カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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眠りの森と潜入任務

 世界一大きな生物は何か? という問がある。大体の人がクジラと答え、一部の弄れた人がセコイアと答える。確かにクジラ種のシロナガスクジラは体長約33m、体重約200tに及ぶ世界最大の動物だ。それにセコイアデンドロンという木は地面からの高さ約83m、地面の位置での周囲の長さ約31m、地面の位置での最大直径約11m、最大の枝の直径約2mという馬鹿でかい植物だ。だがどちらも正解ではない。世界最大の生物はきのこなのだ。

 

 オニナラタケというきのこは、総面積は約10平方km(965ヘクタール、東京ドーム206個分)、推定重量約600t、推定年齢は約2400歳の巨大キノコ群だ。この辺は勉強したからまだ覚えている。そんな記録を持ち得る生物種のポケモン版をナメてかかるわけにはいかない。

 

 事前準備はもちろんのこと、木の実は必要なもの以外はポケモンセンターに置いてきた。薄暗い曇り空だが潜入するには丁度いいな。

 

御神木様(テッシード)大賀(ハスボー)、なるべく見つからないように動くが見つかったときは頼む」

 

「クギュルルル!!」

 

「スボボボボ!」

 

 気合十分! だが君達は最初はボールの中で待機です。さぁ、森の中に入ろうか! 

 

 中に入ると、青々としていて俺の膝あたりまである草が生えている。森らしい部分と濁流のせいか土で盛り上がっている部分、そして苔やきのこに覆われた部分と大まかに分かれていた。木々に覆われた空からは緑色に光る胞子が、様々なところに降り落ちている。まるでどこぞの重金属粒子だな。

 

「コジマは……まずい……」

 

 あまり吸いすぎると体にも悪そうだな。事前にギリースーツの内側につけてきたガスマスクが活躍しそうだ。

 

 少し入ったところの草の上で転がる。こうすることでこの森の匂いを付け、バレにくくするのだ。それから中腰の状態で草の中を移動することおよそ5分。前方からキノココが3匹現れた。

 

 慌てず騒がず草木の深い場所で伏せると、すぐ横をキノココたちが通る音が聞こえてくる。この緊張感がたまらない。音が聞こえなくなったので、少し顔を上げ辺りを見回す。どうやら完全に移動したようだ。

 

 森の中はとても静かだ。というよりも、鳥の鳴き声すらしない森はかなり不気味だな。森独特の薄暗さも相まって異質とも言えるだろう。とはいえ、以前の森はこうではなかったはずだが……大洪水の爪痕が酷い。

 

 さて、思っていた以上に警戒度が高い。まぁ、そうでもないと誰かしらが攻略しているのだろうけども。ここまで外敵を排除する理由か……宝というのもあながち間違いではないのかもしれん。元の森の地図を眺めてみるが、明らかに今までなかった道などができている。とりあえずどこへ行こうか。素早く木の上に登り、双眼鏡を使って移動ルートを決める。

 

 北側は地面がむき出しのところも多そうだ。移動する時はかなり気をつけなければならないだろう。だが道が続いているようで、奥に大木のトンネルのようなものが見えている。

 

 次に西側は、草が多く隠れやすい地形になっているな。本来の地図だと、西に向かった後に道なりに蛇行するとカナズミシティに向かうことができたようだ。だが今も繋がっているかどうかは不明。それに挑んだ人間が多いのか、一番警戒度が高そうだ。

 

 最後に東は、苔やきのこが大量に生えているようだ。草も生えているため、こちらを通るのは北ほど難しくはないだろう。元々は行けなかった地形のようだし、行く価値はあるな。

 

 うーむ今回は見つかること前提だしちょっと冒険しますかね。まずは東に向かおうか。

 

「むぅ……キノガッサが2体いる。巡回しているキノココも多いな」

 

 木の上から見える範囲だとキノココが6匹、キノガッサが2匹警戒をしているようだ。中の字のような地形で、中央はくり抜かれたようになっている。飛び飛びで草地があるが、草地からの移動中にどうしても一度キノガッサの横を通らなければならない。崖の上にいる6匹のキノココの内、2匹は抜けた先の道を、残りの4匹はこちら側の道を見ている。

 

 木の実やりんごをうまく使って気を逸らすか。そうと決まれば、まずは4匹のキノココが邪魔だな。木下に降りて草の中に隠れたあとにりんごを二つ、左右の見張りの近くに投げる。

 

 音でキノココ達が一斉にりんごの方に向くが、すぐに周りに視線が移った。そりゃあ、いきなりりんごが飛んできたら警戒するわな。だがもう仕込みは済んでいる。今はここで待機だ。

 

 警戒態勢のまま30分ほど経っただろうか? ようやくりんごを食べる気になったらしい。だがそのりんごは俺特製の眠りりんご。食べたら60秒は睡魔に襲われるだろう。

 

 どうやら均等に分けて食べるらしい。キノガッサが食べないのは想定外だな。場合によってはそれで強行突破しようかと思ってたのに。

 

 少しするとりんごを食べたキノココ達がうつらうつらと頭を振り始める。今だ! とするりと中央付近の草の中に入る。次の作戦だな。静かにモンスターボールを取り出し大賀を出す。

 

「大賀、【しろいきり】で辺りを見えづらくしてくれ」

 

「スボ」

 

 声が相手に聞こえるかどうかギリギリだったが、どうやら勝ったようだ。霧が出始めたのに気づいたようだがもう遅い。大賀をボールに戻し、キノガッサの横を静かに抜けて、この地域を突破する。ここからは恐らく未開の地だろう。無音ヘッドカメラを用意して、中腰でゆっくりと移動する。

 

 何度かキノココの巡回を隠れ、2時間ほど道なりに進むと右手奥に洞窟のようなものを見つけることができた。そろそろ時間的に辺りが完全に暗くなってしまうだろう。暗い方が見つかりづらいのだが、突発事故が怖いし映像を残しづらい。動くなら早朝……夜明けか、完全に日が昇ってからだな。

 

 洞窟の中に入りペンライトを点けると、内部はかなり枝分かれしているようだ。ガスが怖いけれども、行くしかないか。右手を壁に這わせて奥に進むと、行き止まりの横に部屋のようになっている空間を発見した。周りに先が尖っている岩がないか確認するがここには無いようだ。これなら大賀を出すこともできる。

 

 道中ズバットが1匹も出てこなかったのがとても気になるが……どうしようか。ここで少し閃いたので御神木様をボールから出す。

 

「御神木様、【やどりぎのタネ】で小部屋の入口の中央以外を覆ってくれ」

 

「クギュル」

 

 わさわさと宿り木が壁から生え出し、ドーナツ状の草の壁を生成する。横からペンライトで中を確認すると、下に水のようなものが見える。地底湖か? 入口から足場になりえそうな場所までの高さは3m、空間の広さは20m以上はありそうだな。

 

 上から覗く限り、ポケモンらしい姿は見えない。半円状に湖で囲われており、足場になりえそうな部分も浸水しているのが見える。これ以上しっかり見る為には、一度下に降りて光源の強い置くタイプのライトを使用しないと無理だろう。

 

 …………わざわざ降りて確認する必要も無いか。上から何枚か写真を撮り、寝床の作成をする。まずは、先ほどと同じように通ってきた道に宿り木を使って草の壁を作る。そして床にも宿り木を使い、草の床を作る。置くタイプのライトを設置して、これで寝床の完成だ。床に直で眠るよりはマシになるだろう。晩御飯は火が使えないから木の実や保存食のクッキーだ。そこの水が飲めたらいいのだが……大賀に確認してもらうか?

 

 持ってきたペットボトルの首の部分に外れないようにロープを固定し、ペットボトルに入る大きさになるまで鉄の玉を御神木様に食べてもらい、ペットボトルの中に入れる。それから、ゆっくりと地底湖に落としこみ、中に水が入ったのを確認してから引き上げよう。食べたりなかったのか御神木様は、洞窟の壁に張り付き鉄分を集めるようだ。

 

「大賀、ここの水飲めそうか?」

 

「スボボ!!」

 

 やたらテンションを上げて首を上下に振っている。とてもいい湧水なのだろう。ふむ……成分解析用のサンプルは持って帰るとして、普段飲む分はそこまでの量持って帰れないな。残念だ。

 

「そうか、じゃあ少し採取して飲み水にしよう」

 

 それでも多少は持ち帰れる。もう一度ペットボトルを入れようとすると、大賀に阻止された。

 

「ん? どうした?」

 

 大賀の方を見ると、不器用ながらロープを自分の体に巻きつけている。というか、絡まっていた。

 

「…………縛って下ろせと?」

 

「スボッ!」

 

 ブンブン頭を上下に振って頷く。ここまで主張を言うのは珍しいな。そこまでなのか。

 

「よし、いま胴体部分で抜けないように、きっちり縛ってやるからちょっと待て」

 

 しっかりと胴体部分を縛り、葉を痛めないように固定させ、水筒を持たせてゆっくりと下に降ろす。ピチャンという音の後にバシャバシャという音が聞こえてきた。上から覗き込むと大賀が水筒を葉の上に乗せ、楽しそうに泳いでいる。

 

 臆病な大賀があそこまではしゃいでいるってことは、きっとここは安全なんだろう。俺も少ししたら下りてみるかな。

 

 少し安心して保存食を食べながら、今までの道のりのレポートと地図を書き足していく。恐らく現在地はカナズミシティ、トウカシティ、シダケタウンで三角形を書いたところの中心辺りだろう。だが、ここに洞窟があるなんて知らなかったなぁ。

 

 結局、キノココとキノガッサがここまでして隠すものが、今のところまだ何も分かっていない。俺の手に余る問題じゃなければいいんだが……ただこちらの道もキノココ達の警戒度が高い。何かしらあるのだろう。

 

 今日の報告をしようかとポケナビに電源を入れてみるが、やはり電波が入らないようだ。洞窟内だからか、それとも森で電波が遮られているからか。どちらにせよ、外部に生の情報を伝えるのは無理そうだ。

 

「うーむ……繋がらないか。今日の分の訓練がどうだったか聞きたかったんだがな」

 

 ボヤきながらクッキーをパクつく。口の中がパッサパサになってきたのでそろそろ水分が欲しいです。

 

「大賀~もう上げていいか?」

 

 大賀から返事が返ってこない。それどころか、水音一つすら聞こえてこなかった。異様な状況に気が付くと、強烈な冷気と嘗てない程のプレッシャーを感じて、すぐさま穴の方へ振り返る。あのマッスグマ以上のプレッシャーだ。すると、いきなり風が吹いてきた。ぞわりと、冷や汗が全身から流れ始める。

 

「大賀! どうしたッ!?」

 

 慌てて下を見ると、大賀が何かと対峙していた。ただ、ぱっと見て分かることは明らか様に格上なのだ。どうする!? バトルに発展するまで時間がないだろう。

 

 急いでロープを杭に噛ませ、打ち付けようとするが壁が硬くはじかれてしまう。これでは普通に打ち付けたところですぐに外れてしまうだろう。無理だ。顔を上げると、御神木様はカエルが蛇に睨まれてたように固まって、地面に落ちていた。

 

 優しく起こしている時間もない。顔を軽く叩いて気を取り戻させる。焦点の合っていなかった目に光が戻り、目が合った。状況に混乱しているようだ。だが、指示には従ってもらうぞ!

 

「よしよしよし! 御神木様、杭に【メタルクロー】を叩き込め! 埋めた後に【ステルスロック】と【やどりぎのタネ】で完全に固定! 下に飛び降りるぞ!」

 

「ク、クギュルルルルル!!」

 

 メタルクローによって深くまで叩き込まれた杭に、ステルスロックの岩が噛み合うように固定化される。その上から宿り木が覆う。これで万が一でも外れることはないだろう。そのまま御神木様とカンテラ型の手持ちライトを拾い上げて抱え、ダイブするように地底湖に落下した。

 

 着水時に飛沫を撒き散らしながら転がる。五接地転回法を行い、足先・脛・腿(尻)・背中・肩の5か所に力を分散させることで衝撃を和らげることで体のダメージを極力減らす。ただ、全身がびしょ濡れになるがこの際どうでもいい! 立ち上がると、脛よりも少し高い程度の深さだった。

 

 水の抵抗を感じながら大賀の横に走り寄り、急いで縄を切り解きながら相手を見る。こちらの動きにそこまで興味がないのか、何もせずにただただじっとこちらを眺めていた。

 

 水面に立つそれは、透明感のある水色の外見をした体、豹の様なしなやかな体躯をしており、額には特徴的な水晶の飾りが月明かりに照らされた水面のように淡く輝いている。ヴェールのような青のたてがみをなびかせ、体の所々にある白いひし形模様が特徴的なそのポケモンの名前は――――

 

「――――スイ……クン……ッ!」

 

 呆然と呟いたところで現状を理解した。なんで、なんでこんなところに、スイクンみたいな大物がいるんだ!

 

 どうする!? 先制攻撃をするか。いや、待て。早まるな。冷静になれ。そもそも対立する理由がない。ここが聖地だった? 否、それなら大賀が気づく筈だ。偶発的接触か? 不明、ただ向こうからはまだ攻撃を受けていない。

 

 頭の中で色々な考えが浮かんでは消える。その間もスイクンから目を離すことができない。先程からスイクンから放たれている波動のようなものが、洞窟内で共鳴を起こしている。一体何をするつもりなんだ。

 

 一度大きく呼吸をする。大分思考がクリアになってきた。

 

「待ってくれスイクン。俺達は偶々この地底湖に来たんだ。争うつもりはないし、出て行けと言うならば素直に出て行こう」

 

 スイクンの目を見て言う。心からの本音だ。元より戦ったところで勝ち目はない。それでも、必要ならば争うが、今はそうではないはずだ。

 

 見つめ合ってどれだけ経ったのだろうか。1時間か、30分か。もしかすると1分も満たないのかもしれない。ゆっくりとスイクンが方向転換し、その場から音もたてずに、解けるようにスッと消えていった。

 

「…………俺たち……まだ生きてるよな?」

 

「クッ」

 

「スボ」

 

 大賀が少し落ち込んでしまっている。

 

「知らなかったんだ、仕方がないさ。お前は悪くないよ」

 

 軽く頭を撫でる。上に登るために振り返ると、そこには大きな壁画が描かれていた。嵐と太陽……なのだろうがこれは……陸地に対し高波で飲み込もうとしているモノと、太陽や溶岩で新たな大地を作り出しているモノ。よほど激しかったようで空が二手に分かれている。

 

「グラードンとカイオーガの戦いを記した壁画か? なんでこんなところに……」

 

 海と陸の境で弾けているような場所は、水蒸気爆発を表しているのか? ただ、それならばレックウザが描かれていない事に違和感を覚えるのだが。

 

 一度ロープで大賀や御神木様を連れて上に登り、カメラを持って再度下へ降りる。光を当てながらシャッターを切っていると。どこかから視線を感じた。まだどこかから監視しているのだろう。少し流されていた水筒を拾い上げ、中に水を入れたことを確認してから上に登り、ロープを巻き上げる。

 

 濡れてしまったギリースーツが無茶苦茶重い。靴を脱ぎながら御神木様に、追加で宿り木を出してもらう。そこにギリースーツと靴を干す。ただ、どうやったって明日までに乾いていることはないだろう。少し移動がキツくなるな。

 

「明日の朝までゆっくり出来るかどうかはわからんが、とりあえず寝ようか」

 

「クギュ」

 

「スボゥ」

 

 毛布をかけ、1人と2匹で寄り添って寝ることにする。

 

 冷静になってスイクンが居た理由をいろいろ考えてみたが、一番スイクンらしい理由として挙げられそうなのは、この地方の大雨で濁ってしまった水源を整えに来たってところだろうか。というよりそれぐらいしか考えられん。確かポケモン図鑑に、世界中を駆け巡り汚れた水を綺麗にしているってあったのを昔読んだ気がする。要は、今回の接触は完全に偶発的接触だったのだろう。

 

 ハァ……明日はここまで心臓に悪くない一日でありますように。そう願わずにはいられなかった。

 

 


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