机の中から出てきた一通のラブレター。それを見て、俺は浮足立っていた。そう。俺はこの後、クラスメイトの女子に告白されるのである!
え?なんで告白と断言できるのかって? 頭お花畑とは、失礼な。
まあ、例えば単なる事務連絡って可能性もないとは言わないが、それならメッセージアプリで良いし、わざわざ呼び出すことはないだろう?
そして、何を隠そう、手紙にはハートマークのシールで封をしてあったのである!だから、間違いない! ……多分!!
自由に生きるがモットーの俺に、クラスカーストとかはよくわかんないけど、そんな俺でも色んな奴とほどほどの距離で関わりながら、広く浅いコミュニティでまあそこそこ楽しい学園生活を送っている。
陽キャと陰キャで区別するなら、俺はその両者の中間に位置すると捉えてくれればいい。クラスのイケメンくんとも仲良くやっているが、そんな時は、偶に嫌な視線を感じることはある。
で、俺とその酒居さんの間柄についてだが、全然話したことありません! だから好きになってくれる心当たりは全くない!
酒居さんといえば、同じクラスでよくギャルっぽい子たちと一緒につるんで騒がしい。俺はもう少し清楚な女の子の方が好みとはいえ、彼女の見た目はそこそこ?いや結構 可愛いとは思う。
だから、正直にいえば今のこの展開に、俺はついていくのがやっとである。あの酒居さんが、俺のことを好きだったとは……!
これから起こることを想像すると、やっぱニヤニヤが止まんないぜ。たった一通のラブレターで、これまでの彼女に対する印象が、ガラッと変わった。空き教室へと向かっている今は、自分で言うのもあれだけど、かなり浮足立っている。
◇
しかし、どうしたものか。
……実は、俺には他に好きな女の子がいるのである。それは、決して叶わぬ恋。高嶺の花。ずっと彼女のことだけを一途に想ってきたわけだが、今は心が揺らいでいる。
諦める、べきだよな……
俺には、好きな女の子がいる。だが、所詮凡人の俺には、手の届かない相手だ。彼女の名は滝澤奈央。圧倒的な美貌を誇るが、あまり他人との接点を持たずにクラスの端の席でいつも窓の外を眺めているような、クールな雰囲気の漂う女の子だ。
滝澤さんはそのスペックからして、本来であればクラスの中心にいてもおかしくないような存在だが、今のうちのクラスの中心は酒居さんたちギャル共だから、彼女たちと特に仲が良いわけではない彼女は、大抵は一人でいる。
だが、そんな彼女に俺は一目惚れしてしまった。仲良くなりたいと思った。だから、俺は何気なくで、定期的に彼女に話しかけるようにした。
本当は沢山話したいのに、広く浅いコミュニティの一環としてでないと、近づけないのが辛かったぜ!
しかし滝澤さんは、実際に話してみると意外にも表情豊かで、凡人の俺にも優しい笑顔を見せてくれて、それを見た俺はますます彼女に惚れてしまったのだった。
そして先日、そんな俺たちの関係が、少しだけ変化した出来事があった。滝澤さんから勉強を教えてほしいと頼まれたのだ。彼女の方から頼まれたときは、そりゃびっくりしたよ。
でもまあ、高嶺の花である彼女に話しかけるクラスメイトは少ないので、逆に滝澤さんにとっては頼みやすい人が俺くらいしかいなかったのだろうな。俺は心の中でガッツポーズした。その昔、満塁ホームランを打った選手に「ガッポォー!!」と叫びながら咽び泣いた実況アナウンサーもいるらしいが、それはどうでもよい。
しかし、完全無欠に見える滝澤さんが、勉強が苦手だったとは意外だな。
……そんな風に思いながら放課後の図書室へと向かったのだが、実のところ、滝澤さんは家で集中して勉強できていないだけだった。
少し教えるとすぐに内容を理解する滝澤さん。地頭が良いにもかかわらず勉強が上手くいっていなかった彼女に、普段家ではどのように勉強しているのかを尋ねたら、すぐ弟の話になるのだ。
弟は勉強に関係ないでしょ!
そう思って話を聞いていたのだが、しょうもないことですぐ構ってもらおうとする弟くんに、つい優しく接してしまうという滝澤さん、という彼女の新たな一面を知ってしまったことで、俺の滝澤さんに対する気持ちはますます良くなった。美人なうえに優しくて面倒見が良いなんて、滝澤さんは女神か何かかな?
……ちなみに、あの日をきっかけに、今では滝澤さんとは放課後もメッセージアプリでやり取りをする仲だ。
結果的に滝澤さんとはかなり打ち解けることができたし、メッセージの端々では俺のことをちゃんと男子として扱ってくれていることも伝わってくるので、もしかしたら脈ありなのではと、時々勘違いをしてしまいそうになる。
しかし、実際のところそんなことはあり得ないだろう。俺は滝澤さんにもう一歩近づきたいと思いながら、この関係に甘んじていた。だから、滝澤さんとは学校ではあくまで友人として、会話するだけ。
だが、たったそれだけでも、そんな俺を良く思わない連中もいるらしい。
ここ数日は、俺が滝澤さんに話しかけているときのクラスメイトの視線が痛い。俺はクラスカーストの位置付けで、彼女には話しかけてはいけない身分なのだろうか?
……そういうことに疎いから、俺よくわかんないのよね!
しかし、折角ここまで仲良くなれたのに、酒居さんと付き合うことになったら、滝澤さんのことは諦めるしかないし、もしかしたら友人として仲良くし続けることも、難しくなってしまうかもしれない。
『今の関係を壊したくない』という中途半端な妥協によって、滝澤さんに告白しなかったことで、滝澤さんへの未練が残ったまま、酒居さんと付き合うことになっては、酒居さんに申し訳ないし、俺としてもモヤモヤした気持ちが残ってしまう。
やっぱ、振るべきだよな。
そうこうしているうちに空き教室はもう目の前だ。好意を向けられるのは嬉しいけど、酒居さんを今から振るのだと考えると、胸が痛い。全く、罪な男だぜ!
なんて考えながら、ドアを開けた俺だったが……
あれれー?なんかおかしいぞー?
小学生探偵っぽいセリフを吐きだしそうになった。酒居さんの他に、いつも彼女と仲良くしているギャルの子がもう二人、付き添いでいらっしゃいましたよ!
え、告白ってギャラリーいるのが常識ですか?
◇
空き教室のドアを開けると、そこには酒居さんと、それから彼女と仲良しな石井さんと田中さんの姿があった。え、もしかして俺、三人に告白されちゃう感じ?これが修羅場ってやつ?
予期せぬ展開に困惑していた俺だったが、そんなことはお構いなしで、ちょっと異常なまでに体をもじもじさせながら、酒居さんが俺に近づいてくる。
「あのっ!わ、わたし、たくみくんのことが、好きです!」
その様子を、後ろの石井さんは生暖かい目で見守っている。田中さんは、スマホを向けているようだけど、酒居さんの一世一代の告白を、一生の思い出として記録するためだろうか。
「わたしと、付き合ってください!」
酒居さんはそう言って、俺の顔色を伺ってきた。
「え? それで、返事は?」
「早く返事してあげないと、可哀そうだよー??」
田中さんも、それに便乗する。だけどさ、この雰囲気で「好きな人がいるから……ごめん」なんて、言い出しにくいじゃないですか。
そんな俺に、助け舟を出してくれたのは、田中さんの方だった。
「ね?どうよ?今の気持ち。沙由に告白されて?嬉しい?」
それは、そうだよ。こんな可愛い子に告白されるなんて、長い人生で一度も経験できない男性の方が多いのではないだろうか。
「う、嬉しいよ」
恥ずかしさのあまり、俺の方も少し詰まってしまったが、ちゃんと伝えられた。ごめん。この後断るけど、許してください酒居さん……
「嬉しい?嬉しいかー♪」
しかし、俺の返答を聞いて、石井さんと田中さんは急にざわざわし始める。あれ、まだ俺、酒居さんに返事してないんだけど……
そんな呑気なことを考えていた俺に、それはそれは悲しい現実が突き付けられたのであった。
「じゃーん!ドッキリ大成功!今の告白、噓だから!ウ・ソ!びっくりした!?いやーいいもの撮れたわ!あ、本気にしちゃった?なわけないじゃん」
真実を語る石井さんの隣で、「ウケるー!」と合の手を入れる田中さん。
そして、さっきまでのもじもじする姿とは対照的に、ヘラヘラしている酒居さん。一瞬、何が起こったのか理解が追い付かなかった。
俺は、今、何をされてるんだ?頭が真っ白になる。
目の前では三人の女の子がゲラゲラと笑っているけど、何が面白いのかわからない。
あ、これって……、俺の反応が、面白いってことなのか。さっきまでの胸の高鳴りを返せよ!!少しでも酒居さんのことを可愛いと思っていた、過去の自分をぶん殴りたい。
しかし、どんなときでも相手を思う気持ちを大切にするのが俺のモットーだ。
よく考えろ俺。今すべき行動はなんだ?
まだ田中さんはスマホを俺に向けている。こいつら、俺の反応を見て面白がるだけでなく、それすらも『記録』しようとしているのだ。
それに気づいた俺が、この後取る行動は、一つしかなかった。
「うわああああ!」
下半身の力を、少しずつ抜いていく。すると、いい感じで膝から崩れ落ちることに成功した。今の彼女たちを喜ばせるには、これが一番なんだ。
「どうして、どうしてこんな酷いことをするんだあっ!」
俺は三人の女の子の前で、膝から崩れ落ちた。
「うわああっ!!!」
俺の絶叫が、放課後の空き教室でこだまする。彼女たちの見下したような視線が痛い。そしてその様子もスマホを向けられて撮られており、屈辱的だ。
あ。念のために言っておくけど、俺はMじゃないよ? だが、勿論対価なしでそんなことをするはずがないよ。
俺は、彼女たちの目の前でポーズをしたまま、その表情を伺うように、ゆっくりと視線を上に向けていく。
仁王立ちをしている酒居さん。つま先から、ゆっくりと辿っていく。ハイソックスの部分が終わり、酒居さんの生足を鑑賞させていただく。
さらに目線を上げていくとその先に……この角度では、拝めるはずなのだ!!酒居さんのスカートの中を!!
しかし、現実はそう甘くはなかった。酒居さんの短いスカートの中には……男子の理想とは程遠い、短パンが備わっていたのだ。
「なんでだよっ!!!」
あ、やべ声に出ちゃったわ。俺の真の意図を見抜かれてしまったかと思い、恐る恐る彼女たちの表情を伺うが、酒居さんたちは汚物を見るような目で俺を見つめながら、ヘラヘラと笑い続けていた。
あ、危なかった……。どうやら今のも俺が噓告白されたショックによるセリフと勘違いしてくれたらしい。
しかし、まだだ!このままでは終われない!
「うおっ!!!」
俺は、後ろでスマホを向けている田中さんに向かって、突如カエルのように跳びかかった。
「ひゃあっ!」
急に、無駄に可愛らしい悲鳴をあげる田中さん。しかし、そんな様子に構うことなく田中さんを押し倒した俺は、彼女の手から零れ落ちたスマホを、奪い取ったのだった。
田中さんからスマホを強奪し、すぐさま高速で操作する、俺。直前までカメラを回していたこともあり、田中さんのスマホはロックされていなかったので、他人である俺でも問題なく使うことができた。
「……くっ、てめぇ!」
石井さんが怒り狂って俺に襲い掛かってきた。言葉遣いが汚いなぁ。
タックルされて尻もちをついた俺は、そのはずみで石井さんの柔らかい部分が当たって、思わず役得だなんて考えてしまうのだけど、石井さんは鬼の形相で本来の可愛い姿からは程遠かった。もう、折角の綺麗な髪が台無しですよ。
「スマホを返せ!動画を消す気だろ!!!」
返せと言われてもこれは石井さんではなくて田中さんのものだしなあ、なんて考えながら、そうか、動画を消されると思ったからそんなに焦っていたのかと気づく。
「ほい」
だから、俺は素直に石井さんにスマホを手渡した。慌ててスマホを弄る石井さん。
「……き、消えてない」
ほっとしたように呟く。そして、残りの二人も寄ってきて、三人で動画を確かめている。彼女たちの笑いのツボが、俺には良く分からない。
人が騙されるのって、そんなに面白いことなのだろうか? 上に立った気分で、優越感にでも浸っているのだろうか。
「あー!良いこと思いついちゃった♪」
ふと、田中さんがそう高らかに声を上げたかと思えば、何やら二人にひそひそ話をしている。目の前で俺だけハブられて会話されるのもなかなか気持ちの良いことではない。どうせ、ロクなことではないのだろう。
「それ、いいじゃーん!」
三人は上機嫌で、俺を一人残して空き教室を去っていった。
いかがだったでしょうか。