夕食を食べるために部屋から出てきたが、目的地であるバイキングをやっている甲板まではなかなかに遠い。
位置確認がてら移動しながらパンフレットを見てみる。流石にテッシードをずっと持てなかったので、今は転がりながら付いてきてもらっているがポケモンの扱いってこんな風でいいのだろうか?
そんなことを片隅で考えていると、テッシードから視線を感じた。どうにも歩きながら読むなと窘められてた気がする。しかし、こうでもしないと方向音痴な俺はすぐ迷うのだ。仕方がないね。
意識しないで歩くと、本当に引っ張られたかのように変な場所にたどり着くからなぁ……うーむ。
「クギュ!!」
「踏み込みが甘いッ!!」
刺がケツをかすって壁に当たる。壁が気持ち凹んでしまった気がする。これは俺が弁償するべきなのか? ……見なかったことにしよう。
「ハッハーッ!! 貴様の行動は全てまるっとお見t――」
「――クッ!」
予測していたかのように、割り込んできた第2射の棘が額に当たり、軽く血が噴き出す。なかなかいいコントロールじゃないの、だが無意味だ。
「いい、腕だ。だが、た、たとえこの俺様を倒しても第2、第3の俺様が必ずやきさm」
セリフの途中なのにテッシードが後頭部に乗って来る。そのままパンフレットを奪われ、やることのなくなってしまった俺は、とりあえずテッシードが落下しないように土台になることに徹する。
え、Mじゃないんだからね! ……誰も見ていないところでこのテンション維持するのキツいなぁ……早く慣れないと。後で不覚にならない程度に酒を入れよう。
でもこんな状態だ。テンション上げ続けないと、また昔の病院にいた頃のようになってしまう気がする。
とりあえず、今まで通り人からの視線だけでなく、他のポケモンからの視線も考えた上で厚かましく振舞おう。そうすれば他人は避けてくれるはずだ。
◇ ◇ ◇
テッシードに連れられて甲板にたどり着くと華やかな音楽が奏でられていた。うーん……このテッシードが付いて来てくれるのなら、今後も船内の道案内はテッシードに任せようかな。
少なくとも俺一人で行動するよりは目立たない……かもしれない。ポケモンに振り回されているトレーナー、ないしはトレーナーに振り回されているポケモンという感じに演出できる。重要なのは、ここに居て当たり前といった雰囲気を出す事。挙動不審は人除け程度に留めないとな。
とりあえず今後の行動パターンを脳内で決めて、盛り上がっている観客を横目に空いている席に座り荷物を置く。バイキングスタイルのレストランには王道のステーキや焼き魚、シチューにグラタンなどのいろいろな料理とともに、デザートとして色とりどりのフルーツやアイスボックスが設置されているようだ。
乗船チケットを持ってる人はすべて無料という大盤振る舞いに僕、感動しちゃってます! ……本当に冗談抜きで凄いな。心なしかテッシードの目も輝いている気がする。
ぶっちゃけ、チケット持ってる人は無料と書いてあったから地雷かとも思ってたが俺が間違ってました。過去の俺をぶん殴ってやりたい気分です。
ポケモンもポケモンフーズとフルーツ、いかりまんじゅうなどと色々と食べられるようだ。向こうのブースではブレンドもしてくれるのか。
ここが人類の
……いや、まぁ帰れないんだけれどな。一抹の風が背中を通り抜けた。
虚しい……いつの間にかテッシードがいなくなっていたので、戻ってくるまでパンフレットでも見てこの船の情報をまとめ直すか。遠くで器用に盆を頭に乗せてウエイトレスさんにポケモンフーズをもらっているのがここから見える。既にそれなりに盛られているのに、まだまだ盛るつもりらしい。よく食うなあいつ。
船の名前はマリンホエルオー号
全長310m、全幅48m、高さ63mで16階建てのウルトラマリンと白亜で塗装された豪華クルーズ船
航海速力は25ノットで主機はディーゼル・エレクトリック、出力は57,105馬力(推進出力)
船客定員は最大 3,840名、乗組員は約1,200人
船体のイメージは名前の通りホエルオーだろう。
15日かけてイッシュ地方からホウエン地方に向かう……らしい。
はっきり言って凄まじいの一言だ。
甲板のバイキングはもとよりレストランが5箇所にバー、カジノやポケモンと一緒に体験できるスパなど色々な施設が目白押しである。極めつけはマリンホエルオー号の代名詞であるホエールコロシアムだろう。8箇所同時バトルが可能なコロシアムで、中央には巨大なディスプレイがあり実況を交えながら観戦ができる超人気スポットらしい。
特にホエールコロシアムは是非ともあとで見に行きたいものである。生のポケモンバトルを見ておかないと後悔するだろう。ポケモンショップも近場にあるし一石二鳥だ。
なんで俺こんな場所にいるんだろう……ああ、ダメだ。考えるな。
「クギュルルルルル!!」
テッシードが盆をテーブルに置いてくれと自己主張している。いつの間にか自分の世界に入っていたらしい。反省。もう少し周りを見れるようになろう。
どこで誰が見ているのかわからないのだし。
「俺も取ってくるから席頼むな」
「クッ!」
黙れ小僧! とでも言うように短く切られた。どうにも喋るよりも飯に集中したいらしい。席を立った足取りで盆を受け取り、様々な料理を取るが一つのブースで問題が発生した。
この肉…………いったい何の肉だ? 少し怖いが鉄板で肉を焼いているウェイターさんに聞いてみる。
「すみません、ここの焼いているお肉って一体何の肉なんですか?」
「ここで焼いているのはフキヨセシティ産のA3ランクの牛肉のサーロインです。もう少ししたら向こうのショーと同時にヒレ肉を焼き始める予定ですよ」
「おー!! A3サーロインですか。1皿分お願いします」
産地偽装されていない牛肉らしい。これはテンションが上がる。A3とは言っても侮ることなかれ、叙○苑クラスのサーロインステーキだ。
「焼き加減とソースはいかがいたしますか?」
焼き加減! そこまで選べるのか!!
「ウェイターさんのおすすめでお願いします」
ここで通ぶるよりも、食材の旨さを知っているウェイターさんおすすめの焼き方の方が美味しく食べられるだろう。たかだか大学生の俺は高級焼肉など2回しか行ったことがない。
「では焼き加減はミディアムレア、ソースはガーリックで焼かせていただきます」
そう言うと目の前で肉が焼かれ始める。目の前で焼かれ、じゅう、と表面に焼き色がついてゆく。だんだんと香ばしさが出てきたタイミングでガーリックソースが注がれ焼かれたニンニクの匂いがガツンッと胃に来る。これは楽しみだ。
大盛りの米をよそい席に戻るとテッシードが引いたのかくじの紙がテーブルの上に置いてあった。どうやって引いたんだこいつ。開けるのは飯を食い終わってからにしたい。もう辛抱できそうにないのだ。
水を器用に棘から吸ってるテッシードを横目に、待ちわびたステーキに切り込みを入れかぶりつく。美味い。これが本物の肉なのだと実感させられた。米がどんどん進む。止まらんしたまらん。
◇ ◇ ◇
「レディース&ジェントルメン、今宵も当たって嬉しいポケモンクジの抽選発表の時間だー!!」
会場が意外な程湧き上がっている。思っていた以上に庶民が多いのかもしれない。
ステージ上には、少しぽっちゃりとしたタキシード姿のおっさんとバニーさんが司会を務めているようだ。
「本日の商品はこちらだぁッ!!」
ディスプレイには1等から5等までの商品が映し出されている。
1等 マスターボール
2等 セイガイハタワー1年間無料パスポート
3等 わざマシン詰め合わせセット
4等 高性能ギア付きマウンテンバイク
5等 高性能バックパック
どれも欲しいという俺は欲深い人間なのだろう。2等はそこまででもないが他は全て欲しい。テッシードが持ってきてくれたクジに賭けよう。
「では皆様、お手元のクジをお開きください。そこには8桁の番号が書いてあります。今から当たりの番号をディスプレイに表示させますので当選した方は手を挙げてください。スタッフが番号確認を終え次第、商品をお届けいたします」
本格的だな、俺の番号は10385957番か。当たってくれていたら嬉しい。とても嬉しい。そんな期待を乗せながらドラムロールが鳴り始め、会場の緊張が高まってゆく。
ジャン! と音が鳴り止み番号がディスプレイに表示される。10385957番は……………………あった。マジで? ドッキリじゃない? ディスプレイの5等の番号と一致している。
スっと手を挙げスタッフを呼ぶ。
「これ5等の番号と一致してますよね?」
「少々お待ちください…………そうですね、ハイ、間違いありません。おめでとうございます。ではステージへどうぞ!」
ウキウキしながらステージへ向かってゆく。今日からこのテッシードのことを御神木と呼ぶ事にしよう。きっとご利益があるに違いない。
……何だろう、フラグと言うか……後々についての不安がどんどん肥大化していっている気がする。