カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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合流と集団墓地

 網代笠達に急がされて走って帰ってきて見れば、死屍累々と言うべきかベースキャンプ守備陣営がボロボロになっていた。キャンプベースも一部崩壊してその中身を外へ晒しているし……本当にいったい何があったと言うのか。

 

 ワカシャモの応急手当をしていたハルカの手伝いをしながら大まかな話を聞いて状況を整理してゆく。サマヨールによる襲撃……しかも聞く限りに道具持ちだな。

 

 なるほど、どうしてこんな状態になったかは理解できた。ただ、その分色々と疑問も出てくる。

 

 なんで俺達が入ってきた瞬間に襲撃が行われなかったんだろう。降下途中の相手なんて致命的な隙を晒しているのもあり、完全に的だろうに。今回のは単に戦力が二手に別れたから片方が襲撃された感じなのか? それとも他に何か理由が? もしかすると、ジュペッタが近づくなと言っていた更に下にあるナニかに関係があるのだろうか?

 

「ピンク色に光る輝石を身につけたサマヨール……となると多分だが進化の輝石持ちサマヨールだな。こっちで考えるとかなり出会いたくないタイプのポケモンだ」

 

 技スペースという縛りから開放されている輝石サマヨールさんとか、俺でも真正面からはあんまり戦いたくはないな。基本的で便利な補助技である【おにび】や【いたみわけ】だけじゃあなくて【めいそう】や【みがわり】、【ちょうはつ】から【かなしばり】、果てには【トリックルーム】も使える訳だろ? それに攻撃技まで付くんだから、まともに戦ったら面倒なことこの上ないぞ。

 

「その輝石って道具はどんな効果があるの? 【くろいまなざし】を強化させるとか?」

 

 すごい真面目な顔をしているが、なんで戦闘から逃げられなくなる【くろいまなざし】限定なんだ? あれを強化しても何の意味もないだろうに。

 

「いや、そんな効果はないが……単純に進化前のポケモンが持つと、ポケモンの基礎能力である物理防御力や特殊防御力を1.5倍に強化するんだ。サマヨールは元々物理防御力、特殊防御力が高いポケモンだからな……事前のメタ対策なしでよく押し返せたもんだよ。死屍累々ではあるけれども、戦果としてみれば素晴らしい部類だ」

 

 多少キツめの犠牲が出ているが、普通ならそのまま圧倒されていた可能性の方が高いだろう。10回に1回の勝利をギリギリで引いたようなものだな。

 

「なんとかできたのはナックラーがボロボロになってまで奮闘してくれたのと、ガーディが自分で石を使ってウインディに進化してくれたからなんだ。それに、ぶっちゃけちゃうと倒した訳じゃなくて、契約が切れたとか言って何事もなかったかのようにそのままサマヨールが消えて帰ったの」

 

 奮戦していたナックラーの傷は特に酷く、冗談抜きで死にかけの状態だった。全身の擦り傷や打ち身がかなり酷い為、全身にミイラのように巻かれた包帯は毎日取り替えた方がいいだろう。病気にならないようにしっかりと注意しながら安静にさせなければ。

 

 改めてナックラーに目を向ける。土壇場の元気の欠片が効いたのか、とりあえず最悪の山場は越えたものの未だ意識が戻っていない。顔色もいいとは言えないし……まったく、どうしてこんなになるような無茶な戦い方をしたのか。遺跡に近づく前にフライゴンが飛んできたのと関係があるのかね……あるんだろうなぁ、きっと。

 

 そしてサマヨールは倒した訳ではなく、その場から帰っただと? どういうことだ? それと契約? サマヨール、もといポケモンが従う契約ってなんだ?

 

 ここまで考えてふと、牛丼屋でケントさんから聞いた一言を思い出した。『まるで魔法使いみたいじゃった』と。契約……魔法……存在するのか? ここにも? わざわざそんな七面倒臭いようなことを行う理由は?

 

「ちなみにその対策ってどんなやつ?」

 

 思考の途中で現実に戻される。そういえば注意ポケモンは教えたが、メタ対策まではまだ教えてなかったな。もう少ししてから教えるつもりだったけど、こういう事があったんだ。今後は最優先で覚えさせるようにしよう。

 

「サマヨールの対策は結構単純でな。【はたきおとす】で進化の輝石を落とさせたり、【トリック】を使って相手から進化の輝石を奪うんだ。【トリック】の場合はついでにお邪魔アイテムを押し付けられたら尚良しだな。サマヨールは防御力は素晴らしいが体力自体は少ないから、進化の輝石さえなくなってしまえばどうにかできる」

 

 進化の輝石無しでもかなりの耐久を誇るが、ない方がまだ相手にはしやすい。そもそも輝石を持たれた状態で【めいそう】されてしまったら、もう目も当てられない事態になる。

 

「あとガーディ……もとい炎タイプで物理攻撃が強めなウインディが仲間にいたというのが幸運だったな」

 

「そうなの?」

 

 激闘を終えたせいで頭が軽くオーバーヒートしているようだが、かなり綱渡りだったんだぜ。ただ、その綱渡りの代償として【ねっぷう】や【フレアドライブ】、【げきりん】を覚えずに進化させてしまった。しかし、技に関しては網代笠の件と同じように調べればなんとかなるかもしれないから、そこまで嘆く必要もないかもしれない。

 

「【ひのこ】のような特殊攻撃だと【めいそう】を積まれて特殊防御力を上げられて対策されるだけでなく、同時に特殊攻撃による火力も上げられちまう。だからといって物理攻撃を主体としたポケモンでも、炎タイプ以外だと【おにび】で機能停止させられてしまう」

 

 炎タイプ以外で戦いになる物理攻撃型のポケモンは、特性:脱皮によって自力で火傷状態を切り抜けられるズルズキンぐらいだろう。他のポケモンはそうなったら、後はもう養分にされるだけ。最悪【いたみわけ】じゃあなく【ねむる】で全回復されてボコボコにされるだろう。一応他の方法として一撃必殺技で屠るという方法があるが、これは対処法というよりはどちらかというと賭けに近いから説明はパス。

 

「だから炎タイプであるウインディの【かみくだく】や【フレアドライブ】等の物理攻撃がサマヨールには一番だ。ウインディも本能的に感じ取ったのかもな」

 

 それとも単純に部屋の環境的に炎技が禁止だったからか。今の説明を聞いて理解し始めたせいか、だんだんとハルカの顔から汗が噴き出してきた。

 

「……なんだか改めて冷や汗が出てきたかも」

 

 現実を理解してしまったか。

 

「今あるモノの内、何か一つでも抜けていたら最悪の未来に向かっていた可能性があるんだ。だから流せるうちに流しておけよ。ただ、それと同時に乗り切った自分にも自信を持て」

 

 最初の言葉は俺にこそ言われるべき言葉だ。はっきり言って今回の遺跡内での自分の行動は改めて見直してみれば目も当てられないほど迂闊だった。偶々相手が【めいそう】などで事前に自己強化をしていなくて、偶然相性のいいポケモンが仲間にいたから助かった。そんなような幸運が重なっただけに過ぎない。

 

 ハルカがだんだんと強くなってきてからは、ポケモンのデータを取る時などはバラバラに行動するようになっていたし、それに慣れてきてしまっていた。もしかすると無意識のうちに自分の時間が残り少ないからと焦るあまり、色々と効率を求めることにかまけていたのかもしれない。

 

 保護者の位置取りというモノを完全に忘れてしまっていたのだ。こういったことが起きないように、今後は街以外ではあんまり単独行動させないようにするべきだろう。このようなことが起きないように自戒する。

 

 そう心に決め、ナックラーの容態の最終確認を終えた。

 

「ナックラーは当分食べ物は全て流動食な。あとバトルも厳禁だ。包帯はハルカが毎日取り替えてやってくれ」

 

「包帯の巻き方はさっき教えてもらった方法でいいんだよね?」

 

「おう。最初のやり方じゃあ負荷がかかりすぎるから気をつけろよ」

 

 全員を一気に簡易治療したせいかアルコールや湿布、新品の包帯の匂いが、琥珀色から茶色に近いような色に変化した部屋全体に広がってしまっている。なるべくならこんなになるまで効力の強い薬の類は使いたくないんだが、今回のは流石に木の実で治せる範囲を超えているからなぁ。

 

 そのせいで、今回のMVPこと土壇場で進化してちょっと凛々しくなったウインディが、鼻を押さえてながら蹲って軽く唸ってしまっている。

 

 まぁ、俺でもちょっと薬品臭さがキツく感じるのだから仕方ないっちゃあ仕方ないだろう。しっかりとした設備があれば別なんだけども……

 

 肩や首周りに湿布を貼った状態でパイプ椅子に座っているハルカも、匂いの発生源が顔に近いせいか少し顔をしかめている。俺が知っている限り、向こうの湿布よりも匂いがとてもキツい代わりに効能が段違いに良いんだから貼ってる間ぐらいは我慢しんしゃい。

 

 あと鼻血止めや匂いを防ぐ為に鼻に丸めたティッシュを突っ込んでいる状態を維持するのはどうなんだろうか。もうちょっと最初の頃のような恥じらいやらなんやらを思い出して欲し……いや、思い出してみれば最初の方もあんまり恥じらいはなかったわ。

 

「ああ! そういえばキョウヘイ先生の方はどうだったの?」

 

 こいつ、視線に気がついて話題変えにきやがったな。

 

「どうも何も、【てだすけ】で強化した【バウンドガン】と【スモークショット】を撒き散らしてから【かげぶんしん】の群れを突っ込ませて、最後に自分達が突っ込んでから個別戦闘をして終わりだ。無事……無事? ジンベイザメマスクは取り返せたし、ジュペッタ達が待ち受けていた部屋に石版があったから文字や絵を写してきたぞ」

 

 そう言いながら石版の内容を写したものを取り出して軽く見せる。

 

「【しろいきり】や【スモークショット】は便利な反面、当たり前だが自分で相手を探すにはコツが必要になるし、目がいいポケモンには効果が薄いのが難点だな」

 

 本来ならアレに御神木様の【タネばくだん】や【タネマシンガン エアバースト】で音と衝撃を加えるんだが、今回は落盤が怖いからできなかったしなぁ。御神木様や大賀に【フラッシュ】を覚えさせてフラッシュグレネードもどきを作れるようになれば、これからの戦闘が更に楽になるだろう。

 

 ゲームでは石の洞窟で貰えるのだが、こっちでも貰えるとは限らない。やっぱり地道に探すしかないか。

 

「……【スモークショット】?」

 

 何故か驚いたような顔をしている。

 

「【タネマシンガン】に【しろいきり】を足した大賀のオリジナル技だな。攻撃力はほとんどないけれど、離れた場所に【しろいきり】を発生させることができるんだ。こいつを使って奥までしっかり【しろいきり】を広めたんだ」

 

 これ結構便利よ。

 

「へぇ……あれ? いつの間に御神木様以外にも技の組み合わせが出来るようになったのさ」

 

 伝えてなかったっけか?

 

「街から出るまで時間あったからな。色々していたんだ」

 

 弾丸開発とか、弾薬開発とか、訓練とか。思い返してみると【タネマシンガン】関係の事柄ばかりだったな。

 

「全然気がついてなかったかも」

 

 ハルカは日課の訓練以外は図書館で色々と調べ物をやってたみたいだし、あんまり部屋に居なかったからな。

 

「まぁ話を戻して、そんな感じで相手の視界を封じてから戦闘してた。多少【ねんりき】っぽい何かや威力の落ちた【シャドーボール】を食らわされたけど無事倒せたし」

 

 そう言うと、ハルカの表情が一瞬不思議そうに顔を歪めてから面白いように変化する。

 

「それ、体は本当に大丈夫なの? 今痛みを感じていないだけとかじゃあなくて?」

 

 確かに骨折しても無痛なせいで気がつかないというケースがある。だけど、今の俺には当てはまりそうにない。

 

「何度も全身を叩きつけられた割には、別段体のどこも痛みはないな。ほら、全身スムーズに動かせるぞ」

 

 そう言いながらその場でバク宙を2連続で行う。叩きつけだとかで結構ダメージ食らったと思ったんだがね。なんだか久方ぶりに妙に体の調子がいい。爽やかな朝を迎えたような気分というかなんというか……今ならトライアスロンで新記録を狙える気がする。

 

 それにしてもなんでこんなに体調がいいんだろう。いつの間にか無くなっていたあの結晶塊や、いなくなっていたジュペッタ達が関係しているのだろうか?

 

「……じゃあなんで夕立がずっとキョウヘイ先生を見てるの?」

 

 その場でくるりと右に回ると、夕立と目が合った。どうやらベースキャンプへ帰ってきてから、治療している間もずっとテント入り口の影から夕立がじっと覗き込んでいたようだ。

 

「俺もよくわからないんだよなぁ……なんか最近よそよそしいというか、警戒されているというか、観察されているというか……本当に何なんだろうなぁ……」

 

 結構ショックを感じている。嫌がられるようなことしたっけかね。行動を改めようとしても記憶にないから改めようがないという。

 

「御神木様達は?」

 

「変化は特にないな。夕立だけ」

 

「……へぇ?」

 

 その変な含みが怖いんですけど。本当になんなんだろうか。

 

「……とりあえず、考えながら崩壊したテントの撤去してくるわ」

 

 そう言ってテントから出ると、やはり後ろから夕立が一定距離を空けて付いてきた。色々と行動を思い返してみるも、やはり心当たりはない。

 

 それでも何か理由があるはずだと手を動かしながら考え続けていると、ある種の天啓のような閃きによりある言葉が頭の中に浮かび上がってきた。

 

 まさか臭うとかか!? 加齢臭なのか!? ないと思いたいが、自分では気づいていないだけという可能性もある。これを否定することができない。しかし直接風呂に入ることができないとは言え、お湯で濡らしたタオルで全身を拭ったり、水洗いぐらいはしてきたぞ!?

 

 後でそれとなくハルカに聞いてみるか……なんか更にテンションが下がった気がする。

 

   ◇  ◇  ◇

 

 流石に部屋の色の変化や襲撃があったことを考えると長居すべきではない気がするという意見が一致したため、軽く仮眠をとってからキョウヘイ先生やこの子達と一緒にテントの片付けを行う。それにしても、所々で匂いを嗅ぐような仕草をしているのはなぜなんだろう? 服に薬品の匂いが染み付いたのかな?

 

 何度も屈んで物を持ったり、腕を伸ばしてバックパックへ入れる動きをしている事から察するに痛みや疲れは感じていないように見える。でも本当に体に問題はないのだろうか? キョウヘイ先生は気づいていないみたいだけれど、夕立が露骨なだけで御神木様や大賀、網代笠も時折ちらりと様子を見ているというのをわたしは知っている。

 

 キョウヘイ先生は別に問題ないと言っていたけれど、特に大賀が戻ってきて御神木様と少し話してから御神木様がキョウヘイ先生を確認する回数が増えたというのも気になる。本当に何事もなかったのならこういう行動は取らないはず。

 

 それにさっき言っていたジュペッタとの戦闘方法にも疑問が残る。どうやってキョウヘイ先生は濃い【しろいきり】の中で相手を見つけたんだろう? 元々が暗闇で視野が狭くなるデメリットがある。それなのにそこへ更に【しろいきり】を出すと、普通の人ならライトがあったとしても霧に光が反射されてしまって、視界が真っ白になり何も見えなくなってしまうと思う。

 

 実際、部屋に突入してすぐにカゲボウズ達から攻撃が飛んで来なかったということは、カゲボウズ達は【しろいきり】の中では相手を見つけられなかったという事だ。

 

 これが目がいい網代笠が見つけていたのなら理解できるけど、さっきの言い方だとそもそも自分が相手を見つけられることに何の疑問も持っていないみたいだし。

 

 キョウヘイ先生ってどういう訳か普通と異常の境で曖昧な所がある。自分の体について調べているはずなのに、時々今回の事のように自分の体が異様なことに気がついていない事もあるし。

 

 この辺りの事はどれだけ考えてもわからないままだ。

 

 とりあえず早めに片付けて、素早く残りの通路を確認してから脱出しよう。場合によっては早めにダイゴさんの依頼を終えて、一度どこかの病院でまた検査してもらった方がいいのかもしれない。

 

 そう決めて片付けに勤しんでいるうちにふと、いつの間にか呼吸が苦しくなっていないことに気がついた。

 

「あれ? 最初の頃より呼吸が苦しくない?」

 

 最初にベースキャンプを造った時は息も絶え絶えだったのに、今は呼吸が全然苦しく感じない。流石にこんなに早く空気の薄い環境に慣れるということはありえないだろう。一つの事柄に気が付けば、連鎖的に気がつくものもある。吐く息が白くなくなっているのだ。遺跡内部が毛布がいらない程度には暖かくなり始めているようだ。

 

「何か変なものでもあったか?」

 

 わたしの素っ頓狂な声を聞いたキョウヘイ先生が、パイプ椅子を抱えた状態でやってきた。入れる途中だったのだろう。

 

「いつの間にか呼吸が楽になったなぁって」

 

「そうなのか? 本当にここは訳がわからないな」

 

 うーん……部屋の色が変わったから呼吸が楽になったのかな。それとも、あの轟音が中央奥の通路から響いたせい? そういえば部屋の色の変化の始まりやサマヨールが帰った理由もあの轟音だし。なんにせよしっかりと調べる必要があるかも?

 

 全体を見回すと、ベースキャンプがあった名残はいつの間にかもうほとんど残っていない。そろそろ片付けが終わりそうだ。

 

「ハルカはどっちの通路から調べたい?」

 

 相変わらず不気味なチェシャ猫のマスクを被っているキョウヘイ先生が、チェック表を片手に持った状態で訪ねてきた。

 

 調べたい方か……片方はウインディがガーディの頃に反応していて、もう片方はサマヨールが出てきた通路。サマヨールが人の頭の中で散々排除と言っていたから、きっとサマヨールの契約はこの遺跡から侵入者を追い出すこと。となると、あのサマヨールは守護者的な存在だったということになる。

 

 お墓って印象は変わらないし、守護者というよりは墓守かも。まぁそれはともかくとして、守るモノが居るってことは見られたくない、隠したいものがあるという事だ。

 

 それはきっとお宝に違いない! うーむ、そう考えるとサマヨールが出てきた通路があやしい気がする。改めてベースキャンプがあった場所の反対にある通路の入り口を眺める。なんだか心なしか、あの六角形の入り口が特別な部屋に繋がっているように思えてきた。

 

 思い込みとは恐ろしいものである。

 

「先に中央通路を調べたいかも」

 

「中央か……まぁ先に潰しておいた方がいいかもな」

 

 少しの沈黙の後に了承を得ることができた。キョウヘイ先生的には中央通路の先に気になるモノでもあるのだろうか?

 

「何か気になる事でもあるの?」

 

「いやな、ジュペッタに近づくなって言われた場所が、だいたい中央通路の奥にあるであろう部屋か、その更に下の辺りなんだ」

 

 ……ん? 戦っていたはずの野生のポケモンに忠告されるってどういう状況なんだろう?

 

「なるほど……? そこにナニかあるかもしれない訳だね」

 

 お宝かな? でも近づくなってことはそれだけ危険なのかもしれない。罠とか? 大きな岩が後ろから転がってきたり? 敵対状態なのに忠告されるってことは善意なのか悪意なのか……

 

「とりあえず近くに行ってみて、ヤバそうな気配を一瞬でも感じたら逃げよう」

 

「了解です隊長!」

 

「うむ。ハルカ隊員も準備を終えたら話しかけてくれ」

 

 そう言ってからキョウヘイ先生は御神木様達の所へ向かっていってしまった。何か確認するような内容でもあったのだろうか?

 

 片付け自体はほとんど終わりかけだったので、10分もしないうちにキョウヘイ先生に話しかけて中央通路を進み始める。

 

 網代笠を先頭に、ウインディが殿をして後方を警戒しながら暗い通路の中をライトの光で切り裂きながら進む。やはりこの中央通路も妙に切断面が綺麗な砂岩がずらりと並んでスロープ状の通路を作っているようだ。

 

「キノコッ!」

 

 しかし、そこから少し進むと今までと異なる点がニ箇所あった。一つは壁の模様が今までのものよりもずっと簡素になっている事だ。綺麗ではあるのに、今までのような気持ちのこもったものではなく、必要にかられただけのどこか事務的な処理のように感じてしまう。

 

 二つ目は――

 

「曲がらないのか」

 

 隣から小さな呟きが聞こえてきた。

 

 ――入ってすぐの通路は今まで通り通路は右に曲がっていたのだが、途中から直線的な下り坂になっている。ライトの光が届く範囲ではなかなかに急な角度となっているため、ここを人力で下るとなるとロープが必要となるだろう。

 

 今までの通路とはまったくもって違うということは、この先の部屋は今までのとは違うと遺跡そのものが声を上げて主張しているように思えてくる。本格的にお宝が眠っているのかもしれない。

 

「とりあえずどれぐらい斜面が続くのかを確認しよう。それから下りるかどうか考える」

 

 そう言ってキョウヘイ先生はケミカルライトを取り出し、軽く折ってから滑らせるように投げた。すると、ワックスでも塗ってあるのかと思えるるほどの勢いで直線的に滑り続けたケミカルライトは、途中で壁に当たってそのまま右にフェードアウトしてしまった。おそらくあそこで方向転換するのだろう。まだまだ斜面は続くということだ。

 

 滑り台にしたら人気が出るかも。勢いが強すぎるのがちょっと難点。きっと絶叫系に近い感じになる。

 

 おそらくワカシャモやウインディの力を借りれば降りられなくはないけれども……登るのは一苦労するだろう。かなり時間がかかりそうだ。

 

「どうするの?」

 

「……虎の子である穴抜けの紐1本じゃどうにもできんな。ここでもうあんまり無茶もしたくないし戻って最後の通路を進むか」

 

「はーい」

 

 残念だけれども、素直にここで引き返すことにする。これ以上無茶はできないのだから仕方がない。

 

 でもこの先にはいったい何があったんだろう? 軽い気持ちで耳を澄ませてみる。すると、ウインディ達やキョウヘイ先生の呼吸音の他に一定のテンポで何かが動いているような、機械的な音が聞こえた気がした。

 

 その場で振り返って通路の奥にある暗闇を凝視する。

 

 そのまま少しの間ライトも向けずに暗闇を凝視していると、だんだんと吸い込まれるような錯覚と共に、これ以上の侵入を拒まれているような気がした。何も見えないはずなのに、何も聞こえないはずなのに、何かを感じ取れるはずもないのに。そこには明確な意思のような物を感じてしまった。

 

「どうした?」

 

 不思議な感覚に身を寄せているといつまでも動かなかったせいか、キョウヘイ先生に声をかけられた。すると、先程までの感覚が一気に霧散する。どうしてわたしはあんな不思議な感覚に身を寄せていたのだろう?

 

「……いや、気のせいかも」

 

 どうしてかはわからないけれど――――これ以上この先に入ったらいけない気がする。

 

「その言葉はフラグにしか聞こえないんだよなぁ……」

 

 大丈夫だよな? フリじゃないぞ? と何度も網代笠と共に後方を確認するキョウヘイ先生を眺めていると、どこか少しだけ安心することができた。

 

   ◇  ◇  ◇

 

 残る最後の右曲がりの通路を2時間近くかけて通り抜け、ようやくたどり着いた部屋を覗き込む。そこには横の広さがテニスコート4つ分ぐらいの広さで、その中央に巨大な台形の岩が一つ鎮座しているだけだった。ここからはそれ以外何も見えない。

 

 網代笠先行の元、左右をしっかり確認してから中に入ると、何かが腐敗したような名状しがたい臭いが鼻に付いた。どうやらそこらじゅうからこの臭いが香ってきているようだ。臭いのせいか一部歪んですら見える。

 

「ここまできて最後は臭い地獄か?」

 

「ちょっと臭すぎてキツい、かも」

 

 ハルカの目には臭いのせいで軽く涙が滲んでいる。たぶん俺も鏡で自分の顔を見たら似たような感じになっているだろう。

 

 俺やハルカでこれなのだ。鼻がいいウインディは顎を捉えられたボクサーのようにフラフラと体を揺らし、完全にノックダウンされかかっている。よくもまぁ網代笠はこの中を動き回れるな。悪臭に耐性でも持っているのだろうか。

 

 入口で固まっていても仕方がない。早く探索を終えて、さっさとここを出よう。

 

「とりあえず右回りで部屋の中を探索、その後すぐに部屋から出るぞ!」

 

「了解!」

 

「キノコ!」

 

「…………」

 

 約一匹反応がない。あ、これマジであかんやつや! ウインディの目が危ない。

 

「ハルカ、すぐにウインディをボールに戻すんだ!」

 

「ごめんウインディ! ワカシャモ頑張って!」

 

「シャモ!?」

 

 代わりの犠牲者……もとい犠牲ポケはワカシャモが選出されたようだ。後ろの方で抗議が聞こえている気がするが気のせいだろう。そんなことに耳を傾けるよりも、さっさと部屋を調べて出るに限る。

 

 大きな台形の岩に近づくと、読めない小さな文字のような何かが上から下まで所狭しと彫り込まれている。今までのような整然とした並びではなく、まるで寄せ書きのように無秩序だ。

 

 墓地という予想からして、おそらくこれはカタコンベのような集団墓地の墓標なのかもしれない。しかし、どうして集団墓地なのだろうか? あれほどの技術を持っているのだから個別墓地にするぐらい簡単であるだろうに。集団墓地となる理由として考えられるのは大量の死者が出た場合や認識不能な死者が多い場合、憎しみにより個別の墓を造る気がそもそもない場合。あとは宗教的な問題か? 

 

 ただ憎しみならあんな聖域のようなものは必要ないはずだ。

 

 次に、もし仮に集団墓地が憎しみ以外の理由だとしても、彫り込まれた文字が無秩序になる理由がわからない。今までは高度な数学原理を元に書き込まれていたりしたのに、なぜだ?

 

 足早に大きな台形の岩の周囲を歩き始める。この部屋の奥行はそれなり以上にあるようで、少なくとも80m以上はありそうだ。ちょっと嫌気が差してきた。

 

「……あれ? 何か彫り込まれてる?」

 

 半分ほどまで歩いたところで、ハルカが大きな台形の岩の反対側に彫り込まれた文字を発見した。丁寧に、力強く彫り込まれているものの、寂しさや悲しみのようなどこかやるせなさを感じさせてくる。

 

 そのまま少し眺めてから紙にその文字を書き始めたところで、ハルカの様子がおかしいことに気がつく。何故か肩を震わせてそのままポロポロと無言で泣き始めてしまった。

 

「おい? どうした? 臭いがとうとう限界に達したか?」

 

「ごめん。なんだろう? よくわからないんだけれども、無性に悲しくて……」

 

 悲しい……悲しみか。俺も文字から少し感じたが、ハルカのようになるほど強くはない。やはりハルカは感受性が強すぎるのかもしれない。

 

「うーむ、なんだろう……この文字を見たときに感じたものを言葉にすると何が近い?」

 

 とりあえず悲しみ以外に何を感じたのかわからない。感受性の強いハルカのことだ。俺が掴めなかった何かを掴んでいるかもしれない。

 

「苦しみからの開放と冥福への祈り――それと怒り?」

 

 うん、具体的なのをありがとう。実はこの文字が読めるって訳じゃないんだよな?

 

「要はこれは墓石に彫り込まれる言葉か」

 

 R.I.P.、安らかに眠れ、ご冥福をお祈りいたします。意味はだいたいこんなところだろうか? しかし怒りってなんだ? 掘られている位置を考えるとこの集団墓地と関係があるはず。

 

 死者への怒り……ないな。それならさっきも考えた通り、少なくともここまで綺麗には作られないだろう。他に怒りを向けるものがあるとするなら……彼らが死んだ理由に対してか。殺人の加害者、病気あるいは……そう、自然災害そのもの。とはいえ、先程までみていた死者の名前の数的に考えて流石に殺人というのは可能性が低い気もする。流行病などは考えようによっては災害に統合できそうだ。

 

 となると……自然災害に対する怒り? そこまで考えて、何かが違うと勘が告げ始めた。いや待て。早まるな。もっとよく考えろ。何か見落としている気がする。

 

 そう。もっと何か、強大な力の塊がいたはずだ――

 

「――あ……グラードンとカイオーガ」

 

 ぽろりと口から言葉が漏れ出た。

 

 あとは今のところ一切情報が確認できないレックウザだ。関わっているのかわからないが正しく災害そのものであり、同時に殺人の加害者足りうる存在だ。

 

 特にグラードンとカイオーガが凄まじい戦を繰り広げていたというのは壁画で確認している。もし仮にだが、彼らがそれに巻き込まれたのだとしたら?

 

 となると、集団墓地にした理由は大量の死者が出たから。あるいは――識別不能になるほど死体に破損があったからか。文字の無秩序さ以外は辻褄が合うな。

 

 こう考えるとハルカの感じた怒りというのも頷けるし、俺が感じたものもだいたい含めることができる。また、一度で大量に殺されたとすると凄まじい怨みが篭っているはずだ。ジュペッタ達がここに集まるのも肯けよう。彼らからしてみればこの場所は酒の溢れる養老の滝のようなものなのかもしれない。

 

 ハルカも俺の口から漏れた言葉を聞いてこの発想に至ったのだろう。

 

「ということは何? そのジュペッタ達はここに眠る死者の怨みを食べに来ていたということなの? ちょっと理解できないかも……」

 

 ハルカの言いたいことは分かるが、少し感情移入しすぎと言うかこの文字に流されてしまっているような気がする。このままだと冷静になってから言いすぎたと後悔することになるぞ。

 

「あー……たぶん種族による感性の違いなんだと思う。要は俺達がマグロの解体ショーを見てだんだんと切り身にされていくマグロを美味そうと思うか、グロテスクだと思うかの差じゃあないかな」

 

 もしくはサザエやアワビの踊り食い。醤油とバターがあると幸せになれるな。他種族から見たらきっと似たような感情を受けるのだろう。とはいえ人間はどうやったって霞だけで生きていける訳でもないし、折り合いをつけるしかない。

 

「……うん、ちょっと言いすぎた」

 

 そんな話をしているときに、下からではとても見えづらいが大きな台形の岩の上に、何か盛られているように歪になっている部分を発見した。

 

「ワカシャモ、ちょっと俺を持ち上げてくれないか?」

 

「シャモ!」

 

 鼻が麻痺して効かなくなってきたのか、それとも臭いに慣れたのか、ワカシャモが先ほどよりも落ち着いたように見える。持ち上げてもらい、台形の岩の上に上ると、盛り上がりの部分をしっかりと確認できた。どうやら何か埋め込まれているようだ。

 

「さて、何が出てくるかな」

 

 墓荒らしに盗掘とか仏さんから怨まれそうだが、やるしかない。ノミとハンマーで盛り上がった部分を少しずつ手早く削ってゆく。岩自体は少し柔らかい材質のようで、ガリガリと削り出してゆくと緑色の石鹸石が5個と共に拳大の青い岩のようなものが掘り出てきた。

 

 この緑色の石鹸石、降りてくる最中にも拾ったけれどいったいなんなんだろうか。

 

「取れた?」

 

「それなりに採取できた――ぞッ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 物を拾い上げた奥に何かがある。それを拾い上げようと身を屈めた瞬間、この部屋全体が大きく縦に揺れた。どうにも拙い予感がする。拾い損ねたものを確認せずに採取袋に突っ込んで、大きな台形の岩から飛び降りる。

 

 同時に――――見計らったように一番奥の部分の天井が大きな塊となって落盤してきた。道具を取った瞬間にコレとはここの怨念を感じるな。笑い事では済まない。これ盗掘対策のトラップか!

 

「網代笠はボールへ戻れ! ウインディだ!」

 

 俺達の中で現状一番速いのはウインディだ。ハルカも理解しているからか、動きが早い。

 

「ワカシャモも戻って! 出てきてウインディ!」

 

 ボールの中で状況を聞いていたのだろう。ウインディがすぐさまハルカを自分の背中に乗せる。その後ろから発せられる凄まじい音が部屋全体に響き、呼応するように部屋全体がひしゃげるように壁が歪んでゆく。まるでこの部屋が亡霊の集団に握りつぶされていっているようだ。

 

「キョウヘイ先生!」

 

 ハルカが手を掴んで乗れと走っているウインディの背中の上から腕を伸ばす。それに合わせて手を掴む為に伸ばそうとしたところで、伸ばしきる途中で腕が完全に固まってしまった。手が震えて、脂汗が止まらない。心のどこかがそれだけはダメだと叫ぶ。そのせいか手を取る事ができない。

 

「キョウヘイ先生!?」

 

 ハルカの目が見開かれる。このまま脱出しようとしていたら、相手がまさかの拒否をしてきたのだ。当然といえば当然だろう。

 

「くそッ、自力で走る! そのまま出口に向かって走れ!」

 

 指示を聞いて猛烈な勢いで走り始めたウインディを追うように走るが、その前に後ろからだんだんと音が追いついてくる。落石による振動が地面を揺らしとても走りづらい。そのうちとうとう天井を走る衝撃に追い抜かれてしまい、目の前にも落盤が発生し始めた。落石を避けながら走る最中にも地面がたわみ、凹凸が生まれてゆく。

 

 それでもスピードを落としたら死ぬと自分を奮い立たせて、全速力で残った道を走り抜ける。

 

 崩壊し始めた部屋から勢いよく走り抜けると、タッチの差で少し遅れて部屋そのものが圧縮するように潰れた。出口の先では待ち構えるようにハルカとウインディが佇んでいる。

 

「何やってんのさキョウヘイ先生!」

 

 ハルカの怒気が凄まじい。怒る理由はわかる。でも、あの時手を取ったらもっと大変なことになった気がしたんだ……

 

「面目ない……」

 

 こんな状況ででももへったくれもない! と返されるのは目に見えている。この場で土下座して謝ろうかと考え始めたその瞬間、通路が轟音を響かせながら揺れ始める。

 

「後でしっかり謝るからワカシャモを貸してくれ」

 

「地上に出たら顔面に一回ぶん殴ります。ワカシャモ、お願い!」

 

「シャモ!」

 

 わーい敬語だー。上に出たら覚悟しておくべきだろう。ワカシャモの背中におんぶさせてもらい、走り始めた瞬間に――――第二陣の落盤が後ろから発生した。

 

 


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