カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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温泉と星空の下での約束(上)

「うーむ」

 

 微妙に思考停止している脳味噌を僅かに働かせてみよう。以前と異なり火山に近づいても問題ないようだが、温泉なんて火山成分マシマシのスープと同じようなものだし、万が一ということもある。用心しておくに越したことはないだろう。そのまま服を脱ぎ、右手に【あいいろのたま】を持ち、左手においしい水、腰にタオルを巻いてから浴室に入ると檜の香りが鼻孔をくすぐってきた。

 

 軽く浴室を見回してみるが、少しの水垢も見つからない。これがプロの仕事か。流石である……本当に俺達のようなのが来て大丈夫なのだろうか? 浴槽の横で中腰となり内湯を見下ろしてみると、なかなかの透明度で浴槽の底もしっかり見え、入浴もとい入欲がくすぐられた。本来なら余計なことなど考えずに入るのだがなぁ……誠に遺憾である。

 

 さて、温泉としては本当に極上だと思えるのだが……俺はコレに入れるのだろうか? 一応、保険として前回何らかの働きで俺を治療した【あいいろのたま】や水を持ってきてみたけれど、何故か大きくなったコイツに以前と同じことができるという保証もない。できたらいいな程度の気休めだ。

 

 正直ここまで来て温泉に入れませんとかだと生殺しに近いな。温泉は日本人の心だ。俺も温泉好きだったし、家族で旅行に行った際は幾つもの温泉に入りに行き、逆に疲れるなんてバカな事をしたほどなのだ。そんなことになってしまったら、そりゃあないぜとっつぁん! と風呂場で心から叫ぶことになるだろう。

 

 桶に軽く湯をすくってみるが、今のところ痛みなどは走っていない。やはり近づくのはセーフなのだろう。これで、まず第一関門はクリアーだ。

 

「よし! 男は度胸。なんでも試してみようじゃあないか!」

 

 意気込んでからそのまま人差し指を桶の中の湯に浸けてみるが、これも問題ないようだ。少し熱めだが申し分ないな。次に左手を桶に突っ込んで確かめる。その状態のまま少し待ってみるが、やはり火傷や爛れは起きそうにない。

 

 だがまだ油断できないな。桶で新たにお湯をすくい、一気に頭から湯を浴びる。汗や砂がお湯と一緒に流れて落ちていく感じが気持ちいい。ここまで試しておいて何だが先に体を洗ってから試しても良かったのではないだろうか? 本当に今日は思考が停止しているようだ。

 

 備え付けのシャワーで爛れないかを確認した後に頭や体を洗い、汚れを流し落としてから久方ぶりの温泉を堪能する。足、膝、腹、肩までと温泉へ浸かってゆき、足を伸ばして軽く一息つく。

 

「はぁ……これだよ。この感覚がたまらないんだよ」

 

 お湯がじんわりと肌に染み込んでくるこの感覚! 最高の癒しだね。流石リリンの生み出した最高の文化の一つだ。疲れが全身から染み出してくるような気さえする。明日にはきっと全身から活力が沸いてくるだろう。内湯でこれなら満点の星空の下、景色を楽しみながら露天風呂に入ったら俺は無敵モードになれるかもしれない。

 

 ふと、どこかの赤い配管工が煌びやかに光る際に流れているBGMが頭の中に響き渡る。まだ露天風呂に入っていないのだけれども……どうにも俺の頭の中は気が早いようだ。

 

「……素晴らしきかな温泉文化」

 

 騒がしい曲を思考の彼方へ追いやると同時に、じんわりと額に汗が浮き出てきた。頭の血流もようやくまともに流れるようになってきているようで、少しずつだが思考がクリアになる。多少欲望も湧き上がってきたようで、無性に熱燗が欲しい……だが今の所はおいしい水で我慢しよう。

 

 さーて、なら今酒を飲まずに俺が考えるべき事はなんだろう? ……やはりハルカが貰った紹介状の意味だろうかね。

 

 以前ルチアさんから貰ったプレゼントの中に入っていたようだが、それならなんであの場でルチアさんはそのことについて言わなかったのだろうか? 話して貰えていれば、俺はこんな混乱はなかったと思う。

 

 しかも教える宿は会員制の隠れ宿だ。いくら気に入った相手だからと言って、いきなり初対面の相手に渡すような物ではないはず。俺達が粗相をした場合はルチアさんの信用などにも関わってくるだろうしな。ダイゴさんから不審人物としての俺を聞いていて、知っているのならなおさら選択しないだろう。

 

 なら、そんなデメリットに対して目を瞑ってまでなんで俺達に紹介状を渡したのだろうか。それほどのメリットがあるようには思えん。なんだ? 俺が知らないところで何かが起きている可能性も微レ存? ……いや、これは微レ存どころか大いにありうる。別に俺達に関わらなくとも情勢なんて変わるもんだ。これについては深く考えても意味ないな。

 

 俺達に関係ある内容で、尚且つここを教える事がメリットになりそうな状況とかを考えるべきかね?

 

 ただそう考えると黒い方面にしか思い浮かばないなぁ。ダイゴさんが止めていたらしいが、ついに俺が【あいいろのたま】らしきものを持っているのがポケモン協会にバレたとか……いや、ダイゴさん達がマグマ団アジトの情報を持っていた俺を隠したかった可能性もある。

 

 本部の罠の如くポケモン協会からダイゴさんへの圧力なども起きているし、情報源を潰される前に確保したかったとかそんな理由ならありえなくはない。ただ、俺にそこまでの価値をダイゴさんが付けているのかはわからないが。

 

 そしてかなりの例外として、あの【タールのような黒い粘液性の生物】についての話とかもありうるか? ……これは無いと信じたい。所詮アレは俺の見間違いで、過去の恐怖から来る錯覚でしかないのだろうから。

 

 うーん……それよりも単純に密会したいという方が可能性高いかもな。密会を行う場合、セキュリティ的には磁気が荒れまくっている砂漠の方がいいと俺は思う。ただ、ダイゴさんがアジトについて調べていたり、マスコミからの取材やらで当分街から出れないみたいな事もありえるし、そう考えると街の中でやったほうが都合が良いのだろう。おまけに宿集合にしておけばすれ違いとかのムダもなさそうだ。

 

 しかも、この宿はそういう利用が多いのだろうし……ただ、そうなると、ここまで厳重な場所で行う密会の内容って何になるんだ? ポケモンセンターではダメってことだろう? 単純にアクア団マグマ団の情報とかなら福音なのだけれどもこれはないだろう。

 

 そういえば今のアクア団マグマ団(や つ ら)の戦力比ってどうなっているんだ? あんまり聞かないし。これが判り、アクア団の方が戦力が多いのならアクア団の基地の情報を売って、またダイゴさん達に奇襲してもらってもいいかもしれないな……また思考が飛んだな。これは今度ダイゴさんと会話できたタイミングで聞いてみよう。

 

 変に俺が深読みしすぎているだけなら、それが一番いいのだけれどもな。多少頭が疲れる程度で安全が買えるなら儲け物だ。

 

 両手を組んで腕を上にのびーっと伸ばし、顎のすぐ下まで体を温泉に浸けて、ふちに背中を預けて目を瞑る。いつの間にかこんなところまで来てしまったなぁ……最初は、ただ自分の体について知りたかっただけのはずなのに。それが何故か拉致られてカイオーガを探す羽目になっているし、いつの間にか先生になっているし……自然災害に遭遇してどうにかできないかなんて考えてみたこともあったっけか。

 

 あの時はカイオーガが居れば、確かに一部の自然災害を収めることは出来るかもしれないなぁなんて楽観的に思ったが、それなりに余裕を持った今、それについて考えてみると、きっとロクなことにならないだろうと思えてくる。アルセウスの考えは相変わらずわからないが、どうにも良くない事に発展するような予感がするのだ。

 

 冷静なときに契約しないから後でツケが回ってきて、頭を悩ませるんだよと過去の俺に対して軽く念を送ってみる。今までだってそれで失敗してきたのに、悲しいことに全く経験が生きていない。俺の程度の低さが伺える。

 

 それにしてもアルセウスの奴ってなんか、こう……どこぞの聞かれなかったから答えなかったとか言いそうな獣に近い物を感じるんだよなぁ。もしかしたらアレの親戚なのかもしれない。契約させられたし。なんか宝石押し付けられたし……ん? ならこの【あいいろのたま】は俺の魂ということに……これ以上深く考えるのはやめておこう。

 

 どうにも頭が茹だってきたようだ。そろそろ出るかと思い、時計を見てみると18:45を指していた。いつの間にか1時間半以上温泉に浸かっていたっぽいな。そりゃあ茹だって突拍子もないことを考えつく訳だよ。

 

   ◇  ◇  ◇

 

 備え付けの大きめの甚平に袖を通してから本間へ戻ってみると、浴衣を着たハルカが大きめのテーブルにノートやファイルを開いた状態で力尽きて突っ伏していた。今日のことを書いている途中で限界が来たのだろう。視線を上げると御神木様達は自由気ままに次の間で遊びまわっている。そして、その中に見慣れないポケモンが2匹いた。

 

 1匹は新しくハルカの仲間になったナックラーだ。昼間に激闘をしたせいか疲れきっているご様子。おとなしく畳の上に伏せて寝っ転がっている。改めて見るとやはり通常の個体よりも体が大きく、所々に深めの古跡が残っていた。やはりあれだけの強さを実践だけで身に付けるには、それなり以上の修羅場や戦闘経験が必要なのだろう。

 

 もう1匹は契約用紙に名前が載っていたロコンで、いつの間にか部屋の中に紛れ込んでいたようだ。楽しそうに、ゴンベの腹の上でトランポリンで遊ぶように飛び跳ねている。それにしてもどこから入ってきたのだろうか?

 

「……むぅ……んん、あ、なかなかの長湯だったね」

 

 そんなことを思っているとハルカが復活したらしい。バンダナを解いているせいか所々に毛の跳ねなどの寝癖が見受けられる。それでいいのかハルカよ。いや、まぁ温泉に時間をかけてしまったのは俺だが。

 

「こんなに長く入っているつもりはなかったんだが、色々と考えていたらいつの間にかね……時間がかかってすまん」

 

 本当に申し訳ない。

 

「ふーん、何考えてたの?」

 

「この宿のチケットを渡された理由についてとかかねぇ」

 

「ああ、なるほど……」

 

 腕を組んでうんうん頷いた後、こちらを横目で眺めてきた。続けろと?

 

「ついでにハルカが事前に俺に言わなかった理由も一緒に考えてみた」

 

「……へぇ?」

 

 少しにやっとして猫のような笑みを見せている。やっぱり故意にか貴様ぁ!

 

「その前に喉が渇いたから謝罪と賠償として牛乳を要求する!」

 

 まずはこれで手を打とうじゃあないか。

 

「牛乳ならさっき中居さんに頼んで冷蔵庫の中に補充して貰ったから好きに飲んでいいよ」

 

 ふむ? なんだか今日は妙に手回しがいいなぁ、おい。冷蔵庫から冷えた瓶牛乳を取り出して、飲みながら状況について思案してみる。いつものハルカよりも手回しが早い気がするな……誰か、というよりもダイゴさんかルチアさんだろう。まずそれしか選択肢がない。ふむ……二択か。

 

「で? これを計画したのはダイゴさんか?」

 

「うん。よくわかったね……わたし、何かヒント言ったっけ?」

 

「いや、普通こういう紹介状を貰ったのなら、こんなの貰った程度の事は俺に言うだろう。だから紹介状と一緒に何か指示が書き込まれた手紙でも一緒に収めてあったのかなと考えた訳だ」

 

「確かに一緒に手紙が入っていたね」

 

 そう言ってハルカはノートの横に置いてあったファイルから、2つ折りにされた紙を取り出した。ビンゴ、ソレが件の手紙か。

 

「ならその手紙を書いたのは誰だろうか? 選択肢は2択とは言え普通、初対面のルチアさんが俺を嵌めるとは考えられん。よってダイゴさんが手紙を書いたと考えたほうが自然だろう」

 

 俺に直前まで教えないようにしたのは、今までの俺のネタ的行動に対する仕返しの気がするが。

 

「ならなんでダイゴさんは自分の名前で紹介状を書かなかったのさ?」

 

 もっともな疑問点だ。

 

「最初、俺もそこがよくわからなかったんだがな、注目度や格やらが関係してくるんじゃあないかなぁと思っている」

 

「格?」

 

 面倒くさい大人の事情というやつだろう。

 

「まず、単純に有名とは言え1アイドルの紹介と地方の顔役でもあるチャンピオンの紹介では、注目度に差がある。そして、いくら密会に適している宿と言っても、貸し切っていない以上どこから虫が紛れ込むか分かったものじゃない。例えばだがハルカがチャンピオンに対して注目している時に、『チャンピオンの紹介状を持ってきた客が夜にチャンピオンと話していた』と、『アイドルの紹介で来ていた客がチャンピオンと話していた』では注目度が異なるだろ?」

 

 俺達が知らないだけでポケモン協会の役員がこの宿に居てもおかしくないのだし。そもそも、態々この手の宿に俺達を泊まらせている時点で、必要以上に俺達がここに居るということを知らしめたくないというようにも受け取れる。

 

「あ~……なるほど。後者はただのファンのように見えなくもない……のかな?」

 

「要はチャンピオンが態々密会するために招いたか、偶々出会ったかで周囲からの印象が変わるっていう面倒くさいやつだな」

 

 俺は今回のことをそう受け止めた。

 

「ついでにダイゴさんがここの女将さんに話を通しているかは俺にはわからないから、飯を軽く食った後に受付まで行って、ここ数日分の新聞があるか聞きながら1階に居座ろうかなと思っている」

 

 話が通っていれば、直接部屋を案内する振りをしている時に何かしらのアクションをしてくれるかもしれない。しかし、話が通っていなければ、まずダイゴさんが旅館に入るタイミングがわからなくなる。なので、いつ来てもいいように正面入口で待機しておいたほうが無難だろう。

 

「『偶々宿で知り合った客と意気投合して酒を飲んでいた』なら長時間俺達の部屋に居ても問題ないだろう」

 

 ただ、その為に小芝居を幾つか打たなきゃいけないんだけれどね……俺、そんなに鉱物については語れないんだがなぁ……まぁいつも通りマスク被って道化していればいいか。

 

「なるほど……よくもまぁそんな流れを打ち合わせてましたって感じで考えられるね」

 

 ハルカが不思議そうな顔をしている。

 

「だいたい合っている感じか?」

 

「残念だけれど、手紙にはそこまで詳しく説明が書いていないから、わたしには合っているかわからないの」

 

 そう言われたので、机の上に置かれていた手紙を手にとって目を通してみる。大まかな内容は、

・5階の角部屋を予約してもらえるとありがたい。

・俺に対して直前まで秘密にしていると面白いものを見ることができそうだ。

・宿に着いたらパソコンからいつも通りのメールをして欲しい。

・1階の奥にバーがあるから22:00以降に来て欲しい。

・油揚げや豆腐、肉料理がオススメ。

 

 たったこれだけである。最早最後の部分は料理の味の感想でしかない。キュウコンも結構肉食らしいしその辺りも踏まえているのかもしれない。油揚げなんて狐のイメージそのものだし。

 

「説明のせの字もないな」

 

 この書かなくても君なら理解できるよなって感じの文に俺は激怒した。必ず、かの邪智(じゃち)の塊である地方タイトル保持者を弄りぬかねばならぬと決意した。

 

「これ事故ったらどうする気だったんだ……」

 

「そのときはわたしがタイミングを見てこの手紙を渡せってことじゃない?」

 

 なるほど。これを読んだら流石に俺も考えて行動を始めるだろう。

 

「ちくせう……これだから天才と言う奴は……手紙っていうのは普通相手に読みやすいように書くのが基本だろう。これ明らかに故意じゃないですかやだー」

 

 ここまで掌の上で転がされるとは思わなんだ。しかし、しかしだ。ならばここからは、俺のやり方で盛大に歓迎しようじゃあないか! やられたらやり返す。倍返しだ!

 

「時にハルカ君。いつも通りのメールとあるが、君はいったい何のメールを出しているのだね?」

 

「ポケモンの戦術や鋼タイプについての質問メールですね」

 

 軽く横を向いた状態ですぐに答えが帰ってきたのだが……あやしい。すっと視線を逸らしているのが何よりの証拠だ。

 

「ほう? ……まぁ、今回はそういうことにして、深く聞かないでおいてやろう。ただ、その手のことを聞く場合ダイゴさんも忙しいだろうから、何度も聞かずに聞く内容を厳選してから送れよ?」

 

「はい!」

 

 返事はいいんだがなぁ……

 

 


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