昨日、例の蹄鉄が届いた。アヤベの母親を経由してオーダーメイドされたそれは、きっと彼女の脚の歪みに合う…はずだ。俺が現物を見てもよくわからんけど。
「これを、アイツに…」
俺はアヤベの母に電話した時のことを思い出していた。
*
『あなたがアドマイヤベガを…うちの娘のトレーナーになってくれたこと、すごく感謝しております…オーダーメイドの蹄鉄は、私が以前お世話になっていた装蹄師に頼むのがいいと思います』
「ああ、頼んます…!」
『…トレーナーさん、差し出がましいですが…あの子を、あの子のために走らせてあげてください』
「アイツを、アイツのために?」
『えぇ、あの子は、きっと…』
語り始めた母親の話は、俺にとっては衝撃のものだった。
アヤベには、妹がいた。
妹、と言っても実際にいたというのではなく、母親の腹の中で息絶えた命だった…アヤベの命と、引き換えに。
『あの子はきっと、自分が妹の命を、走ることを奪ったって考えているんです…トレセン学園に入ってデビューするのも、きっと、妹のため…贖罪、とでも感じているのでしょうか』
「アヤベが…」
『でも私は、あの子にはあの子の人生を…あの子のトゥインクルシリーズを走ってほしいんです…トレーナーさん、こんなことを他人に頼むのは母親として失格かもしれませんが…あの子に、アドマイヤベガを走らせてください』
「いえ…違います。俺とアヤベはもう家族だ」
『家族…?』
「俺たちチームは…鉄華団は、みんな家族だ。だから任せてください、アヤベのことを俺に」
『…よろしく、お願いします』
受話器の向こうからの声が震えていたのは聞き間違いではないだろう。
*
「新しいシューズに、オーダーメイドの蹄鉄?」
「ああ…お前の脚に合うように、お前がもっと走れるようにってな」
「…いつの間に、そんな」
「お前の母親にも頼んでよ…娘思いのいい母親じゃねぇか」
アヤベに試走してもらうと、「走りやすい」と好感触だった。
「よく…わからないわ」
「何がだ?」
「私はあなたのトレーナーだけれど…私があなたにそれを求めたことはなかったはずよ…みんなのように。私はあなたに冷たかったはず、なのに、どうして」
「トレーナーだから、じゃいけねぇのか?」
「え…」
「俺はお前のトレーナーで、鉄華団の一員で、家族だ。家族ってのはそんな利害で成り立つものじゃねぇんだ」
「家族って…ほんとうに、あなたは」
「へへっ…すまねぇな、不器用でよ…うまいことの一つや二つ言えりゃあいいんだが」
「大丈夫…伝わったわ…それで、今日のメニューは?」
少し柔らかい表情のアヤベに戸惑いながら、俺は今日のトレーニングスケジュールを伝える…俺、やっていけているのだろうか、トレーナーとして。
*
「聞いたんでしょう?母に…私と、妹のこと」
「ああ」
その日のトレーニングが終わって、ミカやウララたちが帰路に就き、あたりが暗くなったころ…チーム小屋に残っていたアヤベにそう聞かれた。
「…私の走る理由を知って、母みたいに止めるのかと思ったわ」
「止めやしねぇよ」
「…」
「散っていった家族のためになにかを成そうとすんのは間違ったことじゃねぇ…ただな、それだけじゃダメだって、俺は思う」
「…?」
「『死んだ奴には死んだ後でいつでも会えるんだから、今生きてるやつのために精一杯できることをやれ』って、俺が昔言った言葉らしい。俺は覚えちゃいなかったがな…なにも妹のことを忘れろなんて言わねぇよ、それがお前の原動力なら精一杯妹のために走りな」
昭弘が弟を失ったとき、鉄華団がひとり、またひとりと死んじまったあの時のやつらの表情を思い出す。
「けどな、だからと言って他を、今を無視するようなことはしちゃいけねぇんだ…まぁその、なんだ、今お前の周りにいるやつらはみんな『お前』に集まったんだからな…『妹』じゃねぇ、お前に」
喋ったことがめちゃくちゃだったか?よくわからない表情をしているアヤベに気が付いて急にこっ恥ずかしくなる。
「なんてな」
「…今日はお疲れ様」
そのまま背を向けてドアに手をかけるアヤベ。立ち止まり、でも顔をこちらに向けずに、呟く。
「ありがとう…その、私の…私のために」
「おう!」
ドアが閉まる。今日ほどアヤベと話をしたことは無かったかもしれない。彼女は今日も星を見に行くのだろうか…
「俺も頑張らなきゃな」
電気を消し、鍵を閉めた…明日もトレーニングだ。