≪中央暦1639年年1月26日≫
<エストシラント港第9埠頭>
パーパルディアの誇る5段戦列艦パールの艦長、ダルダは巨大なエストシラント港の商船区域、それも武装商船専用の埠頭に来ていた。
昨日からこの界隈は慌ただしくなっている。内務省が私掠免許の発行基準を大幅に下げ、報酬を上げると発表したからだ。
第4外務局から軍艦を沈めれば報酬百倍と発表されたのが最後の一押しとなって、一攫千金を狙って船狩りに出る者が急増し、我先にと出発したい者で港口は渋滞していた。
未だ埠頭にいる連中は、折角ならデカいのを狙おうと武装を買い漁って増設している奴らだ。
ダルダはその中で、小火器は人並みに山積みしているが、明らかに備え付けの武装が貧弱、それどころか見当たらない小型の貨物船に近づいた。
「確かこの船は軍の払い下げ品だったかな。」
邪魔したら悪いと思いつつも、木箱を運び入れる二人の船乗りに話しかける。
「あい、そんな事船長が言ってましたっけねぇ。おたくはどちら様で?」
曲がった鼻に傷のある年寄りの船乗りが迷惑そうに答えた。
「ああ、海軍の方で少将をしている者だ。こいつは元々揚陸艇として設計されたんだが、喫水が深すぎて役に立たなかったんだな。だから輸送船として使って、そのあと民間に売られたんだったかな。」
ダルダの話に、若い船乗りの方が感心したように言う。
「そんな話があったんですね!確かにこいつの丈夫さは大したものですよ!でも、海軍の方で少将って陸将さんですか!」
「いや、海軍の方で常勝してたんだ、きっと大海賊様だよ。」
船乗りの掛け合いにダルダは笑う。
「ハハハッ、内務局が必死になって宣伝してる詐欺の話みたいだな。」
ダルダはいくらか打ち解けたと思い、本題に入る。
「ところで今回は何を運ぶんだ。船狩りではないようだが。」
これには年寄りの方が答えた。
「ええ、高速艇だったかね。確か船長が知り合った金持ちのやつで、軍艦より速いんだって、船長が自慢してましたねぇ。自分のでも無いのに。ああ、あと爆薬もあったな。昨日から爆薬は何処でも売れますから、高い所に持っていくんじゃ無いですか。」
「そうか、ありがとう。」
ダルダの顔が暗くなったのを見て若いのが年寄りの方に言う。
「駄目ですよ!軍人さんの前で軍艦より速いなんて言ったら。怒って追いかけてくるかもしれないですよ!積荷が速くても船は速くならないんだから、逃げられないですよ!」
「まあ、大きい船が見つかれば良いな。軍艦ならもっと良いだろう。ほらいるか、葉巻きだ。」
別れ際に葉巻きを一箱差し出すと、年寄りの方が喜んで受け取った。
「それはどっちにしろ、船乗りならみんな思ってる事ですよ。閣下。」
≪西暦2015年1月27日≫
<海上自衛隊護衛艦いずも艦上>
田中はいずもから見える二隻の護衛艦を見ながら艦長の話を聞いていた。
「つまり、潮に流された民間船が行方不明になる事件が既に複数発生しているのです。反対に所属不明の船が見られることもあるとか。」
「その話は私も聞いています。拿捕された可能性もあるとして、どうにかその船の無線なんかを使って接触を取れないか試しているらしいですね。」
日本政府は民間船が転移によって大きく変わった潮の流れが読めず、大きく流され行方不明になる事件に頭を悩ませており、一度戻していた巡視船なども自衛隊の機銃などを載せて捜索に駆り出していた。
沖縄本島から南へ500キロほどのところでレーダーに船影がうつり、しばらくして水平線から船が見えてきた。
「いよいよですかね。」
全容が見えてきた船は30メートルほど大きさで、五隻並んでいる。
「先程レーダーに映ったあと引き返した船がありました。近くの船を呼んだのでしょう。」
相手が4キロ程の距離に来るといずもが拡声器を使って複数の言語で呼びかけた。
『こちら日本国海上自衛隊、日本国海上自衛隊、対話を求めたい。』
『This is JAPAN NAVY. This is JAPAN NAVY. We want a dialogue.』
「言葉は伝わるんですかね。」
「貴方も聞いてるでしょうが、この世界は元の世界と過去に接触があったとの事です。その過程で言語も伝わっている可能性があるという事ですね。此方が異世界から来たと相手方に分かってしまいそうですが、言語が伝わる方が断然良いですから。」
すると驚くべきことに応答があった。それも日本語で、だ。
『此方クイラ王国海軍だ。日本国など聞いたことないぞ。現在この海域では、クイラ王国・パーパルディア皇国連邦共同の海上封鎖が宣言されている。臨検する故、停船されたし。』
<クイラ王国海軍哨戒船ユトー船上>
「しっかしデカい船だなぁ。皇国の戦列艦の2倍はあるぞ。」
船長のミドリはこれから乗り込む船の、常識外な大きさに未だ驚いていた。
彼は元クワ・トイネ公国軍人であり、元々海軍を持って居なかったクイラの海軍では、彼のような者が多い。
「むっ!甲板が下がっただと。あそこから乗れという事か?」
数人の部下と共にダクボートに乗り込む。
「発進せよ。」
<いずも艦上>
(デカい、デカ過ぎる!ラントクルーザー三百台は載るではないか!)
彼も船乗りとして美しい軍艦から珍妙な密輸船まで、色々な船を見てきた自信があったが、ここまでだだっ広い甲板は初めてだった。
(奇妙な服、屋根から棒を生やした変な小屋、見慣れない国旗。)
そのだだっ広い甲板には見たことない物しかなかった。
(いや、変な国旗?何処かで見たような……?むっ、確かマイハークの不審機の識別マーク候補のリストに『赤い丸』があったはずだ!まさか関係が!?)
それでも軍人として任務は遂行する。
(ええい、ままよ。)
「現在この海域は封鎖宣言がなされている。貴船の航海目的と所属を改めて確認したい。」
眼鏡の男が答え始めた。
「やはり、言葉の壁はないようですね。安心しました。失礼、私は日本国外務省の田中と申します。」
<クイラ王国首都バルラート市ウルル王宮>
「つまりは宰相、その巨船でやってきた彼らはマイハークの事件を謝罪したいと言っておるのだな。」
クイラ王ルガメフ23世は、女宰相の報告を纏めた。
「その通りで御座います。陛下。」
「ではでは、そのマイハークの不審機は墜落して居なかったのだな。」
安堵したように聞く王に、女宰相は望み通りの答えを出した。
「そのようです。乗組員を無事であるとか。軍人どもは訓練不足だったと恥じております。」
「まあパンドーラの機体より2倍は早かったという話ではないか。気にするなと言ってやるがよい。その日本国とやらの外交官は、ここに来るのだな。」
女宰相は嫌な予感を感じつつ答える。
「そうで御座います。しかし、何を……。」
「勿論彼等の謝罪は王である私が受けようと言う話だ。何しろ我が国の空を侵したのだ。地上を治められる者は他に居っても、空を治められるのはロデニウス中探しても我だけであろう。我の直轄地に侵入したのだ、謝罪は我が受けるべきものだろう。」
「たしかに、空港建設の折『地上200メートル以上においては王の支配域とする』王命が下されておりました。では、マイハーク侯は同席させないので御座いますか。」
王はそう言えばそんな命令出したな、と思いつつ、機嫌良く言った。
「当たり前であろう。何処に出席させる道理がある?それに力のありそうな国家だ。間に封臣どもを挟まない方が得策であるに決まっておろう。」
≪中央暦1639年1月30日≫
<クイラ王国首都バルラート市郊外天空庭園バビーロ>
この庭園はクイラ王国の首都バルラート郊外の砂漠に建造された王家の離宮で、現在クイラ王国ではパーパルディアから人を呼んで緑地化を進めており、そのモデルケースとしても役立っている。
そんな解説が耳に入らない程の田中は驚いていた。案内された建物はどれも古代オリエントを感じる超一級の文化遺産のようで、猛暑の中夢に入った様な気分だが、何よりもトヲタ車のハイラッキーズに乗せられて案内されたことが原因だ。
それでもどういう訳か冷房の効いた会議室に案内されると、スッと冷静になり、外交モードに入る。
双方が席に着くと、中央右の豪奢な服を着た女が口を開いた。
「ではまずお名前から伺おうか。」
「私は日本国外務省の田中と申します。このような場も設けて頂けたことに御礼申し上げると共に、我が国の哨戒機が貴国の領空を侵犯した事をお詫び申し上げます。」
中央の雅やかな男が応えた。
「謝罪を受け入れよう。我が国でもこれから友となるやも知れぬ国の兵士を殺さずに済んで皆安堵しておる。しかし、最初から謝罪とは、お主らも何か話したい事があるようであるな。」
「一つ訂正として、我が国において領空は王家の私有地とされている。故に謝罪の対象を王家としていただけるか?」
2人の発言で田中達は中央の男が貴い方であると察した。
「謝罪を受け入れていただき感謝します。また、本国に確認して問題が無いのであればそのように訂正致します。」
「まあ良い。今でなくても早めにしてくれればそれで良いのだ。ああ、挨拶がまだであったな。我はルガメフ23世、この国の王である。別に平伏せんで良いからの。」
まさか国王そのひとであるとは。彼の席だけ1メートル以上高いところにあった事に納得する。
「私はクイラ王国宰相のルイシュだ。領空侵犯に関して、訳を聞こう。」
「ごもっとも。互いの認識に齟齬が起これば、双方にとってそれは損失でしょう。そこで本日は資料を作成して来たのですが、配布してよろしてでしょうか。」
日本とこの国には文化的な差も大きそうであり、国王の前で禁忌を破る事が無いよう了承を得ようとする。
「構わん。配ってくれ。」
「では、失礼。」
しかし資料を手に取った王は顔を顰めた。
「むぅ、読めんぞ?どうだ宰相、読めるか?」
「いえ……、文法すら掴めません。恐らく表音文字、表意文字が混ざっているのだと推測出来ますが……。もしかして貴君の国では口語と文語が別であったりするのか?どちらにしても、我々には読めない。」
「それは失礼。日本語を話されていらっしゃるので、読めるものとばかり。そして日本語は言文一致が為されている筈です。」
「そうか、我は君たちが大陸共通語を話しているように聞こえておった。不思議な事もあるものだな。そう、不思議なこと言えば君たちは転移国家であると船員に言っておった様だな。その辺り領空侵犯とも関わるのであろう。説明してはくれまいか。口頭で構わん。書記が記録してくれるからの。」
それでは、と田中はパネルを取り出し説明を始める。
「説明させていただきます。日本国は貴国の北東1000kmに位置し、37万8000㎢の国土と1億2700万人の人口を有する島国です。」
「ふむ。」
「原因は不明でありますが、客観的事実から国土が国民ごと、この世界に転移したと考えられます。哨戒機の領空侵犯はその情報収集の過程で起こった予期せぬものです。」
「ほう。それは面白い。今まで知られていなかった事も辻褄が合うのう。」
「だが、その説明ではただ辻褄が合うだけのホラ話を外交の場で吹聴しているとしか思えないな。何か提示できる証拠があるのだろう?」
「我々には貴国使節団をお迎えする用意があります。ご足労お掛けしますがお願い出来ますでしょうか。」
王は機嫌良さげに笑って言った。
「国家転移の証拠は国家そのもの。まさに動かぬ証拠という訳だな。宜しい、派遣しよう。」
≪中央暦1639年2月5日≫
<クイラ王国ルーゥ港>
「日本国へ向かう諸君等には王陛下のご意向により、通常の外交官以上の権限、予算が与えられている。銘銘の職責を果たす上必要と判断したならば、本国への連絡を待たずに使用しろ。ただ可能であれば同じ使節団員及び団長のメツサルに相談してから使用する様に。」
宰相の注意に使節団の面々は気を引き締める。
「しかし、宰相閣下がここまで送る必要があったんですか?」
そう、ロウリア戦も間近であると言うのに宰相が首都を離れたり、元外務大臣のメツサルを出国させるなど、戦争に支障が出るのではないかと団員達は考えていた。
「陛下肝入りだからな。クイラ王国がパーパルディアから離れ、独自路線を進む為に日本が役立つかも知れないと言うのが陛下の読みだ。ロウリア戦の先の事を考えたものだからメツサル、別に左遷とかでは無いぞ。」
団長のメツサルは大事なロウリア戦を前に国から追放されたと、ここ数日消沈していたのだった。それが宰相が見送りに来るなどの厚い待遇が分かると、自分の任されたポストの重要性に気づき、今では10年前より元気なように見える。
「それに、日本国の船が来るそうだ。これから付き合っていく上で、王国の上層部に直接見たものがいた方が良いだろう。」
「それでは私は上層部に戻れないのか!?」
宰相の言葉にメツサルが再び鬱に入ろうとする。
「いや、2人いても構わないだろう。おっ、見えて来たな。」
水平線の向こうから現れたのはクルーズ客船とそれを護衛する巡視船2隻だ。
「流石に巨大だな。こんな光景パーパルディアの大東洋演習でしか見た事ないぞ。日本国とは良い関係を築けるといいが。海軍力の強化はクイラ軍事の悲願だしな。」
クイラ王国とパーパルディアの関係が対等にならない原因の一つに、海軍の貧弱さが挙げられる。
石油マネーで、パーパルディアの旧式艦を買うなどして強化に努めているが、未だエストシラント港漁業組合にすら勝てないと言うのがクイラ海軍の実力である。
「陛下は大当たりを引いたかも知れない。メツサル、造船関係については枢密院から追加で予算を出そう。」
「要求としては船舶・自動車・武器など、パーパルディアから輸入している部分の輸入を求めれば良いのですね。」
「パーパルディアからの脱却に役立つだろうからな。どんな国から見極めてくれ。」
メツサルは自信ありげに笑った。
「責任重大ですな。日本国とて石油は欲しいでしょうからな。良い結果を持って来ますよ。」
≪中央暦1639年2月12日≫
<新日航ホテル>
使節団の面々は福岡の地に降り立った。
ルーゥから福岡までの航海中は、それぞれの専門分野について、日本国の案内役に質問し、説明をうけるなどして充実した時間を過ごしていた。
「皆様にこれをお配りするのを忘れていました。時計です。日本滞在の間お役立て下さい。」
「これが時計だと!?ここまで小さくなるものなのか。」
技術分野の専門家として参加していた男は目を丸くしている。
「それでは航空祭の展示飛行まで時間があるので、市街散策に参りましょう。」
<博多市街>
「そう言えば日本国にはどれくらいの自動車が走っているのですか?」
「そうですね、日本全国にある車輌の台数は7500万台を越えると言われています。」
他の団員の質問への答えを聞きつつ、軍事の専門家として軍から外務部に出向しているガースは、ある建造物に興味を持っていた。
「田中殿。あれは何だね、人々が中へと消えていくあの小屋は。」
彼の指先には地下鉄の出入口があった。
「あれは地下鉄の出入口ですね。地下のトンネルに鉄道を通して、街と街を繋いで居るんです。直接地下街などで、買い物をする事もできます。今後向かう事になる首都東京には、13路線280以上の駅が張り巡らされているんですよ。」
その情報に彼は日本の脅威度を一段階上げた。
(町中を走る車輌、山がちの国土、地下に張り巡らせたトンネル、1億の人口。憲法により軍備に制限があるなどと言うが、有事になれば7000万台のテクニカルに乗った7000万程のゲリラ兵の守備兵力を得て、山地は天然の要塞、平野部も地下トンネルで要塞化された都市が並ぶ海上の大要塞と化す恐ろしい国ではないか!?)
彼は政治家ではないが、軍事面から日本がクイラと国交を結ぶ利点を考える。
(守りに強く、海という最強の盾に守られたこの国が戦争の時クイラに求めるものは何だ?城ならば補給が必要だが、国だぞ?食糧生産以上に人口が増える事はないだろう。では何を求めているのだ?)
彼が悩んでいる間に、事故や魔法発覚などの事件があったが、それに気づかず展示飛行の時間が来る。
展示飛行を見た彼は、日本国の脅威度をもう何段階も引き上げた。