≪中央暦1639年8月11日>≫
<ロデニウス・アルタラス海峡>
アルタラスでの戦争が始まって3日たった11日の夕方。日没も近く、暗くうねる波が夕日を妖しく照り返す大海原には、北上を急ぐ船団がいた。
パンドーラ連合公国海軍第二艦隊である。
ロウリア王国の王都ジン・ハークにて包囲されているパンドーラ・ロウリア連合軍の救出する為に出港した第二艦隊だが、8日のパーパルディアのアルタラス侵攻で状況は変わった。それを受けて第二艦隊の任務は変更され、ロデニウス、アルタラス、シオスに囲まれた海域での海上優勢を確保するべく、シオス王国がパーパルディアに貸し出した軍港を破壊する事になったのだ。
パーパルディア軍の大規模上陸とパンドーラ軍実験部隊の爆撃による王都壊滅によって、最早この戦争はパーパルディア対パンドーラの様相を呈している。しかし、これが第3文明圏の二大巨頭の直接衝突であること、そしてその重大さにパンドーラ軍は気付いて居なかった。
いよいよ太陽が水平線に触れた頃、北東方面を偵察していた14番機から魔信が入った。
『こちら14番機。地点25-6にて、南南西へ移動する敵艦隊を発見!』
第二艦隊旗艦のリ・アールの通信兵は情報を記録する。
『こちらリ・アール通信室。敵の編成と接近した時刻を報告せよ』
『敵艦隊の編成は、爆裂艦2、空母2、戦艦3、戦列艦9、巡洋艦10、駆逐艦5。時刻は1842。……繰り返す、爆裂艦2、空母2、戦艦3、戦列艦9、巡洋艦10、駆逐艦5。時刻は1842!』
≪中央暦1639年8月8日≫
<アルタラス王国王都ル・ブリアス上空>
ルミエスがみょうこうに乗り込んだ頃、戦場の空を一機に飛行機が飛んでいた。パンドーラ陸軍の偵察機である。
その偵察機は角張った主翼を持った単発の単葉機で、翼の付け根部分が妙に分厚くなっており、そこに仕込まれた風神の涙によって揚力を発生させて、実用に耐え得る速度を実現させている。エンジンの能力向上においてパーパルディアに負けているパンドーラの魔法的工夫という訳だ。
『3番機、ル・ブリアス上空に到達。シューティアの接近を確認……!! 空中爆発した!?』
『空中爆発だと? それはどういうっ、いきなりやめて下さい! い、院長?』
『私はカールスルーエ学院長だ。エアフルト少尉に代わって報告を受ける。それで、どんな状況で爆発した? まもなく次弾が到達する。それを観察するのだ』
『はっ!』
ル・ブリアス全体が見える位置に移動すると、超音速で飛来する物体が見えた。飛行士の眼を持ってようやく追えるような速度で飛び込んできたそれは、王都近郊の山を越えた辺りで突如爆発した。……いや、直前にあの船が発砲していたように見える。
そのように報告すると、カールスルーエは酷く驚いて狼狽しながら、悔しげに叫んだ。
「日本国! またか、また日本か! 照準出来ないだけでは飽き足らず、超音速の我が砲弾を撃ち落とすというのか!」
頭の中で憎悪を込めて日本国の名を反復する。すると、記憶の奥底に何か引っかかる物があった。日本と言う言葉をどこかで読んだ事がある。
世界史か? 違うな。建国時代の弱小国か? そうじゃない。北部大乱時代の新興国でもないはずだ。もっと昔、それでいて月神の使徒の降臨以前ではない……。つまり、月神の使徒が語った伝説か!
「思い出したぞ。日本国! アルヤーバン、ジャパン、ジパング! そうか、日本は月神の使いと故郷を共にするのか。かのアムリーカの仲間、古くから黄金の国と知られるあの、ペルーシ湾戦争のおり派兵を嫌って大金を払ったあのアルヤーバンか! アムリーカに敗戦し、従属したあのアルヤーバンであるのか!」
糸口を掴むと、幼少期の記憶が溢れ出し、読み耽っていたマイナーな古典作品の情報が再現されていく。一般には御伽噺とされるようなエピソードから、真実であるという確信を得たカールスルーエは、かの帝国との接近を狂喜乱舞して祝福した。
「……そうであれば納得だ。誘導弾の迎撃などアムリーカの得意分野ではないか。……上出来だ、これはもう、お膳立てが過ぎるぞ! 初めて前世界録を読んだ時からアムリーカに憧れた物だが、日本国を倒せば私はアムリーカと同じところに立てる! これは、これは! ここに来て、私に奇跡が起こったのだ! 月神は、神は偉大なり!」
<ル・ブリアス港内護衛艦みょうこう>
「航空機旋回、離れて行きます」
「あれはパンドーラの戦闘機だったのでしょうか?」
朝田は外を見ながら隊員に質問する。彼はアルタラス王国の外交官として乗艦したルミエスを出迎えているところだった。
「不明でありますが、偵察機の可能性があります」
「分かりました。ルミエス殿、艦内に入りましょう」
重厚な扉を開き、先導の自衛官が中に入る。朝田がそれに続き、ルミエス、リルセイドと続いた。
みょうこうの艦内に入ったルミエスは、見知った祖国の首都に居るにも関わらず、異国に来たかのような気分でいた。船乗りは遠国の残り香を纏うと言うが、なるほど船は異国の空気を満載している。
鈍い白光を放つ杖状のライトに照らされた白い廊下は、神殿のような雰囲気を持っていた。壁に張り巡らせられたパイプは「怪物の胃の中に入った」という妄想を煽るものだった。
その後ルミエスは顔合わせの為に艦橋へと案内される事になる。
「日本国海上自衛隊、護衛艦みょうこう艦長の海原です。よろしくお願いします」
「アルタラス王国外交官のルミエスです。日本までの航海の間お世話になります」
海原とルミエスが互いに自己紹介したのを初めに、他の自衛官やリルセイド達が順番に自己紹介を続けた。その時、レーダーを監視していた者が報告する。
「王城へ軌道を取る飛翔体を新たに確認。迎撃します」
ミサイル接近の報告だ。王城付近から日本人を救出した今でも、みょうこうによる迎撃は続いていたのだ。
「今のは、アテノール城への砲撃を……撃ち落とした、のですか?」
「はい、その通りです」
ルミエスにとっては父のいる王城への攻撃を防いでくれるというのは有り難い。そして砲撃の迎撃が出来るというのは驚くべき軍事力だと感じる。しかし、一つの疑問が頭に浮かんだ。
「しかし、日本国の皆さんが城を攻撃から守る理由が分かりません。あなた方が守るべき国民は、もう救助されたのですよね?」
日本国が王城の為にその軍事力を行使する理由が分からないのだ。どのような手段で迎撃しているのか、ルミエスには分からないが、きっと途轍もないコストが掛かっているに違いないと想像出来た。それだけの事をする理由が彼らにあるのか?
「はい、しかし……」
海原もルミエスが王城を守る理由は何かと聞いている事は分かった。しかし、海原たちの方からすると、これから王城へ飛来するミサイルの迎撃を止める事は、間接的に王城の中の人々を殺す事になってしまうのではないかと考えていた。助けられる人間を見捨てるのはなかなか難しい事だ。
ルミエスの方も海原の表情から何か受け取ったのか、少し納得したように見える。そこに先程報告した自衛官によって新たな報告が為された。
「新たな飛翔体5発を確認! 内3発は本艦に衝突する軌道を取っています!」
「‼︎ 迎撃だ!」
「はい!」
ルミエスの近くに立っていた朝田は、窓の外に山を飛び越えて突入してくるミサイルの姿を見た気がした。直後、空中で爆発が起き、ほとんど時間差なく5連続に爆発が起こった。爆発の内1つはかなり近くで起こり、艦橋は衝撃で震えた。また、他に2つの爆発が同時に起こった事からして、もう一つのファランクスも使用されたようだ。
近距離での爆発で艦橋には緊張が走るが、甲板の乗組員は避難しており負傷者がいないと分かるとそれも収まった。だが、ルミエスは今の迎撃に強い衝撃を受けていた。
「すみません。もう王城の防御は止めてもらって構いません。私は皆さんを危険に晒したくありません。だから、王城はもう良いのです」
「それでは……」
海原は迷う。もうみょうこうが王城への攻撃を防ぐ必要は無い。寧ろ新世界の戦争に日本を巻き込み兼ねない危険な行為だとも認識している。しかし、地下壕を見た者達の証言を信用するなら、迎撃をやめた時この少女の父親が死ぬ事になるのでは無いか。
海原も自衛官として、誰かを見捨てなければ無い事態への覚悟はしているつもりであった。当然自国民と他国民の命の区別ついている。それでも、
「一度助けた命を見捨てる」
事への覚悟は足りなかったのかもしれない。
苦悩する海原を見て、ルミエスは言葉を続けた。
「安心して下さい。父の作り上げた城は硬いですから。日本の方々が入った所はまだまだ浅部下層と称される区画です。深部の方へ行けば、彼らは生き残ると思います。……それに、私が日本国を頼ったのと同じように、父は自分の城が生き残る道だと信じているのですから」
暫しの沈黙、そして海原は彼なりに受け止めたのか、返答した。
「分かりました。以降の迎撃は行いません。……これは、ある意味で我々の力不足です。全ての暴力を圧倒し、防げる程我々は強く無かった」
この世界において、日本は神の如き国には成りきれない。自衛隊も、神の使いかのような力を持ち合わせているわけでは無い。仮にそれが相対的なものであったとしても、力不足である事に変わりは無い。
日本にこの世界を良くする力があると断言する事は、新世界を知る者には出来なかった。
「朝田さんもそれで宜しいでしょうか?」
「……そうしてください。ルミエス殿、お父上のご無事をお祈りします」
朝田のような外交官もそれを強く感じている人間の一種だ。新世界の国々にも、彼らなりの理性と分別がある。しかし、力が支配する世界であるのは間違いない。
全国民が武装している為に暴力革命が頻発する国もあれば、市町村単位からなる武装組織によって構成される連邦国家もある。また、第3文明圏全体の武力過多によって保たれていた各勢力の均衡もパーパルディアの優越で崩れつつある。だが各国は国内勢力の強力さ故にパーパルディアから軍事製品、具体的には自動車の輸入をせざるを得ず、正面からパーパルディアと対峙できる国は限られている。
これらは、朝田達外交官が少ない機会で入手した情報である。新世界安全基本法制の可決によって輸出入関係以外の出入国がほぼ不可能となっている事もあり、「新世界」を知る人間は意外と少ない。新鮮まっさらな情報を得られるのは外交官が殆どだ。
力によって支配される世界。或いは「総力戦前夜」の世界。
端的に言って、日本にとって地獄に他ならなかった。
朝田が力強くありながら日本の不安を代表するかのような護衛艦から目を逸らしたい一心で窓の外に目を向けると、王城の辺りが爆発した。彼は思い出した。窓の外には、新世界が広がっているのだ。
ルミエスは朝田と同じく、王城があった場所が大爆発を起こすのを見た。父は生きているのか。近衛長官はどうか? メイド長は大丈夫なのか。そんな不安から、懐に仕舞ってあった生命符を取り出した。これを見れば、父が生きているか分かるはずだ。
「いや、これは無い方が良いわね。私の歩む道と、お父様の歩む道はもう分かれたのだもの」
しかし、ルミエスはそれを見る前に、手の中で炎魔術を使って消し炭にしてしまった。
「私もお父様のように生きたかった。いや、そう生きる為に日本へ行くのよね。アルタラスが、アルタラスの力で独立する道を私は見つける。アルタラスの王は、私よ」
≪中央暦1639年8月11日≫
<護衛艦みょうこう>
ル・ブリアスの港を出港してから3日、みょうこうはアルタラス・シオス海峡を抜けて針路を東へ取っていた。
「レーダーに感あり。70キロ北東に大型船の集団がいます」
「大型船の集団か。情勢を考えれば護送船団、或いは艦隊か。国籍が何処かも問題になるな」
「どちらにしても、接触は避けるべきだろう。この情勢でこの海域を航行する船舶はおそらく武装している」
海原達は洋上で一時的に停泊し、船舶の進行方向などを調査する事にした。艦隊なら、クイラ、ロウリア、パーパルディア、パンドーラなどの物であると考えられ、船団なら第1、第2文明圏からという可能性もある。日本が国交を結べていない国の船であったら、予期せぬ衝突という事に成りかねない事を考えると、接触を避けるのは当然と言えた。
そこに新たな報告が入った。
「レーダーの反応に変化あり。南東に新たな集団を発見。先程の集団に接近しております」
「まさか、海戦という事に?」
「どうだろうか。両集団の動き次第だが……」
新情報に艦橋では対応について議論される。そして、もし戦闘になるのであれば、この海域から早急に離脱するべきという事になった。この情勢で海戦が起きるとすれば、どちらかにはパンドーラ勢力が居る。みょうこうはパンドーラに敵視されている可能性があるので、海戦のついでにとばかりに攻撃を受けるかも知れないという訳だ。
「レーダーからの情報です。初めに発見した集団は針路を西に。新たに発見した集団はそのまま接近を続けています」
それを聞いた海原は報告した隊員にある事を確認した。
「今、この海域ではどちらから風が吹いている?」
「西からです」
「それは一つ目の集団が居る海域でも同じか?」
「航空写真を見る限り、現在までの所変化する要因は確認しておりません」
航海する上で必要な情報である為、隊員はすらすらと答えた。
「では、海戦になっている可能性があるな。一つ目の集団に空母が居るとすれば、西へ、つまり風上へ針路を取った事と合致する」
「この辺りで空母を建造出来る国と言えば……」
「パーパルディアか、パンドーラだ。そして空母が持ち出されるという事は、戦闘の相手は同等の大国である可能性が高い。つまり、パーパルディア海軍とパンドーラの海軍の衝突である可能性が高いという事だ」
海原達はすぐに海域からの離脱を決定した。みょうこうは一先ず北に針路を変更し、十分距離を取ってから東に戻すという事になった。
みょうこうの乗員達はこれから発生するかも知れない、新世界の強国による海戦に興味を抱きつつ、無事に帰還する為に警戒を厳として航海を再開したのだった。