カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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遺跡と大穴

 入口から入ってすぐには一本道の通路しか無いようだ。それなりに大きい入口からの光は途中までしか届いておらず、それよりも奥は暗闇が支配しており、とてもおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。なんか冒険! って感じが凄い。これで松明装備なら、文句なしで冒険映画の主人公の気分を味わうことが出来るだろう。

 

 ライトで奥を照らすとまだまだ通路が続いており、その先に空間があるのがわかる。ここから奥が見えないとなると、どうやら広めの部屋が一つあるらしい。

 

「キノコッ!」

 

 先ほど決めた順番の通り、頭にヘルメット状の業務用ヘッドライトを装備した網代笠(キノココ)がまず先導して部屋に入った。視野の広い網代笠が安全を確認して、呼ばれてからその後へ続く。リスク管理というモノだ。

 

「グルルルゥ……」

 

 後方にいるガーディも、少し機嫌が悪そうだが後ろをしっかり注意してくれているようだ。それにしても、なんであんなに機嫌が悪そうなんだ? 遺跡に入ってから声低く唸っているし。

 

 そのまま足を進めて奥の部屋に入ると、一番最初に目に入ったのは、中央部にて圧倒的な存在感を醸し出している直径5m程の大きな穴。次に目に付くのはこの部屋の作りだろう。

 

 扉や仕切りなどは一切無い。しかし、手が加えられていない訳でもない。ある程度は調査隊が片付けたのだろう。

 

 外の荒削りで風蝕されたような岩や砂岩とは異なっており、明るく赤茶けた色合いの岩壁が、幾何学模様を携えて周囲を囲んでいる。岩壁の色合い的に酸化鉄が多く含まれているのかもしれない。

 

 部屋は四角形ではなく五角形――いや、不思議な奥行きがあるな。壁の幾何学模様が、この空間を歪ませたような奇妙な錯覚を生み出している。部屋の形状を認識するには視覚だけでなく、手で壁に触れながら歩いて正確に行うべきだな。

 

 そうして調査を進めると、それぞれの面に思いの他奥行きがあることがわかった。これは……五芒星の形か? ともかくこの部屋はかなり不思議な作りをしているようだ。ライトを向けて辺りを見回すが、どうやらこの階層ではここが行き止まりらしい。

 

 部屋自体の大きさは、壁の色や造りのせいで正確な数値は測りづらいが、歩数からしておそらく50~60畳ぐらいはあるかもしれない。高さは4~5mぐらいか。やはり広いな。そして、遺跡というか洞窟独特の湿り気を帯びた空気が周囲を漂っていて、外の砂漠よりもとても涼しい。

 

「こう、正に遺跡! って感じだね」

 

 キョロキョロと辺りを見回しながら、感嘆といった様子で感想を呟いている。

 

「そりゃあ遺跡だからな。穴にはしっかりと気をつけてくれよ?」

 

 これ、通路からの形状を整理すると、上向きに星の付いたステッキのような造りだな。まさかこんな古い時代から魔法少女ネタがあったとは……うーむ。

 

 壁に近づいてしっかりとライトで照らすと、光が軽く反射する。右手のグローブを外し、周囲の壁に触ってみるとツヤツヤとした触感を与えてきた。触感やライトの反射から察するにこれは……結晶質の岩だろうか? まるで壁そのものを樹脂で覆ったか、ラミネート加工でもしたような感じだ。

 

 壁は指先で感じられる程度の凹凸すらなく、かなり綺麗に、いっそ病的とまで言っていい程に整えられているようだ。また、内部の岩と結晶質の岩の接面も、異様なほどに平らに見える。しかし、切断面が綺麗すぎてどうにも岩がカッティングされているようには見えない。違和感が凄まじい。

 

 天然の岩を組み合わせただけではこうはならない。だが、今の技術を用いたとしても、ここまで平面の物が完成できるとは思えない。それほどまでに加工面が綺麗すぎる。このことはダイゴさんにしっかりと伝えたほうがいいかもしれない。ただ、仮にこの岩壁が1から作られた物だとすると、どんな技術を用いたらこんなことができるんだ?

 

 まぁもしかすると、どちらの岩も元々そういった性質の岩なのかもしれない。ありえないとは思うが、先入観には囚われない方がいいだろうな。

 

 ……よし、思考を調査に戻そう。

 

 結晶質の岩の内部に浮かんでいる模様の輪郭は規則正しく、左右対称の曲線や角が5つで一組になるような構成がされているのがわかる。それらが帯状に纏められ、幾何学的なアラベスク模様が作り出されているようだ。これは美術的にも、かなり上等な部類の物だろう。この壁と同じ模様の絨毯や壁紙を買おうとすると、1枚だけでもそれなりの出費を覚悟するレベルだ。

 

 調べれば調べるほどに疑問に思う事がある。それは、ダイゴさんからはこんなものがあるという事前情報は受け取っていないという事だ。あの重度の石マニアが、こういった情報を伝え忘れたりするのだろうか?

 

「キョウヘイ先生!」

 

「ん、何か見つけたのか?」

 

 横を見ると、ハルカがとても驚いたような表情をしていた。

 

「いや、この壁の模様なんだけどさ」

 

 この模様がどうかしたのかね。

 

「凄い綺麗に整っているよな、これ。ここまで綺麗な幾何学模様にするには、普通はかなりの数学原理が用いられると思うのだが。まさかこんなところでこれほどの物を拝めるとはな」

 

「うん。いや、確かに綺麗だけれどさ。コレって、この結晶っぽい岩の中に模様が浮かんでいる訳じゃあなくて、結晶っぽい岩の後ろにある岩に直接彫り込まれている模様が、立体的に見えているんじゃないの?」

 

 む、ハルカにはそう見えたのか。なるほど……言われてみれば、確かにそうも見えなくはない。断面図やシルエットが立体的に見えることで、俺は結晶質の岩の内部に幾何学模様があるように錯覚してしまったのか。

 

 ――だがそうなると、まるでこの結晶質の岩が後ろの岩を、もっと言うとこの模様を保護しているみたいじゃないか。これは古代人が作り上げたものなのか?

 

 とりあえず、壁を軽く削るか拾うかして採取しておくかね。しかし、拾おうにも壁の破片らしきものはない。だから仕方がないよね。

 

 そう結論づけて壁の模様の写真を撮ってから、バックパックから小さな杭とハンマーを取り出して、壁の隅に向かって数度叩き込む。破壊活動万歳だ。思っていた程壁は固くなく、程なくして砕ける音と共にポロリと欠けた結晶質の物体が、その奥の岩ごと砕けて落ちた。

 

 やはり切断面はそこまで綺麗ではない。材質に因るものという訳ではなさそうだ。

 

 手に入れた結晶質の欠片を注意深く観察すると、やや完全な平面であるへき開面を確認することが出来る。おそらくだが長石類や角閃石類の石だろうか? その後ろの石は……なんだろう。明るく赤茶けた色だが……やはり最初の予想通り鉄多めの玄武岩?

 

 思い至らなかったので諦めて顔を上げると、光を少し反射する壁を網代笠も興味深そうに眺めていた。ふむ……そうだ。これ、御神木様ならもっと何かわかるかもしれないな。種族的に鉱物が混ざっているだし。ボールから御神木様(テッシード)を出して、結晶質の物体や玄武岩もどきを見せてみよう。

 

「御神木様はこれ何かわかるか?」

 

「クギュルル?」

 

 どれどれ? と手の中にある結晶質の物体や、玄武岩もどきを眺めるが、すぐに体を左右に振り始める。やはりわからないか……鉱物的にもあまり惹かれなかったようで、要件は済んだとばかりに御神木様はすぐにボールの中へ帰ってしまった。

 

「やっぱり、ここから入るのかな? 奥まで見えないからライト落として確認しちゃっていい?」

 

 いつの間にかハルカが壁の前から移動しており、大穴の前で伏せるようにして、ライトを持った手を突っ込んで穴の中を眺めている。やはり興味が尽きないようで、ここ最近で2番目ぐらいにテンションが高い。

 

「待て、待て待て。落とすなよ? 絶対にだぞ? フリじゃないからな! 落とす用に折るタイプのライトも持ってきているから、一度深呼吸して落ち着け……それにしても研究チームは機材とかどうしたんだろうか」

 

 内部から一部の石版を掘り出したって聞いているんだが……どうやってだ? 辺りには機材などは見当たらない。既に撤去したのだろうか?

 

 とりあえず考えることは後回しにしておこう。早めに行動しないとハルカが痺れを切らすかもしれん。

 

 採取した結晶質の欠片や玄武岩もどきをガーゼの敷かれたフィルムケースへ入れ、サンプル名を記入してから更にそれをダイゴさんへの提出用の袋へ入れる。サンプルの採取位置の情報の記入も忘れない。そのままの足取りでハルカの隣へ向かい、目の前にある大穴をハルカと共に覗き込んだ。

 

 視界には、何かの拍子に吸い込まれてしまいそうなほどの濃い闇が広がっており、手に持っているライトでは光が底まで届いていない。この穴はかなり深いようだ。

 

 この吸い込まれてしまいそうなほどの濃い闇に対して、何故かふと、軽い既視感を覚える。どこかで似たような光景を見たことがあったような――『ああ、そうだ。確か……ここの闇によく似た深い闇と共に、大量に降り注ぐ白い死骸があって……』――

 

 一瞬、意識が飛んだ。そしてその違和感のようで、既視感のようなものが何か分からずにぼんやりと、引き込まれるように暗い穴を眺めてしまっている。そのままバランスを崩していたら危なかった。

 

「…………キョウヘイ先生?」

 

 そんな風に固まってしまった俺を不審に思ったのかハルカから声をかけられ、ハッと意識が戻ると先程まで感じていた既視感も既に消えてしまっていた。

 

「いや、何でもない……それにしても、まるで奈落まで続いていそうな穴だな」

 

「こういうのってあんまり見ないから凄く新鮮かも」

 

 トウカの森もとい眠りの森では、ライトが底に届く程度には浅かった。山岳地帯やクレバスがあるような場所にも行っていないし、いわゆる初体験というやつだろう。

 

 穴の内側には、杭や杭を打ち込んだような後が見当たらない。となるとクレーンでも設置して使用していたのか? しかし、穴の周辺にもそれらしい跡が見当たらない。それともフワライドのような飛行ポケモンか?

 

 ――いや待て。そもそも、これを作った古代人はどうやってこの穴を行き来していたんだ? こんな穴じゃあなくて、階段やスロープのようなものを作ればよかったはずだ。そして、こんな不便な形状にした理由はなんだろうか。まるで出ることを想定していないようにも思える。

 

 ふむ……まぁ、今はいいか。下の状態を見てから考えた方が捗りそうだし。それよりも、この穴はどれぐらいの深さがあるかだな。

 

「こいつを落としてみるか」

 

 そう言いながら縁日などで売っていそうな、棒状の使い捨てケミカルライトをバックパックから取り出し、ハルカへ手渡す。

 

「こう、パキッと一度折ってから投げ入れるんだ。折るのは軽くでいいからな」

 

 当初の予定通り、こういうのを細部でやらせる事で多少の達成感と満足感を引き出し、遺跡を堪能してもらう作戦で行こう。

 

「はーい!」

 

 パキリッと乾いた物が折れる音と共に、ぼうと幻想的な淡いオレンジ色の光がケミカルライトから放たれ始め、ハルカの顔を淡く照らす。光量もそれなりに強いようで、光に気がついた網代笠がこちらに寄ってきた。

 

「おおお! 綺麗!」

 

「洞窟とか遺跡の中だと、塵やらなんやらが多そうだからな。そんな状態でもよく見えるオレンジ色のやつを買ってきたんだ」

 

 色が変わっても、お値段据え置きだしな。これで効果が13~15時間続くのだから本当に使い勝手がいい。

 

「オレンジ色の光の方がよく見えるの?」

 

「人の網膜は緑~オレンジの範囲の光の波長に対してよく反応するんだ。ついでに光の散乱も色が赤寄りである長波長の方が小さくなるから、こういう塵などが多い空気中の透視性が高くなる。だからトンネルで使われやすいんだ」

 

 まぁ、アレは他にもナトリウム灯自体の消費電力が低いって利点もあるんだが、今はどうでもいい情報か。

 

「なるほど、そんな効果が……よーし、じゃあ落とすよ」

 

 手を離し、自由落下し始めて5秒を過ぎた辺りで、ケミカルライトは右に跳ねるように視界から消えて、完全に闇に飲まれた。視認不能である。恐らく落下しきった際に段差があって、その勢いのままに右へ吹っ飛んだのだろう。

 

「……マジっすか」

 

 思っていたよりも深い。え? ここ何のための穴なの? 本当に入り口?

 

「…………いくらなんでも深すぎない?」

 

「それは俺も思った」

 

 え? ここの深さ何mよ? 

 

「アホかッ!?」

 

 流石にそんなに深いのは想定していなかったぞ!? 

 

「なんか思っていたよりも大冒険になりそうだね!」

 

 楽しそうに笑っているが、それどころじゃないんですぜおぜうさん。グローブを付けた手を握ったり開いたりしながらほぐしているようだ。やる気まんまんですね。

 

「あー……やっぱり、降りるんだ……よな?」

 

 ここらで一度他の遺跡に行くって手もあるんだぜ? 無理にキツイ道のりを辿る必要だってないはずだ。

 

「当たり前です!」

 

 ですよね。

 

 ハルカはふんすっと胸を張って主張している。あれから再度ダイゴさんと会話した時に、遺跡に何かめぼしい物があったら持ってきてくれとも言われているし…………どうするか。いや、どうするもへったくれもないか。覚悟を決めてここで一度本格的に降りる準備をするしかない。

 

「……よし! 覚悟を決めたぞ。ハルカはそこで準備体操してろ。その間にこっちも準備を終わらせる」

 

「念入りに解して準備します!」

 

 さて、俺も今の内に長さの足りない穴抜けの紐に解けない、千切れない、落下しないと三拍子揃わせる必要がある訳だ。一瞬、ロープ以外の方法として、御神木様の【ステルスロック】による簡易的な岩のスロープや、【やどりぎのタネ】によるクライミングも考えたが……どちらも強度という理由でやめておいた方が良さそうだな。

 

 ロープ同士を繋げる結び方は小綱つなぎでいいだろう。太めのロープ同士を繋ぐのに適しているし、力を加える以外にも多少濡らせば解けにくくなるから、登山で主に扱われる程度には信用がある。

 

 穴抜けの紐自体の強度は30KN……つまり約3000kg相当の衝撃でもないと切れないなんてCMが流れているが、念の為に4重にして縛ろう。フックは……一人当たり2つ装備している。これに杭を打つ間隔も少し短めにして、手や足を滑らせたとしてもすぐに引っかかるように調整するべきだな。一番上は……御神木様に手伝って貰って、【やどりぎのタネ】による重量の拡散+杭+【ステルスロック】で完全に封印しよう。抜くことも無いだろうし。

 

 太くて結びにくいが、これが生死を分けると思うと手を緩められない。とりあえず結びだけ作って大賀(ハスブレロ)に手伝って貰おう。

 

「スビボ」

 

「状況はボールの中で聞いての通りだ。ちょっと持ちづらいかもしれんが、ロープのそっち持って綱引きやるぞ。それが終わったら結び目をおいしい水で濡らしてくれ」

 

 大賀と引っ張り合う事で、ギチギチと音が鳴るぐらいロープ同士の結び目を締め、水をかけて更に締める。そうして、少し余裕を持つために180mまで伸ばす。

 

 よし。次は御神木様だな。

 

   ◇  ◇  ◇

 

 とりあえずこれで問題ない……はず。180mまで伸ばしたロープが2()()、目の前に転がってる。その内一本は御神木様の協力を得て、完全に抜けないように地面に設置されており、先に暗闇の穴の中へ垂れ落ちていている。そして、もう一本は俺の体にしっかりと結び付けられており、ゴンベを含む力自慢のポケモン達がロープの先を握ってスタンバイ中だ。

 

 一応、念の為にロープが通る穴の淵は軽く削った上でロープになるべくダメージが入らないようにしておいた。これでダメなら天運を任せるしかないね。

 

 また、それとは別のロープが網代笠と俺に繋がっている。いわゆる犠牲が出るかどうかのパイロットフィッシュ、あるいは運命共同体というやつだろう。

 

「さて、それではこれより俺と網代笠は、ロープに吊られながら杭を打ってくる。命綱を頼んだぞ!」

 

「キノコッコ!」

 

「ゴンゴン~」

 

「スブブ!」

 

「シャモモモモッ!」

 

 全員いい返事だ。都合よくロープを巻き取るための巻き取り装置みたいなのがあれば楽だったんだがな。そんなもの持ち歩こうだなんて思ったことなかったから、用意なんてしていない。その結果がこのポケ力である。

 

 ゴンベ達がロープを下ろす長さの目印として、5m毎にロープに印をつけておいた。杭を打つのは5m毎ということになる。最低でも20本は杭を打ち込む計算だ。

 

「気をつけてね」

 

「流石にまだ死にたくはないからな」

 

 それに杭を打ち終わっても、杭とロープの強度を試す為に一度また登る必要があるのだ。自分で確認しておいてなんだが、やることが多いなぁ……どこぞのPLAYする映画の主人公みたくフリークライミング出来たら杭打つのも楽なんだけどな。流石に滑り落ちそうだし、そんな賭けは今するべきじゃあないだろう。

 

「よし、じゃあゆっくりと下ろしてくれ」

 

 最初の杭を打ち終えてから合図を出して両手を離す。すると一瞬ロープがぎしりと音を立てて宙吊りになるが、そこまで不安定な感じはしない。これならおそらく大丈夫だろう。網代笠も俺の頭に乗っかってバランスを取っている。正直、こうやって杭を打つのなら俺よりも大賀の方が適している気がしなくもない。

 

 まぁ、これも経験か。

 

 5m程下ろされてから既に垂らしているロープを掴み、強度を確認しながらハンマーと杭で壁にロープを打ち付けてゆく。杭を打ち終えたら網代笠の出番だ。

 

「よし、網代笠頼む」

 

「キノキノ」

 

 網代笠が上に向かって【タネマシンガン】を1発だけ発射した。すると、ゆるゆると下ろされ始める。

 

 何度かこのやり取りを行いながら降りて行くと、ふとあることに気がついた。どうやら、周囲の作りが上の部屋の壁に比べてかなり杜撰(ずさん)な作りになっているようだ。上からではよく分からなかったが、そこかしこに彫刻が施されているものの、どうにも急いで掘り進めたかのような荒々しさが残っている。内壁自体も凹凸や不純物があり、造りが雑だ。

 

 これはいったいどういうことだろうか? 上の部屋を作る時は余裕があったのに、この穴を作る時は余裕がなかったのか? そしてもう一つわかった事がある。

 

 ここまで何かしらの道具を使った痕跡が穴の内壁に一切残っていないということは、ポケモン等の力を借りて道具を使わずに穴を移動できたか、そもそも穴から出るつもりが無かったかの二択だろう。

 

 ……いや、もしかすると気球のようなもので移動していた可能性も? 気球でなくとも、体を浮遊させる道具があればいいのか。やはり、翼でもない限り古代人はここから出られないな。

 

「キノコッ!!」

 

 そんなことを考えていると、頭の上に乗っかっていた網代笠が何かを見つけたらしい。

 

「何かあったのか?」

 

「キノ!」

 

 右へ右へと足で蹴られる。どうにも右横へ向けと言われているようなので、体をひねって後ろを向く。すると、2mほどの大きな窪みのようなものがあり、俺からは見えないがその窪みの中に何かがあるようだ。それにしても、杭を打つのに集中していたせいか、全然気がつかなかったぞ。こんな大きな窪みあったのか。少し右横に移動すればと淵に手が届くだろう。高さ的に網代笠が覗いた方が良さそうだな。

 

 張り付くようにしながら右へ移動すると、採取用に腰に着けていた袋を網代笠へ渡す。袋を受け取った網代笠は頭から大きな窪みへ飛び移った。そのまま何やらゴソゴソと地面をほじくり返すような音が響く。

 

 網代笠がいない間に下を眺めてみる。そこにはオレンジ色の光を撒き散らしているケミカルライトの姿がはっきりと見えた。残り25m程度だろうか。杭を打ち込んだ数からして現在地点は約110m前後……よくここまで来たものだ。だんだんと達成感がこみ上げてきた。

 

「キノコッコ!」

 

 しばらくすると、何やら満足したような顔つきでにゅるりと顔を出し、袋を渡してきた。何が入っているかは下に着いてから調べるとしよう。

 

「キノッ」

 

「痛っ、そして頭に砂が! 砂がジャリジャリしとる!」

 

 飛び移られた衝撃と共にジャリジャリとした音がチェシャ猫のマスク越しに襲いかかる。なんということを! 飛び乗るのはいいから、その前に砂を落とせ!

 

   ◇  ◇  ◇

 

 残り作業をテキパキと終わらせて、とうとうこの穴の底へと到着することが出来た。なんだか感慨深いな……

 

 周囲を見回して見ると上の部屋よりも滑らかで美しい壁が覆うように広がっている。ライトを当てた結晶質の壁は鮮やかな琥珀色で照り返し、その内部には不純物等が一切混じっていないように見受けられた。そしてその内部には上の部屋よりも壮大で、神秘を感じさせる幾何学的なアラベスク模様が掘られている。

 

 ケミカルライトの淡いオレンジ色の光を、琥珀色の壁が更に幻想的に反射している。黄昏時を背景にしたある種の黄金卿や、聖域のようにも思えた。見た者を圧倒する芸術とはこういった物を言うのかもしれない。まるで荘厳な広場で夕日の中にいるような気分になる。

 

「これは……凄まじいな……」

 

「キノォ……」

 

 心の中の言葉がこぼれる。網代笠も部屋の美しさに目を奪われているようだ。歩きながら壁の模様を眺めていると、カツンッと小石を蹴り上げてしまった。その音で自分が何の為にここにいるのかを思い出す。

 

「……っと、そうだ。ずっと見ている訳にはいかない」

 

 目を奪われるのは後でも出来るだろう。今はまだやることがある。ボールから御神木様と夕立を出し、周囲に設置型のライトを置き、網代笠と俺を繋ぐロープを解く。

 

「今後、ここをキャンプ地とする。だから網代笠、御神木様、夕立は俺達が無事に降りてこられるようにこの部屋を見張っていてくれ。網代笠はここにある設置型のライトを中央含めて数箇所に設置をしてほしい」

 

「キノコ!」

 

「クギュル」

 

「ブイッ!」

 

 網代笠が設置型のライトを持って走り始める姿を視界に収めながら、改めて部屋全体を見回す。部屋自体の大きさはかなり広く、おそらく100畳はあるだろう。高さは上の部屋と同じく4~5m程度の円柱状の部屋だ。圧倒的な存在感を放つ壁の彫刻の他に、空間に穴が浮かんだような通路が五箇所ある。ただ、その穴さえも彫刻の一部にしているのだから凄まじい。

 

「クギュ」

 

 ん? 御神木様が、網代笠が拾ってきた袋を棘で啄いている。どうやらかなり気になるらしい。上へ戻る前に一度ここで開けるか。

 

 御神木様を横に退かして袋をひっくり返す。すると袋の中から熱を発する赤い結晶の付いた7cm程度の石と、冷気を発する青白い結晶を付けた5cm程度の石、12cm程度の動物かポケモンの骨、欠けた緑色の鉱物、赤い何かのかけらがカラカラと音を立てて飛び出てくる。

 

 熱を発する赤い結晶の付いた7cm程度の石は熱い岩か。落ちた熱い岩を拾おうとしてグローブの付いた手で触った瞬間、熱さと共にじくじくとした痛みが掌全体に広がった。

 

「あっつ!?」

 

 何やってるのさとジト目で御神木様に見られているが、熱いものは熱いのだ。心頭滅却したところで熱いんだよ! 根性論とか今時流行らんさね。悪戦苦闘しながら熱い岩をバックパックへ入れる。これはハルカ行きだな。後で渡そう。

 

 次は冷気を発する青白い結晶を付けた5cm程度の石はおそらく冷たい岩だな。それにしても砂漠で取れるってどういうことなのさ。確かに夜間は冷え込むだろうし、洞窟内も涼しいけれども……なんかこう、納得いかない。先ほどの二の舞にならないように気をつけて触るが、こちらはただの冷え込んだ岩程度にしか感じないな。

 

「さっきのはなんだったんだ……」

 

 次、欠けた緑色の鉱物。これはなんだ? 構成しているのは粘土だな。そうなると、粘土鉱物だろうか。成因として熱水溶液中からの直接沈殿と母岩との反応があるが……これはどっちだ? それと種類は海緑石か緑泥石化か? うーむ……これはダイゴさんや専門の人に見せた方が早そうだ。フィルムケースに入れてから、提出用の袋に突っ込む。

 

 最後に残った赤い何かのかけらは……たぶん赤いかけらだろう。そんな名前の交換用アイテムがある。それにしても何のかけらなんだろうか。

 

「キノコッコ!」

 

 網代笠が拾ってきた道具の収納に手間取っている間に、網代笠はライトを設置する仕事を終えたらしい。それなら最後にもう一仕事してもらおう。

 

「よし、じゃあ最後に穴から上に向かって【タネマシンガン 三点バースト】を発射だ!」

 

 パパパッと乾いた音を放ちながら、種が上へ発射された。それから少しすると、ゆっくりと上に引っ張られ始める。

 

「すぐに戻ってくるからそれまで頼むぞー!」

 

 ゆっくりロープを辿って空中へ上がってゆき、視界が穴に飲み込まれるように網代笠達が見えなくなった。次はこれを登って、大賀を回収してからハルカと共に降りないとな。

 

 


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