自国民を守るため、秘密兵器閃刀機を駆る《閃刀姫-レイ》。
けれども守るべきはずの人々はどこまで行ってもその生活が見えないし、死んだ人はなぜか生きて避難民に紛れてる。
ようやく見えた味方の街は、敵の兵器も避けて通る。
さすがに妙なことが続いてばかり。
疑念渦巻くレイに伝えられたのは、自身のスリリングな活躍と日常をお届けされる『《閃刀姫-レイ》ショー』の存在だった。
全てはお茶の間のためにある。番組の存在を知ったレイは、日常からの脱出を目論んだ。
──あぁ、あの子も誘っていかないと。

※某所にて投稿したものになります

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《閃刀姫-レイ》ショー!

 ヒントなら、いくらでもあった。

 

 たまたま助けた避難民のなかに紛れていた、SLBMで基地もろとも吹き飛んだ基地司令。

 そのくせに、いつまでも姿の見えない列強の、そして自国の多くの一般市民たち。

 どちらの国の地域であろうとも常と言っていい程に見かける、特定企業の社名や製品。

 そして一度大破したハーキュリーベース、砕けた小さな休憩室のなかに仕込まれていた、隠しカメラ。

 

 それらの疑問を断ち切らせるように、止めどなく襲いかかってくる列強と任務。

 その奴らとて、相手になるのは無人機ばかり。浴びるのは砕けた破片と油と炎ばかりだった。

 

 ただ、彼女を除いては。

 黒と赤、列強の閃刀姫の”彼女”だけは──。

 

 

 

 

 彼女と会うのは、いつも戦場真っ只中。灰色の空で。濁った海で。

 そして今日は、薄汚れた廃棄都市で”彼女”と刀を交わすのだ。

 

「そう思ってたんですけど、今日はずいぶんおめかししてますねぇ……」

『衣装ダンス持ち歩くあなたに言われたくはない』

 

 通信の声は、ノイズ混じり。それでもいつもの冷たい声はしっかり聴こえる。

 今日の”彼女”の装いは、ちょっと変わっていた。

 向かい合うのは、ゆうにレイの十倍はあろう巨大な人型兵器。

 ふわりとスカートを広げた”貴婦人”のような姿。その細い腹に、普段のインナースーツ姿の”彼女”は収まっている。

 大きい分だけ、装備も多い。光線、ミサイル、高機動ブースター、パワーアームの重格闘などなど。閃刀姫の詰め合わせだ。

 普段からほとんど刀だけでこちらを圧倒してくるのに、さらに手数が増えていては堪らない。

 

『まったく、せっかくの新装備できたってのに、あんまり驚かないんだからつまらない』

「えー? ほんとに驚きましたよ。そんなにキレイでカッコいいなんてズルいです」

『さっさと狭い地下区画に落としこんでその台詞?』

「こういうとこのが良くないですか? そうそう邪魔もありませんし」

 

 広大な地下街の中、それでも狭苦しげに膝を曲げた”貴婦人”の腹で、”彼女”はいやそうに口を歪めていた。

 

 こうして会話をかわすことは、もう何度になるだろう。

 突然の強襲に戸惑ったまま単騎で撃墜されたのが、初めての出会い。

 むきになってリベンジしてから、リベンジされて。何度も何度もぶつかり合って、殴りあいまでして。

 勝って負けて、別れてからまた会って。

 気づけば刀と銃を交えて、天地を飛びながら会話するのも当たり前になっていた。

 そんな慌ただしくも楽しい日々もせいぜい一年足らずというのだから、なんと濃密だったことか。

 

「部屋はどうだった? カメラ見つかった?」

 

 薙ぎ払われる光線をレイは宙返りで危うく回避。難しげだった”彼女”の顔は、一等渋いものになる。

 

『……確かに、あったよ。部屋の鉢植えとか、鏡の裏とか。でも、そもそも通信カメラあるんだし今さらじゃない?』

「あれもよく考えるとひどいですよね。いつでも繋げられるなら乙女のプライバシーが台無しじゃないですか」

『画角を類推するに、ベッドと更衣室はまともに映ってない』

「日常と生活音ー!」

『あなた視られて困るような生活してるんですか?』

「乙女の尊厳ってものがあるんですー!」

『…………?』

「うっわ真顔で首傾げられましたよこれ私が悪いんですか!?」

 

 当然と言わんばかりに”貴婦人”から放たれたミサイル群を《ハヤテ》のライフルで迎撃。

 地下区画に一気に爆炎と粉塵が満ちる。

 天井が耐えられず瓦礫となって降りそそぐなか、レイは近接格闘仕様《カイナ》に換装。

 パワーアームに瓦礫を掴み上げると、力任せに粉塵へと投げつけた。

 

『それで、本気なんですか。──この戦場が作られたもの、それもただの娯楽だとか』

「どこの陰謀論だーって言いたげだよね。盗撮とかそういう風に考えるほうがマシだよね。よくわかるわー」

 

 視覚は煙と熱で潰れ、嗅覚は爆発で麻痺。聴覚も同じくだが、そもそも遠隔スピーカーで方向は弄くれる。

 電磁波等レーダーは諸事情あって頼りにしない。

 投げる先も当てずっぽうだが、瓦礫はデカイ。相手もデカイ。瓦礫は周りにいっぱいある。

 

『なら。なんだってそんなこと考えるんです?』

「これでも色々見てきたの!」

 

 粉塵の中、やたらめったら投げつけて、投球の影が真っ二つに割かれたのは八投目。

 そちらへ、一気に踏み込む。

 

 

 

 

 ”彼女”は”貴婦人”─《ジーク》の腹に収まったまま、あきれた眼差しで粉塵に満ちた周囲を見渡していた。

 

『だいたいこうして話してていいんですか。あののさばる上官どもに聴かれません?』

「大丈夫、大丈夫。《ジャミングウェーブ》の術式を全力でかけてるから」

『確か索敵関係全部真っ白になっていますが、ちょっと強力すぎませんかねこれ。私はこの手のは最低限の直通回線は出来るよう調節されてましたよ』

「同じくですけど面倒なんで、他の術式繋げて焼ききるくらいもっと強力になるようにしました」

『なにやってるんです???』

 

 "彼女"の前に瓦礫が三つ、薄れた粉塵から飛び出してくる。肝心の”005”─《カイナ》の姿は、見えない。

 ──瓦礫に隠れた?

 踏み込むギアの軋む音は聴こえていた。ならば"来る"。あれはそういう人。

 考えたのは一瞬。瓦礫を三つ、一気に切り裂くのも一瞬。

 たったそれだけの間に、裂かれた瓦礫の影から飛び出した《カイナ》の豪腕が《ジーク》の左肘を掴んでいた。

 唸りを上げるパワーアームと、火花を散らす肘に"彼女"は舌打ち一つ。

 そばで得意気に笑う《カイナ》の顔をにらむ。

 

『つまり、あれですか。この戦い、なかなか換装以外に術式を使わないと思ってたら……』

「ずうっと使いっぱなしですよー。もうジャミングしか使えないってくらい全力です!」

『なめてくれたものですねこのやろう』

「ヤロウはひどい」

 

 肩、胴、腹、腰、脚。全てのモーターを連動させた肘落としを返答とした。

 

 

 

 

 首から逆さに立った《カイナ》が、ゆっくりと背から倒れる。

 さしもの閃刀機といえど衝撃吸収はキャパオーバー。

 大の字のままうめくレイを、潰れた肘を庇いながら"彼女"がじっと見下ろしている。

 

『だいたい、前々の話からしてそうです。本当なんですか。この戦場が"娯楽"だなんて』

「……とりあえず、告発文が二つ」

 

 レイの補給の弁当と、新装備のマニュアルに挟まっていたもの。

 どちらも文面は違えども、どちらも娯楽番組として《閃刀姫-レイ》の存在を訴えていた。

 ご丁寧にパンフレットや番宣ビラまで挟んだ気の使いよう。

 ほら、と実際に手渡して見てみても"彼女"の眼差しは胡乱げになるばかり。

 

『えっと……その、レイ、だっけ? 大丈夫、疲れてない? お休み足りてる? 体よく謀られたんじゃない?』

「それならそっちの悪逆非道無人機頭脳を、もうちょいお利口かつ人道的にしてくれないかなー」

『わかるよ』

 

 さすがに優しげな言葉を掛けられても、レイも反発するどころか同意するほかない。

 自分でも、なかなか信じられない、荒唐無稽なこととは思うのだ。

 それでも、と疑ってしまう要素は、それこそ以前から数多にあったのだが。

 

 ──たまたま助けた避難民のなかに紛れていた、SLBMで吹き飛んだはずの基地司令。

 ──避難民はいるのに、いつまでも姿の見えない列強の、そして自国の多くの一般市民たち。

 ──どちらの国の、そしてどんな地域であろうとも常に見かける、特定企業の社名や製品。

 

 一つ一つをあげるのを"彼女"は静かに聴いている。

 

「あとはね、それっぽい街並みは成層圏から見た」

『えぇ……?』

「まあその時は、都市をまるごとレーザー砲撃とかで抉られてで、まあ怒り頂点。もう見境なしで突撃しちゃってねぇ」

 

 列強は、相手国民ならば人道お構い無し。作戦目標ならば非戦闘民や地域ももろとも攻撃することが常。

 無人機がメインの運用なのもあって、前線でところ構わず暴れることも多く、それが一層レイの手を焼いてきた。

 こんな砲狙撃をする装置など、放置してはどうなるか。──この時は、そんなことを考える余裕もなかったけれども。

 そうして追いかけた雲海にてそれらしい無人機を発見。追跡をする最中に一瞬"それ"が雲間からちらりと見えた。

 分厚い雲を吹き出し続ける製雲機。そして光線が雲を穿った先の、見たことのない街並みが。

 

『それが、外だと? たまたま御国の街並みが見ただけなんじゃないですか?』

「あそこ、地図だとこっちの陣営で、半年前には消し飛んでるんだよね」

『ほう……?』

「半年で復興したというにはちょっと発展し過ぎてるし、それならあの無人機の標的としては最適だしね」

 

 それでも、無人機が選んだのはただ逃げること。やっと特大の砲撃を放ったかと思えば、わざわざ"その街"を避けてる凝りようで。

 

「なんかむしろ私がそこを楯にしてる感じだったから、もうおかしくておかしくて……」

『あぁ……そこはこっちでも『敵・壊滅済み・戦略的価値なしにつき放置』ですね』

「でしょー!?」

 

 取り出した端末を確認する"彼女"に、レイも大きく頷いた。自分でも何度となく確認したのだ。

 壊滅、されど健在。その事実があるだけでも、よかった。

 

「もうね、すごい綺麗だったんだよ。ズーム越しに見ても緑がいっぱい、人もいっぱい、塔にビルに遊園地! 面白そうなとこが盛り沢山!」

『私、上官に以前聞いてみたことありますよ。『戦場の外って行けますか』って』

「……どうでした?」

『いまは、敵だ。勝利だって。いつかは、そこも見れるだろうって。なら、私は勝つんです』

 

 ”彼女”の切っ先が、レイへと放たれる。

 レイがパワーアームだけで跳ね退けなければ、それこそ頭は果物のように砕けてただろう。

 床のコンクリが代わりに砕けるのを見ながら、レイは苦笑していた。

 

「まぁ、やっぱりそうなりますよねー」

『いつもこうでしょう』

「あー……あれ、じゃあ隠しカメラ探したってのは? 前回は私の敗けだと思ってたけど」

『……いや、その……ちょっと、気になっただけでして』

「んふふ、そっか、そっかー!」

『な、なんですか!』

 

 慌てたように”彼女”が剣を振る。それでもその冴えは劣ることなく、パワーアームをまた一つ切断された。

 だが、それもレイの予測通り。

 その機械腕はすでに《カイナ》から切り離され置いていかれたもの。

 レイはとっくに《カイナ》を脱ぎ捨てて、着替えを始めている。

 閃刀機関《マルチロール》とレイを結ぶ術式《エンゲージ》。

 その青い光にレイは包まれる。

 

「──じゃあ、勝ったら、いまから見に行きませんか」

『…………なんと?』

「一緒に行きませんか。戦場の、その外まで。とりあえずは、あの街まで」

 

 青い光を"彼女"は断ち切り──阻まれる。

 ぎりぎりと、しのぎを削る音が響く。そのうちに、青の光の中から真っ赤に輝く炎が吹き出した。

 

『正気ですか、あなたは。こうして敵と話をしてるのに。あげく任務放棄に脱走ですか』

「あれですよ。反抗期って、やつです!」

 

 炎が弾け、”彼女”の脇をすり抜けた。途端、”貴婦人”の右脚の力が抜ける。

 猛獣の爪を振るわれたように、"貴婦人”のふわりと広がるスカートが右足もろとも幾筋にも刻まれていた。

 ふらつきながらも"彼女"が振り向いたその先で、残心するのは赤鎧。

 背に拡げるは、赤熱する閃刀八振り。金色の刀を携えるその姿、極地特攻型閃滅モード《カガリ》。普段はかかるリミッターも全て外した、全力全開の姿。

 あまりの熱が自身すらも焦がす中、レイの瞳も赤く輝いて”彼女”を見据える。"彼女"も低空浮遊をもって右脚の変わりとし、剣を構えた。

 次の瞬間には、火花が散った。 

 

『救えませんね。敵兵に脱走を呼び掛けるとか。一人で敵前逃亡しててください』

「いえ、一緒ですよ」

 

 剣を交え、ミサイルを焼き、炎を吹き飛ばし、息苦しい地下区画を駆け抜ける。

 からくも戦火を免れたあたりの地下街の店々も、いまは体のいい障害物にしかならない。

 どこぞの服やら本、家具に車に雑貨店。そのつくづくは余波で焼かれ、飛ばされ瓦礫に押し潰される。

 そのなかにあっても、二人の話は止まらない。

 

『そもそも、あの隠しカメラやらの話からしてもそうです。どうして私にあんなこと言うんですか』

「ずっとこうして暮らしてきて、こんなに話せる女の子って、初めてだったから」

『あなたがそう、馴れ馴れしく話してくるからです』

「でも話してくれたじゃない」

『それは……情報を引き出す、ためです。当人にはわからないものでしょうけど!』

「その割には、他愛もない下らないことしか覚えがないよ? 上官の視線がやらしいとかそんな愚痴ばかりで」

『んぐっ……そ、そんなことばっかり覚えて!』

 

 地下街を抜け、どこぞのショッピングモールまで飛び出して、大きな吹き抜けへと解放された二人の軌道はまるで踊るよう。

 それでも、レイのほうが、勢いを握っていた。

 レイの強烈な踏み込みが、”貴婦人”の頭を砕く。

 閃刀の翼が羽ばたけば、細い背を焼いた。

 少しずつ、《カガリ》が相手を焼いて、追い込んでいく。

 炎を纏いながら、レイは楽しげに笑っていた。 

 

『なんですか、そんなに、嬉しそうにして。もう勝った後のことを考えてるんですか』

「そうだね。そうかもしれない。ごめん」

『あなた……ここは、戦場ですよ!?』

「だって、やっぱりあなたと一緒だと、楽しいんだもん」

『そんな、ざれ言、私は、敵で、列強で──』

「それでも、だ。休みの時も、任務の時も、気づけばあなたのことを考えてる」

 

 《カガリ》が、閃刀の羽を拡げる。翼となる炎は一層強く燃え上がり、周囲を赤く照らし出す。

 金の閃刀を高く、掲げた。

 

「だから、一緒じゃなきゃ、いやだ。あなたと、あそこまで行きたいんだ」

 

 炎の翼がはためいて、矢のごとく駆け抜ける。一閃が”貴婦人”を貫いた。 

 

 

 

 

 ショッピングモールの大広間、その片隅に”貴婦人”は墜落していた。

 ”貴婦人”が抱え込むようにしていた腹からどうにか”彼女”が抜け出し、身を起こす。

 その目の前に、レイが足を下ろした。《カガリ》を解いた、インナースーツの姿。《カガリ》のあまりに熱に所々が焼けても構わず、じっと”彼女”を見つめている。

 

 ゆるりと”彼女”はその姿を見上げると、盛大に肩を落としてため息をつく。

 せっかく起こした身も投げ出すように、また”貴婦人”へと背を預けた。

 

「ああもう、お前は何なんですか。そんなにまで必死になって、わざわざ私を連れてこうとして」

「何、か……」

 

 ノイズもかからないその声に、今日初めてレイは言い淀む。

 なんと言うべきか、あらぬ方に視線をさ迷わせ、決意をするように、一度強く頷いた。

 

「友達、じゃ、だめかな……」

「……は?」

「前、基地の人がそんなこと言ってたの。話があって、ああだこうだと変なことも言い合える、そんな良い間柄」

「それが、友達……ですか」

「どう、かな」

「それ、は……」

 

 レイの差し出したその手へ、”彼女”も迷いながらも手を伸ばす。

 天井が砕けて何かが落ちてきたのは、手が触れあいそうになったその時だった。

 

「えっ、ええっ!?」

 

 粉塵と瓦礫から”彼女”をかばいながら、レイは戸惑いの声をあげる。

 落下地点の中心に立つのは、”貴婦人”よりも一回り小さな──それでもレイから見れば十分に巨大な人型兵器だった。

 尖った頭のバイザーに、細く長い体つきはそれこそ"貴婦人"の系列にあるものとわかる。

 ”騎士”のような出で立ちに人型は、その両腕に備え付けられた赤の剣をゆっくりと、二人のほうへと向けてくる。

 その下に据え付けられた砲身が、光った。

 

「ひゃあ!?」

「……っ!」

 

 放たれた光線はあっさりと"貴婦人"の半身を貫いた。

 レイが"彼女"を抱えて飛び退かねば、直後の爆発に巻き込まれていたに違いない。

 突然の闖入者を眼下にして、レイはどうにか体勢を立て直そうとする。

 

「敵!? なにこのでっかいの!?なんでこれがレーダー、に……」

「ジャミングばんばん炊いてましたね。それくらいしか出来ないってくらい全力で」

「あう……と、とにかく相手! ここで、待ってて!」

 

 上階に"彼女"を置いて、突撃。光線をくぐり抜け、早速とばかりに一閃。

 そして”二条の剣撃”が、相手に叩き込まれた。

 闖入者の向こう側、閃刀を振るっていたのはいつの間にか追い付いていた"彼女"。ひび割れたバイザーの奥で、得意げに笑っていた。

 

「え──?」

「素の私に遅れるとは、慣れないドレスに疲れましたか。さっさと片付けますよ」

「え。で、てもこれあなたの、列強のじゃ?」

「知りませんよ、こんなの。またあっちゃこっちゃで変なのを開発してるんですから」

 

 呆れたようにしながらも、”彼女”は軽々と剣をいなし、逆に斬りつける。表面に軽く傷がつくだけなのを見て、顔をしかめた。

 

「やっぱり硬い……というか、それなら私まで狙う必要はないでしょう。邪魔だから斬るだけです」

 

 そういえば、とレイも納得する。最初の光線は、ともすれば”彼女”もともに吹き飛びかねない危険なもの。

 意図したものか違うのか。さておき信用ならないのはよくわかる。

 だからとて、反撃することも共に戦う必要もないはずなのだが。

 

「ほら早く、閃刀機を出しなさい!」

 

 言われなくても。閃刀術式《エンゲージ》を展開。

 閃刀機転送の青い光に包まれるなか、ふとレイはあることを思い出した。

 

「そういえば、あなたの名前は?」

『はぁ!? そんなの──』

「いやぁ、すっかり聞き忘れてて。私は、レイ。光の、レイ」

「そんなのもう知ってますよ……ロゼです。ただの、ロゼですよ」

「ううん、ただの、じゃない。私の友達の、ロゼだ!」

 

 呼び出したの近距離格闘型闘閃モード《カイナ》。その残骸。パワーアームは半欠け。装甲もあちこち歪み、外れている。

 ロゼとの直前まででの損傷したままだ。《カガリ》でも良かったのだがクールダウン真っ最中。そもエネルギーは空っぽだ。

 さあ、装備は被害甚大。エネルギーも心もとなし。どれもこれもズタボロで、それでもこの心の昂りが、問題なしと告げている。

 それはロゼも同じなのだろう。ひび割れたバイザーから覗くその眼は、未知の相手にも関わらず倒さんとする意思に強く輝いている。

 

 ──あぁ、そうだ。それが、あなただ。

 

 思わず浮かんだ笑みのまま、術式に光を灯す。《カイナ》の脚が固いコンクリを踏みしめ、体を前へと飛ばす。

 先ほどよりも異音は大きく、動きは鈍く。それでも、心は軽い。

 

 さぁ、一緒に行こう。

 

 

 

 

 光条が”騎士”の上半身を削り取るように貫き、空を割った。

 バランスを崩し、のけぞるようにして倒れた”騎士”をレイはじっと見つめる。

 抱えた《ハヤテ》のライフルを向けたまま、数秒。”騎士”の無人機らしい各所の稼働の光が消したことに、ようやく安堵の息を吐いた。

 

 敵は、強大であった。

 ”騎士”はそれこそ、無人機に違いなかった。機体に人が入る余分などなく、関節など構わぬ無人機特有の奇っ怪な動作で迫ってくる。

 だというのに、ロゼを、そして自分自身を相手にしてるような、奇妙な感覚。

 ──『戦闘データをコピーしている』。そう、ロゼは分析していた。

 そういう意味では、この”騎士”もまた閃刀姫だったのだろう。こうして二人がかりでようやく勝機を掴めるよとは、余程の凄腕だ。

 

「終わった、ようですね」

「あぁ、ロゼ。大丈夫?生きてる!?」

 

 ”貴婦人”─《ジーク》と言うらしい─の巨大な腕刀にもたれ掛かるロゼに、レイは装備を解きつつ慌てて駆け寄った。

 いつのまにかスーツも限界を迎え、軍服姿に戻っていた彼女の状態を丹念に確認する。

 

 レイはどうにか他の閃刀機を寄せ集めすることで長く戦えたものだが、ロゼが使用していた《ジーク》はレイが撃墜してしまった。

 残った装備は手持ちの閃刀だけだというのに、それも折られてしまったロゼが持ち出してきた装備こそ、変わりに墜ちた《ジーク》の巨大腕刀。

 身の丈に有り余る長大な刀を全身を駆使して振り回しての活躍は、レイもほれぼれするものだった。

 お陰でレイも活路が開け、あの”騎士”を倒せたのだから、感謝するにしきれない。

 

「じゃあこの私はなんだと思ってるんですか」

「手足、ある。骨折もなし。オールオッケーだね!」

「あなたは心身以外全てに問題あるんじゃない?」

 

 呆れたように冷たい眼差しをむけたのは、倒れた”騎士”か、レイか、どちらだろうか。

 

「こんな変なのぶつけられて、しかもあきらかにこっち側なのに敵と組んで倒して……あぁ、もうやだ」

「感謝してます、ありがとう、友達。ありがとう、ロゼ!」

「……ッ!」

 

 両手で帽子を抑えたまま、我慢するように身もだえ頭を振る。

 なにか言いたげに口をまごつかせて。

 

「君ってのは、ほんと口が軽い」

 

 頬を赤く染めながら、ふい、とあらぬ方を向いていた。

 

「もう私はヘロヘロだよ。変身も解けちゃったし、正直このまま寝てたいくらいだ」

「私もですけど、こんなことしてる暇があるなら、ね」

「やっぱり、行くのか」

 

 見上げた空の先。空を覆う暗雲は大きく穿たれている。その先には、抜けんばかりの青空だ。

 

「レイ、君の撃った光線が、雲も貫いたときだ。雲の方でも、何かが爆発していた。たぶん、件の製雲機」

「《ハヤテ》のライフルにしては穴が大きすぎますからねぇ。でもいい空です。旅立ちにはピッタリですよ」

「じゃ、いってらっしゃい」

「はい?」

「言ったろう、ヘロヘロだって。消耗ですごい眠い。こうして起きてられるのが不思議なくらいだ」

「まあ、たしかに私もですよ。でも、なんだか眠れません」

 

 レイは立ち上がると、ロゼの背中と足に手をやり、抱き上げた。細い腕でも、装備がなくとも、閃刀姫。一人くらいなんのその。

 

「わ、ちょ……お姫様だっこ、か。されるなんて、思わなかったな」

「わたしも、するなんて思いませんでした」

 

 近づいた顔に、ロゼは照れ臭そうに視線を反らす。レイが思わずくすりと笑えば、不満げに口を尖らせる。

 

「なんで笑いますか」

「いえいえ。ロゼはお気になさらず、寝てても構いませんよ」

「わざわざ担いで歩いていくんですか」

「ううん、こうします」

 

 周囲をまわるように浮かぶのは、レイの青い術式。けれども、そのなかに赤い光が表れ、沿うように流れていく。

 

「お前……!」

 

 ロゼはその光に眼を見開く。それは、赤い術式。ロゼの術式だ。

 

「強力ジャミングと同じです。繋げて、強くします。一つじゃ足りなくても、二つなら!」

「ほんとにあっさりトンデモやってのけますね……しかしこれ、私がなおさら酷使されることに変わりないのでは?」

「あー……さ、さっきの勝者の特典、って、ことで……」

「別に構いませんよ」

 

 あっさり了承されて、レイは眼を瞬かせた。

 

「あ、あら、そうですか?」

「あなた、言ったでしょう。友達だって。困ってるところを融通するのも、いけませんか」

「──ううん、ううん! ありがとう、ロゼ!」

「そういう訳で、一眠りしますからぱっぱと行ってくださいな」

「うん、じゃあ、行きましょう」

 

 青と赤。二つの術式陣が、周囲を駆け巡り、まばゆいまでに輝いていく。

 こてりと頭を預けられ、寝息を立てたロゼの体をしっかり抱き締めて、彼女は空を見上げる。その瞳は、二人の色に染まっていた。

 

 閃光が一筋、青空へと放たれた。



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