カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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潜入とケチャップ

 日が明けてないけれど、そろそろ移動せんとな……。あのインパクトと緊張のせいかあんまり寝れてないぜよ……結局、あの後スイクンはこちらに姿を見せなかった。とはいえ、ハルカを連れて行動する際にもここを拠点として場所を借りたいのだ。場所借りていたってことで、家賃代わりにりんごを5つ置いておこう。

 

「ほれ、起きろ」

 

「く?」

 

「すびぼ?」

 

 寝ぼけてる御神木様(テッシード)大賀(ハスボー)を起こし、着替える前に下から汲んだ水で自分の汗と匂いを流す。今更だがキノココって匂いとか敏感なのだろうか。いや、まぁ、いくら今の状態でも、キノココやキノガッサしかいないって訳ではないはず……違うよね?

 

「まぁ、やっておいて損は無いか」

 

 宿り木はどうしようか……スーツに貼り付けるかね。こちらも少し洗ってからスーツに縫い付けてゆく。その間に御神木様と大賀は朝食をモソモソ食べていた。こっくりこっくり船を漕いでいるあたり、まだかなり眠いらしい。

 

 宿り木を追加したギリースーツを着てみるが、そこまで悪くは無いように思える。軽く湿っているが、日が出てきたら気にならなくなるだろう。入口から顔だけを覗かせると、少し霧が出ているようだ。

 

「よし、大賀【しろいきり】を出して辺りの視界を悪くしてくれ」

 

 朝方なら濃霧が出ていても不思議じゃないだろう。最初から出ていた霧と合わさり、結果的に数m先も見えないぐらいに濃くなってしまったが、何の問題ない……と思う。気になってもこっちを見つけられないぐらいには濃いな。接触事故が起きないように慎重に動こう。それに、これだけ霧を濃くしているのに緑色の胞子が降っているのがわかる。

 

 ポケモン達をボールに戻して、早速行動を開始しよう。

 

 洞窟を後にして、そのまま道なりに北上してゆく。周囲は木々がより深くなっていき、進むにつれて胞子の量も多くなる。あいも変わらず、森が静かで不気味だ。

 

 【しろいきり】を出してから時間が経ち、霧が晴れてきたのだが……見回りのキノココ達を今のところ見かけていない。朝が早いせいなのか、他に要因があるのか見当がつかないな。

 

 身を隠せるぐらいの草の横に、どっしりとした高めの木を見つけたのでそれに登ってみる。双眼鏡で先を確認しても見張り一匹いやしない。流石にこれはおかしい。どこに行ったんだ?

 

「進みやすいがどうなって……ん?」

 

 すると、奥の林からキノココとキノガッサの大きな群れが固まって移動してきた。慌てて木から降り、身を深い草木に潜り込んで同化させる。横を通った後、数匹ごとにグループを作ってから解散していた。恐らくあれが今日の見張りだろう。今の時間は……05:28か。ハルカと来る時の目安にしよう。

 

「あっちから来たな……」

 

 林の奥に向かって歩を進めて行くと、開けていて草が生えていない場所に10匹ほどキノココの見張りがいた。流石にあの中を通ることは無理だな。

 

 迂回しようと振り返ると――――いつの間にか後ろにいたキノココと目が合った。反射的にボールを取り出す。

 

「キッ! キノ――」

 

「――――させるか! 大賀【れいとうビーム】! その後に【しろいきり】だ!」

 

 叫ばせる前に大賀を出し、【れいとうビーム】を当てる。そのまま急いで【しろいきり】で隠遁するが、戦闘音でわらわらと先のキノココ達が集まってきた。このままでは迅速にキノガッサもやってくるだろう。

 

 ヤバイ……活路はどこだ! 辺りを見ても特にめぼしい場所は無い。詰んだか?

 

「ええい、ままよ!」

 

 今まで通ってきた道には、先程別れたキノガッサ達が居るだろう。ならば直進あるのみ! 強行突破後に隠れよう。

 

「大賀! 【しろいきり】連発だ!」

 

 霧に紛れて突っ切るにワンチャン賭ける! ある程度進んだ所で大賀を戻して、御神木様に換える。

 

「御神木様! 辺り一帯に【ステルスロック】をバラ撒いて足止め!」

 

 こんなところで捕まってたまるか! ステルスロックをバラ撒く仕事を終えた御神木様を戻して、霧の中をひたすらに突っ走る。

 

 走る! 今走らなければ、黒歴史を親に晒されるという気持ちで全力で走り続ける。すると前方に隠れるのにちょうどよい草原を発見する。ここしかない!

 

「とう!」

 

 少し深めの草原に全身を突っ込んで擬態すると、周囲からガサゴソと俺を探す足音が聞こえてくる。出来る限り息を潜めて、動かないように全身の力を抜く。緊張からかドッドッドッドと鳴っている心音がとても煩い。

 

「ココ……」

 

 すぐ横をキノココが通って行く。とりあえずバレなかったようだが、まだ安心できない。警戒が解けるまではここに居よう。それから1時間程かけて粗方探し終わったのか、キノココ達は元の場所に戻っていった。もう見つかる心配はないだろう。多分。

 

 ……動かないと案外バレないものだな。ようやく付近一帯に対する警戒が解けそうだ。あんなにワラワラとこちらに向かってくる様子は、流石にもう見たくない。

 

「うーん、やっぱりこっち方面は警戒度高いのかね?」

 

 周囲にキノココがいないことを確認してから、草原を中腰で進む。改めて辺りを見回すと、ここは比較的胞子が少なく、よく日差しが入り込んでいる。花なども咲いているが、一番印象的なのは所々枯れ木があり、青々と茂る草と対照的に見えることだろう。写真を数枚撮っておく。

 

 身を隠しながら進んでいると、ひし形のアイテムが落ちているのを発見した。

 

「お、この独特の形は元気の欠片だな」

 

 ちょこちょこアイテムが落ちてるなここ。さっきも何故か傷薬が落ちてたし。なんでだ? 

 

「…………ん?」

 

 他にアイテムが落ちていないか探しているとふと視線を感じ、少し先を見ると枯れ木の上でキノココがこっちを確認してから身を翻していた。

 

 ……声を上げずに逃げたということは、声を上げるより走ったほうが確実だと思っているからだろう。つまり――――逃げるか捕まえるかしないと拙い!

 

 そして目標の逃げ足はなかなか速いな。おそらくは特性:早足なのだろう。あのキノココは俺の探していたキノココだ。これは追いかけるしかないな! 目標との差は約33ヤード。全力で追いかけるが、風が向かい風のため少し走りづらい。

 

 一歩の速さは俺のほうが速いが相手は目的を持って森の奥に向かっている。ゴールがわからないレースほど辛いものはないな。だが、諦めるなんて選択肢は最初から存在していない。地面を蹴り上げ加速する。距離は少し縮まり約25ヤード。だが着実に森に近づいている。ここで何か手を打たなければキノココはそのまま逃げてしまうだろう。

 

 どうする…………まずは1手打とう。

 

「大賀! 【れいとうビーム】で道の先を凍らせてくれ」

 

「スボボ!」

 

 【れいとうビーム】がキノココの進もうとしている進路にぶち当たり、草が氷の壁に変化する。

 

「ココッ!?」

 

 慌てて回り道をするキノココと、大賀をボール内に回収しながら猛烈な勢いで追いかける俺。残り約13ヤード。

 

 あと……あともう1手必要だ。ここは重たいが、チャンスに強いあのお方の出番だな。

 

「御神木様! 前を囲むように【ステルスロック】」

 

「クギュッ!」

 

 岩による壁ができたことに驚いてブレーキをかけたようだが、勢い余って岩壁に激突したようだ。反動で少し後ろに転がり何故か空いていた穴にはまる。

 

 ひっくり返り、足だけでもがいているキノココ……どうしてこうなった。

 

「何やってんだお前」

 

 声に反応したのかより激しくもがきだすが、一向に抜ける気配がしない。

 

「これは助けたほうがいいのかねぇ……でもそのまま逃げられそうだしなぁ……」

 

 一応助けるか? ……捕まえる為にも出すか。穴にはまっているキノココの足を掴み引っ張るが、なかなか抜けない。そんなに勢いよくはまったのか。

 

 御神木様に周りの土を掘ってもらいながら引っ張ってみる……少しだけだがズズッと手応えがあった。

 

「フンヌラバッ!」

 

 掛け声と共に全力で引っ張り上げる。するとボコッという音と共にキノココを収穫できた。よかったな。

 

「ココッ!! キノコッコ!」

 

 出れたのか嬉しそうにその場で跳ねている。勢いよく逃げていくかなと思っていたが、なぜかこの場から逃げようとしていない。どうした? 逃げないでいいのか?

 

「ココッ!」

 

「ん? お前は仲間を呼ばんのか?」

 

 何かを訴えているらしく、その場で一生懸命跳ねているが何を言いたいのかさっぱりわからん。

 

「はぁ……さっぱり、さっぱり」

 

 真横を、うずまき柄の扇子を持った何かが通ったようだが俺の記憶には何も残っていない。お勤めご苦労様です。ここは森の中だし居てもきっとおかしくないさ。

 

「スボボッ!」

 

 何やら御神木様が出てきて、枯れ木の上でキノココと話し始めた。一方、大賀は花を眺めながら沈黙を保って頷いている。岩を視界に入れないようにしているのだろう。なんなんだこの状況は。

 

 するとキノココが、どこから出したのか分からないケチャップを持って大賀と追いかけっこを始めた。なんでケチャップ常備しているの? 大好物なの?

 

 軽く追いかけっこをしてはこっちを見ることを繰り返している2匹。これで何を理解しろと? ケチャップでサラダでも作ればいいのか? なんかケチャップ掲げているし。ケチャップを持っている方が逃げるということしかわからん。

 

「ケチャップと追いかけっこに何の関連が…………ん?」

 

 ケチャップ……Ketchup…………Catch up? 追いつけか?

 

「俺も追いかけっこに参加しろと?」

 

「ココッ!」

 

 はぁ……なるほど? 飛び跳ねながら頷いているが、そんなネタ知っている奴の方が少ないだろ! わかった事を褒めて欲しいぐらいだ。まずなんでお前そんなネタ知っているんだよ。上映されてたのか? それともサタスペやってたのか?

 

「キノコッ!」

 

 誇らしげに胸を張っているが、ソレは遠回りすぎるだろう。

 

「ふーむ……俺が勝ったら仲間になってもらうことが条件でいいなら参加しよう」

 

 正直俺が走り回るのはデメリットだらけだから条件としては十分だろう。まぁ、キノココが逃げていない辺りでなんとなく察しているが、きっとこれが本ポケが捕まえられてもいいと納得できる内容なのだろう。

 

「範囲はこの草原、時間は60分で俺がお前をタッチできたら俺の勝ち。途中でキノガッサに見つかってノックダウンされたり、時間切れになったら俺の負け。大声を上げるのはルール的に無し。他のキノココと見分けがつくようにケチャップを持っていること」

 

 見つかったらアウトではなく、ノックダウンされたらアウトというのがミソだ。これで少しだけ俺が有利になる。

 

「俺が負けたら手持ちの木の実と食料とサイコソーダをあげよう。そのあと森を出ようじゃないか」

 

 その場合、ノックダウンされていて動けなくなっている方が高そうだけどな。その場合は勝手に持って行ってくれ。

 

「コッコ!」

 

 それでいいらしい。まぁ、木の実や食料を奪えるわけだから、ポケモン的には問題ないのだろう。

 

「よっしゃ。じゃあ30数えるから逃げてろ」

 

 1、2と数を数え始めると急いで走り始めるキノココ。今のうちに大賀と御神木様をボールに戻す。

 

「26、27、28、29、30……さて、ギリースーツを着た俺に草原で追いかけっこを挑むとはな……」

 

 全力を持って挑ませてもらおう! 時間を確認すると現在時刻は……10:44か。11:44までに捕まえないとな。

 

 まずは軽く屈伸をして筋肉を解す。あのキノココは草や枯れ木の影に隠れながら逃げるだろう。だからそれに近づく際には、いかに気がつかれないかが重要だ。

 

 その場で立ち上がり双眼鏡で辺りを見回すと、大体左手方向100ヤード先にケチャップの蓋が見える。あっちか。その周辺の枯れ木の位置を確認してから潜行を開始する。バカ正直にただ追い掛け回すだけだと思うなよ?

 

 匍匐をしながらゆっくりと進むこと15分が経った。俺がまともに追いかけていないせいか、枯れ木に体を預けて少し油断しているようだ。残りは約50ヤード……まだ射程距離ではない。

 

 もう10ヤードほど進むとキノココに動きがあった。枯れ木からダッシュで離れ始めたのだ。ここからは完全な脚力や時間との戦いだな。キノココの走る先を予想しながら走る。細かくフェイントを交えながら走るキノココに、無駄な動きを一切せず走る俺。

 

 障害物が多ければフェイントも有効だろうが、ここでソレは悪手だったな! 残る距離は約28ヤード……目と鼻の先だ。もう少しで手が届きそう――――そんな時に、出てきて欲しくない奴が森の中から姿を現して、一目散に俺に目掛けて走って来た。

 

「キノォ!!」

 

「おっとぉ!」

 

 ギリギリのタイミングで身体を捻ってパンチを避ける。少しこれでキノココと差がついてしまった。攻撃してきた相手――キノガッサを軽く見やる。すると腰をかがめて、勢いよくこちらに拳を突き出してきた。

 

「危なッ!」

 

 腹の真横をパンチが通る。普通、【キノコのほうし】で眠らせて森から追い出すんじゃなかったんですか!? …………散々【キノコのほうし】をかいくぐってきた相手に対して無駄と判断するのが当たり前か。やべぇ予定が狂ったぞ。

 

 残り時間は30分なので時間切れという線はなくなった。タッチするかぶん殴られるかの二つに一つである。キノガッサに対抗することは早々に諦め、完全にキノココを追うことに集中しよう。キノココとの差は約35ヤードまで伸びてしまった。勢いよく地面を蹴りあげキノココを追いかけ始める。

 

 後ろからキノガッサが追いかけてくる。素早さ70族とはいえ、人間相手には十分な速度だ。ここは今まで隠してきた最終兵器を使うしかあるまい。クルリと後ろに振り向き例の物を投げつける。

 

「喰らえ! イヤイヤボール!」

 

 キノガッサは自慢の拳でイヤイヤボールを殴りつけるが、そのせいで一気にイヤイヤボールが破裂し中からガスが放たれた。

 

「キノガッ!?」

 

 イヤイヤボールとは、虫除けスプレーのガスを改造し固めたもので、ベトベターやベトベトン以外のポケモンに投げつけると、気を失ったり逃げたりしてくれるスグレモノだ。直撃したらただでは済まないだろう。そんなものが自分の拳にぶつかったキノガッサは慌ててこちらから距離を取る。

 

 その間に全力でキノココを追いかける。すぐに差は縮まり約3ヤードほどにまでなっていた。

 

「貰ったー!!」

 

「ココッ!?」

 

 キノココ目掛けてダイビングタッチを仕掛ける。両手が触れた――――と思った瞬間、地面へ叩き落される衝撃が背中から全身を駆け抜けて、肺の中の空気を無理やり吐き出された。ミシリと背骨から嫌な音が響く。叩きつけられた反動で跳ね上がるようにバウンドし、追撃のアッパーを顎に食らった瞬間、意識がブラックアウトした。

 

 


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