カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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一番最後のお話は本編に直接的に関わる内容ではなく、本作の外伝のような扱いとなっています。めんどいと思ったら読み飛ばしてしまっても大筋的に問題はありません。


アーカイブ9

~~こんなのできない?~~

 

 ホワイトボードとポケモン用の少し小さな円形のテーブルを設置し、その上に絵で描かれた大まかな資料を配る。そのまま慣れた流れでテーブルを囲むように部屋にいる全員が座り始めた。

 

 なぜか夕立は俺の膝の上が定位置になってしまっているけど、本当にそこでいいのか? 暑くないの? 暑苦しくないの? 額をうりうりと撫で回すが離れる様子はない。

 

「ブイッ」

 

 いいらしい。

 

 ……まぁ、俺の体温は一般人に比べるとかなり低いしな! 今の時期は膝の上の方が外よりもかなり涼しくて過ごしやすいか! あはははは!

 

 はぁ……最近更に体温が下がった気がするし、もう本格的に時間がないのかもしれんね。まぁだからこそ、今教えられそうな知識を突っ込もうとしている訳だが。

 

「さて、これより定例の技術研究会議を行う! 普段通り司会、進行、書記役は俺だ」

 

 網代笠から順に視線を送るが異存はないらしい。別に大賀が役をやってもいいんだぜ? そんな視線を向けてみるが、すっと目線を逸らされてしまった。

 

「本日の議題は【タネマシンガン】の弾頭形の変更だ」

 

「クギュ……」

 

 御神木様達からコイツ変なこと言い始めたぞみたいな視線を一斉に受ける。少し居た堪れなくなったので、そんな視線を受け流すように窓から外を眺めると、夏の眩しげな直射日光が街全体に降り注いでいるのが見えた。雲ひとつない快晴のせいで、外はきっと茹だるような暑さが渦巻いているのだろう。

 

 ハルカはこんな日差しの中で図書館に行ったのか。調べ物とは言っていたが、十中八九あの天照銀狐という本の内容についてだろうし、何かしらの手がかりが掴めていればいいけれども……

 

「スブブブブ!」

 

 現実逃避をしていないでさっさと続きを話せとお叱りを受けたので、話を続ける事にする。やっぱり大賀が進行役でいいんじゃないかこれ。

 

「諸君が今まで技として行ってきた様々な【タネマシンガン】のデータから、弾頭……つまり種の大きさや大まかな形状や種の材質を、技の実行者の感覚で変更できるという事が既にわかっている」

 

 話しながら例として【タネマシンガン スラッグショット】を挙げて、ホワイトボードに情報を書き込んでゆく。25発分の種のエネルギーを一つの種に注ぎ込んだ結果、種自体がバスケットボール程度の大きさになり、ラグビーボールのような楕円形となった。

 

 真面目な空気になったせいか、全員がホワイトボードに目を向けているな。

 

「今回は一つ一つの種の大きさを小さくし、一点を円錐状にすることを目標にしてもらいたい。大まかなものは諸君らの前のプリントに描かれているぞ。具体的な物体の例としては……御神木様の棘をもう少し緩やかに、一回りほど小さくした感じだな」

 

 網代笠達の前に、御神木様の抜け落ちた棘を置いていく。

 

「何故そんな形状を目指すのかと言うと、この形状にすることで撃ち出した種は空気抵抗に強くなり、更なる弾速と威力を確保できる。また同時に今までの空中でのブレも減り、射撃精度の向上も期待できるからだ」

 

 しかもこれが出来たら【タネマシンガン】だけでなく、【やどりぎのタネ】の弾速及び命中率の向上が期待できるようになる。とりあえず練習しておいて損はない案件だろう。失敗しても経験として身につくしな。

 

「キ……ノコ……」

 

 今回の議題から普段以上の面倒臭さを察したのか、網代笠が目の前で露骨に凄く嫌そうな顔をしている。網代笠は座学より実践で覚えるのを好むタイプだからか、やはりこういったものは苦手らしい。

 

 確かに至近距離で【タネマシンガン】を撃つのが多い網代笠は、今までの衝撃を与えるという意味では球体弾のままでも問題無いかもしれない。しかし、これは中距離での威力アップも兼ねているから悪いが全員参加だ。自分で距離を把握して弾頭を変更出来るようになれば、なお良しだと思う。

 

「まぁそんな嫌そうな顔せずに、後で時間を取るから試しにこの形状の種を作ってみてくれ。大きさは後で規格作って合わせればいいから」

 

 まぁ、網代笠は今までの【タネマシンガン】のバリエーション研究の際も、座学では必ずと言っていいほど嫌な顔をしていたしな。その代わりなのか、一部を除いて体を動かした場合のコツを掴むのが一番早かったりするから不思議なものだ。

 

 網代笠から視線をズラすと、プリントをじっと眺めている大賀が目に入った。

 

 大賀の場合だと座学で学んでから補正をかけていくのが上手く、自分の経験から色々と考えて、俺でも想像していなかった方向に技を発展させていた。自主練も多くやっている事から、やはりこの手の事に対しては意外とこだわり派なのかもしれない。

 

 そこから更に視線をズラして御神木様を見る。ずっとこちらを見ていたのか、ジト目の御神木様と目が合った。恐らく俺が変なことをしでかさないか注意深く警戒しているのだろう。

 

 御神木様の場合はとりあえず研究したことは覚えて、必要があれば大賀に聞いている場合が多い気がする。

 

 ……あ、また思考が微妙に逸れたな。

 

 とりあえずこの手の規格を決めるのは命中率を測定してからでいいだろう。最悪それぞれの一番作りやすい大きさでもいいと思うが……後を考えるとデータ分析の為にもなるべく統一させておきたい所。

 

 俺達の苦労も知らないでみたいな目を向けられるが、これも横に流す。他の体力系の訓練なら俺も手伝えるんだがな。この手の技術に関しては慣れてもらうしかないんだよな。

 

「よーし、弾頭形の変更の訓練をしてくれ。それでは始め!」

 

 御神木様達が棘やプリントを見てそれぞれ唸ったり、体を捻ったり、ひっくり返ったりしながら弾頭形成の訓練を行ってゆく。御神木様はなんでひっくり返っているんだろう?

 

 その様子を眺めながら、ファイルに御神木様達の情報を書き込んでゆく。

 

 そのまま時間の許す限りで弾頭形成訓練を繰り返してみたものの、結局ほとんど弾頭形成を上手くいかないという結果になってしまった。どうにもイメージが上手く掴めなかったらしい。

 

 一応一番形状が近いものとして、大賀が御神木様の棘よりも大きな円錐状の種を造る事が出来てはいる。

 

 しかしそれを試射してもらった所、撃ち出された種はとても遅く、縦回転や横回転してしまっていた。どうにも今まで撃ってきた種の場合は色々な方向へ回転をかける事で的まで誘導していたのだが、ライフル弾のような円錐状のものの場合そういう訳にはいかないという事があまり理解できないようで、正確な射撃を行おうとするとその辺りの差で苦しんでいるようだ。

 

 螺旋状に回転させるんだと、捻るような動きを教えてみてもやはり微妙に噛み合わない。何故だろうか。【タネマシンガン スラッグショット】の時は出来ていたように見えたのだが……

 

 そしてもう一つ。弾そのものの重心が異なっているというのも問題となってしまっている。

 

 結局のところ、どうにも生成から撃ち出すまでの流れに慣れていないせいか難しいらしい。これについては最悪代案を考える必要があるだろうな。

 

 しかし……そんな都合のいい物があっただろうか?

 

 

 

~~狐につままれて~~

 

 本屋のおじさんはここフエンタウンには狐信仰……もっと言うとキュウコン信仰があると言っていた。だからこの天照銀狐について他に情報がないか探しに来たのだけれども……

 

「…………なんでこんなに少ないんだろう?」

 

 静かな図書館の中で呟いた声はそのまま本棚に吸われていった。平日の昼間なせいか、ほとんど人がいない。もしかすると、あんまり蔵書がないから人気がないのかも。

 

 冗談はこのぐらいにしたとしても、やっぱりここの地域信仰のはずなのに詳しく載っている資料が見つからないのは不思議だ。

 

 少しだけ触れている本はあったが、せいぜいそんな信仰が存在する程度の情報でしかない。内容的にも天照銀狐の方が詳しく書かれているものばかりだ。これはいったいどういうことなの?

 

 ……焚書でもされたのかも?

 

 ここまで書かれていないとなると何やら変な想像をしてしまいそうになるが、映画でもないしそんな事はないはず。これ以上個人で探すのは無理だと判断して、受付の書士さんに尋ねることにする。

 

「すみません」

 

「フエン東図書館へようこそ。どのようなご要件でしょうか?」

 

 えらくハキハキと滑舌よく喋る書士さんだなぁ。

 

「民話や地域信仰についての本を探しているんですけど、どこにありますか?」

 

 目的を話すとほんの一瞬だけだが、急に変な寒気が背筋を走った。同時に何故かジロリとした嫌な視線を感じた気がする。釣られるように左右を見てみるが、やはり先ほど同様に周囲には誰もいない。

 

 どうしてわたしは図書館に来てこんな嫌な体験をしているのだろう。公共施設はそういったモノが住み着きやすいと聞いた事がある気がするけれども……本当なのだろうか?

 

「民話や地域信仰についてですと、ここよりもフエン北図書館の方が蔵書が多いですね」

 

 そう言いながら書士さんは地図でフエン北図書館の場所を指差してきた。どうにもジャンルで置いている本が分かれていたらしい。でもそんな本の分け方聞いたことないけどなぁ。ここだって大体のジャンルは置いているようだし……でも実際には分かれているらしい。わたしの気にしすぎかな?

 

「フエン北図書館ですね。ありがとうございます」

 

 とりあえずこれ以上ここに居ても仕方がない。ここからフエン北図書館までだと……自転車でだいたい1時間ぐらいかな? 道を頭の中でシミュレートしてみると、道中に天照銀狐を買った少し古びた個人書店があるのを思い出した。ちょっと寄って話を聞いてみるのもいいかも。

 

 そうと決めるとペダルを強く踏んで個人書店を目指して、鼻歌混じりに自転車を進めてゆく。50分ほど進むと見覚えのある道に出たので、自転車から降りて本屋を探して歩き始める。

 

 ――――しかし、何故かあの少し古びた個人書店が見つからない。暖簾が掛かっていないから今日は休業なのかもしれないなんてものじゃあなく、本当に個人書店そのものが何故か見つからない。

 

 もしかして道に迷った? いやいやキョウヘイ先生じゃあるまいし。そんなことはないはず……はず!

 

 記憶を頼りにあの日通った道を辿って個人書店を目指すが、やはり見つからない。これはもう最終手段を取るしかないかもしれないかも。

 

 絶対に通ったと確信が持てる路地裏にある老舗の焼き鳥屋の前まで戻り、串を買うついでに場所を聞くのだ。何度も焼き鳥屋の前を通ったせいか、訝しげな表情をした店主のおじさんがこちらを見ている。これ以上迷走するわけにも行かない。早速実行に移すべきだろう。

 

「すみません、砂肝串のタレを20本、塩を20本ください」

 

「砂肝タレと塩をそれぞれ20ね。少し時間かかるぞ?」

 

 少し引きつったような表情をしてから当たり前な内容を確認された。

 

「構いません!」

 

 流石にすぐさま持って来いだなんて暴挙は言わない。わたしは焼きたてが食べたいのだ。串に貫かれてから並べられた砂肝串達が一斉にコンロで焼かれ始め、だんだんと肉の焼ける香ばしい香りが辺りに広がってゆく。おっと、いけないいけない。本題を忘れるところだった。

 

「あの~……」

 

「何か?」

 

「この周辺で個人書店ってありませんでしたっけ? 少し古めの書店なんですけれども……」

 

「個人書店? こっちにそんなのあったっけな……」

 

 書店の場所を尋ねてみるとおかしな答えが帰ってきた。

 

「気の良さそうなおじいさんが店主をしていて、本屋独特の本の香りが充満しているどこか懐かしい雰囲気の個人書店なんですが」

 

 出来うる限り店主のおじいさんや店の様子を思い出して情報を補足していく。しかし、焼き鳥屋の店主さんの顔色は一向に変わらない。

 

「書店……書店ねぇ……今はないと思うんだが……」

 

「今は?」

 

 なんだか不穏な雰囲気になってきてしまった。今日はそんなのばっかりかも。

 

 焼き鳥屋のおじさんが、砂肝串が焦げ付かないようにひっくり返しながら思い出そうとしてくれているけれども、やはりあの個人書店については出てこないようだ。

 

「いや、俺がガキの頃にそんな感じの書店があったんだがね? いつだったか火事で焼けちまってな。それ以来この辺に個人書店なんてなかったと思う。まぁ……仮にあったとしても、少なくとも町内会には出てきていないから、ちょっとわからないな」

 

 え? どういうこと?

 

「…………そう……ですか……」

 

「力になれそうになくてすまん。お詫びに砂肝串の塩とタレをそれぞれ1本ずつおまけしよう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 本来なら嬉しい事なのに、詳しい内容がまともに頭へ入ってこない。条件反射のように返事をしてしまった。

 

 それにしても、この間わたしが買った本屋はかなり昔に火事で焼かれていた? え? 書店の幽霊? でも最新のグルメ雑誌だって置いていたし、今バックパックに入っている天照銀狐だって確実にあの個人書店で買った物だ。キョウヘイ先生だって本を認識していたから、本が実は存在していないなんて事はないはず。

 

 ――――じゃあ、わたしはどこで、どうやって本を買ったんだろう?

 

 改めて話の内容を認識すると、ゾゾゾゾゾゾっと一気に鳥肌が立った。これ、ここ最近で一番の恐怖体験かも。

 

「どうした? そんな狐にでもつままれたような顔をして。話の流れからして、その個人書店で何か探していたのか?」

 

「あ、あはは……そんな感じですね。そこで買った本について個人書店の店主さんに聞こうと思っていたのですが」

 

 ちょっと予想外過ぎて頭が回っていない。

 

「ああ。希にあるんだよな、そういうの。大体はキュウコン様のいたずらだって言われているけど」

 

 きゅうこんさま……キュウコン! この人もキュウコン信仰をしているのかも! 一気に固まっていた頭が動き始めた。

 

「そのキュウコン様についての本を個人書店で買ったんです。それで調べていたのですが……」

 

「へぇ、もしかすると自力でソレを調べて見せろって挑戦状を出したのかもな。キュウコン様は気に入った奴にいたずらをするって聞いているし」

 

「その話詳しく!」

 

 焼きたての砂肝串を貰い、代金を支払う際に勢い余ってちょっとお金を叩きつけるような構図になってしまったが、それよりも詳しい話が聞きたい!

 

「お、おう。ただ曖昧にしか覚えていない俺が話すよりも、その辺の民話ならフエン北図書館に詳しく載っているのがあったと思うぞ」

 

 やっぱり一番情報が眠っていそうなのはフエン北図書館か。どうしよう……このまま行くべきだろうか。キョウヘイ先生を助っ人に呼んで……

 

 ――――いや、キョウヘイ先生を巻き込むのはやめた方がいいかもしれない。どうにも最近余裕が無さそうだし、あんまり余計な手を煩わせたくない。それに……わたし一人で調べると啖呵を切ったのだから、これぐらいやらないと前に進めないかも。

 

 とりあえず民話だけでも調べに行こう。

 

 これからの行動を決めるとぱっとその場で砂肝串を食べ、お店で串を捨ててから自転車に跨って北図書館へ向かって漕ぎ始めた。

 

 

 

~~こんなのできない? パート2~~

 

「思っていた以上に苦戦している弾頭形成は一度後回しにして、新しい議題を発表する」

 

 いつものホワイトボードとポケモン用の少し小さな円形のテーブルを設置し、全員がテーブルの周りに座ったのを確認してから議題について口にする。

 

「今回の議題……それは新型弾の生成だ」

 

 すると、網代笠達による6つのジト目が一斉に俺に向けられた。まぁ言いたいことはわかる。以前のやつからまだ2日しか経っていないからな。

 

「とりあえず、弾頭形成についてはもうちょっとでなんかいい案がふわっと浮かび上がりそうだから、今回は別の方向性で考えている」

 

 ……そんな何を言う気だコイツみたいな表情で一斉に身構えられると、俺にだって考えがあるぞ? いいのか? それぞれの個人面接の時にイオナズン使っちまうぞ?

 

 まーた思考が外れてしまった。

 

「――――【タネマシンガン】の撃ち出す種の中に【しびれごな】等の技を混ぜてみようぜ」

 

 誰だって一度は考えるような内容だろう。だがしかし、これは凄まじい難易度を誇っている。実際に、同時に二つの技を行う……これを実現出来ているトレーナーとポケモンのコンビは世間的には片手程度しか居ないと認識されている。なので御神木様はかなり珍しい技術の持ち主という事になるだろう。

 

 この言葉を聞いた瞬間に大賀と網代笠の顔が強ばった。御神木様達も理解している通り、これ自体はかなり以前から考えられて、俺達の中では試されてきた内容だ。ただ、俺がこうして直接的に混ぜてみようと議題で言ったのは初めてである。今までの御神木様の同時技は、御神木様に直接伝えていた。

 

 顔が強ばったのも、今のところ大賀と網代笠は御神木様のように、技を2つ同時に行うというテクニックを安定して使うことができていないせいだろう。

 

 しかし、なんの脈絡もなくこんなことを言っている訳ではない。いや、まぁ前回の内容も脈絡がないように思われているかもしれないが、今回も前回も基本的にそう考える理由や下地があるのだ。大賀も網代笠もこの目標にだいぶ近づいてきている。大賀はあと一息なのだが……網代笠はまだ実現が少し遠い。だから今回で決めてしまおうという訳だ。

 

「まぁ、とりあえずこれに関しては物事を同時に行うという行動を繰り返してもらって、技を同時に出すのに慣れてからでいい。だからそこまで大きな変化はない。いつもの訓練が少しキツくなる程度だな」

 

 ここまで来る道のりは遠かったかもしれないが、今の網代笠達の技術から考えれば十二分に実現できると思っている。これから先を考えると、使う事が出来る場面は多いだろう。

 

 最早【しびれごな】や【どくのこな】を単純に放ったとしても命中率が悪く、相手によっては逆手に取られて大ダメージを狙ってくる。現にジムで粉塵爆発的な要領で【しびれごな】が焼かれたからな。これから先でそのままの技として使うとしたら、しっかりと戦術に組み込ませた状態で、罠として使わなければならなくなった。

 

 しかし、霧散によって起きる効果の低下を考えずに済み、それなりに速度があり、遠距離からでも一定数の命中が期待できる【タネマシンガン】にこれらの技を組み込むことが出来たら、一気に戦術を広げる事ができるようになるのだ。

 

「なおこれを行う場合、一発の種で相手を痺れさせたり毒にする必要はない。相手に何度も当てて蓄積させるという選択肢を取れるようになる」

 

 弾幕に紛れ込ませてもいいな。

 

 大まかな訓練内容を話し終えてから、ホワイトボードやテーブルを片付けて訓練を行える公園まで移動する。流石に宿の室内で【どくのこな】が暴発したら大変なことになりかねない。気をつけておくことに越したことはないだろう。

 

 公園に到着してから、各々に目標を言い渡していく。

 

 御神木様の目標は【タネマシンガン】+【やどりぎのタネ】である【ヤドリギショット】の開発と【タネマシンガン エアバースト】の訓練だ。【ヤドリギショット】が出来るようになれば今まで以上に搦手を使いやすくなる。【タネマシンガン エアバースト】は速射力や、不発率の減少を目的とする。

 

 大賀は御神木様と同じく【ヤドリギショット】の開発と、タネマシンガン】+【しろいきり】である【スモークショット】の開発だ。ほとんど開発訓練がメインである。技を二つ同時というのはこれらの技に絞って訓練してもらう。

 

 網代笠はやることが一番多い。大賀や御神木様と同じ【ヤドリギショット】の開発だけでなく、【タネマシンガン】+【どくのこな】や【タネマシンガン】+【しびれごな】も出来るようになってもらいたいので、その分だけ訓練では数をこなしてもらう事になる。

 

 大賀と御神木様は少し離れた位置で的に向かって訓練を始めたようだ。時折大賀が首をかしげて感覚とのズレをどうにかして合わせようとしているのが伺える。

 

 そこから少し離れた位置で、網代笠は俺と一緒にまずは【タネマシンガン】の種の中に技を込める訓練から始めた。

 

「よし。とりあえず【タネマシンガン】の種の中に【しびれごな】を込める訓練から始めよう」

 

 それから数時間の間、網代笠に付きっきりで訓練した。技を使うタイミングがズレたせいか【しびれごな】が暴発するなどかなりのトラブルが起きて巻き込まれたりもしたのだが、やはり最初よりも生成時間はかなり短縮されてきている。昔から行ってきた動作の同時使用という訓練が実を結び始めて来ていると実感できた。

 

 しかし、あと少しどうしてもタイミングが上手くいかないようだ。

 

 とりあえず今日はここまでにして、網代笠達をゆっくりと休ませよう。これを繰り返せば、それなりに近いうちに全員がこのコンボ技を出せるようになるのではないだろうか?

 

 これからが楽しみだな。

 

 

 

~~とある月間ホラー雑誌の一部 夜刀浦大学附属病院の噂にせまる!~~

 

 夜刀浦大学附属病院の噂をご存知だろうか。夜刀浦市と言えば、千葉県南房総地域にあり、市の中央を流れる川によって両断されたような独特な星状の地方都市である。人口は5万人ほど。海に面した土地であり名門飯綱大学を抱えている。特産品は佃煮、ピーナッツ、等々ある。はっきり言って、とりわけめぼしい物といえば先程も述べた名門である飯綱大学程度だろう。

 

 しかし、そんな特色のないようなこの都市にもはっきりとした個性がある。それは、昔から様々な心霊体験や都市伝説が語られているという点だ。

 

 例えば地図上に存在しない村の噂や、半人半魚の怪生物が街を歩き回っていたのを見たなど。また、ベッドタウンという特性のせいか、いつの間にか隣に住んでいたはずの隣人が消えていた等の不思議な噂が多い都市というのもホラーポイントだろう。そんな不思議な都市で、新しく奇妙な光景が発見されたらしく、今回我々取材班の下へ手紙によって情報が送られてきた。

 

 内容は、王港町や赤牟市に近い位置にあり、現在も運営されているとある大学病院についての噂だ。

 

 大半は省くが、重要な部分は手紙にはこう書かれている。『誰もが眠っているような深夜から早朝にかけて、何故か病院の地下から血塗れた木像が運び出されて、車でどこかに搬送されていた』と。これはとても不思議な話だ。なぜ病院に木像があるのだろうか。そして血に濡れていたというのにも興味が惹かれる。

 

 この地方には、古くから強大な祟り神である人頭蛇体の夜刀神を土地神として祀っていたという歴史がある。その土地神を祀る際に、木像を捧げていたなどと記されている為、もしかするとその辺りの信仰と何か関わりがあるのかもしれない。

 

 そして何よりも、この大学病院は半年前に、不審火によって病院屋上の約1/4程が焼けるような事件があり、院長が記者会見に出席していない状態であるにも関わらずに責任を取って退陣したなど、とてもバタバタとしていた場所だ。また、違う噂ではその事件以来、元院長を街で見ていないという情報も届いている。もしかすると、これらの事件は手紙に書かれていた木像と関係があるのかもしれない。

 

 他にも、ある有名な海難事故から奇跡の生還を果たし、オカルト板では一躍有名となった彼が入院していたという情報も入手している。

 

 これは行くしかない! と、取材班の会議ですぐさま一致するという珍しい事態が発生したほどだ。

 

 早速取材をしに我々はアポを取ってから件の病院へ向かった。だが、案の定そんな事はないと切り捨てられてしまったのだ。その後、何度聞いても我々が調べているような内容に触れてはこない。結局そのまま取材時間を過ぎてしまい、追い出されるように病院から出てくるはめになった。

 

 しかし、そんなことで諦める我々取材班ではない。何日にもよる張り込みの末、時間ギリギリにようやく尻尾を掴む事に成功した。

 

 午前4時という薄暗い時間帯に、何故か病院の前に黒いハイエースが止まり、何やら荷物を運び出しているではないか。望遠鏡で覗く限り、医療器具ではないことはわかった。では何を運び出していたのか。

 

 ――――大きな柩を運んでいたのだ。

 

 すぐさま話を聞きに向かうと、かなり渋々ながらも話を聞くことが出来た。元々地下に霊安室があり、夜遅くにご臨終なさる方が居ると、最速で運び出す場合でもこの時間帯になってしまうとのこと。また、このことを隠していた理由として、少し前まで色々と慌ただしかった為、そもそも病院としてはあまり取材というものを受けたくなかったなどがわかった。

 

 以前手紙の送り主が見たのは、この光景なのだろうか?

 

 しかし、そうなると血に濡れていたという部分に食い違いが発生する。今回は時間切れでここまでになってしまったが、我々は諦めずにこの大学病院についての情報を調べる予定だ。

 

 もしかすると、あの柩は偽装で中には他の物が入っていたのかもしれないのだから。

 

 

 

 編集部では、読者の皆様の身の回りで起きた不思議な出来事などを随時募集しております。雑誌の一番後ろに同封している表紙と共にご応募ください。採用させていただいた方には、御礼をさしあげます。

 

 

 

~~海岸に漂着したボイスレコーダー~~

 

 朝霧が酷い海岸を、独特な司祭服を着た神父が歩いている。場違いな衣服が醸し出している雰囲気もさる事ながら、その異様なほど老いを感じさせない美貌のせいで、どこか現実味を感じさせない。

 

 ――――その美貌が軽く血濡れているというのも、更に現実味を感じさせない要因になっているだろう。

 

 そんな状態で海岸を歩いている間ずっと無表情だった彼だが、ふと漂着したのであろうボイスレコーダーを発見すると、ほくそ笑むようにしながらボイスレコーダーを回収して内容を再生し、聴き始めた。

 

 最初の数秒ほどはザザザと耳障りなノイズが走ったが、どうやらまだ内部のデータは死んでいないらしい。少ししてから木々の擦れるような音や鳥の囀りと共に、布の擦れる音や緊張しているような男の声がボイスレコーダーから流れ始める。

 

「ザザッ……2013年1月21日、02:33記録。先ほど奴らが占拠している蔵に忍び込んだ。あの死んだ胡散臭い神父が言っていた通り、確かに異様な本が眠っていた」

 

 神父は頷きながら続きを聴く。まるで子供の練習した成果を発表するための演奏会に来て、演奏を聴いている親のようだ。

 

「この不快に表面が湿っている本……クタート・アクアディンゲン? は、不完全な日本語訳ではあるようだが、奴らについても書かれていた。弱点のような情報はあったが、それだけでは魚人の奴らを潰す為の戦力にはなってくれない。しかし、あの魚人共に対抗できるような、戦力になりうるモノの召喚方法も書かれていた」

 

 音声記録をしている男はあまり余裕がないようで、とても呼吸が荒い。どこかに隠れながら音声を録音しているのか、篭ったように聴こえている。時たま、近くを何かが走り去る音が紛れているようだ。

 

「……行ったか。この書物によると、ノーデンスという旧神を召喚することで魚人ども……深きものどもの儀式を妨害出来るだろう。ただ、書物を読み進めながら全ての道具を揃えるには、余りにも時間が足りていない」

 

 どこか吹っ切れたような声だが、力強さは残っている。声の主はまだ諦めていないのだろう。

 

 ――――しかし、だからこそ、今回の舞台の主演男優に選ばれてしまったのかもしれない。

 

「……当日だ。当日に奴らの儀式に介入して魔力を奪い、その魔力と血でノーデンスを召喚する。これで地図に載っていない村に攫われた彼女も生贄にならずに済むはずだ。千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない……これから準備を行う。音声記録終了」

 

 音声ログの一つ目を再生し終えてから神父は満足そうに頷く。自分が脚本した物語がここまで順調に進んでいるのだから、わからなくもないかもしれない。自分で並べたドミノが、綺麗に倒れていくのを眺めているようなものなのだろう。

 

 続きを聴く為に、神父が破損しかけている2つ目の音声ログを再生した。またもやガリガリと壊れかけた機械が動く音や破損データの部分がノイズとして響き始めるが、なんとか男の呼吸音は聞こえてくる。それだけでなくギャーギャーと水音の混じったような、どこか異様な不快を覚える鳴き声のようなものが響いているようだ。

 

 どうやら不快な声の主は複数居るようで、重なるような不快な鳴き声以外にも、太鼓を叩く音や笛の音などの祭囃子が小さく聞こえている。

 

「……2013年1月23日、16:49記録。もうすぐ日の入りだ。魚人どもの宴と儀式が始まるはず……だから、これから奴らの儀式に介入する」

 

 覚悟を決めたらしく、少し湿った紙を捲る音がボイスレコーダーから聞こえ始める。同時に、この世のものとは思えないような、どこかズレてしまったような声達による合唱が辺りに響き始めた。

 

ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう(ルルイエの館にて死せるクトゥルー) るるいえ うがふなぐる ふたぐん(夢見るままに待ちいたり)

 

 それに対抗するように男が口早に、呪文のような意味不明な文字列を読み上げてゆく。

 

「いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん! いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!」

 

 だがどうやら、男の読み上げるそれよりも早く、不快な声達はだんだんと高揚しながらどこかへ向かって叫び上げている。水中に入りながら何かに呼びかけているのか、水が跳ねる音に近いような音が混ざり始めた。

 

 その呼び声に眠っていたはずのモノが答えようとしているのだろう。先ほどよりも風切り音が増し始め、ガサガサと男が身を隠している草木も強くぶつかり合っている音や、ブクブクと水が泡立つ音などが拾われている。

 

 あと少しで不快な声達の高陽がピークに達する。そう確信を持って判断出来るであろう辺りで、水気の混じったような不快な声の主達は――――何故だか急にピタリと、一斉に叫び上げるのを止めた。

 

 未だに呪文めいた文章を口早に呟いている男も、その異様な雰囲気を感じ取ったせいで抑揚が少しおかしなことになってしまっているが、それでも関係ないと呪文の読み上げを続けている。

 

 不快な声の主達が謳うのを止めたお陰か、男の詠唱していた呪文が完成したらしい。しかし――

 

「ギョッ!!」

 

「クソッ、見つかったか!」

 

 やはり呪文の詠唱などという目立つ行動をしていたせいだろうか、とうとう男は魚人のようなものに見つかってしまったようだ。

 

 水音のような不快な声がだんだんと大きくなる。恐らく叫び上げながら男に近づいているのだろう。

 

「力を貸せ―――――ノーデンスッ!」

 

 男の悲鳴に近いような呼び声が辺りに響いたその瞬間に、その呼び声に答えるようにこの世のものとは思えない、まるでこの部分だけ録音された音声を逆再生したかのような、不可解な異音が混じった。

 

「…………は?」

 

 男の間の抜けたような声が拾われたが、その後には嵐のような凄まじい轟音や破壊音、倒壊音が聞こえてくるだけだ。ボイスレコーダーに残された音声だけでは、まともに認識することはできそうにない。

 

「何だアレは! 何だザザッ……は!? 何なんだアノ存在は!? あんなモノザザザッ……アクアディンゲンに記されていたノーデンスであるハズがない! 彼女も、奴らも! 他の住民も! 何もかもを虚空が全て食い尽くしやがった! もうこれ以上こんな場sザザザザザッ――――――」

 

 音声による記録はここで途切れている。

 

 最後まで音声ログを聴き終えた神父が、ゆったりとした動作でそのままボイスレコーダーを海へ捨てるように還す。満足したのだろう。その表情は、いたずらが成功した子供のような笑みだった。

 

 彼の目的の一部はこれで達成できたのだから。後は仕込みが好き勝手に動き回るだけだ。そう判断したのか、神父はそのまま根を張った場所である夜刀浦の協会へ帰ってしまった。

 

 脚本家や演出家として必要最低限に手入れをしたのだから、己の独特な美学とルールに従ってこれ以上手を加える必要はないと判断した。してしまった。

 

 ―――だからこそ、この先で新しい玩具を横から掻っ攫われるだなんて、この神父がなかなか経験できないような予想外な出来事が起きたのだろう。

 

 

 




補足ですが、ボイスレコーダーに録音されている男の声は主人公のものではありません。

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