カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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通路の彫刻とジンベイザメマスク

 ロープを使ってハルカと共に下に降りる。

 

 拠点作成予定地である部屋に着いてすぐに、ハルカがボールからガーディを出すと、よく分からないがやたらに左側の通路へ向かって吠え始めた。最初はすわ敵襲かと身構えるも、すぐに夕立に宥められたようだ……本当に何だったのだろうか? 網代笠が反応していないということは、野生のポケモンではないと思うが……まぁ、後で左側の通路もしっかりと調べる事にしよう。

 

 そんな風に今後の予定を考えていると、不意にジリジリとけたたましく、テント脇に置いておいた時計が鳴り始めた。

 

 どうやら大穴の往復や見つけたものの受け渡し、そしてベースキャンプの制作だけでかなり手間取ってしまったようだ。内部にライト以外の明かりが無いため気が付くのに遅れたが、いつの間にかもう昼を過ぎてしまったらしい。まだ遺跡探検のいの字しかしていないぞ。

 

 時計から目を離すと、いつの間にかハルカが上にいた時よりも少し厚着になっていた。暖かそうな湯気を立たせたココアを片手に、軽く肩で息をしながらワカシャモ達に食料を配っている。多少の訓練をしているとはいえ、やはりあのロープ下りはキツかったか。

 

 さて、俺も早く御神木様達に食事を渡さないと多方面から攻撃を喰らいかねん。ふと横を見ると夕立がこっちをずっと見ていた。そんなに急かさんでもすぐに用意するから、こっちをガン見するんじゃあない。

 

 それにしても食事か……この空いている時間なら、ダイゴさんに渡された資料を読み直す事が出来るだろうか。

 

 先程まで眺めていた琥珀色の壁から離れ、軽く手を洗ってから御神木様達に昼食を渡す。それからテントの近くに簡易テーブルを置き、自分の分の昼食を軽く摘みながら、事前に渡された少し黄ばみや汚れが目立つファイリングされた資料を捲り始める。コピー資料だからなのか、多少手荒に保存されていたのだろう。そして洋紙のはずなのに、相変わらず羊皮紙のように全体的にゴワゴワとした手触りだ。湿気にでもやられたのだろうか?

 

 コレが書かれた日付が正確なら10年前の資料のようだ。やはり記憶通り、壁画や造りについての情報が書き込まれていない。そして、ほとんど更新もされていないようだ。最後に更新されたのは5年前の夏か。

 

 意図的に削除されたか書かなかった……ようには見えない。

 

 遺跡を隠す理由があるとするのなら、それはレジロックぐらいしか思い当たらない。なのに【あなをほる】や【いわくだき】、その他ポケモンの技や機械を使っても、その内部を調査する事ができなかった遺跡があるとこの資料には書かれている。そこがたぶん、ルビー・サファイア・エメラルド等のゲームでレジロックが眠っていた砂漠遺跡なのだろう。意図的に情報を操作して削除するのなら、この砂漠遺跡の存在自体を隠すはずだ。

 

 となるとその他に俺が考えもつかないような理由があるか、単純にこの今居る遺跡が、最近あの砂の海から顔を出したばかりということだろうか? それにしては風化や侵食が進行しすぎている気がするが。約5年であそこまで風化するだろうか?

 

 なんだか情報がなさすぎて不気味だな。これを記録した流星の民ってのも聞いた覚えがないし。民ってことはどこぞの企業の系列でもない限り民族のことなのだろう。流星か……何かしら星と関わりがある民族だと推測できる。となると、扱うポケモンは【りゅうせいぐん】を覚えたりするドラゴンタイプのポケモンかね? 

 

 民族全てがドラゴン使い……ないか。そういうのはジョウト地方のフスベシティだけで十分だ。竜の穴と似たような性質の洞窟があるなんて聞いたことないし。

 

「ねぇ、キョウヘイ先生」

 

「ん?」

 

 ココアを飲みながら食事を配っていたハルカが、いつの間にか近くに来ていた。毛布に包まっているようだが、ここそんなに寒いか?

 

「下には凄い壁画があるとしか言ってなかったよね?」

 

「ああ。実際にこの部屋で特筆する点は、それぐらいだろう?」

 

 他に強いて挙げるとするならば通路が五箇所あるよ、という程度だろうか。

 

「すっごく涼しい……というか、寒い。とても寒い。それに空気が薄いって情報も欲しかったかも」

 

 あれ? 真面目にそんなに寒いの? ……というか、そんなに空気が薄いか? ここ。御神木様達は別段そういう風に見えなかったから、てっきり何も問題ないんだと思ってた。

 

「寒さはともかく、個人的には空気の薄さなんて感じていないんだが……御神木様達も普通にしていたし、気がつかなかったな。そんなに薄い?」

 

 だからさっきから微妙に肩で息しているのか。てっきり、約130mのロープ下りで体力を使ったからだと思ってたぞ。

 

「濡らした厚めのマスクを着けて呼吸している気分かな。正直、走り回るのはキツいかも。ここでポケモンバトルする場合は炎タイプの技は厳禁だね」

 

 そこまでか……なんで俺はソレに気がつかなかいんだ? 今も呼吸は全然苦しくないし。血中ヘモグロビンが多いなんて話は……ああ、そういえば泳いでいる時も息苦しさを全然感じなかったな。マラソンも苦にならないし、その辺りで何かしらわかるかもしれないな。でも、病院で血液検査なんていつもやってたから気がつかれないはずがないと思うんだが……

 

「そういう訳で微妙に戦力が落ちちゃってるから、みんな肉弾戦がメインになるかも」

 

 ……とりあえず、後で考えを纏めよう。

 

「そうか……そうすると……」

 

 探索時の戦力が微妙に落ちるな。

 

「それで、探索の話なんだけれどさ? わたし的にはキョウヘイ先生と別行動で遺跡を調べてみたいのだけれど……」

 

 なるほど、なるほど……で? っていう。

 

「その情報を聞いた上で許可するとでも?」

 

「ですよねー……」

 

 当たり前だわい。

 

「とりあえず、別行動はそれなりの理由でもない限り却下だ。それと、飯を食べ終わったら5つの通路の内、どこから調べ始めるかを決めておきたい。案としてはテントに近い二箇所か……」

 

「テントから見て左側の通路へ行くかってところ?」

 

 無言のまま頷く。

 

「ガーディがあんな風に反応するという事はだ、何かしらのものがあると考えられる」

 

 態々反応があるソレを無視して他の部分を調べるとなると、常に後ろを気にする必要が出てくるだろう。ならば先に潰しておくのが吉という見方もあるはずだ。

 

「メインディッシュの前に前菜を頂きたいかな……なんて思ったり」

 

 それはアレか。ゲームで二手に分かれる道があったら、先にハズレの道を探索するマッパーの本能的なアレですか。うーむ、さて、どうするかね……

 

   ◇  ◇  ◇

 

 完全にコンパスが狂ってやがる……変な磁場が発生してるな。今のところボールは壊れていないようだが十分に気をつける必要がありそうだ。進んだ道には【やどりぎのタネ】でも植え付ける事で識別する事にしよう。

 

 頭の片隅に情報を置きつつ、メジャーを使って測ったモノを紙に定規を使って書き込んで行くと、通路が空いている場所に法則性があることに気がついた。

 

「今更気がついたんだけれどさ、俺達が降りてきた穴と通路の入口を線で結ぶと頂点が72°の二等辺三角形になっていて、これが5つだから内角の和が360°になる訳だ。この通路って丁度正五角形になる位置に作られているみたいだな」

 

「……それって、もしかすると上の部屋の作りと関係しているのかな?」

 

 あ、やっぱりそういう風に感じちゃうか。そうすると、おそらくだけれども、今のベースキャンプがあるところは俺達が入ってきた入口の通路の真下辺りかもしれないな。

 

「俺も似たような事思った。まるでどこかの物語やゲームに出てくる魔法陣みたいだな」

 

 そして、そう考えれば考えるほど、ますます古代人が何を思って作ったのかがわからなくなってきたぞ。

 

「とりあえずここの部屋の大まかな縮図は書き終えた。次は――ベースキャンプから見て、右後ろの通路へ探索に行く。御神木様とナックラーはベースキャンプの見張り兼防衛役を頼む」

 

「クギュルルル!」

 

「ナックラー」

 

 御神木様はともかく、ナックラーの方は少し硬いな。緊張でもしているのか?

 

 そんなに気負わなくとも、御神木様とナックラーは性質が共に、拠点防衛に向いている。この状態では少しナックラーが心配だが、まぁ問題はないだろう。特性も蟻地獄ではないが、あの巣自体は作れなくはないようだし。突っ込んでも良し、奇襲しても良し、最終手段に【じわれ】だってある。

 

 ……こんな場所で【じわれ】を行ったら全員生き埋めになる気もしなくはないが。ま、まぁ大丈夫だろう。きっとそんなことはしないはずだ。

 

「これなら後方への警戒を、多少緩めても問題ないだろう」

 

 これで基本的に前方へ集中できるな。

 

 装備を整え、確認をしてから通路の探索を始めよう。通路に目を向けると、アーチ状ではなく六角形をしていることがわかる。なんで態々こんな形にしたのだろうか。

 

 ライトで通路の内部を照らすと、色の暗い砂岩を削ったような通路がゆっくりと右に曲がっているようだ。そして、だんだんと天井が下がっていることから、どうやらこの六角形の通路は緩やかな右下り状のスロープらしい。

 

「全員、足元に注意しろよ。先頭は俺と網代笠、ハルカとガーディは後ろを頼む」

 

「キノコッコ!」

 

「了解!」

 

「グルルルル……」

 

 まだガーディは機嫌治っていないのか。変なところで引きずらないといいのだけれども。ガーディから視線を上げると、ハルカと目が合った。肩を竦めてどうにかしますとジェスチャーしている。しっかりとガーディの舵取り頼むぞ?

 

「よし、出発するぞ網代笠」

 

 ヘルメット状の業務用ヘッドライトを装備した網代笠が前方をしっかりと照らし、確認しながら足を進め始める。どこまで続いているかはわからないが、とりあえず今のところ光の届いている通路の先に変なモノは見えてこない。出っ張りなどもなく、ただただ道が続いているようだ。

 

 壁を見るとまるでスッパリと切断したかのように、異様なほど切断面が綺麗なことが伺える。石材加工用のカッターでもここまで綺麗な切断面にはならないだろう。まるで、これはこうあることが正しいと定められているようだ。

 

 後から加工した砂岩を壁としてはめ込んだ……にしては砂岩同士に継ぎ目がない。これらが元々一つの物体であったと言われた方が俺は納得できる。しかし、掘り出して作ったであろう通路にしては奇妙だな。どうやってこんな風に加工したんだ? 掘り出して作ったにしては、通路の隅の角度が直角すぎやしないか?

 

 そんな壁を改めて見直すと、そこには先ほどの部屋とは打って変わって、慎ましやかで幾何学的なアラベスク模様の彫刻が掘られていた。慎ましやかではあるが、かなり凝った作りのようだ。細部にまでこだわっており、手を抜く気などさらさらないという製作者の意気込みを感じる。

 

 そして――それに加えてどこか物悲しさを感じさせてくるのは何故だろうか?

 

「こっちもこっちでかなり凝った装飾がされていると」

 

「あのコーティングみたいなのは、こっちにはされていないみたいだけれどね。それになんだろう……華美な誇示というよりもこれは……悲しみや……悔み? みたいなものを感じる」

 

 不思議そうな表情でハルカは壁を眺めている。こういった時に、ハルカの感受性がいい働きをするな。それにしても、慎ましやかな印象の中に悲しみや悔み、ねぇ……

 

 あの部屋と、ほんの少しズレた場所にあるこの通路に、いったい何の差があるのだろう? 方や荘厳で聖域のように感じさせる、圧倒的な程の絢爛(けんらん)たる部屋。方や慎ましやかで悲しみや悔みを感じさせる、控えめな装飾を施された通路。

 

 まるで正反対だな。ここまでの技術があるのなら何かしらの意図があるはずだ。だからこそ壁の彫刻は、この先についての貴重な情報であるはずなのに……まったくもって読めてこない。とりあえず写真に撮り、網代笠と共に歩き出す。

 

「……お墓?」

 

 不意に、ぽそりとハルカが呟いた。

 

「ん? 何かわかったのか?」

 

「いや、何となくだけれどそんな感じなのかなと」

 

 お墓、墓か。なるほど、悲しみや悔みというハルカの受けたイメージに当てはまる内容だ。しかし――

 

「――でも墓の横にあんな煌びやかな部屋を作るか? 墓地の横にイルミネーションたっぷりの見世物小屋があるようなものだぞ?」

 

 その辺りが微妙に腑に落ちない。死者を弔う為の場所の近くにしては、いささか力強すぎる気がする。

 

「うーん……そう言われると自信がなくなってくるなぁ」

 

 違うかなー、と呟きながらハルカが歩き始める。

 

「まぁ、この先に行けばわかるだろうさ」

 

 ある種の不安と少しの期待を持って、網代笠の先導の下、道を歩む。この先にはいったい何があるのだろうか……

 

   ◇  ◇  ◇

 

 無言のままベースキャンプへたどり着いた。御神木様とナックラーに視線を向けるが、別段異常はないように見える。肩を落としているハルカを見て状況を察したのか、さっと目を逸らされてしまった。

 

「いやはや……肩透かしとはこのことだな」

 

「まったくかも! あそこまで進んで先が崩落しているとか肩透かしにも程があると思うの!」

 

 一時間半ほどかけて先へ進んだ道が、まさか崩落しているとはなぁ……往復で2時間半はかかってしまった。しかも、それだけでなく――

 

「しかも2連続って、天丼すればいいってもんじゃあないでしょうに!」

 

 そうだよなぁ。しかも二箇所目であるベースキャンプから見て左後ろ寄りの通路は、行きだけで3時間はかかっている。おそらく部屋の直前で崩落したのだろう。その結果、往復で5時間ちょっとだ。二箇所合計だと約8時間の通路移動となってしまった。

 

「こればっかりは仕方がないんじゃないか? 誰かが狙ってやった訳でもないだろう」

 

 通路自体はアーチ状ではなかったが、かなりしっかりとした作りにはなっていた。それなのに二箇所とも壁が左右に裂け、断面が見えるぐらいにズレて割れていたのだ。だからあそこらが誰かにピンポイントで崩されたと言うよりは、地震か何かの影響で崩れたの方が近いだろう。あ……もしかすると、煙突山の噴火の衝撃が崩したのか?

 

 あれ? となると遠因は俺や【あいいろのたま】か? ……今回の事は思いつかなかった事にしよう。

 

「まぁ、あれだ。まだ道は3つあるんだ。残りも崩落しているとは限らないさ。それに、内一つはガーディが反応していた程の道だし、きっと何かあるんだろう。気を取り直して、次はどの通路にする?」

 

「ベースキャンプから見て斜め右前、真っ直ぐ、斜め左前かぁ…………もう左に行っちゃおうかな」

 

 む、もう左に突っ込むのか。

 

「その心は?」

 

「もう無駄足は勘弁してほしいかも。いや、確かにこういうのも冒険の醍醐味なんだろうけれど、ちょっともう体力の限界で。明日は何か見つけられたらいいなぁ……なんて」

 

 目に見えて疲労しているのがわかる。流石に狭く暗い視界に空気の薄い状態で、約8時間もゆるい坂の上り下りをしているのだ。いくらテンション補正があっても、そんな風にじわじわと削られ続けたらそろそろ体力の限界だろう。時間も時間だし、明日に回す事に異存はない。

 

「そうするか……ハルカ、飯食い終わったら今日はもう寝ていいぞ」

 

「え、見張りはどうするの?」

 

「今日は俺がやる。逆に聞くが、途中で起きられそうか?」

 

 完全にダウンする気がしてならないが。

 

「……ちょっと無理かも。キョウヘイ先生は大丈夫なの?」

 

「まぁ、俺の方はそこまで疲れていないから、今日は任せろ」

 

 そう言ったせいなのか、晩ご飯を食べて20分もしたら完全に眠ってしまったようだ。椅子に座らせたまま眠らせるのもアレだな。ワカシャモにハルカの事を頼み、テントから出て部屋の中を見回す。すると、網代笠が自主的に左側の通路を監視しているのが見えた。

 

 やはり、ガーディが吠えた理由が気になるのだろうか。なら当分、網代笠にはそのまま監視してもらおうかね。

 

 それにしても、ハルカは先ほどの通路の先に墓地があるのではないかと言っていたから、【主】以外の死因や具体的な文明崩壊の理由等を調べるのに丁度いいと思ったんだけれどなぁ……調べられなかった事が本当に惜しい。【かわらわり】や【インファイト】で岩を殴り壊せなくはなかったのかもしれないが、生き埋めになりたくはないし。

 

 これだけの彫刻を施すことができる技術を持った古代人、あるいは古代文明そのものが滅亡した理由として、【主】とやらに滅ぼされたと以前発見した壁画には書かれていた。結局この行き着く先である【主】とはなんなのだろうか。

 

 【べにいろのたま】やここの彫刻を見る限り、やはり古代人はかなりの数学原理や技術を持っていた事が伺える。そんな彼らでさえ、カイオーガとグラードンには手を焼いていたようだ。そして、ダイゴさんにも病院の時に伝えたが、そんなカイオーガとグラードンの両方を相手取って倒せるのなんているのか? もしかするとポケモンではなく、何かしらの奇跡を指しているのかとも考えたが……明確に滅ぼされたと書かれているし。

 

 それに大型の文明というものは大体が大河と共にある。しかし、このホウエン地方にはそこまで大きな川はなく、そもそもここは砂漠だ。どうやって文明を大きくしたのだろう? ずっと考えてきたが、それらしい納得のいく答えが見つからない。

 

 どうにかできるアイデアは浮かんでこないものかね……テントから出た惰性のままに部屋の内部でも歩き回るが、何も浮かび上がってこない。完全にどん詰まりというやつだ。何か新しい情報が欲しいが……まぁ明日にでも手に入りそうだしな。まさかガーディがあそこまで反応しておいて、まったくもって何もないだなんてことは……ないよな?

 

 今はいっそ、一度遺跡のことは忘れて完全にリフレッシュしてみるか。最近しっかりとした筋トレも出来ていなかったし、この時間に久方ぶりに筋トレをやるか。御神木様を重石にして走るのもいいな。

 

 そう思ったら吉日とばかりに、筋トレ仲間である大賀とワカシャモを呼びにベースキャンプへ戻ると――――

 

 ――――何故かワカシャモが、その場で倒れるようにして寝ていた。その横を見ると、ナックラーも伏すようにして眠っており、夕食がナックラーの自重で押しつぶされている。

 

 流石にこれはおかしい。さっきまで二匹ともピンピンしていたし、ナックラーに至ってはまるで食事の最中に寝たように見える。これは新手のス○ンド攻撃かなどとボケた瞬間に体が硬直した。

 

 この感じ、以前経験したことがあるぞ。色違いのサーナイトに出会った時にやられた【かなしばり】だ。ヤバいと感じているのに体が動かない。完全に相手の奇襲を許してしまったらしい。

 

 ナックラーやワカシャモ、もしかするとハルカもだが、【さいみんじゅつ】にかかって眠ってしまったのかもしれないな。となるとエスパータイプのポケモンやゴーストタイプのポケモンが相手だということになる。

 

 どうにか動けないかともがいていると、不意に横から重心のバランスが崩れる程の衝撃を受けて、真横に転がされる。運良く外部からの衝撃で【かなしばり】が解けた為、その場で受身をとって起き上がり、腕の中にいる衝撃の犯人を見ると――

 

「ブイッ!」

 

「――夕立!? ありがとう、助かった」

 

 夕立が上手い具合に相手の攻撃を避けて、こちらまで駆けつけて来たのだろう。改めて視界を上げると、天幕の壁をすりぬけるように、何やら黒いシーツで出来たてるてる坊主のようなものが現れた。その見た目通り、どこかおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。

 

 本来の生息地は送り火山のような場所であるが、なるほど。ハルカが言っていた墓というのはあながち間違いではないという事がこいつのおかげでわかった。なるほど、【主】に滅ぼされた恨み、妬みの残留思念でも食べに来たのだろう。そうこいつは――――

 

「――――カゲボウズ! お前が奇襲してきたんだな!」

 

「カカカカカッ」

 

 ケタケタと木同士を打ち付けたような声高い声で嘲笑いながら、テーブルに置いてあった資料を【ねんりき】のようなもので持ち上げる。お前の狙いはそいつか!

 

 夕立にカゲボウズを邪魔してもらいたいが、夕立が覚えている技でゴーストタイプであるカゲボウズに有効なモノはない。

 

 網代笠も俺の声を聞いて走ってきているかもしれないが、【バトンタッチ】を行うには離れすぎている。

 

 このカゲボウズもこちらに攻撃手段がないと思っているのだろう。素早く、そして態々ファイルを見せつけるようにして、天幕の入口へ向かって移動し始めた。

 

 ほとんど万事休すである――――

 

 ――――ただし、それはあくまでポケモンで攻撃を行うという前提条件ならばの話だ。

 

「素直にくれてやると思うなよ! こいつを喰らえ!」

 

 前の休みの間に買い足しておいたイヤイヤボールを背後から全力で投げつけてゆく。泥棒が攻撃されないだなんて高を括るからこういう風になるんだ!

 

「ゲゲゲ!?」

 

 一つ二つと投げては避けられるというのを繰り返す。しかし、カゲボウズの方もすぐに壁を抜けて逃げないところを見るに、どうやら奴は道具を持ったまま壁をすり抜けることはできないらしい。

 

 ならば狙い撃つべき場所がある!

 

 カゲボウズが笑いながら天幕の入口を潜ろうとした瞬間、その行動を待ってましたと言わんばかりに、狙って投げたイヤイヤボールがファイルに直撃する。弾かれるように吹っ飛んだファイルが、天幕の外にバサリと音を立てて落ちた。

 

「よっしゃ!」

 

「ブイブイッ!」

 

 今出来た隙に合わせるように夕立の体が白く光り、凄まじい速さで天幕の入口の外へ出ると、入れ替わるように全身から白い光を放つ網代笠が突っ込んで来た。どうやら網代笠が【バトンタッチ】の射程範囲に入ったことに気がついた為、実行したようだ。

 

「そのまま【3点バースト】!」

 

「キノコココココ!」

 

 状況を何となく理解しているのだろう。即座に発射体制を取り、狙いをつけて【タネマシンガン 3点バースト】をカゲボウズへ向かって撃ち始める。

 

「カゲボボボ!?」

 

 カゲボウズは探索していない左側の通路へ【タネマシンガン】から逃げるように進み、そのまま影に飲み込まれるように消えてしまった。

 

 ……終わったか。なんだったんだよいったい。やはり持ち出そうとしていたファイルが目的なのか? 天幕から出て、ファイルを拾い上げる。

 

 多少虫除けスプレーの原液のような匂いがファイルに付いてしまったが、仕方がない。風通しの良い場所にでも置いておけば匂いもいずれ取れるだろう。

 

「キノコッ!?」

 

 ファイルをバサバサ叩いていると、急に悲痛な網代笠の声が響いた。

 

「どうした!?」

 

 後ろを振り向くと、網代笠や夕立が天幕の内部を警戒しながら見ている。いったい何を見ているというんだ。

 

 すぐに合流して天幕の内部を眺めると、そこにはまだ俺が被っていないジンベイザメのマスクが空中を悠々と泳いでいた。すぐ横には、赤い猫の目にチャックのような口が付いた黒い人形のようなポケモンが浮かんでいる。その瞬間に悟ってしまった……嵌められたと。

 

 ジュペッタは人間に捨てられた人形に怨念が宿って生まれたと言われるポケモンだ。ならば、カゲボウズから進化する際に似たような行動をするはず。おそらくだが、人形の中にカゲボウズが入り込むことで安定した進化が行えるのだろう。だが、当たり前だがこの辺りに人形なんてものはない。

 

 ……人形がこの辺りに無いからってマスクを代用品扱いにするつもりだな! 最初からマスクが狙いだったのか!

 

「ジュペペペぺ」

 

 してやったりという笑みを浮かべたジュペッタが、挑発的な目でこちらを見返してきた。ファイルは奪い返されてもいいから見せつけるようにしていたのか。こんな手に引っかかるとは……

 

 そんなジュペッタの横では、ジンベイザメのマスクにどこからともなくカゲボウズ達が集まってきて、まるで本物のジンベイザメのように擬態している。あれか、魚の群れが大きな魚に襲われないように、自分達を大きく見せるみたいなやつか。次第に、個々の黒いシーツのような体の分け目が見えなくなり、真っ黒で斑点がない一個のジンベイザメのようなものとなった。

 

「スブボッ!?」

 

「ゴンッ!?」

 

 騒ぎを聞きつけたゴンベと大賀がテントから現れたが、馬鹿でかいジンベイザメもどきを見て固まってしまっている。ガーディや御神木様が出てこないということは、二匹とも【さいみんじゅつ】にやられてしまったのか。

 

「ジュペッタ!」

 

 ジュペッタが右の壁を指差す。すると、ジンベイザメもどきはそのまま天幕の壁をすり抜け、海面に背びれを立てて泳ぐように壁から背びれを生やし、ジュペッタを乗せて右側の通路へ消えて行ってしまった。

 

 カゲボウズの群れが消えてしまった方向を、網代笠達が呆然と眺めてしまっている。

 

「……は、はは、ハハハハハ。ここまで散々ヤられて、素直に諦めるとでも思っているのか?」

 

「き、キノ?」

 

「徹底的に追撃するぞ。必ず、必ず取り返してやる」

 

 頭に血が上っている? 知らん。今はそんなことよりもジンベイザメマスクだ。

 

「ゴンベと大賀は今寝ている奴らを水ぶっかけてでもいいから起こしてくれ。網代笠と夕立は右手通路前で待機……ほら、動く」

 

 まだ戸惑っているゴンベと大賀に催促をしてからゆっくりと天幕の中へ戻る。とりあえず、マスクを奪い返すと共に、ゴーストポケモンに狩られる側の恐怖を教えてやろう。

 


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