アロハな男と逃走経路
ハルカを追いかけて森を出ると、目の前に湖とT字に分かれた道が現れた。周りを見回すとすぐ右側の木の陰にトレーナーが不法投棄されている。見た感じ塾帰りっぽい子や作業服を着たトレーナーも混じっているようだ。じわじわと暑さを感じる今日この頃……木の陰に捨てられているのはキノココ達の優しさなのだろうか。
作業服の人は森の実態の確認に来た人か? ……塾帰りっぽい子は腕試しにでも来たのかね?
そろそろ本格的な攻略隊が組織されるやもしれんな。次のは第三次トウカの森攻略隊だっけか? そろそろ本格的にジムリーダーとかが働いて通れるようにしてもらいたい。
「あ、キョウヘイ先生! こっち! こっちです!」
T字の左側の道でハルカが男に話しかけられているようだ。その横にはワカシャモが並んでおり、無事に進化はできたことが伺える。よかったな。
話しかけている人に目を向けてみると、水色のアロハシャツに白の短パン。サングラスをかけており、柔らかい鳥の巣のような髪型をしているのがわかる。リアルで見るとやっぱり派手だなこの人。
まぁ、無いとは思うが一応突っ込んでおくか。
「エニシダさんに話しかけられるとか、ここで何かやらかしてたのか?」
「何もしてませんよ。それよりも、この人有名人なの!?」
「お、私を知っているとはなかなか見所があるじゃないか」
テンションが高いせいか勢いよく手を握られ、上下にブンブン振られる。とてもキツい。俺の表情は少し硬くなっているかも……うーむ。
余裕を持たせるために他の事を考えよう……ハルカがこの人の事を知らないのは予想外だな。この前もテレビでCMが流れていたと思うが。
「見所云々はともかく、この人はホウエンに新しく開設されたポケモンバトル用施設バトルフロンティアのオーナーのエニシダさんだ。こんなところにいるのは予想外だけどな」
トウカシティで出てから会わなかったから、てっきりもうどこかに行ってるのかと思ってたよ俺。やっぱり今回の事件で足止めでも食らっていたのかね?
「あの様々なルールでポケモンバトルを楽しむ事ができるバトルフロンティアのオーナーさんがこの人なんですか! 施設は知っていてもオーナーさんまでは知らなった……」
ああ、確かに興味がなければ普通そこまで調べんか。
「やっぱりまだ知名度が足りていないのかな……まぁいいや。それはともかく、さっきと同じ質問だけれど君たちは本当にこの森を越えて来たのかい?」
ようやく手を放してもらえた。つぅ……と背中に冷や汗が流れてゆくのがわかる。
「ええ。確かに越えてきました。トウカシティのポケモンセンターに連絡を入れて貰えば確認が取れると思いますよ」
「おお! ということは君たちがあの森を一番最初に越えた訳だ! 素晴らしいね!」
まだ誰も越えていなかったのか。レンジャー隊とかも攻略していたはずだからてっきり途中で抜けれているものと考えていたんだが……向こうは失敗したみたいだな。
「ちなみに参考として聞きたいのだが、君たちはいくつバッジを持っているんだい?」
「お互いにまだ0ですよ。ただ内部で胞子を吸わない工夫をしていましたし、見ての通りかなり発見されづらい格好で行動していましたね」
「それは凄い。バッジ2つの人でもああやって転がっているからね……現状君たちはバッジ2つの人よりも強いんじゃないかな?」
「相性の問題もあるでしょうから、なんとも言えませんけどね……基本隠れながらでしたし」
エニシダさんには悪いが、個人的にバトルフロンティアには行くつもりは無いし、その余裕もなさそうなんだよなぁ。それに、リアルでもフロンティアクオリティが起きたら俺の過去のトラウマががが……
「ははは。そんなに謙遜しなくてもいいと思うけどね……君たちだったらまた私と出会うかもしれないね。そうだ! 森を最初に踏破した記念にこれを進呈しよう」
そう言って技マシンが手渡された。何の技マシンだこれ? バックパックの技マシンボックスに入れ……あ゛!? ヤバイ。これの存在を完全に忘れてた……また後で説教されそうだ。また異なる理由で表情が固まる。
「君たちと再会するのを、首を長くして待っているからね!」
そう言ってそのまま真っ直ぐに行ってしまった。向こうにあるのは……フラワーショップのサン・トウカか? 花でも買って帰るのだろうか。
終わってみれば嵐のような人だったな。
「……キョウヘイ先生ってああいう人苦手?」
む……バレてたっぽい。
「そんなに露骨だった?」
「いや、いつもより表情が少しだけ硬かったし、少し冷や汗も出てたから……」
こんな服着てるのによく冷や汗なんか気がつくな。
「ちょっとね。覚悟を決めればなんとか隠せるんだけど……急だと少し辛い」
「なんか意外かも。お父さんも似たようなタイプだと思うんだけど?」
「ん~……オダマキ博士は結構しっかりと人の顔見ながら話すタイプだから、あんまりそういうこと考えないで済んだな」
「わたしとしては、人の顔見れるならもうちょっと場所を考えてからポケモンと触れ合って欲しいかも」
真顔で色々と愚痴を言うハルカ。まぁ……オダマキ博士も結構やらかしてるなぁ……
「愚痴はそれぐらいにして、ワカシャモに無事進化したようで何よりだ」
「シャモ!」
今まで沈黙を保っていたワカシャモが一声。なんだかちょっと雰囲気が落ち着きました?
これでカナズミのジム戦でそれなりに楽に戦えるようになるだろう。それに、格闘ポケモンって1匹いるとそれなりに広く刺さるため重宝されるからオススメなポケモンだ。
「うん! これからも、もっと頑張ってこの子達と歩もうと思うんだ!」
強くなるとか、勝ちたいじゃなくてポケモンと歩む……か。やっぱりこの娘は面白いな。とてもいい発想だと思う。これからもその発想を持ち続けてもらいたい。
ただ、ポケモンバトルで勝つ! とかではなく共に歩むだとブリーダーやコーディネーターの方が向いてるのかね?
「そうか……よし! じゃあ早速橋を渡ってカナズミシティに向かうか! トレーナー戦は全てハルカがやっていいぞ!」
ワカシャモの腕試しにもなるだろうしな。それに俺には今からやることがあるのだ。
「またわたしばっかり戦うのか…………あれ? サン・トウカには行かないの?」
「とりあえず今日はやめておこうと思う。森の中歩いてきたから疲れてるし、先に自転車の輸送などを行いたいかな……ハルカも温かい食べ物食べたいだろ?」
それに森の中通ったあとにいきなり店に入るのはちょっと……匂いとかいろいろキツかったりするのよ。
「なんだか食べ歩きの旅みたいになってきてるかも……あんまり間違ってないけれど」
今更ですな。ハルカさん、あなたこの前トウカシティでグルメレポートみたいなの書いてたじゃないですか。好みの味を探してたじゃないですか!
そんなこんなで橋までたどり着いたが……思ってたより長い。そしてトレーナーも意外と多く、7人ほどいる。広めに造られている橋は情報交換の場なのかもしれない。あれだけ広ければポケモンバトルも一応はできるだろう。
ただ問題があるとすれば、すぐ横の看板に大きく橋を壊さないでという文が書いてあり、その下の文の一つに炎技をあまり使用しないでくださいとか書かれている点だ。まぁなんとかするだろう。きっと。
「ハルカ……君ならできる! さぁ、あのトレーナー達を負かしてから街に来るといい!」
ハルカにそう言ってから俺はバックパックの中を確認して、頭付近のフードを脱ぎ、ワニマスクを装着してから、
「ズビ」
なぜか持ち上げたら鳴るクッションみたいに腕の中でだらんとだらけている。あの地底湖の水とここの水を比べてテンションでも落ちたのかね。舌が肥えた……というよりは皮膚が肥えた?
それだと太ったみたいだな。あの水と同質の水場なんて数える程度しかないと思うし我慢してくれ。
おとなしく俺の頭の上に乗せられる
「ちょっ……キョウヘイ先生はどうするんですか! というか何をするつもりですか!?」
「俺は……ここを
ハルカが何言ってるんだこの人は……みたいな顔をしているが気にはしない! 俺は泳ぐぞ! 本当はスイクンが出なければあの地底湖で泳ぐつもりだったのだ。だがそれができなかった以上、ここで泳がなければ
「フハハハハハ……サラダバー」
軽く柔軟をしてからぼちゃん! と湖に着水する。モリゾースーツが水を吸って多少動きづらくはあるが何の問題もない。懐かしい感じがするのは気のせいだろう。
「せめて服を脱いでから泳ぎなさい!!」
泳ぐことはいいんですか! やったー!
「ならば俺の秘技――水中脱衣を披露する時が来てしまったか。時代が俺に追いついたな」
わざわざ陸上で脱げるスーツを、あえて水を吸収して張り付いて脱ぎづらくなる水中で脱ぐ俺の秘技……特に意味はないが。ただ、水中で脱いだものはバックパックにしまうことができないだけで何の問題もない。むしろ水中の方がやりやすい気がするのは俺の気のせいだろうか?
今回は水中で脱がずにそのまま泳ぐことにする。
「俺たちが泳ぎ切るより先に橋の向こうにたどり着いたら、晩飯は俺の財布でちょっと高いところに食べに行こうか」
食べ放題だがな! これでやる気を出しんしゃいな。貴重な制限下の対人戦闘を満喫するといい。
「その言葉忘れないでね! 絶対に奢らせますから!」
捨て台詞を吐いて橋を渡り始めるハルカ。思ってたより体力あるな。結構へばってたと思うんだが……これが欲望の力か。というよりもだ。年頃の娘さんが常に飯で釣れるっていうのはどうなんです?
「がんば~」
早速ハルカがバトル1戦目を行い始める。やっぱり進化したポケモンは動きがいいな。なんかこう……キビキビしてるって言うのか? それに楽しそうだ。ゆっくりと平泳ぎをしながら水中を移動する。久々の水泳だし、もうちょっとテンション上げたかったんだがな……それよりも考えるべきことができてしまった。
なんでエニシダさんはあそこに居たのだろうか? トウカの森を攻略できるトレーナーを探していたのなら、普通は多少大回りをしてもトウカシティ側で待つと思うんだが。ただ買い物に来ただけ? 一番無難なんだが……どうにもしっくりこない。本人が買いに行く必要ないと思う。
それに一番疑問なのは、事前情報なしで俺の手に触れて何の反応も見せなかったというのはどういうことなんだ? ダイゴさんですら表情に少し出ていたのに一切表情に出ていなかった。どこかから情報を買ったのか?
……うーむ。
敵ではない……とは思うんだが。俺が知るものと所々異なるからなぁ……良くも悪くも注意人物が無難か?
次にトウカの森の下にあった遺跡について。あれはなんなのだろう。霊木の下の空間から考えるに結構しっかりとした家らしきものがいくつかあったのだろうけれど……文字が解読できればもうちょい何かわかるか? 時空を超え、何度俺達の前に立ちはだかるというのだ過去の遺産よ。それになんでミュウがあそこにキノココのしるしを作ったのかも気になる。不思議なことだらけだ。
ふと、ハルカの方に目を向けると既に4戦目に入っている。思っていたよりだいぶ早い。
ざぱざぱ泳ぎながら眺めていると急に目の前を横切ったコイキングがこちらに向かって跳ね始めた。そして上空からタックルを仕掛けてくる。これが【とびはねる】か! やんのか? あ?
「よし、
「スボボッ」
コイキングを干物のようにすべく体力を一気に吸う
「かえるんだな。 おまえにも かぞくが いるだろう」
決めゼリフを一言。キマッたな! 満足に頷いていると、今まで目の前で腹を上に浮かんでいたコイキングが、急に反転しブルブルと震えだす。
「……あれ? なんかヤバげな雰囲気……?」
「スボォ…!」
「ちょとsYレならんしょこれは……」
全力でその場から泳いで離脱する! ゆっくり泳いでいた
「グオォォォオオォオ!!」
進化の産声を上げるギャラドス様……圧倒的強者の重圧を感じる。どこの大怪獣バトルだ。
「どうしてこうなった……」
陸地まであと50mほどか? 絶望的に遠いな。どないしよう……いや、どうしようもないな、これ。
「……よし、
「スボッ!」
了承を得たところで
「クギュ?」
「
「クッ!」
指示通りに真上に種爆弾を数発撃ちこむ
――だが遅い!
「これが! 俺のぉ! 逃走経路だぁああ!」
背後で爆発が起こり、衝撃で肺から空気が抜ける。爆発で吹き飛ばされて、空中を舞った後に湖畔付近に叩きつけられた。一瞬意識を持って行かれたが意地で食いしばる。
「ゴホッ!! ッ! ハァ……ハァ……」
そのまま陸地に這い上がり
「ハァ……
「クギュルルル!!」
ギャラドスがこちらにすごい勢いで向かってきているがそれぐらい積む時間はありそうだ。
――さぁ、戦闘を開始しよう。