衆人環視の中、静かに厨房から料理が運ばれてくる。先ほど、トイレのために席を立った際にちらっと見えた洗い場には、既に皿の塔は3基建てられていた。しかし目の前で食べ続けている1人と1匹の速度は未だ遅くなる気配を感じさせない。コック達の腕は大丈夫なのだろうか……腱鞘炎にならないことを祈る。頑張れ! 超頑張れ! 祈れよ、されば開かれん。悟りの境地はすぐ後ろまで来ているぞ!
「……それにしても、よくゴンベなんて珍しいポケモンを見つけたな」
ゴンベ――大食いポケモンでカビゴンの進化前のポケモンだ。その類まれな体力の多さと攻撃、特防の高さによってリトルカップという大会でよく姿を見かけるとても頼もしいポケモンなのだが……いかんせん捕まえることがとても難しい。ゴンベを捕まえるには特定の木に甘い蜜を塗る必要があるため、その場所を見つけられない人はカビゴンに満腹のお香を持たせて卵を産ませることが多いようだ。
ハルカの隣で背の高さを調節できる椅子に座っているゴンベは、その短い手でナイフとフォークを器用に操り、音を立てずに上品に食べている。
……ゴンベってこんな食べ方だっけ? 丸呑みがメインだった気がするんだが。ぶっちゃけその辺の一般人よりもテーブルマナーが上手い。少なくとも俺よりは確実に上手いと思う。グラスに注がれているワインを飲む際に油を浮かせないように先に口を拭ったりもしている……なんだこのポケモンは!?
「蜜を塗った木を見に行ったらこの子が居てね? 最初は逃げられそうになったのだけど目が合った瞬間にビビッときたの! この子はわたしと同類なのだと!」
目を輝かせながら嬉しそうに話すハルカ。最早輝きすぎて目がしいたけみたいになっている。ゴンベも頷いている所を見るに何か通じるものがあったのだろう……こういう話をする時ぐらい食べるのをやめたらいかがでしょうか?
「その結果食費が悲惨なことになりそうなのですがそれは……」
多々買わなければ生き残れない……あると思います。
ポケモンセンターで食いすぎたから今、
「その辺のことを昨日話したかったのに、帰ってこなかったキョウヘイ先生が悪いんです! 結局、お父さんに旅の途中でもゴンベのお腹を満腹にする方法を調べて貰うことにしました」
ベストな選択だと思うがそれって俺の意見は必要なのだろうか? ……深夜2時まで待たせたのは悪いと思っています、ええ。ゴメンなさい。このままでは俺はマスクを被ったダメなオッサン――略してマダオになっちまう!
「昨日は正直すまんかった。気がついたらかなり時間が経ってたんだ……」
同じことをずっと聞かれるから時間の感覚がなくなるのです。
「……それで、捕まえたマグマ団員は結局どうなったの?」
「とりあえず身柄送致することはできたが……どうなんだろうな?」
普通は拘留からの起訴なのだろうが、何かあったのか手続きが多くなってしまっているらしい。要は圧力が掛かったってことだろう。本当にきな臭い限りである。
「なんだか変な話になってるかも……」
「だな……」
ハルカもその辺りのことを察したのか微妙に空気が澱んでしまったが、構わずにゴンベは食べ続けている。猛者だな……ハルカも食べる速度変わってなかった。澱んだ空気とはなんだったのか。
「今日はどうするの? カナズミジムに行くことは確定事項として」
「ん? ああ、今日はとりあえずデボンコーポレーション本社に行ってからカナズミジムに行くつもりだ」
バックパックのことで色々とやって欲しいものがある。欲を言えばハルカのリュックも俺と同じようなものに変えてもらいたいが……高望みか? 交渉次第でいけそうな気はするのだがどうだろう?
「……その格好で行くの?」
「えっ?」
ハルカに言われてからもう一度自分の服装を確認する。上下を確認するがどこもおかしくはない。マスクも分かりやすいようにオオカミのマスクだし……まさか油ハネしてた?
「そこで、え? おかしい? みたいな反応しないで! そのマスクは被りっぱなしなの!? あと服装とかもそれでいいの!?」
マスクを含めて俺の顔だ。ちなみに服装はトレーナーにそこまで強制はしないらしいです。ジムリーダーとか服装自由だもんね。仕方ないね。
「コレが無い俺なんて、具と麺の無い天ぷらうどんのような物だぞ!」
「本体をただの汁扱い!?」
「失敬な! つゆがうどんの味の6割を決めるんだぞ!」
「うどんの味については同意するけれど他の物には色々と納得いかない……」
大丈夫、塩分過多にならなけりゃ大体美味しく飲めるよ。
「あ、オダマキ博士からの注文で、ハルカもデボンコーポレーションに付いて来てもらうぞ」
「……え?」
◇ ◇ ◇
「やって来ましたデボンコーポレーション本社! いやー楽しみですね、ハルカさん!」
茶色いレンガ造りのような外観に大きめの入口が中央に2つ。周囲には石造りの広場があり、ガス灯のような外見の照明が等間隔で並んでいる。モダンな感じですな。こういう雰囲気大好きです。
「テンション高いね……」
「研究室見学できるだけでなくバックパックのバージョンアップまでして貰えるんだ。テンションも上がるさ」
あとオダマキ博士からもツワブキ社長宛の資料の運搬も頼まれているしな。軽く眺めた感じ機材についての資料だろう。なんの機材についてかは分からないが、とても細かく情報が書き込まれているようだ。
建物の中に入り、一番最初に目に付くエントランスは近代的で、明るい色のカーペットが印象的だ。右側に受付とゲートが設けてあるようだ。とりあえず受付の人に挨拶と要件を言おうか。
「すみません」
「ようこそデボンコーポレーションへ。どのようなご要件でいらっしゃいますか?」
「私、11時からトヨダヨキチ様にアポイントメントを取りつけたオダマキ研究所所属専属トレーナーの小野原恭平と申します。トヨダヨキチ様にお目にかかれますでしょうか?」
慣れていないからこんな感じでいいのだろうかと不安がよぎる。隣のハルカはいつの間にか真面目モードになっていたようだ。
「オダマキ研究所のオノハラ様でございますね。お待ちしておりました。応接室にご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
受付のお姉さんの後を付いて行くと、2階奥にある応接室に案内された。受付のお姉さんが軽くノックをしてから扉を開ける。部屋の中はガラスのテーブルが中央に置いてあり、隅に観賞用の植物があった。
「どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
「まもなく参りますのでこちらにおかけになって、お待ちください」
案内された奥にある上座に座る。俺が上座でいいのだろうか……
「失礼いたしました」
そう言って受付のお姉さんは部屋を出て行った。
「本当にマスク被ったまま入れたね……」
若干呆れた顔でボヤくハルカ。
「正直受付で剥かれるかなって思ってました」
いやはやマスクに優しい世界になったなぁ。
「さっき受付に貼ってあった紙をちらっと見たんですけど、マスクを被っていてオノハラキョウヘイって名乗る人が来たらすぐに通せって書いてありましたよ……」
「不正はなかった。やはりマスクを着けて来て正解じゃったか」
これを期にハルカもマスクを着けてみればいいんじゃないかな?
そんな軽口を話していると部屋がノックされる。早いな、もう来たのか。
「失礼いたします」
スーツを着た男性と白衣のトヨダさんが応接室に入ってきたのでその場で立って挨拶をする。
「オダマキ研究所所属専属トレーナー兼、異世界からの訪問者、小野原恭平です」
「……オダマキ研究所所属のオダマキハルカです」
何言ってるんだみたいな感じでハルカから見られたが、事実ですししょうがないよね。
「君がオノハラキョウヘイ君か。息子やヨキチから聞いていたがやはり面白いね。ハルカちゃんも気品を感じるし、今年のオダマキ研究所は豊作だね。おっと、自己紹介がまだだったね。私が社長のツワブキ、隣の白衣を着ているのがトヨダだ」
「トヨダです。本日はよろしくお願いします」
ダイゴさんにはいつもお世話になっています。
「さて、まずはお礼をば……我が社の優秀な研究員を助けてくれてありがとう!」
「当然のことをしたまでです」
軽く挨拶を終えて座ってから雑談に入る。
「普段ならああいう時はウチの専属トレーナーに頼むのだがね……丁度、他の仕事でシダケタウンに向かっていたため、すぐに捜索できなかったんだ」
「計画的な可能性があるわけですか……」
本当にきな臭いなぁおい。
その後、軽く雑談をした後にそのまま研究室に向かうことになった。移動する前にツワブキ社長に資料を渡さないと……ついでにちょっと気になったことを聞く。
「そういえば、こちらが渡した資料はいったい何に使う資料なんですか? ウチの研究所が絡むとなるとポケモンの生態関連の機械だという予想はつくのですが……」
「ふふふ……この資料はね、【新しいモンスターボール】を作るために必要な資料なんだ」
「新しい……モンスターボールですか?」
既にスーパーボールやハイパーボールは売り出していた気がするが。耐久性や使用年数を長くしたボールとかか?
「そう、今までよりももう一歩ポケモン側に立ち、より快適で過ごしやすいボールを作る! それが今の我々のプロジェクトさ!」
凛と胸を張っているツワブキ社長。これが夢に向かって走っている人の表情か。
それにしても流石は技術の結晶であるモンスターボールだ。あんな大きさのモノにどれだけの機材や技術を注ぎ込んでいるのかようやく理解できた。とりあえず回路だらけで、素人の俺には最早何がなにやらわからんかったということがよく、良く理解できたよ。うん。
「技術はジョウト地方に住んでいるボール職人のガンテツさんと共同研究していてね。モンスターボールの内部環境を対象のポケモンの生息地に似させることで、より捕まえやすくするというものなんだ。これによって洞窟に住むポケモンを捕まえやすくしたり、捕まえたポケモンの体力を回復させるようなボールが作れると我々は考えているのさ」
ポケモンの生態に合わせたボールか。
――凄く……興味があります。マジで画期的だな。
「とてもいい研究ですね!」
カイオーガ用に水に特化したボールが欲しいです。ネットボール――虫タイプや水タイプを捕まえやすくするボール――を超えるような感じの。
そんな感じの話をしつつ、研究スペースにやって来た。白い部屋には様々な機械、布、金属、薬剤等がしまわれている。作業台付近では研究員がデータを取っているようだ。その隣の部屋には、ゲームで見かけた等間隔で個人用デスクとパソコンが並べられている。こっちでデータ等の調整や構想を練るのかな?
視線を目の前で作業しているトヨダさんに戻し、今までの使用感や要望を纏めたレポートを渡す。ペラペラと捲って確認したあとに一言。
「……なるほど、容量と耐圧性ですか」
「はい、特に深海とまではいかなくとも、海底などでも問題ないようにして頂きたいです」
最低でも1回以上は海に潜るし、カイオーガのことを考えるとなるべく高い耐圧性が欲しい。
「うーむ……容量は何とかなると思いますが、耐圧をすぐにというのは難しいですね。データが揃い次第ということでよろしければ……」
「ありがとうございます!」
これで旅がだいぶ楽になる! アレのために容量が多めに必要なんだよなぁ……
「ああそれと、ハルカさん。好きな色は何色ですか?」
「え、わたしですか? うーん……赤か緑ですね」
「ならバックパックで持ちたい色はどっちです? 基調になる色とサブになる色を決めていただきたいのですが」
「開発中のプロトバックパック貰えるんですか!?」
「プロトタイプではなく、正規品に近いβ版のようなものですね。キョウヘイさんのバックパックを強化する際に同じものをハルカさんにも渡して欲しいとのことです」
データも取れるし会社の製品の宣伝もできるから一石二鳥ってことなんだろうなぁ……邪推しなければ提携相手の研究所にサンプルを渡すってところかな? どちらにせよ、こちらにとってありがたいことに変わりはない。
軽く上を向いてうんうん悩むハルカ。女の子的には重要な問題なのだろう。
「どうしようかな~……うん、メインを赤色、サブを黒色でお願いします!」
「キョウヘイさんは色は変更しますか?」
色を聞かれて一番最初に俺が思い出したモノは――カイオーガの色だった。ふむ……嫌いではないな……むしろ好きな色合いだ。
「メインを少し深めの藍色、サブを赤色でお願いします」
「明後日までには調整を終えておきますので今日はバックパックを置いていってください」
「わかりました」
元々バックパックの性能を上げてくれると聞いていたから、入っていた荷物を全てポケモンセンターの部屋に置いてきたのだ。【あいいろのたま】はいつの間にかガマゲロゲ風財布の中に入っていたが。
こいつは本当に不思議な道具だ。最近気がついたらバックパックの中から財布の中に移動している。何? お金が好きなの?
まぁ今はいいや。あとで考えよう。
◇ ◇ ◇
あのあと、バックパックをよりフィットさせるためにハルカや俺の身長や肩幅を測ったりした。検査着とか久方ぶりに着たなぁ……懐かしい。
「こちらをお持ちください。明後日、我が社に来る際にこちらを受付に提示すれば直接上がることができます」
そう言って【来客用のIDカード】を渡される。
「何から何までありがとうございます」
ハルカと共に礼をしてデボンコーポレーションを出て、一度深呼吸を行う。これで最悪街に入れなくてもどうにかなるかね?
「次はカナズミジム?」
「おう、まだ少しバタバタしているみたいだが一応顔を出しておこうと思ってる。オダマキ博士もジムリーダー視点での、トウカの森の変化を知りたいみたいだしな」
生態的には異常なのだからそりゃあ研究所も動くわな。今回の調査にオダマキ研究所から人員を送れなかったことが悔やまれる。
自転車を飛ばしてカナズミジムに真っ直ぐ向かう。既に15時をまわっている為、塾帰りの人がいたるところで歩いているのが印象的だ。朝方はスーツ姿の人が多かったのだが、朝と昼でこうも客層が変わるとなると店側も大変だろう。
だいたい30分ぐらいかけてにカナズミジムにたどり着いた。ジム内はやはりバタバタしているようだ。
……いつも思うのだがこのポケモンの石柱って何の意味があるんだろうか?
とりあえずジムに入ってすぐのポケモンの石柱がある場所にいるアドバイザーの人に声をかけてみるか。
「すみません」
「おーす! 未来のチャンピオン! どうかしたのか?」
「今日はジム戦できそうですか?」
「あ~……ちょっと厳しいかもな。なんだかトウカの森で色々発見したらしくて報告書の作成で忙しいそうだ。明日なら恐らく挑戦できるはずだぞ!」
今日も無理なのか……仕方がない。明日出直そう。
「そうですか……あ、あと、もう一つ用事がありまして」
「ん? なんだ?」
「私、オダマキ研究所所属専属トレーナーなのですが、オダマキ博士が今回のトウカの森の異常について興味があるらしいので、資料のコピーを頂けないでしょうか?」
そう言って名刺を渡す。
「ふむ……どうだろう? ツツジさんに聞いてくるから少し待っていてくれ」
「わかりました」
アドバイザーの人はすぐに小走りで奥に向かっていった……そして10分ほど待つとひと束の資料を持って帰ってきた。
「良かったな、許可が出たみたいだ。これがその資料で写真のコピーも写っている。無くすなよ?」
「資料ありがとうございます。すぐにオダマキ博士にお送りしますので無くしませんよ」
軽口を叩いてから資料を受け取りカナズミジムを出る。
「今日もジム戦できなかったね?」
「だなぁ……とりあえずこの資料はすぐにオダマキ博士に送らんとな」
そう言いながらペラペラと資料を眺めていくと――――とあるページで手が止まった。
「……キョウヘイ先生? どうかしたの?」
俺が手を止めたページをハルカが横から眺める。
「ん~? 色違いのキノガッサの写真と……電波発生装置? なにこれ?」
あんの余分2兄弟め……! 本当に
……今までのきな臭さは対岸の火事の匂いだったのだろうか?