竜王プラキドサクス。そう名乗った女は自らをエルデの王と称した。
俺はファルム・アズラという竜の神の天空遺跡に何故か迷い込んでいたらしい。
しかもただ迷い込むならまだしも、ファルム・アズラを崩す嵐の中央、時の狭間に来てしまった。
俺はただわけもわからずエビを茹でていただけだったのだが、竜の王座に異変を感じ取った他の古竜たちも王座に殺到してきて、それはそれは大変なことになった。
乗り込んできた古い竜たちが怒り狂ったのだ。
なにせ、ゆでエビがない。
白い鱗を持つ竜たちは、その両腕に紅い雷を携えて吠えた。
食欲をそそるかぐわしい香りだけを残して、肝心のゆでエビは殻しか残っていなかったのだ。
匂いに誘われてやってきた古龍たちは大変お冠だった。
しかしないものはない。
ゆでたエビは全てプラキドサクスが食してしまった。
まさかこんな大所帯になるとは思っていないし、そもそもファルム・アズラに来たのも突発的なことだった。
俺が充分な数のエビを用意しているわけもない。
揉めに揉めた挙句、最終的に俺が新たにエビではなくカニを茹でることで古竜たちは納得した。
地上では俺が尻尾を撒いて逃げてきた巨大ガニがいる。
あれを捕まえてデカい釜で茹でて皆で食おう。
俺が直々にそう提案することで王座に集った竜たちの乱痴気騒ぎは収まった。
地上には、古竜の背に乗せてもらって戻った。
乗せてくれた竜の名は、グランサクス。
山を覆えるほどの大古竜だった。背中に乗せてもらったと表現したが、ほとんど空島の上にいるかのような感覚だった。
この大古竜を地上から見上げれば、きっと空を覆いつくす白雲のように見えたろう。
さて、カニを収穫するまえに懸念点が一つある。
ただ持ち帰るだけなら容易い。縄で縛ってグランサクスに結ぶだけでいい。
グランサクスほどの巨竜であれば、嵐の王の居城、ストームヴィルですら背中に乗せて持ち帰れるだろう。
問題はカニの鮮度だ。
いかに古竜によって空輸するとはいえ、限度がある。冷凍保存でもできれば良いのだが。
グランサクスに行く道でそう相談したところ、よい知り合いがいる。
そう返され、寄り道する形で連れてこられたのは北の山領。
山頂には、氷の吐息を持つボレアリスという竜が住んでいた。
ボレアリスは俺たちのカニを冷やしたいというトンチキな願いを快く了承してくれた。
誰だってそうする。俺だってグランサクスに睨まれたらどんな理不尽な願いだって聞くね。
ボレアリスは古竜ではないようだった。竜と古竜とでは、俺には想像もつかない上下関係があるのだろう。
ボレアリスは縮み上がっていた。
カニ捕獲同行のお願いをボレアリスにしている最中、山頂に無数の人影が近づいてきた。
それは人間によく似た姿をしており、しかし決定的に人間より大きかった。
それは巨人だった。
巨人たちは、戦いの用意がしてあった。
きっとここに住んでいたボレアリスを追いやるためであろう。
だが、巨人たちは露骨にビビっていた。
グランサクスがいたからだ。
天空に蓋をするような、巨人よりもなおも巨大なグランサクスがいるからだ。
予期せぬ大古龍との遭遇し動揺する巨人たちを前に、グランサクスは聡明な眼で彼らの運ぶ大きな火の器に目を付けた。
──あの器、カニを茹でるのに丁度よい。
交渉役には俺が立った。
巨人たちは迷い、だが最後には火の器でカニを茹でることを了承した。
グランサクスと、ひいては古竜と事を構える意味をよく考えたのだろう。
期せずして、カニを茹でるのに相応しい火と器が揃った。
巨人たちと円満に別れたその後、グランサクスとボレアリスのペアツーリングによって俺たちはリムグレイブまで行き、カニを捕まえた。
湖に生息する巨大蟹は、当初グランサクスが手に持つ捻じれた大槍によって大量収穫する予定だった。
俺じゃ逆立ちしたってあの巨大蟹を仕留められない。竜の力を借りることは必然だ。
だが、俺にとって巨大なカニでもグランサクスからしてみれば虫を潰すようなもの。
力加減に大層苦労したようで、3匹ほど蟹がミンチを通り越して地面の影になったあたりで見かねたボレアリスが代わった。
ボレアリスはカニ狩りが大変達者で、そつなくカニを仕留めてみせた。
グランサクスは褒めていたが、ボレアリスはあまり嬉しそうではなかった。
永遠ならざる末裔からしてみれば、大古竜からのお言葉など身に余る光栄。
本来ならそのはずなのだが、内容がカニ狩りでは……ということだろう。
いきなりグランサクスに訪問され、巨人たちに住処を狙われ、挙句カニの冷凍係にされる。
俺が首謀者とはいえ、ボレアリスの境遇には流石に同情を禁じ得ない。
よって一番よく茹でられたカニは、ボレアリスに譲ることに決めた。これで少しでも報われてくれればよいが。
しかし、俺はここでこだわりを持ってしまった。
極上のカニ、至高の器、巨人の火。であれば、水もこだわるべきではないのか?
すなわち永遠の都に流れるエインセル河、その本流。
この水をもってカニを茹でる。
俺のこのわがままを、グランサクスは母のように寛容に受け入れた。
カニのためならば、存分にこだわるが良い。そう言っていた。
ボレアリスはこいつらマジかよという思考が態度から漏れ出ていた。
竜たちの理解も得られたところで、俺たちは永遠の都、ノクステラを訪れた。
すわ襲撃かと勘違いした永遠の都の住人は秘蔵の兵器を以って我々を出迎えた。氷雷を操る『竜人兵』だ。
だが竜人兵はグランサクスの威容に種としての隔絶した差を感じたか、グランサクスを見上げたあと、許しを請うように丸くなって動かなくなってしまった。
竜人兵が生存本能によって戦いを放棄してくれたお陰で、我々はすれ違いによる武力衝突を避けられた。
我々に戦いの意思がないことを示すと、交渉役としてやってきた夜巫女は一時、源流に繋がる水道橋から水をくむことを許可してくれた。
紆余曲折あったが、こうしてカニ茹での計画は進んでいった。
火の巨人の器にエインセル河の水を注ぎ、カニを茹でる。
カニ茹での大晩餐は山領の頂上で行われ、それは火の巨人たちと古竜の入り混じる宴となった。
宴には、しれっと竜王プラキドサクスも参加していた。
竜の神を待つプラキドサクスは、ファルム・アズラの王座を離れることはできない。
故にプラキドサクスは己の双頭の片割れを斬り落とし、それを分身とすることでカニ茹での宴に参加していたのだ。
お前、そこまでゆでカニが食べたいのか。
だいたいお前はゆでエビをたらふく食ったじゃないか。他の古竜から向けられるその眼差しを、プラキドサクスはふてぶてしく全て無視した。
プラキドサクスは王の威厳を感じさせるくらい、堂々としていた。
そして気づけば、大晩餐には見知らぬ客人が幾人か混じっていた。
彼らはカニを喰う権利を手にするため、己の芸を振る舞った。
腐敗を追う曲刀使いは、流水の如き剣技を披露した。
白き王が引力によって星を呼び、また黒き王が斥力によってそれを宙に返した。
晩餐を知らず星を見上げて迷い込んだ少女は、山領の頂で満月を見出した。
巨人と古竜はそれを肴に語り合い、またゆでカニを食った。
これは後世において『頂上の大晩餐』として伝説に語られる出来事となった。
暑苦しい火の巨人から距離を取り、おそろしい永遠の古竜に震えるボレアリスと共にカニを食べていた俺には、そんなこと知る由もなかった。
この回書いてたらボレアリスがめちゃくちゃ可愛く思えてきました
ところでこのメインヒロインの影が薄いなぁと思っていたら突如別のヒロインが現れて全てかっさらっていく構図、どこかで見たことあるメリねぇ……