なんでこんなにトントン拍子で事が進んでいるのだろうか……これがわからない。
いくらダイゴさんの知り合いでアクア団を追っ払ったと言っても、俺個人を見極めるには足りない気がするんだ。事が起こったのは技の確認をして、ハスボーの名前を決めた後のことだった。あそこのポケモンセンターで酒を飲まなきゃよかった…………いつもこんな感じな気がする。
◇ ◇ ◇
よっし、流れとはいえ痒いところに手が届きやすいポケモンの代表でもあるルンパッパの進化元、ハスボーが仲間になった。ハスの葉のような葉っぱを頭に生やし、川を渡れないポケモンなどを頭の葉に乗せ対岸まで運んだりするそうだ。水をかけてやると喜ぶらしいので、旅先でも定期的に水場に出向く事にしよう。
怯えるハスボーをワニのマスクの上に乗せ、少し道を戻って周囲に石や岩がない場所にまでやってきた。あいも変わらず少し湿った土がそこかしこに撒かれている。ここならハスボーも動けるはずだ。技の確認をしようと思ったが、
「オダマキ博士、こういった場合ポケモンの技の確認ってどうしているんですか?」
知らない事は知っていそうな人に聞く。聞くは一時の恥で、聞かぬは一生の恥なのだ。何よりも相手はポケモンの専門家だ。こういった機会に色々と話を聞いてみたい。
「そうだねぇ、基本的に出会ったばかりのポケモンは一部を除いて技が少ないから、片端から技を使ってもらって判断するのが一般的だね。キョウヘイ君はテッシードの時はどうしたんだい?」
やべ、墓穴を掘ったか。
「
さて、つつかれたらどう返そうか。こんなところでボロが出るのは想定外だぞ。
「なるほどねぇ。そういう知識がある人から学ぶと、やっぱりポケモンとのコンビネーションが上手くなるのかな?」
「と言いますと?」
確かに息は合っていると思う。だがそういった知識でどうにかなる部分ではない気もするけれども。
「キョウヘイ君はポケモンバトルの時に場を整えることを重視していると聞いているよ」
ダイゴさんから伝わったのか? ニュース見れていないから、結局あの後どう伝えられたのか知らないんだよなぁ。
「すみません。どなたがそう言っていらっしゃったので?」
「ニュースで流れていたのを見たんだ。大型豪華客船での奮闘! いやー、かっこいいねー!! 男の子だったらそういうの一度は妄想するよね!」
ああ、情報源はそこか。褒められることは嫌いじゃないが、どうにもむず痒い。一言二言をてきとーに流しながら発言していたから、自分で何を言っていたのかあんまり覚えていないんだよなぁ……うーむ。
「ハハハ、自分と御神木様にできることをしただけですよ」
こういう場合は軽く濁しておくに限る。
「そんなに謙遜しないでもいいと思うよ。私としてはキョウヘイ君の生のポケモンバトルを見てみたいのだけれど……この辺の様子だと、野生のポケモンも避難しているのだろうね。こんなに歩いているのに野生のポケモンに出会さないなんて」
歩けども歩けども、ポケモンの姿は見えない。荒れた森と道がそこにあるだけだ。確かに、普段ならジグザグマの1匹や2匹出て来てもおかしくないのだろう。
「林の奥に逃げ込んでいるのでしょうね。期待に応えるためには、急に出てきてそのまま流れでバトルするよりも、今の内に何ができるのか知っておきたいです」
「期待してるよー! なんたって、今の私は手持ちにポケモンがいないからね!!」
ハハハッと笑っているが、この人よくそれでここまで来れたな。101番道路は普通にポケモンが出るだろうに。ステルス能力が高いのか? やっぱプロってすげぇんだなぁ。
「では早速、ハスボー! 使える技を片端から目の前の木に打ち込んでくれ」
「スボッ!!」
最初は……木に向かって鳴いている。【なきごえ】か。今度は少し離れてから何かの種を木に打ち込む。打ち込まれた所から宿り木が生え、木を縛り付けている。御神木様お得意の【やどりぎのタネ】と同じだな。
そして次が問題だった。軽く鳴くと周囲から緑色の光が溢れ出し吸引されるようにハスボーの体に吸い込まれていったのだ。
「あれは……【すいとる】ですかね?」
「いや、【すいとる】だとあんな光景にはならないはずだ。おそらく【メガドレイン】か【ギガドレイン】だね」
なんですと? 【メガドレイン】はレベル技のはずだから【ギガドレイン】か? ということはこのハスボーは遺伝技を2つ持っているのか。
「あれで体力の回復はできなかったんですかね?」
【ギガドレイン】は攻撃しながら自身の体力を回復させることができる便利な技だ。だからこそ、体力が無くなるような怪我を負った場合に、真っ先に候補に挙がりそうなものなのだが。
「流石にポケモンの技も万能ではないからなぁ、瀕死を超える重傷を負ってしまうとこういう技を扱えないことが多いようだよ。それに、ああいった技は相手から体力を強奪する以上、憎悪を普段より向けられやすくなるらしい」
ああ……それは理解できるな。自分から奪われたモノで相手が繁栄するとか、ムカつくにも程がある。うん。
「草ポケモンからしたら急場を凌ぐために、無理やり食事しているような感じみたいだね。あとは、まぁ、何だ……さっきみたいにその辺の草木や土地からも吸えるから、それを悪用する人もいる、かな」
……それは気に入らないライバル農家への嫌がらせですか? それとも村内に不和を持ち込んだ転居者へですか? まったく、げに恐ろしきは人間の悪意である。
最後に、急にハスボーが動かなくなったのでどうしたのかと思っていたら、その場で回転するようにタックルを行った。
「あれは……【たいあたり】ですか?」
「いや、予備動作があったから【カウンター】だと思うよ。珍しいね、ここまで多彩な技を持っているハスボーは、あまり見たことがない」
遺伝技3つとな? こっちの世界だと、考えていた以上に遺伝技持ちはよくあることなのやもしれん。とりあえずこれで全部っぽいな。
ならば、今からこのレパートリーに新しい技を覚えさせることにする。
「ハスボー、こっちに戻ってきてくれ」
「ハスボ」
ゆっくりとした足取りで、チリンチリンと鈴を鳴らしながら戻ってきた。こう、細かく足を動かしているのを見ると、不思議と癒されるな。
「よし、お疲れ様だハスボー」
ハスの葉の下にある頭を撫でながら褒める。誰だって褒められると悪い気持ちにはならんだろう。過剰にならない限りという注意書きは付くが。
「ハスボー、君に新しい技を教えようと思う」
「スボッ!」
いい返事だ! 技マシンボックスから№13【れいとうビーム】の技マシンを取り出す。
「お、技マシンかい」
「とりあえずカジノで引換えたのですが、使い方ってどうするのか知らないんですよね」
取説ぐらい付けておいてほしかったぜよ。
「そうなのかい? 技マシンはポケモンの頭に乗せて、2分ぐらいすると技が使えるようになるよ」
カップラーメンよりも早い。
なんだそりゃ。パソコンのソフトインストールよりもお手軽じゃないっすか。ぶっちゃけゲームの表記だと危ない洗脳道具にしか見えないが、オダマキ博士が言うのならきっと問題ない……はず。だいたい1、2のポカンで技を綺麗に忘れたってどういうことよ? ゲームやってた皆がツッコんでたぞ!
うーん見れば見る程不思議だ。そもそもどうやって作ってるんだ、これ。今度デボンコーポレーションに見学に行こうかしら。
頭に付けてきっかり2分、どうやら終わったようで
今あるハスボーの情報を整理しよう。性別はポケモンセンターで確認した際にオスだったことを覚えている。ナナのみを美味しそうに食べていることから甘いか苦いが好きなのだろう。性格はたぶん穏やかか、大人しいか、臆病。見ている感じ臆病かな。
【すいとる】は覚えずとも問題なかっただろうから、【しぜんのちから】を覚えていない事から判断するに、レベルはおそらく7以下。
そして、今覚えている技を書き足すとこうなるわけだ。
No.270 ハスボー 水/草タイプ 臆病な性格 ♂ レベルはおそらく7以下
覚えている技
やどりぎのタネ
ギガドレイン
カウンター
なきごえ
れいとうビーム
うむ、きっと一般的? なハスボーだ。少なくとも、向こうだとこんな感じのがきっと普通だったのだ。そう思おう。さっきオダマキ博士が珍しいとか言っていたが、たぶん気のせいだろう。
このままニックネームも付けたいところだ。ハスボー、ハス…………ハスかぁ。
宗教ともそれなりに関係のある花だし、何か付けやすそうなものはないかね。…………そういえば古代ハスというのもあったな。
「よし、お前の名前は今日から大賀だ!」
「ハスボッ!!」
気に入ってもらえたようで何よりだ。
「ハスボーの大賀か。うん、いい名前だと思うよ」
これでようやく正式な仲間らしくなったな。あとはトラウマを超えられるように、訓練やポケモンバトルで心技体を鍛えていこう。
そのためにも野生のポケモンと戦いたいのだが……本当に出てこないのう。手持ち無沙汰なので、何かいいアイディアはないかと考えると、ちょっと面白そうなことを思いついたので、綺麗で少し太めで真っ直ぐな枝を5本ほどリュックに突っ込むことにした。
「出てきませんねぇ」
「出てこないねぇ」
歩く音しか聞こえないのが少し不気味だ。いくら災害があったといっても、ここまでいなくなるものなのか?
「早めに戻った方がいいかもしれませんね」
「そうだね。私も嫌な予感がするよ」
フィールドワーク中心だと、こういう時の勘が鍛えられるのかもしれないな。急いでコトキタウンに入ると空が曇り始め、ポケモンセンターに入る頃には黒く重たそうな雲から雨が降ってきた。それなりに雨足が強そうだ。
「危なかったね。あのまま歩いていたら濡れ鼠になるところだったよ」
「ですね。ここで一晩明かしてから再度出発ですか」
「とりあえず私は研究所に連絡しておくから、先に仮眠室に向かっていてほしい」
「わかりました」
なにを報告するのか気になるが、ここは博士を信じておくとしよう。悪いようにはならんはずだ。きっと。たぶん。
2階の仮眠室で御神木様と大賀をボールから出す。草ポケモン同士の相性も悪くはないようだ。喧嘩をしないなら問題ないとは思うがね。不和になって欲しくはないからよく話し合ってもらいたいところだ。
まぁ、見ている限りそういった心配は杞憂だろう。
「御神木様は旅の先輩として、気を付けるべきこととかを教えてあげてくれ。ポケモン視点からの方が理解しやすいと思うんだ」
「クギュル」
御神木様がとんっとその場で一度跳ねてから、大賀と向き合う。気まずくなりそうだったら、こちらから何かしら話題を提供しよう。ゆくゆくは共通の話題を持ってもらいたいものだ。
そして今、御神木様と大賀が話をしている時に気がついたのだが、大賀がさっき技を放っていた時より移動が速い。これは特性がすいすいであるせいなのだろうか? 先ほどの2倍ぐらいの速度で動き回っている。凄くぬるぬる動く。
その後、大賀は動いて疲れたのかバスケットに伏してしまったので、明日に疲れを残さないように足をマッサージしてみた。思いの外体温は低めだが、ぷにぷにしていて感触の良い足だ。御神木様は先程ボディーを磨いたあと直ぐに寝てしまった。うちのポケモンたちは早寝だな。その分良く育ちそうだ。
さて、やることがなくなってしまったので、先ほど思いついたものを実行しよう。カッパを着て、ジョーイさんとオダマキ博士に一声かけておく。
「少しフレンドリーショップで買い物してきますね」
「こんな時間にかい?」
まぁ、夜23時の雨の中を好き好んで買い物に行くやつなど、こっちでもあまりいないだろう。危ないし。
「時間があるうちに買っておきたいモノなので」
「なにを買ってくるの?」
ジョーイさんの疑問も最もだろう。
「彫刻刀とヤスリを買って来ようかと思いまして」
最近作っていなかったからなぁ……手先が衰えていなければいいのだけれども。
「あまりベッドを汚さないでよ?」
「流石に床に敷いた新聞紙の上でやるつもりですよ」
ベッドの上だと安定感がなぁ。
「彫刻でもするのかい?」
「ええ、手持ちのポケモンたちをモチーフとした、小さなトーテムポールのようなものを作ろうかと思いまして」
旅を行う記念で作りたかったのだ。材料の木はさっき拾った手頃な大きさの枝を使う。多少湿っているし、ミスをする事を前提に考えてみて、とりあえず5本もあれば十分なはず。今はリュックの中で眠っておいてもらい、時間があるときに少しずつ彫ろうと思っている。トーテムポールの順番は出会った順番でいいだろう。
良い木を使って作る正式版はパーティーメンバーが揃ってからだな。うん。
「そういうことなら、ついでにお酒も買ってきてもらおうかな?」
「わかりました。適当なものとつまみを見繕ってきますね」
雨の降りしきる闇の中を、ゆっくりとした足取りで進んでいく。雨自体はそこまで嫌いではないのだが、
星を眺めながら、ゆっくり20分かけてフレンドリーショップから帰ってきた。彫刻刀の他に、日本酒のようなものとウイスキー、ビールなどの酒類に、ヤドンの干し尻尾を買ってきた。他の地方からの輸入品らしいが……態々輸入するほどの物なのか。
……買いに来た自分がツッコむのもどうかと思うけれど、あえてツッコミたい。なんで当たり前のように彫刻刀を含めたDIYグッズが売っているのだろうか。
仮眠室に戻ると既にオダマキ博士一人で飲んでいたようだ。若干顔が赤い。
「遅れてすみません、お酒とつまみ追加です」
「お、来たか。よし今日は飲み明かすぞ!」
1時間ほどの飲みニケーションの傍ら相づちを打つ。俺もアルコールが回ってきたせいかろれつが回らなくなってきた。ブランデーもどきは思っていたよりもアルコール分が高かったようだ。今確認したら65%もある。どうりでカッと喉を焼くような感じがしたわけだ。
「そろそろお開きにしますか」
「そうだなぁ……あぁそうだ、キョウヘイ君。君のこと外部協力者ということにしておいたから、装置を使う代わりにいろいろと手伝ってもらうよ」
「ええ、わかりました……んん?」
あれ? 今この人はナンテイッタ? スッと酔いが引いてくるのがわかる。ヤバイ、生返事してしまった。
「ぐ、具体的には何をお手伝いすれば……?」
「ポケモンのデータ採取や、私の娘のトレーニングに付き合ってもらいたい。ダイゴ君お墨付きのトレーナーなんてそんなにいないからねぇ」
こ、こいつ狙っていやがったな!? だがこっちにメリットがない訳ではない。こっちは独自の文化が進化していったせいか、一部の機械類が向こうよりも性能がいい。あの大学付属病院でわからなかった事がわかるかも知れない。
「…………わかりました。その代わり機械類を色々と使わせていただきますよ?」
「もちろん、キョウヘイ君が気前のいい人でよかったよ」
そう言ってオダマキ博士は寝てしまった。くそう、手のひらで踊らされていた感がするな。これが年の功か。
◇ ◇ ◇
昼に起きると、何故か既にできている俺のIDカードを、助手の人が持ってきていた。ちょっと早すぎない?
なんでこんなことになってしまったんだ。あそこで酒を飲まなけりゃもう少しこっちに有利な取引が出来たのではないだろうか? 二日酔いの頭を揺らしながらゾンビのように現れる俺。馬頭のゾンビってどうなのだろうか?