トレーニング場にアヤベはいなかった。
ミカとウララの併走とファインの走り込みを一通り視た後、もう一度チーム小屋に帰ることにした。鉄華団と手書きで書かれたパネルがかかるドアに手をかけたとき、背後から声がした。
「キミがオルガトレーナー?」
「…何だアンタ」
後ろに立っていたのは明るい髪をした小柄のウマ娘…その瞳は俺を…何というか『挑戦的に』見つめていた。
「マヤね、わかってるよ…このチームは人数が足らない、ってこと」
「何だ?冷やかしにでも来たのかよ…そうだよ、お前が入ってくれるってんなら揃うってもんだが」
「はいるよ」
「は?」
「だから、マヤがこのチームに入ってあげるの」
いきなりで衝撃的。しかし俺はその瞳が単にチーム加入を求めるだけのものではないということも勘づいていた…そのあとに続く言葉も。
「その代わりにね」
「…だろうな」
「その代わりにマヤを次の模擬レースに出させてくれない?」
「…はぁ?」
意味が分からない。模擬レースくらい誰だって出られるだろうに…
「その子はマヤノトップガン…その子の言う通り、レースに出るのを制限されているわ」
「アヤベ!」
いつの間に帰ってきたのか、アヤベが俺らを見て佇んでいた。
ことの顛末はこうだ。
彼女…『マヤノトップガン』は練習嫌い。一度だけ模擬レースに出場したがそれ以降は度重なるトレーニングのボイコットのため学園側が教育方針上レースへの出場を許可しかねる状況にあるらしい。アヤベは「別に…ちょっと小耳にはさんだだけ」と言っていたが彼女なりにマヤノが気にかかっていたのだろう。
「お前なぁ…トレーニングすればいいことじゃねぇかよ」
「ヤダ!トレーニングはつまんないから嫌いなの!」
アヤベの方を見る。目が合ったが彼女はその場で目をつむり首を横に振った。
「…わかった。お前をチームに歓迎してやる」
「!…ちょっとあなた!」
「やったー!マヤね、絶対OKしてくれるって分かってたの!」
マヤのはそのまま風のように去った。二人でその背中を見送るとアヤベが小さい溜息とともに言葉を吐き出した。
「…無責任ね」
「アイツは俺が何とかしてみせるさ…それにこれでやっとお前らをデビューさせることができる」
「!…ほんと、バカ」
アヤベもチーム小屋を後にした。結局、蹄鉄の件は言いそびれた。
その日の夜。特に用もなく遅くまでトレーナー室の椅子で天井を見ていると、部屋に入ってくる男がいた。
「おつかれさん…あんたのとこのチームもやっとメンバーがそろったみたいだな」
「…あぁ、アンタはスピカの」
チーム〈スピカ〉のトレーナーだった。
「先輩のアンタに聞きたいが…トレーニングを嫌がる奴っていんのか?」
「トレーニングを嫌がる奴…?オイオイここはトレセン学園だぜ?ほかの養成施設じゃいざ知らず、ここに集まる奴にそんな半端者はいねぇだろ…中央を無礼るなよ」
最後何言っているかわからなかった。
*
「で、レースはいつになったの!?」
「あぁ?」
翌日、マヤノはしっかりチームのもとに来た…が、あくまで練習のつもりはないようだ。
「あー…あ、オイ、模擬模擬レースってのはどうだ?」
「もぎもぎれーす?」
ようはレース形式の併走である。
「走るんだね!ワクワクするなぁ…!」
「別にいいけど…するなら早くして」
ファインとアヤベの招集に成功した。マヤノも初めて走る二人のようで、満足のようだ。
芝、2000m、バ場状態良。出走するウマ娘はファインモーション、アドマイヤベガ、マヤノトップガン。
スタート。アドマイヤベガは後方より開始。ファインモーションとマヤノトップガンは並んでお互いを見合うような形でのスタートとなった。
「アイツ…」
その走りに驚く。その実力は天性のものか、とてもトレーニングを怠ったようには見えない。
2コーナー、向正面と動きはない。どのウマ娘も快調かつ足をためているように見える。3コーナーを通過し4コーナーの手前、ファインモーションが少し速度を上げ先頭に立った。
置いて行かれたマヤノを見る。驚くほど冷静だった。まるで…
「アイツ…ファインがここで出ることを『分かってた』のか…?」
最後の直線でやはり外から上がってきたアドマイヤベガ。ぐるりと回りマヤノトップガンを隣につけ、そのまま抜いた。
つられてマヤノは速度を上げるか…?上げない。
「何だ…?」
そのコンマ数秒後、マヤノが差した。
完璧、完璧なタイミングで上がってきたマヤノトップガン、スパートをかける。その後方からのプレッシャーを振り払うように速度を上げるファインモーション、アドマイヤベガ…!
そのまま大逆転が起こることはなくアヤベ、ファイン、マヤノの順にゴールした。しかし俺はその手のストップウォッチに驚きを隠せなかった…二人の過去最速タイムを上回っている。それを引き出したのは間違いなくマヤノ。何より…
「外から見てもいないのに、なんであのタイミングで差せた…?」
俺は再び、自分の、『トレーナーのオルガ・イツカ』の心音が上がるのを確かに感じた。