幕間[1] 第八帝国軍の狂乱
≪中央暦1639年8月26日≫
<パガンダ王国首都跡地>
皇族ハイラスがこの地で殺害されてから5日後。爆撃機により念入りに爆撃された都市の跡地に、グラ・バルカス帝国軍の上陸部隊が足を踏み入れた。
上陸部隊の指揮官は、全ての建造物が倒壊した蛮族の一大生息地を眺め、「毒ガスで爆撃機が殺し損ねた蛮族を全て始末する様に」と指示した。
ここに生活があった事すら分からない程の徹底的な破壊は、蛮族の駆除の為必要な事であった。沿岸の都市は艦砲射撃で破壊され、占領した土地に整備された飛行場から飛び立った数百機のベガ型爆撃機が内陸の都市を焼き尽くしたのだ。皇帝グラ・ルークスが蛮族の根絶を命じてからたった3日で、全ての都市は壊滅し、パガンダに生息する蛮族の半分以上が死亡したのだった。
現在上陸部隊が農村の焼却を行なっており、1週間以内にパガンダは無人の荒野、いや、少なくとも今よりは清潔な土地になるだろう。その後は捕獲した上で生存が許されている数万の蛮族を利用した実験などに有効活用される計画となっている。
指揮官が部隊が作成した毒ガスの散布計画を精査していると、近くの瓦礫から未成熟な蛮族が飛び出してきた。指揮官は素早く抜いた拳銃で蛮族を撃ち、倒れた蛮族の頭部と胸部に1発づつ撃ち込んで駆除を完了する。
「蛮族の根絶に失敗する所だったぞ。計画を改良し全体を毒ガスで包み込む様にせよ。我々はあの山の上に移動する」
その後指揮官は蛮族の死骸を消し炭にする様に指示した。
この時、グラ・バルカス軍のいかなる将兵も、この戦いが泥沼の始まりとは考えていなかった。
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≪中央暦1639年9月9日≫
<ムー国首都オタハイト・ムー外務省>
外務省は数日前から情勢の混乱により多忙を極めていた。混乱は国土の西側で国境を接するレイフォルが、更に西に現れた新興国、グラ・バルカス帝国に宣戦布告した事に端を発する。
政情不安とされていたレイフォルが何故宣戦布告などしたのか。それを調べていると、パガンダ王国が滅ぼされていたと言う情報が入る。レイフォルは確かに、属国を奪われでもしたら崩壊しかねない状況にあった。
ある程度納得したムーが、慎重に戦争の推移を見定め、必要ならば介入、仲介しようと方針を定めると、今度はレイフォルが艦隊戦で惨敗し、首都レイフォリアが壊滅したと言う情報が流れて来た。
その後ムーが介入する間もなく、首都壊滅で凡ゆる重しが消えた結果、独立宣言と正統性を主張する文書がダース単位で送られて来て、現在に至っている。
「グラ・バルカス帝国! 彼の国の事を調査しなければならないが、不運にも最悪の選択肢を選んだようだな」
ムー外務省の職員は恨み半分、同情半分でそう呟いた。
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≪中央暦1639年9月23日≫
<グラ・バルカス帝国帝都ラグナ>
グラ・バルカス帝国外務省の東部方面異界担当課長であるシエリアは、上司のゲスタにレイフォル残党との交渉結果を報告していた。
「どこも高い自治権を認めない限り講和交渉をするつもりはないとしています。特にチェクロウ軍閥やノンフォン軍閥はレイフォルの正統な政府を名乗りながら、レイフォルの敗戦には無関係と言う姿勢です」
ゲスタは髭を撫でながらその報告を聞いている。シエリアは、部下の報告より自分の髭の方が大切に思っているかの様なその態度に、内心腹立たしく感じていた。
「ご苦労。賊共の相手は大変だっただろう。パガンダ、いや、今ではハイラシアだったか。根絶されたあの蛮族とどこも大して変わらないな。対応もそれ相応にすべきか? まあ、上に報告しておこう」
シエリアはゲスタの言葉に苛烈なる対応を予想しながらも、実際に交渉した軍閥幹部らの粗暴さ、野蛮さを思い出し、軍閥に同情する事は出来なかった。
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≪中央暦1639年10月20日≫
<レイフォル中央部・ノンフォン軍閥支配地域>
機関銃の掃射によりノンフォン軍閥軍兵士が掲げる降伏旗が血に染まった。
この地域の住民が蛮族であると確認された後、異界の地で活動するグラ・バルカス帝国軍には、蛮族と同じにならない様に文明国の軍が取るべき態度を徹底する様に言い渡されていた。それならば何故降伏の意思を示している相手を射殺したのか。それは、敵兵士が降伏の合図を出しながらも、近づいたグラ・バルカス軍の兵士を攻撃したからである。
レイフォル残党の掃討作戦で1個小隊を指揮しているギエナー少尉は副官に被害報告をさせた。
「被害を報告せよ」
「はっ。クラズ一等兵とポリマ上等兵が死亡。タリタ二等兵が重傷を負い治療中であります」
ベテランのモサラー軍曹が敵兵士の死体に近づき、胴体から千切れた頭部を踏みつけ、蹴飛ばした。
「これで3回目だ! 我が隊だけでだぞ!」
3回、とはレイフォル軍残党の兵士が降伏を装って接近し、攻撃して来た回数だ。
「どこの部隊でも問題になっている様だ。独断で降伏を受け入れない事にしている部隊も一部であるみたいだが……」
「我が隊でもそうしよう。このままだと犠牲が増えるばかりだ」
ギエナーの言葉にモサラーは怒りを隠さずに言った。ギエナーは断りながらも、対案を出した。
「降伏の合図を出した敵兵士に攻撃を受ける事が何度もあったと中隊長に報告しておく。この話は各地から聞こえているから、直ぐに方針が示される筈だ」
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≪中央暦1639年12月26日≫
<レイフォル中央部・ノンフォン軍閥支配地域>
ギエナー少尉が指揮する小隊は、偵察中に音信不通となった部隊の救援兼偵察の為、軍閥支配地域の深くまで浸透していた。
森林に紛れて捜索をしていると、タリタ一等兵が木の幹に縛り付けられたグラ・バルカス軍兵士の遺体を発見した。遺体には無数の銃創があり、近くに焚火の跡が見つかった事から、軍閥軍兵士によって射撃の的にされたのだと推測された。
モサラー軍曹が駆け寄り、遺体の状態を調べギエナーに報告した。
「縛られた手首の様子からして、1度捕虜になっている。全身を縛る縄によって鬱血状態になっていた様だが、俺は銃撃が直接の死因と見る」
報告後モサラーは、犯人の軍閥軍兵士の手掛かりを探し始めた。そこに、焚火周辺の捜査をしていた兵士の1人が報告しに来た。
「認識票を発見しました。彼の名前はテジャットだと思われます。それ以外の情報は分かりません。奴ら、卑劣にも認識票を焚火に放り込んでおりました!」
ギエナーは認識票を受け取り、観察した。ギエナーには、その黒く焦げた金属片から情報を見つけ出す事は出来なかった。ギエナーは憤怒する兵士の肩を叩き、怒りを共有している事を伝えた。
その報告をモサラーに伝えると、モサラーは激憤し、軍閥軍兵士の卑劣さを演説し始めた。ギエナーはモサラーを落ち着かせようと、彼にこう言った。
「彼は英雄だ。彼の体内からは23発の銃弾が発見されている。外れた物を含めればそれ以上の銃弾が彼に撃ち込まれたという事だ。これは戦闘で我が軍の兵士3、4人を殺すのに充分足りる数だぞ。つまり、この男は命を落としても尚、その体で弾を受け止めたのだ。無事な兵士の代わりにな。我々の代わりにと言い換えても良い」
モサラーはその考えに甚く感動した様だった。早速新兵達にその考えを広め始めた。元の世界で最終決戦を念頭に行われた増員により、レイフォルに派遣された軍にはこれが初めての戦争と言う者も多くいる。ギエナー自身、多くの演習に参加したものの実戦は初であった。
新兵達は無残に殺された遺体を見て、恐怖と怒りを必死に隠しながらも、モサラーの言葉に真剣に耳を傾けている。
ギエナーはモサラーの前に集まっていた部隊の者達に言う。
「作戦では今夜後退し前線基地に戻る。勇敢な戦士の遺体を持ち帰って良いか、基地に確認しておく」
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≪中央暦1640年4月4日≫
<レイフォル南部・チェクロウ軍閥支配地域>
「しっかり狙え。1人も逃すな!」
タタタタンッ、タタタタタタタンッ。
最近レイフォルにやって来た新兵が、機関銃の掃射で蛮族を薙ぎ倒す。モサラー軍曹は新しく補充されて来た新兵を指導していた。
「外見が女子供でも容赦するな。訓練されたゲリラ兵が紛れ込んでいる。雌の蛮族の自爆で死んだ兵士の名前を5人分は言える。幼体の蛮族に撃たれた兵士を20人は知っている。殺せ、駆除しろ。俺がパガンダで完遂した様に!」
倒れた蛮族の中にはまだ息のあるものがいた。四肢を引き攣りながら這って逃げようとする蛮族に、混乱した新兵が機関銃を向けようとする。
「待て、機関銃を使うな! 今度は小銃を使え。これは蛮族から鹵獲した自動小銃だ。もちろん蛮族が作った訳じゃ無い。蛮族に武器を売った者がいるらしい。骨董品の大砲と馬鹿馬鹿しい飛び蜥蜴を使う蛮族共が我々を殺せるのは、この銃のせいだ。故に、この銃で、この銃の銃弾で蛮族を殺す事は、蛮族の根絶に2歩前進する事だ。さあ、やれ!!」
新兵達は震えながら千切れた部位を抑えて這い蹲る蛮族を狙った。この中の一体何割がゲリラ兵なのだろう。新兵はそんな考えを未だ持っていた。もしかしたら、この中にゲリラ兵はいないかも知れない。
そんな時、新兵の1人が地面に転がる蛮族の一体を指して叫んだ。
「あの女、ナイフをこっちに向けてやがる!」
小銃を構えていた新兵全員がそちらを見る。叫んだ新兵の指先を辿ると、確かに銀色に光るナイフが見えた。
新兵達は絶叫して撃った。訓練通り頭を撃ち抜き、破裂させた。
その様子を見たモサラーは、満足そうに頷き、こう言った。
「この通り、蛮族は常に我々を殺そうとしている。食べていようが寝ていようが、蛮族共は我々を殺す事を考えているのだ。だから排除しろ。ここで根絶しなければ、こいつらは海を渡って貴様らの故郷に現れるぞ! そして奴らはこの自動小銃を持って、貴様らの家の玄関で待ち構えているのだ。貴様らの家族を殺す為にな!!」
何か遠くを見据えた目をしてモサラーの前に並ぶ新兵達に、モサラーは自動小銃を突き出し叫んだ。
「この銃の名はカラシニコフだ。蛮族を尋問した所答えた。この銃を作った奴らが、蛮族の飼い主に違いない。蛮族を裏で操る者がいる。最後にはそいつらも駆除してやるぞ!!」
新兵達はモサラーの指示で前進し、逃げる蛮族を狙撃して行った。興奮した新兵の頭の中に、「あのナイフは、グラ・バルカス軍の急襲から逃げるにあたって持ち出そうとした包丁だったのでは無いか」などと言う考えは浮かびもせず、直ぐにナイフの事など忘れてしまった。
全体の指揮を執りながらその様子を遠巻きに眺めていたギエナー少尉は、この国は狂いつつあるのでは無いかと考える。そして同時に、そうだとすれば自分はその狂気の只中に居るのだろうと自嘲した。
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≪中央暦1640年7月28日≫
<グラ・バルカス帝国帝都ラグナ>
「軍の行動はもはや虐殺です。どうにか、あの悪辣なオブジェだけは撤去させられませんか。ここまで来ると外交問題に発展します! 事実、軍の残虐行為によりムーとの国交樹立が延期されています」
シエリアはゲスタに頼み込む様に言う。しかし、ゲスタの答えは聞き飽きた物だった。
「軍は民間人に紛れたゲリラ兵の攻撃にかなりの被害を出していたからね。実際無差別駆除を始めてから死亡率は下がったと聞く」
「その事ではありません。私もそれ自体は仕方ないと考えています。帝国の良心を敵が不誠実に利用するなら、慈悲をかける必要など無いと思います。しかし、降伏したオクシン軍閥の都市に殺害した現地人の死体を輸送し、山積みにするあの行為は不必要です!」
シエリアはそれを実際に目撃した時、余りの悍ましさに神に赦しを乞うた程だ。兵士達が積み上げた死体を足場にして新たな死体を上に載せる作業には吐き気を催した。
軍によって死体の山が築かれ始めると、周囲の住民は感染症を恐れて引越してしまい、貧民窟が出来上がる。そうすると軍は別の場所に積み始め、これの繰り返しで町の治安は最悪だ。
統治するグラ・バルカス人は町の水は飲まず、わざわざ水の輸送まで行っていると言う。そして町に入る時はガスマスクをするのだ。その説明をシエリアが聞いた時、軍の合理主義はどうなってしまったのかと驚いたのだった。
「しかし、軍は統治の為に必要だと言って譲らない。軍中央部の一部は非難している様だが。現地に派遣された軍は、中止するならば殲滅しか無いと言っている。そちらの方が良いと言う提案なら、上に伝えておこうか?」
「いえ、私の意図するところは違います。あのやり方では、余りにも非効率でしょう。我が国も元の世界では上手く植民地運営をしていた筈です」
ゲスタはシエリアの必死さには一寸の興味も無さそうに応えた。
「冷静になりたまえ。感情的になるな。現地人に同情でもしているのか? 君はより良い方法があると言うが、具体的に説明し、詳細な計画書と兵士1人1人に対する命令書を作戦出来るかね?」
「それは……、不可能です」
「だろう? そしてこの国にそれが可能な人材は枯渇しかけている」
シエリアは目を見開いた。
「転移による人材の喪失はそこまで深刻なのですか! 戦力の結集により、本土と共に転移して来た軍には植民地軍帰りの者も多くいますよ?」
「真に優秀な者は植民地に残ったのだ。植民地統治の専門家と言いながら本土にいる様な連中の殆どは無能。少し考えれば分かる事だろう」
シエリアは絶句する。グラ・バルカス帝国の広大な版図を各地から支えていた者達は失われてしまった。だとすると、現在の拡大方針自体が危険で、破綻しかねない物なのでは無いか。シエリアの頭の中に、そんな疑念が生まれていた。
その時、卓上の電話器が鳴った。ゲスタが出ると、少し受け答えをしてシエリアの方へ受話器を突き出した。
「君の言ったムーとやらから国交樹立の交渉があった様だ。ムーの領土に侵入した匪賊の根拠地を破壊する為、ムーの軍が軍閥支配地域に侵入するらしい。共同作戦になる可能性を踏まえて、国交樹立が必要だと言っているのだと。詳しい事は報告者に聞け」