カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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苔と法則と水の石

「…………ぁ?」

 

 不意に左腕からジクリと痛みを感じた。それによって意識が浮上する。いつの間に気を失っていたのだろうか。

 

「スブブッ!」

 

「ブイブイ……」

 

 気がついてみると、薄暗い洞窟のような場所をひたすらに歩いていた。どの程度……いや、どこから歩き続けていたのだろう。そもそもどうやって歩いてきたのかすら覚えていない。居酒屋で浴びるように酒を飲んで意識を失った後、布団の中で目を覚ましたような状態だ。

 

 ゆっくりと深呼吸をしてみるが、それでも息苦しさが残る。どうにも、この辺りは酸素が薄いようだ。必然的に呼吸が荒くなってゆく。引きずられるように頭が霞がかり、思考がぼやけてしかたがない。

 

 どこまで覚えている? 記憶を掘り返してみるものの、地底湖から移動した辺りまでしか残っていない。その後に、何かとても大事な出来事があったはずだ……確か、ナニカに出会って、そこで録音を……? 

 

 思い返そうとすると、頭の中でミシリと音を立てて鋭い痛みと悪寒が走った。ぷちりと弾けた音が頭の中に響き、さっと頭から血の気が引いてゆくと同時に、鼻から何かが垂れてくる。違和感を覚えて右手の甲で少し触れると、いつの間にか鼻血が垂れ流れていた……クソッ、鎖で締め付けられるように頭が痛い。

 

 頭痛によって思考が更に乱れる。とりあえず思い出すのは一旦置いておいて、状況判断を優先すべきだろうかと()()()()()()辺りで、今までの痛みがすっと消えた。

 

 ――――ああ、そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだった、はずだ。目的を思い出したからか、ほんの少しだけ頭から霞が薄れた気がする。意識が本格的に覚醒し始めたのだろう。

 

 ちらりと痛みの原因へ目を向ける。軽く鼻血の付いた右手は乾いた血によって真っ赤に染まった上に爪が剥がれており、左肩から腕にかけて皮と肉が抉れるほど掻き毟った跡が惨たらしく残っていた。状況的に、記憶がない間に自分で引っ掻いたようだ。血の跡からして、一度包帯のような物が巻かれていたようだが、今は何も巻かれていない。道中で剥がれてしまったのだろう。

 

 ソレを見て、少しだけ()()()()()

 

 どうしてだろう。こんな怪我している筈なのに、俺は今、何に安心をしているんだ? ()()()()()()()()か? それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()か? 考えてみるものの、あまりしっくりきた答えは頭の中から返ってこなかった。

 

 ――――まぁ、いいか。()()()()()、最早さして大事なモノでもない。寧ろ()()()()()()()()かもしれない物だ。()()()()()()なんて必要ないのだから。きっとこの先、嘗て縋っていた()()は全て切り捨てないと、御神木様達を生きて送り出す事など出来ないだろう。

 

 もうこれ以上失敗することは俺自身が許さない。

 

 五感全てに加えて、第六感までもが警鐘を鳴らしている……昔、同じものを感じた事があった。あの日の夜刀浦大学附属病院地下だ。誰に言われるまでもなく、何となく理解しているとも。詳細な場所こそわからないが、ここは――――――大量のショゴスが蠢いている死地なのだろう。

 

 この困難な現状を打破する為には、この肉体と精神を完全に破損しないレベルで、大事に酷使し続ける必要がある。簡単に壊れたら後に響く……単純な効率の問題だ。己という限られたリソースは適切に消費しなければならない。

 

 手に入れるべきモノは手に入れ、既に残すべきモノは残した。後は――――『今までと同じようにまた、同じ結末を迎えるだけだ』。

 

「スブッ!」

 

「キノッキノッキノッ!」

 

 一瞬の思考の空白。未だ鈍い頭を振って辺りを見回すと、前方では網代笠(キノココ)がグリップの効いたアーミーブーツとヘッドライトを装備して偵察を行っていた。背後には大賀(ハスブレロ)が後方警戒をしており、定期的に何かを落としているようだ。もしかすると、既に何度か分かれ道があったのかもしれない。

 

 一番見た目が変化しているのは、呼吸の度に白い息を吐き出している夕立(イーブイ)である。首に巻いた白いマフラー以外に、俺が作った覚えのない【木で造られた台座とソリが合体したモノ】……と言うか、()()()()()()()()()輿()をけん引する為のハーネスを、背中に装備していた。

 

 律儀に穴抜けの紐を束ねてしめ縄風にした上で、目の形に近いような独特な形状の紙垂(しで)まで付けてやがる。地面に接する部位には氷を張り付けてあるのか、あまり夕立に負荷もかからず、スムーズにけん引されているように見受けられた。

 

 …………あんな物の造り方教えたっけ? 一切記憶にないんだが……いや、【あいいろのたま】用に社の簡素版設計図は結構前にノートに書いたか。

 

 とは言え、そもそも材料は何だ? ハーネスは穴抜けの紐を材料にすればたぶん大賀が作れる。ノコギリやハンマーといった道具も揃っている。キッチリ設計して木材を噛み合わせれば釘も必要ないだろう。

 

 だが、神輿とソリ用に使えるような木材をそんなに用意していた覚えはない。こんな環境の中でどこから調達してきた。ヤドリギ? 編み込む事は出来るかもしれないが、それであそこまで整った神輿が作れるものか? 仮に作れたとしてもある程度の時間が必要なはずだ。手数が足りなさすぎる。

 

 ――――つまり、俺はそんなにも長い時間、意識が戻らなかったのか。ミシリと、心の中のナニカが吠えるように震えた。改めて危機感が刺激される。

 

 けん引されている件の神輿の中央部に設置された祭壇の中には、何時の間にバックパックから取り出したのか【あいいろのたま】が仰々しく祀られていた。祭壇のすぐ前には、血で真っ赤に染まった包帯を持った御神木様(テッシード)が陣取っており、時折停止の合図を出してはソリから降りて、壁や天井、地面に引っ付いている。どうやら棘を杭のようにして、血に染まった包帯の切れ端をその場に打ち込んでいるらしい。

 

 いったい何をやっているんだろうか? 祭事? 現状を理解できずにそのままぼうと眺めていると、不意に杭からわさわさと草が生え始める。それぞれの草が一つの円状に繋がると、ぶわりと壁面や地面一帯に青白く発光する苔が茂った。生命の息吹だ。とても幻想的な光景である。

 

「……はい?」

 

 予想外の展開に目が見開いた。脳が追い付かない。え? いや、本当に何やっているの? 何かの儀式? 今までの旅路でそんな行動している所、見た覚えがない。どこで学んだんだ、そんなもの。

 

「クギュル」

 

 口を開けて呆然としたまま御神木様を眺めていると、このまま進むからさっさと歩けと言いたげな声が返ってきた。

 

 腑に落ちないままだが、とりあえず左腕に包帯を巻き、黒山羊のマスクを被ってから歩き始める。その際にふと思いだして、地面に生えた苔の一部を回収してバックに入れた。インパクトが強すぎて危うく忘れる所だったな。

 

 ついでに夕立が白い息を吐き出していたのを思い出し、洞窟内の気温も温度計で確認してみる。どうやら2~3℃辺りのようだ。とても低いが俺自身は寒さを感じていない……これは普段通りだな。

 

 それにしても湿度はあるものの、この気温でここまで繁殖できるのか。

 

 パックに入れた苔を注視してみると、確かに淡い光を放っていた。形状的にはヒカリゴケに近しいが、細部が異なっているな。特にこの光量。ここまで強いとヒカリゴケどころか夜光茸に勝るとも劣らないだろう。

 

 ただ耐久力は低いのか、俺に踏まれた苔はもう光る事ができないらしく、足跡が綺麗に残っている。追跡者が居れば簡単に見つかってしまうが……いや、普段からこんな場所で生活しているモノが相手なら視力は落ちているだろう。聴覚、嗅覚と考えた場合、興味を持って寄ってくるか逆に注意して近づかないかは、環境的に飢えとかも考慮するとそれぞれ7:3ぐらいか?

 

 しかし、実際にはそこまで大きな襲撃は受けていない。少なくとも俺が放心状態のままでも問題なく歩いて来れたレベルだ。

 

 そして、こいつ等は無意味な事は趣味以外ではやらないと確信している。なら、若干の疑問はあれども、今は何も気にする必要ないだろうと、一人で納得する。改めて見ると大賀の立ち位置は、後方警戒というよりも全体指揮の為なのかもしれない。

 

 洞窟が石造りの大きな通路に合流し、そこも定期的に儀式を挟んで苔を生やしながら進み続ける事数時間。幾つもの部屋と分かれ道を御神木様の判断の下、通り抜け続ける。すると、とうとう今までよりも大きめの広間のような場所に辿り着いた。

 

 部屋を支える全ての柱に彫刻が施されており、部屋そのものが夕焼けを彷彿とさせるような紅い色で構成されている。奥には別の通路に繋がっている出入り口が見えた。ここはいったい何に使われていた場所なのだろうか?

 

 造りとしては砂漠遺跡の広間に近い。傷らしい傷がないのも先程の印象に拍車をかけている。だが、こちらの方はそこまで神聖さを前面に出していない気がした。道具が転がっているわけではないのに、どこか雑然とした雰囲気に近い。気安いと言い換えるべきだろう。

 

 同時に、一つ疑問点が浮かんできた。

 

 ――――この場所、保存状態が良過ぎではないか? 一切手入れをされていない筈なのに、そこまで塵が積もっていない。定期的に誰かが掃除に来ている? ありえん。少なくとも道中にはそれなりに塵が積もっていた。また、傷一つないというのもおかしい。ここはアルセウスが【さばきのつぶて】を叩き込んだ地だぞ? 無傷の部屋があるとは到底思えない。

 

 網代笠が念入りに部屋の中を確認してからは、手際よくここも部屋全体を苔むさせてゆく。グラデーションのせいか、貴金属が錆びた上にカビが生えたような感じになってしまっているな。ちょっと勿体ない気がしてならない。

 

 今、俺達は重要文化遺産を破壊しているのではなかろうか? まぁ、砂漠遺跡でも色々とやっているから今更ではあるし、文化と言っても古のもののだから…………俺はいったい誰に言い訳しているんだ?

 

 若干の罪悪感を抱えていると、不意に網代笠が上方向に反応を示した。全員が前方へ向かって一気に警戒態勢を取り、神輿などの荷物が部屋の隅へと手早く移動されてゆく。後方から来る気配はない。来るとしたら前方だろう。

 

 すぐに上から、今まで聞こえてくることのなかった音が聞こえてきた。雷に近いバリバリという炸裂音。ある程度離れているのに内臓に響く衝撃。その直後、部屋全体が揺れ動き、塵が上から落下してきた。

 

 ――――ショゴス? 戦闘中か? 電気だとすると獲物はコイル?

 

 ……いや、それにしては音の動きが速くないだろうか。反響音からして、相当な速度で動いている印象を受ける。獲物を追っている? この速度で追いかけて捕まえられない獲物ってなんだ? 速くて洞窟となるとクロバット? イワークも割と速いっちゃ速いが、ショゴスが追いつけない速度ではないはずだ……いや待て、そもそもあの電撃っぽいのは逃げてる側が放っているのか? 本当に? 音源的に()()()が放っているのではないだろうか?

 

 ドンッと何かが破壊される音が響いてから数秒後、その第一陣の姿が闇を引き裂きながら現れた。

 

 先頭に居たのは、紫の4枚羽を持つ蝙蝠のような外見のモノ。微かな羽音が耳を刺激してくる。相手に焦点を合わせようとするも、その前に部屋の中央を突っ切るようにして反対側の通路へ通り抜けて行った。嘗て見たマッスグマに匹敵しかねないほど速く、鋭い飛行。その飛行は当たり前のように周囲の柱の表面を切り裂き、気が付いた時には既に首筋に浅い切り傷を残されていた。

 

 そのすぐ後からゴルバットとズバットの群れが慌ただしく、素早く先程先陣を切ったモノと同じ反対側の通路へ通り抜けて行く。

 

 最初の奴は多分クロバットだろう。そして連中、血の匂いでこちらを認識していたのに、一切手を出さずに逃げていきやがった。アレは完全にコントロール出来ている群れだな。統率の高さが感じられる。ある程度の相手なら一方的に餌にできるだろう。つまりそんな奴らでさえも、こちらに構う余裕がない程にピンチだったってわけだ。

 

 ――――さて、何が来る?

 

 身構えていると、通路の先から飛び出してきたのは逃げ遅れた数匹のズバット。そしてたった一匹の、アルファベットの g() を崩したような、文字に似た形体のポケモンだった。ズバットが速度を出す為に必死に羽ばたかせているのに対して、()()は何も語らず、何も示さず、何も気にせず、ただただ真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 

 思考が一瞬固まった。予想外だ。アンノーン? 一匹だけ? ならさっきの音は何だ? 【めざめるパワー】? コイツがあの群れを追い立てていた? 出来るのか、そんなことが?

 

 様々な疑問が脳内に浮かび上がった瞬間、答え合わせをするかのように、逃げ遅れたズバット達と通路全体に対して()()が牙を剥いた。

 

 スッとアンノーンが半透明の膜に包まれると同時に、周囲の空間を蝕むように歪め始める。そして――――周囲を吸い上げながら雷の塊となって放電し始めた。その見た目こそ【エレキボール】や【でんじほう】に近しいが、本質は決定的に異なる。周囲からの吸収がメインだ。

 

 通路に叩き込まれる電撃が壁面の一部を破壊し、破壊されたソレをアンノーンだったモノが吸収する。まったく同じ要領で、逃げ遅れていたズバット達は電撃を受けた瞬間に音を立てながら内側から爆ぜ、その残骸が一片も残らず吸収されてゆく。

 

 アレは、ヤバい。直感的に分かる。基本的にまともな生物が受けてはいけないモノだ。呆けている暇はない。今この瞬間にもアレはこちらへ近づいてきているのだから。

 

「【ステルスロック】で壁! 【れいとうビーム】と【やどりぎのタネ】で補強! 【てだすけ】で威力を上げろ!」

 

 声に反応し、すぐに壁が形成されながら補強されてゆく。だがまだ足りない。もっと足止めが必要だ。ゆっくりと後退しながら形成を続けることで時間を稼ぐ。

 

 余裕ができたと判断した大賀と夕立がソリを持って後方の通路まで移動する最中、不意にメシャリと軽い圧縮音を響いた。壁の隙間からアンノーンだった球体状のモノがゆっくりと顔を出す。そこから電撃が伸び、まるで手で触れたプラズマボールのように、壁面を舐めるように破壊し、吸収してゆく。それは終わる事のない食事風景に近い。

 

 ――――俺達は今、()()()()()()()()()()()。まるでここは消化器官だ。

 

 異常でおぞましい光景である。自らが捕食されるというのは、生命にとって最も恐ろしい事の一つであり、原始からソレが変わる事はない。しかし、その光景は恐れや恐怖よりも、どういうわけかアンノーンに対する()()の方が強いように感じてしまうのは、きっと頭のネジが外れてしまったからだろうか。

 

「クギュルルルルルッ!」

 

 そんな現実を真っ向から否定するかのように、御神木様が高速回転し始めた。すると、今までの【ステルスロック】よりも数倍以上大きな岩石を複数生み出し、露わになった隙間ごと封印するように巨岩を叩き込んでゆく。

 

 以前、似たような技をカナズミジムのツツジ戦で見た記憶があった。あれは、ツツジさんのノズパスが好んで良く使う技――――――――【がんせきふうじ】だ。

 

「キノコッコ!」

 

 この土壇場で覚えたらしい。勢いに乗った御神木様が盛大に岩石を足していく。

 

 そのすぐ横で網代笠が【がんせきふうじ】に挑戦してみるも、小さな石しか現れず、舌を出してちょっと落胆したような表情のまま、追加の【やどりぎのタネ】を楔代わりに打ち込み始めた。それに対し、御神木様が伸びたり縮んだりして、大きな岩石を出すやり方を伝えている。

 

 余裕そうだなお前ら。まぁ、狂気に触れて脳内で興奮物質がドバドバでているのだろう。

 

 ここまでお膳立てされているのだ、俺は俺の仕事を完遂させなければならない。生き延びる為に知識を総動員させろ。アンノーンのG、Gだと確か充てられた単語はGIVE(与える)だったはず。誰に、何を与えている? 敵対者の死を与えているとでも?

 

 いいや、違うな。俺はアレを知っている筈だ。

 

 焼き付いた既知感が疼きのように暴れる。答えを引きずり出そうとすると脳が震えた気がした。『アノマリãƒ』だ。脳に痒みを感じて頭を両手で掻き毟る。知っている筈なのに。だが単語が、ソレに関する知識が、脳に引っ掛かっているように言葉として出てこない。『44Ki44OO44Oe44Oq44O8』だ。ナニカが邪魔をしている。『繧「繝弱?繝ェ繝シ』なんだ! 俺はアレを知っているのに! あと一歩なのに、その一歩がとてつもなく遠い。

 

 今でこそ【がんせきふうじ】によってアレの勢いを一時的に押さえつけているが、そう長くは持たないはずだ。長引かせる余裕なんてない。御神木様と網代笠のやりとりだって、気を紛らわせる為の一環だろう。

 

 右手で拳を作り、大きく振りかぶる。何を今更戸惑っているんだ。その一歩すら自分で歩けないのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。全力の拳を右頬に叩き込んだ瞬間、骨ではないナニカが軋みを上げた。それと同時に、今まで突っかかっていた知識がするりと流れ込み、言語化できるようになる。

 

 ――――アレは一種の()()()()……敵だの味方だのは存在しない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アンノーンを触媒にする事で初めて顕現(けんげん)を成り立たせている、この世の狂った法則…………【()()()()()】だ。

 

 本来、アノマリーに攻撃などしても意味がない。雨粒に拳を振るったところで雨が止まないのと同じように。だが、今回のは対策ができる。思い出すべきはアノマリーの吸収という本質とアンノーンに充てられた単語(与える)

 

 吸い取ったモノを何かに与えているんだ。では誰に与えている? 違和感はあった。この部屋の異常性に。誰も手を加えていないはずなのに整っている部屋。だが真実は違う。俺が理解できなかっただけで、()()()()()()()()()()()。 

 

 分解し、吸収し、再生する。このアノマリーは言わば、補修屋だ。たとえ自らの攻撃で部屋が崩壊したとしても、最終的に元に戻すのだから気にせず部屋ごと破壊して吸収しにくる。建造物の自己修復を担っているに過ぎない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 最早相手は正体不明な怪物などではなくなった。相手を知り、システムさえ理解してしまえば、攻略は可能だ。

 

 ――――つまり、必要量の物資が集まればアノマリーの行動理由が失われる。有機物が欲しいのならヤドリギを与えよう。石材が欲しいのなら岩石を与えよう。吸収速度を計算して、それよりも少し多い量を維持できるように、御神木様達のスタミナをコントロールする必要がある。

 

「そのまま後退しながら攻撃続行! 大賀は【やどりぎのタネ】に変更、夕立は御神木様のみに【てだすけ】だ。たらふく食わせてやれッ!」

 

 今日の俺は慈悲深い。

 

「今からここを、石材の食べ放題ブースとする!」

 

「クギュル!」

 

 ただズバット、貴様等は近寄らせる気は無いぞ。不定期に偵察に来た奴らを大賀が【れいとうビーム】で追い払う。

 

 ――――それから2時間後、粗方の岩石を吸収したアノマリーは、アンノーンごと空間に溶け込むように消えてしまった。

 

   ◇  ◇  ◇

 

 激闘の末に出た端材はなるべく部屋の隅に片づけた。神輿の丁度正反対の位置だ。

 

 隅にはアノマリーに砕かれた岩だけでなく、()()()()()()()()()()()()やらがゴロゴロと転がっている。ヤドリギが逞しく、そんな岩々に根を張り巡らせていた。

 

 氷にまで根を張る所を見る限り、コイツは普段よりも生命力が強い奴らしい。

 

「ブイブイッ!」

 

 異常なし、と。

 

 再度苔むした部屋の中で、大賀が大の字になって転がり寝息を立て寝ている。片づけを手伝ってくれた網代笠も現在食事休憩中。残った後方確認として、御神木様と夕立がペアとなって監視をしている。

 

 精神的に落ち着いてきたのも相まって、一気に疲労が蔓延した。仕方ない面でもあるので、前方通路を【がんせきふうじ】で封鎖し、後方からの襲撃にのみ対処するようにセッティングしたが、これが吉と出るか凶と出るか。

 

 当たり前ではあるのだが、集中を切らさなかった関係上、全体的に体力の削られ方が酷いな。

 

 特に、戦闘中に何度も何度も何度も不定期に3匹のズバットがこっちに偵察しにくるせいで、いつ襲われても対処できるように後方警戒もし続ける必要があった。その都度大賀が追い払っていたので、未だに疲労が勝っているのだろう。当分はここを動けそうにない。

 

 それにしても、連中はもっと早く襲ってくるかと思っていたのだが……未だに本格的に襲ってこないのも不気味だな。

 

「たぶん、通路に張り巡らせた【ステルスロック】を警戒しているんだろうなぁ、アレ」

 

「ブイィ……」

 

 そのお陰で休めているのだが。未だ偵察が終わらない辺り、向こうとしても判断に困っているのか? ……いや違うな。ズバットの動きからして、完全にこちらをターゲティングしている。となると……こっちが偵察に慣れてきた辺り……何度目かの睡眠休憩時に襲撃してきそうだな。まぁ、その前に威力偵察を挟むだろうけど。

 

 とはいえ、これも対策がないわけではない。今までは難しかったが、今の御神木様達なら可能な方法だ。ズバット達が来たら分断して、殺し間を展開し、大歓迎会を開く。唯一の不安要素はクロバットだが、最初からボス格が出張ってくる事はないに等しい。あそこまで統率が高い群れが、不用意にボス格を失いかねないような行動は取らないだろう。

 

 同時に、アノマリーの相手についても考える。フィールドに物体が残る岩タイプの技がもっと欲しいが……出来そうなのは、網代笠がキノガッサに進化した際に【がんせきふうじ】や【いわなだれ】を覚えさせる辺りが一番無難と言える。【ストーンエッジ】はこういった使用には適さないから後回しだ。

 

 だがしかし、後々の事を考えると、網代笠を進化させるのは最低でも【キノコのほうし】を覚えさせてからにしたい。実りある明日の為に今日苦労するか、生き延びた今日あっての明日か。悩みどころだな。他に方法となると、御神木様経由で教えてもらって覚えさせる道だろう。できればこれがベストなんだが……難しいよなぁ。

 

 網代笠も休憩中に練習してみているみたいだが、まだコツを掴めていない様子だし。御神木様は御神木様で、比較的に余裕のある夕立の補助を受けながらの後方警戒で忙しい。とりあえず網代笠に聞こう。俺一人で悩むよりも、当事者の意見が一番だ。

 

「なぁ、網代笠」

 

「キノ?」

 

 岩を出す練習を一旦止めた網代笠が身体をこちらへ向ける。

 

「網代笠的には今と未来どっちを優先したい?」

 

 すると、悩む素振りすらなく、ノーモーションで小石が目の前に現れた。何に対して聞いているのか、完全に理解しているようだ。

 

「キノコ!」

 

 これが答えらしい。実りある明日の為に今日苦労するようだ。なら、俺もそれに答えよう。頭の中のプランニングに少しだけルートを加える。網代笠が技の練習する時間ぐらいは稼いでみせよう。

 

「御神木様は回復したか?」

 

「クギュッ!」

 

 戦闘直後と比べて返事に力がある。命のやり取りも相まって一番疲弊していた筈だが、御神木様は思っていたよりもかなり回復が早いな…………場所か? いや……この苔か? 不思議な力のある苔だな。コレ。いったいどういう原理なんだ。お陰で物資の消費が減らせているので、万々歳ではあるんだが。

 

 だがきっと、今まで苔を生やしながら移動していた理由がコレなんだろう。自分の領域だとマーキングして、広げる。分かりやすく有利を生み出すための、縄張り争いの一種。巣の拡大。意味合いとしてはそんなところか。旅の間に使わなかったのは、主と明確に敵対してしまうからだろうな。

 

 さて、どうするか。

 

「さしあたっては、あのクロバット率いるズバット&ゴルバットの群れの対処からか」

 

 まだ休憩時間が必要だ。今のうちに仕込みを済ませてしまおう。その為には巣の拡大が必要だ。

 

「御神木様、【ステルスロック】を通路の中心だけを空けるように追加してくれ」

 

 何となく俺が考えている事を悟ったのか、苔付きの岩棘が壁面から生える。あとは大賀が復活したら網代笠と一緒に練習していた合体技を通路に仕掛けよう。

 

 そして――――

 

「――――夕立、長らく待たせたが、進化の時間だ」

 

「……ブイッ!?」

 

 マジでッ!? みたいな反応しとる。

 

「体格もしっかりしてきたしな。色々な事情も合わさっているが、ちょうどいい時期だ」

 

 ここで夕立をシャワーズに進化させる。ズバットのような毒/飛行タイプの群体が相手だと、草タイプが多い俺達は不利だ。便利な草技が牽制にもならなくなるうえ、生態機能的に【やどりぎのタネ】を使った疑似的な網も避けてくるだろう。

 

 そして何より、この()()()()()()()()で体力の消耗を減らす事が、タイプ的にできるはずだ。

 

 だからここで、多彩な水技と氷技を放てるシャワーズに進化させる。大賀の進化は【ハイドロポンプ】を覚えた後だ。これの有無はかなり生存性に変化を与える。安易に諦めていい技じゃない。

 

「さて、水の石を……」

 

 バックパックから水の石を取り出した瞬間、何故か水の石から目が離せなくなってしまった。石を掲げたままの姿勢で固まってしまう。

 

 ――――『食べたい』。

 

 ざわつく心のどこかで、コレを夕立に使うのは惜しいと、そう思ってしまう。まるで、この青い光に魅入られてしまったようだ。不意に水の石を持った右手が口元に伸びるのを認識し、左腕を右腕に叩きつける事で防ぐ。

 

 俺は今、いったい何をしようとしていたんだ? 混乱する俺を尻目に、半死状態だった大賀が腕を伸ばす。そのまま地面に転がった水の石を拾い上げて、夕立へ投げてパスをした。

 

「あっ……」

 

 口から色々な感情が織り交ざった変な声が出る。それと同時に、空中で水の石をキャッチした夕立の全身が、シルエットを隠すように白く眩い光に包まれた。進化の光だ。

 

 夕立の体型が更に一段と大きくなる。伸びた尻尾は先端部分がクジラの尾ひれのようになり、背中から背びれが生え出した。首まわりの体毛が発達して、レースでできたスカーフのような円形状のエラとなる。耳が魚のひれのように変化してゆく。最後に額からトサカのようなひれが生えた。

 

「シャワシャワーッ!」

 

 無事に進化できたようだ。パッと大賀が岩の一つに【れいとうビーム】を放ち、簡易的な姿見を作った。少しの間ではあるが、眠って体力を回復できたらしい。氷の前で新しい自分を確認している夕立。頭のトサカが不思議なのか、ピコピコと動かしている。若干の癒し効果があるな、コレ。

 

 自分の中のスイッチを切り替えてバックパックを確認してみる。今持っている中でシャワーズに使える技マシンは【みずのはどう】、【れいとうビーム】、【あまごい】、【ねっとう】の4つだ。

 

 全て覚えさせるのは当たり前として、練習の時間も必要だろう。

 

 ――――ショゴスとの死に物狂いの戦闘になる前に、完全に定着させなければならない。

 

 だから…………野生のポケモンを利用してでも、調整を終わらせよう。都合がいい事に的には困りそうにない。襲ってくるのだ。ならば逆に襲われる事もあるだろう。

 

 全てを利用してでも生還させる。改めて強く認識して、自分自身の魂に誓った。

 

 




進化の際に石を使いましたが、ちょうど周囲に苔むした岩や氷で覆われた岩もありますよね……? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という歪な環境となっています。

ソリ付きの小さな神輿は大賀が5日かけて造りました。
生きる為なので手は抜いていません。

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