アルセウスと義理……そして【キョウヘイ】
「ああ……ようやくだ。ようやく直接話す事ができる!」
目の前に奴がいる。
アルセウス、それは俺がホウエン地方に連れてこられた原因のポケモン。カイオーガを探すという契約の相手であり、【あいいろのたま】をぶん投げて頭に直撃させてきた憎いアンチキショウ。別名ドスアルパカ。
超古代文明を作り上げた古のもの達が【主】と仰ぎ、その古のもの達を屠って滅ぼした災厄のような存在。
そして何よりも――――俺の身体について知っている現状唯一の存在。だから契約をした。だから、この地に残った。答えを知る為に。
あと、それはそれとして、金ダライの腹いせにモンスターボールを叩きつけたい衝動に駆られるのを必死に押さえつける。まぁ、マスターボールをまだ手に入れていないので、捕まえるのは無理だろう。他のボールも生きてないし。
死の予言があったから、答えを知る前に死ぬのではないかと眠れぬ間も、ずっと、ずっと恐怖していた。
だが、だがしかし、ここで出会えた。
話の方向によっては、今日答えがわかるかもしれない。少なくとも切っ掛けぐらいは引っ張り出そう。そう考えるだけで気分が高揚する。武者震いが止まらない。ああ、
しかし、暴走する感情とは対照的に、冷静な思考が異様な点を指摘する。なぜ今なのか。どうして姿を現す必要があるのか。相も変わらずコイツの行動理由がわからないのだから。
こんな怪物が相手となる可能性がある以上、御神木様達も、俺も気が抜けない。その一挙手一投足や周囲に対して集中を続ける。
「喜びと疑問、警戒か。なかなか器用な奴だな、お前は。聞きたいのだろう? どうして我が現れたのか。答えは簡単だ。お前が契約の裏にあった我の望みを果たした故、義理を通しに来た」
「望みを果たした……?」
当たり前だがカイオーガなんてカの字も見つけていない。大方ルネシティにいるだろう程度の予想を立てているぐらいだ。
裏の望みといった物がある事だって理解していたとも。だが、やはりわからない。俺がカイオーガを探す事でいったい何が起きたと言うんだ。変化らしい変化なんてあっただろうか。あるとするのならば――――マグマ団関係? で、コイツにいったい何の得がある。
「我が期待していたのは混乱。特にマグマ団、アクア団、流星の民と呼ばれる集団へ被害を与える事だ」
想定は合っていたが、あの迷惑2集団と自称古代文明保護民族に対する混乱を期待? マグマ団、アクア団はもとより、流星の民がきな臭いのはわかる。だがコイツが? 慈善事業に目覚めたとでも言うつもりか? ならば表向きにあるカイオーガはどこに関わってくる。
「契約を交わした時に話したが、これに関しては完全に我の私事が理由だ。うむ……どうせなら語ってやろう。今のホウエン地方についてを。報いたモノには相応の報酬が相応しい」
そう言って玉座に座り込む。こちらに椅子は寄越してくれないらしい。一瞬、先に身体について聞くべきではないかという思いも浮かんできた。
しかし、どういう訳か、不思議と
視界の端で、右隣に陣取っている御神木様と目が合う。真っ先に聞かなくていいのかと物語っているように見えるが黙殺した。きっと、
今のうちに、念のため後ろに居る
その後、ポケットに手を戻しながら何とか生き残っていたテープレコーダーで録音を開始する。話は聞くが、録音してはいけないなどとは言われていないしな……この声が本当に録音できるのかどうかは置いておこう。
「隠しながら録音せずとも、許可してやろうとも。そして記録に残るように我も肉声で話してやろう。何度も言っているが、これは想定よりも速く、多く働いたお前への報酬でもある。もっと音質の良い物をくれてやってもいい」
そう言いながら、目の前に最新モデルのデジタルレコーダーが現れる。どこから取り出したんだ、これ。【サイコキネシス】か何かで家電量販店から盗んできたのか? とは言え、データを残せる方法が増えるのはこちらにとって都合がいい。
「……そういう事ならありがたく貰おう。ただ、テープレコーダーでも録音させて貰うぞ」
デジタルでは編集された場合気が付きにくい。しかし、その点テープならば一目でわかるので証明性が高いという利点を持つ。今のようなとても信じられない状況を証拠として他者に信じてもらう為にも、些細ながら気を付ける必要がある。手早く録音準備を終えて、視線をアルセウスへ戻す。
さて、これはこれでありがたくはあるものの、結果的に両手を塞がれてしまっている。かと言って
「なに、そう長い話でもない。まず、我は今、不定期に襲撃を受けている。相手はギラティナというポケモンだ。奴に対する多少の知識はあるな」
軽く頷く。ギラティナ……破れた世界の主であり伝説級のポケモン。あそこは時間、空間が安定していない異世界。言わば世界という継ぎ接ぎだらけのキャンパスの裏側のような場所だと言われている。そんなポケモンがなぜアルセウスを襲撃するんだ?
そもそもギラティナが動いているといった情報なんて転がっていたか? いくつものニュースやゴシップ、ネットでの噂話にまで手を出して情報収集していたけれども、少なくともホウエン地方の中ではそれらしい物はなかったはずだ。
――――本当に? 一度視点を変えてみるべきではないか?
よくよく考えてみると最近急に動き出した勢力がある。俺にとっては動いている事が当たり前になってしまっているが、マグマ団もアクア団も最近活発になった組織だ。そして、流星の民も昔から存在しているにもかかわらず、活発になったのは最近。何か、同時期に活発になった原因があるはずだ。ソレが、ギラティナ?
一部の符号が一致し始める。
「こちらから襲っていた昔ならば理由はわかるが、今になって襲撃してくる理由は一つしか考えられない。奴は異種族との交流を得て、我を殺す手立てを考えたのだろう。奴が相手では、放置すると手痛い攻撃がやって来る。我にしてみれば奴など最早どうでもよいのだが、攻撃を受けている以上、奴の力を削ぎ落して枷を着けなければならない」
遥か上の領域では、なかなか賑やかな状況らしい。であれば、それだけこっちの世界に歪みもできそうなものだが。あと襲ってくる理由は、単に昔襲われたという恨みからなのでは?
「しかし、ここで問題が発生した。反撃をしようにも、こと隠れるに関しては奴の方が一枚所か二枚は上手でな。嘗て攻撃を仕掛けたにも拘らず逃げられてしまった事もある。万全を期す為には後の先をとらなければならず、故に奴を炙り出す必要が出てきた」
何となく読めてきたぞ。昔散々襲ったせいで癖でも読まれたのか。だからこそ、第三者に話を持ってきた。だが、なんで俺なんだ? 今までの説明だけでは態々他世界の人間である必要性がなければ、カイオーガも関係ない。現地民を上手く使うだけで十分だ。それこそ、火種はあちこちにある。
「その協力先がマグマ団、アクア団、流星の民?」
「正確にはそのどこかを隠れ蓑にしている状態だ。上手く使っているのか、契約でも交わしたのかまではわからないがな」
心底面倒くさそうな声色だ。
まぁ、端的に言えばその3勢力の混乱は、主目標であるギラティナの排除を行う為の前座でしかない訳だ。更に3勢力のどこかに先制攻撃をすると、別の場所に逃げられかねない。満遍なく攻撃しても、3勢力は排除できるがギラティナを倒す火力が足りないといったところか。意外と反撃を恐れているんだな。
確実な一撃の為に後の先を取りたいのだろう。コイツ程の力を持っていて尚火力が足りんなんて、確かになかなか面倒な状況だと言える。また、その程度は相手も想定しているということか。
それに、コイツが全方位攻撃なんて敢行した場合、ホウエン地方全体の被害は洒落にならない大災害となるだろう。それこそ古のものを滅ぼした時のように、一地方丸ごと滅ぶことになりかねない。
今までの行動的にマグマ団に関してだけなら、多少の被害を与えた。ダイゴさんを
「それぞれの勢力は反目し合っていたのだが、戦力上等しい訳ではなかった。集団として最も力が強かったマグマ団は差を広げる為に力を貯めこむ行動はするものの、積極的な排除にはまだ当分は動かない。個の質が高いアクア団は政治的に後れを取った部分の巻き返しと、戦力確保に尽力している。流星の民は大規模な術式の準備はしているものの、上下で統率が取れていない」
マグマ団は安定志向。アクア団は挽回に必死。流星の民は、戦力はあれども行動に無駄が多い。なるほど? 術式が何なのかわからないが、マグマ団同様、アクア団も古代遺跡に関心があるとするのなら、それぞれとの敵対はあり得る事か。
それにしても、上下の統率と言うのが誰と誰を指すのかによってだいぶ変わってくるぞこれ。以前から考えていたが、やはり流星の民は古のもの達を匿っているか、古のもの達が流星の民を裏で操っている可能性が高い。
上が古のもので下が人間、或いはその逆の場合なら、統率が取れていなくてもまだ収集がつく部分もある。だが、上が古のものか人間で下がショゴスの場合、単純にコントロール不能に陥っている可能性が出てくる。
「その突出していたマグマ団が叩かれたことで、ある種の拮抗が崩れたと?」
アクア団、流星の民としても落ち目の敵対組織が居るのなら狙い時だろう。元最大勢力であるのならば余計に。その上でどう動くかだが……まずは予想を確信へ変える方がいいか。
「なぁ……流星の民には、古のものの生き残りが居るのか?」
「流星の民の最上位に君臨しているとも。とは言え民族内でもそうだと知らぬ者が多いな。その下に人間とショゴスが居る」
ビンゴか。こういう勘は当たってほしくない時ばかり当たる。それにしても、あれだけの悪意を持った天災を受けて尚、生き残りが居るのか。技術的に冬眠ができるとかは多少知識として知っていたが、あの【さばきのつぶて】はその程度で越えられる物ではないはず。
生き残ったのか、それとも
……あれ? どうしてここまで深い親近感を抱いているのだろうか。抗おうとする思考が近しいからか?
――――ああ、そうだ。
【奪われたままでは終われない。理不尽には立ち向かわなければはならない。天災は踏破しなければならない。許さない。認めない。このまま何もできずに消えてなるものか。冒涜され、状況に流されるままだなんて許容できるはずもない】
『でも、そもそも、何故俺は理不尽に、天災に抗おうだなんて思うようになったんだっけ? 俺は……そんな事、望んで……?』
――――焦点がぼやけ、ふわふわとした思考の中でふと、こちらを真っ直ぐに見つめているアルセウスと目が合った。プレッシャーのせいか、一瞬意識が飛んでたな。拙い。集中しないと。
それにしても……その上で仲間の死を見続けた生き残りは、どれだけの憎悪と悪意を持っていると言うのだろうか。故郷を失ったモノ達は忘れはしないだろう。あの日虐殺された家族の悲鳴を、破壊し尽くされて砂塵となった聖地を。
そうして振り撒かれる災厄は決して小さなものではない。悪意の芽を様々な場所に根付かせるだろうし、ポケモン協会にもその毒が流れ込んでいるはずだ。
最近多くなった行方不明者達は、流星の民の行動に巻き込まれたか? マグマ団、アクア団に入団するのなら行方不明になる必要はない。
むしろ、今持っている身分を上手に使った方がよほど選択肢が増えるだろう。ただ、もしそうだとすれば堪ったものではない。実働しているのは倫理観が不明な人間とショゴスなのだから。生存の可能性が絶望的になる。
「そして、その全ての勢力とポケモン協会はコネクションがある」
……知ってた。ダイゴさんが意味不明な指令を受けていたし、カナズミシティでの一件でマグマ団が警察無線を認識していた疑惑だってあった。何よりもここまで大がかりな抗争に政治組織が絡まないはずがない。海も陸も利権に満ち満ちているのだから。政治的とか言い始めた辺りで予想が確信に変わっていたよ。うん。
「……どうして古のものを滅ぼしたんだ? お前を【主】とまで崇めていたのに」
あの日、砂漠遺跡で見た石板で、そこだけが急展開のように見えていた。古のもの達自身も、その原因を理解していなかったように思える。
「なぜ、なぜか。簡単だ。必要だった。我が新たな力を得る為に。どれだけ我を崇め祀ろうが、望むものを作れなかった。連中には足りなかったのだよ、危機感が」
危機感……? 新たな力は各属性のプレートか?
「生きとし生けるものは、生命の危機に瀕した時初めて限界を超えて事を成す。闘争こそが進化を促すのだ。だがあれは、我の庇護というぬるま湯に浸かりきった。練り上げた技術を食い潰しながら怠惰に、美のみを追求して生きるようになった」
「だから滅ぼしたと?」
……その程度の事で? ならば、今のお前はどうなんだ。いや、俺が知らないだけでそれ以降もナニカと戦い続けていたのか?
「それも理由だ。無論、向こうから攻撃を仕掛けられたと言うのが一番ではあるがね。故に
どういうことだ? あの石板には一方的に攻撃されたように描かれていたはずだ。
「気になるようならば、地下玉座のアノマリーを見つける事だな。アレは自然現象として死んだ者を取り込み、永遠に閉じた世界を映像として周囲に流し続けている。触れれば取り込まれるが、離れていれば内部世界の様子を眺めても問題ない」
背筋に怖気が走る。どんな地獄だそれは。いったいどれだけの間、どれだけの数の古のもの達が、その狂った自然現象に囚われ続けていると言うのだ。
「何よりも――――お前は家に巣くうシロアリに崇められたという理由で、駆逐するのを戸惑うのか?」
……ああ、コイツにとってはそういう認識なのか。どこかストンと腑に落ちた。神に人の事などわからないように、もとより生物としての縮尺が違い過ぎるのだ。コレも本質的には他者などどうでもいいのだろう。
「ここまでが現状のホウエン地方の動向だ」
何というか、正直分かってはいたけどもさ。改めて聞くと色々とぐっだぐだなんだなぁ、ホウエン地方。
いや、人の事は言えない。
「……後は一手、状況が変化するだけで勢力同士の潰し合いが発生する。そして、最後の一手は既に成った。こうなれば最早時間の問題だ」
…………その一手にカイオーガが関係している? いや、それだけならば、やはり俺である必要なんてないはずだ。俺でなければならない――――そこには、一番重要な根本があるはず。
「なんで……なんで俺なんだ……? 俺の何が必要なんだ?」
「なぜお前なのかはともかく、何が必要なのかについては付き合う気はあまりない。故、簡素に話そう」
少しの落胆に反するように心臓が高鳴る。ああ、ようやく、一部でも真実を知れるのだ。期待が高まるのと共に――――なぜか全身に寒気が襲った。これ以上聞いてはいけない気がする。 だが、それでも聞かなければならないのだ。そうでなければ、俺は前へ進めない。
「まず、異なる世界に居たお前を見つけた理由だが、なんて事はない。
……この怪物が興味を持つようなモノなんて、俺の居た世界にあるのか?
「ギラティナからの襲撃を受け始めた後、我は当時の現状を念として複数の異世界の過去、現在、未来に送り込んだ。だが、現在、未来に送った念は全てギラティナに阻止されることになる。奴は霊の性質を持つ。霊は生まれた者が死んで初めて発生する、未来に付随する性質だ。故に未来に関する奴の力は我よりも強い」
念として情報を送り込んだ? 急にふっとアイデアが浮かんでくるような物か? 世界単位どころか過去現在未来に分けて送信できるとか、凄まじいな、それ、は…………いや待て、待て待て待て。
そんな、まさか! 信じたくないような言葉を予想する。してしまう。そしてそれは現実のモノとして、何の躊躇いもなく言い放たれた。
「過去に送り込んだ情報もギラティナからの一定の妨害を受けて朧になり、中途半端な形として遊戯となった。その後、我が求めた未来予測は3作品目になって、ようやく完成することとなる。しかしそれも、販売層を加味して情報の添削や変更が行われたものだったが」
ポケットモンスターというゲーム自体が、コイツが発した念を元に作られたゲームだった……? たかがゲーム一つ作らせる為に、俺の居た世界の過去に干渉したと言うのか?
「こちらで行動しやすくなるように、シナリオや対戦を遊戯として何百とシミュレートさせ続け、最も的確に動ける者を造り、現在から収穫する予定だった」
普通ならば飽きる事でも、コイツなら
「だが、お前を見つけた。シナリオを知っていて、遊戯で数百、数千以上の対人戦経験を持ち、カイオーガを探す事に最も適しているお前を。だからこそ、ギラティナからの一撃を身をもって受けてまで、お前を現在から
――――――まさか。 一瞬、思考が空白化した。
「お、お前が……お前が、俺に思考の誘導をしていたのか……?」
お前が、俺をこうした全ての原因なのかと、震える声で問いかける。
「否。我が行ったのは言語変換と収奪のみ。思考の誘導含め、大本にあった騒動には関わっていない――――何より、
アルセウスの声色は、先程のギラティナの時と同じように、心底面倒くさそうな雰囲気を醸し出していた。
「…………あ?」
意味が、解らない。答えを知っている……? 俺が?
「本来、我は下らない狂言に付き合うほど暇ではない。こうしてこの場に残って、茶番だと理解した上で言葉を交わしているだけでも良心的だと思うがね。お前は、お前自身の望みが最早叶わない事を知っている」
望みが叶わない? 俺の望みは、ただこの奇怪な身体について知りたいだけで……本当にそうだっただろうか? いや、そうだ。その、
「いいや、それは違うな。
そう……なのだろうか。だが身体を元に戻すという言葉の甘美な誘惑に、心が揺さぶられたのは事実だった。でも、何故だろうか。ただ確認の言葉のはずなのに、痛みを感じる程に心が軋む。先程以上に、これから先の言葉を聞くべきではないと悲鳴を上げている。
ただ、奥底の魂から何かが込み上げてくる。それでは足りない。俺は……身体を調べて…………『
「――――――逆に問おう。何故最初に、お前は自らの身体を治す方法を聞かなかった? ホウエン地方の事情などどうでも良いとばかりに切り捨てて、義理を理由に割り込んででも、お前にとって第一に聞くべき話なのだろうに。少なくとも、この地に来たばかりの頃のお前ならば行っていた。だが、今のお前はソレをしなかった。認識のどこかで、最早ソレを行う必要性が無くなった事を知っているからだ。そして、ソレこそが答えでもある」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。アルセウスの言葉が心の一番深い何かに突き刺さる。自分の中で、
……いや、自らの願いをこうでなければならないのにと思ってしまう時点で、最早語るに落ちてしまっているのかもしれない。生きる上で重要だったはずの目的を否定されたにも関わらず、
その沈黙が答えだと。突きつけられた。視線が震えて四方八方に散るなか、不意にアルセウスと合う。すると、吸い込まれるようにピタリと視線が散らなくなった。それどころか、逆に離せない。心どころか魂の奥底まで覗かれているような奇妙な感覚。異常事態に脳が悲鳴を上げる。
「何よりもお前は既に、この世界でも身体を調べたはずだ。そして、
ふと、オダマキ研究所での診断結果が頭の中に浮かび上がった。だが、だがしかし、そんな結果ではなかったはずだ。
「そんなはずはない! 数値は全て異常なしだった。再試による確認だって行っている。間違いはない。だから、今も旅を続けている!」
喉が張り裂けんばかりの心からの叫びが響く。だが、それが無性に空々しく聞こえてしまうのも事実だった。
「ポケモンという種から派生し進化を遂げた人間と、異なる世界で猿という種から進化を遂げたお前の数値を比較して、
――――
「ふむ。周囲を護る為か、それとも自身を保護する為か。狂言に付き合わされているモノ達からすればどうなのだろうな、ソレは。真実は残酷だ。耐え難くもある。だが、それがお前が望んだ真実と言う物だ」
そう言いながらアルセウスの視線が御神木様達へ向く。同時に、急激に御神木様達からのプレッシャーが溢れ出てきた。それこそ、これまでの比ではない程に。今にも飛びかかってしまいそうだった。きっと、御神木様達は自分の為に緊張し続けているのだろう。
そんな場を、
「これもダメか。では、少し手法を変えよう。お前は嘗てショゴスを殺した。そうだな?」
何だ。何が言いたい?
「……ああ。俺が、病院の屋上で焼き殺した」
火炎瓶で焼き殺した……はずだ。
「では、ショゴスというのは火に炙られた程度で死ぬ生物なのか? その程度の脆弱な怪物を、お前は心が壊れかける程に恐れたのかね?」
「それは……」
わからない。俺は今、この問いの何に畏れている……? でも、記憶では確かに……そうだった
「殺害方法は本当に火炎瓶だったか? 液体窒素で殺しきれず。王水やピラニア溶液でも殺しきれず。高圧電流で殺しきれず。その他毒物でも尚死なぬ。そんな怪物が? 数本の火炎瓶とガソリンで? いいや。いいや。殺せないとも。なぜならば、奴らは熱にも耐性がある――――」
なら、この記憶は……いったい何なんだ……?
「――――――ショゴスは
ソレを聞いて、身体の内側にあるナニカが悲鳴を上げた。
「
――――連続するその言葉の意味が理解できない。
「飲み込まれ、悪意を埋め込まれる直前の自分自身へ施した処置としては見事だと思う。怪物を自己という箱で覆いつくし、
いや、言葉を噛み砕けないなどと言う以前に、
「長い長い後日談の結果として、行動の節々に悪意の芽と、奉仕者としての本能が現れてしまっている。対象への献身的な出費。対象の負傷よりも自身の負傷を優先する。対象の負担を減らす為に最大限問題を抱え込む。歪められた怒りで無謀な反逆を行う。たとえ自分自身を無機的な操り人形のようだと感じていても、その行為を止められない」
声を聞く毎に全身の皮膚が逆立つ。呼吸が狂う。汗が止まらない。
「ボロボロの人格と記憶はあとどれだけ残っているのだ? 両親の名前は? その姿は? どんな家に住んでいた? 親しい友人の名前は? 好物はなんだった? 好きだった景色はどうだろうか? 奉仕を植えつけられる前は、何を行えば幸福になれた? 元々のお前はどんな人間だった?」
――――呪文のように認識できない言葉を聞いて、心拍数が急激に上昇してゆく。理解が出来ていないはずなのに、頭痛が酷くなる。
「だが、
愉快そうにアルセウスが話しているが、何の話をしている? 吸収? エネルギー? 溜め込む? なんだ、何を言っている? ポケモンの話か?
「元々は、
視界がぼやけて焦点が合わなくなる。耳鳴りも酷い。今の自分は立っているのだろうか、それとも崩れ落ちているのだろうか。それすらもわからない。
平衡感覚が崩壊している。触覚もだめだろう。酷い熱中症に近いが、その程度の言葉では収まらない程の不快感と機能不全に陥っていた。
「ふむ、ここまでか。桜は風に舞う自然な散り様が雅なのであって、自ら叩き落し鑑賞するものでもなし。何度も言うがこれは時間の問題だ。後はお前が受け入れるか、反発するか…………ただ、強いて言うならば……お前は向こうよりもこちらの方が生きやすかろうよ」
そう言ったアルセウスは、ボロボロの俺を尻目にそのままゆっくりと消えてゆく。同時に、張りつめていた緊張の糸が切れて意識が途絶えた。
当たり前ですが、収穫と収奪では少々意味が異なります。
次回の投稿日や、どうやっても小説内で出せそうにない設定などをちょろっと活動報告に記す予定です。