カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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 ~~今のダイゴさん~~

 

 静かな洞窟の中でガンッガンッとハンマーを振る音が洞窟内に響いている。大まかに削り出した後は、小さなピッケルやハケで丁寧に周りの土を取ってゆく……この地道な作業は面倒ではあるものの、磨き上げた時のクオリティに大きく差が出る。だからこそ、妥協できない。

 

 手に入れた石を慎重に布に包み、改めて綺麗にした石を眺める。とても満足のいく出来前なのだが……何か、そう、何かが足りない。

 

「うーむ……77点」

 

 こうやって自分の時間を作って発掘するのは久々だ……だから少し腕が鈍ってしまったのかもしれない。そう自己弁護しておく。趣味の部分だけならこれでもいいのだが、親父と見せ合う以上、妥協は僕の心が許しはしないだろう。他に目星い発掘場所を探して歩み始める。

 

 ただ、満足ができる石を見つけられずとも、ここで発掘を行えるのも今日で一旦終えなければならない。足を動かすことを止め近くの岩に腰を下ろし、ポッポ便で届けられた手紙を見返す。

 

「ムロタウンにてアクア団の基地と思わしき施設を発見せり。至急ムロタウンジムまで来られたし……か。いったい何個目の基地なんだろうか」

 

 既にアクア団とマグマ団の基地はほかの街で一つずつ潰している。基地自体の規模は小さいがそれなりに設備は整っていたように見受けられた。

 

 新設された組織のはずなのに……だ。どこから資金が流れてきているのやら。彼からの情報の真偽も確かめたい。明日は出来うる限りの情報を持ち帰りたいところだな。手紙から視線を上げ、ぼーっと壁を眺めていると、ふと、膨らんでいる場所を発見した。

 

「む……」

 

 惹きつけられるようにハンマーを持ち直し、その膨らみへ近づいてゆく。そして軽い一撃をコンッと打ち込む。すると表層部分が崩れ、中で眠っていた石の一部が姿を現した。水晶のような外郭の中に炎の揺らぎのような模様が入っており、とても温かい力を感じる石。

 

「こ……これは! 炎の石じゃないか!」

 

 慎重に石の外周をピッケルで削ってゆくが……大きい! とても立派な炎の石だ! 興奮しながら慎重に慎重に削る。これ一つで2~3個分の働きをしそうなほど大きい。

 

 呼吸が乱れ動悸が激しくなってゆく。手の震えがとても厭わしい……これが恋か! 興奮し我を忘れながら発掘を続けてゆく……これは素晴らしい石になりそうだ。

 

 

 ~~ハルカの観察日記~~

 

 明日、洞窟を出る前にいくつか記入しておくべき物を発見したので記しておくことにする。

 

 まず一つ目にキョウヘイ先生に変化があったので書き記しておく。

 

 キョウヘイ先生は最近、何か余裕ができたようだ。前よりも雰囲気が柔らかくなった気がするし、アルコールの多量摂取や奇行もだんだん減ってきた。この前の相談で何か問題が解決したのかもしれない。この調子で、あのどこでもマスクを被る癖を直してもらいたい。

 

 次に、わたしがキョウヘイ先生と話していてもあまり不愉快にならない理由を発見したかもしれないことについて。

 

 他の男の人と話したりして気がついたが、キョウヘイ先生の場合、視線がほとんど下にいかないということがわかった。あの人は男女関係なく常に相手の顔を見て話しているのだ。わたしの同世代の男の子だと直ぐに視線がわたしの胸に行くのだけれど……キョウヘイ先生のそれが年齢のせいなのか、ただ単にフェチに合っていないだけなのか。今後も観察を続けることにする。

 

 3つ目、何故か幻と言われているポケモンの情報を持っているという点について

 

 これでも研究室で資料の整理や調査に同行もしているから、ポケモンバトルの腕は劣っているかもしれないが、その辺の人よりもそれなりにポケモンについての知識はあるつもりだった。でも。ミュウというポケモンについては一切知らなかった。キョウヘイ先生は、いったいどこでそんな情報を手に入れていたのだろうか?

 

 また、それだけの知識があるにも関わらず、常識的なモノを知らなかったりするのは何故なのか? 色々と疑問が残る。

 

 4つ目。最後にこれが現状最も問題のあることだと思うが、キョウヘイ先生の冷たさに対する反応がおかしいのだ。鈍いというだけでは到底説明など出来るはずがないほどに。

 

 水棲のポケモンが冷たさに強いのはわかる。しかし、キョウヘイ先生の場合は違うはずだ。いくら体温が人より低いとは言っても3~5℃の水に全身が浸かったら唇は青くなり、身体の震えが止まらなくなるはず。

 

 なのに洞窟内には焚き火をした形跡も、他のモノで体を温めた形跡もなかった。本人に聞いても寝る前に軽く水滴を拭いた後に、タオルケットを羽織っただけだそうだ。

 

 今思い返せば、キョウヘイ先生はレポート内でそれを冷たいとも書いていなく、普通に、それこそまるで常温の水のように書き込まれていた。唯一書き込まれていた冷気は、スイクンによるものだったはずだ。

 

 キョウヘイ先生の身体はどうなっているのだろうか?

 

 

 ~~・ソ迢ュ髢・~~

 

 色のない虚空を1匹の生物が移動している。

 

 身体のあちこちに傷があるその生き物――アルセウスは忌々しげに辺りを見回すが、自らの感知に何かが引っかかる事はないようだ。

 

「面倒な……」

 

 探知できない敵に対し余計にイライラが募ってゆく。

 

「プレートの力があるときに正面からやり合えば簡単に潰せるものを……」

 

 相手もそれを理解しているのか、平時はまったくもって姿を現しはしないようだ。だからこそ今狙われているのだろう。

 

 空間の一部が陰り、その直後にアルセウスの後ろから爪が現れ、無防備な背中に振り下ろされる。

 

「ヌゥっ!!」

 

 奇襲に対し、すぐさま足の爪で【ドラゴンクロー】を行うが――手応えは無い。

 

 何かしらのプレートの力が回復し、それを装備すれば最大火力の【さばきのつぶて】を放つ事が出来るだろう。だがそれを行えば、奴の十八番によるもっと感知のしづらい奇襲が行われるようになるはずだ。

 

 また、こちらが奴自身を探すには感知に全力を注がなければならず、完全に無防備になってしまう。全くもって忌々しい能力だ。

 

 あの人間が早く使い物になるようになれば、それだけ早く我も行動に移せるのだが……面倒なものだ。

 

 

 ~~1月23日 ○○県△△市沖での海難事故~~

 

「……ですが、安定した天候になるでしょう。次のお天気は……」

 

「倉山アナによる天気予報の途中ですが臨時ニュースをお伝えします。先ほど○○県△△市付近の海上にて巨大な渦潮が発生しました。これにより付近を航行していた漁船が巻き込まれたとのことですが、詳しい内容は現在調査中とのことです。現場に近い××市の海岸にいる馬場アナに中継が繋がっています」

 

「ハイ、馬場です。現在発表されている情報によりますと、発生地点は△△市沖。渦潮の大きさは直径が約50mに達し、約5分間以上発生し続けたとのことです。これは、現在確認されている最大の渦潮である鳴門海峡の直径30mを大きく上回っている記録であるようです。こちらからの中継は以上です」

 

「わかりました。何か追加の情報が発表され次第、馬場アナの中継を繋げさせて頂きます」

 

「それにしても大きな渦潮ですね。渦潮といったらやはり鳴門海峡ですが○○県沖でこんなに巨大な渦潮って起きるものなんですか?」

 

「そのことについて、□□大学海洋物理学教授、新堂教授とお電話が繋がっています」

 

「□□大学海洋物理学教授の新堂です。今回の渦潮に関してですが、こちらの理解を超えていてわからないと言うのが現状ですね」

 

「わからない……ですか?」

 

「はい、本来渦潮とは潮の干満差により、激しい潮流が狭い海峡などでぶつかり合い、生成される自然現象です。しかし、今回この渦潮が発生した△△市沖というのは、暖流と寒流の接点にあるものの、渦潮ができるほどの激しい潮流というのは起こりません」

 

「また、沖であるため狭い海峡のような場所も無く、我々が認識している渦潮が発生しうる要件を一切満たしていないのです」

 

「そうですか……新堂教授、ご解説ありがとうございました」

 

「それにしても原因不明の大渦潮ですか。近くを通った船があるとのことですが、何故わざわざ近くを通ったのでしょうかね?」

 

「これほど大きな渦潮ですから、珍しいもの見たさで近寄りすぎて引き込まれたのでは?」

 

「……はい、中継の馬場アナウンサーから続報が届きました。映像をお伝え致します」

 

「馬場です。この巨大渦潮発生時に付近を航行していた漁船が巻き込まれた事件で、つい先ほど、乗船していた東京都在住の大学生が渦潮に飲み込まれたという情報が発表されました。また、救助された船員によりますと、渦潮は大学での調査用のブイを回収していた際、急に真横に発生したとのことです」

 

「現在、現場周辺の海域には雪が振り始めており、一刻も早い救助が期待されています」

 

 

 ~~本当に迷子なの?~~

 

「わたし達もあんな感じに戦えるようになるのかな?」

 

「チャモチャモ!」

 

 キョウヘイ先生がレンジャーさんとの対戦を終えた帰り道、今日行われたバトルについてアチャモと話しながら歩いていると、急にキョウヘイ先生が予定していた帰り道からフラフラと外れ始めた。

 

「キョウヘイ先生、どこ行くの?」

 

「どこって、真っ直ぐにポケモンセンターに帰るつもりだけど……」

 

 何を当然な事を……と不思議そうに返してくるが、キョウヘイ先生よりもわたしの方が不思議に思っている。地図を見ながら歩いているのに、なんで行きと帰りで道が違うのだろう?

 

「本当に? レンジャー施設に行く時にそこは通らなかったよ?」

 

 何故か驚いたような雰囲気を醸し出している。そんな場の空気に呼応したかのように、上空からスバメ達の鳴き声が虚しく木霊した。

 

「……あれ? そうだったっけ?」

 

「なんでそこで自信なげになるのかな……」

 

 思っていたことを指摘すると、どこか普段と様子が異なっているように感じる。普段のキョウヘイ先生だったら、これには深い訳があるのじゃとかなんとか言ってうやむやにして流すのに。

 

「うーむ……方向音痴ここに極まれりだなぁ」

 

「方向音痴とはちょっと違う気がするかも」

 

 本当にそれを方向音痴の一言で済ませていいの?

 

「とりあえず、ハルカの後ろを付いて行くから先導してくれないか?」

 

「……ちゃんと付いて来てよ? どうにも、今のキョウヘイ先生は注意力散漫なように見受けられるかも」

 

 今日のバトルで疲れたのかな? とりあえず深くは考えずに先導することにする――――が、その少し歩いてからキョウヘイ先生の声が聞こえなくなったので振り返ってみると、いつの間にかキョウヘイ先生の姿がなくなっていた。

 

 どうしよう……ガーディを出すべきなのだろうか? でもガーディはキョウヘイ先生のこと苦手みたいだし……うーん。

 

「キノッ」

 

 付近を見回しても見当たらない。でも、あまり判断に迷っている時間もない。どうしたものかと考えていると、新しく仲間になったキノココ、もとい網代笠が向こうを見ろ! とジェスチャーしているので視線で追ってみる。すると、そこには地図を広げたまま、何故か夕方の薄暗くなり始めた山の中へ入ってゆくキョウヘイ先生の姿を見つけた。

 

 言った傍からかよ! とか、何やっているのさ! とか、色々とツッコミを入れたくなる。

 

「見失ったら大変だし、後をつけてみよう」

 

 しかし何よりも、あの人はいったいどこへ向かっているのだろう? という好奇心が勝った。あの不思議な先生の秘密に近づけるかもしれないという悪魔の誘惑には勝てなかったのだ。本当に危険だと感じたら呼び止めればいい。そう心の中で言い訳をして、少し離れた位置をキープしつつキョウヘイ先生の跡をつける。

 

 それから5分ほど後をつけて歩いていると、何か奇妙な違和感を覚え始めていた。うまく言語化できないが、何かがおかしい。全身が、何よりも勘がそう断じている。静まり返った森の中で、周囲にも目を向けて、歩きながら考える。

 

「…………あ、そっか。静かすぎるんだ」

 

 ぽつりと口から溢れて、それがわたしの中ですとんとはまった。この周辺は田舎故に半野生半飼な人馴れしているポケモンも多い。お父さんも、人とポケモンの生活する境界線が曖昧で、注意する必要がある場所だと昔言っていた。

 

 それなのに、今はやけに静まり返っている。風もないから聞こえてくるのはわたし達の呼吸音だけだ。他のポケモンの影形すら見えないのは、流石におかしいのではないか? それでもキョウヘイ先生は、気にもせずにズンズン森の奥へ入って行っていた。今の状況に対して何の違和感も覚えないのだろうか?

 

「……キノコ」

 

「え? ……あっ!」

 

 ふと気が付くと、いつの間にかキョウヘイ先生が視界からいなくなっていた。網代笠に先導して貰って獣道を進むと、真っ赤な夕日が差し込む少しだけ開けた場所に出た。

 

 その夕日が差し込む場所の中央には、苔むした大きな丸い岩が鎮座していて、その周囲には足首より少し高い程度の草が密集するように生え揃っている。様々な花が咲いていて、不思議と安らげる印象を与えてくる。

 

 ――そこに季節外れの花が咲いていなければ、心から安らぐ事もできたかもしれない。コレは違う。咲き誇るのではなく、咲き狂っているのだ。異常発達に近い。

 

 何よりも……網代笠が緊張しているのが拙い。きっと、何かあるのだ。ここには。

 

 大きな丸い岩に左手を当てながら、眺めるようにキョウヘイ先生は一人佇んでいた。しかし、その姿は普段のような軽い感じではなく、どこか暗く深いダム穴のような底知れない印象を受ける。

 

 ここに長居するべきではない。そう直感が囁いている。こういう時の勘はよく当たるのだ。歩き出そうとして、全身からぶわりと嫌な汗が流れている事に今頃気が付いた。

 

「…………キョウヘイ先生?」

 

「ぇ? ………………うわ!? どこだ、ここ!?」

 

 じっと佇んだまま動かないキョウヘイ先生に近づかずに声をかけると、呆けたような声を上げてこちらを見て固まる。キョウヘイ先生がフリーズから回復して、その雰囲気が普段通りになった頃になると、変なことを言い始めた。

 

「なんというか、ふらふらと歩いていたらこんな場所に流れ着いていたわ」

 

 何を言っているのだろうかこの人は? 本気でそう言っているの?

 

「とりあえず、詳しい話は部屋に戻ってからにするとして、早めに森から抜けようよ」

 

 安らげそうな雰囲気なのに、うすら寒い場所であるという印象ばかりが強くなる。もう二度と、ここに近づくべきではないのだろう。

 

 結局、早めにその場から帰ったことが功を奏したのか、その後は何事もなく無事にポケモンセンターへたどり着くことができた。一安心して皆を寝かせた後、今日のことについてキョウヘイ先生と話し合ってみる。しかし、なんであんな場所に居たのかキョウヘイ先生に聞いても、曖昧なことばかり言ってよくわからなかった。

 

 ただ、本人もあまり良くないことだと思っているようで、今後は外に出る時には可能な限り御神木様(テッシード)達か誰かにナビゲーションして貰って行動するように決めたようだ。

 

 今日の日記には色々と書く事がある…………キョウヘイ先生観察日記も更新する必要があるかも。

 

 




渦潮に関してはうずしおクルーズ観光船威倫丸様の情報を参考にさせていただきました。

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