カイオーガを探して   作:ハマグリ9

87 / 111
アーカイブ10

~~フエンタウン民話集 山の隣人~~

 

 むかし、あるところに一人の若い木樵が住んでいたそうな。熱心な若い木樵は少し小さな緑色の隣人と共に毎日こんもり繁った森に入り、森を荒らしすぎぬように隣人に聞きながら木を樵っては、山に感謝しながら村へ持って帰っていたそうな。

 

 ある日のこと、いつものように若い木樵が小さな隣人を連れてこんもり繁った森を歩いていると、普段は山の奥に住む赤い毛を持つ小さな隣人と鉢合わせしたと。

 若い木樵がどうしたのだろうとその姿をよく見る。困り顔ではあったが、怪我で山を降りてきたようには見えない。すると赤い毛を持つ小さな隣人が、急にちょうど良いという顔になり、若い木樵に奇妙な質問をしてきたそうな。

「もしあなたが、急に隣人と同じ言葉で話すことができなくなっても、今までのように共に暮らすことができますか?」

 若い木樵は隣にいる少し小さな隣人と目を見合わせてから、

「長い間一緒に暮らしてきました。今更同じ言葉で話せなくなったとしても、一緒に暮らすことが難しいとは思えません」

と、すぐに言った。赤い毛を持つ小さな隣人はそれを聞いて、

「ならばこれから二ヶ月の間、今までのように同じ言葉で会話をせずに暮らしてみてください」

と言い、何やら呪い(まじない)のようなものを若い木樵と少し小さな隣人にかけて、赤い毛を持つ小さな隣人はそのまま踵を返して山へ帰ってしまった。

 不思議なこともあるものだと思い、普段のように少し小さな隣人に話しかけてみると、少し小さな隣人からは訳のわからないようなおかしな言葉しか帰ってこなかったそうな。

 

 それから暫くは互いに気をつけながら暮らしていたが、5日、10日も経つと次第に些細な喧嘩が多くなった。そして1月(ひとつき)を超えたある日に、少し小さな隣人が若い木樵の仕事道具を弄っている姿を見てしまい、話してもわからぬからと少し小さな隣人の言い分も聞かずに怒鳴りつけて、とうとう大喧嘩をして少し小さな隣人は若い木樵と離れてしまったそうな。

 顔を真っ赤にして怒った若い木樵であったが、いつまでも自宅で怒っている訳にはいかず、仕事をする為に怒りながらも森へ入り樵れる木を探したと。しかし、探してみたものの少し小さな隣人が見つけていた時のように上手く見つける事が出来ず、やっとの思いで樵れそうな木を見つけるも、ほんの3、4回で木を樵る為の道具が壊れてしまった。若い木樵は、少し小さな隣人が仕事道具を弄り回したせいだと考えたが、仕事道具をよくよく見るととても拙いが応急処置の途中のような跡が残っていたと。若い木樵はようやく自分がとんでもないことをしてしまった事に気がつき、急いで村に帰ったそうな。

 

「すまなかった」

 若い木樵は少し小さな隣人に頭を下げて謝った。己の手間や苦労を避ける為に楽へ目がくらみ、相手を思う事に欠けていたと。もう二度とそんな事はしないと、木を樵る仕事で大きくなった両腕にかけて誓ったそうな。すると、それを受け入れた小さな隣人から光が溢れ出し、より力強く、大きな姿へと変化した。それからというもの、木を樵る時も、食事を行う時も、若い木樵は常に少し大きくなった隣人を気にかけるようになったそうな。

 

 そうして大喧嘩と和解してからある程度経ったある日、これまた珍しい事に若い木樵の家に綺麗な赤い髪で短髪の村人が訪ねて来たそうな。赤い髪の村人は村で話題になっていた若い木樵の噂を聞いて興味を持ったようで、

「隣人と同じ言葉で話せないのは辛くないか?」

と尋ねてきたそうな。しかし若い木樵は、

「例え会話ができなくなってしまったのだとしても、多少の手間を許容すれば問題ない。同じ言葉で話していた頃よりも互いを理解し、共感が出来ている。今はもう互いのやりたいことがすぐにわかるのだ。山の隣人には感謝しなければならない」

と、赤い髪の村人にそう胸を張って返せるようにまでなったと。傍にいた大きくなった隣人も、黙したままだが穏やかそうに頷いたそうな。その答えに満足したのか、赤い髪の村人は頷いてから立ち上がると、体を変化させて赤い毛を持つ小さな隣人になったそうな。そして、

「少し早いですが、言葉をお返しします。今後もあなた方のその宝のような絆が切れる事はないでしょう。そして、こちらをどうぞ」

と、言いながら割符のようなものを若い木樵に渡した。若い木樵と少し大きい隣人が礼を言うと、いつの間にか以前のように少し大きい隣人と同じ言葉で話す事ができたと。

「割符は山にある我々の家に入る為の鍵であり、試練を越えた証です。銀狐様の試練を越えたあなた方が割符を持って山に入れば、銀狐様はあなた方を助けてくれるでしょう」

そう伝えると、赤い毛を持つ小さな隣人は山へ帰ってしまったそうな。

 

 それから若い木樵と少し大きい隣人が山で困った事があれば、どこからともなく金色の毛を持つ隣人が現れては助けてくれたそうな。

 

 

 

~~フエンタウン民話集 化屋敷~~

 

 むかしむかし、ある山の近くに若い男と隣人が住んでおった。男は貧しいながらも気前がよく、誰からでも頼られる存在じゃったそうな。

 

 そんな男があるとき、仲間内での賭けに勝って隣人と共に意気揚々に村の外れを歩いていると、ふと大きな家の灯りが見えた。男は不思議と気になって、その大きな家に近寄ってみた。どうやら新しく出来た旅館らしい。

 こんな場所に旅館ができたのか……と男が目を皿のようにして眺めていると、美しい女が中から現れた。女から話を聞いてみると、旅館を開いてみたものの場所が悪いのか旅人が寄っていかないときたものだ。それを聞いた男は、今ならお金もあるし、これも何かの縁だろうとその旅館に十日ほど泊まることにしたそうな。その旅館には部屋がいくつもあったが、女はわざわざ三階にあった人里の間と書かれた十番目の部屋に男と隣人を案内した。

 その部屋はこの世のものとは思われぬ程立派で、山の中にある村を見下ろしながら紅葉が一面に敷き詰められたような絶景が見れ、それは部屋の色調にとても合っていた。男と隣人は夕餉として出されたご馳走を食べて、その夜は旅館の薄く見えるのにやけに暖かい布団を堪能したそうな。

 

 次の日の朝、男と隣人が目を覚ますと、女は既に朝餉の支度をしていた。朝餉を食べ終えた男は、この部屋がこれほどまでに素晴らしいのだから他の部屋もきっと素晴らしいのだろうと聞くと、女はどの部屋を使っても良いが、一番目の部屋だけは決して開けて見ないで下さいと言った。

 男は他の部屋にも泊まれると喜び、早速と雪原の間と書かれた九番目の部屋に移動した。そこには真っ白な雪化粧をした山や凍り始めた滝が目を楽しませながらも、厳かな雰囲気を出されていた。男はこれほどの旅館に旅人が寄らないのは勿体無い。ここは全ての部屋を見て回り、他の村人に自慢しようと心に決め、数字を一つずつ下げるように泊まるようになったそうな。

 

 山の間と書かれた八番目の部屋もまた素晴らしく、色とりどりの紅葉やススキの草原が表されていた。

 草原の間と書かれた七番目の部屋は草原と洞窟が絶景を生み出しており、洞窟の間と書かれた六番目の部屋は水との調和がこれまた絶景を生み出していた。

 海の間と書かれた五番目の部屋には、山村で暮らしてきた男と隣人が初めて見た海という透き通った巨大な水たまりのようなものが広がっていた。

 水中の間と書かれた四番目の部屋には、透き通った水と白い岩々が彩を織り成し、まるで男や隣人が空を飛んでいるかのような気分にさせられた。

 岩場の間と書かれた三番目の部屋には、転がる岩々と白い砂地が紋を形成していて男や隣人の目を楽しませた。

 砂の間と書かれた二番目の部屋には細かな砂が敷き詰められ、風紋と共に陽が落ちるのを静かに眺めているような絶景が表されていたそうな。

 

 そして宿泊する最後の日、男は女が開けるなと言った名も書かれていない一番目の部屋の中を無性に見たくてたまらんようになった。女は丁度湯浴みをしている時間だったようで、隣人以外には男を止める者はいない。

 開けるべきではないと止めようとする隣人を押しのけて、男が辛抱できずに一番目の部屋の戸を開けると、その部屋の中にはこの世の全ての醜悪を込めたような歪なモノが詰め込まれていた。まるで泥のように姿かたちを変えながら迫ってくる醜悪で歪なモノに対して、男はぎゃあとけたたましい悲鳴を上げ、隣人を置き去りにして、血の気の引いた表情で命からがら一の部屋から逃げ出したそうな。

 

「とうとう一番目の部屋を開けてしまいましたね」

 いつの間にか家は消え、男が埋もれていた落ち葉の山の隣に九つの尻尾を生やしたあの女が立っていた。

「あなたは自身の欲に負けて約束を破っただけでなく、自身の友を見捨ててあの場から逃げ出してしまいました。もう二度とあなたの隣人はあなたの元へは帰らないでしょう」

と言うと、女はたちまち黄金色の毛並みで九つの尾を持つ赤い目をした山の隣人の姿となり、空を走るように山へ帰った。

 

「待ってくれ、今度は隣人を見捨てて逃げたりしない! だから隣人を私の元に戻しておくれ!」

と男は言葉を尽くして九つの尾を持つ山の隣人を呼び、山を彷徨ったが、見つけることが出来たのは宿代に払ったお金だけで、二度と共に暮らしてきた隣人の姿を見ることはできんかったそうな。

 

 

 

~~こんなのできない? パート3~~

 

「さて、諸君らに3日明けてから集まってもらったのは他でもない。これからまた、いつもの技術研究会議を始めたいからだ。なお普段通り司会、進行、書記役は俺が務めるぞ」

 

 いつものようにホワイトボードとポケモン用の少し小さな円形のテーブルを設置し、囲むように座っている御神木様達に視線を向ける。

 

 普段ならもう少し間を明けてから会議を行うのに、一日明けてから急にまた会議を行うだなんて思っていなかったのだろう。それぞれが面白い表情をしているな。

 

 網代笠は嫌そうな顔だ。大賀は少し余裕がありそうな顔だな。もしかすると何か掴んだのかもしれない。御神木様はいつものジト目のままだ。そんなにジト目ばっかりしていると表情が固まるぞ? もっとスマイルを前面に出さないとな!

 

「クギュッ」

 

 近くにあったセロハンテープで御神木様の目元や口元を笑ったような状態に固定させてみようかなと考えていると、急に横から衝撃が加わり、羊マスクがカーンッと甲高い音を立てた。どうやら羊マスクの角に御神木様の棘が直撃したようだ。こいつとうとう俺の心を読み始めたのか。

 

「今回の議題に挙げるのは5日前から行っていた弾頭形の変更についてだ」

 

 嫌そうな顔をしている奴がいるが無視だ無視。これからの話が大事なのだ。首の痛みを堪えながら話を続けていく。

 

「諸君ら的に物体の想像が上手くいかずにどうしても効率が悪そうだったので、今回はもう少し想像しやすそうな代案を考案してきた」

 

「ク……クギュ……」

 

「キノ……」

 

「スブ……ブブブ……」

 

 だから、そんな集まってコイツまた変なこと言い始めたぞみたいにヒソヒソと話し始めるのはやめろ。代案言うのを取り止めるぞ?

 

「皆の者静まり給え。もとい静まれ! 今回はイメージどころか物体そのものを持ってきたんだからたぶん大丈夫だ」

 

 そう言いながら、ポケットからゴルフボールを6個ほど取り出す。、また、それとは別にゴルフボールと同じぐらいのの大きさで、凹みのついた木彫りの球体を9個、計27個を取り出してそれぞれの前に置いてゆく。

 

「これが目標とする形状……ゴルフボールだ」

 

 大賀が置かれたゴルフボールを手で持ち、にぎにぎと触感や重さを確認している。ただ、単純に握るだけではこれの真骨頂は伝わらないだろう。網代笠は変な風に凹みのついた木彫りの球体をまじまじと眺めているようだ。

 

「持ってもらったらわかると思うが、ゴルフボールは円形だから【タネマシンガン】の種に近い。この大きさをまずは目標にしてもらいたい」

 

 ゴルフボールを持っていた大賀が、そんなんで本当に大丈夫なのかと目で物語ってくる。

 

「説明を求める視線が凄まじい為、これから補足を加えていく。なぜゴルフボールなのかというと、一つは内部構造そのものが【タネマシンガン】の種に似ていること。二つ目にゴルフボールの機能が活かせるのではないかと判断したからだ」

 

 最初にホワイトボードにゴルフボールの断面図の写真と、昨日切断して確認した【タネマシンガン】の種の断面図の写真を張り出す。

 

「見ての通りだが、今回渡したゴルフボールと同じ商品の断面図だ。外側を少し厚めの硬いカバーで覆い、内部を柔らかいコアで満たす構成をしているな」

 

 補足を書きやすいようにホワイトボードに大まかなカバーとコアの二層を描く。だいたいこんな感じだろう。

 

「次に【タネマシンガン】の種の断面図だが、これも同じように柔らかい胚乳のようなものを硬い外殻で覆うような構成をしている」

 

 ゴルフボールの断面図の絵の横に、種の断面図の絵を追加で描いてゆく。

 

「この外殻が固くてコアが柔らかい構成は本来スピンをかけるのに不向きであるディスタンス系と呼ばれる物なのだが、御神木様達は同じような物……つまり種をスピンさせることで命中率を上げる事が出来ている。ゴルフとは発射体系が異なるからなのかもしれないが、これにより威力を確保した状態で威力保証距離を伸ばす事が出来ると俺は判断した」

 

 今までの経験から単純に大きさだけを変えるならそこまで難しくなさそうだし、内部構造も弄る必要もないとなると早ければ今日中に内容の3割を達成出来るだろう。

 

「次にこのゴルフボールの優秀な機能として小さな窪み……ディンプルがある。この小さな穴があることで、空気の流れがボール表面に沿ってなじむように回り込み、低圧部を小さくすることができるんだ。 そのため、ボールを引き戻そうとする抗力が弱まり、ボールスピードを持続しながら高いコントロール性を生み出す事ができると予測される」

 

 こんなので本当にそうなるのかよ……と雄弁に物語っている空気が流れているが、この案はそれなりに自信あるんだぜ?

 

「まぁ要は弾速が低下しにくくなるだけでなく、射程距離や弾速を向上させながらコントロールしやすくできるのだ」

 

 そう。できるのだよ。

 

 ついでに、ゴルフだとボールの重量が公式で決まっているせいで現状以上の初速が出る事はないが、【タネマシンガン】にはそんなルールはない。圧縮した結果、種自体の重量も上がることが予想されているから、それによる威力アップも期待する事ができる。

 

 ただ……

 

「問題はこのディンプル……つまり小さい窪みを、射撃する瞬間に同じ深さで均等に512個付けられるようになるまで、今後はひたすら訓練してもらうことになるな」

 

 これが鬼門だ。射撃と並行して……いや、射撃訓練は勘を忘れない程度に留めてこっちをメインに訓練してもらおう。メモに第一目標として加えておく。

 

「キノッ!?」

 

「スブ……」

 

「クギュルルルッ!」

 

 これを伝えると網代笠がマジかよ!? と驚愕したような顔をしてその場で石のように固まってしまった。実践形式が多いからまだ固まる程度で済んでいるけれども、これが卓上訓練だったらきっと走って部屋から逃げ出してたなコイツ。

 

 大賀はとりあえずやってみるかとゴルフボールを握ったりしてディンプルの触感を確かめているようだ。気質的に最初に出来るようになりそうだな。

 

 御神木様は……たぶんお前馬鹿だろ! とでも言っているのだろう。なーに、繰り返し訓練すればたぶんなんとかなるさ。それにな、想像しやすそうとは言ったが形成が簡単に完成すると言った覚えはない!

 

 まぁ俺でも無茶苦茶なことを言っていると理解しているが、これから先を考えるとこれは確実に必要な技になる。実のところ、威力アップとして考えるとディンプルの数はもう少し少なくていいんだがな。だいたい270~450個……まぁ256個も付けれれば十二分という印象だ。でもこれだけの数を瞬間的に種に付けられるようになれば、射撃タイミングで焦ってミスする事もなくなるだろう。

 

「なお、俺だけ楽をするのは不公平だと思ったので、諸君らの前に置いてある複数個の凹みが刻まれている木彫りの球体は俺が手彫りで彫った物だ。それぞれ2のn乗個……つまり、2、4、8、16、32、64、128、256、512個のディンプルが同じ幅、同じ深さで重心をあまりずらさない様に彫り込まれている。これからの参考にしてくれ」

 

 時間はかかったが、全員分をしっかり作り上げたぞ。がしかし、これでもまだ足りない。

 

「たぶん網代笠達の今までの【タネマシンガン】の弾薬を作るときのイメージは、エネルギーを圧縮するようなイメージだったのだと思う」

 

 そう言うと大賀が頷いてきた。だいたい合っているらしい。ならば好都合だ。テーブルに両面シリコン型版とレジンキャストを置く。

 

「これから見せるのは、今回作製する大まかなイメージとして理解して貰いたい流れのような物だ。まずはこのシリコン型に用意しておいたレジンキャスト……この液体を流し込む」

 

 大賀達全員にシリコン型の内部を見せ、突起がどのように付いているのかを確認させてからレジンキャストを流し込む。事前にレジンキャストは液を混ぜ終えているし、シリコンの方にもレジンが張り付かないようにバリアーが塗ってある。問題無いだろう。

 

「イメージとしては型版を用意し、そこにエネルギーを流し込むんだ。流し込み終えたら、そのエネルギーの塊がしっかりと型通りになるように均等に圧縮する」

 

 ここで固まるまで10分まじまじと待つのも馬鹿らしいので、既に硬化状態でまだシリコン型を外していない物をテーブルに置く。

 

「圧縮し終えたらこんな感じになると思う」

 

 シリコン型を外すと、ゴルフボールのように固まったレジンキャストが姿を見せた。張り付かないようにするための凹凸や、流し込んだ部分が固まって管状の物が生成されてしまっている。

 

「網代笠達だとこんな管状の物は生成されずに、完全に球体だけが生成されると思う。後はその生成された球体を相手に向かって撃つだけだ」

 

 本当はプレス系の制作方法を見せたかったんだが、近場で道具を揃えられなかったからなぁ……今回は勘弁してくれ。御神木様達にはとりあえず大まかには伝わったのか、頷いてくれてはいる。

 

「当たり前だが今日中に全て出来るようになれだなんて無茶は言わん。とりあえず今日はゴルフボール程度の大きさに種を圧縮するのと、木彫りの球体と同じ大きさのディンプルを、モデルとほぼ同じ位置に8個付ける事を目標にしてくれ」

 

 それから数時間の間、全員に付きっきりで訓練をしてみるとやはりと言うべきか、予想通り種の圧縮そのものは慣れたようにすぐに御神木様達全員が出来るようになった。しかし、均等で均一なディンプルを8個生成という課題を達成出来たのは大賀だけだ。やはり均等、均一な凹みの生成というものは今までの経験がなかなか活かせず、悪戦苦闘している印象がある。凹みそのものだけなら作れるのだが、偏っていたり、大きさがバラバラだったりと難易度はそれなり以上にあるらしい。

 

 ただ、前々回の円錐状弾丸の作製よりは数十倍に訓練の効果が出ている。習得はこっちのほうが確実に早そうだな。

 

 やっぱり大賀がこの手の物に一番適正あるのかもしれないな。ついでに以前出した課題の一つである【タネマシンガン】に技を加えるという技術をとうとう獲得したようで、訓練の合間に【タネマシンガン】+【しろいきり】である【スモークショット】を撃ち、胸を張った状態で見せびらかしてきた。

 

 頑張りへの報いと課題クリアの報酬として、大賀が欲しがっていた少し高めのチイラ味のプロテインを渡す。最近チイラ味にハマっているようだ。今後の自主的な研究にも期待しよう。

 

 すると、ソレを見た網代笠は何やら感じるものがあったらしい。その日の夜に軽く訓練しているのを見かけた。もう少ししたら……いや、案外2~3日もあれば網代笠も出来るようになるかもしれないな。

 

 

 

~~不気味の谷~~

 

「――――って事があったの」

 

「狐に摘まれた……ねぇ……しっかし、なんでまたハルカがその対象になったんだろうかね」

 

「スブブ……」

 

 部屋の中で大賀と焼酎のお湯割りを飲んでいた最中に、ハルカが変な顔をしていたからなんとなくで聞いてみたが思いの外あっさり情報をバラしたな。しかし……なるほど。そいつはなんとも探究心がくすぐられそうな話ではある。ただし、当事者でなければという言葉が付くが。

 

「とりあえず調べた限りでは、煙突山周辺に住むキュウコンとロコンはだいぶ昔から色々なモノに化けて、試練のようなものを出していたみたい」

 

 ハルカがそう言いながら調べてきた情報を纏めた資料を軽く見せてもらう。試練は幾つかの分類に分ける事が出来ているようで、見るなのタブーのように約束を守れるかどうか、疑心を抱いてなお相手を信じることができるかどうか、在りもしないようなモノと対峙した時に適切な対処が出来るかどうかなどのようだ。

 

 しかし、どうやら今回ハルカが与えられた試練は前例が一切ないらしい。これはどう判断するべきなんだろうかね。民話として残されなかったと信じるべきか。それとも――――

 

 ――――ハルカの件が異例なのか。

 

「まぁ、こっちからのスタンスを変えることができない以上、出来うる所までやるしかないわな。ハルカだって今もやる気は落ちてないんだろ?」

 

「まぁ、ねぇー……」

 

 前例がないとは言え敵対している訳ではないし、試練を乗り越えた者達は総じて祝福を受けている。それに、失敗を怖がっていても何もできないしな。見るなのタブーのような禁止事項も言われていないらしい。他の試練よりも楽とは言わんが、クリアしやすそうな気もしなくはない。

 

「それにしても、おじいさんと古びた個人書店に化けて出たか」

 

 視覚だけでなく、匂いや触感までしっかりと騙すとは恐れ入る。この山に住むキュウコンの【じんつうりき】はそこまで出来るのか。そりゃあキュウコン信仰も出来るわ。

 

 ……カッパも神通力の逸話があったりするんだけれども、ハスボー系列は【しねんのずつき】止まりだな。これから先で【じんつうりき】とか覚えたりしない? 格闘ポケモンを相手にするのが凄く楽になったりするんだが。

 

「スブ?」

 

「いや、なんでもない」

 

 肴である木綿豆腐にちょんと塩を付けて頬張る事で視線を流す。かれこれもう6丁か。塩分摂り過ぎだな。他の肴は……あれ? この前漬けておいた酢漬けが無くなってやがる。

 

「もう今年一年分はびっくりしたかも。あ、ゴーストタイプのポケモンが廃墟で人を脅かすって話は聞いた事もあったし、実際に出る廃墟にお父さんと行った事もあったからそういった耐性がついていたつもりだったけれども、こういう予想外の方面で責められるとちょっと……」

 

 視線逸らしやがったなコイツ。あとオダマキ博士よ。娘をそういった所へ連れて行くというのはいかがなものなのだろうか。

 

「ちなみに、その廃墟に行った時はどうだったんだ?」

 

 昔の状況を思い出そうとしているのか、軽く唸っている。そういった恐怖体験はトラウマになっていないようだ。素晴らしく肝っ玉が強いな。

 

「あー…………別になんともなかったかな。うん。さ、最初は全然問題なかった」

 

 今言い淀んだな? ハルカも余計な事を言ってしまったと自覚しているのか、微妙な顔をしている。ここで話を切ってやるのが紳士なのだろうけど、あいにく今日の俺は別段紳士でもなかったようだ。俺が紳士な時に話すべきだったな。

 

「最初は……ねぇ……ふむ。なら最後は?」

 

「ええっと……言わなきゃだめ?」

 

「だめじゃな」

 

 こんな美味しい話題を酒飲みが逃がすはずないじゃないか。焼酎の肴にしてやるからお話しなされよ。

 

「最後の方にね? やけに人に近いんだけれども、どこか違うようなモノに化けて出てきた時に泣いた記憶が……」

 

 人に近い何かか。ふむ。

 

「たぶんアレだな。そのゴーストタイプのポケモンは、不気味の谷現象を上手く使いこなす個体だったんだろう」

 

「不気味の谷現象?」

 

 教えたことなかったっけか? ……まぁ、あんまり使わない単語か。

 

「不気味の谷現象ってのは、絵や人形、ロボットの外見を人間に近づけていくと、ある時点で突然強い嫌悪感に変わるというロボット工学の分野で提唱された経験則だ。あくまでも経験則でしかないのを留意しておいてくれ。とりあえずホラー映画や、ホラーゲームとかの演出で使われた例もあったと思う」

 

 個人的には面白いぐらいに印象が真逆になるんだよな。下手に人に近いせいで違和感が凄まじい事になるだけでなく、恐怖感も味わえるから、人を怖がらせる方法としてはうってつけだろう。

 

「こういった現象を上手く扱う事で、そのゴーストタイプのポケモンは廃墟に入り込んだ人間により強い恐怖感を煽っていたんだと思う。ああいったモノに周囲を囲まれたら大の大人でも発狂しかねないし」

 

 冗談抜きでアレは奇妙で気味が悪いから、上手く扱えるのなら凄まじい成果を出すだろう。明るい場所でもそれなりの威力なのに、場所や雰囲気、時間帯による相乗効果を考えると……なんか想像して寒気がしてきたぞ。

 

「へぇ……なんで不気味の()なの?」

 

「感情的反応の差……まぁ対象を見せた時の人の反応をグラフで書くと、ある時点から突然嫌悪感に変わって谷みたいにグラフが落ちるからだな。ただ、この谷を越えたら一気に親近感を得る事が出来ると言われている」

 

 あくまで擬似科学だから確実とは言えないけど、だいたい合ってると思う。

 

「まぁ、あれだな。とりあえずの結論として、人が居るはずもない廃墟などで歪な人間のようなものを発見した場合にまずこれを考えると、より対象を攻撃しやすくなるんじゃないか?」

 

 一度でもネタバレしたホラーなんてギャグかコメディにしかならん。

 

「つまりノータイムで攻撃するゾンビ映画の主人公みたいになれと」

 

「そういうことだな」

 

「スブ……」

 

 きっと大賀はそれでいいのかよとでも言っているんだろう。でもな、だいたいそれでなんとかなると思うよ?

 

 

 

~~技を叫ぶ意味って? ~~

 

「キョウヘイ先生ってずっと技を言わないでも行動する練習をしているよね?」

 

 御神木様達が【タネマシンガン】のタネに凹みを付ける訓練の監修をしていると、机で勉強中だったハルカが疑問を投げかけてきた。

 

「そうだな。俺はその方が不意を突く事が出来ると考えているぞ」

 

 なのでハンドシグナルも目下研究中ですよ。あんまり進んでいないけど。当たり前だけどアレは俺が先頭に居る時には素晴らしい効果を発揮できるけれど、俺が後方に居た場合は逆に前線組が隙を作る原因になりかねないのがなぁ……どうにかならんものか。

 

「でもトーナメントだとかのトップ勢は皆叫んだりしているよね。アレはどうしてなの?」

 

 ああ、ソレか。結構重要な情報のやつだな。いつか聞かれるとは思っていたが、とうとう来てしまったか。

 

「それはな。ポケモンが時折物理法則を無視した動きをするからだ」

 

 今目の前にいるハルカの頭には色々な思考が渦巻いているのだろう。俺も気がついてびっくりした。そして先制の爪の異様さを再確認した。

 

「そもそも、ポケモンは物質的な存在でありながら同時に体の電気信号化等のエネルギー的な性質を持ち、体を急に小さくしたりパソコンによって転送する事が出来るだろ?」

 

「うん」

 

 ポケモンは半エーテル体のようなものなのかもしれない。これこそがポケモン学の根底であり、先ほどのハルカの問いに対する答えそのものである。なんだかここだけを抜き出すと、横スクロールのシューティングゲームに出てきた人類が生み出した覚めることのない悪夢に似てる気がしなくもない。

 

「要はだ、彼らポケモンは時折、物理法則を無視したような動きをするんだ。最近で分かりやすいのは……ああ! ケントさんのカブトプスと網代笠が戦った時だな」

 

 そう言いながら録画した対戦データを探し、ムービーを流し始める。場面はかなり最初。ケントさんのカブトプスが一気に踏み込んで【いあいぎり】を行った瞬間の少し前まで飛ばす。

 

 【やどりぎのタネ】を切り捨てたカブトプスが網代笠に肉薄し、網代笠が後ろへ下がろうと重心を後ろへ下げたこの瞬間。『前へ出ろォ! 【タネマシンガン バックショット】』と、録画された映像から俺の声が響き、『キノコォ!』と網代笠が対応した。

 

「ここ! ここだ。この場面で俺は、カブトプスが振り下ろしかけた瞬間に前へ出ろと叫んだ。しかし網代笠は既に後ろへ下がる体勢をしていて、重心も完全に後ろへ引いてしまっている。しかし、次の瞬間には対応してカブトプスの方向へ……つまり前方へ飛び出しているんだ」

 

 四天王にすら技を通用させてくるような熟練の相手が腕を振り下ろすよりも早く、声以外の前触れすらなく、急激に方向転換をしたように網代笠は前方へ飛び出している。先んじて動いた結果ここで間に合っているのだ。普通に声を聴いて、判断してから動いたとしても間に合うはずもない。ここは物理的にはありえない挙動だろう。

 

「このように、掛け声によってポケモンが一部の事象すら越える事がある。上位トレーナーはこれをバトル中で上手く扱っているんだ」

 

 避けやすくなるだけでなく、急所にも当てる確率が上がるとかなんとか。

 

「……これって狙って出来る事なの?」

 

「ぶっちゃけ言うとわからない。どうなんだろうな? ちなみに動画のこれは偶々だ。旅館に泊まっていた時に聞いてみたけど、ダイゴさん曰くポケモンと一心同体になれば出来るとのことだ」

 

 やっぱトップ勢パネェな。長く一緒に暮らしていたり、訓練などを一緒に行うことで一心同体になれるみたいにも言っていた。ある種の極致であり、ここに到れるからこそのチャンピオンなのだろう。

 

 まったくもって無茶苦茶にも程がある。

 

「なるほどなぁ……ダイゴさんを改めて凄いと思ったかも」

 

 だからせめてそのかもは取ってあげてください。

 

「……ただな、この現象を人為的に起こしやすくする持ち物がこの世に存在するんだ」

 

「……え?」

 

 ハルカが愕然とするのも無理はないだろう。俺が精々先攻が取りやすくなる程度だと認識していた持ち物は、俺の予想を遥かに超越していたのだから。

 

「先制の爪という道具があってだな。コイツは体感2割の確率でさっきのアレを人為的に発生させるらしい。現状の入手方法は不明だ」

 

 トレーナーズスクールでは貰えなかったし、サンドからの発見例も挙がっていない。恐ろしい想像だが、もしかすると情報を封鎖してどこかで独占しているのかもしれない。とりあえず砂漠に行ったら探してみるのも十二分にアリだろう。既に予定に入れてある。

 

「……キョウヘイ先生? どうしたの?」

 

「さっき入手方法は不明とは言ったけどさ、調べていた時の情報の中に一つ不思議な情報が混じっていたんだ。以前眠りの森でハルカが見かけたかもしれないポケモン……ミュウの爪が先制の爪の素材なんじゃないかとな」

 

「ミュウの?」

 

「そもそもミュウというポケモンが幻すぎて情報が少ない。故にこういった憶測が生まれたのだろうと、俺の知識ではありえないという判断を下しているんだが……その割にはどうにもそれに対する情報が濃いんだ」

 

 調べれば調べるほどにある程度の情報が見つかる。素人がネットでさらっと探した程度でこれなのだ。専門家ならもっと深い情報を持っているのかもしれない。

 

「まぁ都市伝説の一つ程度の認識で問題無いだろうと思う。先制の爪も手に入れることが出来たら儲け物程度だろうな」

 

 買うとしたら凄まじい金額になる。まぁ、こういった欲を出すから人はミュウに会えなくなるんだろうなぁ……

 

「ミュウか……いつかしっかりと出会ってみたいなぁ……」

 

 ハルカの小さなボヤキは、そのまま虚空に飲み込まれていった。

 

 

 




化屋敷は見るなの屋敷を参考にさせていただきました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。