カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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主人公の過去(上)

『オレキトクスグカエレ』

 

 まったく笑えないメッセージが先ほど送られてきた。いつもなら、ああ奇特――非常に珍しいさま、不思議なさま。他の人から見たキョウヘイ先生そのものである――の方だななんて流せるけれど、今は色々とタイミングが悪いと思う。

 

 ミツル君の叔父さんに頼み込んで車で送ってもらい、急いでポケモンセンターに帰ってくると何故か野次馬の群れが傘をさして入口を囲んでいた。こんな雨の中、みんな暇だなぁ……とりあえず何があったのか近くにいたおばさんに聞いてみようか。

 

「すみません。何かあったんですか?」

 

「あら、お嬢ちゃんさっき見れなかったの? ついさっきね、チャンピオンのダイゴさんがここのポケモンセンターに飛んで来たのよ! カッコよかったわぁ~……」

 

 うっとりとしながら話すおばちゃん。ダイゴさんが来たのか~……アレ? 電話でお話し合いをするんじゃなかったの? ダイゴさんが来たのはキョウヘイ先生が理由だと思うのだけれど……わたしが呼ばれたのも関係あるのかな? まだキョウヘイ先生が暴走でもしたのだろうか? でもそれならあのメッセージの意図がわからない。

 

 とりあえずここで立っていても仕方がない。まずはこの人だかりを越えなければ……!

 

「通してくださーい! すいませーん! ちょっと通りますよー!」

 

 人の波をかき分けて進み、その後に大賀達が付いてくる。もう少しポケモンセンターの入口に近い所から突入するべきだったかもしてない。

 

 やっとの思いで通過し、エントランスを抜けてカウンターへ。ちょうど、病院服を持ったジョーイさんがフロントで応答しているのを発見した。とりあえず後ろに並ぶ。

 

「ジョーイさん、キョウヘイ先生に呼ばれたので急いで来ました! キョウヘイ先生はどこです? 予定通りに病室にいますか?」

 

「……奥へ入りなさい。あとこれも持って行って……」

 

 とてもどんよりとした雰囲気を纏っているジョーイさんはそう言って一歩横に退け、カウンターの入口を開いた。これは触れてもいいのか判断に困るなぁ……

 

「……えー、なんでそんなに疲れた表情なんでしょうか?」

 

 触れないと先に進めない気がしたので、ジョーイさんが望んでいるような言葉をかけてみた。

 

「中に入ればわかるわ」

 

 そんなことを言われたら入りたくなくなるのが人情というものではないだろうか? 見えているフラグに頭を突っ込むのはキョウヘイ先生の仕事だ。そのことについて本人は偶々だとか言っているが、わたしには自ら喜んで突っ込んでいるように見える。きっと本性はドMなのだろう。

 

 ちらりと後ろを見ると、御神木様が生暖かい目でこちらを見ている。なんとなくこれから起きることを想像したのだろう。ただ、そのご愁傷様みたいな表情はいただけない。

 

「……ふぅ。良し!」

 

 覚悟を決めてノックをした後に中に入る。

 

「ハルカです。入りますよ」

 

 中に入ると――

 

「……ということは、砂漠に行くなら防砂用のマントがあったほうがいいか」

 

「そうなる。それにしても、直前まで目撃されていたマグマ団があの辺りで何をしているのかわからんのも気がかりだな」

 

「砂漠……となると目的は化石とかじゃないか? 確か幻影の塔周辺で出土していたはずだ。もしくは石碑のようなモノでも探しているのかもしれない」 

 

「やはりマグマ団も古代について調べている可能性が……」

 

 ――なぜかワニのマスクを被ったキョウヘイ先生が半裸になって、スクワットをしながらダイゴさんと話していた。え? まさかキョウヘイ先生ってそっち系の人だったのでしょうか?

 

   ◇  ◇  ◇

 

 うーむ。あいつら砂漠で何をやっているんだ? 他に砂漠となると考えつくのは……砂漠遺跡か? だがあそこは王宮の石室の封印を解かないと入れないはず。そもそも遺跡自体見つかっているかどうかもわからん。

 

「あの~……」

 

「ん? おお、ハルカ! よく来たな。とりあえずそこの椅子にでも座ってくれ」

 

「……キョウヘイ先生ってそういう趣味だったの?」

 

 ダイゴさんと顔を見合わせる。ああ、なるほど。とりあえずポージングしておく。胸筋だけをピクピクと動かすのも忘れてわいけない。いい筋肉だろう? 非売品なんだぜ、これ。ちょっとキレが悪くなっている気もするが、訓練で取り返せる許容範囲内だ。

 

「断じて違うぞ!? 僕は決して同性愛者ではない!」

 

「酷い! 俺とは遊びだったのね! 認知するって約束したじゃない!」

 

「キョウヘイ! 君も変なネタで混ぜっ返すな! それと、ようやくハルカ君も来たのだからさっさと本題に移らせてくれ!」

 

「で、どうしてキョウヘイ先生は上の服脱いでるの?」

 

「この人に襲われ……ステイステイ、まぁ落ち着こう。その振り上げた拳は下ろしたまえ」

 

 軽く無視をして話していたら本気で殴られそうになった。やだなぁ、ちょっとしたお茶目じゃないか。余裕のない男は嫌われるよ? これは経験談だから確実だろう。それに変にシリアスな空気が続いていたから一変したかったんだよ! 察しろよ!

 

「いやさ、俺の着ていた病院服が機能しなくなっちゃって……」

 

 あの血濡れの病院服はジョーイさんが持って行ったけどね。

 

「何があったらそうなるんですか……?」

 

「いろいろとあったんです。そういえば御神木様達は?」

 

「あれ? ……逃げたな」

 

 何ボソッと言ってるんです?

 

「……ハルカ君が来てから随分とテンションが高いじゃないか」

 

「テンション上げんと俺の精神が持たんのだよダイ太君! 話す内容的に俺が悶死するわ! それにアダンさんが珠持って結構離れてくれたせいか体自体は快調気味だし」

 

 自分の過去の恨みや痴態も話すことになりそうだしな! 正直酒が欲しいぐらいだ。素面で話すとかどんな拷問だよ。

 

「珠?」

 

「後で話す。今回の本題は俺が何者かを知るためにルーツ、つまり俺の過去……あとはハルカが聞きたがっていた渦潮事件についてか」

 

「異世界うんぬんくんぬんについては?」

 

「正直、証拠を持ってそうな奴と連絡取れんから自称程度の認識でいいよ。よくいるだろう? 自称フリーターとかそんなの。ぶっちゃけ頭のイタイ人程度にしか思われないだろうし今更問題ないさ」

 

「え~ッ!?」

 

 いや、だってさ? 証明するために必要そうなものって言うとさ。

 

 身分証←元々が偽造。証明できたらそれはそれで心象悪化確定ルート間違いなし。わざわざ言う必要がないな。それにダイゴさんのほうでも調べていそうだし。

 

 物品←偽造できるだろうし、まず向こうにしかなさそうなものって何よ? 仮に思いついたとしても持ってこれる奴と連絡取れない。

 

 知識←普通なら一番確実そうだが、でまかせの可能性だってありえるだろうし証拠としても不十分だろう。第一、今現在どんどん俺の知っているゲームのポケモン世界から離れているというのにどこまで使い物になるのか俺でもわからん不安定な物だ。

 

 ダイゴさんやハルカしか知らないような個人情報を言ってみる手もあるが、それってストーカーっぽいよな? いや、恐らくできなくはないだろうが……あんまり意味もなさそうだしなぁ……

 

 結論=無理じゃね?

 

 今更だが、俺ってば信用性皆無だな。そもそもだ。これは自分が自分であるという証明に近いだろうから、コギト命題を一学生に完全に証明できるはずがないじゃないか! そういうのはエロイあいつ(アルセウス)に聞いてくれ!

 

「連れていけたら一番楽なんだがなぁ……」

 

 いや、【さいみんじゅつ】を使ったなんて言われたら元も子もない。うーむ…………ここでアルセウスの悪口言っていたら金タライが落ちてきたりしないだろうか?

 

「まぁ、それはいい。とりあえずキョウヘイ、君の体がなんでそうなったのかを教えてくれ」

 

「了~解。忘れもしない……アレは2年前の1月23日。あの渦潮が発生するまでは晴天だったんだ――

 

   ◇  ◇  ◇

 

 バタバタとした慌ただしさが通り過ぎ、一種の静寂が訪れていた。一息ついてからまぶたを閉じ目頭を抑えるとシアンのような色が網膜に焼きついている。先程までいた救急車の赤いライトが俺の目に残像を残していたようだ。まったくもって迷惑な人である。社会人なら体調管理ぐらいはしっかりしろよと言いたい。

 

 まさか虫垂炎で教授が、そしてその付き添いで先輩が来れなくなるなんて……一人でカタクチイワシの生態調査用ブイを回収、数値入力するとかダルすぎるだろう……

 

 やっぱりあの教授と先輩はデキていたのだろうか? 妙に献身的過ぎるもんな。普通、救急車に一緒に乗ったりはしないだろう。年の差16か……犯罪だな。

 

「すみません。深夜からうちの教授と先輩がご迷惑を……」

 

「前日までピンピンしていたんだがねぇ……あんた一人で調査は大丈夫なのかい?」

 

 船長から訝しげに聞かれるが特に難しい作業もない。ただ量が面倒なだけである。

 

「回収と測定だけなので問題ないと思います。ただ、今日の天候次第によるでしょうけれど」

 

「ああ、それなら問題ないよ。今日はここ数日の雨が珍しく止んだからね。天気予報も問題ないみたいだし、海も荒れていない。風も強くないから漁の合間に回収して帰港しても問題ないだろう」

 

 海の方に目を向けるが、まだまだ暗くあまり遠くまでは見えない。だが波は高くなさそうだ。

 

 自分の身につけているライフジャケットの具合を確認し、安全性を確かめる。その次は道具類だ……今回、大きな機材はないが吹っ飛びやすく、なくしやすい測定用のメジャーやカウンターもある。気をつけなければ。

 

「では今日はよろしくお願いします」

 

 そう言ってから頭を下げ、船に乗り込んだ。漁船名は第七畑野丸と言うようだが、長年愛用しているせいなのか所々に錆が浮いており年代を感じさせるものとなっている。甲板は汚れが少なく見えるがいくつもの傷などが残っていて、過去の大物を彷彿させてくる。

 

 俺を含めて4人を乗せた漁船は、まだ陽も昇っていない時間に出港した。生の漁業は初めてだ……邪魔にならないように色々と見学させて貰おう。

 

 

 

「おかしいなぁ……どうなってんだ、おい」

 

 とりあえず竿を上げて餌を回収してみるがやはり魚は釣れていない。魚探に一切反応がないため、とりあえず放り込んでみたが魚探が壊れているわけではなさそうだ。船長さんがバンバンと魚探を叩いている。

 

 既に漁を始めて早3時間経つが一向に魚が捕れる気配がなく、ここまで来るとイライラを通り越して最早不気味に思えてくるな。

 

「ここまで捕れないのはおかしいですね」

 

 環境の変化でもあったか? 地底火山が噴火したとかならまだわかるがこの周辺にそんなものは存在していない。深さも日本海の平均的な深さに近いし……

 

 海水を汲んで温度を測るがやはりおかしな所はない。本当になんなんだ?

 

「地震の前兆とかですかね?」

 

「坊主、不吉なこと言うのは止めてくれよ。船乗りって言うのは迷信深いんだぞ」

 

 ここで今日は貴方達もボウズですけどね、なんて喧嘩を売るのはやめておくべきだろうか? ……そもそも釣り用語だから違うか。

 

「……今日はさっさとブイ回収して引き上げるぞ」

 

「わかった。なるべく快速で向かったほうが良さそうだな」

 

「ブイ自体の数が数ですからね……でもこの様子で本当に取れているのか気になりますね」

 

 元々大規模な調査ではなかったから50本程度だが、一部距離がなぁ。帰港を想定して東周りで回収していくことになった。

 

 一本目、返しをとって中身を取り出すと――

 

「――なんだこりゃ?」

 

 3匹ほどの魚のようなものが海水とともに流れ出てきた。恐らく……カタクチイワシなのだろうが……まるで飢餓状態のようにやせ細り、皮による光の反射が鈍い。目の部分も軽く濁っている。これで本当に泳げていたのか? 歪すぎて何とも言えない。そもそもこれカタクチイワシ? 魚の種類違うとかない? 

 

 特徴を確認するが目の位置も、口の大きさも、体の細さ……は微妙か? 個体が小さいのかもしれないがほぼほぼカタクチイワシと一致している。軽く触るだけで鱗が落ちるのもそうだ。教授が来れなかったのが本当に痛いな。新種ではないはず。とりあえずデジカメで写真を撮っておこう。

 

 ナイフで腹を切り開いて身を確認してみると――何故か真っ白に濁っており、ボソボソと水分や油分がなくなったようになったいた。少なくとも普通の獲れたばかりの魚の身ではないな、これは。まるで精気を感じない。

 

「船長さん、こんなカタクチイワシ見たことあります?」

 

 とりあえず船長さんや他の船員に見せてみる。

 

「ねぇな。ない。本格的に何か起こってるのか……?」

 

 少なくとも、俺の知識ではイワシの類は青魚であり、赤身を持つはずだ。そしてこんなふうになる魚ではない。

 

 他の2匹も捌いてみるが似たような結果になった。どうなっているんだ? 残りを回収する為に船を走らせているけれど、漁船の中は葬式のような雰囲気になってしまっている。

 

「これは……この海域だけなんですかね?」

 

「今までここでこんなふうになっている魚は見たことがないぞ」

 

「そもそもこんな魚が増えていたら商売上がったりだな」

 

 そりゃあそうだ。売り物などにはならんだろう。

 

「これで、37本目」

 

 中身を出すがまた同じ……今まで回収したブイのカタクチイワシ全てが似たような感じだ。ブイを設置したのは一昨日だからこの二日間で何かが起きたということだな……その何かから魚が逃げたのか? だが何が起きたら罠にかかった魚までこうなるんだ?

 

「……ん?」

 

 船員の一人が何かを見つけたらしい。

 

「どうした?」

 

「いや、急に曇ってきたなと思ってな」

 

「おいおい勘弁してくれよ……」

 

「え? 本当だ……」

 

 いつの間にか鉛色になっていた空を眺めてポツリと呟く。重く、厚そうな雲が今にも崩れ出しそうな雰囲気を醸し出している。波も高くなり始めており、ゆっくりとだが状況が悪化しているように思えてならない。

 

「……これでもう島に戻りましょうか。残りは後日でも問題ないでしょう」

 

 今の異常状態時だと嵐になったとしてもおかしくは思えない。これ以上この場に居るべきではないと直感が叫んでいる。

 

 早めに移動してしまおうと、そう決めた瞬間に――――漁船から少し離れた位置にダム穴のようなものが現れた。一瞬、何が起きたのか理解できず、ポカンとしているとズズズッと漁船が引きずり込まれ始める。

 

「ッ!?」

 

 ガクンッと船が揺れ、一気に穴の付近へ引き込まれた。なんなんだあの穴は!? 穴は次第に大きくなり、周囲の海水を巻き込みながら巨大な渦潮のように大きくなってゆく。最早鳴門の大渦を超えているだろうな……異常な光景すぎて一回りして冷静になってしまっている。

 

「オイ! 坊主大丈夫か!」

 

「クソッ!」

 

 渦から逃げ出すためにエンジンが唸りを上げる。その衝撃で投げ出されないように漁船の横に捕まり、必死にその場に留まろうとするが、ぬめりけでうまく掴むことができない。今ばかりは漁船のぬめりが恨めしい……直前まで魚を触っていたのもいけなかったのかもしれないが。握り締めた部分の錆が軽く手に刺さるが気にしていられない。

 

「しっかり捕まっておけ!!」

 

 最大速度の船速で漁船が渦潮を脱出した瞬間、勢い余って漁船が空中へ跳ね上がった。2度目の大きな衝撃で体が浮き、漁船から飛び跳ねてしまい――

 

「……あ?」

 

 ――軽い浮遊感を感じた後に物理法則に従って海へ自由落下した。

 

 背中から着水した後に海流によって錐揉み回転しながら底へ引きずり込まれてゆく。ライフジャケットが一切の意味をなしていない。冬の冷たい海水が全身を痛めつけて、特に掌から激痛が走っている。振り落とされた際に錆で切ったのかもしれない。それでも海面に出るために痛みをこらえ必死にもがくが、海流が強すぎて上がれずにいた。

 

 最早上下左右がわからない。水圧で体がミチミチと悲鳴をあげ始めた。酸素がなくなり、呼吸も苦しくなってきている。意識を失ったらそのまま死んでしまう気がする……こんなところで死にたくないという一心でこらえるが、そんな俺の意思をあざ笑うかのように渦は俺の意識を刈り取ってゆく。

 

 

 

 意識を取り戻し、ハッとして辺りを見回すが暗く星明かりしか確認できない。頭が痛い……何があった? 意識がなくなっていたせいか、途中から記憶がすっぽりとなくなってしまっている。

 

 漂う感じがしているのは浮かんでいるからなのだろう。俺は――まだ生きているのか? ぼんやりとした頭で大の字になり海を漂う。たぶん今は夜だろう、暗いし。燦々と輝く星星の光が目を刺激する。海の上だと星はこんなにも輝くのか……まるで様々な色の月が幾つも重なっているかの様に輝いている。

 

 ただ、今はそんな風に感動している場合ではないだろうと、ふと思い出す。そうだった、こんなことをしている場合ではない。まず近くの陸を目指して泳ぐべきだろう……どっちが陸だ? 流れに任せるわけにもいかないしな。星で方向とか判断できたはずだけれどどうやるんだっけか……?

 

 とりあえず……()()()()()()へ進んでみるか。

 

 


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