カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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悩みと変化

「……キョウヘイ先生大丈夫?」

 

 ハルカに心配されながら急遽作った秘密基地内で応急処置を行う。円形のテーブルの上には湿布やらなんやらがゴロゴロと転がっている状態だ。

 

 さっきはなんとか撃退できたものの、これだけの被害を出す相手とは当分出会いたくもない。

 

「なんとか。骨は逝っていない感じだな……捻った感じもないしこれなら多少湿布とバンテージをするだけで問題ないだろう」

 

 とりあえず大事には至っていないようで安心した。一部の骨折ってその場では気が付きにくいモノとかもあるしな。舟状骨骨折とか痛みの少ないタイプは特に恐ろしいもんだ。

 

「見た感じハルカも大きな怪我はなさそうだな。フライゴンが【じしん】で攻撃してきた時に捻挫とかしなかったか?」

 

「わたし自身は問題なかったんだけれど、ガーディとワカシャモがバランスを崩された上に周りに居たナックラー達の追撃を受けて結構ダメージ食らっちゃったみたい。だから今日は少し休ませてあげたいかな」

 

 ああ、良いのを貰ってしまったのか。とすると見張りはどうするか……

 

「……仕方がない。明日は進行を休みにして、今日の見張りは俺や御神木様が寝ずの番になろう。ハルカ達は寝ていいから、その代わりに明後日の進行の際に戦闘頼んだ」

 

「え? その体の状態で見張りやるの? あとマスクにまで包帯を巻く意味がわたしにはわからないのだけれど……」

 

 凄く不思議そうな顔をされた。え? 普通包帯するでしょう?

 

「何言っているんだ? 怪我をした場所を保護するのは当たり前で常識的なことだろうが」

 

「逸般人の常識で語られましてもねぇ……」

 

 なんだか一般人のアクセントが微妙に違う気がする。気のせいだろうか?

 

「まぁ、なんだ。直接戦闘に混じっていたせいか興奮して眠れそうになくてな。色々と考えるべきこともあるしスクラップブックに纏める時間として丁度いいか程度には思っている」

 

 なんでフライゴンは【じしん】を連発しなかったのか。また、なんであんなに殺気立っていたのか。そして――――

 

 ――――あの【黒くへばりついていたタールのような液体】は俺の知っているモノと同じなのかとか。ついでだが、俺の耐久力が上がっているのも考えておくべき事柄だろう。

 

 頭の中を整理するためにも紙に書き写す時間が欲しい。となると今日のうちに書き込んでおくほうが細かいところまで書けそうだし、後々見直した時に何か掴めるかもしれない。そもそも後日に回すとまともに書けるか不明だしな。

 

「わたし的には怪我人にそんな負担をさせるのはいかがなものかなとも思うし、キョウヘイ先生がそういう意味深な時って必ず何かしらのフラグになるから勘弁してもらいたいのだけれど……」

 

 ……それは否定できんね。ただ、そうだな。タイミングの悪い時っていうのは重なることが多いからなぁ。

 

「あー……件のマグマ団が今になって現れるとかか?」

 

 今捕らえるとなると食事やらなんやらがとても面倒くさい事になるだろう。

 

「その程度なら面倒だけれどなんとかなると思う。もっと……なんというか厄介度のレベルが上がった感じのヤツ。例えば……もう一度噴火が起きるとか?」

 

「おいやめろ、やめてくれ。ソレ十分にありえそうで俺も怖いんだ」

 

 まるで俺のことを火山に近寄ったら絶対に噴火させる人みたいに言うんじゃあない! 俺だって薄々そんな気がしているんだぞ!

 

「……フラグやネタはともかく、体は本当に大丈夫なの?」

 

「おう! それに、こういう時ぐらいは責任者の言葉を信じろよ。今まで色々と倒れているから頼れる大人って訳ではないかもしれないが、これぐらいでへばったりはしないさ」

 

 なんでかはわからないが、砂漠を横断し始めた頃よりも体力に余裕がある。今日一日ぐらいなら徹夜しても問題ないだろう。

 

「むぅ…………わかった、じゃあ今日はお願いします。それにしても、大人かぁ……早く大人になりたいなぁ……」

 

 ほう? なんだその陰りのかかったような表情は。『今のわたしの言葉に反応して!』ってアピールかいな?

 

「なんでだ? アダルトショップにでも入りたいのか? あと、そこだけ聞くと違う意味に聞こえるから注意したほうがいいぞ」

 

 本屋でバイトしていた時にエロ系雑誌をファッション雑誌でサンドイッチして、レジに出すときに裏側にすることで偽装してた女子高生とかいたなぁ……ハルカは年齢的には彼女達より年下だが少女漫画とかエゲツナイの多いし、やっぱりそういうのが気になるお年頃なのだろうか。それにしても、なんで少女漫画ってあんなに濃い描写が多いのかね? 正直男性向け商品よりもアッチの方が風紀云々で規制対象になりそうな気がするんだがなぁ。少女漫画の壁パンとか俺がやったら相手を失禁させる自信があるぞ。

 

「えッ? ……あッ! も、もう! 言葉通りの意味よ!? 深い意味はないからね! それと女の子相手にその話題の振り方はバッテンかも!」

 

 顔を頭に巻いているバンダナ並に真っ赤にしながら両手で×を作っている。最近こういうネタを振れば年相応の反応をすることを発見したから、これからも状況を省みて有効に使っていこう。

 

「まぁその辺りは今度お話するとして、どうして早く大人になりたいんだ?」

 

「もう……あのさ、立派な大人になればもっと色々な事ができるだろうし、お母さん達にも胸を張れるし……きっと認めてもらえるから」

 

 だんだんと俯いてポツポツと喋りだす。ふむ……何かしら思うところがあるのだろう。今の俺が踏み込んでいいものなのかね……しかし、こうやって俺に話すってことは誰かしらに聞いて欲しかったことなのかもしれない。それにしても認めてもらいたい……か。昔、家族間で何かあったのだろうか?

 

「大人……大人ねぇ……立派な大人になるってかなり難しいことだろうな」

 

 ハルカの想像する立派な大人像がわからないから曖昧な返しになってしまうが、立派となるとそりゃあ大変だろう。そもそも立派な大人などいるのだろうか?

 

「いきなり生徒の意思を折ろうとしないでもらいたいんだけれど」

 

 むーッ! とハルカが頬を膨らませている。顔芸をやるならもう少し練度を上げなさい。

 

「そうは言っても大変だぞ? ただの大人になるのだって難しいんだ。正直、俺なんて大人からは程遠いし」

 

 大人のおの字にすら届いていない気がする。それに今でこそこうやって働かされているが、正直本当に仕事か? と聞かれると微妙に判断に困る状態だ。

 

 そもそも責任から逃げたもんなぁ……

 

「働いて年齢を重ねるだけじゃあダメなの?」

 

「それはタダの年を取っただけの子供だな。内面が成長するとは思えんし何よりも重みがない。責任や失敗、様々な経験が下地としてあるから大人として振る舞えるんだ。第一さ、ハルカ。お前の望むような感じの大人って、ただ年を取るだけでなれそうなものなのか?」

 

「それは……」

 

「まぁ、だからといってその通りに歩を進めたとしても、その人の性格が歪む可能性もあるわけで……」

 

 本人は善良だったが環境が歪めることなんてザラだしな。結婚して人が変わるみたいなのもあるあるだろう。

 

「ならどうすればいいのさ?」

 

 真っ直ぐな視線で射抜かれる。

 

「そうさなぁ……まずそもそも無理して立派なんてならなくてもいいんじゃない?」

 

「……はぁ?」

 

 ハルカが素っ頓狂な声を上げたが、気にせずにそのまま続ける。

 

「他人から見て立派に見えるだけで、本人は別段立派だと思っていないなんてのはよくあることさ。例えば……そうだな、オダマキ博士とかは考えやすい例じゃあないか?」

 

「お父さんが?」

 

「おう。1代で自分の名前の入った研究所の所長になれるほどの立派な功績を上げた人だが、その素行全てが褒められるかと言ったらまた話が違ってくるだろう」

 

 俺が言うのもアレだが不審人物にしか見えない時もあるし。

 

「そもそも焦ってどうにかなる事柄でもなし。前に向かって進み続けて、ふと振り返って自分の歩んだ道のりを眺める余裕ができれば、その頃には大人になっているんじゃあないかな」

 

「……よくわからないかも」

 

 俺もだ。

 

「よくわからないものなんだよ、きっと。ただな、ハルカ。そのよくわからないものを唸りながら、考えながら歩み続けたら、立派になれるかはわからないが素敵な大人にはなれるだろうさ」

 

「素敵な……大人……か」

 

 ハルカはつぶやきながら下を向いて考え込み始めてしまった。こんな感じでいいのだろうか。まぁ、それでも疑問に思うのなら他の人達に聞くのが一番手っ取り早いだろう。

 

「人生経験の少ない俺から言えるのはこんなところだな。もっとしっかりとしたマトモな意見を聞くとしたら、フエンタウンの温泉にいるであろうおばあさん達に聞いてみるといいんじゃあないか? あそこにいる人達なら人生経験も豊富だろう」

 

「……うん。わかったかも」

 

 先ほどの陰りがかかったような表情よりも断然良い顔になったな。

 

「そうか、なら今日はさっさと飯食って寝ておけ。明日は予定を変更して勉強会をするからな」

 

「はーい」

 

   ◇  ◇  ◇

 

 資料や紙をばら撒いたテーブルと対面しながら書くべき内容や見やすい構想を練る。御神木様は天井に張り付いて擬似ミラーボールの如く光を浴びながらゆっくりと自転しているようだ。心なしか楽しそうだし放置しておくか。

 

 さて……何から書き出したものかねっと。まずは……そうだな、フライゴンが【じしん】を連発しなかった理由を考察するか。

 

 まず初めに考えられるのはPPが足りなかった、ないしはそんな余裕がなかった可能性。書き出しておいて何だがこれはまず無いだろうな。隙なら俺がフリーズしていた序盤にいくらでもあったし、【じしん】を行った時に余裕はまだまだありそうな気配だった。

 

 2つ目に考えられるのはダメージを負ったから制御不能になるのを恐れた可能性。これも無いだろう。自身が飛んだ状態でなのだから、制御不可になったところで被害は少ない。

 

 3つ目はハルカ側で戦っていたナックラー達を気遣ってあんまり連打しなかった可能性。範囲攻撃系であるが故ということになる。これはありえなくはないと思うが、イマイチ決定力に欠ける気がするな。それなら最初から【じしん】は使わないだろうし、そもそもハルカの発言からして【じしん】はナックラー達にはあまり効果がなく、そこから動きを止めた相手に襲いかかれる状態を維持できていたのだ。なら【じしん】を連打して間接的にハルカを倒してから俺達を一斉攻撃することもできたはず。なので、使用しない理由としては薄いだろう。

 

 4つ目は範囲攻撃系でナックラーでは無いナニカを巻き込むのを嫌がった可能性。これが一番ありえそうだが、こうなると面倒な問題点が浮かび上がってくる。ナニカってなんだ? 他のポケモンだとすると最初から使わないだろうし、仮に敵対してもあのフライゴンなら容易に撃破できるはずだ。主が他の弱いポケモンに気を遣うというのも考えづらいしな…………ん? とすると逆説的に強いポケモンのようなものが近くに居たのなら気を遣う可能性があるということだろうか? 保留だな。

 

 5つ目は地理的な要員である可能性。ただこれはどうなのだろうか? 砂漠なら特に問題がない気もするが、クレバスが近場にでもあったのかもしれない。ないしはクレバス発生からの流砂で俺達やナックラー達を含めて、全員を巻き込んで落ちる可能性があったからやめたとかか?

 

 現実的なのは4つ目だろうか。ただ、今後なにかしら情報が入る可能性がありと書いた紙をスクラップブックに挟み込む。

 

 さて、次に考えるべき内容はフライゴン達がなんであんなに殺気立っていたのかかな。

 

 無難なのは元々この一帯はそういうポケモンが多いという可能性だろう。時たま異常な程攻撃的なポケモン達が発見されたりするから、この場所もそうだったというものだ。ただ、そうなると少なくとも煙突山噴火前にはこの砂漠に居なかったということになるのだが。そう考えなければここを無事に通ってきた避難民の説明がつかないだろう。しかし、最近の異常な砂嵐などを考えると穏やかだったポケモンが凶暴化するなんてこともありえなくはないのか? 保留。

 

 2つ目はマグマ団、アクア団のどちらかがナニカやらかした可能性。これは十中八九マグマ団だろうなぁ……俺達が北上した理由でもあるし。ただ、何をどうしたらあそこまで殺気に塗れるのだろうか? 育て屋のときのようにフライゴンの巣からタマゴを強奪したとかだろうか? ……うわ、自分で想像しておいて何だがとてもありうるような気がする。縄張りを荒らしたとかも可能性はあるか?

 

 3つ目は――あの【黒くへばりついていたタールのような液体】が関わってくる可能性。俺の知っている()()が関わっていたらフライゴン達も命の危機があるから、そりゃあ攻撃的にもなるだろうし殺気立つだろう。

 

 まぁ、ただのヘドロや重油のようなものがへばりついていただけの可能性だってあるし、きっとこの考えそのものが過去の恐怖から来た誇大妄想のようなものなのだろう。しかし、それでも俺はあの全身が粟立つような感覚を感じたことを、嘘だったと、そんなものは妄想なのだと心に言い聞かせることができそうにない。だからこれは個別で対処法をもう一度考えておくべきなのだろう。以前効いた火炎瓶がこっちの個体に効くとは限らないのだし。

 

 一番考えられるのは2つ目の可能性だろうなぁ。なんというか、一番しっくり来るし現実的だ。【黒くへばりついていたタールのような液体】はマグマ団の使っていた機械類の油だとすれば辻褄が合うはずだ。

 

 こうでなければいけないはずなのに、俺の勘……いや、本能的な部分なのかもしれないが、戦闘準備に手を抜くなと警告を鳴らし続けている。そのせいで今眠れそうにないのだが……これには逆らわない方がいいだろう。この今の感覚も含めて紙に書いてスクラップブックに挟む。

 

 えーと、次に考えるべき内容は……俺の耐久力の増強か。これはアレだな。眠りの森を叩き出された時よりだいぶ体力が上がっていることだ。

 

 一般兵キノガッサの【マッハパンチ】と御神木様の水越しの【タネばくだん】を食らったときは、どこかしら体に不調や怪我があった。だが今回の砂漠の主色違いフライゴンのそれなりにスピードの乗った【ドラゴンテール】の直撃を受けて骨折一つ無しだと? ありえん。いくら元々俺の体が丈夫だといっても限度がある。当たり前だが車に轢かれたら死ぬだろうし、高いところからクッション材もなく落ちたら潰れたトマトのようにケチャップを撒き散らすだろう。

 

 だが現在の俺はどうだ? 正直、フライゴンの攻撃は骨を幾つか犠牲にするつもりではあったし、現実もそうなるはずだった。原因はなんだろうかと考えてみると、その合間にあったおかしな事といえば俺の全身大火傷事件だ。となると、関わってくるのは俺の治療時に特殊な効果を発揮した【あいいろのたま】ということになる。【あいいろのたま】が俺の体を強化した? 何のために?

 

 そもそもこいつは本当に【あいいろのたま】なのか? ダイゴさん達によるマグマ団基地襲撃によってマグマ団が奪っていった【あいいろのたま】が本物で今俺のガマゲロゲ財布の中に居座っている物体が偽物ということも考えられなくもない。なら俺の持つ【あいいろのたま】はいったい何なのだろうか……なんだか【あいいろのたま】がゲシュタルト崩壊してきた。

 

 そもそもこの【あいいろのたま】はおそらくだがエロイ――エゲツナイ ロクでもない 嫌らしい――でお馴染みのアルセウスが送ってきたモノなのだろう。なら何かしらの意味があるはずなんだ。無意味なことはしないはず……きっと。

 

 財布から【あいいろのたま】を取り出して、光に透かして見るが普段通り鈍い藍色の光を反射させている。手持ち無沙汰に【あいいろのたま】をテーブルで猫のように転がしているとふと、あることに気がついた。

 

「あれ? コイツ……大きくなってないか?」

 

 さっきまで握りこぶし大程度の大きさだったと思うのだが、いつの間にか小さめのソフトボール程度の大きさになっている。財布から出てきたから違和感がなかったが、握ってみるとわかりやすい。さっきよりも大きく、握り辛くなっている。全力で力を込めてみるが触感は相変わらず硬質だ。

 

 訳 が わ か ら な い 。

 

 どうなっているんだ!? 今ので完全に俺の脳の処理速度をオーバーしてしまっている。さっき普通に財布から出せたが、今の大きさではどうやっても元のガマゲロゲ財布の中には戻りそうにない。妖怪だ! 妖怪の仕業だ! 先程まで書いていた紙の上にだらりと顔を乗せる。

 

「……ごしんぼくさまーみてみてー。【あいいろのたま】がおっきくなっちゃったー」

 

「……クギュ」

 

 そんなことで私を呼ぶなよみたいな目で見下された。悲しい……それにこれどうしよう……もう俺にはコイツを猛反発まくらとして活用するしか道はないのかもしれない。

 

 


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