何もわからん。
意気揚々と練習場に来た俺の目に映るウマ娘たちの走りは、皆ケタ外れの速さだった。自分と同じ二足歩行であることに疑いをも覚える。これが十分な実力じゃないと?この中から抜きんでた才能を見抜けと?
「…」
やっぱりわからん。俺は階段に座り込むと、彼女らの走りをぼうっと眺めることに専念した。正確に言うとそれしかできないからそうしたのみなのだが。
「みんな、いい走りだよね」
「おぉ…」
頭上からの声に生返事を返してしまった。誰だ?顔を上げると鹿毛のウマ娘がこちらに微笑んでいた。
「ごきげんよう」
「お、おぉ…あんたは走んねぇのか?」
「私?私かぁ…」
そう濁すとそのウマ娘は俺の隣を指さし、
「隣、いいかしら?」
「ああ、構わねぇよ」
二人で並んで練習風景を眺めた。
「私はね?走るために生まれてきたわけでは、ないの」
「走りたくねぇってことか?」
そう返すと彼女は困ったような顔をした。
「俺はあんたの走りも見てぇってだけだよ。チームメンバーを増やさなきゃなんねぇからな」
「あら、そう…残念だけど、私はあなたの期待には沿えないよ」
ふと人影を感じて後ろを振り向くと、黒服のウマ娘がこちらに歩いてきた。やべぇ撃たれる!…いや撃たれねぇよ。
「殿下、そろそろ」
黒服は彼女にそう告げるとこちらに少し頭を下げた。つられて頭を下げてしまう。殿下という言葉が少し気にかかる。
「じゃあ、行くね…お話ありがとう、感謝します」
「待ってくれ!…あんたの名前をまだ聞いてない」
遠ざかる彼女にそういうと、彼女は振り返って答える。
「ファイン…ファインモーション!」
*
「何?あのファインモーションだと?」
「『あの』って…有名なのか?」
翌日の昼。また食堂でばったり会った(示し合わせたとかではない、断じて、断じて)マクギリスとテーブルを囲み昨日の話をすると、この金髪は少し変わった反応を見せた。
「フフ、そうか…君はやはりいつも私を楽しませてくれるよ」
「何だそりゃ…」
「ファインモーション…彼女はアイルランドの王族のウマ娘だ。こちらには一時的な留学という形で来ている…まあ国際交流の一環のようなものだ」
「なるほど、それで殿下か」
「だからじきにこの学園からは去るし、そもそも走りに来ているわけではない…しかし」
「しかし?」
含みある言い方をするマクギリス。
「彼女の才能は目を見張るものがあると、もっぱらの噂だ」
「アイツが…」
走りたくないのか、と聞いた時の彼女の表情が頭から離れない。あんみつを食べ終わったマクギリスがこちらに意味ありげな微笑みを向けていたことを、その時の俺は気が付きもしなかった…
*
「任務ッ!一日警護だ!!」
「警護?」
理事長室に呼び出された俺は、仕事を任されることになっていた。
「うむ。留学生ファインモーションの警護SPたちが一部休暇を取るということで、君と君のチームにその手伝いをしてもらう!!案ずるな!これはマクギリストレーナーからの、推薦ッ!」
「あの野郎…」
少しイラっと来たが、奴が単に面倒ごとを押し付けてきたとは思えない。まさか俺とファインを…
「わかりました。やらせてください」
「うむ!!」
奴がくれたかもしれないこのチャンスを逃す手はない。俺の脳のビジョンには、鉄華団の名のもとに走るファインモーションがもうとっくに映っているのだから…!