…とはならんのよ」
悪いな。金銭的問題だ。気持ちはあるけども。
俺はラテアートとチョココロネを頼んでおく。
「お前は接客に戻らなくていいのか?」
オーダーを承ったおたえとは別に、香澄はそのままテーブルの対面にある椅子に座る。
「なんか…皆が彼の相手してなーって。えへへ…」
キャバクラかよ。まぁ別に話し相手がいるのはありがたいけども。
「じゃあ何か飲むか? 奢るぞ」
「え! いいのぉ!」
俺の一言で二パッと笑顔を作る。やっぱり子供っぽいよな。
それでもそういう顔が見れるなら悪い気はしない。
俺は追加でオレンジジュースを頼んだ。
数分して、りみがトレイに乗せたパンと飲み物を持ってきてくれる。
「おぉ…これがラテアート」
「う、うん……そのはず、なんだけど…」
「これは……」
目の前に置かれたカップには白いミルクでラテアートが描かれていた。描かれているのは可愛らしい動物。多分……
「パンダ?」
「! うんっ。そうだよ!」
「え!? タヌキじゃないの?」
「うぅ…。やっぱりそう見える…?」
あっぶねー。タヌキかパンダの2択で迷ったが、パンダで正解だったようだ。
「ごめんねぇ。失敗しちゃって…」
「(カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ)」
「連写しないでぇー!」
一眼レフを携えたおたえが連写をキメる。いいカメラだな。後でその写真送ってくれ。永久保存だ。
「まぁまぁ。……チョココロネ、1口食うか?」
「ふぇ?」
「ほれ」
お詫び…とは少し違うかもしれないが、俺は頼んだチョココロネをりみの前に差し出す。
まぁいわば、これで丸め込もうという訳だ。我ながらゲスいが、りみにはウィークポイントだろう。ほら、もう目がチョココロネに釘付け。
「…いいの?」
「おう」
「…// えっと……それじゃあ。……んむ」
差し出されたチョココロネの先に遠慮がちにかぶりつく。瞬間トロンとした目で頬を抑えるりみ。
恐るべきチョココロネの力。
「めぇーちゃ美味しい〜…!!」
「そりゃ良かった」
「ね、ね! 佳夏君私にもあ〜ん!」
「えぇ………全部食うなよ?」
「分かってるって! あ〜…」
「……」
ここぞとばかりに食い付いてくる香澄の小さく開かれた口に、俺はそっとチョココロネを突っ込む。
直後、ガブリとチョココロネに噛み付いた香澄。その口にははみ出たチョコが塗りたくられている。
「…っておい。半分以上食いやがったな」
「ほぇ? ……ぁ。…あ、あはは〜」
「はぁ…」
「ご、ごめーん!」
「まぁいいさ。それと…動くな」
「ん? ……っ」
とりあえずチョココロネはさておいて、俺はテーブルに備えてあった紙ナプキンで香澄の頬についたチョコを落とす。
いい歳した高校生がそんなもん付けるんじゃないよ。だからお前は子供っぽいんだ。
「…ほれ」
「あ、ありがとう…」
しかし、随分とこぢんまりとしたチョココロネになってしまったな。だが、香澄とりみに餌付けができたと思えばいいか。
俺は残ったチョココロネを口に押し込む。
「んまい」
「ぁ……………//(間接キス…)」
「? なんだよ…もう食っちまったよ」
「わ、分かってる!」
「??」
なんだよ。俺の口ばっか見つめて。もしかして俺にもチョコついてんのかな?
「佳夏。私にはないの?」
「もう食ったって、おたえ」
「けち」
「……けち…?」
◇◇
「今日お前らライブするんだろ? 何時からなんだ?」
「あ、うん! えっとねー。11半から最初のバンドが始まる予定」
「なんだ、午前中なのか」
「午後からは演劇と吹奏楽が体育館使うんだって」
「ふーん。ちなみにお前らは何番目?」
「1番最後! 始まるとしたら12時前くらいかな」
なるほどな。てっきり午後からだと。
ジュゴゴゴと音を立ててオレンジジュースを飲み干す香澄の手に視線が行く。
絆創膏が多い。
「沢山練習したんだな」
「? どうしたの?」
「んにゃ、なんでもない。頑張れよ、ライブ」
香澄は満面の笑みで答える。
「しかし、お前らがライブか…。Poppin’Party…だっけ」
「そう! …あれ? 言ってたっけ」
「おたえからな。新曲も聞いた」
「ホント!? どうだった??」
「いい曲だよ。お前らしい…お前ららしい歌だと思う」
「…! えっへへ! ありがとっ」
「私の心はチョココロネ」に次ぐ香澄達のオリジナル曲。きっと作詞は香澄だな。聴けば分かる。
「そうだ! 佳夏君も出る?」
「? 何にさ」
「有志枠! 飛び入り参加もおっけーだよ」
ライブの話だろうか。しかし飛び入りか…。
「いいよ別に。俺、バンド組んでないし」
「ソロギターとか」
「ギター持ってきてない」
「私の貸すよ? ランダムスター」
「お前のはクセが強すぎて合わない」
「え〜…。あ、じゃあおたえのは?」
「いいって…。それに、俺はやるならドラムがいい」
つい口が滑った。
「………」
「佳夏君…もしかしてドラム叩けるの!?」
「……まぁ」
「えぇー! なんで言ってくれなかったの??」
「…別に隠してたわけじゃないさ」
ただ、お前に言ったら「一緒にドラムやってください!」って言いかねないし…。
Poppin’Partyのドラム枠は俺なんかじゃなく、もっと相応しい人がいるだろう。
それはお前も知ったばかりだろうに。
……そういえば。
「…有咲と沙綾は別のクラスなのか?」
今日はまだ見てない。後でソッチにも行ってみたいな。
「んとね。有咲はB組。クラスで何やってるかは知らない」
知らないんか。
「有咲が知らなかったから」
「大丈夫かよB組」
自身のクラスの出し物を把握してないってのはどうなんだろうか。まぁアイツ友達少なそうだしな…(失礼)
香澄にはベッタリだけども。
「んで、沙綾は?」
「さーやは……私達と一緒のクラスだよ」
ほほう。バンドメンバーの4人中3人がA組なのか。有咲……、とりあえずはドンマイだ。
そういえば、沙綾は文化祭実行委員の副委員長だってりみが言ってたな。
「沙綾は今オフか? 今日はまだ会ってないが」
このカフェは当番で回しているだろうし、今頃沙綾は学校を回ってるかな。
そう思いながら、残り少ないカフェラテを口に近づける。
「…さーやは、今病院」
俺は咄嗟にその動きを止めた。
今、香澄はなんて?
「…………何?」
「あ、ううんっ違うの! さーやが病気とかじゃなくて……その」
それを聞いた俺は、無意識に入っていた肩の力を抜く。
「…なら。どういうことだ?」
「…うん……朝、さーやのお父さんから聞いたんだけどね━━━━━
━━━━━だから、今日は来れないって……」
なんて、タイミングの悪い。
「……………」
香澄の話を要約すると…朝、千紘さんの体調が持病の貧血により悪化。昔からよくあることだそうが、心配した沙綾が病院まで送り届け、そのまま付いている……ということか。
俺の中の期待が掠れていく。
「……なら、今日のライブは」
「…いいんだよ! さーやのお母さんの方が心配だしっ」
「………」
ふんすと意気込みを見せるが、香澄の表情は色々な感情が入り交じったような顔をしている。
葛藤か。
「……そうか」
それしか言えなかった。
香澄の話じゃ、亘史さんはココにパンを届ける仕事もあって付き添えなかったろうし、意外と頑固な沙綾のことだ。連れていくと聞かなかったのだろう。
あの日の二の舞いは嫌だろうし。
「…………………………………………………残念だ」
………あぁ。
自分で言ってて気付いた。
俺が「まだだよ」
「え?」
香澄は、空のコップを見つめながら言う。その雰囲気が、今まで見てきたどの香澄とも合致せず。少しばかり素っ頓狂な声を出してしまった。
「まだ、信じてる」
……香澄?
「さーやなら、きっと…来てくれる」
「………お前……」
あぁ…俺はなんて……。
諦めていたのは……………俺だけ……なのか?
「……っ」
その事実に腹が立つ。
そうだろ。そうじゃないか。
『ずっと……待ってるから…っ』
早々に諦めるなよアホんだら。沙綾を信じるって決めたばかりだろう。
気付かされる、香澄の強さに。自身の弱さに。
「ギリギリまで待つよ! きっと来てくれる」
「……」
きっと香澄の心は暗い。それでも笑顔を振りまくのは……ひとえに沙綾を信じているという信念、ただそれだけ。
それが、今香澄にできること。
…なら俺は?
「………ねぇ佳夏君」
「?」
香澄は未だに視線を落としている。
「さーやは、やっぱりバンド…やってくれないのかな」
徐々に笑顔が消えていく。
「昨日、さーやが言ったこと。全部分かってるつもりだけど…」
「………」
「でも、でも…っ! 私はさーやとバンドしたいよ…」
「………」
そうか………。
色々と俺は勘違いしていた。
「……沙綾は皆が大好きなんだな」
「へ?」
やっと顔をあげた香澄。
「大好きだから、迷惑をかけたくなくて、心配して欲しくなくて……。それでも、バンドが好きだから……泣いたんだ」
「……」
CHiSPAでの思い出が大事だったから、それを自分自身の手で壊してしまったことを後悔して、苦しんで、悩んで、泣いた。
沙綾はまだ葛藤の真っ只中。解決策……いや、
沙綾の気持ちは俺も理解した。
でもやっぱ、納得はできない。
現に今、目の前の友達が苦しんでるぞ。
「………次はPoppin’Partyか……」
「ぇ?」
「…いや、なんでもない」
俺は考える。
まだ、終わってない。俺のやるべき事、やれる事、
そして、千紘さんの想い。
「……佳夏君…?」
不安な表情を見せる香澄。こんな顔は初めて会ったあの雨の日以来だな。
「なんて顔してる香澄。そんなんで沙綾を迎えるのか?」
「え? う、ううん…!」
そう言って、香澄はパシパシと顔を叩く。
少しだけ赤く腫れた頬を抑えながら香澄は俺に問いかける。
「………ねぇ佳夏君。お願いがあるの」
「…お願い?」
「うん。他の誰でもない、きっと佳夏君にしかできないこと」
真剣な表情。こんな顔は初めてだ。
「さーやの力になってあげて」
「……え?」
「お願い」
「………」
具体的な事は何一つとして言わなかった。
けど、香澄は千紘さんと同じ事を言う。
なぜ俺。と、そんな言葉が脳裏をよぎる。
俺できることなんてたかが知れている。
俺は別に特別な何かじゃない。
…………。
…………。
いや……。
そんな事どうでもいい。
やれよ。
誰にでもできることなのかもしれない。俺以外でも成し得ることなのかもしれない。
それでも、香澄は俺を頼ったんだ。
それで十分。
「………」
俺は考える。
「……なぁ香澄」
「?」
「沙綾のこと、好きか?」
「大好き!」
「即答か」
香澄はキラキラと輝く笑顔で答える。
決まりだ。
「…………香澄。沙綾が行った病院ってわかるか?」
「え? うーん……私は聞いてないよ」
「そうか。ならしらみ潰しだな」
「……んふふ」
俺は席を立つ。
「ちょっくら行ってくる。お代はココに」
「うん…。あ! ちょっと待って佳夏君!」
「ん?」
◇◇
只今の時刻、10時を少し過ぎた頃。
「それじゃあ」
「うん!」
「あんま期待すんなよ」
「大丈夫だよ! 佳夏君ならっ」
ガッツポーズを作る香澄に俺はサムズアップで応え、1-Aから出ていく。
正面玄関へ向かうため、俺は駆け足で人の波を掻い潜りながら進む。
確かここの階段を降りてすぐに……
「そこの人っ」
「うおっ」
後ろから誰かの張った声が聞こえ、反射的に止まり、振り向く。
そこにはライトブルーのようなよく分からない髪色の女性。制服姿で、左腕に「風紀委員」の腕章を付けたその人は、ズンズンとコチラにやってくる。
「廊下を走らないで……って、あなたは…」
「うぅ…すみません、紗夜さん」
そこには紗夜さんの姿が。そういや、日菜先輩が午前中は風紀委員の仕事って言ってたな。
「何をやってるんですか…」
「ちょっと…急ぎの用で」
「あはー! 佳君じゃんっ」
「日菜先輩もいたんすね…」
紗夜さんの後ろからヒョコっと顔を覗かせたのは日菜先輩。一緒に行動していたのか。
「おねーちゃんがどんなことしてるのか知りたくって!」
「はぁ…。仕事の邪魔よ」
「えー! 邪魔なんかしてないよー」
「いいえ邪魔だわ。白鷺さんの所にでも行けばいいじゃない」
「もう行って来ちゃった♪」
「……」
どうやら相当うんざりしている様子の紗夜さんだが、多分その人、そうそう離れてはくれませんよ。
「……まぁいいわ。それで? 林道さんは何をしているのですか?」
「何って…。ちょっと急用が出来たので、急いでました」
「だとしても、走るのは関心しません。今日は特に人の往来が激しいので気を付けてください」
「はい…」
腕を組んで説教する紗夜さん。そしてそれを「おねーちゃんかっこいい…!」と眺める日菜先輩。
「…そういえば、今井さん達が探してましたよ」
「……あ」
紗夜さんの言葉に今更ながら思い出す。そういえば俺、迷子だったんだ。
だが、今リサ先輩達と合流している時間はない。
「すみません紗夜さん。またリサ先輩達に会ったら言っておいて欲しいんですけど…」
「…別に構いませんが、何と?」
「"少し用が出来たので11時半に体育館で会いましょう。あとスマホのバッテリーが切れてて連絡できずすみません"…と」
「わかりました。確かに伝えておきます」
「助かります」
とりあえずはコレでいい。
俺は再度一礼して2人と別れる。
「佳君! 午後からの約束、忘れないでねー!」
「はーいっ」
俺は階段を駆け下りる。
「もう…走るなと言ったそばから……」
「うーん…。それだけ大事な用なんでしょ。あんな真剣な顔してたし。あたしちょっとるん♪って来ちゃった」
「またよく分からない事を……。でも確かにそうね」
「うんうんっ」
「ちなみに」
「うん?」
「"午後からの約束"とは何かしら」
「んふふ〜♪」
「日菜?」
正面玄関を出た。
まずは近場の病院を回ろう。タイムリミットは12時前。2時間もない。
香澄達の番が終わる前に……
沙綾を連れてくる。
◇◇
「……」
お母さんを病院まで連れてきたけど、何ともないようで本当に良かった。
…良かった。
とりあえず今日は安静かな。お母さんったら、何度も何度も「私は大丈夫だから」って言うけど…やっぱり心配だよ。
いや、心配というより…怖いんだ、私。
あの日。CHiSPAの初ライブ直前の電話。そこから聞こえる純達の泣き叫ぶ声が忘れられない。
今日の朝だって……。お母さんが台所で力なく崩れた瞬間。私は心臓が掴まれたみたいにキュッて…冷たい気配を感じた。
昔から度々ああいうのはあったけれど、最近は…いや、あの日から妙に神経質になっている。その自覚はある。
だって……怖いんだもん。
「……」
あんな思いはもう御免。お母さんの傍にいたいっていうのもあるけど、やっぱりナツ達に気を使わせたくない。
きっとナツ達も辛かったと思う。皆優しいから。私に無理はさせないと、色々と考えて、私の為に自分達の時間まで割いて。接してくれた。
嬉しかった。
けど。
苦しかった。
そんな状態が当たり前になってしまいそうで、気を使われ続ける環境に甘えてしまいそうで嫌だった。
だから私はバンドを抜けた。
スティックも、随分と握っていない。
「……」
香澄の言葉が聞こえてくる。
『バンド…嫌いになっちゃったの?』
違う。
違う。
そんなんじゃない。
楽しかった。好きだった。あんな思い出を、嫌いになんてなれない。
でも、やっぱり怖いんだ。
またバンドを始めて……同じ事が起こったら。きっと…私はバンドを嫌いになるかもしれない。
そんなの絶対いや。いやだから……バンドは、やらない。
そう誓った。
はずなのに……っ。
『私はライブとかどうでもいいけど……。知らない人よりか、山吹さんの方が、私は楽…かな』
『私も…っ! 沙綾ちゃんとできたら…すっごく嬉しいっ』
『……携帯に曲のデータ送ったから。聞いてみて』
揺らぐ。
『ずっと……待ってるから…っ』
『……………もう少し、我儘になりな』
揺らいでしまう。
どうしよう…………どうしよう………!
「…………………………………」
…………香澄達のライブはお昼前って言ってたね。
今、何時だろう。
…………あ。
確認したスマホには、1件の通知。
香澄から録音のメッセージ? 全然気付かなかった。
「…………香澄…」
私はスマホを耳にかざす。
『保存されたメッセージは2件です』
『さーや? ぁ、香澄ですっ』
「…っ」
『お母さんどう? さーなん泣いてない? じゅんじゅん元気? …………さーや、大丈夫…?』
やっぱり香澄も優しい…。
『カフェはね、大成功! 皆凄いのっ。お客さん「パン美味しい」ってー! お持ち帰りする人も沢山…! えへへ…』
「……ふふ」
そっか…。良かった。
ごめんね、皆。ごめんね、香澄。クラスの方、任せっきりなっちゃって…。私、副委員長なのに。
『沙綾? 沙綾に電話してるの?』
「…!」
この声は…おたえ?
『マジ? おーいっ』『お〜い!』『コッチは任せて!』『お母さん大丈夫?』『パン美味しいぞ!』『沙綾!』『さ、沙綾ちゃん…!』『サーヤさん! こちらはお任せください!』『さーや元気! はぐみは元気だよ!』『いや聞いてないわよ』
わ。
『沙綾が聞いてるの?』『売れてるよパン!』『心配しなくていーよ!』『おーい。聞こえてるー?』『クロワッサン美味しい!』『なーに食べてんのよ』『あたしも今度買いに行こっかな』『いえーいさーやー!』『やっほーっ』
わ、わわ。
『やまぶきベーカリーの曲、作ったから聞いてっ』『え? 何それ何それ!』『お! 良いじゃん』『いやいや、なんでギター担いでるの…?』『沙綾に聴かせようよ!』『えっへへ、何それー』『おたえちゃん、接客中…!』
…ふふ。あははっ。
『うわぁっ!? 皆ストップストップぅ〜〜!!ブツン』
………あら?
どうやら1件目は終わりらしい。楽しそうでホント良かった。
『2件目のメッセージです』
私は再度スマホを耳にかざす。
『もしもし…? コッチは大丈夫っ! 凄く楽しい!』
分かるよ。声を聞けば。
『凄く……凄く……すっごく!』
あはは。そんなに?
『だから━━━━━ライブも頑張るね!』
「…………」
『さーやに届くくらい頑張るから』
………そっか。
『それから…。歌詞、さーやの家に届けたよ!
「━━━━━」
『良かったら読んでね』
………朝、家のポストに入ってたのは……アレ、歌詞だったんだね。
『あ、それとね? ……はいっ』
?
『そうだよ! ほらほらっ、一言。ね?』
誰かと話しているのかな。
誰だろう…。
『…………あー…その。佳夏、です』
「!」
『…え? なんで敬語って……うるさいな』
「……ぷ、あっはは…!」
『分かったって………あぁ、えと………沙綾━━━━━
━━━━━待ってろ』
「え?」
『メッセージは以上です』
「………」
唐突に終わりを告げたメッセージ。
……香澄の言っていた通り。すっごく楽しそう。
…やっぱり、彼も来てたんだね。
……。
接客とか……したかった、な。
……にしても、最後のは一体どういう意味だろう。
「………ぁ」
そんな事を考えながら、スマホをスカートのポケットにしまうと、紙の感触。
『歌詞、さーやの家に届けたよ!』
そうだ…。朝受け取って、そのままだったんだ。
私は折りたたまれた紙を丁寧に開いて、読む。
"STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜"
「………」
「……………」
「…………………っ」
ポタッ
なんで……。読めない…。
ボヤける。
ポタッ
どうして……。こんな気持ちになるのだろう。
ポタッ
どうして……。こんなにも暖かい気持ちに、なるのだろう。
「━━━━━」
零れ落ちる涙を止めることは、私には出来なかった。
次々と溢れる涙。
それと同時に、別の想いも溢れてくる。
「………………たいよ」
押さえつけていた想い。
「…………したいよ……香澄ぃ…」
考えていても、決して口にはしなかった本音が。ここぞとばかりに溢れ出す。
「私も……バンド…したいよぉ……っ!」
「なら、行きなさい」
「っ!!」
後ろから聞こえた声のする方へと、とっさに振り返る。
そこにはお母さん。そして純と紗南の姿。
「お母さん…」
お母さんは私の涙で濡れた顔を見て、優しく微笑みながらこちらへ歩いてくる。
「沙綾は優しいね」
違うよお母さん。私は怯えてるだけなの…。
「お母さんにも、皆にも……凄く優しい…。私の自慢の娘だわ」
……だから。
「その優しさを、もっと自分に向けてあげて」
「……」
彼と同じことを言う。
優しく頭を撫でるお母さんの言葉に、私は首を横に振って返すことしかできない。
「それに……お迎えも来たようだし」
「…へ?」
「ね? 佳夏君」
━━━━━え?
「はっ………はっ………はっ………え…? あ、はい…」
どうして…。ここに……?
「はっ………はっ………ふぅ…。"どうしてここに"って顔だな…」
「……なんで…?」
なんで……
「言ったろ━━━━━━━━━━"待ってろ"って」
なんで………私は━━━━━
━━━━━彼を見ただけで、こんなにも心が跳ね上がるのだろう。
質問箱を作ってみました。
作品の設定や作者への質問等ありましたら、できるだけ答えていければなと思います。