ここのベッドは凄い。スプリングとか布の質もそうなんだが、なんというか…………もうね、本当に無駄に凝ってる。
アラームまでゴージャスな音を設定してたよ。おかげで私のお目目もパッチリですよ、ええ…………ただ、大音量のシンバルの音はもうちょいどうにかならんかったのか? 設定弄っていないからデフォルトで大きすぎだと思うんだが。耳遠い人が俺の前に使っていたの?
まぁ、そんなアラームのおかげで朝食に遅れることなく参加できたのは僥倖だった。今日はいいことありそう! 来るまでに計画をおさらいしておこう。
まず朝一で頭があまり回っていないであろうダイゴさんにバチコンとアタックして、なんやかんやして逃げるように華麗に去る。うむ、なんと完璧で抜け目のない作戦だ。自分が恐ろしくなるね。私こそが天才だ!
……ダイゴさんからは引かれるだろうが、そんなことは些細な問題だ。これだけは本気でやりきる必要がある。まぁ、正気かと聞かれた場合、いささか返答に困る事になるが。
念のために身体に酒を入れておこう。普段よりもマシマシだ。景気づけに昨日頂いたテキーラを一気に飲み干す。うん、美味い。空になった瓶をバックパックへ戻す。
ダイゴさんがここで朝食を食べているのは確実だ。なぜならこの時間の朝食はここでしかやってない……只今午前4時でございますよ奥様。まったく、外まだ暗いぞ? 朝早すぎでは? ダイゴさんは漁師か何かです?
「なぁ、どう思うよ?」
「クギュル……」
眠そうな
このまま食べ終わったあとに部屋まで尾行して、扉の隙間にでも匿名で手紙を挟もうと思ったが、あまりにも怪しい手紙になりかねんので、当初の予定通りに、強行手段に出ることにする。今更だがあの時そのまま通報しておけば、もう少しマシになったんじゃないかとも思うけど後の祭りである。まったくもってだらしがないね。
「と、いうわけでお手紙をお届けに参りましたよダイゴさん!」
つかみ は ばっちり だ。
「何がというわけなのかは分からないが、君が変人だということは理解したつもりだ」
正しい認識ありがとうございます。席に座ろうとしていたダイゴさんが訝しんでこちらを見てくる。とりあえず無視されないだけマシかな。ダイゴさんは優しいなぁ。
さて、ここからが本番だ。エンジンを温めて、出来うる限り厚顔無恥でいこう。そうすれば、下手に関わり合いになることもない。
「そんな褒めないでくださいよ。照れる」
頭を掻きながら頬を染める。恥ずかしい限りである。
「褒めたつもりはないんだけどね。で、手紙だったっけ?」
「お手紙ですね。食べながらでも構いませんぜ、旦那ぁ!」
「君のテンションについて行けそうにないなぁ…………構わないけれど君が書いたのかい?」
危険物を触る手つきで手紙を持つダイゴさん。こちらを探るような目つきで見てくるが特に気にせず流す。
「大丈夫ですよ。真心は込めても危険物は入っていませんから。同じ内容のモノをキャモメ便でチャンピオンリーグにも送っておきましたし」
「そういう問題じゃないんだけれども…………まぁいい、食べ終わったら拝見させてもらうとするよ」
「ありがとうございます。では自分はこれで失礼させてもらいますね」
本日の業務終了のお知らせである。あとはダイゴさんの方が何かしらのアクションを行うだろう。自分たちはそれまでバトルを繰り返して経験を積もうかね。
部屋まで御神木様に案内してもらいながら、今日からの予定を考える。
バトルをしながら細かい指示を正確に出せるようになる必要がある。特に【ステルスロック】の有効な使い方を学びたいところだ。【ステルスロック】は、ゲームではただ尖った岩を撒き散らすだけだが、こっちだとある程度任意の場所に岩を固めるなどコントロールが効く。だから今回みたいな室内戦だと、道を一時的に塞ぐなんて荒業にも転用できそうなのがとてもグッドだ。
とりあえず今日から4日はコロシアム漬けだな。おまけで持ち物の食べ残しを探したい。これだけ飲食ができる場所があるんだから、情報の一つや二つ転がっていそうだ。
◇ ◇ ◇
何なんだ、アレは…………騒がれないように早朝に朝食を取ろうとしていたら、店の前で黒を基調として黄色のアクセントが入ったジャージを着た男が、テッシードを両手で持ち、スクワットを高速で行っていた。
鋼使いとしてテッシードには興味があるが、彼に関わってはいけないとお守り代わりの石が叫んでいる気がしたので足早に店の中に入る。ようやく人心地出来ると思い、パンと野菜を持って戻ると隣の席に彼がいた。他にも席が空いているのに、わざわざ隣に座るということは何かあるのだろう。
雰囲気からして、僕のファンという訳ではない筈だ。そう思いたい。
頭の片隅で彼もアクア団やマグマ団なのではないかとも考えたが、彼らは基本統一の服装を着ているし、そもそもあんな目立つような真似はしないだろうと思う。少なくとも2週間前に彼らから拝借した資料には、彼らの中に鋼タイプを使う人員はいなかったはず。
パンを食べながら考えているが、隣に座る彼はこちらに目もくれず大盛りのカツカレーを美味しそうにガツガツと食べている。
「考えすぎだったか……」
最近、水面下でアクア団やマグマ団が活発になったせいで少し気が立っていたのかもしれない。気をつけることにしよう。そう思いながら飲み物のおかわりを取りに行く。
水を手に席に戻ると脈絡もなく彼が話しかけてきて、謎の手紙を置いていった。まるで嵐のようである。
渡された手紙にはアクア団の襲撃予想時刻と狙われているであろうものが書かれている。
彼はこれをどこで知って、何を思って僕に渡したのだろうか? 僕がアクア団やマグマ団を追っているのは彼らか僕の知人しか知らないはずだ。少なくとも友人関係にあんなに濃い人はいない。かと言って先ほど考えた通りアクア団やマグマ団ではないだろう。ではどうやって…………いや、考えることも必要だが、まずは情報の裏付けが必要か。
◇ ◇ ◇
とうとう後戻りしづらくなってしまった。まぁ、出してしまったものは仕方がないから、ポジティブシンキングで行こう。イケるイケる。
正直な話、別に介入する必要もないんじゃないかとも考えた。だが、これで倉庫を守ってたらエンジン破壊されました、みたいなことになった場合泣くに泣けん。流石に警備員もいるはずだから、ここまで極端なことは起きないだろう。あ……でも買収している可能性もあるのかな。
まぁ、いずれかち合うんだし今のうちから戦っても問題ないだろう。
手紙の件もダイゴさんに俺が不審者として見られるぐらいで、その点に目をつぶれば何の問題もない。探ろうったって船から降りたら足取りを追うのは難しくなるだろう。
それに勝率がないわけではないのだ。無謀ならばやめるがそうでないなら凸るのみよ! 真面目に考えると、敵をアクア団と仮定すると御神木様は相性がかなり良い。相手はまともなダメージ源は噛み付くだけだが、こちらは弱点を突ける上に硬く、回復もできる。
俺が戦術とダメージコントロールをしっかり行えれば、1対1なら負けないだろう。いかにして1対1に持ち込んで、バトルを構築するかがキモだな。このあたりはダイゴさんが動いてから考えるかね。
思考を切り替えバトル用のものにする。本日初のポケバトルだ、気合を入れていこう。今回アクア団と戦うためにある技を覚えたいが、まだ経験が足りないらしい。ふと思ったがもしかしたらスマホには、レベルは映らないのかもしれない。そのあたりの検証もしたいんだがなぁ。
「よーし御神木様、今日から4日間はバトル漬けの毎日になる。準備はいいか」
「クギュギュ!!」
御神木様が跳ねながら回転している。今日もコンディションは良い様だ。心なしかボディの艶がよりはっきりと出ている気がする。
昨日に続き、4階のコロシアムで戦闘だ。どうにも昨日は運が悪かったらしく見た感じ炎タイプを使っている人がいない。少し安心した。いかに経験を積むかが重要な今回、ひたすらに勝ち続ける所存だ。負けは人生の経験にはなるが、技を覚えるための経験にはできそうにない。
「よっしゃ、いっちょやるべ!」
コロシアムの中で相手と向き合う。夏の制服に近い格好だけれども、凄いミニスカートだな。膝上何センチなんだあれは。
「恭平だ、よろしく!」
「シホよ、楽しくやりましょう!」
互いのポケモンをフィールドの真ん中に投げ入れる。投げた瞬間に見えそうで見えなかった。少し残念に感じた気がした。大丈夫、まだ性欲はあるはずだ。まだ、大丈夫。うん。切り替えよう。
「御神木様、頼むぞ!」
「クギュルルル!!」
「マリル、頑張って!」
「リルリル!」
青い体に白い腹、その可愛げなボディで様々な女性から愛されているポケモン。雑巾のような匂いもするらしいがそれもまたご愛嬌。そんなポケモン、マリルがフィールドに現れた。
マリルか、特性:力持ちだと怖いがどうするか。【タネばくだん】をぶつけるか後続に対して【ステルスロック】を撒くか……相手の動きを見てからでいいか。どのみち動きは相手の方が速い。
「マリル、戻って!」
む! 相手は初手で交換か。おそらく草タイプを嫌ったのだろう。次は何が出るやら。
「お願い、プリン!」
「プリプリィ!」
ピンク色の球体のようなポケモンが現れる。アニメでは広範囲に【うたう】で歌を響かせて、周囲にいる者達を寝かしていた意外と厄介なポケモンだ。
それにしてもプリンか、なら……ぶん殴る方がいいか。
「【タネばくだん】だ!」
体勢を整えられる前に種状の爆弾をぶつけよう。飛来した種がプリンの近くで派手に爆発し、かんしゃく玉のようなけたたましい音と共に爆炎が広がって確実にプリンの体にダメージを与えていく。
避けることもできずに小さな爆風が直撃したプリンだが、まだまだ闘志は折れていないらしい。
「プリン、【あなをほる】」
女の子が穴を掘るだなんて、卑猥な……こんなネタやってる場合じゃないな。
「今のうちに【ステルスロック】! 相手側に大量に蒔くんだ!」
コロシアムがささくれ立ったように岩が突き出る。これで相手から微妙に見えづらくなったはずだ。出てきたところで【タネばくだん】をもう一発ぶち込もう。
御神木様の真下の地面がモコモコと湧き上がっている。そろそろ来るな。御神木様の動きはそこまで速くないから、気持ち早めに指示を出さないと。
「御神木様、右に避けて【タネばくだん】!」
「クギュ!」
その場から右に転がるように【あなをほる】を避ける。そのまま反撃に【タネばくだん】を放つと、もう一度【タネばくだん】の直撃を受けたプリンが空中へ吹き飛ばされた。
今のところ一方的だが油断できん。昨日も1匹目を倒したあとに炎タイプが出てきたんだ。
「止めの【たいあたり】!」
「プリィ……」
「プリン、戦闘不能!」
きっちりと止めを刺す。次は何が出てくるかね? まだ見ぬ3匹目かマリルか?
「ごめんねプリン。行ってらっしゃい、ミミロル!」
「ミミ! …………ミーッ!」
ミミロルが出てきた瞬間尖った棘がミミロルに刺さり顔を歪めている。その外見は茶色いうさぎが人型を装っている感じそのものだ。目の前に現れたらケモナーの人は大歓喜だろう。
それにしてもミミロルか。またあまり見ないポケモンだな。ミミロップならシングルでも見たりしたのだが。
「ミミロル、【いわくだき】!」
「クギュルルーッ!」
「ファッ!?」
声が溢れたのと同時に金属をぶん殴った重たい音が辺りに響く。本命はこっちか。さっきのプリンは緩衝材だったのかね?
御神木様はまともに食らったらしくかなりキツそうだ。ミミロルも【ステルスロック】と鉄の棘でダメージを受けているがまだ余裕がありそうである。やばいな。
「牽制に【タネばくだん】で距離を空けるんだ!」
「ミミロル! 岩を上手く使って躱しながら【いわくだき】!」
【ステルスロック】によって出現した岩を上手く使ってじわじわと近づいてくるミミロル。手に汗握るとはこのことか。岩から動けないように【タネばくだん】を放っているが、そろそろ
「岩に向かって【やどりぎのタネ】を連発!」
岩に放たれた宿り木が、岩の形に沿ってうねうねと動きながら急成長する。ふと、これ上手く利用すれば、トラップのような扱いもできそうだと感じた。
「足元に対して【やどりぎのタネ】! ミミロルを岩ごと捕まえるんだ!」
「クギュル!」
「えっ? そんなことできるの!?」
【やどりぎのタネ】が着弾地点で急成長して、ミミロルに絡みつくように捕獲する。成せば成るのだ何ごとも、うむ。やどりぎ的には支柱の代わり程度の認識なのかもしれない。相手から体力を吸収することはできそうにないが、これも新しい発見だ。上手く使えば紐や網のように展開できるかもしれない。
「よし、動けないミミロルに向かって【やどりぎのタネ】を直撃させろ!」
えげつないが、次のマリル戦のために贄になってもらおうか。体から宿り木を生やしたミミロルは抜け出そうと藻掻くが上手く力が入らないっぽいな。じわじわと御神木様の体力が回復してくる。
「ミミロル! 脱出できないのッ!?」
「ミーッ! ミーッ!」
相手もこの状態で交換できることを忘れているっぽいな。
いや、まさか忘れてるわけでもなんでもなく、こっちでは【ほのおのうず】のように交代不可になるのか? そんなことを考えていると、ミミロルがその場から動かなくなった。
思いの外倒れるのが早いな。抵抗力に個体差とかあるのだろうか? 相手の体力を吸いきった御神木様は、【いわくだき】の傷もほとんどなくなっている。
「ミミロル、戦闘不能!」
これで残るはあのマリルのみだし、出てきたらすぐに【やどりぎのタネ】だな。流石に【タネばくだん】も残り1回ぐらいが限度だろう。
「ミミロルごめんね。マリル、最後だけど頑張って!」
「リルルッ!」
【ステルスロック】がいい感じに相手の妨害をしているな。
「岩を隠れ蓑にして【やどりぎのタネ】だ!」
「マリル、躱してから【ちょうおんぱ】!」
【やどりぎのタネ】を躱すまではよかったが、そのまま体勢が崩れてしまい、【ちょうおんぱ】は明後日の方向に響いていった。危なかった、ここに来て混乱とか止めてもらいたい。
「そのまま【やどりぎのタネ】を撃ちまくれ!」
「クギュルルルルルルッ!」
「リルッ!」
躱せない量の種の物量に押され、いくつかがマリルに被弾する。
「岩に隠れて待機! 近づいてきたら【タネばくだん】だ!」
「岩陰に【たいあたり】よ!」
焦れたせいか突っ込む指示をしたようだが、残念ながら正面からでは移動要塞御神木様は倒れんよ。
マリルは突っ込む前に【タネばくだん】の直撃を受けて倒れた。流石に耐えきれなくなったらしい。
「マリル、戦闘不能。よってこのバトル、キョウヘイの勝利! 互いに礼!」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
ミニスカートの少女がすっと手を出してきたのを見て、背中に冷や汗が流れた。今思っていることを顔に出さないように注意をしながら、微妙に震える手で握手をする。
「……?」
あ、やばい。さっさと手を離して、気になったことを質問することで空気を変えよう。
「君は【いわくだき】とか使っていたけど、将来格闘家になるのかい?」
「違うわよ。でも家族全員格闘技が大好きで、家で練習してたらポケモンも似たような技を覚えたの」
「そんなことがあるのか、初めて知ったよ。貴重な情報をありがとう」
「また今度も戦いましょう! 今度は負けないわ!」
ミニスカートだが熱血な少女はフィールドから出て行った。活発少女はスパッツの方が合う気もしたが、あれはあれでいいものだな。
男同士の会話だとこんな感じで纏めるべきなんだろうか? そんなことを考えていると、御神木様に早く移動しろと催促された。俺も出よう。
個人的にだいぶハラハラと手に汗握る試合だったがまだ1回目なのよな。これ身体がもつのだろうか? 帰ってきた御神木様を撫でながらポケモンセンターへ向かう。今が午前11時だから、ポケセンの往復前提でもあと10戦は堅い。
とりあえずPPが回復するまで待機だ。あと何戦すれば御神木様は