【ステルスロック 串刺ノ城】が焼け溶け、踏み潰されたことで開けた中央部で網代笠とコータスのお視線が互いにぶつかり合う。こちらはいつでもOKだが……どう攻めようかね。
「それでは――――試合続行。ポケモンバトルゥーーーファイトォ!!」
「まずは【やどりぎのタネ】!」
「キノコッコ!」
網代笠がその場から一度飛び退いて、コータスに向かって【やどりぎのタネ】を打ち込んでゆく。防御の硬いコータスに対して攻撃としてではなく、割合でダメージを与え、雀の涙程度だが自身も回復できる一番ポピュラーな攻め方だ。
「【やきつくす】で迎撃して!」
「コータス!」
やっぱり王道な分読まれていたのか、もう少しで着弾できそうだったタネ達は【やきつくす】によってパチリと音を立てながら芯まで焼き尽くされて、着弾してもコータスの甲羅に弾かれる。【やどりぎのタネ】を焼いた程度ではコータスの吐き出した炎の勢いは衰えず、そのまま網代笠へ一直線に向かって来た。まぁ、そうだわな。
「後退しながら【タネマシンガン 弾幕】!」
「キノコッ!」
後ろへ下がり、【やきつくす】を回避しながら【タネマシンガン 弾幕】を張らせて多少なりともコータスを攻撃させる。網代笠は大賀や御神木様よりも狙いが荒く、穴を突くような精密射撃や【タネマシンガン 弾幕】は苦手だが、その分少しだけ他の2匹よりも威力が高い。しかも今回は的が大きいから十分に当てることもできるだろう。
――――ただ、問題があるとするのなら、バラけるように撃ち続けられる【タネマシンガン】がカンカンと音を立てて弾かれていることだ。まったくもって効いちゃいないな、あれは。いつから俺達は厚さ50mmの鉄板を相手にし始めたのだろうか? チハタンレベルの装甲でも良かったんだぜ?
肩に乗っている夕立が初めて見る光景に声すら上げず、目を皿にして眺めている。
「【てっぺき】で防御を固めて!」
一瞬、さらに重心を下げたコータスが銀色に光り、【タネマシンガン】を弾いていた音階がもう一段階高音に変化した。
「更に固めてくるか……」
ぽつりと言葉が漏れる。こいつはもう重戦車レベルだな。防御を貫通するには戦車砲クラスの弾が必要だ。普通のマシンガン程度で攻撃しても雀の涙だろう。
さて、さっきは景気よく啖呵を切ってみたものだがどうしたものか。網代笠とコータスの体格差は凄まじく、おおよそ換算でだが6.25倍はあるだろう。正しく怪獣との戦いだな。しかもなまじ防御が硬いせいで、より強いモンスター映画風味を醸し出している。
フィールドは御神木様がお膳立てしてくれた【ステルスロック 串刺ノ城】が残っているが、歩くだけで岩を破壊できる以上、歩かせ回るのはあまり得策ではないはず。タイプ相性が普通だからと言っても、押し切られる可能性が高いのだし、大賀のためにも壁は残しておくべきだ。それに大賀と交代するにしても、もう少し情報が欲しい。
となると……【にほんばれ】の効果が消えた瞬間が節目だな。
軽く視線を上げると、最初の頃よりも小さくはなったが未だに燦々と輝いている火の玉が見える。あと2~5分といった所だろうか……
相手の火力がどこまであるのかは現状不明。ただ、背中からモクモクと登ってゆく煙の量はとても凄まじいので、熱量も相応だと判断できよう。しかも、面倒くさいことにあの煙が個体差……いや、体格差によるものなのか。それともコータスだけの特性:白い煙によるものなのかがわかりづらい。シェルアーマーじゃあ無いのなら急所狙いの手数で攻める方法もあるのだが……
「前進しながら邪魔なものを燃やし尽くせ! 【かえんほうしゃ】!」
「コータス!」
コータスが始めの時よりも重たい音を立ててゆったりと歩きながら【かえんほうしゃ】を吐き出して周囲の岩ややどりぎを網代笠諸共焼き潰そうとする。しかし、網代笠はソレに反応してすぐに後ろにあった大きめの岩の影に隠れた。
どんどん岩の色が赤く変化してゆく……あんまり長くは持ちそうにないな。
俺が指示をする前に身の危険を感じた網代笠が次の岩影に慌てて逃げ込み、それから4テンポほど遅れてから【かえんほうしゃ】が完全に岩の中心部を溶かしきって貫通した。
焼き溶かし、破壊しながらフィールドを進むコータスの姿は、脳裏に大怪獣が街を焼きながら進むシーンを彷彿とさせてくる。本格的に怪獣退治じみてきたな。
「……こりゃあ多少の負傷込でも機動戦に持ち込んで、常に裏を取りに行くしかない……かね」
何が練度自体はかなり低いはず、だ! 【かえんほうしゃ】を覚えるのはレベル28前後ぐらいだから網代笠よりも十分に格上。しかも、火力は余りあるじゃねぇか!
これ程の火力があるコータスの真正面に立つのは、やはり得策ではないな。それを理解している網代笠もジリジリとだが岩を使ってコータスに回り込もうと近寄っているが……隙が今まで以上に無い。正しく移動要塞だ。しかも、デカイせいで上から攻撃できるから射線が通りやすく、ほとんどの岩では隠れても上から焼かれてしまうだろう。
となると、逃げ場が確保できなくなる可能性が出てくる長時間隠れるという選択肢も悪手となるな。ならばかく乱して攻めるしかない。引けば負ける!
「【かげぶんしん】でかき乱して懐へ潜り込むんだ!」
「キノノノノッ!!」
一瞬、網代笠の姿がぼやけてから透過した画像を何枚も重ねたようにブレて、少し大きめな岩の陰で7匹ほどに分身する。そして、岩を蹴り、灰を巻き上げながら四方八方からコータスを目指して一斉に走り始めた。
「させないよ! 【かえんほうしゃ】!」
「コータス!」
分身した網代笠達が様々なルートを巡ってコータスに向かって行くが、岩を飛び越えながら真正面から突っ込んだ分身は【かえんほうしゃ】に焼かれ、真横から走り寄った分身はその太い足に蹴り飛ばされて岩に叩きつけられて、掻き消えた。
しかし、そうして他の分身が焼かれている内に、左右からコータスの後ろに回り込んで✕を書く様に4匹の網代笠が一斉にコータスに走り寄る。
「続けて【こうそくスピン】!」
「コォオオオオオッ!」
――――が、コータスが甲羅に引っ込んだと思った瞬間、甲羅の中から【かえんほうしゃ】を吐き出しながら【こうそくスピン】を始めた。
「キノ!?」
「なッ!?」
コータスのねずみ花火のように凄まじい勢いで回転しながら吐き出された【かえんほうしゃ】によって、四方から近寄っていた4匹の網代笠達が一度に焼かれて消える。
貴様はガ○ラか何かか!
何が練度が低いだよ畜生め。一度に技の全てを行う訳ではなく、動作を分解して結果を出す。網代笠もやっていることだが、やられると本当に鬱陶しいことこの上ないな!
……だが、捉えたぞ!
網代笠が岩を飛び移りながら空中を移動することで【かえんほうしゃ】を避け、回転の勢いが徐々に衰え始めたのを見計らいコータスの甲羅の端に飛び乗り、そのままお椀状で急な角度の甲羅を天辺を目指して走り登る。アクセサリーの靴がしっかりとグリップ力を発揮しているからか、あの回転力でも振り落とされていない。
反応に遅れたコータスが【こうそくスピン】をやめ、重い音を立てながら地面に足を踏みしめて首を上に伸ばし、顔を真後ろに向けて口を開く。
「そのまま「甘いわ! 【ふんか】!」」
ガチンッと噛み締めるような音が聞こえた瞬間、凄まじい音を立ててコータスの背中が【ふんか】した。【ふんか】によって撒き散らされた火炎弾は、甲羅の内部にある焼けた炭や周囲の空気、網代笠を巻き込んで高く空中へ吹き飛ばす。
【ふんか】したコータスの背中からは黒煙と白煙が混じりあったような色の煙が爆発的に発生し、その内部では電光が度々走っているようだ。甲羅の掘りを伝うように内部にあった高温の液体が流れ、まるでデカールを貼ったかのような鮮やかな緋と漆黒によって視覚的な威圧感を増大させていた。
その姿は正しく山そのものの噴火に近い。最早アレは自らの意思で動く活火山だ。生物が火山に挑むというものがそもそも間違っている。無常にも、その火山に挑んだ網代笠は【ふんか】の勢いで空中に吹き飛ばされ、放物線を描くようにバラバラと落下する噴石や火の玉と共に燃やされながら落下し――――
――――ふっと、まるで最初から存在しなかったかのようにその姿を消した。
「……え?」
完全に網代笠を捉えたと思っていたのだろう。アスナさんが驚愕の表情をして、思考に一瞬の隙ができた。そいつだ! そいつを俺達は待っていたんだ!
「網代笠――――」
【ふんか】によって火の玉が降り注ぐ中、コータスの足元からゆらりと網代笠が現れる。
「――――【しびれごな】を撒き散らせ!」
「キノォオオオオオ!!」
ぼふんっと黄色味のかかった粉が網代笠を中心に一気に空気中に広がり、周辺の炎によって舞い上がってゆく。足元にいるとはコータスも思っていなかったのだろう。驚きで呼吸が乱れて【しびれごな】を一気に吸い込んでくれたようで、口から白煙を吐き出しながら咳き込んでいた。
「……どう……やって」
思わず口から出たのだろう。
「デカイということは、確かに驚異だ。体格の差は様々な所でアドバンテージとなる。だがな、だがしかし、逆に考えればこっちと違って比較的小さな網代笠を探すには、視界の一部が常にコータスによって遮られることになる。だから、網代笠が安全に潜り込むため、しっかりと網代笠の分身が目立つように岩を飛び移つような立体機動で接近させて、甲羅の上で走らせることでコータスの視線を上に誘導させた」
それに俺はついさっき言ったじゃあないか。
こちとら自分よりも大きな相手と戦うほうが多いんでね。視覚を遮る戦法は発案・教育・訓練済みよォ!
【しびれごな】を撒き散らした網代笠は、コータスの足元を後ろに回り込む為に走り抜ける。
「【のしかかり】で潰して!」
「こ、コー!」
慌ててコータスが倒れこむように【のしかかり】を行おうとするが、先ほど撒いた【しびれごな】が効いたのか反応が鈍い! 隙間に足を突っ込むようにスライディングをした網代笠が、【のしかかり】をしたために完全に体勢を崩し、倒れ込んでいるコータスの真後ろを取った。
「そのまま【タネマシンガン スラッグショット】!」
「キノコッコ!」
バスケットボール大の大きさの種が凄まじい勢いでコータスの甲羅に直撃し、腹に響くような鈍い音を立てて砕けた。しかし、直撃を受けたはずのコータスはまだまだ元気そうだ。
だが、それでも構わない。
「甲羅じゃあなくて生身の足や尻尾を狙え!」
コータスが必死に旋回して網代笠の方へ向こうとしているが、元々鈍足なのと麻痺のせいで完全に追いつけていない。このまま後ろを撮り続けて【タネマシンガン スラッグショット】を浴びせ続ければ例え効果今一つと言えどもいつかは削り切れる筈だ。
逆にここで下手に欲をかいて、接近等倍技の【おんがえし】を使うと【こうそくスピン】で弾き飛ばされかねないし、【きあいパンチ】にはソレ+タメという隙が発生してしまう。このまま近づかずに一定距離を保って攻撃するのが一番だ。背後霊アタックの真髄を体験させてあげようじゃあないか!
「キノコココココッ!」
「コォ!?」
追い打つように【タネマシンガン スラッグショット】がコータスの尻尾に直撃する。すると、ここでコータスが初めてまともにダメージが通ったような悲鳴を上げた。
ちらりとアスナさんに目をやる。汗をかいてはいるようだがその表情はあまり暗くなさそうだ。まだ切っていない切り札でもあるのだろう……おそらくだが【オーバーヒート】か? 今のところ一度も使っていないようだし。マグマッグの【オーバーヒート】ですら俺達の整えたフィールドの一部が燃やされたのだ。このコータスが行えば半壊にできるだろう。
ついでに勢い余ってジムまで破壊しそうだが……この場においてはそんなもの細事だろう。【ふんか】の時点で何かしらの被害が出ていてもおかしくはない。既に換気扇がいたるところで唸り声を上げているし。
さて……どうする? ここで新たに札を切り、足掻くか。それとも挑戦すらせずに、諦めるか。
――――さぁ! 答えを!
「まだ……まだ切るつもりはなかったのに……キノココ相手にここまで追い詰められるなんて……」
ぽつりとつぶやいてからアスナさんの微妙に表情が変わった。目尻が上がったことで今までよりも目力が強くなり、厳かな雰囲気に包まれ始める。あの人あんな表情もできるのか。
「本当に、本当に予想外……コータス、遠慮はいらないわ! 全・力・開・放!【オーバーヒート】!」
「こ、コォオオオオータスッ!」
「キノコ!?」
網代笠が雰囲気から危機を察して遠くへ走り、危険から身を隠すために岩に隠れようとする。だがそれよりも早く、甲羅を緋色に輝かせ、地面を踏みしめ、全身を硬直させたコータスを中心に業火が爆発的に広がった。半径10m前後のドーム状の炎が発生し、網代笠が飲み込まれるのが見えた次の瞬間には、辺り一面を熱風が通り抜けていた。先ほどのマグマッグの【オーバーヒート】よりも広範囲の業火に愕然とする。
「網代笠!」
…………慌てて呼びかけてみるが反応がない。夕立も心配そうにキョロキョロと岩を見ている。
40秒ほどで炎のドームは消えたが、その内部では依然としてごうごうと赤い火が燃え盛っており、その火力の凄まじさを物語っている。そして、そんな燃え盛る岩の後ろで網代笠が倒れこんでいるのが見えた。
岩に隠れての防御は間に合わなかったか……直撃はしなかったものの、完全にこんがりと焼かれてしまっているようだった。
「キノココ、戦闘不能!」
「……お疲れ様だ、網代笠」
倒れ込んでいる網代笠をボールへ戻す。これで残すは大賀のみとなる。
――――だが、網代笠は仕事をやり遂げた! 視線を上げると、先程よりも小さくなり、ゆっくりと鎮火してゆく【にほんばれ】が見え、最後の一瞬だけ強く燃え上がったが持続せずに鎮火する。それだけでなく【オーバーヒート】という相手の切り札も切らせることができた。
これは帰ったら全員にマッサージだけでなくアイスもプレゼントしないと。同様に網代笠との約束も全力で取り組むことも心に誓う。それだけのことを網代笠はやってのけたのだ。俺も報いなければならない。
視線を目の前のコータスに戻すと、何かをもしゃもしゃと食べていた。持ち物か? このタイミングで食べるモノ……体力回復ではないだろうから【オーバーヒート】によって下がった特攻の攻撃力回復?
……まさかしろいハーブか!?
「まさかここでしろいハーブを切るハメになるだなんて……完全にしてやられたよ……でもね? ここまで手の内を晒した以上、私も負けられないわ」
ゾクリとするほど熱く、鋭い目で見つめられる。
そうだ! それでいい! ソレがいい。
最早ジムだのなんだのは関係ない。
『未だ心が挫けぬ好敵手を前に自然と気持ちが高ぶってゆく。ハルカといいアスナさんといい、諦めず困難に立ち向かう人というのはどうしてこうも美しく気高いのか』
――――ん? 今俺は何を思った?
何故かは分からないが口元が勝手に上がってしまう。まるで極上の美酒を飲んだ時のような気持ちだ。自分でもこの高揚感は異様だと理解しているのに、この気持ちが心地よい。止まらない。止められない。止まる気すら心にない。
「良い気迫だ……これだ。これだよ! これだから面白いんだ! ああ魅せてくれ、その力をさ!」
「スブブブブブブゥッ!」
そう言いながら大賀を出す。現状、フィールドにはほぼ壊滅した瓦礫の山とあまりの熱量で地面の一部が溶け始めている。隠れられなくはないが、隠れたらすぐに場所がバレそうだ。しかも、真正面からぶつかり合った場合、火力差で押し切られる可能性がある。
なら最初は相手の技の威力を下げる所からだな――――でもその前に!
「【ねこだまし】!」
一瞬の思考の隙間をぬるりと縫い、大賀がコータスの目の前へ、音も立てずに高速で移動することで【ねこだまし】を披露する。意識の外から音という衝撃を受けてコータスの動きが止まった。一度止まると麻痺も相まってかなり動きづらそうだ。
「続けて【みずあそび】で水を撒き散らせ!」
大賀が背後へ回るように焼けたフィールドを走る。その合間に右手を振り下ろすと、ザパンッと小気味の良い音と共にどこからともなく水が少しだけだが流れ込んできた。匂いからしてここの横に流れている温泉だろうか。流れ込んできた水によって大賀の全身がビチャビチャに濡れる。おまけに焼け溶けた石などにも水が接触し、ジュウジュウと凄まじい音を立てて沸騰しているようだ。
これで熱からの接触ダメージも少しは減るだろう。
「出し惜しみなんてしない! これが私達の全力全開!」
「コォオオオオオオ!!」
コータスの背中が煌々とし始め緋色へと変貌してゆく。立ち上る煙も白っぽさの中に大量の火の粉が混ざりこんでいるようだ。とうとう来るか!!
「【ねっとう】で対抗しろ!」
「スブブブブブブブ!!」
コータスの甲羅が完全な緋色になる前に大賀の【ねっとう】が発射され、緋色になるまで熱された甲羅に直撃した。ガンガンに熱したフライパンに水をかけた時のようなけたたましい音を辺りに響かせながら【ねっとう】が蒸発されてゆく。威力、特攻は相手が有利。一方タイプ相性はこちらが有利。ただ、それらを差し引いたら相手が7割ほど有利か?
しかしそれがどうした! こっちには御神木様が整え、網代笠がやり遂げた状態異常:麻痺がある。恐れるものなど何もない。
先程よりもかなりの遅れがあるものの、どんどんと甲羅が緋色へ変貌してゆく。【ねっとう】によって冷やされるペースよりも熱されるペースの方が速いようだ。やはり純粋な水ではないからか!
「――――【オーバーヒート】!」
貯められた火がコータスの全身から解放され、全てのモノを焼き尽くし、飲み込みながら大賀の【ねっとう】と衝突した。ゆっくりとだが押されてゆくのを感じた大賀が負けじと【ねっとう】の勢いを上げるが、それでも僅かに拮抗する程度だ。このままでは押し負けてしまうだろう。
「燃やせえええええェ!」
「オオオオオオオオ!!」
更にコータスから吐き出される火の勢いが増し始める。これが意地の力か! これが意思の力か!
勢いが増した結果、先ほどまでの【ねっとう】と【オーバーヒート】との均衡が崩れ、爆発的に膨れ上がった炎が【ねっとう】を吐き出し続けていた大賀ごと、半径20mのフィールド上にあるもの全てを飲み込んだ。
10秒、20秒と業火はその場で燃え続け、そこから排出された爆風、熱風が体中を焼いてゆく。夕立も俺の肩から吹き飛ばされてしまった。急いで肩に登ってきたようだがびっくりしたように目を丸くしている。ここはまるで溶鉱炉の近くのような熱さだな。この場所から少しでも中心部に近づいたら肺が焼かれるレベルだろう。
今更だが決して室内戦で行うべき内容じゃあないな。
「…………」
俺もアスナさんも一言も喋らずに炎の中に目を向ける。ごうごうと、猛然と燃えていたコータスの【オーバーヒート】だが、1分ほどで炎に揺らぎが現れ、それから少し経ってゆっくりとだが火の勢いが衰え始めた。
勢いが弱くなったのと同じようなタイミングで、依然として燃え盛るフィールドに人影のようなものが現れる。先ほど居た場所よりも数mは下がっているし、緑色の全身は大きく火傷をしており頭の葉は一部炭化しているように見えた。だが、それでも、あの場所で――――
「スブァアアアアアアアアア!!」
――――両足で立ち戦闘を続ける意思を持っている! 頭を守るように膨らませてガードしていた両腕を左右に広げ、まだ終わってなどいないのだと大声で叫んでいる!
ならば俺もそれに答えよう。
「走れ大賀ァ!」
未だに燃えているフィールドを、一度もこちらへ振り向かずに駆け抜けてコータスに接近する。コータスも迎撃しようと反応するが、足が動かなかったのか完全には構えられていない。恐らく麻痺と連続【オーバーヒート】による疲労が重なったのだろう。しかも、下手に足を動かしてしまったせいで左横がガラ空きだ。
「押し流し、粉砕しろ! 【ねっとう】!」
「スブブブブブブブブッ!」
「タスッ!?」
ガラ空きの胴体に【ねっとう】が直撃し、熱によって水が弾かれる音と共にミシミシと何かが軋む音が聞こえ始めた。この音を聞いた瞬間、勝利を確信する!
「ま、拙い!? コータス、【かえんほうしゃ】で迎撃して!」
アスナさんも気がついて、攻撃によって迎撃しようとしているがアレでは一歩間に合わない。
「止めの【かわらわり】!」
「スブァアアアア!!」
予想通りコータスの【かえんほうしゃ】が大賀に追いつけず、真横に張り付いた大賀が構えを取る。右腕に血気が送られることで膨張し、通常の腕の大きさの1.5倍程度にまで膨れ上がって白い光は放ち始める。そして、更に1歩踏み込み、ひねりを加えながらその光り輝く拳をコータスの横腹を殴りつけた。
今まで行われた急激な加熱と冷却によって熱疲労を起こしていたコータスの甲羅は、バリンッと甲高い破壊音を立てて左脇腹の部分が陥没し、その後を追うようにヒビが甲羅全体を走り抜けてゆく。拳も甲羅を割った程度では止まらず、そのまま殴り倒すようにコータスの体勢を崩させた。
流石のコータスも甲羅の中を殴られた事はなかったのだろう。あまりのダメージの大きさからかその場から動くことができないようだ。
「こ……コータ……ス……」
「……コータス、戦闘不能! よってこの勝負、挑戦者の勝利!」
完全に倒しきった。倒しきれた! 炎タイプメインのフエンジムを、草タイプパで、攻略できた。達成感が凄まじい。なんかごちゃまぜになって言葉が出てこないな。
「うーん……完敗かぁ」
アスナさんがコータスをボールに戻すとすぐにスプリンクラーが発動し、辺り一帯を一気に消火し始めた。大賀もスプリンクラーの水を浴びながらこっちへ向かって、多少ふらつきながらもゆっくりと歩いている。
早く合流しようと気持ちが焦ってしまう。階段から降りるよりも飛び降りた方が早そうだな。そこまで高くないから飛び降りても問題ないと判断し、夕立を肩に乗せた状態で指揮台から飛び降りて大賀に駆け寄る。おいしい水を2本と火傷治しをバックパックから取り出して、大賀の火傷を治療してからおいしい水を渡す。ついでにもう1本おいしい水をとりだしてを夕立にも飲ませよう。
網代笠や御神木様に関しては……元気の欠片よりもポケモンセンターで回復させた方がいいだろうな。復活酔いみたいなのが酷いみたいだし、使わなくて済むのなら傷薬系と同じように使わない方がいい。
「……お疲れ様。御神木様、網代笠、大賀の誰か一匹でも欠けていたら得ることの叶わない大勝利だ!」
「スビボ」
拳と拳を合わせる。
流石に今回の激戦でかなり疲れたらしい。水を飲み終えた所で大賀と夕立をボールに戻して回復に専念させることにしよう。大賀と夕立をボールに戻した所で、アスナさんが反対側から走ってきた。先程までの厳かな雰囲気は完全に消失しており、元の気のいい街のお姉さんである。
「いいバトルだったよ。いやはや……はっきり言ってあのコータスまで負けるとは思わなかったわ。本気で悔しい!」
口調こそ軽めだが表情はとても悔しそうだ。ただ、俺だってあんなデカイコータスと戦う事になるとは思わなかったよ。
「色々な要因がありましたけど、初見で勝てたのは事前に体格差のある相手を想定した訓練のお陰でしょうね。あ、コータスの体は大丈夫ですか?」
かなり派手に背中の甲羅が割れていたけれど。
「結構しっかりと割れちゃったから……だいたい全治一ヶ月ぐらいじゃない? 普段はあんな全力で戦えないから、あの子もいい経験になったと思うよ」
アレが一ヶ月で回復できるのか。改めてポケモンの回復能力の凄まじさを実感する。
「その分後片付けが大変そうだけれどもね……」
「あ、あはははは……」
後の苦労を考えたのか、遠い目をしながら苦笑いを浮かべていらっしゃる。まぁここまでやらかした場合、修繕費はいったいどうなるのだろうか……考えるだけで背筋が凍る。ま、まぁ、その、なんだ。
「が、頑張ってください」
そのうちいいことありますって。きっと。たぶん。おそらく。あるいは。
「うん……さて、暗いことは後々考えるとして、まずはポケモンリーグ公認のヒートバッジをどうぞ」
赤い珠から炎が出ているようなデザインのバッジを受け取る。珠に近いほど緋く、離れるほどに黄色になっており、光にかざすと色鮮やかにを反射した。バッジケースを取り出して中にしまう。これでストーンバッジ、ダイナモバッジに加えてヒートバッジが加わった為、バッジ数が3つとなる。長かった……
「ありがたく頂戴いたします」
冷や汗を隠して握手をする。声は震えていない……はずだ。握手をしていたのはほんの少しの間だけなのに、右手にただれたような痛みが走った気がした。
「そのヒートバッジをこの町の温泉施設の受付に見せれば有料温泉もタダで入れるようになるわ」
マジで!? それは凄い……大事にしよう。御神木様達も喜ぶだろうな。
「次にこれは感謝の気持ちだから遠慮せずに貰って欲しいかな」
そう言って技マシンが手渡される。
「技マシン№50の中には【オーバーヒート】が入っていて、さっき体験したように凄まじいダメージを与えちゃう炎タイプの技よ! その代わりに特攻ががくっと下がっちゃうからあんまり長い勝負には向かないかも……」
……やっぱり同じようにハルカにも【オーバーヒート】が渡されているの?
「使い方次第で輝く技ですよね。ありがとうございます」
雨を降らせてどうにかどっこいどっこいにする以外に手を考えねば……
「最後に私のポケナビの連絡先をどうぞ」
「お、頂いていいんですか?」
「ツツジさんやテッセンさんも渡しているみたいだし、私も再戦したいもの。時間が空いたり、再戦したくなったら連絡してね」
ああ、そういう……アスナさんの連絡先ポケナビに登録して、テストで連絡してみる。
「繋がりました?」
「うん。これで問題なく連絡できるわね。もしかしたらマグマ団関連で緊急に呼び出すこともあり得るかも知れないから、頭の片隅に入れておいてほしいかな」
ああ、そう言えばケントさんの件みたいに、アジトに突入する際の露ばらいのような仕事が入る場合があるのか……人選をジムリーダーがしている感じなんですかね?
「じゃあ、また今度遊びに来てね!」
じゃーねー! と手を振ってから走って奥へ行ってしまった。
◇ ◇ ◇
ハルカと合流してジムから出るとだいたい14:30ぐらいになっていた為、昼食を取ってから買い物へ向かうことにした。
「だから濡れた服を着替えに戻るついでにキョウヘイ先生を起こしたの。起きなかった場合は……あ、ここ! ここかも!」
「え? そこで話を切っちゃう?」
雑談しながら歩くこと45分、フレンドリーショップからそれなりに近い場所の蕎麦処、フエン亭にたどり着く。大きめの店や暖簾の雰囲気が老舗であることを強調してくるが、店先に置いてあるミニ黒板がそれを打ち消しているように感じた。ミニ黒板には本日はかき揚げの日! と、デカデカと書かれており、その下に持ち帰り用のフエンお焼きなんかの情報が添えられている。
そば粉の香りと何かが蒸されているような匂いが感じられるがこれがお焼きの匂いだろうか?
そしてあのまま起きなかった場合、俺はどうなっていたのだろうか? その笑みが怖いです。
ガラガラと鳴る引き戸を開いて中に入ると、個室がいくつもあるようになっているのがわかった。入口横にはトレーナー歓迎! 大盛り皿あります! 等の書かれた紙が見やすい位置に張り出されている。おそらくハルカは大盛りに釣られたのだろう。まぁハルカが行くと決めた店は今のところ外れたことがないから味に関しては心配しなくてもいいはずだ。
「い、いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」
割烹着をきた若い女店員さんが俺を見て一瞬戸惑いの表情を見せたが、ソレを振り払って元気のいい声で聞いてくる。最近、割烹着の似合う人が減ってきている気がしていたが、別段そういうことはなかったようだ。
「一名と一羽、あとポケモンが8匹です。少し大きめの部屋をお願いしたいのですが」
「このペンギンは無視してください。2名と8匹です」
「2名様と8匹ですね? それではお部屋にご案内致します」
即座に横から修正が入る。女店員さんの後をペンギンの雛のようについてゆくと、奥の部屋に案内された。内部は掘りの入ったテーブルが二つほど並んでおり、だいたい10人程度まで座れそうだな。
「それでは、ご注文が決まり次第こちらのボタンを押してお呼び下さい」
頭を下げて、女店員さんが部屋から出ていったのを見計らって御神木様達をボールから出してみる。
「キノ……」
「クギュル」
「スブ……」
「ブイッ!」
「あー、夕立は普通に食べられると思うから外す。網代笠達の内、今誰か蕎麦食べられるか?」
全員が体や首を振る。大賀は火傷治しの薬によりグロッキー、御神木様や網代笠は回復用にジムを出る前にそれなりに木の実を食べたからだろう。
やはり夕立以外は食欲があんまりないらしい。かと言って何も食べないというのも体力が回復しない。とりあえず、御神木様や網代笠はともかく大賀は何か食べるべきだな。軽くメニューを見ると渓流の果実ゼリーというものを発見した。サンプル画像は透明度のあるゼリーに数種類の果物と甘いシロップがかかっており、甘いもの好きな大賀なら問題ないだろう。
「こいつなら食べられるんじゃないか?」
メニューの画像を見せて確認を取る。
「スブブ」
食べられるらしい。
「網代笠達もサイドメニューから何かしら頼むようにしたらどうだ?」
俺の提案によって網代笠は辛味野菜スティックを、御神木様は大人の白玉抹茶を、注文することを決めたようだ。夕立も蕎麦風味のポケモンフーズを食べるようだし、俺はどうするかね……
「ハルカ、ここのオススメってなんだ?」
ハルカの方もワカシャモ達の注文を聴き終えたらしく、こちらが決めるのを待っている状態のようだ。
「わたしのオススメはこのざる天ぷらかな? つるりとしたざるそばに大きめのかき揚げや海老天、穴子天、野菜の天ぷらが付いて490円。蕎麦湯も付くよ」
なんてお手頃な価格設定なんだ……! 1コイン以下でそんなに食べられるなんて、向こうじゃありえないな。
「おお、素晴らしいな。俺はそいつにしようかね。ちなみにハルカは何にしたんだ?」
「ん~? わたしはここの名物であるフエン極盛り蕎麦にするつもり」
メニューの中を探してみるがそんな商品は見当たらない。それはアレか。いわゆる裏メニューというやつか?
「決まったならもうボタン押すよ?」
「おう、頼む」
ボタンを押して注文を頼むと、先ほどの女店員さんがぎょっとしたような目でこっちを見てきた。
いったい何だというのだ……
話を聞く限り、どうやらハルカの注文した料理ができるまでそれなりに時間がかかるらしい。ただ、食べるのは俺じゃあないから、俺に向かって説明しても意味ないんだぜ?
説明を終えた女店員さんが消え、少し間が空いた。まぁこれはこれでタイミングが良いかと思い、ハルカに一言断ってからトイレに向かう。
トイレの中に入ると、駅のトイレのように個室のトイレが5つ程並んでいた。これなら少しぐらい占領しても問題ないだろう。
個室の中に入り、洋式の便座に座り込んで先ほどのジムで起こった異様な程の高揚感について思案する。明らか様にアレはおかしかった。はっきり言って、今までの人生であそこまで胸が躍るような気持ちを感じた覚えはないし、あの最中何を考えていたのかはっきりと思い出せないと言うのも恐ろしい。
大まかなバトルの流れは覚えている。技を選んだ理由もわかる。なのに、どうしてあそこまで気分が高ぶっていたのかを思い出せない。
単純にバトルが面白かったから? 確かにそれはあるかもしれない。だが、今まで行ってきたバトルだって面白かった。
強敵と戦ったから? 確かに強敵だった。だがそれだけならケントさんの時になっていないのはおかしい。
メモ用紙に予想を書き込んではありえないと射線で切ってゆく。なんだ? 俺の体に何が起こっている? 異様な怪力、異様な回復力、そして追加で異様な気持ちの高ぶりか。
――――俺の体は、精神はいったいなんなんだ?
新しい疑問点がファイリングされた。
最後の【かわらわり】ですが、火傷によって攻撃半減の状態でコータスの甲羅を割っています。まぁそれだけコータスの方も無茶をしていたということですね。