アルセウスからの連絡で少しだが頭が冷えた。冷えたが新しい問題が出てきやがった。このタイミングで連絡が来たってことは、あいつどこからか見てるのか? 心が読まれても大丈夫なようにこの言葉を心の中で唱える。
アルセウス! 貴様、見ているな!
さて、思考を戻そうか。別に俺と敵対している感じではなかったな。俺にカイオーガを捕まえさせようと画策していることは確定だろう。理由がわからん。
うーん、謎だ。
だいたいなんでシンオウ地方に生息しているはずのアルセウスがホウエン地方の事件に介入しようとしているんだ?
介入することで得られるであろうメリットは?
お金? …………没、アレがお金を必要とする要素がわからん。まず貰えるかどうかもわからん。名誉? …………没、元々の伝承がある分こっちで動く理由にはならない。わざわざ他の地方に行かなければ得られないものってなんだ? …………横の繋がり? …………微妙、ありえそうだがあのポケモンが繋がりを必要とするってどういう状態だよ。
情報が足りなさすぎる。他に先ほどの会話で得られた情報はないものか。
…………あいつはダイゴさんの周波数で話しかけてきたってことは、今ダイゴさんにかけ直したらどうなるんだ? やってみるか。もう日が沈んで月が登り始めたがそんな事知ったことでは無い! リダイヤルでダイゴさんにテレビ電話をかける。……………………電波が届かない所にあるか、電源が入っていないためかかりそうにない。
まさかのダイゴさん擬態アルセウスだった説とかあり得るか? そもそもダイゴさんが俺に協力する理由が薄い気もする。なんか人狼やってるみたいで嫌だなぁ。人はなるべく信じるってのを信条にする俺としては心が痛むよ。うん。
こんな状態、わけがわからないよ!
◇ ◇ ◇
また茹だりかけて頭を冷ますために、飯を食べて落ち着かせる。うん、美味かった。とりあえずこれ以上考えても仕方がないという結論に至ったため、頭の片隅程度にとどめておくことにした。
とりあえず、そろそろ
1階に降りるとラッキーやジョーイさんが忙しそうに動き回っていた。
「ジョーイさん、先程はすみませんでした」
誠心誠意頭を下げて謝る。
「焦ってしまうのはわかるけれど、自分の体調すらわからない人に他人を助けられるとは思えないもの」
「ですね。おっしゃる通りです」
こっちに来てから周りに年齢が低い人が多いこともあって気が大きくなっていたが、所詮まだ俺は大学2年生なのだ。まだまだ経験が足りていない。テンパっている状態で背伸びして、ミスをしたら泣くに泣けんな。
「よく反省したみたいね。憑き物が落ちたようなスッキリとした表情してるわよ。よろしい。あのハスボーの看病をするのなら、奥の部屋に入って右手側の列のベッドの一番奥にいるわ」
「お見通しですか」
これには俺も苦笑い。行動が読まれていたか。敵わんな。
「こういう場所で働いていると、いろいろな人やいろいろなポケモンを見ることになるわ。体力ではかなわないけれど、人生経験と観察眼ではまだまだ若い子に負けるつもりは無いもの」
少しだが達観してらっしゃる。
「ジョーイさんもご十分にお若いと思うのですが?」
すると、少し暗い表情をしたジョーイさんがポツリと漏らした。
「周りがどんどん結婚してしまって…………」
おおう、この流れでこうなるのは想定外ですん。お局様なりかけなのね。
「若いトレーナーとの出会いは多そうですけどね。実際どうなんです? 将来有望そうな子とかも居たりすると思いますが」
「付き合っても稼ぎがねぇ…………」
「おおう、現実的すなぁ」
世知辛い世の中ですからねぇ。仕方ない。
「自分の人生だしねぇ。高望みするつもりはないけれどトレーナーさんは収入が不定期ですから。それを無視させてくれるぐらい燃えさせてくれる人も現れませんし」
燃えさせてくれる人が居れば食らいつくんですね。わかります。
「まぁ収入が安定してるトレーナーってポケモンリーグ上位陣やジムリーダー、ポケモンリーグ所属のトレーナーぐらいですからねぇ。狭き門です」
「そうなのよねぇ、それにこっちはトレーナーさんの夢を支えるお仕事だもの。若い子が多い分、精神年齢が若い人もそれなりにいるのよ」
意外だな。ポケモンと接していれば精神年齢は上がりそうだが。
そのあとも、ぽそぽそと愚痴をこぼしながら暗い笑みをするジョーイさん。この業界の闇を見た気がする。
こんな暗い世間話をしている場合ではない! 誰だ、こんな話にしてしまったのは! …………俺が話に乗ったからか。ストレスの溜まりそうな仕事だろうしなぁ。お疲れ様ですと心の中で呟く。
「ハハハ…………そ、それではそろそろハスボーの看病を御神木様と代わらないといけませんので、これで」
そそくさとその場を去り、奥の部屋に向かう。今回の復旧が終わったら差し入れでもしよう。
奥の部屋の中は様々な薬品の匂いが混じり合って何とも言えない香りになっている。最も強いのが病院や保健室の定番。いわゆるアルコール臭だ。部屋はとても薄い色を基調としており、ベッドが2列に並べられいろいろなポケモンたちが治療を受けている。
奥には御神木様と包帯だらけのハスボーがいた。
今更ながらハスボーって足が6本なんだな。ゲームやっていても気付かなかったぞ。尻尾だと思っていた。
どうやらこちらに気がついたようで御神木様が転がってくる。
「クッ!!」
一声かけたあと、そのまま部屋を出て行った。ようやく交代か、と言ったところだろう。
「こんばんは、ハスボー」
「ボー」
あまり元気ではないらしい。少し怯えているようだが癒しの鈴のおかげで、他のポケモンより落ち着いているようだ。
「気持ち悪いとかはあるか?」
「ボー」
微妙に首を振る。動きづらいようだ。
「悪い。無理に動かせてしまったようだな。少し苦しくなったらその鈴を鳴らすといい。少しだけだが気分がよくなるはずだ」
「ボー……」
頭の葉っぱも元気がなさそうに萎びてしまっている。濁流に巻き込まれた時に傷が付いたのか、全体的に押しつぶされた様に陥没しているようだ。一部穴が開いてしまっている。
バックパックからおいしい水をハスボーに見せて反応を伺う。
「水は飲めそうか? 欲しかったら皿に注ぐぞ?」
「スボッ!!」
よほど嬉しいのか目が輝いている。こいつ、こんな表情もするのか。元気がなさそうだった雰囲気から一瞬で回復したようだ。好物の力はすごいのう。
グラスに注ぎ入れて、飲みやすいようにストローを差し込んでからハスボーの口元に持っていく。なかなか良い飲みっぷりだ。
「あんまり勢いよく飲むと腹下すから、ほどほどにな。口の中で回すように飲んでくれ」
「スボッ!」
こういう時返事だけいいのは、人もポケモンも同じらしい。
そんなことを考えていると服の後ろが引っ張られる。誰だと振り返ると、いつの間にやら近くにいたラッキーがグラスを持って待機している。こいつ、油断も隙もあったもんじゃないな。
「仕方ねぇなぁ! よし、てめぇら今日は俺の奢りだァ!!」
見舞い品だな。そう言ってバックパックから新たに30本取り出す。
「余った分は飲みたそうな奴に飲ませてやってくれ」
「ラッキー!!」
なんだろう。ただの鳴き声のはずなのに、何故か違う意味に聞こえてしまう。気のせいだと思いたいし信じたい。
「まぁいいか」
「スボッ!」
ハスボーの方を向き直すと、既に飲み終わってしまったようだ。
「なんだ、まだ欲しいのか?」
多少財布は痛むが、また稼げばいいだろう。ハスボーの方も多少元気が出たようで顔つきが少しキリッ! としてきた。
その後、面会終了時間になったため、部屋から出て2階の仮眠室に入る。既に御神木様は毛布を敷いたバスケットの中でご就寝中のようだ。
明日の予定を確認すると、明日の仕事は牧場の修繕や、102番道路の横にある沢の現状を撮影することだ。もう少しハスボーたちの状態が良くなっていれば、沢に連れて行くことが出来るだろう。
それにしてもだ。
ここって牧場なんてあったか? 少なくともゲームではそんな描写はなかったはずだ。まぁ立地的にもありだとは思うが。規模は明日自分の目で確かめてみるか。