昼食は大変美味でございました。
食ってる最中は終始無言になってしまった。流石は今が旬のホッケだ、脂のノリがとてもよかった。目とアゴと舌で楽しめる肉野菜炒めもかなりのモノだったな。おそらく一度油通しをすることで、あの彩とシャキシャキとした歯ごたえを残しているのだろう。肉との相性も抜群だった!
そして一番驚いたのが豆腐入りのお味噌汁だな。まじで美味かった、いや旨かった。出汁がよく効いているだけではあんな味にはならないだろう。不思議なのがあれだけ食べた上でもさらりと飲めてしまったことだ。流石は御御御付けと言われていたものだ。伊達に御の字を3つも付けていないな。5杯も飲んでしまった。
そういや、こっちに来てから美味い物しか食っていないな。多分前よりも舌が肥えてきてしまっているに違いない。旅をする上で苦労しそうだ。
さて、存分に飯も食べたし荷物運びを再開しよう。食後のコーヒーを飲み干して紙コップをゴミ箱に捨てる。残るダンボールは4つだ。気張ろうかね。
「おーい! キョウヘイさーん! ちょっと待ってくれー!」
ジョシュウさんが俺の名前を呼びながら走って来た。【あいいろのたま】に何かあったのだろうか? 吉報だと嬉しいのだけれども。
「何かありましたか?」
「オダマキ博士たちが到着したから地下4階の広場に行って欲しいんだ」
あぁ、そっちか。にしても、研究施設内に広場ねぇ……思っていた以上に広いな、ここ。
「広場なんてあるんですか?」
「ポケモンのストレス解放場として普段は使っているんだ。偶に研究員同士でのポケモンバトルにも使うよ」
へぇ……正直、バトル方面にはあんまり興味がないものと思っていたけど、俺の思い違いか。上手な人の話を聞きたいな。どっかで時間あるといいんだが。
「今更ですけれど、この研究所って何階まであるんです?」
「地上2階から地下5階までだね。音の大きい機械を扱ったりもするから必然的にこうなってしまったんだ」
だから階層が下がる度に、音が五月蝿くなっているのね……うむ。ただ騒音対策はしておくべきだったと思うよ? それとも行ってなおコレ?
「この残りのダンボールはどうしますか?」
「これぐらいなら残りは他の研究員に運ばせるよ。あんまりフィールドワークに出ない人もいるから、こういう時ぐらい身体を動かすべきだろう? もしくはポケモンに頼る」
研究職の人が急に身体を動かすとぎっくり腰になりそうだけど……本当に大丈夫なんだろうか?
「ジョシュウさんは運ばないんですね」
「私はしっかりフィールドワークに出ていますし、オダマキ博士の暴走を止める作業を普段しているので、他の研究員より運動量は多めですから」
おう、微妙に声が震えているぞ。
「声が震えていることには触れないでおきましょうか。では、御神木様たちを拾ってから向かいますね」
「触れているじゃないか……キョウヘイさんのポケモンたちなら先に地下4階に行ってるみたいだよ?」
な、なんだってー!! なんて奴らなんだ。散々単独行動するなと俺に指示しておいて、自分達は先に行きやがっただと……?
…………あいつら、俺に対する効果的な対処法が放置することだということを発見しやがったな。だがまだまだ甘い。チョロ甘すぎて片腹痛いですな! 俺の本当の実力を魅せてやろう!!
◇ ◇ ◇
「ハルカ、もうすぐ来る人はトレーナーとしての実力と資質は高いが、今までの私の友人に負けず劣らずの変人だ。歯車が少しずれているだけだから、どうか誤解しないであげて欲しい」
「つまりそれっていつも通りってことだよね? わかったかも」
ハスボーを撫でながら返事をする。このポケモン達はその人のポケモンらしい。だいぶ人馴れしている気がするかも。
お父さんが今まで連れてきた外部協力者さんは、今までまともな人がいなかったからなぁ……正直今更感が否めない。
チャンピオンのダイゴさんなんかも、最初は珍しくまともな人なんだと思っていたけれども…………石に興奮して悶絶している姿を見た時に、この人もそうなのだとわかってしまった。
今回お父さんがスカウトしてきた人は、なんだかいつも被り物をしている奇人だという事は他の研究員さんから聞き出すことができた。どんな被り物で入ってくるのかは、割と気になるかも!
コンコンコンッと3回扉がノックされる。ついに色々と話題の人が来たらしい。
ガチャリと小さな音を立てて扉が少しだけ開かれるが誰も入ってこない。不思議に思っていると、扉の下側の隙間から何かが現れた。
口だ!
とても大きなワニの口が、扉から生えている。かなりシュールな光景かも。そのまま眺めていると、その口も扉の影に戻り、扉が閉まってしまった。
「キョウヘイ君は一体何をしているのだろうか」
お父さんの疑問も最もだと思う。一体何をしているんだろう? 扉を開けるつもりなのか、テッシードとハスボーが扉に近づいてゆく。
するとバタンッ!! と扉が勢いよく開かれ、地を這うようにしてワニの被り物をした黒い物体が入ってきた。たぶん彼がキョウヘイさんなのかも? そして巻き込まれるように、テッシードに扉が直撃した。
普段慣れていないはずの4足歩行なのに、なんか無茶苦茶速い。一般人が軽く流して走ってる程度の速度だ。
事の異様さよりも、どうやってあの速度を出しているのかの方が気になってしまった。少なくとも、人が出していい速度ではない。
そしてキョウヘイさんはそのままの速度を維持したまま、急に後方かかえ込み2回宙返り3回ひねりをしてからわたしの目の前に着地し、私の目の前に立ちふさがってきた。
……凄い運動神経かも。呆然とワニのマスクを眺める。
キョウヘイさんの身長の大きさはだいたい190cm前後の大男。黒のレインコートを羽織り、その下に黒を基調として黄色のラインが入ったジャージを着ている。女のわたしからすると、とっても威圧感を感じる大きさ。
そして一番重要なのは、今まで見たことのないぐらい無駄に身体能力が高性能な変人だということだ。
「やぁ、こんにちは! 僕の名前はネモ! みんなからはネモ船長と呼ばれていr――」
「――クギュ!」
「アーーーーッ!!」
ハスボーから射出されたテッシードが割り込むように棘にお尻を刺し、直撃を受けたキョウヘイさんはその場で悶絶し始めた。
…………なんだこれ?
◇ ◇ ◇
痛む尻を撫でながら少女を観察する。ポカンとした表情をしている赤い服と赤いバンダナにスパッツ、両側の髪だけ伸ばした髪型が特徴の身長145cmぐらいの女の子。おそらく彼女がハルカちゃんだろう。
だがこれぐらいで驚いてもらっては困る。まだまだハジケ具合が足りんな。俺は止まる気はないのだからな!
――――それに、そのままドン引いて貰って、あまり関わり合いにならない方がお互いの為になるだろう。そこまで長居するつもりもないし。
まぁ、今これ以上のことをやると保健所のワニを見る目で『かわいそうだけど、明日の朝には保健所から空輸されてしまう運命なのね』って感じになってしまうから自重しておこうか。御神木様からの視線も怖いし……断じてあの視線に負けた訳ではない。明日の為に転進しただけなのだ。
不意に、意識が戻ったのかシャッキリとした表情に戻った。
「わたしハルカ! よろしくお願いします、キョウヘイさん!」
意外! それは微笑みッ!
元気よく頭を下げ、微笑みながら挨拶をするハルカちゃん。この落ち着きよう……この娘、こういう状況に慣れてやがる! 今まで苦労してきたんだろうなぁ。年頃の女の子に対して、あんまり心労掛けさせるべきじゃあないと思うんだけれども。
まぁ、それはそれとして自重せんがね。
「オダマキ博士。ハルカちゃんの不動心凄いですね」
「それほどでもない」
頭を掻きながら照れるオダマキ博士。褒められるようなことではないと思うのだが。目線が微妙に合わんな。中腰になるか。
「さて、改めまして恭平です。ポケモンバトルの練習って聞いているのだけれど合ってるかな?」
「はい!」
元気があって何よりだ。ただ、どうにも表情が硬い。余裕がないようにも見える。初対面の変人に対しての緊張? それはあるだろうけれども、本当にそれだけか?
……まぁ、俺が気にする事でもないか。関わったところで改善できるわけでもないし。求められた事だけやろう。
「ポケモンバトルを教えるとは言っても、具体的にどういったものが知りたいのですか? 戦い方ですか? 交換や補助についてですか?」
すると、ハルカちゃんはオダマキ博士に視線を向ける。ん~? 自分の意志で教わりたいって求めた訳じゃないっぽい?
「うーん、とりあえずバトルしてもらって、それを録画するから後で見ながら指導という形にして欲しいかな。ハルカもそれならわかりやすいだろう?」
「うん! それならわたしにでも出来るかも!」
なんかやけに自信なさそうに言っているけれど、前の人たちはスパルタだったのか? うーむ……どうにもハルカちゃんの反応に違和感があるな。
「では早速、大賀ちょっち来い」
「ハスボッ!!」
ちょこちょこと短い脚を一生懸命動かして、駆け足でこちらに向かってくる。気合十分のようだな。とりあえず指示は簡単なルーチンで動くようにしよう。ガチバトルをする必要はない。
「頑張って! アチャモ!」
「アチャ!」
ファッ!? ほ、炎タイプだー!!
脳内で一気にアラートが鳴り響き始める。まて、待て、落ち着け俺。もう既に【ひのこ】が使えるって訳じゃないはずだ。それにハスボーは水+草の複合タイプだから炎は御神木様と違って等倍だ。即落ちはしない。なんとかなる。
それよりも問題なのは水タイプの技を覚えていないことだ。今、大賀が覚えている技のほとんどが草、次点で氷と格闘。草と氷は炎タイプ相手には半減されてしまうやないか!
今回はいいけれども、この期間中ずっととなると、後々のバトルの為に常に対策を考えないといけなくなりそうだな。
「始め!」
オダマキ博士の声で試合が始まった。
「アチャモ、【ひっかく】!」
「アチャ!」
勢いよく地面を走り、大賀に向かって突っ込んでくる。まだ遠い。あと10m……そろそろか。
「そのまま受けて【カウンター】」
「スボッ!」
「チャモォォ!!」
こちらの指示を気にせずに、直線的な動きで【ひっかく】を強行しようとしている。
だが、そんな力押しだけではどこかしらで躓きかねない。それが出来るのは圧倒的優位を持つ場合のみだ。俺相手に力押ししたいのならもう少しレベルを上げて、【ひのこ】を覚えてからだろう。
今回の場合、せっかく先に動けるのだから無理攻めせずに、その場で止まって【なきごえ】に変更した方が良さそうだが……そういったところから教える感じかな、これ。
アチャモが大賀の胴体を引っ掻くが、入りが浅かったのかあまりダメージはなさそうだ。大賀は回転するように【カウンター】を決めた。ああまで等速で、真っ直ぐ直線的に動いている相手なら【カウンター】も決めやすいだろう。野球のバントのようなものだ。
鈍い音が響き、子供が蹴り飛ばしたサッカーボールみたいな勢いで、元々居た位置に弾き返されるアチャモ。
決まったかなと思ったが、転がっていたアチャモが立ち上がる。【カウンター】一発では倒せなかったみたいだ。さっきの行動を見て動きを変えてくるかな?
「チャモチャモ!!」
目が死んでいないどころか、見開いて闘志を燃やしているのがわかる。ガッツが凄まじい。でも今のままでは空回りだぞ?
跳ね上がるように起き上がり、また大賀に向かって走り始めた。すぐに先程と同じ移動速度へと至り……そこから更に2歩程速くなる。
――――あれ、さっきより動きが速くなった? ……まさか特性:加速か!
バシャーモまで進化したら俺勝てなくなりそう。まぁ、今はまだ加速を生かせるほどの決定力もなければ経験もないか。まだ当分は勝てる! ……【ひのこ】を覚えるまでは。うん。
まぁ、そこまで教え続けるかもわからないしな。気にしても仕方がないか。
とりあえず大賀もだが、技の自由度が少ないからその辺を特訓するのと並行で、避ける訓練と立ち回りの訓練が基本になるかな。
「アチャチャチャチャ!」
最早アチャモが意地になって、ハルカの指示を聞かずに【ひっかく】を続けているが、その都度【カウンター】で返されている。うーむ……これはもうすぐ終わるな。
◇ ◇ ◇
「これより実地訓練を始める!」
被り物をワニからキリンに変え気合を入れ直す。
「押忍!」
「アチャ!」
「スボッ」
いい返事だ!
ちなみに御神木様は非常時に備えて、リュックから顔を出している。御神木様がリュックに入っているのにこんなに軽く感じるのは初めて! もう何も怖くない!
…………やっぱ炎タイプ怖い。以前焼かれた経験からか、御神木様の色艶も少し落ちている気がしなくもない。今日は長めに磨く必要がありそうだ。コンパウンド残ってたかな?
「さて、昨日5回戦ってだがハルカちゃんはどう思った?」
昨日はあの後4回戦ったがあまり芳しい結果にはならなかった。技が少ないせいもあるが、途中でアチャモの頭に血が上りすぎる傾向があるせいだろう。また、指示を行う際に変に気遣ってしまうのも要因の一つだろう。相乗効果でより酷くなってしまっている。
ただまぁ、ゲームの時みたいに指示出してただひたすらに殴り続けるだけでは、そうそう勝てないもんなぁ。
「相手に近づく前に攻撃を当てられてしまうのと、アチャモに上手く指示ができませんでした」
少し落ち込んでるっぽいな。
「なぁに。まだ技も少ないし、最初の頃なんてそんなもんさ。俺なんて最初のバトルでひっくり返って過呼吸になった上に、相手にも御神木様にも迷惑かけちまったからね。少なくとも一番最初の時の俺よりも指示出せているよ」
嘘は言っていない。うん。もっと酷い人間が居るって言っても本人にとっては何の慰めにもならないが、そんな人間でも、今こうしているというのは心の支えにならないかな。無理か? とりあえず今は勢いのごり押しで乗り切ってもらうとしよう。
「まぁ、今のうちに色々と経験していけばいいと思う。相方をよく理解するために夜に作戦会議をするのも手だな。さて、現状アチャモが攻撃を行うには、相手に接近しなければならない。そこで相手の攻撃を避ける訓練と、相手に近づく立ち回りの訓練をここで行う!」
ここは101番道路。ジグザグマやポチエナ、ケムッソなどが出てくる場所だ。膝より少し高いぐらいのチガヤが群生しているから、ポケモンが寄ってくるとガサガサと音がするだろう。少なくとも、想定外の奇襲は防ぎやすい。一応御神木様にも築陣した上で目を光らせてもらっているから、大丈夫のはずだ。
アチャモの戦う場所は、戦いやすいように昨日のうちに円形に草を踏み倒して、簡易的なバトルフィールドをつくっておいた。全く知らない人が傍から見たらミステリーサークルだな、これ。ちょっとした達成感がある。
「今回行う訓練は、野生のポケモンの攻撃を5回避けてから、こちらも攻撃を行うというものだ」
「避ける訓練ですね!」
「うむ! ここで立ち回りと避ける訓練を毎日20戦は行う。その後研究所の地下で大賀と戦って勝つことができたら講習クリアじゃ!」
あわよくばレベルも上がって新しい技を覚えられるだろう。
「ところでキョウヘイ教官! 質問よろしいでしょうか!」
「許可する」
本当にノリがいいな、この娘。ただ、他の反応から察するに素じゃないっぽいけど。
「なんでマスクを変えたんですか?」
気になってしまったか。
「それはな、このリアルキリンマスクを装備して目立つことにより、通常よりもポチエナやジグザグマなどのポケモンが出やすくなるのだ!」
「おおー、凄いかも!」
そうだろうそうだろう。まぁ、タネも仕掛けもあるんだけどな。寄ってくる理由は、これ着けた状態で野生のポケモンとバトルした後に、木の実やポケモンフーズをあげていたからだろう。ポケモンフーズはここで拾った木の実で俺が作ったものだから、費用もそこまでかかっていない。作り方教えてもらう代わりに、研究用のタグを野生のポケモンに付けたりもした。
俺に良し、相手に良し、お財布にも良し。誰も損はしない。これぞ共存共栄。素晴らしき繁栄論である。そんな回想していると早速ガサガサと目の前の草が動き、ジグザグマが現れた。
「さぁ、特訓を始めようか」
「はい! 頑張ってアチャモ!!」
「チャモチャモ!」
ポケモンバトルが始まり、ハルカちゃんが指示を出し始める。これをだいたい1週間も続ければ、バトル慣れして大まかな避け方や立ち回りの基本をマスターできるだろうし、新しい技も覚えられるだろう。
まぁ、予想でしかない以上、とりあえずオダマキ博士に中間報告する3日目までやってみて、効果があったら続けるかね。