カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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赤い目とオペレーション・メトロ(中)

 ゆったりと白い霧の中を泳ぐようにジュペッタが舞っている。

 

「【やどりぎのタネ】!」

 

「スブボッ!」

 

 先ほどと同じように【やどりぎのタネ】をジュペッタに向かって撃ち込んでゆくが、空中に浮かぶ布のようにひらりと種を躱されてしまう。やはり、【タネマシンガン】よりも少し弾速が遅いというのは致命的だ。【タネマシンガン】は撃ち出す種を改造した結果、上手く速度と命中精度を上げれたんだがなぁ……弾速を上げた【やどりぎショット】の習得が急がれる。

 

「ジュぺぺぺぺ」

 

 暗闇と白い霧が視界のほとんどを覆い隠す中、ジュペッタはフラフラと宙へ浮かんている。焦点の合っていないような猫目をぎょろつかさせながら、わざとらしく自らをヘッドライトで照らしてアピールをしているようだ。

 

 三国志大戦の馬岱の如く、ここにいるぞと主張して煽ってやがるな。

 

 どうにもバトルというよりはお遊びに近いものとして捉えているのか、もしくは実力差からか舐められるのだろう。……いや、そもそも敵として認識されていないのかもしれない。

 

 ジュペッタがそのままの姿勢で紫色の火の玉を4つほど周囲に浮かび上がらせると、火の玉は次第にポチエナのようなものに形成され、空中を走るような速さでこちらへ突っ込んで来た。

 

 【おにび】を使って芸が細かい事をやりやがって! しかし、直線的な動きだから狙い落とすのは難しくないだろう。

 

「【ねっとう】で迎撃!」

 

「スブッ!」

 

 勢いよく放たれた【ねっとう】が放射状に広がり、一瞬で【おにび】で出来たポチエナのようなものが【ねっとう】の中に飲み込まれる。ポチエナのような【おにび】は【ねっとう】で出来た水たまり中でボロボロと崩れ始め、正しく溺れていますというようにもがいてから、力尽きたように四肢がだらりとなって消失した。

 

 そのポチエナのやけにリアルな動きがジュペッタの異様さを強調している。まるでつい最近、似たようなものを見ていたかのようだが……まさかな? ここは砂漠だ。もがく必要があるほど大きな水たまりは存在しない。

 

 件のジュペッタへ目を向けると、手を叩いて喜んでいるのが見えた。かと思えば口を開けて何かを咀嚼するような仕草をし始める。

 

 何かを食べたのか? だがきのみの類は何も持っていないように見えるが……となると怨みか何かか? ジュペッタも怨念をエネルギーに動いていると聞くし、余裕が有ると言うのならこちらを無視してのエネルギー補給というのもありえなくはない。

 

 こちらとしてはあんな感じで相手が本気を出していないのはありがたいが、こうも動きが読めないというのは流石に不気味だな。早めに終わらせたいのだが、今回の作戦の頼みの綱である網代笠達は未だに部屋の手前側でわちゃわちゃやっているらしい。大捕物だから仕方がないとは言え、後方から何かが弾ける音や走り回るような音が部屋中に響いている。

 

 とりあえず今俺達がやることは変わらない。相手を行動停止にすることだけを考えろ! あいつの怨念食いは攻撃のチャンスだ!

 

「もう一度【ねっとう】!」

 

「スブブブブッ!」

 

 再度放たれた【ねっとう】が、何かを咀嚼するのに夢中なジュペッタへ頭から降り注ぐ。煮えた湯を顔面に浴びせたのだから、多少はダメージが入ったはず……

 

「ジュペッ!?」

 

 これで火傷をしてくれれば楽なのだが、ジュペッタが火傷をした様子もない。それどころか表情が多少ムッと変化した程度だな。あいつピンピンしてやがる。やはり場所が場所だから火傷しにくいのか? 放射状に広がる【ねっとう】はどうしても表面積が大きくなってしまう。少しでも熱が逃げたらその分だけ威力も下がるというのは予想してはいた。

 

 ……ただ俺の予想以上にダメージがないらしい。これなら大賀の体にかなり負担がかかるから使用しなかったが、1本だけでもスペシャルアップかクリティカット、あるいは負担を考慮した上で両方を飲ませるべきだったかもしれん。

 

 まぁ効かないなら効かないでやりようがある。そもそも完全に倒す必要もないんだ。作戦通り焦らずじっくりと削って行こう。ジュペッタはもう少し長くその場に留まってくれるのなら、【やどりぎのタネ】を寄生させることができそうなのだが……

 

 【ねっとう】で濡れた顔を腕で鬱陶しそうに拭っていたが、急に水を切るように腕を振り、勢いが乗った掌に濃い紫色の球体を生み出した。不意に、先程まで焦点の合っていなかったジュペッタの猫目と視線が重なり、ニヤニヤとした口元が視界に映る。

 

「ジュぺぺぺぺッ」

 

 笑い声を聞く前にゾクリとした寒気が背筋に走った。ここにいるべきではないと警告する心に従って重心を下げながら少し右へ傾いたタイミングで、お返しとばかりに【シャドーボール】が投げつけられた。

 

 ――大賀ではなく少し横に居る俺が直撃するコースで。

 

「こなくそッ!」

 

 【シャドーボール】が鈍い音を響かせ、空気を押しのけながら向かって来る。それを視界の端で捉えながら右へ転がるように飛び退けるが、このままやられっぱなしになるのはいただけない。

 

「【ねっとう】!」

 

「スブブッ!」

 

 転がりながらでも大賀に攻撃の指示を出し、【ねっとう】をまたもやジュペッタの顔面に直撃させてゆく。現状、【ねっとう】が攻撃では一番のダメージソースだ。それを切らすわけにはいかない。

 

 受身を取って即座に起き上がり、前方を確認する。しかし、それでもダメージ量が足りないのかジュペッタはケロリとした顔で浮遊しているようだ。どうしたものかと考えた瞬間――

 

「カゲッ!?」

 

 ――先ほどまで俺が居た場所の少し奥から悲痛な大声が上がった。ちらりと視線を向けると、白い霧が【シャドーボール】によって切り裂かれていて、そのポッカリと空いてしまった空間にカゲボウズと思わしきポケモンが倒れ伏していた。

 

 どうやら運の悪いカゲボウズが居たようで、ジュペッタの【シャドーボール】が直撃したようだ。やはり数が多いとこういう事故も発生するらしい。

 

 一連の流れがツボに入ったのか、またもやジュペッタは大笑いが部屋中に響き渡る。本当になんなんだあいつ? やけにテンションが高いな……そして焦点の合わないような目に理解のできない笑いのツボ。あいつまるで酔っ払いだな。それでそれなり以上の強さがあるのだから、なかなかにたちが悪い。

 

「スブ!」

 

 大賀の声がしたのと同時に軽い浮遊感が全身を包む。下を見るが何かに掴まれているような感覚に頼る以外、何も見えない。それでも焦らずに自身の状況を確認すると、白い霧を歪ませている何かを発見した。どうやらコレに完全に捕まってしまったようだ。

 

「クソッ、ミスった!?」

 

 馬鹿か俺は! よそ見している暇なんてなかっただろうが! 一瞬の後悔と共に全身に力を入れて拘束からの脱出を試みるがビクともしない。こんな足が地面につかない状態では踏ん張る事も、防御することも出来ない。ジュペッタへ目をやると、その場でとどまって何かを握るような動きをしている。おそらく、【ねんりき】か【サイコキネシス】で俺を掴んでいるのだろう。

 

 このままだとダメージは必至。しかし、ピンチはチャンスだ。ただでは食らってやらんぞ! その場から動けないのなら一矢報いてやろう。よくも今まで避けてくれやがったな!

 

「【やどりぎのタネ】を植え付けろ!」

 

 最初の考え通り、一発でのダメージが少ないならじわじわとスリップダメージで削るだけだ。エネルギー補給によって体力を回復させていると言うのなら、その回復分を根こそぎ奪ってやる。

 

 指示通り【やどりぎのタネ】がジュペッタに植え付けられるのと同時に、捻られるような痛みが両足に走る。そのまま体が空中で90°ほど傾けられ、勢いをつけて棒を壁へ叩きつけるような勢いで横にあった壁へ背中から叩きつけられた。

 

「グッ!? ゴホッ!」

 

 全身に襲いかかってきた鈍い痛みを耐える。衝撃は運良くバックパックがクッションになったから和らげられたものの、肺からは空気が無理やり押し出されてむせた。

 

 大丈夫、まだ気を失っていない。どうにもダメージ自体はフライゴンの時の【ドラゴンテール】よりも少ないように感じる。ジュペッタの特殊攻撃力が低いのか、俺の防御力がまた上がったのか……この際どっちでもいいか。

 

 とりあえず首はむち打ち症にはなっていないようだ。次に両足に力を入れて感触や具合を軽く確かめてみる。膝に鈍い痛みがあるものの、走ったりする分には問題はなさそうだ。一番肝心な足首が死んでいないのならなんとかなる。まだ動けるだろう。

 

 ジュペッタから二回目の攻撃が来る前に起き上がる為に腹に力を入れると、痛みと共にみしりと肋骨の辺りから嫌な音が鳴った。そこからジクジクとした痛みが広がってゆくがこの程度なら無視できるレベルだ。それよりも、こんな痛みに負けてこのまま止まっている方が拙い。フライゴンの時は圧倒的な一撃で殺されかけたが、こいつの場合はじゃれつき遊びのように嬲り殺してくる可能性がある。

 

 歯を食いしばってその場から飛びのけると、目の前で【シャドーボール】が地面を軽く陥没させる。完全に俺狙いか! 顔を上げると、大賀が中距離戦ではなく接近戦で挑んでいた。俺の指示がなくても中距離から【ねっとう】をぶっかける予定だったのだが、どうして相手の得意な接近戦を挑んでいるんだ?

 

 【ねっとう】を使わない……いや、もしかすると使えなくなったのか? ジュペッタは俺に対しての攻撃を優先しているようだから、大賀への【かなしばり】もかけられていない。そして、一番重要である大賀の持ち物はバレていない……だとすると――

 

 ――このジュペッタ、特性:呪われボディか! これはこれで厄介な!

 

 【ねっとう】を一時的に使えなくなった大賀が、至近距離からの【タネマシンガン バックショット】でジュペッタの行動を妨害をしているが、俺を直接狙う際はそれすらも無視しているようだ。

 

 いいだろう。せいぜいそのまま油断して俺を攻撃し続けるといいさ。だがその結果、最後に笑うのは俺達だ。

 

 最初に撒き散らした白い霧がだんだんと薄まり始めてきている。俺の視界もその分通りやすくなるが、今晴れるのはとても拙い。最初の仕込みの意味がなくなってしまう。

 

「【しろいきり】で奴の視界を覆え!」

 

「スブブブブッ!」

 

 薄まりかけていた白い霧がまた濃くなり、その分視界が悪くなるが今はこれでいい。網代笠達もしっかりとやってくれているみたいだし、もう少しのはずだ。

 

「ジュぺッ!」

 

 大賀が【しろいきり】を出した隙を突かれて、大賀から離れたジュペッタが一気に俺との距離を詰めて来た。その両手には少し小さな【シャドーボール】が2つ。それらは先程よりも重く鈍い音を立てており、かなり威力が高そうであり、その存在感を周囲に知らしめている。もしかすると無理やり圧縮でもしたのかもしれない。

 

 アレは直撃したら俺でも拙いだろう。直撃しないように時間を稼ぐため、先ほど【シャドーボール】で砕かれたせいで足元に転がっていた石ころを拾い上げる。そしてそれをバックステップをしながらジュペッタの顔に向かってアンダースローをして時間を稼ぐが、焼け石に水程度だろう。

 

 それでも、これをするかしないかでだいぶダメージが変化しそうだ。最短距離で距離を詰めてくるジュペッタの【シャドーボール】は、無理やり圧縮したせいなのか既に球体が歪み始めている。

 

 ジュペッタもそれに気が付いているのだろう。惜しげもなく石ころ相手に左手に浮かんだ【シャドーボール】を叩き込む。すると、飲み込まれた石ころがガリガリと砕けてゆく音と共に【シャドーボール】は消えた。

 

 残るは既に目の前で振りかぶり、力を込めるようにタメを作っている右手の分。石ころを投げたことで伸びてしまっていた腕を必死に引き戻してガードを行おうとするが、1テンポ遅い。このままではどうやってもガードが間に合いそうにない。

 

「ジュペェェェェッ!」

 

 残りはおよそ8m。スローモーションのように見える世界の中、ニタニタと笑うジュペッタとまたもや目が合う。ガードは不可。避けようにもバックステップをしている為、左右へ跳ぶ事も出来ない。避ける手段は――ない。覚悟を決めよう。

 

「オ゛ォォォォォ――!!」

 

 少しでも身を固くしてダメージを減らすように、全身に力を込める。

 

「スブッ!!」

 

 目と鼻の先にいるジュペッタが【シャドーボール】ごと掌底を構える。しかし、残りおよそ5mほどになった瞬間、目の前に白い光が走った。続けて突然氷の柱が壁になるように地面から生え出してきやがった。今こんな芸当が出来るのは1匹しかいない。

 

 ナイスタイミングだ大賀! 今度何かおごってやるぞ!

 

 氷の柱に【シャドーボール】を纏った掌底打ちが突き刺さると、壁となった氷の柱は一瞬で全体に白いヒビが入り、けたたましい音を立てながら破壊された。凄まじい威力を目の前で見たせいで、つうと冷や汗が背中を伝うのがわかる。持ってくれよ俺の体。

 

 大賀のアシストもあってギリギリのタイミングでガードが間に合った。勢いの落ちた掌底と消えかけの【シャドーボール】によって砕けた氷が両腕や胴体に叩きつけられ、そのまま後方へ殴り飛ばされる。

 

 元々バックステップで威力を落として、壁で勢いを殺しているのにも関わらず、着地した瞬間に受身が取れない程強い勢いで転がされた。

 

「ゲホッ……あー、クソッ」

 

 転がった事で痛む全身や、少し歪む視界、ふらつく頭を無視して起き上がる。どうやら中央部にあった石版を超えて部屋の入口近くまで転がされたようだ。大賀が頑張ってくれているだろうから、少しの間はジュペッタもこっちに向かって突っ込んで来ないだろう。

 

 ただ大賀一人に任せるのはいただけない。急いで合流しないと。

 

「カゲカゲカゲ!」

 

「キノコッ!」

 

 目の前を、先ほどよりもかなり小さくなったボロボロなジンベイザメもどきが勢いよく通過し、それを追い立てるように網代笠が走り去っていった。どうやら、網代笠達の戦闘エリアにまで殴り飛ばされたらしい。夕立の姿が見えなかったけれども、おそらく【バトンタッチ】が上手く行える位置に陣取っているはずだ。

 

 この際補修することになるであろうボロボロのジンベイザメマスクには目を瞑ることにする。辺りを見回すと、ビクビクと動いていたり、倒れ伏しているカゲボウズがそこらにいるのがわかった。ふむ、見た感じプラン1、即ち【しびれごな】や【あくび】による無力化はしっかりと実行したのだろう。

 

 しかし先ほど見た感じだと、全員を一度に無力化はできなかったようだ。1匹でもマヒったり眠ったりすればハリボテも瓦解すると思ったのだが、瓦解する前に脱落者を見捨てたか。この辺は野生ならではの残酷さだな。トレーナー相手だと雪だるま式に丸め込めそうなんだけれども。

 

「「「カゲボーズ!」」」

 

「キノ!?」

 

 カゲボウズがいくつも重なった鳴き声を上げると、ジンベイザメもどきが急反転をその場で行う。すると、もう少しで追いつきそうだった網代笠は尻尾を叩きつけられて質量差からか後方へ弾き飛ばされた。狙い通りだったようで、ジンベイザメもどきはそのまま逃げずに体から小さな歪みを複数走らせて、網代笠へ追撃を叩き込んでゆく。

 

「キノコッコ!」

 

「ブイッ!」

 

 身の危険を感じた網代笠が即座に起き上がった瞬間に光の塊となって中央へ跳び、入れ替わるように夕立が網代笠がいた場所に現れた。姿勢を低くして走り出した夕立は、そのまま小さな歪みの全てをまるで完全に見切ったようにくぐり抜けてジンベイザメもどきへ近づいて行く。

 

 そのままジンベイザメもどきの真横にたどり着いた瞬間、またもや光の塊となって中央へ跳び、入れ替わるように網代笠が現れて黄色い粉を全身に満遍なく撒き散らしている。おまけに先程まで網代笠はいくつか傷があったはずなのだが、一部回復しているようだ。

 

 尻尾の反撃は名付けるなら【シャドーテール】で、あの小さな歪みは【ナイトヘッド】……いや、夕立が【みきり】で防御していたから違うな。となると【ねんりき】だろうか。急な反撃にも夕立が【バトンタッチ】と【みきり】で切り抜け、入れ替わっている間の網代笠は【ねがいごと】で回復か。なんか物凄く順当な戦いをしているのな。訓練の甲斐があったという事なのかもしれないが、こうも噛み合うと恐ろしい。

 

 おそらく、俺がこっちに殴り飛ばされる前に【あまえる】や【しっぽをふる】もしっかり行っているのだろう。そう訓練したしな。この感じならこっちはもうすぐで片付く。

 

 少し大回りして【しびれごな】を回避し、大賀の元へ向かうべきだ。そう判断して一気に戦闘音のする方向へ白い霧の中を走り抜けると、道中に氷柱が大量に生えていた。白い霧の中の氷柱は幻想的ではあるものの、今の状態では凶報でしかない。氷柱が大量に生えているということは、それだけ【れいとうビーム】を撃っているという事だ。

 

 おそらく【タネマシンガン】も特性:呪われボディで金縛りされてしまったからなのだろう。となると、そろそろ夕立の援護が本格的に欲しくなってくる。

 

 考えを纏めながら走り回ってようやく大賀を白い霧の中で発見したものの、案の定ジュペッタにジリジリと押されているようだ。俺が殴り飛ばされる前の時よりも傷が多くなっているのがわかる。力押しでは余計な負傷が増えるだけだ。

 

「もう少しだ、耐えてくれ大賀! 【ギガドレイン】」

 

「スブブッ!」

 

 ジュペッタの周りから濃い緑色の光が溢れ始めるが、大賀が濃い緑色の光を吸い取る前にほとんどがジュペッタの体へ戻ってしまった。それでも多少回復できるだけマシか。本当なら後で体調悪くなる事を考えてでも、いい傷薬を使いたいが……どうにもタイミングが合わない。攻撃の合間に大賀が一旦距離を取ろうと下がるも、完全に食らいつかれてしまっている。

 

 ジュペッタがこちらを見ながら妨害してきている以上、狙ってやっているのだろう。やはりこのジュペッタはいたぶるという面に関しては侮れない。

 

「スブボッ! ――ブボッ!?」

 

「ジュペぺぺぺぺペ」

 

 引けない事を逆手に取って大賀が踏み込もうとすると、その場所には事前にジュペッタの拳が置かれていて、先制してぶん殴られたようだ。あの【ふいうち】の扱いがとてもいやらしい。本当に相手をいたぶるやり方を心得ていやがるな。

 

 その【ふいうち】の直撃がかなりいいところに入ったのか大賀の足元がふらつく。体力的にももう限界だろう。それを好機と悟ったのか、ジュペッタが一気に畳み掛けるように右手に黒い光が収束され始めた。自分の呼吸が聞こえるほど静かな部屋の中に、メキメキと手が変化してゆく音が響く。

 

 直撃すれば大賀は完全に戦闘不能になる。だからこそジュペッタは、その絶望を強調するように大きく掲げるように構えているのだろう。その手に紫色のオーラのようなものが纏わり、3点に別れて力が集中して尖ってゆく。おそらくはタイプ一致技で物理技な【シャドークロー】だろう。ぎょろついた猫目や口元は嘲笑いを全面に出していて、勝ったと確信しているようだ。

 

 ――――だが、それは慢心というものだ。お前は大賀や俺をいたぶることに時間をかけ過ぎた。それがお前の敗因だ!

 

「キノコココッ!」

 

 ジンベイザメもどきを狩り終えて白い霧の中で静かに待機していた網代笠が、ジュペッタの真後ろから白い霧を切り裂きながら飛び出て【しびれごな】をぶちまける。網代笠がバトルロワイヤルの時に御神木様相手に使った戦法だ。

 

「ジュペ!」

 

「キノコッ!?」

 

 しかし、それを知っていたかのように裏拳の要領で【シャドークロー】を網代笠に叩きつけた。その拳圧で白い霧と【しびれごな】が吹き飛ばされる。

 

 そのせいで大賀のすぐ傍で白い霧の中に隠れていた夕立も見つかってしまった。

 

 ぽっかりと空いたような空間で、ジュペッタは残念だったなとでも言いたそうにニヤニヤとした笑みを浮かべている。相手から絶望を、恨みを引き出すようにするためだろうか。

 

「夕立、【てだすけ】で少しでも大賀の技の威力を強化するんだ!」

 

「ブイィィィッ」

 

 膝をつき、屈み込んでいる大賀へ夕立のパワーのようなものが注がれてゆく。

 

 ジュペッタから見たらさぞ滑稽に映っているだろう。ほとんどの攻撃技が金縛りによって使えなくなった大賀が、今唯一使えるであろう【ギガドレイン】を【てだすけ】で強化したところで程度が知れている。どうやっても大賀がジュペッタに対して致命傷を与える事は出来ない。

 

 だからこそなのか、無駄だとでも言うようにジュペッタは防御などは行わず、胴体や顎がガラ空きのままゆったりと、【シャドークロー】を見せつけるようにして大賀達へ向かって歩いている。この瞬間こそがこいつにとって極上の餌なのだろう。そして――

 

 ――だからこそ、俺もこんな瞬間を待っていた! 正面からの奇襲なんて出来て1回がせいぜいだ。しかもそれは完全に相手にとって予想外のタイミングでなければならない。さぁ、トラウマを乗り越えた者の強さを知るがいい!

 

「とっておきの一撃に沈め! 【しぜんのめぐみ】!」

 

「スブゥッ!」

 

 大賀が持っているノワキの実が手の中で音を立てて弾ける。すると、ノワキの実の力が解放されて、大賀の右腕に漆黒のオーラを纏わりつかせてゆく。大賀の全力が込められた右腕は二回りほど大きくなり、同時に足を深く踏み込みながら重心を前へ乗せ始めているのが見て取れた。

 

「ジュ、ジュペ!?」

 

 攻撃のタイプを察知したのかね。そうだとも。【しぜんのめぐみ】でノワキの実を消費した場合、発生する力は――悪タイプでおよそ威力90の力だ。ははははは、ようやく動揺したな?

 

「ジュ、ジュペポ!」

 

「スブゥゥゥゥゥ――――ッ!」

 

 ジュペッタにとっては完全に予想外だったのだろう。大賀の反抗によって、慌てて【シャドークロー】を振り下ろそうとするが、最初から屈みながら構えていた大賀の拳の速度には敵わない。防御を投げ捨て、全体重を前足に乗せる事で体ごと叩きつける全力の【しぜんのめぐみ 悪】(ジョルト・ブロー)が、ガラ空きのジュペッタの顎に向かって先んじて放たれた。

 

「ジュペパッ!?」

 

 部屋全体に鈍い打撃音が轟き渡り、腹の中にまで響く。【しぜんのめぐみ 悪】は完全にジュペッタの顎を捉えて脳を揺らしたのか、そのまま崩れ落ちるようにその場に倒れ伏した。完全に戦闘不能にしたようだ。

 

 獲物を前に舌なめずりをするから手痛い反撃を許すハメになるのさ。

 

 白い霧も薄れ始めたので改めて周囲を見回すと、あちこちに痺れて動けないカゲボウズや、眠ってしまって動けないカゲボウズ、ボロボロになってしまったジンベイザメもどきなどが転がっている。

 

 途中から見かけなかった網代笠は、瀕死になりながらも吹っ飛ばされたヘッドライトを回収していたようだ。網代笠、本当にそれ気に入ったんだな。

 

「全員、本当にお疲れ様」

 

 そう言いながらいい傷薬や元気の欠片を見せると、大賀や網代笠は露骨に嫌な顔をし始めた。夕立は夕立で自らに【ねがいごと】をかけて、自分で回復できるアピールをしている。かわいい。

 

 ――だが残念ながら全員強制参加だ。慈悲はない。ついでにクラボの実も食べさせる。嫌がっても食べさせる。全員もうそんなに技出せないだろ?

 

 普段なら網代笠や大賀にはおいしい水と休憩で回復してもらうのだが、今回ばかりはそうはいかないのだ。なぜならハルカに伝えた帰還予定時間まではまだまだある。ジュペッタとの戦闘時間もだいたい15~20分弱だしな。だからこそ、この部屋の調査を行いたいから諸君には労働に励んでもらわねばならない。

 

 それに奇襲も怖い。

 

 とりあえず、今はここに転がっているカゲボウズ達全員を一箇所に纏めて監視するのと、ジュペッタが起きたら買収する必要があるな。それに【おにび】製ポチエナの件とか含めて色々と聞きたい事があるし。

 

 ボロボロになったマスクを回収し、15分ほどかけてカゲボウズ達を奥の巨大な結晶体がある壁の左隅に並べてゆく。個体によっては眠りから覚めたり、マヒが治ったりする奴もいたが、再度しっかりと【しびれごな】でマヒらせて並べてゆく。最後の1匹を運び終えたところで、ジュペッタに動きがあった。

 

「じゅ、ジュペ?」

 

 お、ジュペッタが起きたか。なんとか上半身を起こしているような状態みたいだが、混乱している頭のほうが相手しやすい。

 

「やぁやぁジュペッタ君、寝起きのところ悪いが取引をしないかい?」

 

「じゅ、ジュペッテ?」

 

 なんでそんなにおどおどしてるんだ。なんだかさっきまでのジュペッタとだいぶ印象が違う。凄まじく混乱しているというか、今までのが邪悪の根源なら、今のこいつは朝目が覚めたら見知らぬ場所で黒服の男達に囲まれていたみたいな雰囲気を出している。

 

「このジンベイザメマスクは当然返してもらうとして、少しここの場所の情報が欲しいんだ。色々と教えてくれないか? 協力してくれるのならば、この身代わり人形を5個君達に贈呈しよう。いらないし興味もないというのなら今すぐこの場から地上へ出て行っていただきたい」

 

「ジュペ! ジュぺぺ!」

 

 言外にどちらか選べと脅迫すると、首が取れそうな勢いで頷き始めた。……それにしても、なんでそんな泣きそうな顔をしていらっしゃるので? 大賀からの視線が痛い。俺何かした?

 

「……まぁ、いいや。とりあえず最初の質問だ。【おにび】でポチエナを模していたよな。やけにリアルだったけれども、近場であんな状況を見たのか?」

 

 さて、どう返って来る?

 

「……ジュペッタ?」

 

 意外! それは疑問! どういうことだってばよ。そんなことしてた? って顔して首かしげているんじゃないよ。え? マジで知らないの?

 

「なんで【おにび】を操ってたお前が何も知らないんだ……」

 

 あれは明らかにリアル過ぎた。溺れた時のもがきも、鬼気迫るような表情も、何もかもが異様だった。だからこそ聞きたいのにわからないだと?

 

 どうするか考えていると、ジュペッタが不思議な踊りを踊り始める。何だ? MPでも吸収したいのかと眺めていると、同じ行動を必死になって行い始めた。

 

 何かを指してから食べるような行動を入れて、最後に両手でバッテンを作る。次に下を指してから同じように何かを食べるような行動を入れて、今度は両手で丸を作ってから頭にネクタイのように形を整えた布を巻いてフラフラ動く。

 

 頭に巻いているのは俺のハンカチなんだが、いつの間に盗みやがったんだこいつ。ただ、頭にネクタイっぽくハンカチを結んでフラフラしている行動から何となく分かってきたぞ。要はこれはジェスチャーか。解読してみよう。

 

「最初にどこ指しているのかは分からないが、とりあえずどっかでは飯が食えなかったって事でいいのか?」

 

「ジュジュジュジュジュ!」

 

 首がちぎれそうなぐらいブンブンと縦に振っている。とりあえず合っているらしい。問題はこの後だ。

 

「で、なんだ。ここに来たら飯が食えたと」

 

「ジュぺぺ」

 

 微妙に違うらしい。何度も両手で丸を作っている……うーん? 大きい? いや違うな。あ、量が多いって意味か?

 

「ここに来たら飯が沢山食べれた?」

 

「ジュペッタ!」

 

 またもや頷いている。よしよし、では最後のジェスチャーだ。

 

「で、沢山食べたら酔っ払ったと?」

 

「ジュ!」

 

「…………」

 

 なんでこいつ花丸あげましょうみたいな雰囲気醸し出してんだ。じゃあ何だ? 腹一杯になるまで沢山食べたら酔ったと? 今までのは本当に単なる酒乱……いや、食酔乱だったって事か? ついでに酔っていたから何かあったかもしれないけれど覚えていないと?

 

 ……ふ、ふふ、ふふふふふ。

 

「ぶん殴るぞ貴様ー!」

 

「スブボボボ!」

 

 落ち着けバカ野郎と言われている気がするが、これで落ち着いていられるか! 情報皆無とかどういう了見だチクショウ! 散々痛めつけられてこれか! 後ろのカゲボウズ達も和んでるんじゃねーよ! 酔っ払いの集団かよ!

 

 クソッ、そうだよ。こいつら酔っ払いの集団だったよ! チクショウ。

 

「ええい、離せい!」

 

 くそう、完全に大賀に押さえ込まれた。身動き出来ん。チェシャ猫マスクの上の部分をパカパカすることでしか今の俺の怒りは表せないのか……

 

「ブイ」

 

 パカパカすらも封じられてしまった。

 

「……ああ、もういいや。うん。あれあげるから素直に帰ってくれ」

 

 夕立に身代わり人形を渡すように指示を出す。くたびれ儲けすぎるだろう。かなりげんなりした状態で落ち込んでいると、ジュペッタがかなり真剣な顔をして部屋のある一点を指さした後に両手でバッテンを作った。

 

「ん? そっちの方向に何かあるのか?」

 

 とは言えその方向にあるのは石版とこの部屋の入り口程度だ。しかし、指を向けている場所はそれらよりも下である。この遺跡は更に下があるのか?

 

「ジュぺぺッタ!」

 

 凄まじくバッテンを強調している。その表情は恐怖で凝り固まっているようにも見えた。

 

「……行くなと?」

 

 ブンブンと首を縦に振る。食い過ぎで酔っ払っていたとは言ってもあれだけの戦闘が出来たジュペッタが恐れるモノってなんだ?

 

「ふむ……まぁ、身代わり人形分の代金にはなったか。じゃあもう好きに帰っていいぞ」

 

 では用は済んだとばかりにジュペッタ達は手を振り、その場から帰ろうと………………しない。居座ってやがる。なんだかもう相手するのに疲れたな。今日はもう、これ以上俺の精神がダメージを受けるような事は無いと思う。

 

「ここの調査するから、お前達は俺の邪魔するなよ?」

 

 さて、気分を入れ替えて調査をしよう。とりあえず現状、この部屋の中で目に付くのは大量のカゲボウズ達……はいいとして、中央にある複数の石版とそこの壁に寄生したように張り付いている巨大な結晶体か。あれはもう結晶体というよりは結晶塊と言ったほうがいいな。あそこまで凄まじい大きさだと、売ればきっと素晴らしい値段になるだろう。

 

 時間がかかりそうなのは確実に石版だな。先に石版を解析するか。

 

「おらー、そこ除けー」

 

 蜘蛛の子を散らすならぬカゲボウズを散らす……ダメだ。なんかもう気力がなくて頭が回らん。石版を眺めてみるがやはりちんぷんかんぷんで訳がわからない。絵でも付いていたら予測できるのだけれども。

 

 とりあえず楽ができないか確認を行う為にカメラを取り出して、石版を軽く一枚写す。撮ったデータを確認してみるが、確認した画像は完全にブレてしまっていてぐにゃぐにゃと歪んでいる。これでは石版の文字を解読することは出来そうにない。

 

「……手書きか」

 

 手書き……今更ながらジュペッタに絵で説明してもらった方が楽だったか? ……ダメだ。思考がマイナスに振り切れてきている。

 

 軽くマスクの上から軽く顔を叩いて気合を入れ直す。

 

「なんか楽そうな石版から写すか」

 

 これでも手先は器用な方だ。模写すること自体は、文量によってはそこまで時間はかからないだろう。模写し終わった石版には印をつけておけばいい。

 

「さーて楽そうなのはどれでっしゃろか」

 

 1枚目は文字が多いからパス、2枚目……もパス。なんだか一部文字が禿げてしまっている。きっと風化や侵食が原因であって、俺達の蛮行が原因という訳ではないはず。3枚目……ちょっと絵による補足みたいなのが入っているな。抽象的というか独特というか……線が捉えづらい、パス。4枚目……4、まい、目?

 

 4枚目の石版を流し見て、一瞬呆然としてしまった。砂漠の砂嵐のような絵の中に、いくつかの家のような物体の中にナニカ達が潜んでいる……ないしはシェルターのような物にナニカ達が隠れている様子が複数個描き込まれている。そして、その中央に描かれているのは、少なくとも昔のこの地方には居なかったはずのポケモン。

 

 そのポケモンは金の靴を履いたような四足で砂漠を歩いているようだ。

 

 しんと周りから音が消え、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえてくる。動いていたのに水分補給をしなかったせいか喉がやけに乾く。ついでに唇や口の中もカラカラに乾いてきた。頭が理解を拒否している。

 

 そのポケモンは砂嵐の中でもかなり目を引く。朧げな白銀のように神々しく感じさせる白に近い灰色の毛皮に、グレーの皮が腹を超えて首元まで達しているのがわかる。そして胴体には金で出来た装飾のようなものがくくりつけられているようだ。

 

 砂漠全体の絵に対してこのポケモン絵はとても小さく、細かく描かれているはずなのに……圧倒的な存在感によって否が応にも視界に強調されてしまう。

 

 どれほど強く思い描けばこうなるのだろう。そしてそこに込められる感情はいったいなんだ? 喜びか? 悲しみか? 怒りか? 怨みか? 妬みか? いや、どれも当てはまるようには思えない――

 

「アル……セウス?」

 

 口の中が乾ききり、皮が張り付いたような感覚の中、とても小さくその言葉が漏れ出てくる。

 

 ――俺には今の俺と同じように、圧倒的なほどの疑問と困惑、そしてまるで災害にでも遭ったかのような諦念で構成されているように感じた。

 

 




実はこのジュペッタの性別は♀

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