俺、森脇巧は、今日も元気に登校している。なぜなら、昨日、大好きだった女の子である滝澤奈央と晴れて恋人になったからだ。
しかし、登校中の俺の隣に、彼女はいない。別々に登校しているからだ。
別に、俺は滝澤さんとの交際を隠したいってわけじゃない。というか、むしろこれでもかってくらい、皆にオープンにしたいと考えている。
滝澤さんは、美人だ。だから、俺がちょっとでも隙を見せてしまったら、その瞬間他の誰かに奪われてしまわないかと、不安なのだ。
そんなわけで、俺はクラスのみんなにイチャイチャを見せつけていきたい。それで心にダメージを負うものが現れても、俺達には何一つ罪はないのだから。
じゃあなんで今日は別々に登校しているのかといえば……
滝澤さんは今朝、早く登校してやるべきことがあったからだ。
◇
校門をくぐり、靴箱を開けると、中には一通の手紙が入っていた。これは、きっと俺にとって一生の宝物になるだろう。結末がわかっていても、こうして滝澤さんが俺のためだけに書いてくれた手紙を見ると、やっぱり最高に嬉しい気分だ。
ふと視線を脇にやると、陰からこそこそと酒居さんたち三人が顔を覗かせていた。
彼女たちは、俺が手紙を受け取ったのを見てニヤニヤしていた。俺も、手紙を見てニヤニヤしていた。
そして放課後。俺はこの前の空き教室へと向かう。そこには、滝澤さんが一人、物憂げな表情で夕日を背に黄昏ていた。なんか絵になるな。
ま、全ては結末を知っているからなのだが、やはり雰囲気というのは大事だなと再確認する。だんだんと気持ちが昂ってきた。
「あ、あの森脇くん。君のことが、大好きです。良かったら、私と付き合ってください」
何か捻りのある告白かと身構えていたが、彼女の選んだものはいたってシンプルなそれだった。だが、それが逆に俺の胸に刺さった。俺に対して面と向かってそう言ってくれる彼女は、滅茶苦茶可愛かった。
「はい。こちらこそ、大好きです。俺で良かったら、是非よろしくお願いします」
だから、俺の返事は酒居さんのときとは違って、嬉しい、だけではない。
もうそれをはるかに通り越した感情が色々と込み上げてきて、「ドッキリ大成功~♪」と言われるのがわかっていても、告白をOKする。
これによって、きっとさぞみじめな動画となることだろう。だが、そんなことはどうでも良かった。だって、俺たちの気持ちに嘘はないのだから。
ところが、ここで予想外の事態が起こった。俺が返事をした直後、滝澤さんは細い腕を俺の肩に回して……
なんと、思いっきりキスをしてきたのだった。二人が一つになり、彼女は切なげに息を漏らす。まさかの展開に、困惑する俺。
大好きな彼女との初めてのキスは、いきなり口と口で、それも、とても濃厚なものだった。
キスが終わり、動揺して思わず目を瞑ってしまっていた俺が目を開けると、そこにはとろんとした瞳を揺らして、茶目っ気溢れる微笑みを浮かべた滝澤さんがいた。
……してやられた!
そしてふと脇を見れば、最早隠れることも忘れて、空き教室のドアの前で呆然と立ち尽くしている三人の姿があった。そのうちの誰かが、かき消されそうなほど小さな声で呟く。
「う、嘘でしょ……」
あいつら三人の呆けた顔を見るのは初めてで、それを見てちょっとだけ気分が良くなってしまったのは、俺の性格が歪んでいるからだろうか。そして、俺はただ立ち尽くす田中さんからスマホを強奪する。
「おい、また動画を取ってるんだろ?」
彼女のスマホにはカメラのアプリが起動されており、案の定、動画を撮影していた。俺はそれを操作して、メッセージアプリを経由して自分の端末へと動画を送信する。これで生涯、俺は滝澤さんからの告白をリピート再生できることとなった。
きっと、これから人生でどんなに辛いことや悲しいことがあろうとも、俺はこの動画から勇気をもらい、立ち直ることができるだろう。キメぇ……
本当は転送だけ済ませるつもりだったのだが、もうこんな動画は見たくもないと田中さんが言うから、動画自体を田中さんの端末から消させてもらった。
「おい。もう一つ、消すものがあるだろ」
それだけではピンと来なかった様子の田中さんに呆れつつ、俺は続ける。
「滝澤さんを脅していた写真だ。俺の目の前で消せ」
そう。もう一つの目的とは、滝澤さんの脅しの材料として利用していた画像を、田中さんの端末から削除させることだ。
今回の件はこれで済んだとしても、噓告ドッキリが上手くいかなかった逆恨みで、彼女たちがまた滝澤さんに嫌なことをする可能性は否定できない。もちろん、田中さんのことだからPC等に画像のバックアップを取っていて、こんなことをさせても無駄かもしれない。けれど、この場で少しでも滝澤さんのことを安心させてあげたかったのだ。
語気を少しだけ強めて言ったからかと思ったが、田中さんはすっかり俺達に興味をなくしたようで、指示に従って俺にその写真を見せようとした。
「……ま、待って!森脇君、それは!」
これまで黙って俺たちの会話を見ていた滝澤さんが、叫んだ。それを聞いて、はっとする。
証拠となるように俺の目の前で消せ、と俺は言ったが、滝澤さんが嫌がるほどの写真だ。もしかすると彼女の名誉にかかわるものなのかもしれない。
後で滝澤さんにどう償えば良いだろうか。咄嗟に目を閉じようとした俺だったが……、田中さんはそれよりも早く俺の目の前にスマホを差し出して、見てしまった。滝澤さんがメイド服を着て、ノリノリで飲み物を運んでいる写真を。
聞けば、中学校の文化祭で滝澤さんはメイド喫茶の店員をしたことがあるらしく、実は滝澤さんと同じ中学だった田中さんがその様子を盗み撮りしており、その写真を使って恥ずかしがる滝澤さんのことを脅していたという。てか、メイド喫茶認める中学校すげえな。
それはさておき、なんて可愛いんだ……。俺は目の前ですぐに消そうとする田中さんを静止して、その写真を俺のアカウントに転送した。それから、田中さんの端末から消去して終わった。
◇
「たくみくん!駅前に新しいケーキ屋さんができたみたいなんだけど、あの、一人で入りにくくて……」
「お。この抹茶ケーキうまそうじゃん。今日の帰りにでも寄ってみようぜ」
「え、それなの……?」
今日も俺たちは、教室でイチャコラしています。付き合い始めてから、滝澤さんは俺のことをたくみくん、と下の名前で呼んでくれるようになった。
はじめは『たっくん』とあだ名で呼んでくれたのだが、それが嫌だった俺が、たくみと呼んでほしいと言ったからだ。
ちなみに俺は『なおぼう』と呼んでみたら怒られたので、奈央、と呼んでいます。
あとどうでもいい話だけど、奈央にはあの後何度もメイド姿の写真を削除されそうになって、本当に危なかった。田中さんとのトーク履歴ごと削除しようとするの、ほんとやめて。
……まあどう考えても悪いのは俺なわけだけど、そこは俺としては譲れない部分なので、現在は改めてメイド服のコスプレに挑戦してくれないか、交渉中である。費用は全部俺が持つと言っているのに、なぜOKしてくれないのだろうか。
まずは、奈央が必要以上に照れ屋さんで、可愛い服を着てくれないところからなんとかしていきたい。そんなこんなで前途多難ではあるが、今は毎日が幸せである。
◇
ところで酒居さんたちだが、あの一件以降、俺たちに絡んでくることはなくなった。かといって、他の誰かに噓告をしかけるでもなかった。
彼女たちは現在、誰が一番最初に彼氏をつくるかで競っているようだ。教室でいちゃついている俺たちを見て、自分には彼氏がいないことを恥だと思ったらしい。
俺としては次の噓告の標的が現れないかが心配だったのだが、どうやらそんな相手はいないようで安心した。告白なんてしたら、自分たちには彼氏がいませんよ、と言っているようなものだからな。
そして、男性の視線をより意識するようになったからだろうか、最近の酒居さんたちは以前よりも更に綺麗になったので、俺達男子からしても目の保養となって嬉しい変化だ。
彼女たちは元々容姿を気遣っていたとはいえ、派手過ぎず地味過ぎない現在の姿が、元の素材の良さが活かされていて良い……。
酒居さんたちを遠目で眺めていたらふと冷たい視線を感じて、振り向けば、そこには少し拗ねたように髪を弄る奈央がいた。
この仕草を俺に見せてくれる理由は、クラスカーストに鈍感な俺でも、流石に分かってしまう。だから同時に、これまでの人生では感じたことのない幸福感で満たされてゆくのだ。奈央のこんな姿を見るのも、癖になってしまいそう。
やっぱり奈央が一番可愛い!
それを改めて実感した俺は、優しく彼女の頭を撫でるのであった。
いかがだったでしょうか。