カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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カガリと三つ頭

 急にもふもふとした何かにのしかかられる。完全に予想外だった事も相まって、なすがままに押し倒されてしまった。

 

「ウインディ!?」

 

 ハルカの驚愕した声が後方から聞こえた直後、広場の影から小さな針が大量に放たれて、びっしりとウインディの脇腹付近に突き刺さる。先んじてウインディが押し倒してくれていなかったら、針は俺の頭に直撃していただろう。庇ってくれたのか。

 

 かなりの量の針が脇腹に刺さっているはずなのに、ウインディはそこまで痛そうにしていない。

 

 もしかするとタイプ的に優っていてそこまで威力がなかったのかもしれないな。そしてあの大量の針には見覚えが有る。全ての条件で考えられるのはおそらく【ミサイルばり】だ。となると影にいるのはサボネアか?

 

「………………………………だれ?」

 

 なんだか独特な空気の女幹部だが……こんな奴いた記憶がないぞ。やけに間が空くのは失声症? ……いや、先ほどの感じだと場面緘黙(かんもく)か? それはそれとして、俺の知らない女幹部とは面倒な。

 

 しかし観察し続ける余裕が少なくなったな。これでこちらは完全に気が付かれてしまった。隠れていても無意味だろう。

 

 女幹部がこちらを意識したせいか、死の気配が一気にこちらへ向けて放たれる。その圧力に体が一瞬硬直しかけたが、こんなところで躓く訳にはいかない。唇を噛み、かなり無理やりだが体を動かしてゆく。

 

「下の奴らは伝令もロクにできないのか。お前ら、どうやってここまで入って……」

 

 ウインディの下から這いずるようにして現れると、何故か女団員がぎょっとした表情になった。

 

「その黒ヤギのマスク……お、お前! あの時のイカ野郎だな!」

 

 む? 女団員が反応したが別段知り合いでもないはず。ダイオウホウズキイカマスクを着用してマグマ団と関わった時となると…………ああ、あいつ育て屋の時のタマゴ泥棒か。ハルカも思い当たったようで、眉間に皺がより始めている。

 

 ――――この展開は先んじて仕込みができそうだ。

 

「なんだお前、あんなに残念な形で逮捕されたのにもう釈放されてたのか」

 

「うるさい! あんたのせいでカガリ様の親衛隊になるまで遠回りするハメになったんだ! やっちゃえノクタス! 【ミサイルばり】よ!」

 

「【かえんほうしゃ】で焼き尽くして!」

 

「グルァアアア!」

 

 質問が頭にきたのか、先ほどとは異なる方向から雨のように針が飛来してきた。しかし、奇襲じゃないのならまともに当たってなどやりはしない。

 

 予想通り間に入ったウインディが大迫力な【かえんほうしゃ】をして、飛来する前に針を全て空中で焼き尽くす。

 

 仕込むなら今だろう。炎によって炙られた柱の一部が煤けてしまっている。この【かえんほうしゃ】が届く範囲にノクタスが飛び込んでくる事はないだろう。

 

 それと重大な情報をあいつが吐いたな。

 

 カガリの親衛隊が今こうしてここにいるという事は、あの女幹部は十中八九カガリだ。視線をズラしカガリの無表情に近いような無機質な表情を見る。まるで感情を感じさせないせいか、人間味が薄く感じてしまう。

 

 こんなキャラじゃなかった気がするが……どうしてこうなったよ。

 

「あー! クソックソックソッ!」

 

 そして、そのすぐ隣も隣でどこかおかしい。

 

 別にそこまで挑発した訳でもないのに、勝手に顔が真っ赤になってやがる。攻撃が当たらないからその場で地団駄って、なんか以前よりも精神年齢が幼児化していないか? 以前戦った時はここまで情緒不安定な相手ではなかった気がするが。まぁ、こっちには都合がいいからもっとやってくれ。あのまま置いておこう。

 

「ああ、君はカルシウム足りてないんじゃないか? 好き嫌いしないでしっかりとモーモーミルクも飲まないと大きくなれないぞ。それと過剰なストレスは肌荒れの原因になるから、今からでもなるべく大らかな性格になることを意識するといい」

 

 適度に煽っておくのも忘れない。

 

 それにしても、無音で悟られずに相手の死角を突くように動けるノクタスか。敵として出るなら厄介そうに見えるが…………他の団員ならばともかく、あの下っ端、もとい親衛隊が扱いきれるとは到底思えないが。そもそも、あいつよくそんな感じで親衛隊にまでなれたな。

 

「相性的に有利だし、アレの相手は頼んだ」

 

「撤退のサインは?」

 

「ホイッスル」

 

「わかったかも」

 

 わざわざ相性が微妙な御神木様達で戦う必要もないよね? 勝手に叫んでいるのを無視するように、ハルカとウインディがノクタスとの戦闘を開始し始めた。あのノクタス、親衛隊の指示よりも自分で動く事を主軸に置いているようだ。

 

 ただ、だからといってウインディ相手だと臭いで隠れることもできないだろう。相性を加味せずに考えても負ける要素はない。

 

 だから――――俺はこっちを相手しよう。最初の仕込みがもう少しで終わる。

 

「さて、こちらとしては小さなその手に握られているメモが欲しいんだが」

 

「………………とりあえず……消えて」

 

 おおう、会話する気0ですか。邪魔とでも言いたげな雰囲気と共に、こちらを認識したせいか今まで以上に死の気配と圧力が増大していく。なんなんだコイツ? 本当に人間? 

 

 ――――いや、ボールから溢れ出ているのか。カガリの腰にあるボールベルトには4つボールがついている。そして、その内の一つだけ色が異なっており、控えめだが装飾もついているようだ。

 

「いやいや、それじゃあこちらとしてもお仕事にならないんですよ」

 

 そう言いながら手を握ったり開いたり、一つ一つの身振り手振りを大げさに誇張して相手の視線を引き受けろ。しかし自分は視線は相手から逸らすな。どこぞのジムリーダーのように見抜いてくる奴もいると頭の中で意識しろ。ピントをズラし、ぼやけたような全体図で全員の現在位置を確認する。ああ、もう少しだ。

 

「…………じゃあ……………………エンゲイジ………………します」

 

「交渉決裂か。ああ、そいつは残念だよ。実に実に残念だ。もう少し楽に仕事が終わると思ったのに」

 

 こちらの芝居がかったセリフを無視するようにカガリがサイドスローでボールを投げると、中から平均よりも一回りほど大きく、とてもガタイのいいグラエナが現れた。

 

 雰囲気に出さないように心がけるが、これはタイミング的に最悪だな。もう少しで【きあいパンチ】圏内だったのだが、今の距離で一撃で相手を無力化できる技は【しびれごな】が精々だろう。ひらひらと手首を曲げ、少し早めて奇襲実行の指示を出す。

 

 二度目の攻撃にウインディが対応してくれると信じていた。だから、【かえんほうしゃ】のど派手さが目に付いたあの一瞬、急に現れた光源が新しい柱の影を作り、新しい柱の影に網代笠を潜ませる事で相手の近くにまで走らせることができた。それに対応できそうだったノクタスは今戦闘中。こっちに気を回せるほどの余裕もない。

 

 ぬるりと祭壇の影から現れた網代笠が、祭壇の一部を蹴って跳ねるようにしてカガリに近づく。

 

「下からは死が近づいて来ているし、お前からも嫌な予感がビンビンする。だからこそ、今は手段を選ぶつもりもない」

 

「グルッ!?」

 

 グラエナが網代笠に気がついたか。その場で反転すると、威嚇しながら迎撃態勢を取ろうとし始めた。

 

「……? ッ!」

 

 カガリにも篝火によって映し出された網代笠の影で気が付かれたっぽいな。逃げる体勢だが、もう遅い。そこは網代笠による【しびれごな】の範囲内だ。

 

「【しびれごな】だ」

 

「キノコッコ!」

 

 網代笠を中心に撒き散らされた【しびれごな】は、カガリやグラエナを飲み込むように空気中に拡散されてゆく。完全に奇襲が成功したと確信した瞬間、カガリを飲み込んだはずの【しびれごな】は不思議な動きを見せた。

 

 何故か【しびれごな】が弾かれ、カガリを中心に薄い膜のような半円形のシルエットが浮かび上がったのだ。まるであそこにだけバリアが張られているようだ。

 

 アレが以前、ダイゴさんがマグマ団のアジトでマツブサにダメージを与えられなかったカラクリかね? ……確かめてみるか。そう頭の片隅で考えながらも、カガリへ向かって全力で走り始める。

 

 バリアのような物の中心にいたカガリが焦ったように転がって【しびれごな】の中から出てきた。案外、アレはあまり長く展開できないのかもしれない。

 

 一方グラエナはガクガクと足を震わせているだけで、その場から動き出す様子はない。【しびれごな】が直撃し、足が痺れて動けなくなったか。好機と見た網代笠が着地と同時に跳ね上がって溜めを作り、体を捻りながら重心を前へ前へと押し進めてゆく。狙うはグラエナの後頭部だ。

 

 ――――まずは1匹。

 

「【きあいパンチ】で締め」

 

 グラエナの特性:威嚇で攻撃が下げられた事など関係ないとばかりに未発達な右手に血気を送り、光り輝かせながら打ち下ろしの右ストレート(チョッピングライト)を炸裂させる。【きあいパンチ】が後頭部に直撃したグラエナは、そのまま地面に叩きつけられて倒れ伏した。

 

 そんな轟音が響き渡ったのと同じタイミングで、俺自身もカガリが抱えているメモ帳を奪うために更に一歩大きく踏み込む。感情が死んだように表情の変化が乏しかったカガリが、驚愕したような表情を一瞬浮かばせ、その直後目と目が合った。

 

 男女のうんぬんなんてこの場では関係ない。無慈悲な一撃を与える為、そのまま勢いと体の捻りを加えた掌底打ちをジャブ感覚でカガリへ放つ。このまま素直に直撃すればそのままメモを奪って逃走。バリアに守られるなら削りに入ろう。

 

 何かを感じ取ったのか、掌底突きが当たる直前にカガリはメモ帳を両手で抱えるようにして後ろへ跳び、逃げの体勢をとり始めた。しかし、今から下がってももう遅い。多少掌底突きの威力は下がるが、それだけだ。

 

 振り抜いた掌底突きが見えない壁に直撃した瞬間、ミシリッ! と薄い殻にヒビが入ったような音が先ほどの轟音を追うように部屋全体に木霊した。バリアの輪郭は見えないが結構耐久力を削る事が出来たのかもしれない。あの程度の防御力なら破壊するのは容易だろう。

 

 追撃は……無理そうだな。思っていたよりも距離が開きすぎだ。

 

 とりあえずアレがマグマ団の団員全員に配布されているのなら、至近距離で【じばく】という突飛な行動ができる事も頷けてくる。これであのバリアについてわかった事は空気等は透過するが【しびれごな】は透過しない。掌底突きは防がれるが石柱等の物体は透過するぐらいだな。どうやらあのバリアはそれなりに選択性があるらしい。

 

 基準は何だ? 敵意に反応して防ぐのか、はたまた被害そのものを分け隔てなく全て防ぐのか。ポケモンに装備させていないというのも気になるな。

 

 俺に殴り飛ばされた勢いで後ろに跳んだカガリがその場でボールベルトからボールを2つ外して構え、距離を取った事を確認してから不審そうな目でこちらを見てくる。表情を変える事は出来るのか。しかしこちらはそれどころではない。色違いで装飾が施されたボールには未だに一切手を触れていない事に気がつき、あのボールに対して更に警戒度を上げる。

 

「………………クレイジー」

 

 んなこと言われずとも既に聞き飽きとるわ。

 

「……………………キミ……何?」

 

 短い言葉ではあるが、だからこそその言葉が頭と心に響く。一瞬、看護師からの視線をフラッシュバックし、ズキリと鋭い痛みが走った。大丈夫。ああ、俺は大丈夫だ。少し他人と体がオカシイだけ。だから自分の体についてを知る為に今動いている。調べる理由は別に矛盾していない。【あいいろのたま】とも偶々関連性が発見されただけだ。だから俺はまだダイジョウブ。

 

「ただの一般市民の一人さ。一般市民で……それ以上も以下もない。その辺にいる人間だ。そう言うならお前らこそ、ソレはいったい何だ? まともな物じゃなさそうだが」

 

 こちらの問いに対しては何も答えるつもりはないらしい。言葉を遮るようにボールが2つ投げ込まれた。

 

 片方のボールからは、赤に近いようなオレンジ色の体毛に、背中に火山状の大きなコブを2つ背負ったラクダの様な姿が特徴的なバクーダが1匹。コータスの時とはまた違う荒々しいような火山を連想させるような雰囲気を醸し出している。

 

「バクー!」

 

 もう片方のボールからは、紫色で顔の真下にドクロマークがあり、まん丸い風船のような体型をしているドガース――――

 

 ――――それが3つ連なった特殊なマタドガスが姿を現した。

 

「マータドガース!」

 

 三つ頭のマタドガスとか初めて見たぞ、おい。三つの頭がそれぞれに動こうとしているのかボコボコとその場で蠢いていると、急に全ての目が曇りピタリと空中で静止し始める。その姿こそ異様ではあるが、マタドガスから放たれる力強さを隠しきれていない。

 

 自然に生まれたのか弄ったのかはわからないが、あのマタドガスの力はどこかの洞窟の主クラスだろう。

 

「バクーダと変異個体のマタドガスか!」

 

 ドガースを使ってくる下っ端がいたからもしかしたら程度には考えていたが、なにも現実に現れる必要はないのに。

 

 マタドガスは味方であれば高い防御力を活かした物理受けの頼れるヤツなのだが、敵として現れるととてつもなく面倒臭い。ついでに毒タイプというのも相まって俺達との相性が最悪であるだけでなく、技のレパートリーが広く、【じばく】や【だいもんじ】や【10まんボルト】を覚えるだけに、対抗できそうな鋼タイプである御神木様を初手で出すわけにもいかない。

 

 その上で、どう考えても御神木様達ではあのマタドガスを一撃で屠る事はできそうにないな。なのでやはりというべきか、炎タイプのバクーダから切り崩すべきだろう。まずはその為に場を整える。

 

「網代笠は戻れ! 大賀と夕立に任せる!」

 

「ブイッ!」

 

「スブブブブブ!」

 

 網代笠をボールへ戻し、即座に大賀と夕立をボールから出す。2匹共俺がやろうとしている事がわかっているようで、すぐに動ける体勢をとってくれている。ありがたい限りだ。

 

 いつの間にかジリジリとすり足のようにしてまた下がっていたのか、ここからカガリとの距離はもう30mほど離れてしまった。じわじわと奥へ向かっているが何か目的があるのか? ……こちらを奥へ引きつけている?

 

 更に奥を見回すには間にある巨大な柱が邪魔だな。とりあえず奥で何をする気か知らないが、これ以上相手が動き出す前にこちらから動く!

 

「【みずあそび】で湿らせろ!」

 

「スブッ!」

 

 大賀が何かを引き寄せるような動きをするとじわじわと地面の石が湿り気を帯び始め、ものの10秒程度で石の上に水たまりが発生する。しかし、相手もじっとしてくれている訳がないはずだ。

 

 ちらりと次に動いてくるであろうマタドガスの方へ目をやるが――――何故かマタドガスはその場で力を貯めていて動き出そうとしない。指示はまだ出ていないが、技が出せない訳ではなさそうだ。命令無視か、優先度の低い技でも使う気か? しかしマタドガスにそんな技があった記憶はない。

 

 まぁ何であれ、これは予想以上にダメージを喰らわずに済みそうだ。

 

「夕立はバクーダへ【あまえる】で援護!」

 

「ブイィ」

 

 バクーダへ小首を傾げ、鼻を鳴らしたような声を上げながら夕立がゆっくりと近づいてゆく。その外見は確かにあざとさがあるが……この薄暗い広場ではどこかホラーチックになってしまっているように見えてしまう。スローモーションで見たら怖さが倍増できそうだ。

 

「…………全体へ…………【いわなだれ】」

 

「ば、バクーダッ!!」

 

 【みずあそび】を見て炎タイプの技を止めたのだろう。指示を聞いたバクーダの背中の火山が猛々しく爆発した。そこから曲射の要領で大量の岩が舞い上がり、火山弾のように【いわなだれ】となって放たれる。

 

 しかし、先ほどのホラーチックな【あまえる】が思いの外効いたのか、転がってくる【いわなだれ】の勢いがない。直撃を受けた大賀と夕立は怯んだ様子もなく未だにピンピンしている。生き埋めになる事もなかったようだ。

 

 ただ、余波で太い柱の間に移動の阻害物として石がゴロゴロとバラ撒かれてしまった。これでは近づくのも引くのも一苦労だ。

 

 それにしてもカガリの指示は他の団員よりもテンポが遅いな。エンジンが掛かっていないのか、はたまた本当に場面緘黙(かんもく)なのか。あるいは本来なら使役する立場じゃあなく、こういった動きながらの指示を出すのに慣れていないのかもしれない。

 

 【いわなだれ】を受けきった大賀はマタドガスが動き出す前にバクーダを潰す為、射線が通り技の威力が最大限期待できる距離まで石を飛び越えながら一気に走り近づく。ただ、水タイプ4倍弱点であるバクーダなのだから水タイプの技を半減させる木の実を持たせるぐらいの対策はしているだろう。そのまま【ねっとう】を放ってもおそらくは手痛い反撃を受けるだけだ。

 

 だから1手【てだすけ】を加えて、確実に9割以上削れるようにする。初手に【てだすけ】を挟むと先制が取れなかった上にバクーダが戦闘続行できた際に詰むから安定性を取って出せなかった。しかし、対策を終えただけでなく先制をこっちが取れる事がわかっている以上、上から殴りつけに行っても問題無い。

 

「………………【トリックルーム】」

 

「【てだすけ】――――なんだと!?」

 

 そう予想していた展開は、すぐに脆くも崩れ去った。

 

「マータドガースッ!!」

 

 3つの頭がそれぞれ苦悶の表情を見せながら蠢くように慄き叫ぶマタドガスを中心に半透明の箱のような空間が生成され、広場のような部屋全体を飲み込んで侵食してゆく。

 

 素早さが低いポケモンから攻撃できるようになる【トリックルーム】なんて、完全に思考の範囲外の技だ…………しかし、あのマタドガスは仮にも洞窟の主クラス。何らかの特異を持っていても不思議ではない。安易に想定して走るべきではなかった。

 

 バクーダの援護としては最高の相性である【トリックルーム】は、最低でも頭の片隅に置いておくべきだったな。状況に焦りすぎて足が出たか。

 

 既に大賀は相手の技の有効射程圏内に飛び込んでしまっている。そのすぐ目の前には【トリックルーム】を最大限に活かす事ができるバクーダ。大賀が先に技を放つことができそうにない。

 

 カガリがかかったとばかりにほくそ笑む。確かに失策だった。最初からぶち抜きにかかっていた方がもっとマシな場面になっていただろう。

 

 ――――だがしかしな、俺達とてこの程度の修羅場はくぐり抜けてきている! 多少の修正は必要だろうが、完全に止まる必要などありはしないのだ。

 

 一番恩恵を受けるバクーダは大賀がいる限り炎タイプの技の火力が低下し続ける。物理攻撃もひるまなければ問題無い。マタドガスより先に動けなかった場合、マタドガスからの攻撃を耐えられるかどうかの勝負となるだろう。

 

 さぁ、互いに刺すか刺されるかの勝負といこうじゃないか!

 

「…………【いわなだれ】」

 

「バク――ダッ!」

 

 吠え上げたバクーダの背中から予想通り怯み狙いの【いわなだれ】が大量に放たれ、動きの鈍っている大賀を飲み込むように襲いかかる。多少の抵抗はするものの、既に攻撃状態に入っている為完全に避けきる事もできそうにない。

 

 そのまま大賀は大量の岩に下半身を飲み込まれ、その場で動けなくなってしまった。怯まなかったものの、石の波からもがいて出るにはやはり1手遅い。先んじるように身動きの取れなくなった大賀の右横にマタドガスが現れる。

 

 あの状態ではロクにガードもできず直撃を受けてしまう。間に援護を入れようにも、夕立はもう【てだすけ】の状態から動くことができない。

 

「…………【ヘドロばくだん】」

 

 それぞれ3つの顔にある口からヘドロでできた巨大な球体が吐き出され、3つ重なるようにして大賀に直撃し、ヘドロを周囲に撒き散らすように大爆発を起こす。爆心地にいる大賀は大ダメージどころではないはずだ。

 

 飛び散ったヘドロは壁や床にへばりつくと、ボコボコと弾けるように泡立ち、紫煙を立てながらむせるようなヘドロの悪臭を薄暗い広場中に広げている。【ヘドロばくだん】の着弾地点は毒々しい紫煙で隠されていて、大賀の安否を視認することができそうにない。

 

「…………まず…………1匹」

 

 カガリは大賀を倒したと確信してこちらの出方を伺っている。確かに【ヘドロばくだん】は毒タイプの強力な技だ。マタドガスから放たれた【ヘドロばくだん】をごく一部を除いた草タイプのポケモンがまともに食らった場合、確実に一撃で戦闘不能になるだろう。

 

「いいや、これで2匹目だ」

 

 ――――だがそれは、ごく一部を除いた草タイプのポケモンが直撃した場合だ。お前はタイプばかりに注目して、大賀の特殊防御力を侮りすぎたな。

 

 カガリの言葉に被せるように言い放つ。それと同時に紫煙が歪み、その中から酸か何かで焼け爛れてボロボロになった右腕が現れた。右腕を捨てて少しでもダメージを減らしたのだろう。少しヌメっているように見えるのは、持たせておいたオボンの実を絞って右腕にふりかけたからだろうか。

 

 ああ、そうだ。お前の輝きはまだ途絶えていない。こんなところではまだ終わらない。俺は見たいんだ――――自身の殻を乗り越えた者の力を! 諦めぬその意志を!( 『災害に対抗しうる輝きを!』)

 

 その為に目の前にある全ての障害は全て砕いて押し流せ。お前にならソレができるはずだ。

 

「一撃を以て、俺にお前の可能性を魅せてくれ!」

 

 最早動きを阻害するものは何もない。動き出した大賀はそのまま紫煙を裂くようにして突き抜ける。バクーダが対応しようとするも、予想外だったのか完全に1テンポ遅れて間に合わない。そのままバクーダの背中の火山に、大賀は跳ねるように組み付いた。

 

 狙いは火山のようなコブの中。さぁ溶岩の溜まった器官をぶち抜け!

 

「【ねっとう】!」

 

「スブブブブブッ!!」

 

「バクーッ!?」

 

 夕立から【てだすけ】を受けて威力の上がった状態で大賀の口から放たれた【ねっとう】は、普段以上の勢いでバクーダの背中の中に直撃した。その衝撃は凄まじくバクーダ越しに直撃の振動が地面に響くほどで、数秒も経たぬうちにバクーダがその場で跪く。

 

 【ねっとう】を吐き出し終えた大賀は、押しつぶされない内にバクーダの背中から離脱する。元々溜まっていた溶岩が【ねっとう】や気化熱によって一気に冷却されると、次の瞬間バクーダの背中が弾けて白い煙を出し、そのまま地面に倒れ伏した。

 

 残るはマタドガスと……装飾が施されたボールが一つ。この状態なら夕立を出し続けるよりも、相手の【トリックルーム】を利用して先制で【ジャイロボール】をたたき込める御神木様の方がいいだろう。

 

「夕立は戻れ! このまま御神木様で攻める」

 

「クギュルルルルル!」

 

 カガリとの距離は残り20mほどと言ったところか。中央には未だに戦闘不能状態のバクーダが倒れ伏しており、カガリの背後には祭壇があるだけだ。その分背後の出入り口からはそれなり以上に離されてしまった。

 

 ちらりとハルカの方へ目をやると、既に戦闘が終わったのかいつの間にか出ていたゴンベが女親衛隊員を捕え、結束バンドやダクトテープでガチガチに拘束しているのが見えた。同性故になのか遠慮というものを感じさせない見事な拘束っぷりだ。

 

 向こうの方もスムーズに進んでいるな。このままならハルカと共にジリジリと包囲網を狭めていく事ができそうだ。

 

「申し訳ございませんカガリ様……」

 

「…………いい…………戻れ」

 

「何だと?」

 

 そう考えたのも束の間、カガリはバクーダとダメージを受けていないマタドガスをボールに戻し始めた。しかし、投降といった雰囲気でもなさそうだ。ならば相手が動く前に先んじて動き、そのままバリアのようなものを破壊して制圧しよう。そう決めて踏み出した瞬間――――

 

「………………ターゲットロック」

 

 ――――生理的な嫌悪感と共にぞわりと全身に鳥肌が立つ。カガリが色違いで装飾のついたボールを手に取っただけで、今まで感じていたものよりも数倍濃いようなプレッシャーが辺り一面に溢れ出た。中に入っているのはナンダ? 少なくともまともなポケモンじゃあない。

 

 走り出そうとしていた体勢だったのにも関わらず、無意識に後ろへ飛び跳ねてしまった。しかも、今までのように俺だけしか感じていないという訳でもないようで、右側にいるハルカの額から冷や汗が垂れるのが見える。

 

 緊張の糸が張り巡らされたような空気の中、そんな空気をものともせずにカガリは色違いで装飾のついたモンスターボールを開放した。

 

 ボールからソレが解放された瞬間、カガリのすぐ後ろにあった頑丈そうな祭壇に何かが激突しバラバラに砕け散った。舞い上がった砂埃の中からザリザリと岩同士が擦れるような音が響き、巨大で荒削りな岩石で出来たゴーレムがのそりとその姿を見せつけるように佇む。

 

 その節ばった首や腕には結晶質な石で作られた装飾が装着されており、腹に当たる部分にはベルトが装備されているようだ。

 

「……レジロック…………ウィットネスを……全て……デリートする」

 

 指示を受けたレジロックは、顔の代わりにHの字に配置された黄色い宝石のような目を機械的に光らせた。すると、その異常なプレッシャーに呼応するように、薄暗い広場にある大きな柱の1本が細かく振動し始める。そのまま続くように2本、3本と細かく振動する大きな柱は増えてゆく。

 

「何? なんなの!?」

 

 最終的にはすべての大きな柱が振動し、呼応するかのように急に破壊された祭壇から砂が舞い上がる。舞い上がった砂そのものが意思を持っているかのように空中を動き回り、部屋の中にいるにも関わらず砂嵐に巻き込まれたような状態になってしまった。

 

「おいおい、マジかよ」

 

「あれが……レジロックの力?」

 

 夢なら覚めて欲しいもんだ。ただでさえ時間がないのにこうなりますか。最悪なタイミングで、最悪なコンディションのまま、古の封印から解放されたレジロックとの戦闘が始まった。

 

 




三つ頭というか三つ子のマタドガスは、ごく稀に発見されるようです。

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