カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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遺跡の中にあったモノ
占いとハルカの一歩


 こんな感じか? これで足りていなかった医薬品類も買い終えたし、そろそろ網代笠との約束を果たすための材料も買いに行くとしようかね。

 

 ハルカにもそう伝えて、フレンドリィショップの表に出た辺りでやけに大勢の人とすれ違った。やけに人通りも多くなってきたし中央広場の方でイベントでもあるのだろうか? ……まぁ俺達には関係ないか。

 

「次は八百屋だな」

 

「それってこの前女将さんに教えてもらったこの先にある八百屋さん?」

 

「おう。前に下見へ行ったんだが他の店よりも質のいい木の実を売っているんだ。網代笠との約束を果たすためにも、あそこでマトマの実やハバンの実を5キロぐらいは買いたいな」

 

 前に店の商品を見せてもらった時は、フラワーショップのサン・トウカにも負けず劣らずなかなり新鮮な木の実を売っていた。あのマトマの実やハバンの実が使えれば、とてもいいピリ辛ジャムが作れるだろう。多少余っても使いようがあるし。

 

「そもそも辛いジャムってわたし初めて聞くのだけれど……美味しいの?」

 

 ハルカが物凄く訝しげな目で見てくる。まぁわからなくもない。普通のジャムは甘いものだし、俺も食べてみるまで味の予想ができず半信半疑のまま煮詰めて瓶詰めしたものだ。

 

「昔作ったときは結構美味かったぞ。ほんのりとした甘さの後に、ピリッと辛みがやって来てな。パンに塗って食べると食欲が増すだけでなく発汗作用もあるから意外と健康にもいい。ただ、結構砂糖を使うから食べ過ぎないように心がける必要があるな」

 

 しかも長期保存できる! これこそがジャム系の美点だよな。はちみつもそういう意味では数少ない長期保存できる旅の娯楽品だろう。高いけど。それにミツハニーやビークインの作ったハチミツ系商品ってはちみつの中でもかなりいい値段するんだよなぁ……やっぱり、特定の花の蜜だけを集めるように指示できるからだろうか。

 

「へぇー……ちょっと興味が沸いてきたかも?」

 

 ちょっとと言い張るのならその口元のヨダレとギラついている目を隠す努力をしろ。それと作るのは網代笠用だぞ? 味見程度なら許可するが全部はやらん。

 

「ただねぇ……使う木の実がお高めなんだよ。マトマの実はともかく、ハバンの実も使う予定だからな。アレはドラゴンタイプのポケモンに持たせると効果抜群のドラゴンタイプのわざを受けた時に一度だけダメージを1/2にするというドラゴン使い至高の品なんだ」

 

 まぁ、正直俺は持たせるならハバンの実よりも、効果抜群の氷タイプのわざを受けた時に一度だけダメージを1/2にするヤチェの実を持たせた方がいいと思うけどな。この世界だと需要的には同じぐらいらしいが。

 

 …………そもそもドラゴンタイプのポケモンを連れている人自体少ないんだよなぁ。

 

「なるほど……」

 

「しかもそれだけでなく、大賀みたいに【しぜんのめぐみ】を使えるポケモンに持たせて【しぜんのめぐみ】を行わせると、【ドラゴンクロー】と同じか少し弱い程度のドラゴンタイプの物理技になる」

 

 たった一度だけだが、完全な奇襲となるだろう。持たせるのならハッサム対策でクラボの実とかかね? ウチの大賀ならハッサムの防御も貫けそうだ。

 

 ただ今のパーティだとハッサムよりもドクロッグの方が危険度は上か。ドクロッグ相手だともの凄く面倒だから今のままオボンの方が無難だろう。回復するか4倍弱点技にするかの選択肢となる。

 

「そうなの!? 初耳なんだけれど!」

 

 …………あれ? 教えたことなかったっけ?

 

「あー……じゃあまた今度教えることにしよう。話を続けるぞ? おまけにハバンの実は沢山集めて煮詰めると苦味が消えていくという性質がとてもジャムに向いているから、市場に出回るものはほとんどが既にジャムに加工されていたりするんだ」

 

 だから単品が売っているのは意外と珍しく、その分他のトレーナーと微妙な競合が発生し易いらしいと前に買い物へ来た時に店主から聞いた。

 

「そろそろだな」

 

 フレンドリーショップの支店があった中央温泉街を抜けた所で右に曲がり、直進すると件の八百屋が見えてくる…………はず…………なのだけれども……

 

「うわぁ……大繁盛かも?」

 

 以前訪れたとき以上に……いや、異常に人が多い。ハルカと共に呆然と八百屋を眺めてしまう。

 

「俺のほうが先に取った!」

 

「邪魔よ!」

 

 一瞬、買い出し時間に被ってしまったかとも思ったが、いたるところから聞こえてくる怒号がそれを否定する。客の一部は目が血走っており、まるで昔テレビで見たトイレットペーパー騒動のようだ。ただ、ここは八百屋であってトイレットペーパーを置いていた記憶はない。大安売りというわけではないだろうし……

 

「皆さん落ち着いてください! まだまだ野菜はありますから!」

 

 本格的に商品の奪い合いが起きているらしい。数少ないであろう店員さん達が総がかりで列整理等を行っている。

 

「あんまり感じのいい売れ方でもなさそうだがなぁ」

 

「なんであんな風になっているんだろうね?」

 

「さて、な…………とりあえず並ぶか」

 

 とりあえず最後尾に並んで、大型のクーラーボックスを持って前に並んでいた主婦っぽい人に声を掛ける事にしよう。俺が声を掛けようとした所でハルカに制された。まぁ初対面でペンギンマスクを被った大男が話し掛けるよりも、女の子が話し掛けた方が心象はいいか。

 

「すみません、どうしてこんなに並んでいるんですか?」

 

「貴方達ニュース見ていないの? アクア団が海上移動中だった大型運搬船4隻を襲撃して鹵獲したせいで明後日辺りから食べ物がなくなるかもしれないらしいのよ」

 

 は? 大型運搬船襲撃? アクア団が? 今までは海賊行為に関しては小規模な襲撃しかしていなかったはずだがここに来てどうして……いや、待て。それは後で考えるとして飯がなくなるとな?

 

「え!? 本当ですか!」

 

 食べ物がなくなると聞いて顔面蒼白となったハルカが、ポケナビをインターネットに接続してニュースを探し始めた。

 

「なるほど……情報ありがとうございます」

 

 主婦の人もこっちより八百屋の方が気になるらしく礼を言うとすぐに前を向いてしまったので、俺もハルカの方へ向く。

 

「ニュースあった?」

 

「うん。ポケモン警察が大規模捜索をしているみたい……それよりも食料がなくなるって……」

 

 眺めてみると、時間的に先ほど街頭に置いてあるテレビの前を通過した辺りから流れ始めたようだ。タイミングが悪いな。

 

「んー……いや、おそらくだけど問題ないと思うぞ? 多少値段が高騰するとは思うが」

 

 正直、旅をする以上保存食の確保が一番の鬼門だ。ソレの値段が高くなると目眩がしてきそうだが……まとめ買いをするのを後回しにしなくてよかった。流石に転売された物を買いたくはないし。

 

「なんでさ?」

 

「まず、食料がなくなるっていうのはデマだな。3日~1週間もあれば同じ方向から次の運搬船が来るし、こうなった手前これからは海運系は護衛が増えるだろう」

 

 だからこそ、それを理解した上で行動したであろうアクア団に注目が行く。しかも金品系ではなく食料系の船を狙った理由はなんだ? それにこの手のデマが回るのが早すぎる気もするが……どうなんだろう? どこかの誰かが手を回しているのか? 転売屋が高く売りつけるため……にしては派手すぎるか。後で見つかったら注意どころでは済まないだろう。

 

「それでも次が来るまで食料が残らないかも……」

 

「皆が皆ハルカみたいに食べるわけではないからな。それにまだ空輸がある。最悪デボンコーポレーションが開発しているこのバックパックのボックス版か超強化版を装備したカイリューが飛び回るようになるだろうさ」

 

 これ一つでヘタな倉庫より物品が入るんだ。手早く引き出す方法が確立されているのなら、これ10個分の物を装備した状態で往復させれば事足りてしまうな。たぶん市場に流していないだけで既に開発されていると俺は睨んでいる。

 

「というか、そもそも大型とはいえ4隻程度でこの地方の全てを回しているわけではないからな? もっと他に沢山運搬船が毎日運搬しているから、せいぜい数種類の食べ物が5日ほど品薄になるぐらいさ。あれだ、突然の積雪でトラックが動けなくなったのと同じレベルだ。あんまり他の人間のパニックに流されない方がいいぞ?」

 

「そう……かな?」

 

「おう。だから補給能力が高い商社からしたら今は商機だな。多少高くても買う客がでる。まぁその前にどっかしらから重圧を受けるだろうけれど、どうせそれも予想した上で商社は動く。一番不幸なのは襲撃された大型運搬船を運用していた会社とそれの警備を担当していた会社だろうな」

 

 今回の件で信用を一気に失っただろう。ぶら下がり運動していなけりゃいいんだが。

 

「ただ、この手のパニックは感染するから面倒くさいんだよな……何かに巻き込まれるのもアレだしこれから数日は宿に引きこもっていた方がいいだろう」

 

 町の治安はダイゴさんに任せよう。こういう時のための権威だし、そもそも一トレーナーの出る幕ではない。

 

 それにどうせ向こうに送ったバックパックの改装が終わって、こっちに送られて来るまでは街から出られんのだしゆっくりさせてもらおう。流石に5000ℓ級のタンクの追加は無理だったからなぁ……まぁ、代わりに水だけを入れるスペースを新たに増設してもらうことにしたが。缶詰の詰め込みを含めるとあと5日ぐらいは待機だろうかね。

 

 まぁ、そんな訳だから、今一番問題なのは――――

 

「……網代笠用のジャムの材料買えるかな、これ」

 

 ――――目の前で目的の物が買い占められないかどうかだろう。

 

   ◇  ◇  ◇

 

「旅館の女将さんから聞いたんだけど、よく当たるタロット占いがこの近くで行われているらしいの! こんな時勢だし話半分に聞く程度でも行ってみたいかも!」

 

 目的の品物をなんとかぎりぎりのところで買い終え、近道してさっさと帰ろうとする俺を引き止めてハルカが行きたい場所があると言い始めた。だから買い物が終わってからあんなに急いでいたのか。

 

 行ってみたいとは言っているが、これは俺の意見を求めていない時の目だ。

 

「…………タロット占い? 今、こんなところでか?」

 

 いや、温泉街で占い事は王道か。流言のタイミングで占いとか、何か意図的なものを考えてしまうな。なんで今? 

 

 それにしても……ハルカもそういうのに興味があるんだな。今までその手の本すら持っていなかったと把握しているが。最近は持ち運ぶ洋服類の種類も増えてきたみたいだし、単純に今までは他所に回す余裕がなかっただけかね?

 

「今……今かぁ……うーん……まぁ、構わないけど、占いを行っている場所はわかるのか?」

 

 個人的にはどうにも占いというものは好きになれんけれど、こういう時ぐらいまぁいいか。そう時間のかかるものでもないだろう。早めに終われば変な動乱にも巻き込まれないはずだ。

 

「うん! もう少し行った先の路地を曲がって」

 

 この言動……元々狙ってやがったな、こやつ。

 

 言われた方向に目をやると、昼間にも関わらずに薄暗くなっている裏路地が視界に入る。雨よけのつもりなのか薄い天井が貼られているせいで、どうにも陰気というか……電灯を点検していないのか、電灯が点いたり消えたりしていた。

 

 大通りからかなり外れているせいか、通る人が見当たらない。ここから見る通路は、ホラー映画の通路として撮影されていても可笑しくはないほどに寂れたように感じる。

 

「あそこ?」

 

「かも」

 

 おおっと、なんだか前途多難になってきちゃったぞ。

 

 ボロボロの道案内されるがままに薄暗い裏路地をぐるぐる回り、縫うように進んでゆくと多少開けた広場ような場所にたどり着いた。俺一人では絶対にこの場所にたどり着けないだろうなぁ。よく暗記できるね。

 

 足音の反響音が煩く感じる。本当にこの先に噂になるような占い師がいるのだろうか? と言うか女将さんもよくこんな場所の占い師を紹介したなぁ。

 

 胡散臭く思いながら薄暗い路地裏を通り抜けると、これまた寂れたような広場に出た。

 

 広場自体も建物に囲まれているせいか薄暗く、その中央に黒い中規模のテントが設置されている。どうやら見える範囲には他に客がいないようだが…………恐らくあそこに目的であるよく当たるタロット占いを行っている人が居るはずだ。ただ――――

 

「うーん、とても胡散臭い」

 

 黒っぽいテントには濃い紫色の幕が上から被せられており、その周囲には何かをうねらせたような不可思議な模様が描かれている。それらが相乗効果となって過剰なほどの胡散臭さを醸し出していた。これ確実に狙ってやってるよね? 天然物ではないだろう。

 

「こんなところだからこそ、面白そうじゃない?」

 

 行く気まんまんですね、ハルカさん。目的が占いから変わってません?

 

 暖簾のようになっている布を押しのけてハルカが顔を突っ込んだ。これで違っていたら面白そうなのだが。

 

「すみません、ここがよく当たるって評判のタロット占いをやっているお店ですか?」

 

「ええ、そうですよ。占いですか?」

 

 ここで合っているらしい。自分でよく当たるというのを肯定するのは自信の表れなのか、それともただの虚勢なのか。若い男の声は結構はっきりとしているから前者かね? 

 

「はい。キョウヘイ先生、合ってた!」

 

「よかったな」

 

 そう言いながらハルカの後に続いてテントの中に入ってみる。内部に目をやると紫や金を基調とした布で囲まれており、部屋全体がロウソクの灯りで照らされていた。その中央には少し大きめなテーブルに、これまた赤や紫を基調としたテーブルクロスが敷かれていて、その上に何かの御神体のように一切動かないトゥートゥー神…………もといネイティオがこちらを見た姿勢のまま鎮座している。

 

「やけに凝った内装ですね」

 

「よく言われます。ボクとしては、ただリラックスできるように好きな色で固めただけなんですがね」

 

 ただの趣味かよ!

 

 これは予想外の返答が来たな……そんなことを考えながら占い師を見ると、赤紫色のスーツに金の装飾が入った黒いベスト、首元には白いスカーフをしていて――――最も特徴的なのは、目の周りを覆うように装着されている舞踏会で扱うような黒いマスクだろう。

 

 どうにも見覚えのある服装だった。

 

「…………なんでこんなところにジョウト地方四天王の一人が居るんです?」

 

 微妙に声が引きつっているかもしれない。

 

「おや、ボクを知っているのかい?」

 

「え? この人四天王の一人なの!?」

 

 方向性は違えど驚愕の声がステレオ状に聞こえてくる。

 

「カントー・ジョウト地方の四天王の一人でエスパータイプを主に扱う……でいいんですよね? イツキさん」

 

 なんでこの人がこんなところに……

 

「良くご存知のようで。確かにボクがカントー・ジョウト地方で四天王を務めさせてもらっているイツキだ。それと、さっきの君の質問に答えるとね。丁度、ポケモンリーグ開催まで時間もあったし、旅のついでにこっちで仕事を受けたのさ」

 

 仕事? 態々他の地方から旅で来ていた四天王に? …………あ゛。そう言えばケントさんが四天王と戦ったとか言っていたけど……まさかこの人か? てっきりホウエン地方の四天王だと思っていたが。

 

「まさかとは思いますが、ケントさんと戦った四天王って……」

 

「ケントの知り合いなのかい? 確かについ先日戦ったけれども」

 

 当たってしまった。という事は、旅ついでに受けた仕事はマグマ団アジトの襲撃か。

 

「この間出会って戦った後に四天王と戦った事があると聞かされましてね。てっきりホウエンの四天王の誰かだと思っていたのですが……イツキさんでしたか」

 

「彼、強かったでしょ? 特にストライクが強くてね……【サイコキネシス】を叩き切るなんて想定外の事をやってみせてくれたし。ボクもまだまだだってあの時痛感させられたよ」

 

 何やってるんですかケントさん……人のこと変人みたいに言ってくれたけれども、あなただって大概じゃないですか。

 

「ケントさんェ…………ああ、なるほど。ここがよく当たるなんて言われる理由がよくわかりました」

 

 そりゃあ、一地方を代表する最高峰のエスパー使いがやれば他の人よりは当たるだろうさ。

 

「評判になってくれているようで何よりだね。旅費を稼ぐ為にこの占いの仕事を始めたんだ。超能力の訓練にもなるし一石二鳥だよ」

 

 楽しそうな笑みを浮かべながらやりがいを語ってくれている。ただ、最後にボソリと賭け事は禁止されちゃったしと言っていたのは聞き流しておこう。なんでそんなに詳しいんです?

 

「…………とりあえず相当腕がいいと聞いているし、目に見える実績があるのならば安心して占って貰うことができそうかも! なのでまずは……私達の間柄を当ててみて貰えますか?」

 

 占って、ではなくて当ててみてか。だがハルカよ。納得のいく実績を作ってみせろと言いたいのは分かったが、それを聞いてどうするんだ?

 

「腕試しに……と言ったところかな? 結構はっきり出ちゃうけれどいいのかい?」

 

「構いません!」

 

 そのハルカの答えに頷いたイツキさんが、いつの間にかテーブルの上に置かれていた二つの山札が別々に空中でシャッフルされ始める。なるほど、これが超能力か。ネイティオの方を見てみるが、微動だにせずにその場で鎮座し続けている。相手に一切気取らせないとはやるじゃない。これが四天王のパートナーの実力か。

 

「今切っている山札の一つは22枚の大アルカナがバラバラに入っている。もう一つの山札には56枚の小アルカナがこれまたバラバラに入っている。これから、これらタロットカードを使って君達の間柄を当ててみせよう」

 

 そう言うとシャッフルされていた山札がピタリと止まり、テーブルにセットされた。

 

「これが君から彼へ向かっての君達の間柄だ」

 

 それぞれの山札の一番上からカードが引かれ、テーブルの中央に一枚ずつ差し出される。イツキさんがそれを手で触れずに表側に反すと、大アルカナは一人の旅人らしき男と一匹の犬が描かれたカードの正位置が現れる。小アルカナの方は若者が両手で金貨を見つめている様子が描かれたカードの正位置が現れた。

 

「ふむ、愚者の正位置に金貨のペイジの正位置か……愚者の正位置は自由や純粋、始まりを意味する。次に金貨のペイジ、これの正位置は準備や勉強などの精励勤勉な事を意味する。とすると、お二人の間柄は教師と教え子といったところかな? しかもまだその関係になってそこまで長くはない」

 

 お、当たってる…………さて、これは単純に占いの結果なのか、それとも単にさっきの会話から予想してカードを仕込んだか、どっちだろうかね? ちらりとハルカの横顔を見ると満足のいく結果だったようで、笑顔で頷いていた。

 

「合っています」

 

「これでお眼鏡には適ったかな?」

 

「試すようなことをしてしまって、気分を害されたのなら謝ります」

 

「いや、構わないよ。これで信用して貰えるのならば安いものさ」

 

 ハルカが頭を下げ、それに対して別段気にしていないという空気をまといながらイツキさんが続けた。よくあることなのだろう。

 

「では本題に。いったい何を占って欲しいんだい?」

 

 そう言ったところでハルカが流れをぶった切った。

 

「旅の指標が欲しいから今後について占って欲しいかも! でもその前に一つ提案があって、一緒に聞くのも芸がないし雰囲気作りの為にキョウヘイ先生とは別々に聞きたいかな」

 

 ハルカがこっちに目を向ける。ふむ…………なるほど? ただ少々露骨だけれども、そういうことなら付きやってやるか。そもそもここはハルカがメインな訳だし。聞かれたくない乙女の秘密なんて一つや二つあるだろう。

 

「俺は別にいいけれども……雰囲気ねぇ?」

 

「女の子やロマンにとって、雰囲気というのはとっても重要なものなんですー!」

 

「はいはいわかったわかった」

 

 そのままテントの前にかかっている布を持ち上げて、外へ出る。

 

「盗み聞きしちゃあダメだからね!」

 

「んなことしないさね」

 

   ◇  ◇  ◇

 

 キョウヘイ先生との茶番を終わらせて、占い師――――もといイツキさんと向き合う。

 

「すみません、お待たせしてしまって」

 

「…………見張りは必要かい?」

 

 真っ直ぐにこっちを見て、聞いてくれている。なんと親切な人だろうか。

 

「いえ、斜め右上に予想外な行動をする人ですけれどそういう事はしないと信じてますから」

 

「なるほど、それじゃあ始めようか。旅の指標としての君の今後でいいんだよね?」

 

 確かにそれがメインだけれども、それ以外にもわたしにはどうしても気になっている事がある。

 

「いえ、過去から近い未来までを纏めてお願いします。タロットではよくこの形式で行われるって聞いたので」

 

 わたしは近い未来だけでなく、現在についても確固たる確証が欲しい。キョウヘイ先生に出会って、あの頃の、暗い部屋の中で一人で泣きじゃくるような、劣等感の塊のような女から変われたのだと。

 

 その為に態々ここまで来た。今日、ここで、わたしは今までのわたしを乗り越える!

 

 はじめの一歩を踏み出すんだ! 少しでも近づくために!

 

「…………決意は硬いようだね。なら、全力をもって占わせて貰おうかな。ネイティオ!」

 

「トゥートゥートゥー!」

 

 先ほどとは打って変わり、ずしりと空気が重たくなる。目の前ではザララララと音を立てて凄まじい勢いでカードがシャッフルされてゆき、その奥ではネイティオが両羽を広げ、目を光らせながら何かを眺め始めた。その瞬間、先ほど感じたようなゾクリとするような不思議な感覚が全身を支配する。これはいったいなんなのだろうか?

 

 そんなことを考えていると最初のタロットカードがテーブルの上に乗った。現れたのは杖を持ち、フード付きの衣装を着た老人の描かれたカード。その逆位置。

 

「それがあなたの過去を暗示するカード…………隠者の逆位置」

 

 不意に、全身のゾクリとする感覚が強くなった。

 

「このタロットが示すのは閉鎖性、孤独、そして――――劣等感」

 

 その言葉を聞いてぐらりと体が倒れるような錯覚が起きる。平衡感覚も次第になくなり始めた。それからすぐに妙な浮遊感を感じ、それに並行するように昔の記憶がフラッシュバックしてゆく。

 

 幼い頃からお母さんとお父さん、周囲からの期待がわたしには重圧だった。片や若いながらも実績を残し、自身の名前が入った研究所の所長となることで自らの夢を叶えたお父さん。片やポケモンコンテストの最高峰であり、ポケモンコーディネーター達の夢の舞台であるグランドフェスティバルで優勝を果たしている美人のお母さん。そんな2人の天才の間から生まれたのにわたしは何もできず、毎日ただひたすらに藻掻いていた。

 

 周囲の期待に応える為の様々なモノに手を出しては失敗していたあの頃。次のこそは、今度のこそ、そんな言葉を紡ぎながら1回やっては失敗して諦めて、何度も、何度も、何度も、何度も挫折を繰り返して、それでも何もできない自分に絶望して、そのまま一時期引籠もってしまって。そしてなによりも、お母さんとお父さんに迷惑をかけていると実感してしまうのが嫌だった。

 

 それでも足掻いて、お父さんのコネを使って貰って優秀な人に師事を受けて、その上で君には才能がないとバッサリ切られた事もあった。この頃からだっただろうか? 上っ面だけ見繕って、そのくせ中身はほとんどボロボロで。せめて外面だけでも役に立てるように立ち振舞って……いつの間にかソレが自分の知っている誰よりも上手くなっていた。

 

 ダイゴさんに教えを受けたときは時期が時期でバタバタしていたからか、自習がメインであったことを今でも覚えている。

 

 それから少し経った頃にお父さんがまたもや変人を連れてきた。何故だかはわからないが動物のマスクを被り続けるおかしな人。今までにもおかしな人は沢山居たからやることなんて変わらない。当たり障りのないように対応して、失望されて終わり。それだけだ。そう思っていたのに、その人の単純な一言が耳に残った。

 

『まるで昔の俺だな』

 

 本人の記憶に残っていない程度には口からポロっと出た言葉なのだろう。その真意は後になって分かったが、それでもあの時のわたしが興味を持つのに十分な威力を持っていたのだ。

 

 それから3日間、一緒に勉強をしながら久しぶりに色々な事に興味を持って行動をした。ワザとらしく無防備な格好で目の前に出たこともしたし、肉体的な接触をしてみようともした。あの時は苦笑いをしながらやんわりと拒絶されたが、今思うとキョウヘイ先生にかなりダメージを与えていたのね。きっと背中は冷や汗まみれだったのだろう。

 

 そんな中で、わたしが追い立てられるようにノートに書きなぐる姿を見てキョウヘイ先生が言った一言がとてつもなく心の中に突き刺さった。

 

『努力するのはいいが、そんな風に焦って詰め込んで楽しいか?』

 

 楽しいなんてあるはずがない。普段ならそのまま当たり障りなく流せたはずなのに……何故だかその時は無性に腹が立って、あんたに何がわかるんだ! とその時は珍しく、いつもの外面すら投げ捨てて真正面から怒鳴りつけた。それなのにも関わらず、別段変わった様子もなしに『焦っていた先達からのアドバイスだからおとなしく聞いておけ。楽しみながらやった方が効率いいぞ』なんて言い放ったのだ。

 

 こいつは何を言っているのかと本気で思った。

 

『楽しいことを思い出して、それに関連付けて、本気で笑いながらやってみろ。あ、いつもの貼り付けたような笑みじゃあなくて、心の底で楽しむんだぞ?』

 

 続くその言葉を聞いて、怒りから一気に寒気へと変化したのが記憶に染み付いている。お父さんにも、なんとなくわたしについて察していたお母さんにも深く踏み込まれてこなかった所に、容赦なく片足を突っ込んできたのだから仕方がないのかもしれないけれど。

 

 それからは勢いに飲まれていくつか受け答えして、いつの間にかポケモンからラーメンの研究についての話に変わっていた。出汁をどうするか、具材はなんだ、麺の種類はどれにする。全体の色合いも忘れてはいけない。そんな謎の空間が続いていたせいか、異常なことが多すぎて頭が麻痺していたんだと思う。気が付けば大声でバカ笑いをしながらキョウヘイ先生の講義をノートに書いていた。

 

『わかるか? スープは店の戦略そのものだ。醤油、とんこつ、味噌、塩、魚介からカレーなんてものもある。ついでに麺や具材と喧嘩しないように配慮しないといけない。その上で自分の得意なものを如何に活かすかが他の店との差異となるんだ。これはポケモンも同じだろう。さっきも言ったがスープが戦略、具材がポケモン達、麺はそのポケモン達の覚える技、色合いが全体のバランスだな。相手に完食されるか、それとも先に相手を腹一杯にさせるかの勝負になる』

 

『でも自分で作っても食べられないじゃない』

 

『バカ野郎、そこは相手に食べさせるんだよ。ラーメン屋の店主がなんで客の前でラーメン啜れると思ってるんだ。無理やりでも客の口を開かせるかパイ投げの要領で顔面に叩きつけろ』

 

『それに残された方がいい料理ってなんなのさ』

 

『それは完食しきれなかった相手が悪い』

 

 今考えても無茶苦茶な理論だと思う。本人に聞いてみても、その理論は食いしん坊にしか通用しない秘術だとか平気で言いやがったし。それでも、それでもあの時はこんな馬鹿げた話で心が軽くなった気がしたのだ。そしてこんな巫山戯た内容の授業が実を結んだのが次の野生のポケモンとの実践だった。

 

 それから日にちが経つにつれてある事を計画するようになった。キョウヘイ先生の旅について行ってみたいとお父さんに相談すると、とても意外そうな顔をしていたのを覚えている。

 

 一緒に旅をするようになって、新しい発見や今までできなかった事が出来るようになる感覚が楽しかった。

 

 ただ、それも長くは続かない。楽しいことばかりではないのだから。次に壁にぶち当たったのはツツジさんとのジムバトルの時だ。必死に戦ったけれども最後の最後まで勝てる気がしなかった。

 

『貴方は少しばかり諦めるのが早すぎる。もっと色々な状況を経験して、そこで最後まで足掻いてみなさい。それだけで貴方と貴方のポケモン達はもっと強くなれますわ』

 

 厳しい言葉だけれども、あの時のわたしにはとてもすっと言葉が中に入って来て、同時に納得もしていた。今までのわたしは焦りのあまり諦めるのが早すぎたのだ。出来ないと思ってしまったらその場で次の分野に移っていた。それで出来るようになれる人なんて、ひと握りの本当の天才ぐらいだろうに。あの二人から生まれたのに自分は天才ではない……要はその事実が今まで認められていなかったのだ。

 

 ゆっくりと目を開く。すると、いつの間にかテーブルには2枚目のカードが伏せられていた。目の焦点が合った瞬間にそのタロットカードが反転する。現れたのは輪に絡まるようにして2匹の動物が、輪から独立した台座の上に1体の生物が描かれているタロットカード。その正位置。

 

「過去の自分を過ぎた現在のあなた、それを暗示するタロットカード…………運命の輪の正位置」

 

 先ほどよりもゾクリとした感覚は薄い。恐らくだけれども、ネイティオがわたしについて調べるために超能力を使ったら起きる感覚なのかもしれない。

 

「このタロットが示すのは出会い、変化――――そして、運命の転換期」

 

 またもや平衡感覚が次第になくなり始めて、妙な浮遊感を感じる。それに並行するように最近の記憶がフラッシュバックしてゆく。

 

 自分はお父さんやお母さんのような天才ではない。それを受け入れるようになってから飛躍的に出来ることが増え始めた。時たまにだがキョウヘイ先生と御神木様達に勝てるようにもなり、今ではジムバッジも3つまで手に入った。

 

 通常の職業に加えてポケモンマスター、ポケモンブリーダー、ポケモンコーディネーター、お父さんの研究所の研究員……他にも選択肢はいくつもあるけれども、今わたしが望む職業のはこの4つで…………近くにキョウヘイ先生が居てくれればなお良いと思う。とりあえずどれを目指してもいいようにと、キョウヘイ先生と共に訓練を続けているし、いくつかの資格も視野に入れ始めている。

 

 それと同時に旅が進むごとに様々な事件が周りでは巻き起こり始めていて、その中心部の近くにキョウヘイ先生がいるのではないかとダイゴさんは言っていた。わたしもその意見に同意だ。きっとあの人はどうやっても巻き込まれる。ただの人が二度もスイクンに会うものか。ただの人が相手の重要物資と同じようなものを持っているものか。ただの人が――――あんな風に大火傷をして、即座に回復し始めるものか。

 

 今のこのわたし達の立ち位置こそが中心地なのだ。だからこそ、わたしはここで新しく1歩前へ歩みだす! これから先の旅でせめて置いていかれないように。願わくば隣を歩けるように……いや、それを成し遂げるんだ。今から諦めるなんて早すぎるのだから。

 

 いつの間にかテーブルに置いてあった山札から一枚のカードがふわりと浮かび上がり、わたしの目の前に現れた。受け取れということだろう。顔を叩き、気合と覚悟を決めて手に取って絵柄を確認すると、片足がロープに結ばれていて逆さ吊りとなった男が描かれていた。

 

「この現在の先にある近い未来のあなた……それを暗示するタロットカード…………それは刑死者の正位置」

 

 ここでまた来るかと一瞬身構えたが、今まであったゾクリという感覚が一切起こらない。いったいどうしたというのか。

 

「このタロットが示すのは努力、修行――――そして試練」

 

 今まで起きていたものが来ないとそれはそれで不思議な感じがするものだ。

 

「どうやら近い未来に大きな試練が待ち受けているようだね」

 

 ある種予想通りのカードである。やはりこれから先でも何かしら起きるのだろう。

 

「総評しますと、どうやらあなたは今、運命の転換期にいるようですね。しかもこれから向かう地にて試練を挑まなくてはならないでしょう。しかし、それを乗り越えることが出来たならば、あなたは更に成長し、完全に過去から脱却するでしょう」

 

 それを聞いて心の底から安心した。わたしの覚悟は間違っていないんだ。ちらりと時計を見てみると、まだ5分近くした経っていなかった。30分は経っているような感覚だったけれども……精神時間との差だろうか?

 

「ありがとうございました!」

 

 ここ最近で一番の笑顔でお礼をしてからテントから出る。すると、すぐそばで空を見ながらぼーっとしているキョウヘイ先生を見つけた。

 

「キョウヘイ先生! 終わったから次どうぞ!」

 

「ん? ……ああ。わかった」

 

 少し上の空だったキョウヘイ先生が立ち上がってテントの中に入って行き、入れ替わる形でキョウヘイ先生が今まで座っていた場所に腰を下ろす。

 

「あ、そうだ」

 

「むぅ? どうしたの?」

 

 ふと、何かを思い出したかのようにキョウヘイ先生がテントから顔だけ出してきた。

 

「いやなに…………ハルカ、お前の求めていた答えは得られたか?」

 

「……! うん!」

 

 満面の笑みで応える。今のわたしはかなりテンションが高い。きっと傍から見たらヒクぐらいにこにこしているだろう。

 

「ははは……そうか、なら来たかいがあったってもんだ」

 

 そう言って、キョウヘイ先生はそのままテントの中に戻っていった。

 

 


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