もうほぼ沙綾回。
ピッ
俺は香澄にスマホを返す。
「ありがと」
「ううん。……さーやを探しに行くの?」
やっぱり。とでも言いそうな顔で香澄は聞いてくる。
「あぁ。お節介がすぎるような気もするけどな」
気もする……どころか、その通りだ。
けど、俺には動く理由がある。
「佳夏君
「いや……。俺の我儘だよ」
「我儘?」
「あぁ」
そう、我儘だ。子供じみた我儘。
「……そっか。……………ねぇ、佳夏君!」
「ん?」
「さーやをお願いねっ!」
ニヒッと歯を見せて笑顔を作る香澄。
…コイツは信じて疑わないんだろうな。その期待が嬉しいよ。
なればこそ。応えなければ男が廃る。
香澄の為にも、沙綾の為にも、そして何より
「それじゃあ」
「うん!」
「あんま期待すんなよ」
「大丈夫だよ! 佳夏君ならっ」
◇◇
「くっそ。意外と病院多いな…っ」
近くの内科をハシゴする。
学校を飛び出してから約1時間。知っている病院から当たり、そこで教えて貰った別の病院へまた移動。それを既に3回は繰り返していた。
時間が無い。さっきの病院で時計を確認したら、既に11時を過ぎていた。そこからまた10分程過ぎて、今現在。
マズイマズイ。いや、焦るな。イヤでも…っ。
タイムリミットまでざっと30分。
しらみ潰しと自分で言ったわけだが、こうも見つけられないものか。流石…占い最下位。少しだけ占いを信じてしまいそうだ。最悪のタイミングだがな。
それに……っ!
「うわーんっ! 風船が木に引っかかっちゃったぁー!」
「あぁ! 会議で使う重要書類が散らばってしまったぁー!」
「うぅ…。年寄りにこの荷物は重すぎるわ……こ、腰が…」
さっきからなんなんだ! なんで今日に限って俺の周りには「The困ってます」みたいな人ばかりなんだよ…!
だが…くそっ! みすみすスルーできるほど冷たい人間じゃないのが憎たらしい。
「ほらっ」
「わぁ…! お兄ちゃんありがとう!」
「はいっ。コレとコレと…コレっ」
「あ、ありがとう少年!」
「おばあちゃん。それちょっと貸して」
「あらあら…ありがとねぇ」
我ながら流れるように対処する。おばあちゃんごめんね、とりあえず横断歩道渡るまでで堪忍してくれ。
俺はまた走り出す。
次に目指すのはここら辺で1番大きい総合病院。ここにいなければタイムアップは必至。というか……たどり着いたとしても、学校に向かう時間は………っ。
そんな事考えるな! 今は沙綾を探せよ。香澄と約束したんだろうが。
「あ"ぁ"……疲れ━━━━━━━━━━てないっ!」
言うな。言ったらダメだ。
香澄だってまだ諦めてない。それなのに俺がしょげてちゃあダサいだろ。
希望薄だが諦めるな。足を止めるな。止めたら今度こそ終わり。止めたら叶う物も叶わない。
タクシーは捕まらない。バスは当てにならないし、頼れる人はいない…。
…………………………………頼れる人…?
「……ぁ」
………あぁあぁあ! あの人達がいるじゃないかぁっ。
バカか俺は…! こういう時こそだろ!
「…………」
………………………もういい…。今はいい。だが、希望が見えてきた。
まだ間に合う気がする。それに賭けるしかない。
マ〇クの時も、体育祭の時も、俺は賭けに負けた。
でも今この時だけは…勝たせてくれ。
「はっ………はっ………はっ………」
いてくれ、沙綾。
そう。
そうだ。
これは"俺の我儘"。
他の誰でもない俺の願い。
そして香澄と、りみと、おたえと、有咲と、千紘さんと……他にも沢山。そんな人達の願い。
お前もそうなんだろ? バンドが好きなんだろ?
香澄達といれば、きっともっと好きになれる。
そうやって楽しく演奏している沙綾を、俺は見たいんだ。
「はっ………はっ………」
病院が見えてくる。入口は何処だ?
「………っ。アレは…」
広い駐車場を抜けようかという時、遠くに見える広場に人影を確認する。
やっと。
「……見つけた」
俺はダッシュで駆け寄る。
◇◇
「それに……お迎えも来たようだし」
「…へ?」
「ね? 佳夏君」
「はっ………はっ………はっ………え…? あ、はい…」
千紘さんは早々に気付いていたようだ。優しい笑みと共に俺に視線を向ける。元気そうで良かった。
千紘さんの横には純と紗南。そして沙綾。
やっと見つけた探し人は俺の到着に驚きを隠せないようだった。
「はっ………はっ………ふぅ…。"どうしてここに"って顔だな…」
俺の言葉に沙綾は「……なんで…?」と小さく零す。
沙綾の手には紙が握られていた。あれが香澄の言っていた歌詞だろう。それを読んでるってことは……聞いたんだろ? メッセージ。
そこで、俺は言ったはずだ。
「待ってろって」
やっと、息が整ってきた。
「行くぞ沙綾。皆待ってる」
「………無理、だよ」
沙綾は俯き、ポタポタと小さな水滴を地面に落としていく。
「……今ここで聞かせてくれ……お前の我儘」
「………………へ?」
俺はゆっくりと沙綾に近付いて、1mも満たない距離で立ち止まる。
「……私の我儘…」
「あぁ」
「……わ、たし…………は…」
苦しそうな顔を見せる。ポロポロと零れ落ちる涙はビー玉のようで、太陽の光を反射させている。
綺麗だ。だけど、違う。
そんな顔で見せる涙は求めてない。
「なら俺の我儘を聞いてくれ」
「……」
ただの我儘。聞いたところでどうにかなる訳じゃないけれど、言いたかった。
「沙綾の演奏が聴きたい。沙綾が楽しそうに、香澄達とバンドをしている姿が見たい」
「……っ」
「俺に…見せてくれるか?」
沙綾は長い沈黙を返す。俯き、小さく嗚咽を漏らす。
泣くほど、苦しかったんだろ。泣くほど、耐えてきたんだろ。好きな事を我慢して、沢山押さつけてきて、それが今、こうやって溢れてきているんだろ。
よく頑張った。凄いよお前は。優しくて強い尊敬できる人だ。
「聞かせてくれ」
声に出してくれ。
「沙綾の我儘」
俺たちが、
「私…私……!━━━━━
━━━━━━━━━━バンドがしたい…っ」
………しかと聞いたぞ。
「あぁっ」
「……でも━━━━━「大丈夫だ」」
俺は今度こそハッキリと言う。
「沙綾の悩みも、苦労も、一緒に背負うよ」
「……」
「
「━━━っ! …けい、なぁ…っ」
「……な? 純…紗南」
俺は2人に視線を送ると、2人は沙綾に駆け寄り、優しく手を握る。
「さーなもいるから大丈夫だよ」
「俺もいる」
ニカッと笑ってみせる2人は、とても頼りがいのある顔をしていると思う。
「2人も、いつまでも子供じゃないよな」
「「うん!」」
「…いい子だ」
「そうよ…沙綾」
純と紗南の頭を撫でながら、千紘さんは言葉をかける。
「沙綾はもうひとりじゃないんだから。全部を抱え込まなくていい、好きな事も我慢しなくていい…。だから…ね?」
「「「行ってらっしゃい」」」
「━━━━━!」
……良かった。
「……なんか私、全然ダメだね」
……沙綾はもう大丈夫みたいだ。
「うん………行ってきます!」
その笑顔を見れば、大丈夫だって分かる。
「あ、でも……」
行こうか…という時に、沙綾は再び暗い表情を作り出す。
「もう、香澄達の出番に間に合わない……」
「………今の時間は?」
「……ちょうど11時半…」
沙綾はスマホの時間を見せてくれる。
時間が無い。ここから走って行っても絶対に間に合わない。
━━━━━走って行ったらな。
「沙綾。スマホ、少し貸してくれ」
「え? う、うん。…どうするの?」
「頼れる人達を呼ぶ」
なんなら最初からこの人達に声をかければ、こんなにも切羽詰まった状況にはならなかったと思う。熱くなりすぎて、冷静な判断が出来ていなかったな…。情けない男だ。
俺は沙綾からスマホを受け取る。
番号はコレで合ってる……はずっ。じゃなきゃもうどうしようもない。
頼む…出てくれ……っ。
『……はい。林道様でございますね』
「もしも………え、なんで、分かったんですか…?」
『ご要件をお伺いいたします』
「あ、はい。…えと━━━━━」
◇◇
「お待たせしました」
待ってないんだよなぁ…。
「え…? 佳夏……この人って…」
「まぁ事情は後で……とりあえず、よろしくお願いします。黒服さん」
「御意」
そう。
俺がコンタクトを取ったのは弦巻家の護衛役、黒服さん一行だ。
以前貰った連絡先、覚えておいて本当に良かった。まぁ覚えやすかったから良かったものの、間違っていたら本当に万事休すだった。
まさかこの番号を使う日が来るとは思わなかったが、今回は緊急ということで頼らせて貰おう。
しかし…。連絡してから30秒も経っていないのだが……。通話が終了して移動している内にもう車は到着していた。どっかで監視でもしてたのか? それはちょいと怖い。
「では、コチラに」
黒塗りのセダンから降りてきた黒服さんは、後部座席のドアを開け乗車を促す。
「……それでは千紘さん。娘さん、少しお借りします」
「ええ…行ってらっしゃい。なんなら攫って行ってもかまわないわよ?」
「しませんよ……」
「どうしたの? 佳夏」
「なんでもないよ」
千紘さんはまた…。でも顔色も良さそうだし、軽めの症状だったみたいで良かった。相変わらずの優しい笑顔が見れて安心する。
「沙綾」
「?」
「楽しんできてね」
「……うんっ!」
千紘さんの言葉にさっきまでの涙が嘘のような笑顔で応える沙綾。
「純、紗南」
俺は2人を呼び、しゃがみこんで2人と目線を合わせる。
「千紘さんの事、頼んだぞ。特に純は兄ちゃんなんだ、もう泣いたりするなよ?」
「うんっ、わかってるよ!」
「良い返事だ…流石男だな。紗南も、兄ちゃんと千紘さんの助けになるんだぞ」
「うん…!」
最後に2人とハイタッチする。
「……では、行ってきます」
3人に別れを告げ、俺は車に乗り込む。
「花咲川女子学園まで、最短かつ法定速度ギリギリで飛ばしてください。リミットは後15分」
「承知」
カッコイイなぁ全く。後部座席からミラー越しに見える黒服さんのサングラスがキラリと光る。
タイヤと地面が擦れる音を響かせながら車は発進した。
「……ありがとう……やっぱり、あなたに任せて良かったわ。佳夏君」
「どうしたの? お母さん」
「?」
「ふふっ…なんでもないわ。……ねぇ? 純、紗南」
「「何?」」
「佳夏君が義兄ちゃんになったら…嬉しい?」
「「嬉しい!」」
「あはは…! うん、私もよ」
「(
車は止まることなく順調に進む………ことを願っていたが。
「…これは」
「…………くそ」
道路は軽く渋滞。消して長いものではないけれど、俺たちからしてみれば大きな壁でしかない。
「……占いめ…」
「占い…?」
"新曲"を聴いていた沙綾がイヤホンを外しながら問いかける。
「いや、なんでもない。無視してくれ」
嫌味のひとつでも言いたくなる。最下位パワーがあまりにも障害すぎる。……って、もう信じまくってんじゃないかよ俺。
だが、嫌味をこぼした所で現状は打開できない。…どうする。
「林道様。山吹様」
「え、ぁはい…」
どうしたものかと頭を悩ませていると、黒服さんが声をかけてくる。
「しっかり掴まっていてください」
「「へ?」」
俺たちは黒服さんの言葉に仲良く返す。直後、渋滞がゆっくりと動き出す……。
「少し…飛ばしますので」
サングラスをクイっと上げた黒服さん。そしてアクセルを踏み込むと渋滞の列からはずれて行き、細い道に入っていく。
ガチャガチャと音を立て、タイヤの擦れる甲高い音と共に急加速しながらギアを1からいきなり4まで上げる。
「……マジか」
そのまま細道を進む。
「最短ルートからは外れますが、こちらの方が早いでしょう」
淡々と告げる黒服さんはなんとも冷静な様子だが、ドライバーとしてはなんとも激しいハンドル使い。速度はあるのにブレることなくカーブを曲がっていく。なにそのドラテク。
「備えてください」
「……え?」
「……何に?」
そしてこれまた淡々と告げる黒服さん。
備えろと言われても…。
訳が分からない俺と沙綾は、息を飲みながらとりあえず身構える。
……一体何を━━━━━「曲がります」
……嘘だろ。
ギャギャギャ
誰が予想しただろうか。まさかこんな公道で━━━━━━━━━━ドリフトをかますなんて……。
「きゃっ」
「うおっ」
重力が狂ったかのような感覚。慣性の法則の餌食になった俺たちは揃って身体を傾ける。
「だ、大丈夫か?」
「え……あっ//」
沙綾がコチラに倒れてきた。シートベルトがあるとはいえ、隣にいれば接触するのも無理はないか。……若干顔が赤い気もするが、どっかぶつけたか?
「だ、大丈夫だよ! うん…//」
「そうか」
良かった…。
「お怪我は」
「いや、無いです…。凄いですね…今の…」
「法定速度は守っております」
「えぇ…だから凄いんですよ」
ほんと…この人達一体なんなんだろう。弦巻家のことや、体育祭の時もそうだったが、何だ? 黒服さんってどっかの特殊部隊かなんかなのか?
「頭〇字Dが好きなので」
「………」
……渋っ。意外な情報ありがとうございます。
「このまま進みます。この調子ならあと5分で着くかと」
「ギリギリだが…。まだ間に合う」
車は進む。
沙綾は再度イヤホンを取り付け、"新曲"を身体に覚えさせる。
◇◇
学校が見えてくる。俺たちは時計と校舎を交互に睨み、下車を今か今かと待つ。
そして、車が急停止。
「お待たせ致しました」
「いえ流石です。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
「ご武運を」
正門前で停車した車から降り、一礼する。
些か周りの視線があるように感じるが気にしていられない。車から降り、深々とお辞儀する黒服さんを背に俺たちは走り出した。
急げ。まだ間に合うよな。そうであってくれ。
「行くぞ」
「うん!」
俺は無意識に沙綾の手を引く。
校舎へと続く大通りを抜け、体育館の方へ。
「……っ! ちょっと待って佳夏!」
「ぅおっ……どした??」
急に静止を促す沙綾。今度は何だ?
「私……スティック持ってない…」
「……」
そうだった〜…。
ドラマーにとっての必須アイテムにして文字通りの"相棒"。だが、今この場にソレは無い。
このまま行っても意味が無い。手で叩けと? バカか俺は。
ヤバい…焦る。時間もないのに…!
『にゃん』
「あ」
「え、何…!」
ある…ある……あるじゃんか!
俺の相棒。
だが待て…俺は今手ぶらだ。何処かに俺の「あぁ! けいけいやっと見つけたぁ!!」
……北沢?
なんでここに━━━━━
「もーけいけいったら。クラスに荷物置いたまま行っちゃったでしょ?」
「…荷物」
それって。
「はい!」
俺を見つけるやいなや、駆け寄って来た北沢の手には……俺の手提げ。
「はぐみ…?」
「あれ? さーや! 来てくれたんだ「うおおおおっ」ぅえぇ!? どうしたのけいけい!」
神だ。神がいるぞ。
「よくやってくれた北沢っ」
「え? え??」
「よーしよしよしよしよし」
「うひぁー! なんだかよく分かんないけど、渡せて良かったよ!」
舞い上がった俺は北沢の柔らかい髪をワシャワシャと撫で散らかす。
「ありがとう。ほんっと助かった」
「んーん! どういたしましてっ」
俺は荷物を受け取る。その中に………あった。
「沙綾」
「え、えぇ?」
「コレ、使え」
俺は沙綾にスティックを渡す。お前の手に馴染んだ物じゃないが、使えるだろう。
「こ、これって…っ!」
「俺のだ。急ぐぞっ」
「えぇ!? ちょっ…! 何で佳夏が━━━━━」
「ありがとな、北沢っ」
「はーい! よく分かんないけど頑張ってねー!」
沙綾の疑問を無視して俺は彼女の手を引く。
着々と近付いていく体育館。そこから漏れるように響いてくる楽器の音につい焦ってしまう。
待っててくれ、香澄。
俺たちは体育館の入口へ。
この扉を開ければ……という所で、またしても沙綾の足が止まる。
俺のスティックを握りしめ、扉を見つめる姿は……どこか怯えた様子を醸し出す。
「……沙綾?」
「…………どうしよう。佳夏…」
「…怖いか…?」
沙綾は無言で頷く。
「スティックだって随分握ってないし……。曲だって…ちょっと聞いただけだし……きっと」
「上手くいかない…か」
「………」
………バカだなぁ…お前は。
そんな事、気にしたってきっと無駄だ。なんせ香澄達がそんな事を気にしていないのだから。
上手い下手は後回しにしろ。まずは楽しんだ者勝ちって奴さ。
「沙綾」
俺の呼び声にゆっくりと振り向いた沙綾。その辛そうな顔は……いつかの香澄に似ているような気がした。
仲良しかよお前ら…。
やっぱり似合わないよ、その顔は。
そんな顔で香澄達の元へは行かせられない。
「━━━━━へ?」
俺は人差し指を沙綾の眉間に当てる。
「佳夏…?」
コレはおまじない。
いつかの誰かが俺にやった、変なおまじない。
だが、コレをすると自然と顔の強ばりが解けるから不思議だ。
「眉間にシワなんか作るなよ。…跡になったら……綺麗な顔が…台無しだ」
「…………」
俺の歯の浮くようなセリフに、沙綾は目を見開いて唖然とする。
………………………………何を言っているんだ俺は…。
沈黙が苦しい。なんだか顔が熱くなる。
俺はなんだかいたたまれなくなって、ゆっくりと指を離し、ついでに視線も外す。
「………」
「…………ぷっ」
……なっ! 笑われた…っ。
「あっはははは! 何それ似合わない!」
「…ぐぅ…っ。言うな、すっげぇ恥ずかしくなるっ」
「はぁ…あはは。……うん、恥ずかしいよ」
んな事はわかってるよ…! あ"ぁもう、言うんじゃなかった。
……けど。
「………ありがとっ」
コレでいいか。
「あぁ…。上手くやろうなんて考えるなよ。どうせ香澄達はそんなん気にしないし。その場のノリにまかせな」
「なげやりだなぁ…。でも、うん。そうだね」
俺は沙綾の背中を押す。
「楽しんで来い」
「うん! 行ってきます」
沙綾は体育館の入口を大きな音を立てて開けた。
◇◇
「佳夏」
「……リサ先輩」
香澄達の演奏を聴きながら体育館の奥へ行くと、先輩達がいた。
今さらやってきた俺たちを見て、色々と察したのかもしれない。リサ先輩は優しい笑顔で迎えてくれた。
それが……なんだか罪悪感。
「………すみません…色々と」
「…もう、心配したんだからね? 急にどっか行くし、連絡取れないし」
先輩はぷいっと顔を逸らす。少し怒っているのかもしれない。…まぁ当然か。
「……紗夜とヒナから聞いたけど、何か大事な用があったんでしょ?」
先輩は香澄達のいるステージを見ながら言う。
「…えぇまぁ」
「その様子じゃ、結構大変だったみたいじゃん」
「…そうですね。すんごい走りました」
「えぇ…」
苦笑いを見せる先輩。
「けど、なんとかなりました」
「みたいだねっ」
俺はステージの5人の顔を眺める。
良い顔してるよな。本当に楽しそうで、羨ましい。
香澄ははしゃいでるのか走り気味だし、沙綾もやっぱ少しだけゴタゴタしている。けど、ほんのちょっとしか聴いてない割にはよく叩けてる。なにより凄い笑顔だし。
やっぱり、コレで良かった。Poppin’Partyには沙綾が必要なんだと、今確信した。
「良いバンドね」
「…友希那先輩」
……友希那先輩でも褒めたりするんだ。と、少し失礼なことを考えてしまう。
「……今失礼なこと考えなかったかしら?」
バレてら…。
「…技術的にはまだまだ稚拙。リズムテンポもお粗末だけれど……不思議と輝いて見えるわ」
「……」
「あの子達にも、
何か…か。
「名前は……なんだったかしら…?」
「Poppin’Party…です。覚えておいてください」
きっと、凄いバンドになるかもしれない。
「……そう。覚えておくわ」
「だね☆」
会場は熱狂した。ほかのなんにでも無い、Poppin’Partyのライブに。
その事実が、俺は自分の事のように嬉しかった。
◇◇
俺は勘違いしていたんだ。
思い上がりとも言えるな。
今回の件、千紘さんは1度だって「解決してほしい」みたいな事は決して言わなかった。
それなのに俺は、無駄に頭を回して解決策を模索した。
そもそも、そんなもの無かった。
……いや。厳密に言えば無くはない。しかしそれを成すことはまず困難。
ぶっちゃけて言ってしまえば、千紘さんの体調が常に良ければいいという話。
根本的な解決はそういうことだが、
確かに、千紘さんの体調については無視できる話ではない。だが、今回の問題は沙綾がその事に対してどう折り合いを付けるかが重要だったのだ。
コレは問題の解決ではなく、問題の解消。
悪い言い方をしてしまえば、妥協案…とも言えるのかもしれない。
それでも抜け出すべきだったと思う。この耐えるだけの日常から。
千紘さんはそれを望んだ。
そして託した。俺たちに。
「………」
何度でも言うが、沙綾は優しい。
俺たちの事を大事に想って、考えてくれている。
迷惑をかけまいと、頼りっぱなしは嫌だからと、俺たちの時間を大切にしてくれようとした。
それは嬉しい。凄く嬉しい。
けれど、その優しさは勘違いだ。
俺たちは、やりたくてやっているんだよ。
迷惑なんてありもしない。
なにより沙綾の力になれる事が嬉しいんだ。
優しいお前だから、そう思えるんだ。
俺たちの想いを履き違えていただけなんだよ。
それが勘違い。
きっと沙綾なら気付けたよな。
優しさは、与えられるだけが全てじゃないし、与えるだけが本質じゃない。
助け合ってこそ優しさだ。
「佳夏っ」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。
……いいや、誰かはすぐ分かった。
俺は振り向く。
「やっぱここにいたんだね」
体育館の裏。ライブの終了と共にここに向かい、無駄に感慨に浸っていた。
「よく分かったな」
「見てたから」
沙綾は歩いてやってくる。そして俺の隣へ。
「どうだった? 香澄達とのライブ」
「もうダメダメ! リズムキープは出来てないし、走り疲れてバスドラも上手く動かなかったよ」
「…そうか」
失敗を語る割には良い顔をしていると思う。
「……でもね」
「あぁ」
「楽しかったよ…。凄く楽しかった。…分かってたけどね」
そう、分かってたんだ。必要だったのはソコに踏み出す勇気。そして、それはもう沙綾が持っている。
「ナツ達とも、ちゃんと話したよ」
ナツ……CHiSPAの事か。……そうか、区切りは着いたのか。
きっとこれで、互いの負い目も少しは軽くなる…かな。
良かった。
「……佳夏はさ」
沙綾は聞いてくる。
「どうして、ここまでしてくれるの?」
「俺がそうしたかったからだよ」
「…それだけ?」
「………いや、他にもある」
「例えば?」
「千紘さんにも、香澄にも頼まれた」
沙綾は少し俯く。
「皆、お前と同じだったんだよ」
「…え?」
「沙綾が1人で抱え込んでいるのを見るのが辛かったんだ」
「……」
「もちろん俺も」
「……そっか」
やはり色々と気付いたのだろう。「やっぱダメだね…私」と苦笑いで呟く沙綾はさらに俯く。
「俺の親友…というか、家族が言ってたんだ」
「?」
唐突な何の脈絡もなさそうな話に、疑問符を付けた顔を見せる沙綾。
「『困ってる人がいたら助けろ。その優しさがいつか、回り回って自分に還ってくる』ってね」
「……」
「………前も言ったけど。体育祭の時の沙綾の優しさが、俺には凄く嬉しかったんだ」
それだけじゃない。いつもパンを買いに行くときは今日のオススメを教えてくれるし、わざわざ焼きたてを用意してくれたり、店を出る時は入口まで送ってくれるし、暑い日は体調も気遣ってくれる。
そんな些細な優しさに助けられてるんだ。
「そういうのを……なんというか…。俺なりに返したかったんだ」
「………」
「俺は……、沙綾の為に何かを出来たことが………嬉しいよ」
「……そ……っか」
鼻をすする音が隣から聞こえる。それと同時に、片手でゴシゴシと涙を拭う。
「あの夜も言ったけどさ、…頼る事は悪い事じゃない」
「……うん」
「……それと…。多分俺達も頼るよ」
「…!」
沙綾と目が合う。
「助け合っていこう。……って言ったろ?」
「……うん……う"ん…っ」
「頼りにしていいし、俺達も頼るから」
それを聞いた沙綾は静かに泣いた。
ある種落とし所なのかもしれない。
沙綾だけが一方的に気負いしない条件みたいなものだろう。
これからの苦難も闘いも、一緒に乗り越えようと、そう言いたいのだ。
必ず、香澄達Poppin’Partyは沙綾にとって大切な居場所になる。あいつらとならきっと……色々な困難を乗り越えて、分かち合えるだろう。
「……………ぐす」
「……落ち着いたか?」
「…うん」
沙綾はすぐに涙を止めた。もう暗い顔の気配は微塵も感じない。
「…あ、そうだ」
すると、今までずっと握っていた物を俺に差し出す。
「コレ、ありがと。助かっちゃった」
「あぁ」
俺のスティックを受け取る。
「…ドラムやってるんだね」
「まぁな」
「驚いちゃった。教えてくれれば良かったのに」
「機会が無かったし…。お前に言ったら、「香澄達と一緒にやってあげて」とか言いそうだったしな」
「あはは。たしかに」
俺はスティックを眺める。
最後に替えたのはいつだったろうか。そろそろ折れるかもな…。
「スティック…そろそろ替えるか…」
「…………………ならさっ」
俺の独り言を聞いていた沙綾が俺の顔を覗き込みながら言う。
「ソレ……私にくれない?」
「……コレをか?」
「うん」
こんなもの貰ってどうすんだ? いやまぁスティックとしては普通に使えるが……。
「別にいいけど……沙綾も自分のヤツ持ってるだろ?」
「持ってるけど……なんというか、記念? みたいな」
「…はぁ……?」
よく分からないが、別にあげてもいいか。予備のスティックはあるし、この際だ、新しいスティックを見てみるのも一興だろ。
「実は私さ」
「ん?」
「今月誕生日なんだ。ついこの間過ぎたんだけど」
「………」
「だから…その…」
「コレを誕生日プレゼント代わり…と?」
「あはは…。うん、そうっ」
「どう?」と聞いてくる沙綾。少しだけ頬を赤くしている様子だが……そういうことなら。
「ダメだ」
「………えぇ!?」
驚きを隠せない様子だった。まぁそれもそうか。
だがな沙綾。理由はあるんだ。
「
「……?……え?」
疑問符が増えたな。少し面白い。
「ただし、誕生日プレゼントとしては渡せない」
「……えっと…なんで?」
「ソレは別でもう用意してるから」
「━━━━━ぇ?」
俺は手提げから小さい紙袋をそっと取り出す。
元々、今日渡せればいいなとは思っていた。色々とタイミングを見計らっていたが、今がちょうど良いだろう。
「はい」
「……………コレって」
「あぁ、誕生日プレゼントだ」
「……嘘」
どうして知ってるの? とでも言いたそうな顔だな。
4日程前、やまぶきベーカリーに寄った時の事だ。既にいた純と紗南が「姉ちゃんの誕生日の晩御飯は豪華だった」と自慢していたのを目の当たりにし、沙綾が誕生日を迎えた事を知った。
いつも世話になっているんだ、友人として祝いのひとつでもしてやりたい。
そこで俺は、我らがリサ先輩に助言を求め、その翌日にショッピングモールまでプレゼントを買いに行ったのだ。
まさかそのまま燐子さんと仲良くなれるとは思ってもみなかったけれど。
「…開けてもいい?」
「おう」
恐る恐るといった風に紙袋を受け取った沙綾は、慎重に中身を取り出す。
「コレって……リボンだ」
「あぁ…。まぁ、髪結ぶのにでも使ってくれ…」
沙綾が手にしているのはクリーム色のリボン。シンプルな無地で、沙綾に合えばと優しめの色にした。
俺からのプレゼントを驚いた表情で凝視する沙綾。なんだかそれが妙に羞恥心を煽られ、俺は視線を逸らす。
「……………」
「…………その」
「…………………」
「…………あー………なんか言ってくれ」
長いこと何も言わない沙綾。その無言の空間が辛くなった俺は沙綾に視線を戻す。
「……え?」
「………っ………ぐす」
沙綾はまたしても泣いていた。
こればかりは俺も動揺を隠せなかった。
「わ、悪い…。変なもん用意して…っ」
「違う! 違うよ佳夏…っ!」
俺の言葉に食い気味で否定する。大粒の涙を零しながらブンブンと激しく首を横に振る。
「嬉しいの…凄く。…嬉しすぎて…っ」
「そ……うか」
顔を赤くしながらリボンを大事そうに自身の胸へ押し当てる。まるで宝物を扱うかのように。
それが嬉しかった。喜んでくれて事がなにより嬉しかった。
流石リサ先輩だな。
「……今日は泣いてばかりだな、沙綾」
「…………佳夏のせいだよ?」
「ぅえ? それは……えぇ…??」
そうなのか? そうなのかな…?
えぇと。どうしよう。
俺はアタフタしながら、とりあえず沙綾の頭を撫でて落ち着かせる事にした。
「………えと…コレで許してください…」
自然と敬語になってしまった。
にしてもなんて撫で心地の良い髪だろうか。許しを乞うている側なのに、むしろご褒美を貰っている感覚だ。
「…………………………………ズルいよ…」
沙綾の言葉は俺の耳には届かなかった。
沙綾はゆっくり顔を上げる。
「…ねぇ、佳夏」
「ん?」
「佳夏の我儘。叶えたよね、私」
『沙綾の演奏が聴きたい。沙綾が楽しそうに、香澄達とバンドをしている姿が見たい』
「あぁ…ありがとな」
「ううん。コッチこそ………それでね」
「…ん?」
「私の我儘…聞いてくれる?」
上目遣いで聞いてくる彼女。
聞かない理由は無い。断る理由はもっと無い。
「あぁ、聞かせてくれ」
沙綾はリボンを抱えて言う。
「私の髪、結んでくれない? 佳夏がくれたこのリボンで」
……なんだ、そんなことなら。
「お易い御用だ」
「…!」
沙綾はクルリと背を向けて、既に結んでいた方のリボンを解く。
「…はいっ」
初めて見る、髪を下ろした沙綾。出来れば正面から見たい…という気持ちを押さえつけ、俺は「失礼します…」と髪に触れる。
「ふふっ、何それ」
こっちだって緊張してるんだ。女の髪は大事に扱わないといけないのだから。
「自分で頼んでおいてあれだけど。佳夏、髪結ぶとかできるの?」
「できるよ。昔は家族によくやった」
「そっか。佳夏の家族……会ってみたいな」
俺の手が止まる。
「………どうしたの?」
「…いや……俺だけ話さないのはフェアじゃないかなって」
「? …どういうこと?」
沙綾の家の事情に首を突っ込んだんだ。色々と知ってしまった。なら、沙綾も知る権利はあると思う。
「俺の家族の話な…」
「…うん」
「両親は………もう他界してるんだ」
「……ぇ」
俺は手を動かす。
「俺の5歳の誕生日にな、事故にあって…2人とも」
「……そっか…………………そっか」
「ごめんね。なんて言うなよ? 俺が話したくて話したんだ」
「…うん」
「………………途中から、母親の友人に引き取られてイギリスに行ったんだ。高校に入る直前で日本に帰って来たんだよ」
「…………」
沙綾は黙りこくってしまう。
「難しく考えるな。知っておいてくれればそれでいいよ」
「……分かった」
「……ありがとな、聞いてくれて」
「ううん。こっちこそありがとう、話してくれて」
その言葉と同時に俺の手も再び止まる。
「っし。コレでいいか?」
「うん…! ありがとっ」
沙綾はその場でポニーテールをフリフリと揺らし。
「えっと…どう? 似合ってる…?」
少し照れた様子を見せる。
「あぁ、似合ってる。可愛い」
本音だ。
「〜〜っ/// そっか……んふふ//」
我ながらド直球な褒め言葉をドストレートに受け取ったからか、沙綾の顔は瞬時に真っ赤になる。両手をパタパタと動かし、顔を冷やそうとしているが、恐らく殆ど効果は無い。
「…それと、もう1つ!」
「まだあるのか」
「今の私はちょっと我儘なんだよっ」
さいですか。
どうやら我儘はまだ終わらないらしい。今までの分を取り戻したいのだろうか。少し子供っぽい空気に気が抜けてしまう。
沙綾はえへへと笑って見せると、俺の正面まで歩み寄ってくる。
立ち止まった沙綾との距離は病院で会った時と同じ、1mにも満たない間隔。
「動かないでね」
動かない方がいいらしい。一体何をする気だろう。
「…………」
ポスン
そんな音を立て、俺の胸に頭を預ける。
「……………」
「…………うわ、くすぐったい」
そしてそのままグリグリと押し付ける。
なんだろうかコレ。よく分からないが、どうやらコレが沙綾のしたいことらしいのでそのままにしておく。
チロチロと触れる沙綾の髪がむず痒い。
「………………………………すぅ……はぁ」
「っおい嗅ぐな」
流石にそれはちょっと…いや結構恥ずかしいんだわ。
未だに頭を預けているので、くぐもった声で小さく笑い声が聞こえた。
「………………」
「………………」
コレは……甘えているのだろうか。
「……あったかい」
「そりゃ生きてるからな」
「…腹筋あるね」
「無い人間なんていない」
「……………見せて」
「…それは恥ずいからダメ」
「んふふ」
なんだなんだ? 沙綾がなんか変だ。どこがどう変かと聞かれたらよく分からないが、とにかく変だ。少しばかり幼児退行している気配が…。
「………大丈夫か?」
「大丈夫じゃないかも」
「えぇ…」
「……………だから……もう少しだけ…」
「………はいよ」
俺は追加のオプションとして彼女の頭を撫でる。
沙綾も俺の服をギュッと掴み、数秒して完全にホールドになった。
逃げられない。
まぁ…。沙綾に抱き着かれてると思えばいいか…。
コレは……しょうゆのおかげかな。
俺は考えるのをやめた。
◇◇
あの日。
初めて彼と会った日。
モカがうちに連れてきた日。
あの日からだ。色々と私の何かが変わったのは。
男の子と接する機会なんてまず無くて、会話だって多くした事は無かった。
あの日は少しだけ緊張していたと思う。
優しそうな人だった。
それが第一印象。
モカの振り回しにもなんだかんだ付き合って、苦言を零しながらもちゃんと相手をしていた。
実際凄い優しい人なんだと、今になっては分かる。
あまり笑わない人だった。
何度か会う内に分かったこと。
あまり……どころか、私は1度だって見た事はない。
でも、よくよく見れば雰囲気で分かる。何となく、彼がどんな様子かは分かった。
………それは多分。私が彼をよく見ていたからだと思う。
いつからだっけ。彼を目で追うようになったのは。
いつからだっけ。学校帰りの店番で彼を待つようになったのは。
いつからだっけ。手鏡を見ながら髪を整える時間が増えたのは。
いつからだっけ。彼の為にパンを焼く練習を始めたのは。
いつからだっけ。彼との会話で、心が暖かくなったのは。
いつからだっけ。彼の友達が女の子ばかりだと知って、彼に意地悪したくなったのは。
いつからだっけ。彼の近くにいると、気付かぬうちに心臓が高鳴っていたのは。
………そんなの分かってる。
発端もきっかけも、起因も要因も原因も引き金も端緒も。全部あの日からだ。
チョココロネ事件。
私の中では軽く黒歴史だけれど……忘れたくない記憶でもある。
初めてお父さん以外の男の人に抱き着いた。
事故だったけれど。
なんでだろうね。あんなに動揺するなんて、私ってばどうかしてると思った。
けど、彼から感じた温もりに、私はどうしようもなくドキドキした。
滲み出ているような優しさ。それに包まれたかのような感覚に、私は少し狂ってしまったのかもしれない。
あと、以外とガッチリしてて良かった……。私ってもしかして筋肉フェチ?
んーん、多分違う。
いや、今確信した。
今こうやって彼に近付いて、分かった。
うん…やっぱりね。
あの日はただのきっかけ。
そこから気付いた彼の優しさに、私は心撃たれたんだ。
毎日のようにうちへ通ってくれる姿も。
どうやって分かりやすく香澄に教えようかと考えてる姿も。
モカの絡みに顔を顰めながらも付き合う姿も。
先輩相手に必死に勝ちに行く姿も。
私の元へ、息を切らしながらやってきた姿も。
あの日から見つけた彼のいくつもの姿に、私はどうしようもなく惹かれたんだ。
そして今。彼の優しさの中にいる。
暖かい。
今まで溜め込んでいたモノを、彼が引っ張り出してくれる。
ちょっとずつ、皆に甘えてみようと思う。
涙が止まらない。
誕生日プレゼント…ありがとう。
ものすっごい嬉しくて、「可愛い」の一言でそれ以上に嬉しくなる。
そしてまた泣く。
彼のせいだ。こんなに涙脆くなったのは。
彼の
そしてまた彼の胸に頭を預けて……少し泣く。
分かった。
「………もう、いいよ」
「…そうか」
「ん………ありがと」
彼から離れて、顔を見る。
やっぱりそうだ…。
でも、まだもう少し。
もう少しだけ待ってて、佳夏。
たった今確信したこの"恋"を、伝える日まで。
◇◇
「皆でお昼食べよっ」
「あぁ。……でもその前に」
「ん?」
「やっておきたい事があるんだ。…先行っててくれ」
「ん、分かった」
俺はそのまま正門へ続く大通りまで行き、出店で売られているクッキーを大量に買い込んだ。
そのまま1年生のクラスがある棟へ。
見つけた。
「奥沢」
「ん? あ、林道。来てたんだ」
1-Cに到着。
「奥沢のクラスは……マジックショーか」
「そ。まぁ午前中の公演は終わったけどね。また午後に来れば見れるけど……多分こころの方に行った方がいいよ」
「どういうことだ?」
奥沢は呆れた様子で言う。
「マジックで使う小道具を持って行って、「コレで皆を笑顔にしてくるわ!」ーって勝手に1人でどっか行っちゃった」
「……行動力」
弦巻は相変わらずだな。校内を適当に回っていれば会えるかな。弦巻のマジックはちょっと興味がある。
「他にもね…。妙に壇上に上がりたがる薫さんとか……。そのたんびに人が倒れたりで…あたしと大和さんがどれだけ苦労したことか…」
「マジでお疲れ様」
そうか、やはり瀬田先輩も大和先輩も来ていたか。ま、当然かもな。
俺は買ったクッキーを少しだけ奥沢に譲る。
「頑張ったご褒美」
「…んふふ。何それ…ありがと」
しかし弦巻はいないのか。恐らくあの人達はそっちについてるだろうし。
「その大量のクッキーなに? お土産?」
「ん? あぁ…黒服さんへのな」
「……え、何で」
「まぁ……ちょっと助けて貰ってな。その礼だ」
「お気にならさずとも、当然の事をしたまでです」
「「うっ」」
またしても突然現れた黒服さん。俺たちはまたも仲良く息を飲む。
車で送って貰った黒服さんとはまた髪型が違うから…別人かな? まぁ話しは通ってるだろうし問題は無いだろう。
「……いえ、出来れば受け取ってくださいな」
「アレはいわば我々からのお礼でもあるのです。それに礼を返すと言うのは「いいですから」」
俺は半ば強引にクッキーの入った袋を渡す。
「黒服の皆さんで分けてください。一方的に受け取るだけってのは嫌なんです」
「……承りました。感謝いたします」
「えぇ。ドライバーの方に宜しくお伝えください」
「必ず」
黒服さんは音もなく去っていった。
「うし、コレでいいかな」
「……えぇ…何今の。何したのよ林道」
「………昼飯何食おっかな」
「何ぼかしてんのさ」
「………」
『先生、それは一体…?』
『んぁ? あぁ、たこ焼きだよ』
『それは分かります。何故それ程大量に?』
『お前らで食え』
『は』
『アタシからの礼ってのもあるし、たまには教え子の労を労いたいものなんだよ』
『は、はぁ…』
『黙って受け取れ。黒服全員分は……多分ある。多分』
『(また雑な…)』
『なんだ? たこ焼き嫌いか?』
『い、いえ』
『ならそんな顔しなさんな。ほんと、ただの気まぐれだと思ってくれ』
『…ありがとうございます』
『あぁ』
「……こちら黒服B。各員に連絡事項。林道様より━━━━━」
◇◇
「ねぇねぇ佳夏」
「なんすかリサ先輩」
「今日、遅刻してきたじゃない?」
「……そう…っすね」
「「なんか奢るから」って言ってたじゃん?」
「…言ってたね」
「んふふ♪」
「………昼飯、奢ればいいんですね」
「あっはは! 分かってるねぇ〜☆」
「まぁ……いいですよ」
「うんうん! だってさぁ〜皆〜っ」
「は」
「「「「「「わ〜いっ」」」」」」
「それでこそRoseliaのマネージャーよ。たい焼きを買ってきなさい」
「佳兄あのねあのね! あこ、焼きそば食べたいっ」
「佳夏君! 私フランクフルト!」
「私唐揚げー」
「私は…えっと…チョココロネで」
「あるのか…? チョココロネ。あ、私はイカ焼きで」
「はいはーいっ! あたしはじゃがバター! おねーちゃんと食べるから2人分ね♪」
「……」
「佳夏」
「さ…沙綾」
「あはは」
「……あ、はは」
「私はたこ焼きで」
「行ってきます」
誰がなんと言おうと、MVPは猫と黒服と北沢。
そしてまだ午前中という。
質問への回答です。
Q.佳夏君の演奏技術はどれだけ高いんですか?
A.ギターに関しては紗夜さんと同レベル。ドラムに関しては、現在登場しているどのドラマーよりも能力は上…。という具合ですね。
ただし、本人にその自覚は無いようです。
Q.猫の目線で話とか今後ありますか?
A.あります。気長に待って頂ければ…。
質問、ありがとうございます。