この狭間の地で俺はエビをゆでる   作:へか帝

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この狭間の地で俺はエビをゆでる

 前世の記憶がある奴なんて、この狭間の地じゃさほど珍しくもねえ。

 前世というよりかは、死んだときの記憶。そう言ったほうが正しいか?

 まあ、どうでもいい。俺はエビを茹でる。それだけだ。

 

 覚えている記憶は、さほど多くない。

 ここではない世界で、普通に生きて、普通に死んだ。

 そしてこの狭間の地でまた生まれた。それだけの話だ。

 生まれちまったからには、生きなくちゃならねえ。

 生きてるだけで腹は減るからな。

 

 俺はまず水を探し求め、次に食い物を探した。

 食い物は水場のすぐ近くに見つかった。エビだ。

 死ぬほどデカいヤバそうなエビや、気色悪い大トンボ、不潔な霧を吹き散らかすホヤなんかもいたが、あんなの敵いっこねえ。

 俺はチビの幼生エビを捕まえて、それを鍋に詰めて茹でた。

 実際にはエビではなくザリガニのようだが、どうだっていい。

 

 ここは前の世界ほど温い場所じゃねえ。人間の屍なんざ野鳥よりよほどありふれてる。

 だが、だからこそ追い剥ぎが捗るってもんだ。

 俺はおっ死んでハエの集った死体から錆びた短刀を拝借し、そのナイフで樹の皮を剥いで畳んで小さな鍋を作った。

 

 火起こしなんて経験もないし、うまくいく自信もなかったが、幸いにも火には困らなかった。

 平野に燃え盛るヒルがいて、その傍に火の燻る蝶がいたからだ。

 俺は蝶を火種とし、鍋に湖の水を注ぎエビを茹でた。

 俺にとって最大の幸運は、岩塩の鉱床が見つかったこと。

 お陰で俺はエビを塩で茹でることができた。

 

 そうして俺はエビを茹でる暮らしを続けていた。

 食うからには、美味い方がいい。だから俺は、日に日に塩加減が上達していった。

 はっきり言ってかなり美味い。そこそこの境地に至った自信があるね。

 

 ゆでエビをかじり、遺跡の瓦礫の陰で夜を越す。それが俺の世界での生き方だ。

 この世界の謎は多い。その際たる一つがこの遺跡の瓦礫だった。

 この地では、時おり天空から遺跡の瓦礫が墜落してくる。

 つまり、天空に遺跡があることの証左であるわけだ。

 だがまあ、本当に空に遺跡があったとしても俺には関わりがない。

 天空遺跡の浪漫を追い求めらるほどゆとりのある暮らしじゃねえし、どうせ化け物の巣窟に決まってる。

 そう思いながら、光を宿す遺跡に背を預け寝転がったときだった。

 

 しばらく空を見つめ、俺は異変に気づいた。

 この世界の星空は美しい。感傷もクソもない俺ですら、暇つぶしに眺めてられる程度には圧倒的な空が広がっている。

 だから気づいた。星辰が止まっている。星が巡らない。

 気づけば、風すら吹いていない。

 ──違う。

 風が"引いている"。

 空を埋め尽くす星空が逆向きに回り出す。

 残しておいた焚火から立ち昇る煙が、薪に吸い込まれていく。

 

 ──時間が巻き戻っている。

 世界から色が失われていき、世界がセピア色に変わっていく。

 俺の寝転ぶ遺跡の断片が、元にあった天空へと戻っていく。

 俺を、乗せたまま。

 

 

 

 

 

『神なき今、エルデの王に何用か』

 

 半ば強引に連れ去られた先で見えたのは、静止した嵐の中央に座し、捻じれる双頭で天を仰ぐ竜。

 俺とともに各地から結集した遺跡の断片は時を戻すように結集し、見る影も無かった瓦礫は、往年の大遺跡の姿を取り戻していた。

 肌でわかる。これは、人を超えた隔絶した存在だ。生命の向こう側にある人知の及ばぬ超越者。

 だが、俺のすることなど一つしかない。

 

「俺はエビを茹でるぜ」

 

 瓦礫まるごと連れ去られたのが功を奏した。

 薪も燻り蝶もあるし、樹の皮の鍋もある。

 鍋に関しては燃えカス寸前だったのに、遺跡の逆再生に巻き込まれて燃える前まで復元している。

 もう何十何百と繰り返した作業だ。そつなく進められる。

 

『……』

 

 羽ばたきもせず、卵のような形に翼を丸めた姿勢で空に浮かぶ竜は、段取りよくエビを茹でる俺を黙って見下ろしていた。

 だから俺も構わずにエビを茹でる。

 火力調整も茹で加減も、塩加減も完璧だ。いい色に仕上がってきた。

 特有の香りが漂う。暗い泥色だった甲殻はすっかりと赤く染まっていた。

 

「食べ頃だな」

『王に供物を捧げるというのであれば、否やはないが?』

 

 そして気づけば、既に空に座していた竜の姿はなかった。

 代わりにいるのは、俺の傍らで涎を滴らせながら鍋の中身を凝視する灰髪の女。

 女の肌はあちこちが痛々しく抉れており、擦り切れた皮の向こう側から黄金色の肉が露出している。

 通常の人間より幾本か余分に生えた腕は、肘に繋がる前に腐れ落ちたかのように千切れている。

 

 俺が鍋の中身を見つめて時期を図っているうちに、いつの間にか傍に来ていたようだ。

 瞬間移動をした訳でもあるまいに、一体いつのまに。茹でるのに夢中になりすぎたのか?

 そしてあの竜は? 疑問は尽きないが、俺はとりあえずあの竜を目前に一命をとりとめたらしい。

 

「……剥くから、少しまってろ」

 

 エビの殻を剥いてやり、ぷりぷりの身肉を露出させた状態で灰髪の女にゆでエビを渡す。

 女は受け取るや否やたまらずといった風にかぶりつき、一心不乱に食に集中する。

 

『──美味なり』

 

 しみじみと呟いた女がもっと寄越せと言わんばかりに黄金の双眸で俺を射抜いたので、もう一つくれてやる。

 この分だとどうせ一つじゃ満足しないだろうと思い、次のゆでエビも剥いておいたのだ。

 受け取った女は、また夢中でエビに食い付いた。

 

『高等な供物に免じて、滅ぼすのはよしてやる』

 

 ゆでエビの殻を剥いていると、女が尊大な口調で喋り始めた。

 食うのが早すぎて今度は俺の殻剥きが間に合わなかったようだ。

 俺はとりあえず黙々とゆでエビの殻を剥きながら続きを聞くことにした。

 

『──我が名は、竜王プラキドサクス』

 

 エルデの王なり。

 女はゆでエビを受け取りながら、厳粛にそう告げた

 




『フォルサクスの薙刀』
古竜ランサクスの力を振るう祈祷

赤い雷の薙刀を呼び、上空から薙ぎ払う
その斬撃は雷を奔らせる

ランサクスはフォルサクスの姉であり
人の姿に化け、古竜信仰の司祭として
騎士たちと交わったという

『人の姿に化け』の一文を見た瞬間我慢できなくなってしまいました
あんまり続きは期待しないでくださいまし
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