カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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砂漠の激闘とキュウコンの隠れ宿

 ポケモンの中にも執念深いやつというのがいるらしい……目の前で行われているハルカ達のバトルを見ながらそんなことを考える。

 

「【にどげり】で蹴り飛ばして!」

 

「シャモ!」

 

「ナァッ!? ナックラ~~~~!」

 

 凄まじい勢いでワカシャモが色の違うナックラーに走り寄り、【にどげり】を行う。一撃目で軽く宙に浮かせ、二撃目で砂漠の彼方へ蹴り飛ばした。

 

 その際のナックラーの鳴き声が、通り過ぎてゆくパトカーのサイレンのようにドップラー効果を効かせているのがとても印象的である……後を続くようにあの色違いのフライゴンも姿を消した。

 

 ふぅ……と軽く息を吐き、緊張していた体をほぐす。対面していた網代笠も若干疲れたような顔をしている。

 

「キノォ……」

 

「シャモシャモ」

 

「……これで何度目だっけ?」

 

 ハルカは数えるのすら放棄したらしい。とりあえず2匹ともにねぎらいのおいしい水を渡しておくことにしよう。

 

「今日だけで5回目だな。ハハハハハッ、妙なのに好かれちまったみたいですなぁハルカさんは!」

 

 お前なんでそんなにあのナックラーに好かれてんの? と、疑問を持った目をハルカに向ける。お陰で俺達も同伴して来ているあのフライゴンに対して気を張り詰めっぱなしだ。

 

 今のところフライゴンとバトルは行っていない。一応俺が横から手を出さなければ動くつもりもないようなのだが、こうも毎度では流石に気が滅入ってくる。せめてもの救いはあの色違いナックラーの特性が蟻地獄でないことだろう。ガーディの特性:威嚇も効いているみたいだから、おそらくは力ずくかね?

 

「お疲れ様、ワカシャモ。うーん、わたしは囲まれた時にガーディが真正面からあの色違いのナックラーを倒しただけ……のはず。もしかするとわたしの色香のせいかも?」

 

「それで追っかけのファンが生まれるのか……」

 

 かもって……

 

 しかし、保護者同伴とか……なかなかにタチが悪い。最初はハルカ達も律儀にバトルを受けて、倒して進んでいた。しかし、こうも連日に何度も襲って来られると常に全力で相手するのも面倒になってきたようで……最早さっきのように遠くへ蹴り飛ばしたり、投げ飛ばすようになってきている。他のポケモンとの戦い方まで雑にならなければ良いのだが。

 

「だけれどもッ! そんな苦労も今日までですよキョウヘイ先生!」

 

 バッとハルカが顔を上げて望遠鏡を使って前を見る。俺もその視線を辿って前を見ると、視線の先にはかなりぼんやりとしているが、木々が立ち並んでいるようにも見えた。

 

「アレが蜃気楼や俺達の目の錯覚でなければ、今日の夜までにはフエンタウンに着くな。久方ぶりに風呂……というか、温泉に入れるぞ」

 

「そう! 温泉ッ! 温泉なんですよキョウヘイ先生。疲労回復や冷え性などの基本効能だけでなく、神経痛筋肉痛関節痛慢性皮膚病慢性婦人病切り傷糖尿病高血圧症温泉卵動脈硬化症火傷健康増進等々ッ! ……しかもフエンタウンの温泉の多くは美肌効果アリで美人の湯とも呼ばれていてですね! その手の観光客が多く、旅館にも力を入れていて、わたし達から見ればオアシスそのものだと思うのですよ!」

 

 凄い意気込みと気迫を感じる。若干網代傘が引き気味なのが面白い。まぁ、俺も髪の中やマスクの毛、服や靴の中に入り込んでくる砂には飽き飽きしてきているが、そんなことよりも……

 

「……お前ソレよく一言で言えるな」

 

 俺なら途中で口が回らなくなる自信がある。あと途中で食べ物混じっているじゃねぇか。欲望が漏れてるぞ。

 

「楽しみで何度もパンフを読んでたからね! 今回はポケモンセンターじゃあなくて旅館にも泊まっていいんでしょ?」

 

 この辺は女の子らしいっちゃあらしいのかね? 

 

「おう。俺の用事もあるし何日か泊まる予定だぞ。どこの宿にするのかは決めていないけれどな」

 

「なら最初にわたしの泊まろうと思っている旅館に泊まることにしようよ! ……そういえばその予定ってなんなの?」

 

「今月はフエンタウンでいくつかの資格の試験をやってるから、それを受けに行くんだ。元の世界だと持っていたりしたんだがそれはこっちじゃあ使えないしな。丁度いい機会だから取っておこうかと思って」

 

「じゃあその間は……」

 

「自由行動でいいぞ。湯めぐりをしても良し、わんこそばを食べるも良し、ジム戦に向けて自主練するも良しだ。ただ事前にメールか何かで連絡を入れておいてくれよ?」

 

「わかったかも!」

 

「あ、あと街の中を回る時に御神木様達も連れて行ってやってくれ」

 

「はーい!」

 

 そんなことを話しながら歩いていると、ようやく砂漠と草原の境目らしき場所を視認できる距離までやってきた。ここからなら、何も問題が起きなければ、数十分程で砂漠を抜けられるはずだ。何も問題がなければ。何も問題がなければな!

 

「さて、どうにも俺にはフラグにしか見えんのだが」

 

「そんなフラグは叩き折ってしまえばいいんだよ! ダイゴさんに言われていたマグマ団員も結局出会わなかったし、今のわたし達ならソレができるはず……」

 

 最後まで自信を持って言い切れてないじゃねえか。

 

「マグマ団員? まさかとは思いますが、その『マグマ団員』とは、あなたの想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか?」

 

「ああ……とうとう想像上の存在になってしまったのね……」

 

「そんな想像上の人物達について深く考えるなんて……ハルカー、あなた疲れているのよ」

 

「誰がハルカーよ。昨日と違って今日はテンション高いのね」

 

 モルダーの方がよかったのだろうか? まぁそれはともかくとして、ここまで来ると砂嵐もかなり鳴りを潜めてきているようで、視界も効くから下から特性:蟻地獄で奇襲されることはなさそうだ。

 

「一時的とは言え、ようやく砂漠から解放されると思えばな! まさかあれだけあった水が結構消費されるだなんて思っていなかったぞ俺は」

 

 想定よりも旅路が長引いたとは言え、日に日に焦燥感に駆られる俺の気持ちがわかるか! 今度出るときはもっと大量に用意しようと心に刻み込んださ。

 

「なら尚の事早く街に着かn「ナッックラーッ!!」」

 

 ハルカの話を遮って、砂を巻き上げながら色違いのナックラーが下からまた現れた。一瞬呆然とする俺とハルカ。コイツ……ハルカ達が全力で戦っていないせいなのか、復帰する時間が日に日に早くなってきてやがるな。いったい何がコイツをそこまで駆り立てるのだろうか? え? マジでハルカの体が目当てなの? その為に網代笠の監視を潜り抜けるとか……だんだん笑えなくなってくるぞ。

 

「……えーッ!? なんでこんな早く戻って来れるのさ! ガーディ、出てきて!」

 

「ガウッ!」

 

 すぐに再起動したハルカがボールからガーディを出す。改めて辺りを見回すがフライゴンは出てきていない。俺もすぐに網代笠に指示を出しておく。

 

「網代笠、付近警戒を頼む」

 

「キノコッコ」

 

 網代笠と一緒に周囲を見回すが、フライゴンの姿は確認できない。ただ油断すべきではないだろう。空襲されたら笑えんし。俺はそっちに備えていた方がいいだろう。ちらりとハルカの方を見ると、一瞬だが目が合った。

 

「最後だし全力で戦ってやれ!」

 

「ナ゛ークッ!」

 

 言葉を遮るように色違いのナックラーが大口を開けて吠え、ガーディの頭上から複数の岩が雪崩落ちてくる。あれは……【いわなだれ】か? 今までこのナックラーが使っているところなんて見たことなかったが……相手も今まで本気ではなかったのかもな。奴の特性:力ずくでより威力が上がっているから、ガーディの特性:威嚇が入っていると言えど直撃すると大ダメージになるだろう。

 

「了解かも! ガーディ、【おんがえし】!」

 

「ガウッ!」

 

 ガーディはジグザグに動くことで大きな岩を避けているが、避けきれなかった小型の岩を所々で受けてしまっている。それでもほとんど速度を落とさずにナックラーの下まで走り抜けた。

 

「ガァァ!」

 

「ナックラァーッ!」

 

 そのまま前足に血気を送り、光らせながら振り上げて、一気に振り下ろす。対するナックラーは大口を開け、光らせながら齧り付こうとする。あれは【かみつく】だろうか?

 

 ガツンと技同士がぶつかり合い、勢いの差からかザリザリザリッとガーディがナックラーを押し進める。しかしすぐに勢いは止まり、ガーディの前足を完全に齧り付いたナックラーが頭をブンブンと振り回す。振り回される形でガーディは何度か地面に叩きつけられ、そのままの勢いで放り投げられた。受身を取っていたようだし、砂地だからそこまで酷い威力はないだろうが、真正面から技を潰されたとなると、精神的に接近戦はやりづらくなってしまったかもしれない。

 

「ガーディ!?」

 

 しかし、まさかガーディの【おんがえし】が当たり負けするとは……あれは【かみつく】じゃあなくて【かみくだく】だったのだろう。こいつのレベルが余計にわからなくなってきた。レベル33~34相当か? それとも遺伝的な何かで覚えているだけなのか?

 

「まだよ! 【ひのこ 火花】!」

 

 その場で直ぐ様立て直して、【ひのこ 火花】が放たれる。少し大きめの【ひのこ】は、なかなか以上の速度で空気を焼きながら進む。ナックラー付近の空中で崩壊するように分離した細かな多数の【ひのこ】によって、流石のナックラーも範囲攻撃は瞬間的に反応できなかったのだろう。避けることすらできずに多少のダメージを食らったようだ。

 

「ナックラーッ!」

 

 それでもまだまだ体力は残っているようだ。降りかかった【ひのこ】を振り払い、顎をガチガチと鳴らして戦意がなくなっていないことをアピールしている。先ほど接近技を潰されたせいか、ガーディとハルカは攻めあぐねているみたいだな。

 

 そんなことを考えながらバトルの行く末を眺めていると、ナックラーがブルブルと震えだした。

 

「なんだ?」

 

「ナーークッ」

 

 鳴き声をあげながら、なんと砂を纏い始めた。思わず目を見張る。

 

「キノッ!?」

 

 面白い! 目がしいたけなのになかなかやるじゃあないか! あれはどうやって砂を纏っているのだろう? 網代笠の目を欺いた方法もおそらくアレだな。色違いならではの派手な体色を隠せるだけでなく、火の熱さも和らげると判断したのだろう。流石は行動は不思議でも色違いポケモンなだけはある。

 

 これでガーディの遠距離攻撃はあまり有効ではなくなってしまったな。残るはさっき弾き返されてしまった接近攻撃のみ。

 

「もう一度懐に潜り込んで【インファイト】よ!」

 

 一瞬の溜めの後、一気に砂漠を駆け抜け始めるガーディ。どうやら先程よりも速度を上げて突貫するつもりのようだ。ナックラーもそれに対して大口を開けて待ち構えている。真正面から受けるつもりらしい。

 

「ガァア゛ア゛アアッ!」

 

「ナ゛ァア゛ア゛アアッ!」

 

 衝突した瞬間にズゴンッ! と重たい音が響き渡る。衝撃波で砂が飛び散り、ナックラーの纏っていた砂の衣もボロボロと崩れ始めたようだ。互いに一撃の応酬を行い続けており、ガーディの右前足がナックラーの胴体を捉えようとするとナックラーは頭突きをしてその腕を弾き、そのままガーディに【かみくだく】をしようとすると残っている左前足でそれをズラす。

 

 砂が飛び散る派手な格闘戦だ。

 

 それでも素早く動かずに単純な力比べだと種族値的に有利なナックラーに分があるようで、押し合いや弾き合いで上手く捌けずにいるようだ。またもや徐々にガーディが劣勢になり始めていた。

 

「ガーディ、一旦離れてm「グゥッ、ガァアッ!」」

 

 指示を出そうとした声に被せるように吠え上げるガーディ。そのまま続行させろとでも言っているのかもしれない。男の子には意地があるんだもんな。引くことなど自身のプライドが認められないのだろう。

 

 俺の手持ちだといないタイプだなぁ……流石熱血炎タイプ。ナックラーに押されているが気迫は最初よりもこもっているようにも見える。一瞬ドMという単語が頭の中を通り抜けたがアレは異なるタイプだろう。

 

 俺の気の緩みが眼球に現れているのかガーディの周囲が歪んで見えるほど……いや、待て。あれ実際にモヤモヤと揺れているな。なんだ? ハルカの方を見て見るが、完全にあのバトルに飲まれてしまっているようで息を飲んで見守ってしまっている。いや、案外ハルカもこういうのも好きなのかもしれない。

 

 それにしても、アレは訓練したような技ではないのだろう。少なくとも俺は訓練中に見たことない。もしかしたらハルカの裏の手なのかもしれないが。

 

 蜃気楼のように周囲の温度でも上がっているのかと考えていると、不意にパチッと砂が焼け弾ける音が聞こえ始めた。パチパチと弾ける音が増えてゆき、だんだんと空気のウネリが派手になる。

 

 近くにいたナックラーはもっと前から気が付いていたのかもしれない。それでも接近戦を選ぶあたり似た者同士なのだろう……ストーカーと似ているって言ったら後で噛まれる気がする。俺の心の奥深くに封印しておこう。暑さのせいか思考が変な方向に走り始めているなぁ……

 

「ガァアアウ!」

 

 ぶわりとガーディが燃え上がり、その火は全身へ広がってゆく。砂を纏ったナックラーと炎を纏ったガーディが対面し、互いに軽く下がって睨み合いながら膠着する。いくら毛皮や砂の衣を纏っていても、体力やスタミナは無限ではない。そして目の前の強敵からのプレッシャー……ジリジリと集中力も削られる。互いに体力も限界に近いと悟ったのかもしれない。

 

 2匹の間はだいたい5m前後か。ポケモンバトルで5mなんて距離は一瞬だ。この勝負最後の一撃のために開けられた距離としては物足りないような気もしなくはないが、あの2匹は動いていないし何かしらの思案があるのかね?

 

 ピタリとその場に固まって、隙を伺っている。そんな時に2匹の間に風が抜け、コロコロと回転草が転がりこんで来た。コロコロコロ……と回転草は風に流されるままに移動する。そして丁度視界が遮られたようなタイミングで互いに動き出す。

 

「ガァア゛ア゛アアッ!」

 

「ナ゛ァア゛ア゛アアッ!」

 

 ガーディがその場を軽く跳ね、空中で火を巻き込みながら回転し、勢いよくナックラーに向かって突っ込んでゆく。あれは……【かえんぐるま】か! 対するナックラーはその頑丈で大きな頭を大量の砂で補強し【かみくだく】の威力をより上げるようにしていた。相手を待ち受けて、その技ごと噛み砕くナックラーの生態らしい戦法とも言えるだろう。

 

 約1mの大きな回転する火の玉を砂で出来た巨大な(アギト)が迎え受け、ガツンッ! と正面からぶつかり合う。ガーディは砂の顎を貫通しようとし、ナックラーは火の玉を噛み砕こうとする。

 

 まるで映画だな……時折網代笠も目を奪われているときがあるようだ。しかし、気を抜くわけにはいかないし、この感じだとバトルが終わった瞬間に奇襲なんてことはないであろうが、念の為だ。警備員って普段こんな気分なのかもしれないな。

 

 ゆっくりと【かえんぐるま】が砂の顎を焼き削って進むが、砂の顎もゆっくりと閉じて炎を噛み砕いてゆく。しかし、いかんせんガーディが削る勢いよりもナックラーの【かみくだく】の方が早そうだ。

 

 そのことにハルカも気がついたらしい。手を握り締めてバトルの行く末に没頭していた。火の勢いは衰えていないようだが、ここからだともうその姿は1/3も見えていない。そしてとうとう完全に砂の顎に飲み込まれてしまった。

 

「……って」

 

 ハルカからぽそりと言葉が漏れた。

 

「それじゃああそこまで届かないな。響かせたいなら前向いて、腹から声を出せ!」

 

 見えていないだけでパートナーはまだあそこで戦っているのだから、トレーナーが先に諦めていいはずがない。最後の力を出させてやれ!

 

「勝ってッ! ガーディ!」

 

「ガァアアアウ゛!」

 

 ズドンッ! と大きな音を響かせ、期待に応えるようにナックラーごと砂の顎を貫き通し、炎を纏ったボロボロのガーディが中から飛び出してきた。砂の顎から弾き出されたナックラーは起き上がろうとするが、とうとうその場にひれ伏した。この勝負、ガーディの勝ちだな。最後の最後で少年漫画みたいな結末になったなぁ……

 

 さて、と……頭を切り替える。フライゴンはどこにいる? 本当にこの場付近にはいないのか? 軽く網代笠に目配せをするが網代笠は体を横に振っている。そうか……ならきっと、本当にいないのだろう。

 

「ほら、ハルカ。そこで惚けてないで今回の主役をねぎらいに行ってきんしゃいな」

 

 そう言いながら首元においしい水をぴっとりと付けてみるが、なんの反応もない。5秒10秒と経ってゆき、ようやく魂がもどってきたようで……

 

「……はひゃッ!? そうだったかも!」

 

 ガーディの下に小走りで走り寄って行った。俺もその間に……

 

「ほれ、水飲めるか?」

 

「ナック……」

 

 こっちもかなりボロボロだ。所々に火傷があり、顎の力もほとんど感じない。軽く水を飲ませながら体に火傷治しを塗りこんでゆく。時折泣き声が聞こえるのはご愛嬌だろう。

 

「で、結局お前さんなんであんなにハルカに挑んでいたんだ?」

 

 俺にとっての一番の疑問をぶつけてみる。網代笠も興味があるらしく、ナックラーの顔を俺と一緒に覗き込んでいた。

 

「な……ナック……く……ナックラー……」

 

 うん。事情聴取に応じる犯人みたいに喋り始めているのだが、さっぱりわからん。網代笠が相槌を打つように頷いているので、この際網代笠に押し付けようか。

 

 そのまま網代笠とナックラーのやり取りをぼー……と眺めていると、網代笠から膝に【たいあたり】を食らうという事件もあったが、この場では流しておく。

 

「なに? どうした」

 

「キノコ」

 

 訴えを聞くと、網代笠の頭の上にナックラーを乗っけて欲しいらしい。しょうがないにゃぁと言いながら乗せるとお礼に手を噛まれるという仕打ちを受けた。何故じゃ。

 

 そのままハルカの下へナックラーを連れて行くと、もちゃもちゃとやり取りが始まる。どうやらハルカの仲間になりたいようだ。結局、あのナックラーがハルカに固執していた理由はなんだったのだろうか……変な理由なら網代笠も連れて行かないと思うし……

 

   ◇  ◇  ◇

 

 それから砂漠を抜けて更に3時間。切り立った山を登ってフエンタウンへ向かうのだが、流石に歩き疲れてきた状態で800段階段なんてものに挑戦したい訳でもなく、素直に横に設置されていた移動用大型エレベーターに乗り込んで山を登る。そこから更に2時間かけて街中を通り抜けて歩き、ようやくハルカ目的の旅館にたどり着いた。どうやら、ここの料理や温泉が目的らしく、砂漠を抜けた辺りから予約状況などを聞いて空き部屋に予約して、到着時刻などを伝えていた。

 

 山側に近くちょっとヒヤヒヤしていたのだが、今は違う理由で冷や汗を流している。

 

「なぁ……どんな旅館かは聞いていなかったが……ここは……どうなんだ? 財布がとても寂しくなりそうなんだが……」

 

 隠れ道のような所を通り始めた時点で少し疑問に思っていたが……見た感じ門構えからして立派で、なんだかとっても威厳のある佇まいと言いますか、旅館の前に生えている一本松から神々しい静けさを感じており、入口には左右4人づつ、計8人の中居さんが既にスタンバッているように俺には見えている。だからさっき少なくともマスクを被ったような不審者が潜っていいような造りになっていないな、これ。

 

「そんなにオドオドしなくても大丈夫よ。しっかりとここの予約を取ったから」

 

 予算は幾らほどになるのでしょうかハルカサマ?

 

「ち、ちなみにどっちの名前で予約取ったんだ?」

 

「その辺りのやり取りは全部わたしがやるから、キョウヘイ先生は後ろから着いてくるだけでも大丈夫かも」

 

 そうは言いますがね? 一応責任者としてね? 色々とあるんですがね? そんな俺の思いは纏めてゴミ箱にぽいされてしまったようだ。中居さん達からの挨拶をもらい、立派な敷居を抜け、靴を脱いでハルカが準備していた袋に入れ、備え付けのスリッパを履き、そのままの足取りで受付へ向かう。

 

「こんにちは、ルチアさんの紹介で来ましたオノハラ キョウヘイで松の間の予約を取っていたものです。これがその紹介状です」

 

 え? 一見さんお断り系の旅館なのここ!? ルチアさんからの紹介状とかいつの間に貰っていたんです?

 

「ご拝見させていただきます…………はい、確認致しました。キュウコンの隠れ宿へようこそいらっしゃいました。お疲れのところ誠に申し訳ございませんが、紹介状を持ってきていただいた初見のお客様には会員カードを作っていただくのが仕来りでございまして……5分少々で記入し終わりますので、用紙に記入と本人確認ができるものの提示をお願いいたします」

 

 女将さんから頂いた用紙にさっと目を通すと、いくつかの項目と共に守秘項目のチェックを入れる場所が目についた。大まかには無闇矢鱈にこの隠れ旅館を喧伝しないことや、他の客のプライベートに触れないこと。エトセトラエトセトラ……なるほど隠れ宿だなぁと思える内容だ。密会などにもこの宿は用いられるのかもしれない。

 

 面白い禁止項目として、ロコンが館内に現れてもバトルを挑んではいけないことや、ロコンの導き無しで奥の森に侵入した場合旅館は一切の責任を負わないという点がある。

 

「書き終わりました。そして本人確認用の保険証やトレーナーカードです」

 

 必要事項に書き込みやチェックを入れ終えた物をカード類と共に女将さんへ提出し、オオカミマスクを脱いだ状態で待機する。

 

「お預かりいたします…………それでは、お返しいたします。こちらが当宿の割符となります。紛失等をした場合、再発行に時間やそれなりの費用が必要となりますので十分に注意してくださいね」

 

「分かりました」

 

 返してもらったカード類を財布にしっかりと入れる。無くさないようにしよう。オオカミマスクを被り直した後、ハルカも書き終えて割符を頂き、松の間に案内されることとなった。さて、マスクの下で冷や汗をダラダラと流し続けている訳だが……松ってアレだよな。松竹梅の松だよな? 店によってどっちが高いかは変わってくるので何とも言えないが……松が一番高いところが多いように思えてならない。

 

 エレベーターは5階で止まり、開くと綺麗な木目の廊下が現れた。かなり年数が経っていそうなのだがしっかりと手入れがされているのだろう。

 

 4つの部屋があるようだが、俺達は……というよりもハルカは一番端の角部屋に予約したらしい。音もなく扉が開き、中を見ると本間12.5帖+次の間10帖+トイレや内湯、脱衣所などがあった。備え付けの冷蔵庫も見える。

 

「冷蔵庫の中に備え付けられているお飲み物は全て無料になっております。本日のお食事はいつ頃お持ち致しましょうか?」

 

「そうですね……19:30でお願いします。キョウヘイ先生も構いませんよね?」

 

「それでいいと思うよ、うん」

 

 ハルカがさらっと答えたので俺も便乗する。今が17:00なので少しだけ間が空く感じになるのか。

 

「ではお時間になりましたら一度内線でお伝え致しますので、どうぞゆっくりとお寛ぎくださいませ……」

 

「あ、ちょっと待ってください。こちらをどうぞ」

 

 そう言ってハルカは中居さんを留め、お盆の上に小さな封筒を渡す。その後、中居さんは頭を下げそのまま戻っていった。

 

「あの封筒はチップか?」

 

「うん。ルチアさんから紹介状を貰った時にそういうのを聞いておいたの」

 

 向こうと同じようにこっちでもしっかりとした旅館だと行ったりもするのか。後でハルカから封筒を貰っておかなければ……いやそうじゃあない。今はそれも重要だがそれ以上に重要な事がある。

 

「……なぁ、ここの支払いってどれほどのお値段なので?」

 

「平均的な給料なら軽く吹っ飛ぶ感じだね……ただ、紹介状や招待チケットがあれば一度だけ格安になるの」

 

 そう言われても……今度ルチアさんに差し入れ郵送するべきだな……いや、それだけじゃあなくハルカにコンテストの興味を持たせる程度の足がかりを俺が作るべきだろう。そうしてハルカとルチアさんがコンテストで戦えるような状態にゆっくりと持ち込んで……

 

「……まぁ、もう受付終えちまったし……ダメだ。こうもいきなりで怒涛の展開だと俺のポンコツな頭は回らん……」

 

「なら今は内湯に入って頭をさっぱりさせてきたら? ここの内湯も温泉掛け流しとなっていて、正面の窓を開けることで外の景色を一望できるらしいから」

 

 そう言われて、いつの間にかバックパックと共に脱衣所に入れられてしまった。あれ? 何かがおかしいと思いながらも、最早頭がオーバーヒートして使い物にならなくなっているので、とりあえずハルカの指示に従っておくことにした。もう難しい事は後で飯を食いながら考えよう。

 

 




ナックラーの砂を纏う力はポケモンカードの方から使わせていただきました。

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