思っていたほど過酷! というわけでもないが、やはりキツいものはキツいのだ。具体的には握力がもうなくなりそうです。休ませてください。
初日だから今日は軽く上半身を動かしましょう! なんて言ってたけど、なかなか以上にハードだった。ハルカは全身ストレッチをした後に懸垂10回を3セット、腕立て伏せ30回を3セットをまず行うことになっていて、今も挑戦中である。俺はそれに加えて、壁昇りを延々と受け続けていたがここらで変化が訪れた。
こうなった原因として、俺が既に基本的なロープ術はできているからという理由が大きいのだろう。だから、より実践的なものを頼んでいたんだが……先に終わらせて壁昇りを行っていた際に男レンジャーさんに肩を叩かれて――
「ロープ渡りを……やらないか?」
――と言われ挑戦している最中となった……重り30kg装備で。なんでセーラー渡過なんてやってるんだろうな。そんな不思議そうな目でこっちを見るなよ
「クギュル」
え? セーラー渡過は何かって? あそこにロープが張ってあるじゃろ。あの20mの斜めに張ったロープに片足を巻き付けるようにして体を安定させて、逆の脚は下に降ろしバランスを取りながら、ロープを巻き付けた足をけり出すのと同時に腕の力でぐっぐっという感じで力強く引き、前へ進むんだ。これができるとちょっとだけロープを使った移動が速くなるんだぜ。
御神木様も一緒にどうだい? 汗水垂らそうぜ? ああ、嫌だ? まぁ、そうよね。そのままアスレチックの壁に張り付いてこちらを眺めていたが、すぐに大賀に連れられてエテボースの下へ向かっていった。ポケモン達はレンジャーさんのエテボースから何か学んでいるっぽい。
もう10往復目なんですが……そろそろ手の皮がヤバイ気がします。一応グローブを着けているんだけどなぁ。ちなみに目標タイムは20秒。でもそんなに速く移動するコツがよくわからん。筋肉のセーブのやり方かね? ……結局30秒はかかってしまう。地面に降りて一言。
「……もう腕に力が入りそうにないです」
バタリと倒れる。普段使わない筋肉をフルに使っているせいでかなりキツい。明日は筋肉痛だろう。うわーとか言いながら口あんぐり開けているハルカが視界に入る。まだ腕立て伏せをやっているお前も、後々これをやるんだぞ?
女レンジャーさんが生理食塩水に砂糖を溶かしたものを持ってきてくれた。ありがたいです。プルプルと震える腕でスポドリモドキを受け取る。ヤギマスクの上から流し込み、口の中を回すようにしてから飲む。いやはや、染み渡るね。
「よくあんなにできましたね。良くて3往復ぐらいだと思っていたのですが……本職になりません?」
想定の3倍の量って酷くない?
「ははは、職が無くなったらお世話になろうかなぁ……レンジャーさんは眠りの森に挑戦したんですか?」
「ええ……とは言ってもすぐにたたき出されちゃったけどね?」
たたき出された?
「最初に木の上を隠れながら移動していたのだけれど、その場でキノココとばったり会っちゃってね。そこで戦闘していたら体感1~2分ぐらいでキノガッサが強襲してきて、そのまま眠らされちゃったのよ」
ふむ…………今の情報が本当だと、戦闘をしても1分以内に終われば逃げ切れる可能性があるのか。実際は逃げる時間も入れると、初撃で決めないとダメだろうな。完全にステルスミッションだ。
「木の上にもキノココがいるのか……森の広さってどのぐらいなんです?」
「そうねぇ……森自体はそこまで広くないのだけど道がなくなってしまっていたし、複雑になっていたからなぁ……見回りから隠れながらだと、大体4日ぐらいで森を抜けられると思うわ」
4日か……かなりハードな難易度だな。地図を書きながらだともっと時間がかかるだろう。樹上移動でエンカウントを減らすか、見つかっても振り切れる速度で逃げ切るか、そもそも見つからないようにステルスするか、まず森を通らないかのどれかなんだろうな。
振り切れる速度は無理、森を通らないのも却下。ステルスは……ハルカの服の色が難しいな。何回か入ってみて無理そうだったら服の色を変えることを進言するか。
その後、昼食休みをしてから再開。俺はロープ渡りを再開し、ハルカもロープ渡りを挑戦してみるようだ。スタート地点にロープが4本平行に張られている。レンジャーさんたちも一緒に訓練するらしい。なんか本職魂に火が付いたとかなんとか。
「き、キツい……腕が……あーー!」
ああ……13mぐらいの部分で落ちて、命綱で宙吊りになっとるわ。
「これがッ! レンジャー訓練のッ! 過酷さだッ!」
全力で登りながら言うと、ところどころアクセントが強くなる。
これでハルカもこの訓練のキツさを実感しただろう。今日は晩ご飯をおいしく食べてぐっすり眠れそうだな。ハルカよ、明日は下半身を鍛えるためにマラソン中心やで。
◇ ◇ ◇
二日目
全身ストレッチをした後に下半身を鍛える。まずレッグ・エクステンションというトレーニングから始める。
これは、椅子に座り膝を曲げて片足を前方へ上下させる動作により、大腿四頭筋の強化を目指す下半身トレーニングだ。上げ下げするときにゆっくりと、足を床に付けないのがポイントだ。これを20回3セット。
「数で見ただけなら楽そうに見えたのに、こんなにキツイなんて……」
「だからそれは数字の魔術だって言っただろう? 実際にこうやってやると、かなりキツいだろ」
ゆっくりと上げ下げしているハルカの足は、もう既にプルプルしとる。後で大賀をそそのかしてつつかせよう。その後しばらくしたら脛を蹴られた。なんだ、まだ足は動くじゃないか。
次にスクワットを30回3セット。ポケモン達も一緒に挑戦しているが、やっぱりポケモンって体力あるなと再確認させられる。こいつら全然ペースが乱れないのな。
ハルカは2セット目に入る前にダウンしたため休憩中だ。
「ハルカさん! 呼吸法を意識しながらこれを続ければ、スラっとした足やヒップラインがもっと綺麗になりますよ!」
「わたし頑張る!」
うまく乗せられてるなぁ。それって持続しなきゃ意味ないんだぜ? 家のお袋も健康器具買った当初はやってたのに、すぐに飽きて俺の部屋に輸送してくるからなぁ……懐かしい話だ。向こうはもう雨季終わったのかね?
こっちでは、最近キュウコンの嫁入りと呼ばれる天気雨が多い。向こうの狐の嫁入りと同じような感じなのだろう。ついさっきまでも、天気雨が降ったため室内でできる訓練を中心にしていた。
次に、アブダクションという床に横になり上体を起こした体勢から片脚を上下させるトレーニングを行う。全国の奥様方がテレビを見ながら行っているアレだ。お尻の引き締め、脂肪燃焼、骨盤の安定などに効果があるため、さっきのようにハルカが乗せられて頑張ってやっている。
「いやはや、汗水垂らしていて精が出ますなぁ」
「新手のセクハラですか?」
じとっとした目で見られる。
「いきなりセクハラするほど荒れた生活しとらんよ……まぁ、それに集中するのもいいが、この後に装備込のマラソンがあることを忘れるなよ?」
「…………あ!」
こいつ忘れていやがったな。
「キョウヘイ先生は、わたしより早く終わらせたのにそんなに息が上がってないよね」
「いつもより少ないからな。その分俺はこの後のマラソンがキツくなると思う」
むしろ今までのはロープ渡りを除けば全て軽い運動で、これからが俺の本番だ。
1時間休憩した後にマラソンが始まった。リュックの中から御神木様が顔を出している。飲み物を装備して待機してもらって、重し兼ペースメーカーの役割だ。大賀やアチャモ、ガーディはハルカと一緒にマラソンを走るらしい。
「クッギュッ!」
「スーッスーッ」
「クッギュッ!」
「ハーッハーッ」
しっかりと腕を振りながら、2回吸って2回吐く呼吸でペースを作る。これが個人的に走りやすい長距離の走り方だ。個人差はあるだろうが大体の人は4拍子ぐらいではないだろうか?
男レンジャーさんと目標20kmという長距離を走り続ける。雨が止んで、蒸し暑くなってきた街の中をひたすらに走った。トウカジムやポケモンセンター、フレンドリィショップなどの街の主要な施設を通りレンジャーハウスに帰ってきたが、まだ距離が足りないらしい。もう一周だ。
その全てが終わり、ハルカ達が帰ってくるまで待つと19時を越えてしまった。今日はこれで訓練を終了だ。女レンジャーさんは汗をかいているものの、そこまでキツそうには見えない。だが、ハルカがもう死に体だ。
「ハァ……ハァ……キョウヘイ先生……肩貸してくれませんか?」
「息荒くしてる娘に肩貸してる馬男とか通報されそうなんですが……あ、はい。脱ぎます。マスク脱ぎますからそんな目で見るのやめてくれませんかね?」
疲れている相手にちょっとお茶目しただけじゃないか。
「お願いします。あ、あと今汗臭いと思うんであまり呼吸しないでほしいかな」
「無茶を言うな。まぁ帰ったらすぐに風呂に入って飯食って歯磨いて寝ろ。明日は座学中心だ。よかったな」
さて、準備していたアレを使うタイミングがやってきたな。
「またお風呂の中で寝そうなんですがそれは……」
「アチャモにつついて貰えばいい。ガーディが吠えるのは流石に迷惑だろう」
夜中に吠える犬は近所迷惑やで。
◇ ◇ ◇
三日目
額に絆創膏を貼ったハルカと筋肉痛の体を引きずって、レンジャーハウスにたどり着いた。やはり歩くのはきついらしい。斯く言う俺も昨日までのオーバーロードで、久しぶりに上半身が無茶苦茶痛い。
中に入り講習を受ける。内容はレンジャーの基本スキルであるロープ術と植物生薬などの話だ。だが俺は事前に申告した通りロープ術を既に会得している。試験を受けるという名目で部屋を移されたが、恐らく今のうちに女性レンジャー特有の悩みや対処法について教わっているのだろう。
ポケモン達は、エテボースから木の実の集め方を伝授されているらしい。特性:物拾いじゃなくても拾ってきてくれるのか。ありがたいが、あの森でそんな余裕はあるのだろうか。
試験に見事合格して戻ってくると、ハルカが机に突っ伏していた。大方オーバーヒートしたのだろう。
「…………ハッ!? キョウヘイ先生いつからそこに!?」
「今さっき。順調か?」
見た感じそうでもなさそうだが。
「難しいよ……ロープ術だけでも大変なのに他にもいろいろと……」
「まぁ、今すぐに全てを覚える必要もないから、とりあえずまずはノートに書きなさいな。俺が教えられるものなら旅をしながら教えてやるから」
復習にもなるし一石二鳥だ。
「はーい……キノココってきのこポケモンですよね? あんまり強いイメージがないんですけれども、そんなに強いポケモンなの?」
ああ、名前の響きは弱そうではある。種族値というべきか、基礎能力もそこまで高くはない。だがテクニカルな技を覚えるし、進化すると化けるポケモンなのだ。
「きのこをナメたらアカンよ。奴らの練度の高い個体は、ほぼ確実に眠らせることのできる技を使ってくる上、進化したら格闘技が使えるようになる恐ろしいポケモンだ。気を抜くとこの写真のようになる」
そう言って一枚の写真を見せる。
「……これは!」
そこには不法投棄されたトレーナーの山が、ラッキーやジョーイさんによって運ばれている様子が映されていた。不法投棄されたトレーナーは少なくとも20人はいそうだ。
「こうなりたくなければ、俺達も気を引き締めなければならんのじゃ」
「そうですね…………そういえばキョウヘイ先生」
「どうした?」
「どうしてキノココたちは森の中に見張りを立てるようにしているんですかね?」
あー、それな。気にはなっていた。それを調べている人も居るはずなんだが、情報らしいものはまだ手に入っていない。
「うーむ、普通に考えて縄張りを守るためじゃないか? 今は繁殖期らしいし」
「でもここまで大規模に行う必要ってないんじゃないですか? 少なくとも、今まではそうしてこなかった訳ですし。何か引っかかるのよねぇ」
うーん………見張る理由ねぇ? 単純に縄張りだと思っていたが、他になぁ……何かあそこにあったっけ?
「あれか、何かを守ってるとかか?」
映画の鉄板だな。
「あッ! それですよ! きっとキノココたちは何かお宝を持っていてそれを守ってるの!」
「そんなことあるのかねぇ……まぁロマンは感じるが」
ロマンはあるがそれを確認するとなると、どれだけ時間がかかるかわかったもんじゃないぞ。
「探しませんか!」
「うーむ……ハルカ、俺はあの森でキノココを捕まえようと思っている」
今の活性化した森の感じなら、活きの良いキノココもいるだろう。そして、情報を持っているキノココも、どこかにいるはずだ。
「え? ああ、そう言ってたね」
「捕まえるまでは俺一人で森に突貫しようと思ってたんだが、その時に情報を集めてみよう。それらしいものの情報を手に入れたら、ハルカを連れてその場所に向かってみるか」
問題は協力してくれるかどうかだが……まぁ、そこはトレーナーの腕の見せ所だな。
「流石キョウヘイ先生! この手のロマンについてはジョシュウさんより話ができます!」
ジョシュウさん堅実派だからなぁ。
「俺もそういうロマンは嫌いじゃないからな。その代わりにお前を連れて突入するときはギリースーツを着てもらうのと、レンジャーの勉強延長な」
「う……ううう…………わかったかも。あれを着れば見つからないんだよね?」
「そのためのギリースーツだ」
ではハルカの方は数日分延長させておこう。俺の分は今日までにして明日の午後から眠りの森に突撃するか。本当にお宝があったら面白いな。