カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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【しびれごな】とオーバードーズ

 ウインディやハルカを先頭に、4階5階と砂でできたスロープを登ってゆく。道中の部屋の探索は予定通り完全に行わない事にした。

 

 本当なら俺達が先頭になりたい。しかし、御神木様達の戦闘方法は防衛を基本としてきたから、仮に先頭になっても【タネマシンガン】ぐらいしか速攻に活用できないのが困りものだ。

 

 しかも、その【タネマシンガン】そのものも速攻にあまり向いていない。まぁ元々の素早さが足りていないというのが一番の原因でもあるが。

 

 【フラッシュ】さえ手に入ればかなり攻撃的に変換できるのに、石の洞窟で貰えるという自前の情報以外に入手方法が不明なのが問題だな。

 

 そんな思考の傍らこのまま順調に登り切れる事を期待したが、案の定というべきかこのスロープでは6階までしか登れないようだ。

 

 次の階へ登るために、スロープから飛び出て6階の大きな通路へ入る。見た限りスロープの出入り口のような比較的細めの通路は、すぐに太い通路に合流するような設計になっているのだろう。

 

 通路に出て左右を確認すると、右は行き止まりだが左には太い通路が続いているのが見えた。幸運なことにこの階もどこかが崩壊していたり、道が途絶えているという心配はしなくてよさそうだ。足場もしっかりしているから、ゲームの時のような崩落の心配はしなくてもいい。

 

 左の道を確認すると、中央付近にマグマ団によって侵入を妨害する用のバリケードが構築されているのを発見した。

 

 どうにも簡単には通り抜ける事が出来なさそうだな。バリケードそのものは簡易的な物のようだが、視覚的な威圧感や閉塞感は凄まじい。また、射線の通りも悪い為、遠距離攻撃系では技の命中はあまり期待できそうにないな。

 

 そんないやらしくなるように設置されたバリケードの奥には、何故か怪我を負ったゴルバットとドガースがその場でフラフラとしている様子が見えた。ちらりと見た限り目もかなり充血しているようだ。

 

 あの二匹で小競り合いでもしたのか? 見渡す限りでは仲裁役になりそうなマグマ団の下っ端は見当たらない。どこかに隠れているのか……それともさっきのようにこいつらは捨て駒という事か?

 

 いや、余計なことは考えない方がいいかね。勝手にダメージを負ってくれているのだから、ラッキーだと思う事にしよう。

 

 今は一分一秒でも足を止めたくない。さっきの【じばく】に反応したのか、既に下からは嫌な気配が増し始めている気がするし。最上階を目指して、このまま突撃の勢いに乗ってバリケードを突破しよう。

 

「ウインディ! 【かえんぐるま】で突っ込んで!」

 

「グルァァァァア!」

 

 ハルカも同じように考えたようで、ウインディに突撃の指示を出した。ならこの流れを切るべきではないと考え、それに続くように網代笠に指示を出す。

 

「【しびれごな】で援護!」

 

「キノコッ!」

 

 ゴルバットさえいなければ大賀で強行突破できたのだが致し方ない。まぁ、網代笠もゴルバットとはタイプ的に相性がとても悪いが、まともに戦わないで無力化する方法があるから問題はないはずだ。

 

 鮮やかな炎を纏ったウインディが頭からバリケードに突っ込んでぶち破るように粉砕し、飛び散った破片を燃やしながらゴルバットやドガースに突撃してゆく。そして、ウインディが通った事で地面に炎の線が刻まれ、その跡に隠れるようにしながら網代笠が走り始めた。

 

 バリケードが破壊された事でけたたましい音が周囲に響き渡る。しかしそれでもドガース達はその場で固まったままで、まったく動きださない。疑問に思っている間にも刻一刻とドガースにウインディが近づいてゆく。

 

「ドガッ!?」

 

 そのまま後ろを向いたままの状態のドガースに対して奇襲気味に【かえんぐるま】が直撃し、衝撃で奥の壁まで殴り飛ばされたドガースは泡を吹きながらその場に倒れた。物理防御が高めなのがドガースのウリなはずなんだが、どういうことだ?

 

「ゴルババババ!!」

 

 完全に相手の不意を打ったと思ったのも束の間、異様な反応速度でゴルバットがウインディの【かえんぐるま】をひらりと避け、その場で反転する。

 

「ギャウンッ!?」

 

 こちらが呆然としてしまった瞬間、空中で体が伸びきったことによって死に体となったウインディに向けて、ゴルバットはヨダレを撒き散らしながら返す翼を赤黒く光らせ、【つばさでうつ】でウインディを地面へ叩きつけた。

 

「ウインディ!?」

 

「キノォ!」

 

 その隙をついて網代笠が黄色い【しびれごな】をゴルバットの顔に浴びせかける。ここでゴルバットが【かぜおこし】や【ふきとばし】をしてくるのなら、そのまま第二の手を打つと決めて様子を見る。すると――――

 

「ゴゴゴゴゴッ!」

 

「……え? ……なに……あれ?」

 

 ――――ゴルバットは何故か大笑いしながら、半狂乱のように顔にへばりついた【しびれごな】を大きな舌で舐め始めるという明らかに異様な行動をとり始めた。【しびれごな】の味が気に入ったのか、はたまた体が痺れるのが癖になったのか分からないが、一心不乱に【しびれごな】を摂取しようとする姿は異様としか言いようがない。

 

 言葉を失い、そのまま唖然として眺めていると、すぐにその許容量を越えたのかゴルバットはその場に墜落し、胃をひっくり返したかのように嘔吐すると動かなくなる。とりあえず勝負はついたようだが、俺達の中に先ほどまでのような勢いはなくなってしまっていた。

 

 バリケードの近くで上へ続くスロープを発見することができた。もしかすると、マグマ団はスロープの近くにバリケードを設置しているのかもしれない。

 

 逃げようと思えば逃げることができるという心理的な余裕はありがたいな。まだ同じ階層にマグマ団がいるかもしれないが、これは一度現状を確認しておくべきだろう。

 

 時間を稼ぐ為にスロープの反対側の通路を御神木様の【ステルスロック】で完全に封鎖しておく。これで多少は保つはずだ。

 

 さて、ポケモンがあんな異様な行動をする原因はなんだ? 近い症状を出すようなものは……と考えながら墜落したゴルバットに近づくと、その周辺に破片に混じって小さな箱が散乱しているのを発見した。

 

「キョウヘイ先生! まだ中身が入っている箱を見つけた!」

 

 急変したゴルバットの様子を見ていたハルカが、まだ中身の入っているものを見つけたようだ。

 

「これは……戦闘用アイテムか?」

 

 箱には構成成分と共に一般的な戦闘用アイテムの名前が書かれている。随分と準備は万端だったようで、戦闘不能になったゴルバット達の周りにはプラスパワー、ディフェンダー、スペシャルアップ、スペシャルガード、スピーダー、などの使用済みの箱が数多く転がっている。

 

 エフェクトガードに至ってはこの場で臨床試験の第II相試験を行っているらしい。という事はこれはマグマ団が独自で開発したのだろう。詳細な効果すら不明なものをよく現場で使う気になったな。信頼性0だぞ?

 

 これら全てがゴルバット達に投与されていたとなると、能力を飛躍的に増大させて、その状態を無理やり維持させることができるはずだ。しかし、やはりその分反動は凄まじい事になる。先程までの異常な反射神経や目の充血、覚束無い足取り、錯乱による多少の怪我など行動は、戦闘用アイテムをオーバードーズした事による影響だろう。

 

 しかもここから得られる情報はそれだけではない。現状確認されている戦闘用アイテムのオーバードーズによる副作用の発生は摂取から1~2時間とそれなりに時間がかかったはず。だからさっきの【じばく】の音を聞いてから過剰投与したという感じじゃないな。

 

「マグマ団が到着してすぐにと言ったところか」

 

 しかし、空箱に混じって使用していない戦闘用アイテムも転がっているのはいったいどういうことだ? 慌てていた訳でもない。手元が狂って落とした……なんてのはありえないな。用意周到な相手だ。だからこれは意図的に落としている。

 

 …………毒か? だが罠としてはわかりやすすぎる気もするが……ああ、これは対人用じゃあなくてショゴス用かもしれないな。

 

「ゴルバット達はどうしよう……」

 

 心配そうな目でハルカがぼやいた。やはりゴルバット達を助けたいのだろう。確かにこのまま置いておくのは良心が痛むというのもわかる。けれど、助けようがないのが現状だ。

 

「非情に聞こえるかもしれないが、今の俺達では生理食塩水を飲ませる以外に回復させる方法は何もない。ポケモンが持つ自己回復能力に期待するしかないな」

 

 すがりつくような目で見られても、対処法がほとんどないという答えに変わりはない。

 

「あのエフェクトクリアとかいう薬は?」

 

 確かに御神木様達がオーバードーズを起こした等の緊急時用に、【くろいきり】と同じ効果を発揮するエフェクトクリアなる薬を持ってはいる。

 

 だがしかしな、あれはオーバードーズの効果を打ち消してくれる物ではないし、そもそもここに落ちてるエフェクトガードは市販のものと成分が異なっている。善意で行った投薬が、重大な薬物相互作用を引き起こす可能性も十分にあるのだ。

 

「今のゴルバット達では、先に投与されてしまったエフェクトガードのせいで阻害されるのがオチだろうな。それに……この先にも出てくるであろうオーバードーズ状態のポケモンの全てに打つだけの量は買ってないぞ」

 

 …………それに、仮に回復してもその精神まで回復できるとは限らない。効能が切れた時の絶望感から逃れるため、また同じ高揚感を得る為にトレーナーを襲うなども考えられる。

 

 完全に壊れきる前に、今ここで止めを刺してやるのが一番良心的なのかもしれない。とはいえ、ここでそこまで時間をかけたくないというのもある。

 

 ……まぁ無難に回復力に賭けておくか。

 

 俯いているハルカに追い討ちじみた言葉をかける。

 

「これから先についてだが、幻影の塔の中ではこの状態になったポケモンを助けるという考えを全て捨てろ。俺達は神様じゃない。都合のいい手段がいきなり発見されるなんてこともないんだ」

 

 ハルカもこれでこの旅の危険性と異常性を理解出来たはずだ。

 

 今までマグマ団に出会っても、その組織の恐ろしさを体現するような事態や、目的ゆえに全てを犠牲にするだなんて行動を行う相手を直接見た訳ではなかった。一番身近に感じられたのは、恐らく眠りの森の電波事件ぐらいだ。

 

 しかし、その電波事件だって知った時には全てが終わっていて、資料として目を通し、網代笠の体について知った程度でしかない。

 

 しかしこれが現実だ。今までマグマ団が発生させた事件でも、その過程ではこれに似たような様々な犠牲が生じている。そして、そんな犠牲を生み出しているのは何もマグマ団だけではないはず。

 

「これを悔しいと思うのなら、この光景を忘れるな。次に同じような場面になった時には助けられるように、少しでも足掻ける手段を手に入れろ」

 

「…………自分で望んだ未来を掴むために?」

 

 ハルカの真っ直ぐな視線が突き刺さる。意識が変わったからか、少し大人びたような表情になった気がする。

 

「そうだ」

 

 だからそのまま顔を上げて前を向け。目標を決めて歩み続けろ。そして――――――――『全てを諦めた』俺のようにはなるな。

 

「ッと?」

 

 ほんの一瞬意識が薄れ、視界が歪んでその場でぐらりとバランスを崩しかけた。俺の体も結構ガタが来はじめているのかもしれない。

 

「キョウヘイ先生?」

 

「いや、軽く立ちくらみが起きただけだ。問題無い」

 

 軽く頭を振り、違和感を飛ばしてから大賀をボールから出す。ハルカにもこれからの手順を説明しないといけない。

 

「さて、空気を少し変えよう。相手がドーピングして強化されている以上、まともにやり合う必要はない。ウインディの背中にハルカと大賀を乗せて強制突破を敢行する」

 

「どうやって?」

 

 ハルカに詳しく説明しようとしたタイミングで、下の階から壁を無理やりへし折ったような壊音とナニカの悲鳴のような異音が響き渡った。とうとう始まったらしい。

 

「なに……今の音……」

 

「ショゴスの悲鳴だろうな。大方、マグマ団によって予想外の手痛い一撃でも貰ったのかもしれない。今のうちに急ごう。道中で説明をするから、先に上へ続くスロープに行って安全を確保しておいてくれ」 

 

「うん。わかった!」

 

 ハルカにそう指示を出した後、直接触れないように手袋をしてからゴルバットとドガースを吐瀉物の海から救い出し、奥から見て死角になる位置に引きずって移動させた。

 

   ◇  ◇  ◇

 

 ウインディに乗ったハルカ達を先頭にして一気にスロープを駆け抜け、その後ろを必死になって自力で走って追いかけ続ける。

 

 スロープの合間合間に夕立の【てだすけ】によって強化されたウインディの突破力は凄まじく、戦闘用アイテムで強化されたドガースといえどもその一撃が直撃すると、流石に一溜まりもないらしい。勢いのまま殴り飛ばされてしまう事で、無理やり道を作り出してゆく。

 

 この速度を上げて無理やり穴をぶち抜くスタイルはウインディと噛み合ったようで、予想以上に反撃ダメージを少なくした状態で登ることができた。

 

 しかし、その代わりに階層を跨ぐ度に技ポイントを回復させ、一度ボールに戻して下がった能力を元に戻し、夕立の【てだすけ】をかけ直すという手間がかかった。また、鳴子トラップなどの妨害もあり、疲労が増えて確実にこちらの集中力をすり減らそうとしてくるのが本当にいやらしい。

 

 そうして神経を張り詰めすぎたせいか上の階に上がるにつれて下からの威圧が減る反面、どうにも奇妙な気配を感じるようになってしまった。あまり近づくべきではないと、心のどこかから警告されている気分だ。

 

 しかし、そう悪いことばかりという訳でもない。

 

 下っ端の付いていないオーバードーズ状態のポケモンが1階層毎にフロアを見張っていたことが、こちらにとって予想外のメリットとなった。

 

 彼らは【しびれごな】を浴びせかけると途端にこちらへの興味を失って、ただただ【しびれごな】を舐めるような行動をし始める。おそらく体の感覚が鋭敏になりすぎているから、少しでも鈍くさせたかったのだろう。

 

 その結果、全体的に考えれば侵攻速度はかなり早くすることができた。

 

 人、ポケモン問わずに【しびれごな】を積極的に浴びせかけた事も相まって、途中でマグマ団の団員が人力で伝令する速度を完全に追い抜けたらしい。15階までは完全に待ち受けられていた事が多かったが、それ以降は奇襲で完全に突破する事ができた。

 

 そして20階を越えた辺りから、とうとうバリケードも唯のバリケードではなくなり、【まきびし】や【ステルスロック】が撒かれているなど攻撃的なものに変化し始める。これ以上上層へ行かせたくないのだろう。

 

 強化型バリケードの奥に見えるのはサボネアとグラエナか。その隣ではマグマ団の下っ端が何やら指示を出しているようだ。グラエナの臭いによる追跡が少しばかり厄介だが、バリケードを突破する程度なら問題無い。

 

「スブブブブ!」

 

 事前に指示を出していた通り、大賀が先行していたウインディの背中からにゅっと顔を出して【スモークショット】をバリケードに撃ちつける。

 

 着弾した【スモークショット】は周囲に【しろいきり】を撒き散らし、相手の視界を一方的に白く塗りつぶした。

 

「サボネアは【とうせんぼう】で食い止めろ! グラエナは【すなかけ】!」

 

「サボネ!」

 

 進軍を阻止しようと白い霧の中からサボネアが飛び出し、ウインディの進路を塞ぐように立ちはだかる。仁王立ちするその背後からは、ウインディの目を潰そうと砂が飛び込んできた。

 

「そのまま突っ込んで【インファイト】!」

 

「グルァァァア!」

 

 しかし、そんなものは関係ないとばかりにウインディは前足を光らせて、勢いをつけた状態でサボネアに右前足を振り下ろす。【インファイト】が身を掠めたサボネアは、ボウリングのピンのように弾き飛ばされた。

 

 サボネアに対して一撃を繰り出した事での速度の衰えなど気にしもせずに、バリケード付近で更に加速する。【まきびし】で強化したバリケード程度では、完全に勢いの乗ったこの破城槌は止められない。

 

 振り落とされないように必死になっているハルカと大賀の姿が見えるが、今までも結構無茶な乗り方していたし、きっとそろそろ慣れてきたはずだ。たぶん大丈夫だろう。

 

 そのままバリケードを粉砕し、勢いの乗った破片を白い霧の中へ散弾のようにぶちまけた。仕事を終えたウインディは、障害物のなくなった道をそのまま勢いよく真っ直ぐに突っ切る。すると、通った後には白い霧を矢が裂いたようにぽっかりと穴が空いたようになった。

 

 破片によって相手が怯んでいる間に俺自身もそこを一息で走り抜け、すぐさま網代笠と御神木様をボールから出して指示をだす。そこでようやく相手も反応したようだ。

 

「【しびれごな】散布! その後【ステルスロック 城】で壁を!」

 

「キノコッコ!」

 

「クギュルルルル!」

 

「【たいあたり】で止めろ! ゴホッ……ゲホッ!」

 

 白い霧の中で網代笠が【しびれごな】を撒き散らす嫌がらせを行ってから、奥へ殴り飛ばしたサボネアと後方にいるポチエナを分断するように、【ステルスロック 城】で分厚い壁を作り出す。

 

 その直後に壁の向こう側からゴンッと鈍い音が聞こえてきた。【しびれごな】を吸っても尚突っ込んできたようだが、ぎりぎり間に合ったらしい。

 

 まぁ御神木様にとって【ステルスロック】による相手の行動の制限は、ある意味原点回帰のようなものだろう。最初はずっとこればかり練習してきたのだ。今更即座に壁を作り出す事など最早造作もないという事だな。

 

 後は孤立したサボネアを叩いて階層突破だ。止めとばかりにサボネアに【れいとうビーム】を食らわせて、その場に放置する。

 

 それからすぐに、バリケードを突破した勢いのまま21階へのスロープを登り始めた。この今いるスロープは、今までの折り返し型のスロープではなく、階を大きく回るように螺線状に上へ続いている。もしかするとこれが最後のスロープなのかもしれない。

 

 そのままスロープを登り続け、今までならとっくに次の階層へたどり着いているだろう距離を越えた辺りからは、次が最上階だと確信し始めていた。

 

「そろそろ最上階かも」

 

「だな。気を抜かずに進もう。夕立は網代笠とウインディに【てだすけ】を頼む」 

 

「ブイッ!」

 

 最後のスロープを登りきりった先には、巨大墓地にあった聖域のように厳かな琥珀色に輝く壁が周囲を埋め尽くしていた。三角形に似た部屋の広さは30平米ぐらいだろうか。窓のように空いた穴から入ってくる光によって、部屋中が琥珀色に輝いている。

 

 ――――しかし、神々しさとは一転して部屋には死の気配が充満しているように感じる。鳥肌が立ち、背筋に氷を突っ込まれたかのように小さな震えが止まらない。

 

 ハルカに気づかれる前に震えを噛み潰して、早歩きで中央へ進む。

 

 中央には琥珀色に輝く1対の巨大な柱が立ち誇っており、その間に何かが置いてあったような空間がぽっかりと空いてしまっていた。おそらく目当てのモノはあそこに鎮座していたのだろう。それがないとなると、既に荒らされた後なのかもしれない。

 

 目を細めて辺りを見回すと、左奥にも部屋が繋がっているのが見えた。ここから更に奥へ入って行ったのかもしれない。ここで待ち伏せするか……それとも中に突っ込むか。

 

 ゴルバット等を扱えるという事は、相手はスロープの他に窓からも外へ出る事ができるはずだ。そこから逃げられてしまうのはなるべく避けたい。…………仕方がない、入るか。ハルカにそう伝えて、先に内部へ突入する。

 

 スロープのあったエントランスのような入口を抜けると、何本も巨大な柱が立っている大きな薄暗い広場のような場所に出た。まるで首都圏外郭放水路のようだな。

 

 その奥には6対の青白い炎で囲まれている祭壇があり、そのすぐ下にマグマ団の女団員が一人とマグマ団の制服を改造した物を着ている女がいる。制服の改造が許されるという事は片方は幹部級の奴だろう。

 

 幹部級の姿は紫色の髪に角の生えたフード。リブ編みの縦セーターにタイトスカート。何よりも特徴的なのは背の小ささだろう。平均的な小学生よりも背が低いように見える。その割には身長と体型が噛み合っていないのも特徴と言えば特徴だな。トランジスタグラマーだったか、一部の男からはとても人気が出るような体型だ。

 

 ――――しかし、そんな魅力を消し飛ばすほどの重圧と死の気配がアレからは放たれている。あと数歩前に進んだら前方を走り去る特急電車と接触する。腹の奥底からゾワゾワと忌避感や嫌悪感が溢れ出てくるのに、何故か吸い寄せられるように眺めてしまう。

 

 アレは間違いなく死の気配だ。そしてアレがここにいるせいでこの階に入った瞬間、死の気配を感じたのだろう。

 

 そんな奇妙な気配を醸し出している女幹部はその場でメモに何かを書いており、すぐ横で女団員が何かを叩きつけるようにしている。しかし、ここからではそれがなんなのかがわからないな。

 

 それにしても、あんなに近くに死がいるのになぜあの女団員は気がつかないのか。

 

 待ち受けている様子ではない。囮……という感じでもないな。自信の表れか……はたまた奥まった場所に居るせいで、すぐ下の階での戦闘に気がついていないのか。しかし、少なくとも【じばく】の音ぐらいは気がついているはずだがどういうことだ? あと、ズバットを用いて伝書鳩のような事だってできたはずだ。

 

 なぜ気がついていない?

 

 柱を盾に更に近づいてゆくと、大きなシャベルで何かを荒々しげに粉々に砕いているのが見えた。ストレスの発散……という雰囲気ではない。まるで親の敵とでも言いたげな雰囲気で一心不乱に石の塊を破壊し続けている。あれがなんなのかは女幹部から直接メモを奪えばわかる事だろう。

 

 近づいていくのと同時に、死の威圧感がどんどん増してゆく。疑問に思いハルカへ軽く目をやるが、どうにも同じものを感じている様子はない。俺がおかしいのか? 訳がわからなくなりそうだ。

 

 ただとりあえず言える事は、あの女幹部とまともに戦うべきではないということだろう。本能がそう告げてきている。だから奇襲するなら今だな。そう考えて動こうとした瞬間――――

 

「グルルルルル!」

 

 ――――ウインディの唸り声と共に、急に何か大きなものによってその場に押し倒された。

 

 




本編でマグマ団ばかりアレな感じに書かれてしまっていますが、安心してください。どの陣営も、方向性は違えど似たような感じです。

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