カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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遺跡の中にあったモノ(下)

「は、ははは……」

 

 石版に記されている事実を頭で認識してしまったせいか、とたんに足から力が抜けた。重力に従って引きずり込まれるようにそのまま後ろの石版によりかかる。

 

 アルセウスが俺の言語野を弄ることができるのなら、記憶だって弄ることを出来てもおかしくない。むしろ利用するために率先して弄る事だってあるだろう。巨大墓地で感じた以上の喪失感と同時に、強い怒りを覚える。

 

 別に言語野程度を弄るのは構わないさ。だが! だがな! 俺という存在とその根幹を成す記憶そのものを弄られていて、最悪人格すら弄られている可能性があるだなんて、そんなことは認めたくなかった。しかし、アルセウスならそれを行うことができるのだ。

 

 現に、それこそ記憶の一部が封印されたように認識できていなかったり、そもそも思い出せずにいつの間にか置き換わっていた。原因として一番考えられるのは、アルセウスが俺をこっちへ連れてきたタイミングだ。

 

 人格すら弄ることができるのなら、どうして大勢いるであろう人の中から俺はここに連れてこられたんだ? どうしてアルセウスがカイオーガを見つけて、何に協力させようとしている?

 

「あはははは、ははははははッ」

 

 なぜ。どうして。そんな言葉ばかりが頭の中を埋め尽くして感情の整理がつかない。口からは狂ったかのように笑い声が漏れ始めてきた。最早自分の体なのにコントロールが効いていない。

 

「きょ、キョウヘイ先生? どうしたの?」

 

 完全にどうかしてしまったのかもしれない。どこか放心したかのように頭の中が真っ白になり、働かなくなってしまっている。

 

「もう色々と情報が出すぎてわからなくなってきた。俺さ、ハルカに言ったことなかったと思うんだけれど」

 

 だからなのか、言わなくてもいい情報がぽろりと出してしまった。

 

「実は異世界から、この石版に描かれているアルセウスに連れてこられたんだぜ? あの【あいいろのたま】を渡してきたのもアルセウスでさ」

 

 もういいから黙ってしまえと、心の中では冷静にそう思えるのに口が勝手に動き続ける。崩壊したダムの如くベラベラとしゃべり続けてしまう。まるで自分の口ではないようだ。

 

 ハルカが目を丸くしてから混乱したようにオロオロし始めたのが視界に入る。腕を動かして物理的に口を塞ごうと試みるも、そもそもその腕に力が入らない。どうしたものか。

 

「異世界から来たってのはなんとなくわかってた。ダイゴさんも感じていると思う。それにキョウヘイ先生は最初から異世界から来たとか言っていたし、それは今更だね。でも……このポケモンに連れてこられたんだ」

 

 驚きから一周回って落ち着いたハルカが静かに聞いてくれているが、俺の本心としてはぶん殴ってでも口を止めて欲しいところだ。しかし誰も物理的に口を止めてくれそうにないので、無理矢理にでも笑ってしまっている膝に力を入れてその場で立ち上がる。

 

 ハルカが不思議そうな顔をするのと同時に大賀が何を行おうとしているか気がついたようだが、目で制する。

 

 これだけは、絶対に邪魔をするな。

 

「そうそう。ついでにさ、ハルカがいつもやめてって言っていたマスクを含めた奇行は全t」

 

 そして、重大な失態を犯すような言葉を言い切る前に、自分で頭を石版へ叩きつけて鈍い音を響かせながら物理的にシャットアウトさせた。頭がチカチカするが叩きつけた痛みよりも、自分の口を黙らせる事が出来た喜びの方が大きい。

 

「…………あー……テステス……くそっ……すまん。錯乱してたわ。今の全て聞き流してくれ」

 

 驚愕で固まってしまっているハルカに対して少し威圧を込めて強めの声で言い切り、大賀からカメラを奪うように取って写真を撮るのを続ける。

 

「……うん。わかった。頭打ち付けていたけど、出血はしてないの?」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 少し怯えられてしまったが仕方がない。あの続きは誰かに言うようなものでもないし、誰にも聞かれたくもない部分だ。物理的に頭から血が抜けたからか、冷静になれた気がした。

 

 結構深いところまで切ったのかマスクの内側を伝う血が鬱陶しい。こりゃあ、後でメンテナンスしないとシミになるな。当分フクロウマスクは使い物にならないだろう。

 

 ……遺跡から出たらオオカミマスクにでも変えてしまおうかな。

 

 さて、流星の民が情報を隠匿しようとしたのもこれが原因かも知れない。自分達が古代人と呼称していたモノが人外だったのだ。歴史の根本から覆すような発見であると共に、自身の正気を狂わせるような事実としてあり続ける。一部の混乱は避けられないだろうし、発表したところで認められることはないだろう。

 

 場合によっては破壊されてもおかしくない。

 

「さっさと続きを終えて、幻影の塔で石版発掘してから病院へ行くことにしよう」

 

「……! そうだね……うん。早く終わらせよう! 約束!」

 

「おう。約束だな」

 

 少し引きつったような笑顔だが、笑顔は笑顔だ。様々な異様なものを見て、それについて感じ続けて、その結果体力を削ってしまって今の状態は空元気のようなものなのに、それでもハルカは気丈に振舞う。

 

 それに比べて、俺は責任者としての仕事を果たさずに、ハルカのこの強さに甘えてしまっている。なんたる体たらくだ。

 

 だからせめて、幻影の塔から帰ったら約束を果たしたいと思う――――

 

 ――――ただ、そこまで俺が持てばだが。今まで隠せていた歪みがどんどん大きくなってしまっている気がする。ハルカからこうも病院へ行くことを進められるということは、きっとそういうことなのだろう。

 

 事実、イツキさんに占ってもらったタロットカードの結果が必ず近いうちに起こると、どこか確信を持っていた。それでも病院へ行って無駄に残り時間を潰すよりも、こうして狂いながらも遺跡にいる方が自分の体の答えに近づけると思ってしまい、結局判断の天秤を自分の望む方へかたむけてしまう。

 

 やはり俺というものは大馬鹿野郎なんだと再認識できたな。

 

「8枚目のは……なんだろう。気持ち悪さを前面に出した黒いメタモン? あと……言葉では言い表せないような異様さがあるかも」

 

 そして、この確信はこのハルカの発言で固められてしまった。だからあとは覚悟するだけだ。今まで逃げ続けて、怯え続けてきたモノと対面する覚悟を。

 

 異様な雰囲気を醸す黒いメタモン。その姿を想像して背筋が凍る。歯がガチガチ鳴りそうになるのを噛み潰し、ぎこちなくだがしっかりと踏みしめるようにして歩く。

 

 その石版にはどこか暗い場所で古のものが微量に紫色に発光する魔法陣のようなものを書き出し、その中心には――――

 

『テケリ・リ! テケリ・リ!』

 

 その姿は不定形の黒いスライムのようでありながら、泡立つような細胞を瞬時に再構成してどんなものにでもなれる生物。

 

 ――――あの日、病院の屋上で灰になるまで焼いて殺したはずの、院長がショゴスと呼んでいた電車の車両程の大きさのモノが魔法陣の上に生み出されていた。

 

 描かれたショゴスは黒いスライムのような粘体の体をゴポゴポと泡立たせていて、複数の目や口、鼻、歯、(はさみ)、触手、長い舌、鱗、心臓のように鼓動する臓器等を粘液状の体のいたるところから生成しては崩壊させている。

 

「あ……うあ……くッ」

 

 それを認識すると危険信号のようなものが体中を走り始めた。不意に足が黒いタールのような粘液に飲み込まれてしまって、凄まじい力で足を潰されるような感覚に陥り、悲鳴を上げそうになる。

 

 だが、御神木様達が反応していない所を見るに、これは幻覚なのだ。あの日から消えない、厄介な幻覚でしかない。

 

『そもそも、俺の体はそんな簡単に壊れる事が出来るほど柔な代物ではないじゃないか』

 

 恐怖のせいか一瞬飛んでしまっていた意識を手繰り寄せ、お粗末な口に全力を込めて噛み潰し、脂汗を流しながら震える手でカメラを構えて写真を撮ろうする。しかし、どうにも上手くいきそうにない。

 

 そんなこんなで悪戦苦闘していると、すっとハルカにカメラを掻っ攫われた。

 

「カメラ、撮れないんでしょ?」

 

「……すまんね」

 

 石版を直視しているとドクンと今まで以上に心臓が鼓動する。これを見る度に恐怖と頭痛に苛まれていたはずの頭から、やはりまるで封印されていたかのように記憶が解放されてゆく。

 

 ああそうだ、確かに焼き殺した。液体窒素で凍らせても、王水で溶かしても死ななかったモノ。先輩が先生と言って飲み込まれて一体化したモノを、灰になるまで焼いたはずだ。

 

 そう思っていたのに。どこかを記憶が否定してくる。これはいったいどう言うことなのか。

 

「……ショゴスという不定形の生物だ。見つけたら絶対に戦うな」

 

 記憶では炎で殺せたはずなのに、その情報を渡すべきじゃあないと感じている。それに従ってこの情報は伝えないことにした。確かに14歳の少女に、こんな生物の殺し方など教えるべきではないのかもしれない。

 

「ショゴス?」

 

「たぶん……部屋中にある【黒いタールのような液体】はこいつが這いずった跡だな。凄まじく高い可塑性(かそせい)と延性を持ち、必要に応じて自在に形態を変化させ、石版に描かれている通りさまざまな器官を発生させることができる。この様子だと襲撃を受けた側が生き延びれたかどうかはわからない」

 

 飛び散っているものもあるから、もしかするとポケモンの力ならばショゴスを殺せるかもしれないだろう。しかし、可能性程度で命を危険に晒すぐらいなら、確実性を取って逃げた方が万倍いい。

 

「絶対に戦わないで逃げるように心がけます」

 

「出会わないのが一番なんだがな」

 

 ショゴスの絵を視界から消す為に早めに次の列にある9番目の石版へ移動する。覚悟を決めて見た絵ですら膝が笑っているのだ。もし実物を直視してしまったらどうなるのか……その結果を想像するのに難しいことはない。

 

 9枚目の石版には、魔法陣の上で少し小さくなったグラードンやカイオーガが円状の檻のような物に入れられて眠っていて、その周囲に3匹の古のものが屯している様子が描かれている。

 

 同時に、背景に描かれている物がおかしいことに気が付く。カイオーガは赤い溶岩の中央で眠っていて、グラードンは地底湖のような水の張った場所の中央で眠っている。また、檻の中で単純に眠っているだけという訳ではないようで、先程の石版では血のように見えた細い物が周囲からカイオーガやグラードンに流れ込んでいる力の流れというものを意識して描かれていらしい。

 

 そんな状態のカイオーガやグラードンに対して、古のものが檻の下に追加の魔法陣を書き込んでいる構図が描かれていた。

 

 やはりカイオーガやグラードンは予想通り死んでいなかったようだ。さっきも思ったがあれで死んでいたのなら俺がアルセウスから受けた契約の意味がわからなくなるもんな。

 

 その状態をまじまじと見て、ふと、ある発見をした。

 

「あれ? グラードンとカイオーガの姿が変わってる?」

 

 ――ハルカも気がついたらしい。あのメタ状態に似た姿ではなく、俺がよく知るゲームでの姿にいつの間にか変化していたのだ。今まで石版を見てきた中でこんな変化が起きる原因となりそうなものはただ一つ。

 

 アルセウスがカイオーガ達を襲った事だろう。力の流れがあの血のようなものなのだとしたら、先ほどのハルカの感じた見立て通り、やはり【あいいろのたま】や【べにいろのたま】はそれぞれカイオーガやグラードンの力で作られたということになる。

 

 その結果、力を奪われて弱体化して今の姿になったのか? じゃあ、もし仮に、俺の持つこの【あいいろのたま】がカイオーガに渡ったら……カイオーガは先ほどのメタカイオーガのような姿になる?

 

 アルセウスはあのメタカイオーガのようなものを求めているということか?

 

 古代の力をカイオーガが取り戻した場合、災害の酷さはきっと俺の知るものよりも激しく、荒れ狂ったようになるだろう。そんな存在に何を協力させるつもりなんだ。

 

 ……それにしてもどうしてカイオーガを溶岩の中央へ、グラードンを地底湖のような場所で檻に入れて眠らせているんだろうか。二匹の特性や生態を考えると逆だろ?

 

 周囲から流れ込むように線が描かれているところを見るに、カイオーガ達に何かを流し込んでいるのか。それともカイオーガ達が何かを吸い出しているのか。どっちだ?

 

 ……ああ、いや。これはあれか。古のもの達による対処だからこれで正しいんだな。カイオーガやグラードンの()()()()()()()()に、生態的に真逆の場所に捕らえているのか。となると、あの細い線はカイオーガやグラードンが自身の体力を回復させる為に、周囲の環境からエネルギーを取り込んでいるのかもしれないな。

 

「ハルカはどう感じる?」

 

 写真を撮り終えたハルカに聞いてみる。

 

「失敗したってだけかな」

 

 なるほど。端的だが違う視点でとてもありがたい。失敗ね……グラードン達に何をしようとしていたんだ? 相手に直接仕掛けるようなもの……拘束はもう檻の中に入れている訳だし。拷問……のようにも見えない。

 

 干渉? ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。その次に何に? と続く。カイオーガやグラードンに干渉しようとして失敗したってことか? 恐らくこの様子だと、予想以上に体力の回復が早かったのかもしれないな。

 

「うわぁ……えげつない……」

 

 いつの間にか10枚目の石版の写真を撮影するために移動していたハルカが絶句したような反応をする。どうにも次の石版にはなかなかアレな内容が描かれているらしい。

 

 ……今更だな。ほぼ全てがえげつないようなものだ。10枚目の石版を隣から覗き込んでみると、ハルカが絶句した理由も理解出来た。

 

 9枚目の石版に描かれていた場所からカイオーガ達を檻ごと移動させたのだろう。星明かり一つないような暗闇の中で、檻に閉じ込められているカイオーガやグラードンに対して、いくつかの青い炎の灯った蝋燭のようなもので囲んでいる。

 

 蝋燭で囲まれたカイオーガ達は、岩のような物をそれぞれの全身へ突き刺してねじ込まれ、滴れた血によって古のもの達が魔法陣を描いている様子が嬉々として描かれている。

 

 カイオーガの体からは太い線のようなものが流れ出ていて岩のような物に繋がっており、その岩のような物は鮮やかな藍色に光り輝いて強調されているように思えた。グラードンの方も同様の儀式が行われており、岩のような物は鮮やかな緋色に光り輝いている。

 

 先ほどの予想と組み合わせると、この線もエネルギー的なものだろう。流れからしてカイオーガやグラードンのエネルギーを岩のような物へ集めているのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら石版を眺めていると、ふと視界の中にあるエネルギーのやり取りと似たようなものをどこかで見たことある気がした。

 

 以前集めた石版系の情報を見返してゆくと、墓で見つけた3枚目の抽象的な絵がどことなく似ている事に気が付く。様々な物体からエネルギーを取り出して、一点に集中させたり、逆に一つの物体からエネルギーを取り出して様々な物へ移すという行為。

 

 もしかすると、あの意味の理解できていない文は、この石版と同じようにエネルギーの移し方を記しているのかもしれない。

 

 …………どうしてあんなところにそんな情報が残されていたのか不明だが。どんな関連がありそうか考えていると、急にハルカが自分のバックパックを漁り始めた。何か発見でもしたのだろうか?

 

「どうした?」

 

「……このグラードンと一緒に描かれている岩、あの遺跡で発見した赤い結晶の付いたあったかい岩に似ている気がして」

 

 そう言いながら赤い結晶の付いた5cm程の熱い岩を取り出して、石版と睨めっこし始める。確かにどことなく似ている気がしなくもない。あの緋色に輝いているのが結晶部分なのだとすると、石版に描かれている岩のような物はきっと、赤い結晶で覆われていたのだろう。

 

 以前、俺が煙突山の電車に乗った時に起きた火傷が本当にグラードンのせいだったのだとしたら、そのグラードンと同質のエネルギーを埋め込まれた岩に不用意に触って俺が火傷しかけたのも頷ける。まぁ、今手に取ってるハルカや拾ってきた網代笠達が火傷しない事についての理由はわからないが。

 

 カイオーガの方は藍色……青い結晶の付いた岩……道具の中に似たような物があったな。バックパックから湿った岩を取り出して確認してみる。これも石全体が青い結晶のような物に覆われているな。確かに道具の効果とカイオーガの能力を考えてみると関連があってもおかしくはないだろう。

 

 ありえるかも知れないと踏まえた上でもう一つ、巨大遺跡で発見した冷たい岩を取り出してみる。これもまた青白い結晶が石にくっついているが……となるとこいつはなんだろうか。伝説クラスの氷……となるとキュレム? あれも確か隕石と関係があったはず。準伝説まで加えるとフリーザーや……あ、レジアイス。

 

 そう考えると、さらさら岩はレジロックの力が元かもしれないな。レジスチルは……どうなんだろうか。とりあえず熱い岩と湿った岩に関しては関連していそうだと結論づける。 

 

 まだハルカは気がかりなのか石版に描かれた岩とにらめっこしているらしい。ハルカが調べている間に先に11枚目の石版を拝見し、またもや目が釘付けになった。

 

 そこには黄色い星のような頭部を持ち、それぞれの星の頂点には緑色の短冊を3つ付けていて、腹部にある巨大な瞳が見開いた状態の妖精のようなポケモンが、満点の星空の下に夜空を翔ける彗星のような物ととても太い線で繋がれている。このポケモンは――

 

「――ジラーチ……しかもこれ、願いを叶える瞬間だな」

 

 石版の中央では、古のものが先ほどカイオーガ達から生産していた赤や青に輝く巨大な岩のようなものが、握りこぶし大の赤い球体や青い球体へと変化し、ジラーチが目の前にいる古のものにその球状の物体を授けているようだ。

 

 とても喜ばしいことだったようで、これもカイオーガやグラードンが討ち倒された事を記した石版同様に、全体的に明るく嬉々とした感じに描かれている。

 

 隕石のようなものが巨大墓地に埋められていたのはこの交流のせいか。

 

「作っているのは【あいいろのたま】に【べにいろのたま】か? それにしてはアルセウスが作っていた物に比べてとても色が薄いように……」

 

 ……あ。これが【あいいろのたま】が二つある正体か!

 

 俺が持っているのはアルセウス製で、ダイゴさんがマグマ団の基地で奪還したのはこのジラーチ製の【あいいろのたま】と。石版の左隅に淡い色をした【あいいろのたま】のようなものと、同じく淡い色の【べにいろのたま】のようなものが描かれており、内部に文字のようなものが彫り込まれているようだ。

 

 これを作ってなぜ古のもの達は喜んでいるのだろう。

 

 関係していそうな出来事の記憶を掘り返す。俺がこの【べにいろのたま】もどきの情報を知ったのはシダケタウンでだ。思い出そうとすると、遺跡で何度も起きているようなズキリとした頭の痛みを感じ始める。

 

 ええい、邪魔をするな。そう自分に言い聞かせながら頭を振って痛みを意地で霧散させてゆくと、不思議とその時の詳細な記憶や情景が浮かび上がってきた。

 

 ダイゴさんがポケモンセンターに【べにいろのたま】を持ってきた時、俺はどうなった?

 

 拷問のような不快感の中、耳や目から血が流れて、体に力が入らなくなり体勢が崩れやすくなった。ああ……テンカイさんと電話していた時からノイズのようなものも感じたっけか。そういえばあの時、ラッキーの声はとても聞こえづらかったのに、テンカイさんやダイゴさんの声はやけに頭に響いたな。これのせいで俺の体がカイオーガに似ている可能性を考える必要が出た訳で。

 

 散々冷や汗や脂汗をかいてきたせいか、汗腺がバカになっているのかもしれない。どうにも先程から変な汗が止まらない。

 

 同時に先程まで見ていた石版の内、ハルカが失敗したとだけ感じ取った石版の内容が浮かび上がってくる。あの時俺は、どこか曖昧な印象の中から干渉という言葉がアレに一番当てはまっているように思えた。

 

 これらを総合して考えると――――

 

「――――これ、カイオーガ達への干渉用の末端か?」

 

 一種のコントロール装置と言い換えてもいいのかもしれないな。ああして俺にも効いたと言うことは、俺も操られる可能性があるのか?

 

 そこまで考えてから思考が現実に戻された。

 

 やはり、先ほど口を止める為に頭を石版に強く打ち付けたのがいけなかったのかもしれない。しかし、これはどこか非現実的じみて斜め上に吹っ飛びすぎた妄想の類なのだろうけれども、これが一番的を射ている気がしてならないのは何故だろう。

 

 ……自分があの拷問のような苦しみを経験したからなのかもしれない。

 

 しかし、これが本当にコントロール装置なのだとしたら、マグマ団やアクア団が欲する理由もわかる。組織的にカイオーガ達を操ることが出来るのなら、戦術機動に組み込むことだって容易だ。それだけで電撃的に一部の地方の制圧程度何ら問題なく行える。

 

 マグマ団ならそこから維持をするという難しい問題も出てくるのだが、アクア団の場合は人類抹殺すれば目標が達成できるから厄介だ。エリア……あるいは島ごと海に沈めるような荒業も行えるだろう。

 

 やはりアルセウス製やジラーチ製などは関係なく、どちらの珠も手に入れさせる訳にはいかないと再認識する。

 

「ここに設置されている石版はこうして古のものは繁栄出来たのだってその歴史と偉業を讃えているんだね」

 

 思考の海に浸かっている間にハルカは全ての石版の撮影を終えたようで、最後の石版を見ながら全体の石版について考察しているようだ。

 

 12枚目……最後の石版にはとてつもなく高度に発展した都市や祭壇のようなものと共に、拡張工事を行わされているショゴスや、ポケモンのようなもの達と戦わされているカイオーガやグラードンが描かれている。

 

 建造物は最初の頃に見かけた幾何学法則を恐ろしく歪めたような、暗闇のように黒い塔から球体のようなものまで様々あり、公園らしき広場や大きな川、どこか現実味のないデザインの巨大な橋、テラスや管のような通路など細部にまでこだわって描き込まれている。

 

 同時に、どの古きものもあの銃のような筒状のナニカを持っていない。おそらく、ショゴスやカイオーガ達が前線に立つようになって、自ら持つような武器が必要なくなったのだろう。

 

 この石版に描かれた都市には力強くしっかりと根付いた文明と彼らにとっての幸せが詰め込まれていたのだ。

 

 しかし、これだけ高度に発展した都市や幸せを手に入れた古のもの達は【主】……もといアルセウスによって滅ぼされてしまう事を俺達は既に知っている。

 

 なにも石柱にそう彫り込まれていたからと言うだけでそう思うのではない。こんなにも高度な文明を築き上げたのに都市の名残すら見かけた覚えがないだけでなく、古のもの自体を見かけることもないからだ。

 

 そして、その古のもの達の滅びについては――――きっとあの岩で簡易的に封印されている奥に記されている。でなければ、わざわざ隔離する理由が他に思いつかない。多分だがそこにレジロックも関わってくるのだろう。

 

 いったいどうして彼らはアルセウスに滅ぼされたのか。どんな風に滅ぼされたのか。その答えを知る為に、やはりあの岩を破壊しなければならない。

 

「……岩を破壊する。大賀は準備をしておいてくれ」

 

 ウインディ達には後方を警戒してもらい、御神木様達は岩が破壊された瞬間に前方から攻撃されないように待機してもらう。

 

「よし、【かわらわり】」

 

「スブブブブ!」

 

 しっかりと踏み込んだ右手の一撃が岩を叩き割り、その岩の破片が奥へ吹き飛ばされてゆく。入口が開いたことで、内部に封じられていた臭いが解放された為、ウインディが嫌な顔をしているのがわかる。

 

 そのまま少し待ってみたが、崩壊も襲撃もなさそうだ。あとはこの臭いの元やレジロック、内部に残っていそうな石版について調べるだけだな。

 

 こちらは電気が通っていないようで、視界のほとんどを暗黒が占めている。しかし、奥からは何故かオレンジ系の暖かい光が漏れ出ているようだ。懐中電灯や網代笠のヘッドライトを頼りにして、警戒しながら奥の光のもとへ向かって通路を進んだ先には、先ほどよりは少し小さな空間があった。

 

 どういう原理になっているのかはわからないが天井がオレンジ色の光を発しているため、ライトは消しても問題ないだろう。どこぞの猫型ロボットのコケ並の光量はありそうだ。

 

 周囲を見回すと7枚の石版があった。また周囲に飛び散っている毛のついた腐った肉片や、同じく飛び散ったショゴスが通った跡である黒いタール状の粘液を見つける。そして――――

 

「まじかぁ……」

 

 ――――奥の壁の結晶に、2m近くの歪な人型に近い窪みがあった。丁度、壁に埋め込まれていた物が壁から出て来た事によって出来たような感じだ。十中八九ここで眠っていたレジロックが壁から移動して出来た跡だろう。

 

 マグマ団か、流星の民か、その他第三勢力かはわからないが、既にレジロックは目覚めていたのか。

 

 


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