前日の地獄のような嵐から打って変わって、よく晴れた清々しい朝だ。まだ少し街の中に泥が溜まっている場所があるが、街の人たちがせっせとかき出しているのが見える。そんな中、やけにこちらに突き刺さる視線が痛い。なぜだ。
さて、牧場があるとのことだがどこにあるんだ? ちょうど運搬をしていた大工を捕まえられたので、場所を聞いてみよう。
「すみません、お尋ねしたいことがあるのですが……」
「お……おう……どうした?」
なんでそんなに挙動不審なんですかね?
「牧場補修組の集合場所を教えていただけませんか? 柵の修理に向かう予定なのですが、場所がわからなくて」
冗談抜きで方向感覚には自信がないんです。
「ああ……それならトウカジムの前にトラックが止まっているから、それに乗せてもらえばいい」
ジム前か、微妙に遠いな。トラックが止められるということは、あの辺の泥はもうかきだされたのだろう。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。じゃあな兄ちゃん、修理頑張れよ!」
お礼を言ったら応援で返してくれた。やっぱりこっちは良い人が多いな、精神的に余裕がある人が多いのだろう。向こうだと落し物拾っても礼もなく、こちらを睨みながら無言で奪っていく人もいるというのに。
気分が少し良くなった。じゃあ今日も一日頑張りますかね。準備運動がてら軽く走って移動する。思いの外黒ヤギの
景色を見ながら30分ぐらい軽く走り続け、息が上がってきたところでトウカジムが見えてきた。4台のトラックも見える。目的のトラックはどれだ?
呼吸を整えるために走るのを止め、歩いてトラックに近づいていく。トラックの運ちゃんたちはどこにいるのだろう?
しばらくトラックの周りで待っていると、青いツナギを着た男たち4人がジムから出てきた。おそらく彼らだろう。
◇ ◇ ◇
トラックに乗せられて25分ぐらい経った頃、潮の香りがし始めて景色が一変した。そのまま、あまり舗装されていない田舎道を揺られながら進んでゆく。気分はドナドナだ。黒ヤギの被り物をしているが、そのまま売られるなんてないよな?
ヤギの肉は確かに美味い。串に刺して焼いてよし、スープなどで煮込んでもよし。刺身や焼きそばなんかもいいな。だが俺は人間だ、残念だったな! ……俺は誰に言っているのか。
「クギュ」
「こういう時に合いの手を入れてくれるのは
まぁ、誰もツッコむような人は居ないしな。そもそも脳内で考えている内容なのに、なぜ合いの手を入れられるのだろうか。不思議だ。
現在地は104番道路、ゲームだと段差があったであろう場所に牧場があった。高台のため、トウカの森の塞がれてしまった入口がここからでも見える。あと小さな小屋と船着場も見えた。そりゃ街中見ても気づかない訳だよ。
「おお、広いですね」
やはり牧場と言うだけあってかなり広い。ただ、土砂崩れの影響で柵の一部が派手に破損していたり、木が倒れていることがわかる。特に森との隣接地点が酷い。土石流に巻き込まれたのか、土砂と流木で天然のバリケードが完成されてしまっている。あれは重機か体力自慢のポケモンが必要だろう。
元々が青々と茂っていたであろう場所なので、茶色の土がかなり目立っているな。
「まぁな、これでも6家族で共同経営してる大型の牧場だからな。ミルタンクや肉牛、豚が多く飼われているよ」
やっぱりミルタンクはいるのか。あと肉牛と豚。ポケモンの肉じゃダメだったのだろうかね?
「ケンタロスは飼っていないんですか?」
「あー、よく聞かれるんだよ。ケンタロスはどうにも気性が荒すぎてね、牛舎で暴れることが多いんだが、その時に肉牛に傷が付いたりするからうちの牧場じゃダメなんだ。農耕に使うとしても、他のポケモンでもいいわけだしな」
なるほど、メリットよりデメリットの方が多いのか。
「マサラタウンの方に行くとロデオ大会とか闘牛があるせいか、ケンタロスだけの牧場があったりするぞ。迫力もかなりのものだ。興味があるなら行ってみればいい」
それはポケモンバトルとは違うのか? ……技などを使わずに勢いで戦うからジャンルが違うか。かなり激しそうだな。
「ああ、あともう一つ気になっていたんですけれど……」
「なんだ?」
「どうして食用肉って、ポケモンの肉ではなく牛肉や豚肉や鳥肉の方が多いんですか?」
とても気になっていたことだ。あの客船にもポケモン肉は売っていたがとても規模が小さかったし、カイナ市場でもほとんど見なかった。せっかく牧場に来たのだから聞いておかねば損だ。
「ポケモンの肉か、君はミルタンクの肉を食べたことがあるかい?」
「いいえ、まだありません」
運良くなのか、運悪くなのか、未だポケモンは食べた事はない……はず。
「そうか。ミルタンクを含めたポケモンの肉は、筋が多すぎてあまり美味しく食べられないんだ。それにミルタンクの場合は、肉に行くはずの栄養のほとんどがミルクに流れてしまうため栄養価も低い。良くてラードに使えるぐらいかな。結局、昔から交配などで食用に育てられてきた動物の方が味がいいんだ」
なるほど、言われてみればミルタンクとかあの体型で2本足で動いたりしてるんだもんな。そりゃスジも多いだろう。肉も固そうだ。
疑問が解決したところでようやく入口にたどり着いた。既に約20人が待機していたようだ。責任者の話を聞いたあと、グループごとに分かれて柵の補修をおこなっていく。土台が崩れてしまっているところには、土砂崩れで流れてきた土を使って補強してから杭を打ち込んでゆく。
俺のグループに格闘ポケモン持ちが2人いたのだが、壊れた柵の杭を抜いて新しい杭を挿す速度が速いの何の。すげぇな、アレ。工事系で雇われる理由がよく分かった。ついでに、手先の器用な奴も多いように見受けられる。今後バトルで生計を立てるならば、接近させない工夫か、接近されても対処できるように絡め捕る手段を身に着けるべきだろう。
あんまりよそ見している場合でもないな。作業を再開しよう。
しっかりと刺さっているのを確認した後に、俺達が板を貼り付ける。その後、有刺鉄線で巻く。野生のポケモン避けの処置なのだそうだ。狩りをするわけでもないのに、なぜ野生のポケモンが入ってくるのか聞いてみる。
「ミルタンクのモーモーミルク目当てで来るんだ」
なるほど。それにしても、ミルタンク側もそんな相手に素直にミルクを分け与えてしまうのか。
「来るのはだいたい縄張り争いで負けた個体が多いみたいだからね……見捨てられなかったんだろうよ。ウチのは殊更母性本能が強いみたいでな」
「そういう事ですか」
つまり、食うに困ったポケモンを見過ごせなかったと。なるほどねぇ……ここに来てからというもの、色々と気づかされる事が多い。それだけ見落としていたって事か。
その後、昼休憩を取り、土砂を除ける作業をして解散となった。牧場修理のお礼にトウカ牧場印のモーモーミルクを6本貰ったので、ついでに復興応援で18本買っておいた。
うち2本は既に御神木様と一緒に飲んだが凄く濃厚で旨い。テーレッテレーと音楽が頭の中で流れた気がする。流石はミルタンクの栄養のほぼすべてが入っているだけあるな。これなら料理にも使えそうだ。これでほとんど調整無しとかマジぱねぇっスよ。これは野生のポケモンが飲みたがるのもわかる。
◇ ◇ ◇
牧場から直接ポケモンセンターに送ってもらい、時間の短縮に成功した。これより潜入を開始する。ウィーンと自動ドアが開き、目の前にいつもの回復装置が鎮座していた。内部の清掃は完全に終わったらしい。
中に入ると、見慣れない男がジョーイさんと話しているのが見える。見た感じ小太りで白衣に短パン、サンダルとなんだか南国な感じの格好をしている。足は太いが太っているからではなく、太ももの筋肉が発達しているのだろう。
おそらくあの博士だ。間違いないね。とは言え、特に気にする必要性を感じないため、そのまま話しかけることにする。
「ジョーイさん、牧場の修復終わりました。ハスボーたちの体調はどうですか?」
「あら、お帰りなさい。あの子達は随分元気になったみたいでベッドで跳ね回ってるわ」
随分と回復したんだな。それなら生息地に戻しても大丈夫だろう。にしても回復早いな。凄まじいわ。
「あ、そうだわ。こちらポケモンの研究を行っているオダマキ博士です。オダマキ博士、彼がダイゴさんに送られてここに来たキョウヘイさんです」
やっぱりオダマキ博士だったか。思っていたより体格いいな、この人。
「初めまして、ポケモントレーナーの恭平です」
ジョン・ドゥと言いたかったが後に引きそうだ。悲しきかな、今はネタに走れそうにない。
「初めまして、ポケモン研究家のオダマキです。君が噂のキョウヘイ君かー、アクア団撃退の件は聞いているよ。なんでもこっちの地方にはいないポケモンを連れているとか」
「御神木様の事ですね、お見せしましょうか?」
ちらりとバックパックに視線を配る。抵抗らしい抵抗もないので構わないという事なのだろう。
「おお、ぜひお願いしたいね。ここでほかの地方のポケモンを見ることが出来るなんて感激だ!」
テンション高いなこの人。バックパックから御神木様を出すと、オダマキ博士はいろいろな角度から写真を撮り始めた。写真会第2弾が始まってしまったので、オダマキ博士のことを御神木様に任せてハスボーたちのところへ向かうことにする。
「では私はハスボーたちを連れてきますね」
そのまま奥へ行こうとするとジョーイさんに呼び止められる。
「行くのならそのマスクを外してから行きなさい」
「そんな…………ハッ!? そうですね! 水場に向かうんですからヤギではなくワニに変えるべきですよね!」
なんて当たり前なことを俺は気がつかなかったんだ。こうしちゃいられない、直ぐにマスクを変えなければ。
「いえ、そういうことを言っているのではなく……」
ジョーイさんの言葉をBGMに素早く被り物をワニに変更し、部屋の中に突入する。ハスボーやラッキーたちに不思議なものを見る目で見られたが、特に気にしない。
「おらお前ら、退院祝いにモーモーミルク持ってきてやったぞ! ありがたく飲むがいい!」
現金なことに、こいつらさっきまで俺を見る目が不審者を見る目だったのに、既に皿を咥えてる奴もいやがる。あの重傷を負っていたハスボーも元気そうだ。
「順番に回っていくからちょっと待て」
モーモーミルク凄い人気だな。前のおいしい水の時は反応しなかったジグザグマとかも尻尾振ってやがるぞ。
「ハスボー、お前に渡していた癒しの鈴を返しておくれ」
「スボッ」
ついでにあのハスボーに持たせていた癒しの鈴も回収する。
飲ませた後に部屋から出ると、オダマキ博士が御神木様を抱えて転げまわっていた。何やってるんだ、この人。御神木様はされるがままになっている。君、俺の相手以外には基本的に大人しいよね。なんなのその差は。
「オダマキ博士は放っておいてちょうだい。あの人の悪い癖なのよ。ポケモン好きの変な人とか呼ばれているわ」
有名な悪癖らしい。ジョーイさんが転がっているオダマキ博士を起こしている間に、今日退院のポケモンたちがぞろぞろと出てきた。
「このポケモンたちを102番道路に戻すのかい?」
「そうです。オダマキ博士も付いてきますか?」
「ぜひお願いしようかな、野生のポケモンの生態を調べる絶好の機会だ」
ふむ、これはチャンスだな。今まで分かっていなかった【あいいろのたま】について何か分かるやもしれん。このポケモンたちを沢まで送ったらそのまま博士と一緒にミシロタウンへ向かおうかね。
「では早速ですが行きましょうか。御神木様は戻ってくれ。目的地は2時間ほど歩いた沢です」
「わかったよ、ではジョーイさんありがとうございました」
「お世話になりました」
お礼を言ってポケモンセンターを出発する。またここを通るはずだからまた今度差し入れしよう。
◇ ◇ ◇
1時間ほど世間話をした後に、先程から考えていたことをオダマキ博士に伝えることにした。
「オダマキ博士に調査してもらいたいものがあるのですが」
「ん? なんだい?」
「これです」
そう言ってオダマキ博士に【あいいろのたま】を見せる。あまり反応していないところを見ると、これがなんなのか分かっていないようだ。
「それは……宝石かい? 私の専門はポケモンだから、流石に宝石についてはわからないよ?」
ただの宝石ならどれだけ良かったことか。本物かどうかもわからないけれども、意味のない贋物を、あのアルセウスが投げつけてくる訳がない。
「これはただの石ではなく、とあるポケモンの眠りを覚ます道具らしいです」
「らしい? 随分と曖昧な感じなんだね」
「本当は送り火山の老夫婦が持っているものらしいのですが、なんの因果か私の手元にたどり着いたので」
不思議な因果もあったものである。というか、思っていた以上にすんなり聞いて貰っているな。訝し気に見られる程度は覚悟していたのだけれども。
「なるほどねぇ。珠が目覚めさせるということは、音や光みたいに何らかの波長を出すのかもしれないね」
「それで、どんな物質でできているのかを調べて欲しいのです」
それに、これは個人的に興味ある。
「うーん……まぁいいか。OK、ミシロタウンにある研究所に着いたら少し調べてみようか」
ようやく手元に有った【あいいろのたま】の調査ができる。元々は後で向かおうと思っていたのだが、良いタイミングでオダマキ博士がトウカシティにやって来たので、これは幸いだった。
交渉後、特に問題なくデコボコ道や泥道を進んでいくと、無事に目的地の沢にたどり着いた。少し水位が上がっているが、水は濁っていないから問題ないだろう。ハスボーやジグザグマなどのポケモンたちが少しずつ去っていくが、1匹だけ動かずに震えているポケモンがいた。
あの重傷を負ったハスボーだ。沢の一点を見て固まってしまっている。一体どうしたというのか。
「どうしたんだい。ハスボー?」
オダマキ博士が近づくが、ハスボーは足が震えてしまって動けないっぽいな。何かあったのだろうか?
「どうしたんでしょう?」
「うーん」
視線を追っても、濁流によって運ばれてきた岩以外は何も特別な物はない。ボロボロで濁ってはあるものの、ある程度体裁が整えられた沢があるだけだ。
「…………ふむ」
何を思ったのか、オダマキ博士は少し大きめの石をハスボー目の前に置いた。
「ハッ、ハス……」
怯えてしまって動けないようだ。まさか……これは。
「石や岩に対する恐怖……ですか?」
「かもしれないな。このままだと、野生に返す事は難しいだろうね」
辺りを見回すが、そこらじゅう、それこそありとあらゆる場所に石と岩が転がっている。それ等は増水で運ばれてきた物もあるが、元々ここにあった物もあるのだろう。
「とりあえず、ハスボーはこれを持って落ち着きなさいな」
ハスボーにもう一度癒しの鈴を持たせ、音を聞かせて落ち着かせる。少しだけ震えが止まったようだ。
しかしなんで……いや……あの夜の濁流で、か。
あんなボロボロになるぐらいなのだから、濁流で何も見えない中、何度も何度もぶつかったのだろう。自然の中で岩や石なんてごろごろ転がっているはずだ。だがポケモンセンターには転がっていなかったし、道中にあった岩は昨日撤去したから気付かなかったのか。どうしたものか。
「恐怖……トラウマか。昔、火にトラウマを持っていたポケモンが、そのタイプのポケモンを倒したことで、トラウマを直したということを聞いたことがあるな」
「ポケモンバトルで、ですか?」
なかなか無茶苦茶な事をやったんだな。相対する時点で精神的圧迫感は酷い筈だ。何よりもまず、なんでそんな荒治療みたいなことをしようと思ったのかが気になる。
「どうだろう? ハスボーもずっと岩に怯えていては生きていけないはずだ」
「スボ……」
石を視界に入れないように俺の所へ来た。それがお前の答えか。
「そうか……うむ、なら一緒にトラウマを治そうか」
ならばモンスターボールでハスボーを捕まえよう。ボールから出た赤い光がハスボーを捕らえて引き入れた。そのまま特に抵抗もなくボールに入ってくれたようだ。新しい仲間だ。
「さて、岩ポケモン戦というと、この辺だとカナズミジムですかね?」
それ以外だとこの辺では生息はしていないはずだ。当分はあまり岩のないところで対ツツジを想定してレベル上げかね? 並行して石や岩に慣れさせていこう。でも――『無理に立ち向かわずに、逃げたっていい筈だ』――む、今何考えていたっけ?
……今後についてだっけか。
ああ、もし――――もしも、この世界が理不尽に溢れているとしたら、出来る事は目を逸らす事や、逃げる事だけなのか。いいや、そうではない筈だ。立ち向かわなければ、蹂躙され続けるだけなのだから。
「そうなるね。できる限りこちらもサポートしようじゃないか」
む、やけに気前がいいなオダマキ博士。なんだか嫌な予感がするぞ。お膳立てを受ける時って奴は、決まって厄介事が付いて回るんだ。俺は知っているんだ。
旅の仲間その2、ハスボーです。
進化していけばBWなどの対戦でよく見かけたあのポケモンになります。