「――で、その後泳ぎ切ったところで力尽きて気絶。次に起きるのはその5日後だ」
一度話を区切ったキョウヘイ先生がふぅと一息ついておいしい水を飲み始める。まるで一仕事終えた会社員のような体を装っているけれど……まだ話は続くんですよね?
うーん、詳しく話されても理解が追いつかない。今まで散々ネタだと思って流してきたが、本人は真剣に、本当に異世界人だと言っている……ただ、正直少し納得がいった所もあった。所々抜け落ちているようにあたりまえの常識を知らないこと、どこから知ったのかわからないようなポケモンに対する詳細な知識、どんな思考回路かはわからないがある種の革新的な技の運用法。
キョウヘイ先生は信じなくてもいいと言っているが、もしかしたら本当なのかもしれない。まぁ、どこで生まれていようが今後キョウヘイ先生のキャラが変わることはないだろう……もしかして異世界って皆キョウヘイ先生みたいなのだろうか? 今度からその世界のことを魔境と呼ぶことにしよう。
「まって、ちょっと待って。色々と聞きたいから。とりあえず、その渦潮事件はそれで終わりなの?」
そしてこの渦潮事件……キョウヘイ先生の話が本当ならば、魚の精気がなくなるような特殊な状態の海域で巨大な渦潮に巻き込まれて、それでもなお生きていたということだ。その生命力を褒めるべきだろうか。超常現象の内容もポケモンなどの生態を学んでいる身としてはかなり気になる話しだし、結局どういう結論が出たのだろう?
「確かに渦潮そのものは俺が助けられた時には既に消えていたらしいし、事件としてはこれで終わったと言ってもいいだろうな」
既に消えていた……そんなに長時間発生しなかったのかな。
「なぁ、日が沈んでいたのだろう? どれぐらい時間が経っていたんだ?」
「……4日だ」
「……え?」
思いがけない言葉で思わず聞き返してしまった。ん、冬の海だと5~7時間で凍死するとどこかで聞いたことがあるような気が……バックパックから生物のノートを取り出し、ペラペラと捲っていく。あぁ、あった。
やっぱり教えてくれたのキョウヘイ先生だったかぁ……自分でも色々と調べたんだろう、きっと。
「正確には俺が渦潮に巻き込まれて4日と半日が経過していた。時間に直すと108時間、分に直すと6840分、秒に直すと388800秒だな」
それにしても、渦潮に巻き込まれて4日半海を漂っていた? 冬の海を? 普通は人間が生きていられる状態ではない。
「当時は自分の事なのに現実感がなくて理解できなかったよ。けれど、今思えば俺の肉体の変化は漂っていた時には既に始まっていたんだと思う」
少し遠くを見るように目を細めて思い出すようにポツポツと話していく。いつにもなくしおらしい感じがするのはなぜだろうか。
「その時から体温が?」
「記憶がないけれどおそらくね。それとさっき言った通り、呆けた頭で騒がしいと思える方向に進んでいたはずなんだが……普通、海に浮かびながら夜の街の雑音なんて聞き分けられるか?」
……あ! 確かにそうだ。他のことが印象的すぎて聞き流してしまっていたが、光で理解したのならともかく距離的にも波の音や風の音で街の音なんて聞こえるはずがない。でも、たどり着けたということは空耳というわけでもないはず。考えれば考えるほどわからなくなる。
キョウヘイ先生が見ていた月が重なっていたのは焦点がずれていてボヤけて見えたか、海水のせいなのだろうけれど……特殊な状態のせいかどうしても深読みしてしまう。でも他の星は見えていたんだよね? 後で質問しよう。
「さて、続きはトイレに行ってからでいいか? 水ばっかり飲んでるせいかちっと催してきたんだ」
「我慢できないの?」
なんかここでトイレに行かせたらそのまま逃げるような気がしてならない。何故か猫モドキのマスクを被っているし。トイレへ行くのにそれは必要ないよね? 無言で額を開閉しても説明にはならないんだよ?
「ダメだと言われたらここで漏らすしかないね……え? まさかハルカってそういう趣味? 我慢プレイは後片付けが面倒だからちょっと賛同できそうにないな」
人の趣味をなんだと思っているのだこいつは。
「君は合間合間に何かネタを挟まないと死ぬのか? さっさと行って帰ってこい」
「あ、ちょっと待って。ダイゴさん、キョウヘイ先生が逃げないように見張りに行って貰えます?」
「嫌だぞ! これ以上僕がホモだのなんだの言われる原因を作らせないでくれ!」
おおう、ダイゴさんが冷たい。わたしが合流する前にまた何かやらかしていたのだろうか。
「しょうがない。監視役でラッキーを連れて行けばいいだろう?」
そう言ってラッキーを連れて部屋を出て行ってしまった。本当に逃げ出さないのだろうか? 信用がないのは時折予想の斜め上へジャンプするキョウヘイ先生が悪いのだ。
「うーむ……」
「どうかしたんですか?」
「キョウヘイ……もといあいつ、船にいた時より落ち着いたな」
「わたしと初めて会った時も落ち着きがなかったんですけれど、少し経ってからちょっと、ほんのちょっとだけ落ち着きましたよ。ええっと……キョウヘイ先生が落ち着き始めたのは……」
観察帳をペラペラとめくってゆき、日程を確認する。確か森に入った辺りで……
「あった。キョウヘイ先生から相談を受けてからですね」
「相談?」
ダイゴさんが顎に手を当てて首をかしげている。この人クールそうに見えて些細な仕草が可愛いかったり、一部天然だったり面白い人だなぁ。
「ええ、なんでも友人が自分の意思ではなく、ポケモンに引き連れられて失踪同然で家を出て、とても遠くへ行ってしまったとか。それで、その友達の身の振り方に対してなんて返そうか考えていたらしいです」
わたしが言った内容をしっかりと書き残していないようだが、確かその友人に好きにすればいいんじゃない? 的なことを言った気がする。
「ポケモンに引き連れられて、失踪同然ねぇ……」
腕を組みながら思案を巡らせている……というよりは何かを思い出すように唸っている。
「何か引っかかることでも?」
「船に乗っていた時、出港時から航海5日目までのあいつの足取りが未だに分かっていないんだ。船の防犯カメラに一度も写っていないし、部屋に出入りしていた形跡もなかった。だから一度本人に聞いたことがあったんだが」
「……その時キョウヘイ先生なんて言っていたんですか?」
「よくわかっていないだとか、いつの間にかココに居たとか言っていたな。結局その時はそのまま流してしまったが、今の話を聞くと違うモノが見えてくる」
どういうことだろうか?
「もし仮にだが、そのポケモンに引き連れられた友人というのをあいつに置き換えると、あいつは自分の意思ではなくポケモンに連れてこられた。尚且つ今後の身の振り方を考えていたということになる」
「アレはキョウヘイ先生自身についての相談だったと?」
「そんな気はするな。その後あいつが手紙を書いているところを見たか?」
そういえば見ていない……かも? 思い出しそうとしても他のことばかり思い出してしまう。今も少しそうだけれど、あの時のわたしも自信がなくて必死だったからなぁ。
「よく覚えていません。毎日の課題がかなり多くて余裕がなかったので……」
「もしかしたら本当に他の世界から来たのかもしれない」
なんか本格的に信用できそうな感じになってきたかも。
「それとさっきあいつはこうも言っていた。『正直、証拠を持ってそうな奴と連絡取れんから自称程度の認識でいいよ』と。連絡が取れないと言うことは、あいつは相手の連絡先を知っていて、どこかで1回以上そのポケモンと連絡を取りあったということに他ならないだろう」
なるほど。ちょっとしたニュアンスの違いでそこまで読めるのか。そういえばキョウヘイ先生も、だいたい秘密なんてものは遅かれ早かれ自分で喋ってしまうものだなんて言っていた気がする……いつか自分がボロを出す自覚があったってことかな?
「今は無理でもいつかそのポケモンと連絡を取り合うことができるはずということですか?」
「そういうことだ。ただ、連絡媒体がなんなのかがわからないのは問題だな。エスパータイプのように念波による連絡なら僕たちはわからない」
「でもそれなら連絡先っていう言葉がおかしくなりますし、ポリゴンみたいにパソコンやポケナビからの連絡だと思います。キョウヘイ先生が最近急いでパソコン買いましたし」
他にも色々と考えていたみたいだけれどね。資料整理だとかこの間の遠距離ナビゲートだとか。
「たぶんそっちが本命だろうけれど、一応考えておかないと違った時に初動が遅れるから……」
そんなことを話しているとガチャリと音がしてキョウヘイ先生が帰ってきた。
「何やら盛り上がっていたみたいだな」
「それほどでも。それにしても遅かったですね」
「御神木様達が雨に打たれながら遊んでいたから、ついでに訓練になるようなこと教えてたら遅くなったんだ。ごめんね」
「そう思うならもう少しまともな謝り方をだな」
なんでごめんねの発音が→↑→↑みたいになっているのさ。
「何教えてきたの?」
「技を同時に放つための初歩訓練だ」
「……そんなことできるの?」
誰でも最初に考えること。同時にいくつも技を扱うことが出来るのならどれだけ有利になることか……誰もが挑戦して失敗してきた道のはずだ。トップトレーナーの人たちでも出来る人なんてほとんど聞かないし、現に今まで喋っていたダイゴさんの表情が変わった。
本当に出来たら正しくバランスブレイカーと言えるだろう。
「最近になってようやく御神木様が【ステルスロック鎧】と【こうそくスピン】みたいな一部の組み合わせをスムーズに出来るようになったぐらいだな。本当によく頑張ってくれているよ。これは今度なにかしらの形でご褒美渡さないといけないな」
「どうやって訓練したの?」
「単純だよ。けんけんぱって遊びがあるだろ? あれを少しだけ変えたのを足がかりにするんだ」
「あの丸を書いたヤツ?」
よくある子供の遊びの一つをどうすれば二つの技を同時に扱うことに繋がるのだろうか?
「そう、それ。まず前提として石は投げない。あとは円ではなく、この間買ったひも状のラダーを使う」
それによってどうして技を複数扱えるようになるのかが理解できない。どうやって訓練するんだろう。
「そして最初に足の動作を決めて、次に腕の動作を決めるんだ」
「ん? 足と腕の動作を変えるのか?」
「ええ、要は複数の動作を混乱せずに行えるようにするのがキモな訳ですよ。それに、そもそも二つ技を同時に扱うというのは、知識はあるし片方ずつやれば問題ないはずの動作を無理やりやらせているような状態です。右手で数学やりながら左手で古文やらされているような感じですかね? ならそれを分解して、ゆっくりと慣らしていけばいつか出来るんじゃないの? というのがこれの理論ですね。これをうまく利用できるのならかなり戦略の幅が広くなる」
「そりゃあそうだろうけれど……かなり無理じゃない?」
それだけならば過去に実践している人はいそうだ。
「まぁな。だから遊びや生活の一部と交えながら訓練していくんだ。例えば御神木様の場合は偶にその場で回転しているだろう? だからそれの延長をしていくんだ。まずは普通の技の訓練。次にただの回転をしながら技を出す訓練。最後にそれを混ぜて魔改造する訓練」
最後だけものすごく物騒だなぁ……そういえば偶に回転しながら技を使っていた気がする。ほとんど不発だったけれど、少し出来るようになったのかぁ……凄いなぁ……
「……なぁ、インパクトのある話題を与えたらそのまま事件の後についてを話さなくても済むなんて事を考えていないだろうな?」
その言葉でわたしもハッとする。危なかった、流されるところだった……小賢しい真似をするな、キョウヘイ先生。観念しなさい。
あ、キョウヘイ先生がピシリと石化した。図星だったのか。
「マジで話さないとダメ?」
「「ダメ」」
ここまで来てそれはないでしょう。
「はぁ……どこまで話したっけ?」
「泳ぎ切った所からかな」
とうとう観念したらしい。
「病院前か。泳ぎ切ってから、ある公園に漂着してな。コンクリの手すりを登りきる前に気絶してしまって次に目が覚めたらもう病院だった」
「あれ? さっきみたいに詳しく話さないの?」
「ここからの話は俺の精神を殺しに来るから早送りなの」
そんなに話したくないことなのだろうか?
「まず初めに身長と髪、爪が変わり果てた。当時の元の俺の身長はだいたい170cmだったんだが、病院に担ぎ込まれてからメキメキと伸び始めたらしい。髪や爪も同様でな? 切っても切っても元通り生えてくる。俺が起きた時には髪が繭みたいに俺を包んでたよ」
思っていた以上にヘビーだった。今の身長が190cmだから5日で20cm伸びて、同時に髪や爪が伸び続ける…………成長? ふと、そんな言葉が頭の中で浮かび上がるが、一体何から成長したと言うのか。自分の思い浮かべた想像を頭を振って消す。
ん?
「まず?」
「伸びるのはすぐに止まったんだがな。次に前にハルカには話したが、温かいものに近づけなくなった。飯も風呂も、人肌も、温かいものに触れば全て等しく俺が火傷した。今まで出来て当たり前だったことをできなくなる。知っているか? 常に冷たい飯ばっかり食べていると精神的にキツくなってくるんだぜ。あの頃は大体23℃以上の食べ物はアウトだったはずだ……食べると食道が火傷状態になるからな。この辺りから病院生活に対して精神的な負荷が大きくなってきた」
「わたしが前に聞いたやつだね。だから未だに人肌に触れるのに苦手だとか」
「苦手というか昔の火傷の痛みを思い出すんだ」
「……そうなのか? 初耳なんだが」
「そりゃあダイゴさんには言っていなかったからな。精々潔癖症か握手が苦手程度の認識にしかならないだろうし、そこまで面倒にならないと思ってさ」
一度無理を言ってマッサージをしてくれた時も顔が歪んでいたしなぁ……女の子触っている時にその顔はどうなのよとも思ったけれどそれだけ嫌だったのだろう。女としての魅力がないのかな、なんて落ち込みもしたけれど……
「で、追い打ちをかけるように訃報が来た。俺が発見される1日前に教授が病院から身投げで自殺したらしい。責任者としての立場でテレビや週刊誌から散々追い回されて叩かれたというのと、その時未だに俺が見つかっていなかったのが原因だと思っている。恐らく。この日に俺の精神が完全に狂ったんだろうな」
ただただ悲劇で、悲惨だ。キョウヘイ先生が話したくないと言っていた理由もわかる。わかるのだけれど……感傷もなく、まるで他人事のように事務的に話し続けているように見える。
「そのことや、渦潮で生き残ったことで俺の方にもマスコミや雑誌記者がわらわらやってきてな。面白おかしく書き立てるのがウザかった。実名で報道されていたせいで現状の症状がネットに流れ、化け物のように扱われるのがキツかった。週刊誌の記者が家にまで押し入って来たのが許せなかった。ニュースや特番というものは悲劇めいたものほど鮮やかに写るから、ある意味必然だったのかもしれないが……」
本人の口調は笑いながら言っているように聞こえるけれど、聞いている身としては一切笑えない話だ。わたしがそんな状態になったらきっと怒りのままに相手を殴ってしまっている。
マスクのせいで今見えないキョウヘイ先生の表情もきっと笑ってはいない。気味の悪い猫のマスクが余計に不気味に見えた。
「このあとは俺の黒歴史というかなんというか……自分でも狂っていたと思えるほど酷いもんだったよ。最初は自殺しようと考えてな。いつもは寡黙な親父に泣きながら止められて、そこで自殺をやめた――なんて言えば立ち直ったと思うかもしれない。実際病院内では監視は付いていたけれど真面目に勉強しているように見えていたと思うし、実験には付き合っていたから医師の方々からは好評だった」
だんだんとこの人のルーツであり、狂気というものに触れてきた。自らも理解している狂気……それは傍から見れば狂気と認識されず、異なって見えるモノなのだろうか?
「なぁハルカ。最初に俺が勉強に励んだ原因ってなんだと思う?」
「……自分で望んだ未来を掴むため、満足するため?」
「そうだ。俺が望んだ未来のために、満足できる未来のために、憎かったアイツ等の全てを殺してやりたいなんていう未来のために様々な勉強を寝ずにやった。こうやって改めて話すと本当にこの辺は厨二病の末期だったなぁ。そろそろこの黒歴史を産業廃棄物として捨てたいんだが向こうが受け取り拒否するんだよな……とりあえず覚えるという意味ではこの身体は便利だったよ。常人の何倍も無茶をできたし」
今のキョウヘイ先生からはありえないようなことを口走っている。いつものふざけた様子からは考えられない、歪でドス黒い感情。そこまで追い詰められてしまったのか。歪んだ笑いを見せている猫の被り物のせいで余計に印象的だ。
「ならどうして立ち直ったんだ?」
ダイゴさんも気になったのだろう。今の流れだと今のように立ち直る気配が全然しない。
「うーん……厳密には未だに立ち直っていないのかもしれない。だから未だに人に触れられるのがダメなのかもな。3ヶ月経った辺りからかな……急にやっていること全てがバカらしくなってきたんだ。ゴミのためになんでこんなに労力をかけないといけないのか。そんなことの為に時間を使うのなら親に苦労をかけた分、奉仕をしようっていう考えが突然降って湧いたように広がってさ。天啓みたいなそんな感じで……まるで俺の思考が操作されいているみたいだよな」
面白可笑しそうにキョウヘイ先生は話を続けている。自分の体がおかしくなったとしても冷静に分析し、それすらも利用しようと思考する。ただ、その言い方だと、まるでキョウヘイ先生は自分を人形劇の操り人形のようなものだと考えているように聞こえてしまう。
「俺自身は本気でそう思っているんだ。まぁ……正気かと問われたらいささか返答に困るけどさ」
歪んでいる。でも、ソレなのに……傍から見ていると、多少違和感を覚える程度に取り繕えているように見える。見えてしまう。それがこの人の狂気なんだ。
◇ ◇ ◇
「で、結局ハルカはコンテストに付いて行かなくて良かったのか?」
せっかくダイゴさんが説明しながら特等席で見れるのだから行ってくれば良かったのに。またとない勉強の機会だぞ? もったいない。
「んー、今日はそういう気分じゃないかも」
横を向いているハルカの視線の先を辿っていくと、ポケモン達が円になって談笑? をしていた。微笑ましい光景なのだが、その内の1匹が経済的に俺の胃に攻撃を仕掛けてきている。あんまり食べ過ぎないようにしてもらいたいんだが……
そんな酷い現実から目を逸らすために最近できていなかった彫刻を再開する。太めの枝も貰えたことだし、そろそろ大賀のハスブレロの状態の像も作ってみようかね。ヤスリもいくつか新調したから、道具に対して腕が追いついていないなんてことにはならないようにしたい。
ショリショリ、スーッと彫刻刀が木を削る音が部屋に響く。
「だから俺の過去なんて聞くのはやめておけとあれほど……」
他人の不幸自慢なんて何の面白みもない。語るなら喜劇を語るべきだろう。見ていて楽しい悲劇なんていうのは一流の小説や物語だけで、現実で起こるなら三流の喜劇で十分だ。だから――――
「確かに思っていたよりもだいぶヘビーな話だったけれどさ。今まで疑問に思っていたことも氷解できたからどっこいどっこいかな」
「……そうか」
――――止めの不幸について全て話す必要もないだろう。それぐらい許してくれよ。
「……キョウヘイ先生」
だいたい、俺の言えた義理ではないが、お前らも俺に負けず劣らずの変人だと思うぞ。他人の過去なんて重しにしかならんのに好き好んで頭を突っ込んでくるとは……
「なんだ?」
「ごめんなさい。言いたくないようなこと言わさせてしまって。自分の理解のために嫌なことを思い出させてしまって、本当にごめんなさい」
真剣な顔をして真正面から深々と頭を下げている。こういう真面目な空気が嫌だったんだよな……いたたまれない感じというか……もっとネタらしくなるような事をだな。相手が真面目ならこっちも真面目に返さないといけないじゃないか。
手を止めてハルカと向き合う。俺と比べてかなり小柄な体型がより小さく見えた。そんな震えんでも……こんな空気じゃなければバイブレーターハルカなんてネタにできるのに。
「もう言い切ったことだから俺は気にしないことにするし、そっちもあんまり気にすんなよ。アレだ、そんな感じのことがあった程度の認識で頼む。こんな理由で後の旅に影響を出すのは馬鹿げているしな。それと、だ。そういう時は辛いことでも話してくれてありがとうって言うもんだろう?」
「……うん、わかった。ありがとう、キョウヘイ先生」
これがフォローになるといいのだが。
「おう。さて、テンカイさんにもさっき日程変更の連絡を入れたし、明日は丸一日休みとしよう。仕事の資料整理は俺が検査の合間にやっておくから街で好きなことしてくるといい。最近、夏服とか買っていないだろう? これを機に買ってきたらどうだ?」
「あ、ならさっきの話に出てた技を二つ同時に使用する理論と運用法について詳しく――」
買い物より理論ですか。そうですか。
少しだが空気が軽くなる。2週間もすれば気にしない程度にはなりそうだが……2週間か。もうその頃にはキンセツシティでジムバトルしているだろうか? そろそろ今後のルートについて話しておかないといけないな。草案はもうあるんだが同行者の許可も得ずに道を決めるのもどうかと思うし。あっちに行くとするならば保険をかけておくべきだろう。