カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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コンビ技とクロバット

夕立(シャワーズ)、【れいとうビーム】」

 

「シャワーッ!」

 

 紅い部屋前の【ステルスロック】だらけの長い通路で、【れいとうビーム】が直撃した最後のズバットが墜落していった。初期の頃に比べて、技の威力がだいぶ安定してきたな。

 

 休憩中から何度もズバットと小競り合いが発生している。夕立の射撃技訓練の相手としては申し分ないのだが、波状攻撃の頻度が多すぎるのではなかろうか。休憩を始めてからそこまで時間が経過していないにもかかわらず、もう30匹も撃退している。

 

 さっき一気に襲撃しに来なかったのは、アノマリーで体力が削られていたからか? ………………いや、それならもう少し休んでから纏まって襲った方が良い気もするが。

 

 ……これは、あれだな。こっちの回復速度が想定外だった感じか? もしそうだとしたら、御神木様(テッシード)の生やした苔が大きな仕事を果たしたな。この苔が無ければ、全員がここまで早く回復しなかったはずだ。

 

 それにしても、どういう原理なんだろうか。御神木様だけが回復するのなら納得できるのだが、パーティ全員が回復できるとなると事情が変わってくる。苔の近くに居るポケモン全員を無差別に回復させるのか、それとも御神木様が対象を選んでいるのか。苔の周囲に居るだけでも効果が発揮されるのなら、今通路に転がっているズバット達にも適用されかねないのだが。

 

 そもそも、これは回復作用だけなのか? 思い返してみると、アノマリー戦での御神木様の技のキレが普段よりも良かった気がしなくもない。ちらりと御神木様を眺めて見ると、そのまま目が合った。何か気になる事があるのか、こちらをじっと観察していたらしい。

 

 ――――何となくだが、どうすべきなのか判断を迷っているように見受けられた。御神木様がこうなるのは珍しい……というか、今まで見たことがない。何かしらの問題が発生した場合、大賀(ハスブレロ)網代笠(キノココ)は割と唸ったり迷ったりするのだが、御神木様はその辺り不思議と達観している節があった。なお、夕立は周りに丸投げする末っ子気質なので問題を抱え込む事そのものが少ない。

 

 いったい何を悩んでいるのだろうか。()()()()()()()()()()()()()()()というのに。()()()()よりも、今は生存とここを脱出する為の事だけを考えてほしい所なんだが。御神木様の幸運に任せて道を進んでいる以上、キーマンの意識は現場に向いていてくれないと困る。

 

 そうを思っていると、追加でとうとうゴルバットが混じった部隊がやって来た。その数、10匹。内5匹がゴルバットだ。千客万来でせわしないな。正直、場所が場所だからあんまり長い戦闘を行いたくないんだよなぁ。戦闘音を聞きつけて、ショゴスがいつ来るかわかったもんじゃない。

 

「網代笠は【しびれごな】、大賀は【バブルこうせん】!」

 

「キノキノッ」

 

「スブブブブブッ!」

 

 網代笠が振り撒いた【しびれごな】を、大賀の【バブルこうせん】の泡の中に封入して直進させる。態々通路を中央以外封鎖した理由がこれだ。

 

 射程距離が短く物理的に当てづらい【しびれごな】を、一方向に一定速度で射出する事で射程を伸ばす。本来の目標は弾速のある【タネマシンガン】に組み込む事だったが、アレは未だ成功率が低い。なので、2匹のポケモンにそれぞれ役割を分担させる事で、難易度を下げる事に成功させた。

 

 ただし代案として作ったものの、思っていたよりも泡が脆くて弾けやすいので、あまり使う機会に恵まれない不遇なコンビ技となってしまっている。また練習量も低めな合体技な事も相まって、精度もまだ個人的に求めるところまで届いていない。とはいえ、悪い事ばかりでもない。まず、この感じだと練習相手には困らなさそうだ。そして何よりも、コレはこれでメリットがある。

 

 【しびれごな】入りの【バブルこうせん】が直撃した先頭のズバットは痺れて落下し、苔むした【ステルスロック】に直撃した。同様に泡の直進を避けきれなかったズバット2匹も、地面に引っ張られるように墜落する。

 

 残り、7匹。ゴルバット達は宙を舞う泡を割らぬよう、器用に泡と泡の間を()()()()()、ロールを加えながら編隊飛行で宙を駆ける。やはり、練度がそれなりにあるのが伺えるな。攻撃を避けるのを慣れているようだ。

 

 そして進化しているだけあって、ゴルバットはズバットよりも身体が大きいにもかかわらず動きがいい。羽を器用に動かしながらも、移動速度は維持されている。今までのズバット達のように簡単には墜ちないか。ただ―――― 

 

 ――――それは想定内の動きだとも。

 

 避けたとしても、周囲に張り巡らされた【ステルスロック】に【しびれごな】入りの【バブルこうせん】が当たる事で、泡が弾けて内封されていた【しびれごな】が撒き散らされる。こういった状況では、破裂のしやすさはメリットになり得るのだ。

 

 反響音を感知することで目に見えないモノでも察知できるズバットとゴルバットだが、認識しようが避けられないものはどうしようもないだろう? 

 

 ズバットの目の前で泡から解放され、空中に撒き散らされた【しびれごな】。それを吸い込んだ個体の羽が一瞬でも痺れた瞬間、高度と速度が保てなくなり、もつれるように後方の数匹を巻き込んで【ステルスロック】に墜落していった。これで残り、2匹。

 

「ゴルゴルゴルゴル!」

 

 【しびれごな】を回避するために1匹がその場で停止し、羽ばたいて【鋭い風】を巻き起こした。先陣を切ったモノ達の末路を見て突撃方法を変更したようだ。【エアスラッシュ】……いや、【エアカッター】だろうか。生み出された不可視の風の刃は先々で泡を破壊し、【しびれごな】を吹き飛ばしながら真っ直ぐこちらへと向かってくる。また、その少し後ろから別のゴルバットが【翼を大きく広げながら突撃】してきた。指揮官である俺と、邪魔な補助を行っている網代笠を真っ先に潰しに来たようだ。

 

 よく見ているな。判断も早い。確かにこの場を維持させている一番の理由は網代笠の【しびれごな】で、上手く行けば耐久力的に一撃で網代笠の意識を刈り取る事ができるだろう。だが――――

 

「――――それも予想通りの動きだ。御神木様、【こうそくスピン】」

 

「クギュルルルルルル!」

 

 苔むした天井に張り付いていた御神木様が、高速回転しながら落下する。タイミング良く【エアカッター】が御神木様に直撃するものの、そのままカキンッと軽い音を立てて弾かれた。そのまま後続のゴルバットを迎撃するように、足元の【ステルスロック】が御神木様の【こうそくスピン】によって射出される。

 

 だが、ゴルバットは諦めていないようだ。射出された【ステルスロック】に反応し、寸での所で宙返りで躱しきる。翼を大きく広げていた事で、結果的に無理やり自身の進行方向を変える事に成功したのだろう。

 

 しかし、無理な行動というものは後に響くものだ。翼に負荷が掛かり過ぎてまともに動けまい。

 

「動きを止めたな? 夕立、【れいとうビーム】」

 

「シャワーッ!」

 

 突撃してきたゴルバットと共に、奥の奴も【れいとうビーム】が直撃する。2匹とも凍ったまま自由落下し、【ステルスロック】に隠れるように視界から消えた。

 

 通路に設置された【ステルスロック】の合間が、瀕死状態のズバット達で死屍累々と化している。後はもうお約束の流れだ。ずっと波状攻撃が続いているが、良くも悪くもこれは()()()()()()かもしれないな。

 

「全員【やどりぎのタネ】。夕立は【ねがいごと】」

 

 御神木様達が通路で倒れているズバット達にヤドリギを植え付けて、根や葉をそれぞれに絡ませ合う事でギチギチに拘束する。【くさむすび】があれば更に縛る事が出来ただろうが、今覚えていないのだから仕方がない。なので代わりと言ってはなんだが、本隊が来て解放されるまで、お前達はそこで御神木様達の回復装置となるがいい。

 

「…………キノコッコ」

 

 ふいに、大賀の頭の葉に乗って正面を観測していた網代笠が何かに反応した。

 

「来たか」

 

 視界の遥か遠くから青黒い雲海のようなモノが、羽音すら響かせずにこちらへ流れ込んでくる。密集しているのも相まって、最早何匹居るかわかったもんじゃない。酷い物量差だ。わかるのは今までとは比較にならない数ということだけ。しかもソレが全速力で突っ込んで来る。

 

 ――――まるで宙を進む濁流だな! 

 

 まともに戦ったら間違いなくこっちが死ぬし、指示出しを戸惑っても死ぬと確信できる。手段を選べる状態ではなく、最早殺害を忌避する余裕すらなくなった。

 

「隔壁を閉じろ! 迎撃開始だ!」

 

「クギュルルルルルルッ!」

 

 先頭より少し後ろの辺りに【がんせきふうじ】を行い、群れを切断するような勢いで岩石を出現させて通路を封鎖する。これで避けられなかった連中は頭から岩石に激突する上、あそこまでの密度なら内部で急な方向転換は難しいはず。それなりに纏めて倒せたと思うんだが。

 

「スブブッ!」

 

「シャワッ!」

 

 だが油断はしない。1回でも【ちょうおんぱ】がクリーンヒットしたら詰みかねないのだから。その間にも【しびれごな】入りの【バブルこうせん】と【れいとうビーム】で向かってきている残りを迎撃する。

 

 少しの静寂が場を包む。ただ、これはこちらが気を緩ませるのを待っているだけだろう。さっきの突撃で()()()()()()姿()()()()()()()()。つまり、奴はまだ息を潜めているのだ。

 

 その考え通りすぐに、本当に巻き込めたのか分からなくなるほどの量のズバット達が、岩石でできた壁の隙間を()()()()()、【ステルスロック】や【しびれごな】入りの【バブルこうせん】に仲間を叩きつけてでも向かって来る。

 

 いや、あれは寧ろ率先して仲間を盾にしているのだろう。或いは自分から盾になりに行ったドMといった所か。今も、【れいとうビーム】を食らって凍った個体を盾代わりにしてこちらへと向かってきている。あれでは中心部分にまで攻撃が通らない。

 

 更に、その後方で岩石が【黒と紫の光線】の束によって破壊された。球体でなく光線となると、【あくのはどう】か? なんでゴルバット達が覚えているんだ? それもあんな凄まじい数が。ほぼ全員が覚えているように見受けられた。ゴルバット達にとって、そこまで使い勝手のいい技というわけでもないはず……だから、()()()()()()()()のだろう。だが、何に使う為に必要なんだ?

 

 どういうわけか、そのまま先を行くズバット達を巻き込みながら【あくのはどう】を連打し、【ステルスロック】を破壊してゆく。特殊技を用いて【ステルスロック】に触れずに破壊するのは理解できる。だが悪タイプの技である【あくのはどう】は、ズバット達とって耐性のある技ではない。受けてしまったらそれなりのダメージとなるはずだ。

 

 何がそこまで駆り立てるのか。ゾンビ映画を彷彿とさせる。最早あれは一種の狂気だな。

 

「……は、はははッ、逞しいなぁオイ」

 

 そこまでするか。

 

「なら、こっちも更に手酷くいこう。御神木様、やるぞ!」

 

「クギュルルルゥ!」

 

 飛行している群れに対して【がんせきふうじ】を連続で繰り出し、何枚もの岩石をランダムな方向から勢いよく生み出し、跳ね上げて挟み潰していくと同時に道を塞ぐ。物理的な矛と盾としての岩石。空間的な盾としての【しびれごな】。これを超えて来れるのは、変態飛行が可能なエース級ぐらいだ。

 

 本来なら岩石によって噛み千切った群れを、このまま1グループずつ倒していくのがベストだが……そう上手くはいかないだろう。

 

「全ての防壁に【ステルスロック】」

 

 指示を聞いた御神木様がすぐに岩石から【ステルスロック】を生やす。無秩序に形成されていく【ステルスロック】が岩石を飾り付け、防壁の向こう側では技を繰り出す為の予備動作すら困難なほど、空間的に狭くなったはずだ。形成時の【ステルスロック】に噛みつかれて、身動きの取れなくなった奴も多いだろう。

 

 まぁ、目視できないから倒したとは思わないし、無力化できたとも思えないが。

 

「【ステルスロック 大石槍】準備」

 

 その場で高速回転しながら【のろい】を積んでいく御神木様の周囲に、長さ2m程の細長い岩が浮かぶ。さぁ、来いよ吸血鬼。お前を串刺しにしてやろう。あいにくと木の杭ではないが、代替品としては十分な効果が期待できるだろ?

 

 …………まぁ、吸血鬼に杭が有効な理由って、復活しても杭に縫い付けられているせいで食事行為を行う事が出来ず、そのまま餓死するからだとか聞いた気もするが。細かい事は気にしない。要は効けばいいのだ。

 

 準備を終えた次の瞬間、岩石の隙間から【高温の風】が凄まじい勢いで送り込まれてきた。熱を感じた際に、反射的に両腕で顔をカバーして数歩前へ飛び出す。

 

 ――――くそッ、指示が間に合わなかった! 

 

「ぐぉぉぉおおおおおッ!?」

 

 【ねっぷう】によって強く煽られた苔がチリチリと燻り、至る所で出火し始める。防ぎようのない攻撃は、当然のように御神木様達や俺を巻き込んで燃やしてゆく。ただ、俺が前に出たため結果的に多少の盾代わりにはなっただろう。

 

 ここで御神木様が倒された場合、戦線が一気に崩壊へ向かいかねない! それだけは何としても阻止する必要がある。

 

「夕立、前で【みずでっぽう】! 大賀は【みずあそび】!」

 

 全身を炙られながらも指示を出す。特に()()()()()()()()()()()が酷く焼け爛れていくのがわかった。だが、()()()()()。指揮に支障はない。今一番体力を削られても問題ないのは夕立だ。タイプ相性でダメージを抑えられる上、自力で回復ができる。悪いが一旦壁になってもらうぞ!

 

 そんな俺を尻目に最前列に移動した夕立が、全員に向かって軽く【みずでっぽう】をかけた。ダメージを少しでも減らそうとしてくれたのだろう。そのまま反転し、加熱された岩石にむかって再度【みずでっぽう】を、今度は全力で放水し始める。

 

 ここまで大規模な【ねっぷう】となると数十匹は必要なはずだ。なんでこんな閉鎖空間で、【ねっぷう】を覚えている奴が多い? 【あくのはどう】同様に、何かに必要だった? だが共通点が見えてこない。

 

 あと、道中で墜ちた仲間を文字通り焼き潰しながら攻撃してきやがった。ここまで徹底しているとなると、ワザと犠牲を増やしているのかもしれない。

 

 ――――或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか。俺の想定が甘かった。拙いな。とっさに反応できなかったせいで全体に余計なダメージを負わせてしまった。オマケに仕込んで置いた【しびれごな】や【やどりぎのタネ】も全部焼かれてしまっただろう。周辺の苔もほとんど燃え尽きている。

 

 ――――だが、だがな! 俺が耐えられる程度の火力では、たとえ炎技4倍弱点の御神木様でも倒すことはできん! その程度ではコイツ等は止まらない!

 

「ッ!? ゲホッゴホッ!!」

 

 次の指示を出そうとして――――(のど)と肺に激痛が走った。今ので喉がやられたらしい。持ち場から動きそうになる夕立を手で制す。

 

 不意に、ガンッと鋭い音が響き、岩石の中心を貫いてクロバットが現れた。岩石を貫通させるためにエネルギーを使ったのか、まだ視認できる速度だ。だが、このままだとすぐに最高速度に到達されて、蹂躙されかねない。既に岩石から少し離れた程度の位置にいる夕立の周囲には、穴を通り抜けてきたゴルバットがひしめき始めている。

 

 クロバットが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()加速し始める。プレッシャーが変化し、より強い重圧のようなものを無差別に撒き散らす。【ゴッドバード】!? いや、違う。何だアレは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようだが、あんなものは知らない! だがわかる事が一つ。網代笠か大賀がアレを食らったら、間違いなく戦線が崩壊する。

 

 時間が無い。相手は待ってくれないぞ。

 

 身体は動く。まだ五感も生きている。ならば戦闘……いや、生存戦争続行可能だ。終戦にはまだ早いだろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。網代笠に事前に決めていた通りのハンドサインで指示を送る。【()()()()()() ()()()】だ。

 

「キノコッ!」

 

 【がんせきふうじ】は練習しても間に合わなかったが、御神木様経由で【タネマシンガン】に感覚が近い【タネばくだん】を覚えさせるのは間に合った。生み出されたタネは通常の物よりも大きく、内部には圧縮されたエネルギーが不安定な状態で溜まっている。アレは以前、御神木様がレジロックに対して行っていたように、迂闊に衝撃を与えてはならない危険物だ。だがその分、下手な技よりも大きな威力がある。

 

 今までの用途では、罠として仕掛ける程度にしか活用できなかった。だが、今は違う。後方からの射線を通し、膝をつきながら大賀へハンドサインを送る。

 

 【なげつけろ】!

 

「スブッ!」

 

 バスケットボールと同程度の大きさの種を、大賀が右手で鷲掴みし、そのままクロバットへ向かって【なげつける】。それなりの速度で投げられた種ではあったが、流石に飛んでいる相手に対しては分が悪く、クロバットがロールしながら避ける軌道を取り始めた。

 

 食らっても問題なさそうだが、下手なリスクを良しとしない。顔がそう言っている。良い勘してやがるな。伊達にこの群れを引き連れていないと。だが――――――――相手に当てなきゃ発動しないような安定性のないモノを、この土壇場で持ち出すわけないじゃないか。

 

「クギュル!」

 

 俺がダメージを食らっても、夕立がゴルバットに囲まれても、御神木様は回転を止めずにずっと指示を待ち続けていた。その意味の証明を行おう。軽い鳴き声と共に、甲高い音を立てながら凄まじい勢いで大岩槍が射出された。射出音を聞いた瞬間、事前準備として身を伏せながら両手で耳を抑えて口を開く。

 

 超高速で移動する大岩槍がクロバットの身体を掠めた。避けたものの風圧でバランスを崩したのか、左右へよろけてほんの一瞬攻撃姿勢が緩む。

 

 ――――その次の瞬間、大岩槍が【タネばくだん 地雷】を貫いた。種の中に溜め込まれていた不安定な圧縮エネルギーが一気に解放される。崩壊する【タネばくだん】を中心に、全方向へ大轟音と衝撃波が叩きつけられた。そして、それは俺達も例外ではない。衝撃波が大轟音によって硬直していた全身を突き抜けて、腹の中をかき混ぜるように内臓にダメージを与えてくる。

 

 すると、ゴルバット達がまるで高射砲の対空弾幕で叩き落された航空機のように、バタバタとその場で墜落し始めた。それはクロバットも例外ではない。爆圧で地面に叩きつけられたクロバットは、先程まで纏っていた赤黒い雷状のオーラのようなものは掻き消え、意識が朦朧としているようだった。

 

 当たり前だ。むしろそうでなくては困る。何が起きるか理解した上で、身構えていたこっちだってキンキン耳が痛いぐらいなのに、耳の良いポケモンが、音が篭る場所で、至近距離で、鼓膜が破れる程の大轟音なんて聞いたら気絶するに決まってる。この通路内だったら逃げ場すらないだろう。

 

 ソレが技の直撃だけを気にしていたお前の敗因だよ。ちくしょうめ、使いたくない手札を切らされてしまった。

 

 それでもなお藻掻いているクロバットに対して、御神木様が無慈悲に追撃を与えて壁に縫い付けていく。夕立も自分に覆いかぶさっていたゴルバットを押しのけて、生き残りに【れいとうビーム】を叩き込みながら向こうから帰ってきた。

 

 膝に力を入れて立ち上がり、喉に手を当ててゆっくりと深呼吸を行う。まだジリジリとした痛みが残ってキツイが、多少なら喋れなくもない。代わりに爆音のせいで耳がまだ死んでるな。鼻粘膜も少し焼かれたのか、匂いが感じづらい気がする。いつの間にか、周囲で発火していた苔が鎮火していた。【タネばくだん 地雷】の爆圧で消し飛んだのか?

 

 岩石で通路部分の視認がしづらくなっているうえに、焼けて苔の総量が減ってしまった為、必然的に光量も減って視界がとても悪い。全体的にボロボロだ。御神木様達も少なくないダメージを貰ってしまった。

 

 ただそんな中であっても、隅に避難させていたソリ付きの神輿だけは無傷だった。間違いなく【ねっぷう】が直撃していたと思うのだが。火が付いていても不思議じゃなかった状態なのに。流石にそれはちょっとおかしくないかい?

 

 あれ。これはあれか? もしかして、さっきコレを盾代わりにしていたら、さっき無傷だったのでは? 更に言うなら、あの手札切らずに反撃も容易だったのではなかろうか?

 

 そんな思いが一瞬浮かんできたが、意地で思考の奥底に沈めた。今回はこれが最善だったんだ。うん。そう思わないとやってられない。反省会は後回しだ。

 

 バックパックに入れていたライトの装備を改めて装着して、電気が点く事を確認する。荷物は破損していなさそうだ。そうした辺りでようやく耳なりが収まってきた。肉などが焼け焦げた酷い臭いが充満しているのか、夕立や大賀がしきりに鼻を鳴らしている。

 

「全員生きてるな? よし、移動するぞ。炸裂音がかなり広範囲にまで広がったはずだ。このまま移動しないと拙い事になる」

 

 具体的にはショゴスに出会うだろう。効率よく移動するには、網代笠に先行偵察してもらう必要がある。なので美味しい水を飲ませてさっさと移動しよう。隔壁代わりの岩石群を破壊するのは時間がかかり過ぎるな……後方の岩石を破壊して移動するか。

 

「網代k――――」

 

「――――Tekeli-li!」

 

 ……は…………? 

 

 一瞬でこの場にいる全員が硬直する。不意にズバット達が倒れているであろう通路の奥から、水音混じりで悪寒を感じさせる声のようなモノが聞こえてきた。

 

「テケリ・リ! てけり・り!」

 

 餌が沢山ある事が嬉しいのだろうか。声の主は、ストローで残り少ないジュースを啜ったような、ジュルジュルと籠った音を響かせながら、岩の向こう側からこちらへだんだんと近づいてくる。

 

 御神木様が壁に貼り付けたクロバットが、ガチガチと震えながら脱出しようと暴れ藻掻く。だが、大岩槍がよほど深く壁に刺さっているのか、抜ける気配はない。

 

 おい、嘘だろ…………? 幾ら何でも、ここにたどり着くまでが早すぎるじゃないか。

 

 岩の隙間を暗い虹色のタールのような粘体が、明確な意志を持って薄闇の中を蠢く。視認できた粘体のいたるところに拳大の目が形成されて、ボコボコと内側から浮かび上がってゆく。新しく作り上げた目を緑色に輝かせながら、隙間から溢れ出るように床に広がった。

 

 そのまま地面に転がっているズバット達の上を、加虐的に力を加えながら這いずりまわる。ピキ、ペキ、ボキと何かがへし折れて潰される音と共に、下敷きにされた者達の断末魔が響き渡った。

 

 それを聞いたショゴスは、楽しそうに全身を震わせる。粘体だった身体の一部をカニのハサミや触手に変化させ、幼児が昆虫を無残に千切り殺すように、潰れかけていたモノ達をハサミと触手を用いて千切って遊びながら咀嚼し始めた。

 

 全身から血の気が引いていく。鳥肌が立ち、本能がガンガン警告を出してくる。眼前の光景から目が離せない。空っぽのはずの胃から胃液がせり上がり、食道を逆流しかける。きっと隔壁状の岩に塞がれた眼前の通路は、もうショゴスの巨体で満たされているのだろう。

 

 ――――今すぐにでも逃げなければならないのに……半歩後ろへ向こうとした辺りで止まった。地面に縛り付けられたかのように、身体が動かない。小刻みに震える視線だけが俺の意志に沿って動いてくれる。まるで局所麻酔でも打ち込まれたみたいだ。

 

「スブブッ!」

 

 ショックから立ち直って真っ先に動けるようになった大賀が、御神木様を持ち上げて後方へ【なげつけた】。勢いに乗った御神木様が【ジャイロボール】で、アノマリー戦の時に塞いだ岩石を破砕する。だが、まだ足りない。たとえソリ付きの神輿をここに捨てるとしても、全員が移動するにはもう少し岩石を破壊する必要があるだろう。

 

 音に反応したのか。ずるりと身体にズバット達の血を滴らせて、焦点の合わない目をこちらへ向けながらゆっくりと近づいてくる。こういう時こそ早く逃げなければならないのに、蛇に睨まれた蛙のように身体が動かない。

 

 一瞬、ショゴスが這いずった後の床が視界に映る。そこには転がっていたはずのズバットやゴルバットの姿形は一切なく、洗い清めたかのように、血の跡すら残っていなかった。

 

 ショゴスという種は獲物を食べる際に、汚すように時間をかけて、()()かりながら、何度も何度も舐めしゃぶり反芻(はんすう)する性質がある。ただ、全ての個体がソレに当てはまるわけではない。コイツがそうだ。目の前のソレは余程腹が減っていたのだろう。それこそ、文字通り全て啜り取られたのだ。

 

 ソレを見た網代笠と夕立が我に返って岩石破壊の手伝いに入った。それなのに、俺の身体はまだ動かない。ここで足を引っ張ってどうするんだ。痛みで覚醒しようにも、自分の口すら思うように動かない。

 

 ショゴスがクロバットに近づいた瞬間、クロバットの目が怪しく輝き始める。紫色の輪が目から放たれ、ショゴスの緑色の目に当たった。すると、途端にショゴスの動きが鈍くなる。恐らく【さいみんじゅつ】だろう。

 

 ショゴスは催眠によって他種族に使役されることが多く、何よりもそういう風に古のものが創り上げた生物だ。ただ…………その手段を取ったモノは、ショゴスから得てして奇襲を受けやすくなる。操れていると安心している時に不意を突かれて襲撃されるのだ。そして何よりも、ショゴス側が操ろうとしてくるモノを最優先で攻撃対象にするだろう。

 

 ショゴスは理解している。自分が、或いは同族が、都合のいいように利用されている事を。だからこそ反逆して、寝首を搔こうとする。嘗て、創造主(古のもの)に対して行ったように。

 

 クロバットは焦っているのか、技の効き具合の確認すらせずに、今度は口から【高音】を出し始めた。【ちょうおんぱ】だ。これも、ショゴスを操作する際によく使われる手口だという知識がある。ショゴスの鈍っていた動きが、完全に固まった。脈打ちもせずに、その場でじっとしている。

 

 それからショゴスは触手のようなモノを作り出し、ゆっくりとクロバットを拘束していた大岩槍を1本、また1本とゆっくり引き抜いてゆく。恐らく、ショゴスに拘束を解かせる為に思考誘導を行ったのだ。完全に技が決まったと判断してクロバットは一瞬安心してしまったのか、張りつめていた気が緩んだ。だが、それがいけなかった。

 

 ()()()()()()。直感がそう囁く。

 

 拘束が残り右翼の1本となった時、ショゴスは不意を突くように持っていた3本の大岩槍を砕く勢いでクロバットへ叩きつけた。ただ、クロバットもここまでは予想していたのだろう。右翼側に全身を巻き付ける【アクロバティックな動き】で攻撃を避け、【あくのはどう】で反撃する。

 

 直撃を受けたショゴスは【あくのはどう】を嫌がるように震えながら身体を縮こませて、磁性流体のスパイク現象のように全身から突起を生み出した。どうにも、自主的にあの突起を作ったようには見えない。まるで()()()()()()()()()()()に近いような―――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを見たクロバットはすぐさま右翼の一部を引き千切り、自力で脱出し素早く逃走し始める。しかし、その速度は先程と比べると見る影もないほど遅い。未だ三半規管が機能していないのだろう。真っ直ぐに飛ぶのさえ辛そうだ。それでも諦めまいと、残った翼で空を掻く。

 

 しかし、長くは持たなかった。ちょうど俺の目の前まで来た辺りで、拒絶反応が過ぎ去り、怒り狂ったショゴスからの触手の追撃によって地面に叩きつけられる。そのままズリズリと新しく生み出された巨大な口元へ引きずられると、四方八方からハサミや人の手、鳥類の足といった様々な触手がクロバットへ殺到し、パンを細かく手で千切って口に入れるような軽い動作で、悲鳴を上げる間もなく無残に解体されてゆく。

 

 飛び散ったクロバットの肉片と血液が、偶然マスクの隙間を通り抜けて口の中に入った。反射的に口を閉じて噛みしめてしまう。生っぽい食感と共に、鉄臭い血の味が口の中一杯に広がった。せり上がっていた胃液がとうとう口の中に混ざりこむ。そしてソレを――――気が付けば当たり前のように飲み込んでいた。

 

 少し前まで敵対していたとはいえ、その相手が生きたまま千切られるというグロテスクで異常な光景。なのに、どうしてだろうか――――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。涎が止まらない。半開きの口元から溢れ出して零れだす。

 

 砂漠で唯一の水源を見つけた旅人のように、或いはフェロモンに(いざな)われた昆虫のように、覚束ない足で大口を開けているショゴスへ向かって1歩前へ進む。

 

「スブブブブッ!」

 

 手を伸ばして更に動こうとした瞬間、大賀にがしりと首元を鷲掴みにされて、背中から後方へ【ぶん投げられた】。一瞬の浮遊感の後、もんどりうって鈍い音を立てながら床を転がる。最早身体がマヒしているのか、それとも単にバックパックが間にあった事で痛みを緩和してくれたのか、衝撃ばかりで痛みを感じない。ただ、肺を突き抜ける衝撃で少し咳込んだ。

 

 いつの間にか部屋の向こうまで引っ張り出されていたソリ付きの神輿に、網代笠によってそのまま水揚げされた(かつお)のような扱いで、引きずられるように載せられた。すぐ横には御神木様がスタンバっており、大賀が通り抜けた後、即座に俺が投げられた部分を【がんせきふうじ】で塞ぐ。

 

「キノコッコ!」

 

「シャワワッ!」

 

 網代笠の合図で夕立が全速力で走り始めた。その直後、邪魔な岩石を破壊したショゴスが通路に目の付いた触手を出す。しかし、それを見越していた御神木様が、すぐさま【タネマシンガン エアバースト】で触手の目を爆ぜさせた。獲物からの反撃にイラっとしたのか、それなりの速さでショゴスがこちらを追い始める。

 

「クギュ」

 

 目は覚めたかと言わんばかりに、洗礼として軽い【たいあたり】を浴びせられた。

 

「ん……、ああ。手間かけた。ありがとう」

 

いつまでも水揚げされた魚になっているわけにはいかない。相手は待ってくれないのだ。さっさと正気に戻らないと。起き上がって胡坐をかきながら次の手を考える。

 

 それにしても、撤退戦か。前回は苦い思い出となってしまったが、今回も更に状況が酷いと言えるだろう。現在地不明、地形も不明、視界不良、追っ手は理外の化物。マイナス面ばかりでいい事が何もない。ただ、一つだけクロバット達のお陰で分かった事がある。

 

 ――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 




クロバットの率いる群れは、調子がいいとハメ技でショゴスを捕食できます。大抵はすぐに拘束を解かれて、後方の仲間が数匹食われますが。へばっている時に出会うと……まぁ、こうなります。【ちょうおんぱ】使えばもっと楽になっていただろうに。

結局ショゴスって何? → クトゥルフ神話に出てくる下級の奉仕種族で、洋ゲー版スライム(火炎&電撃耐性、物理ほぼ無効、耐久性大、巨体、常時リジェネ状態)みたいなやつです。wikiに素晴らしい画像がありますので一度覗いてみるのをおススメします。

質問などがあれば感想にどうぞ。だいたいは答えられると思います。

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