カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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ハルカの撤退とショゴス

 上の階からの爆音や振動を背に感じながら、砂岩でできた通路をウインディに乗って走り抜けてゆく。恐らくキョウヘイ先生とレジロックとの戦闘が再度始まったのだ。キョウヘイ先生は時間を稼ぐとは言っていたけれども、最初の戦闘を見るとまともに戦ったら幾らキョウヘイ先生でもそう長くは持たないだろう。そして、下から這い上がって来ているショゴスという脅威を考えると、あまり長く遅滞戦を続ける事はできない。

 

 だからこそ、わたし達はここを一秒でも早く駆け抜け、ダイゴさんに後ろのコレを引き渡して救援を求めないと。

 

 そう決め込んだタイミングで不意に、下の階からスロープで上がってきたのか、前方にポチエナの群れがひょっこりと現れた。数は4匹程度しかいないけれども、キョウヘイ先生の事を考えるとそのまま上に行って欲しくはない。ここで倒しておこう。

 

「突っ込んで【おんがえし】!」

 

「グルァァァァアアア!!」

 

 目の前に急にウインディが現れたせいで状況を認識出来ずに固まってしまったポチエナ達に対して、飛びかかる勢いを乗せ、右前足による鉄拳が振り下ろされる。同時に、ウインディの背中に乗っているわたしにもそれ相応の衝撃が降りかかってくるが、上半身でバランスを取りながら内股に力を込めて、振り落とされないようにしっかりとしがみつく事で衝撃を往なす。

 

「うぐっ」

 

 その最中、背中からくぐもった声が聞こえた気がしたが今は気にしているタイミングではない。

 

 【おんがえし】は前に居た2匹に直撃し、残りの2匹はウインディの巨体で跳ね飛ばしてダメージを与える。目論見通り直撃した2匹は殴り飛ばされた勢いのまま壁に激突し、かなり体力を削ることができたようだ。目はまだ死んでいないけれど、再度立ち上がる事が出来てもこの距離ではわたし達に攻撃をする事はできないだろう。

 

 しかし体格差で跳ね飛ばされた程度に抑えた方は、あまりダメージを食らっていないせいかまだ心が折れていないようで、着地時に受身を取ってからウインディに犬歯をむき出しにしながら【かみつく】で反撃してくる。

 

 あんまり余計な時間も体力の消費もかけていられないっていうのに! 咄嗟に頭で考えるよりも早く、確実に迎撃するように口が指示を出した。

 

「一旦退いて!」

 

「ガウッ!」

 

 飛び退くようにバックステップすることでポチエナからの攻撃を回避する。確実に当てる積もりだったのだろう。スローモーションのように見える世界で、【かみつく】に失敗したポチエナ達の血走った目がゆっくりと見開かれていく。ほぼほぼ一直線に相手が並んでいるのなら、貫通するような攻撃はより効果的になる!

 

「そのまま【かえんほうしゃ】で迎撃!」

 

「ガァァアアアア!!」

 

 通路を埋め尽くすような巨大な業炎が視界一杯に広がり、4匹のポチエナ達を飲み込みながら前方の空間を全て焼き尽くさんと猛威を振るう。熱源が近いせいか、ウインディの背にいるわたしにも少しだけ熱気が襲いかかってきた。

 

 やっぱり今の状態ではあまり炎タイプの技を使わない方がいいだろう。わたしはウインディに認められているからか、明らかさまな攻撃の意志がなければウインディの炎はそこまで熱さを感じない。ポケモンの不思議な所だ。けれども、後ろに乗せているマグマ団の親衛隊が大火傷しかねない。

 

 ウインディが【かえんほうしゃ】を終えた後には焦げ焦げになって倒れ伏したポチエナ達が転がっていた。これでポチエナ達が上へ登る事はないだろう。焼けた跡の上を通ると、やはり熱気を感じるのか呻きながらもぞもぞと蠢いている。でも火傷はしていないはずだ。そのまま放置して更にスロープを下って階層を下りる。

 

   ◇  ◇  ◇

 

「……あれ?」

 

 そのままスロープを下りては相手を蹴散らして通路を突き進むという行動を繰り返していると、あることに気がついた。16階辺りまではポケモンが居たのに、今は全然……いや、一切見かけない。マグマ団の団員すら見かけられない。

 

 下の階に居たはずのポケモン達はいったいどこへ行ったのか。

 

 今居る場所が11階なのだから、5階層分の人員が現在地不明なのは怖いかも。ウインディが一度こちらに振り向いてどうするか投げかけてきたが、そのまま足を止めないと意思表示してから思考を続ける。

 

 上へ向かうスロープが3箇所ぐらいあるはずだから他から上へ登った? ありえなくはないけれども、どうにも違和感がある気がする。下に居るマグマ団にとって、目下一番の驚異はショゴスのはず。

 

 無理やり押し通ったわたし達も不安対象ではあるけれども、最上階には頼れる戦力が居座っている。あれほどの切り札があるのならば最上階へ急ぐ必要はない。となると全員下へ向かったの? うーん……総力戦を仕掛けているのならありえるかも?

 

 ただ、下に行ったと考えるのなら――――下でそれだけの激戦を繰り広げているのなら、なんで少し前まで響いていた戦闘音がほとんど聞こえなくなったんだろう? まさか、もう決着がついたの? まだマグマ団の団員が上がってきていないところを見るに、下に向かったマグマ団は全滅してしまった?

 

「考え始めたら嫌な考えばかり思い浮かべてしまいそうかも……」

 

 そんな言葉を発してしまったせいだろうか。直後、キョウヘイ先生が砂漠遺跡と呼んでいた場所での惨劇がフラッシュバックする。部屋中に飛び散っていた明らか様に複数人が致命傷に近い傷を負った為にできたであろう赤黒い染み。激しい嫌悪感を無理矢理でも引きずり出そうとしてくる生臭さ。惨たらしく残っていたポチエナの遺体。

 

「うっぷ……」

 

 体の中から這い上がってきた物を吐き戻しそうになる。そのまま吐き戻して楽になりたいという気持ちを堪えて、気持ち悪いけれども記憶と一緒に体の奥底へ飲み込み、頭を振って前を見る。いつの間にかもう次のスロープがある小部屋に到着したらしい。

 

 10階……あともう少しだ。少なくとも5階まではスロープで下りないと、着地の際にわたしや後ろに乗せている女親衛隊にダメージを喰らいかねない。一瞬、着地に失敗し、わたしが投げ出されてしまって大怪我を負うビジョンが頭の中に映し出された。

 

 正直、このままわたし達だけで下りるのが凄く怖い。どっちが勝っていても、きっとそこには地獄のような凄惨さが残されてしまっているのだろう。わたしはソレを見て正気でいられるのだろうか?

 

 ただでさえそんな状態なのだ。これでもし、救援が間に合わなかったりしたら……こんな弱い心のままじゃあダメだとわたし自身わかっているのに、嫌な考えが呼び水となって湧き上がり頭と心を締め付けながら急かしてくる。急げ急げ急げ急げ、間に合わなかったらキョウヘイ先生も壁の染みとなって消えるぞ。そんな言葉が離れてくれない。

 

 次のスロープまでがひたすらに長く感じてしまって仕方がない。

 

 でも遅滞と言っていたし、キョウヘイ先生だってあの場所を死守する訳じゃないはずだ。わたし達が逃げ切れれば幻影の塔から撤退するはず……そこまで考えてあることに気が付いた。気が付いてしまった。

 

 ――――アレ? キョウヘイ先生はどうやってわたしが脱出したって判断するの?

 

 場の勢いに飲まれて走り始めてしまった事を後悔し始めてきた。でももう戻る事はできそうにない。今さら直接救援に行っても巻き添えを食らったりして足を引っ張りかねないし、危険を増やすだけだ。ならわたしが撤退したと判断させる方法を考えよう。

 

 轟音? それだとわたしだって気が付いて貰えない。大きな【かえんほうしゃ】を上に放つ? それだと10階以上に届かない。そもそも見てもらえるかわからない。全力で【ほえる】? 外の砂嵐や上の爆音にかき消されかねない。

 

 この選択肢の中で一番効果がありそうなのは【ほえる】だろうか? でも単純に【ほえる】だけで本当に理解してくれるの? ……ううん。キョウヘイ先生だし、わざわざ大声で長く【ほえる】を行う意味を理解してくれるはずだ。

 

「――ェェェェェェェ゛」

 

 これで行こうという案を決めて心を落ち着かせると、ふと猫の鳴き声、もしくは赤ん坊の泣き声のようなものが微かに聞こえてきている事に気が付いた。

 

「……なんの声?」

 

「グルルルルル……」

 

「むぐッ! むーーー!!」

 

 ウインディが更に警戒を強めるのと共に、後ろに乗せられている女親衛隊が暴れ始める。この声を知っているの? キョウヘイ先生から聞いていたショゴスの鳴き声とはまた違う気もするし……他にも何か紛れ込んでいる可能性が? そうなると今までのキョウヘイ先生の予測が一気に瓦解しかねない。

 

 一旦猿轡(さるぐつわ)だけ解いて聞いてみる……いや、それで得られた情報が嘘だった場合……でも情報の有無で…………ここで考えても仕方がないか。ここまで届いているということは、理由はわからないけれどもとりあえず声の主はかなり大きい声で鳴いている。だから姿を見ずとも近づけばわかるはず。接近されて上に居る網代笠が気がつかないということはないだろう。

 

 そう結論づけて警戒をしながら更にスロープを下りてゆく。階層を下りる毎にどこか生臭いような臭いと共に泣き声は大きくなり、ようやく判断がつくようになった。

 

 ――――これは赤ん坊の鳴き声だ。それも人間の。昔、お父さんの研究室に職員の人の家族が来た事があった。その時に聞いた赤ちゃんの泣き声とかなり似ているからたぶん間違いない。でもこんな場所に赤ちゃんなんて居るはずがない。ならばいったいナニが声を真似ているのだろう。

 

『凄まじく高い可塑性(かそせい)と延性を持ち、()()()()()()()()()()()()()()させ、石版に描かれている通り()()()()()()()()()()()()()ことができる』

 

 ふと、キョウヘイ先生のそんな言葉を思い出した。ならばこの声は十中八九ショゴスだ。どうしてわざわざ赤ちゃんの泣き声を出しているのだろう? 相手に攻撃をやめてほしいから?

 

 ――いや、まって。そもそもどうしてショゴスが人間の赤ちゃんの泣き声を真似できるの? 擬態する事ができるってことはどこかでソレを見たことがあるって事だ。例を見ずに擬態なんてできるはずがない。声を聞かずに擬声なんてできるはずがない!

 

 その上で『ヘェ』に近い音で赤ちゃんが泣くのは不快感だから……不快だと相手に訴えている? いや……違う。もっとよく考えろわたし。一点に集中せずに全体図で見た時、赤ちゃんを相手している母親は第三者にどう映る? どんな行動をしている?

 

 きっと母親は無防備に見えるだろう。赤ちゃんに対して全身をさらけ出しているのだから。

 

 なら――――自分は赤ちゃんだと泣いて訴えることで情を引き、そこに付け込んで油断を誘っている?

 

 わたしなりに鳴き声について理解してしまったせいか、ぞわりと全身に怖気が走った。理由なんて考えるべきじゃあなかったんだ。下手に理解してしまったが故に頭の中に邪悪なソレがこびりつく。観察対象になった母子はどうなってしまったのか。ソレらが思考を蝕むように頭の中に感染し、拡大してゆく。

 

「止まれ!」

 

「くそっ。上に行った奴がこっちに来たのか」

 

「前線の維持を最優先に!」

 

 どうやらまだ全滅していなかったらしい。とうとう最前線に着いてしまったのか、マグマ団の団員が3人現れた。手持ちはみんなドンメルだが、数が多い。このスロープ前の通路と小部屋だけで9匹はいる。恐らく下の階は臨時の指揮所のようになっているのだろう。泣き声が五月蝿いせいか、少しイライラしているようだ。でも、それだけショゴスとの戦いは有利に進んでいるのかも。

 

 厄介なはずなのだけれど、ああ……ちょうどいいのかもしれない。目の前に考えるべき内容があるのなら、余計な他の事など考えないで済む。

 

「奥へ弾くように【インファイト】!」

 

「グルァァアアアッ!!」

 

 ドンメルの群れを無理やり割ろうとするわたし達に対して、マグマ団の団員達もここから先には通せないとばかりに抵抗してくる。

 

「数で押せ! 【ひのこ】!」

 

 殴られた不運なドンメルはそのまま弾き飛ばされたが、残ったドンメル達が通路を塞ぐように四方八方から【ひのこ】をばら撒いてくる。仲間が後ろに乗っているのが見えないのだろうか? それとも見えているからこそ、巻き込んででも潰しに来ているのか。

 

 しかし、それでもウインディは勢いを一切落とさない。当たり前だ。ウインディにとって、この程度は攻撃にすらならないのだから。わたしも今更この程度の【ひのこ】に怯みはしない。呼吸を止めて肺を焼かれないように専念するだけだ。火傷なんて訓練の最中何度も経験しているし、わたしに直撃しそうな【ひのこ】はウインディが【インファイト】で叩き落としてくれている。むしろ問題なのは後ろに乗せている女親衛隊だ。直撃はないにしろ、掠ったせいか熱で一部の髪がチリチリになってしまっている。

 

 今この時のために今の今まで極力ダメージを負わないようにしてきたんだ。こうしてダメージすら気にせずに強引に突破を図り、実際にスロープを下る事に成功する。ここまでくれば上の連中はウインディの速度に追いつけない。

 

 8階に着くと、一番最初に目に入ったのは、ボロボロになったポケモンや血だらけのマグマ団の団員達が互いに手当をしている所だった。足がなくなった者、痛い痛いと呻き続けている者など負傷者が数多く居る。前線の負傷者をここに集めていたらしい。薬品の匂いがそこらじゅうから香ってくる。

 

 吐き気を堪えながら目を背ける。見学に来た訳でもないし、先手を取って突っ走ろう。そう決めると(かかと)でウインディに指示を出し、相手がぎょっとして固まっている間に一気にこの場を走り抜ける。

 

「治療を終え次第下へ戻せ! 絶対に【ちょうおんぱ】を途切れさせるな! アレが動き出すぞ!」

 

「笛の音の効果を実証できた……」

 

 騒乱状態の指揮所の中をそのまま直進するように走り抜けて、マグマ団の抵抗を無理やり突破することで7階へ向かうスロープを下りる。

 

 8階が指揮所ということはきっと6階辺りが最前線になっているはず。そうせずにあまり近すぎる場所に作ってしまったら、撤退時に被害が凄まじい事になってしまう。マグマ団もそんな無茶はしないだろう。そう考えて7階で壁の開いた部屋から飛び降りる事にする。

 

「ウインディ、この階層で飛び降りるよ!」

 

「ガウッ!!」

 

 長かった砂岩の迷路もここで終わり。そう思うと腕に力が入る。ちらりと腕時計を見ると、キョウヘイ先生と別れてからまだ10分も経っていない。予想以上に早く移動できている。砂漠に着地したらナックラーを出して方角を確認してから、虎の子の戦闘アイテムであるスピーダーを1個消費して最速で移動しよう。そう心に決めながら7階の通路に出ると――――

 

「たす……テケリ・リ。……あ゛……げ……Tekeli-li……テケリ・リ。ダズげで……テケリ・リ」

 

 ――――異物がそこにあった。細い枝に付いたそれは木苺か、はたまた半分に割ったザクロだろうか。そう見間違えかねない15cmほどの房のような異物。

 

 夥しい量の眼球が密集して、伸びきった細い触手の先端で房となっていた。細い触手は木の幹のような太さの触手に繋がっていて、その触手のあちこちから房を付けた細い触手が生えている。まるで枝葉のようだ。

 

 木の幹のような触手を辿ると、通路の奥で這いずる巨大な黒いスライムの塊が目に入る。それは5m以上あるはずの通路を完全に埋め尽くし、潰れたり広がったりしながらこちらに向かって進んでいた。動く姿はベトベトンに似ているが、表面には口や目だけでなく、いたるところに牙、爪、鼻、耳、エラや不格好な羽、訳のわからない何かの臓器、捻り切れた人間の足のようなものが生えており、蠢いて存在感を示している。

 

 こんな特徴が該当する異形の生物は記憶の中で1つしかない。キョウヘイ先生の恐怖の象徴……これがショゴスなんだ。

 

 固まってしまった状態で眺めていると不意に、目の集合体と化した房と目が合ってしまった。しかも1つ2つではなく、100以上の房の全てから視線を感じる。

 

 あっと思った瞬間、巨大なスライムの塊は、自分の体であるはずの太い触手を噛みちぎり、麺を啜るような音を立てて喰らい始めた。

 

「…………え?」

 

 脳が状況を理解できない。その状態をまじまじと眺めてしまっている。そもそも、まだ下の階からショゴスの擬態した泣き声は響いてきているのに、なんでここにいるのか。

 

 完全に触手を体の中に吸収し終えると、ゆっくりと前進し始めた。本体に付いた目は完全に獲物を見かけたように加虐的にニヤニヤと笑っている。

 

 それだけで生理的な嫌悪を感じ取り、肌を直接舐められたかのような怖気が走る。全身から氷水に入ったかのような鳥肌が止まらない。初めて異形な物体を見たせいか、軽い吐き気と共に視界が歪む。ふらつく体を安定させようと、全身に力を込めて前を向く為に踏ん張るが、無駄な足掻きのように思えてしまってならない。

 

 たった一目見ただけでわたしの心は折れてしまったの? あの日のわたしにまた戻るのか? 自身に問いかけて無理やり奮い立たせるが、膝が笑ったまま戻らない。

 

 異様なのは雰囲気だけではない。こちらを焦らすようにゆっくりと這いずっていたと思えば、時たま急に痙攣を起こしながら停止するという行動を繰り返している。全てを黒くマーキングしているようにも見えた。

 

 時折全身を震わせながら助けてと不気味な声のようなものを発しているのに、その威圧的な姿はとても助けを求めているようには思えない。アレは自らを絶対強者だと確信している。すぐに触手で捕まえなかったのも、きっといたぶる為だろう。

 

 これを、こんな怪物を相手にマグマ団はずっと戦闘を続けていたのか。

 

 そうこうしている間に、ショゴスがネチャネチャと音を立てながら、壁を汚染して広がるように進み始めた。しかし、1部屋分進んだ辺りでまたもや痙攣しながら急停止し、ピクリとも動かなくなる。

 

 ウインディがそれを理解すると、わたしの停止してしまった体が再起動するよりも早く走り始めた。生物的な悪寒のせいだろうか? 同じようにショゴスと目が合ったであろうウインディの汗が凄まじい。でも……それでも前へ進まないといけない。後ろはすぐにマグマ団が何かしらの対策を持って追って来るだろう。

 

 そしてなによりも――――7階の脱出路が登っている最中に確認した位置と変わっていなければ、今ショゴスがいる場所の二部屋前なのだから。あの巨体に塞がれる前に通過しないと挟まれて圧殺されかねない。壁に穴を開けようにも、御神木様があれだけドカンドカン爆発させているのにヒビひとつ入らないんだ。その場で開けるのはあまり現実的ではないだろう。

 

 やはりこのまま塞がれる前に進むしかない。ウインディの速さをもってしても恐らくギリギリのタイミングだ。覚悟を決めて身をかがめて両腕と内股に力を込める。絶対に振り落とされてなるものか!

 

 それを感じ取ったのか、今まで以上の速度を出したウインディがどんどんとショゴスへ近づいてゆく。近づけば近づくほどに、その異質の威圧感や吐息、生々しいほどの鼓動音と臭いがはっきりと伝わってくる。まるでどんどんわたしが浸蝕されているかのような錯覚を受けてしまう。

 

 目的の部屋まであと10mといった所で、今まで痙攣していたショゴスの体がピクリと蠢いた。これは拙いと思ったのか、速度を更に上げてウインディが壁を直角に蹴る事で目的の部屋に入り込む。すると、数テンポ遅れて音を立てながらショゴスが後を追うように攻め立てて来た。圧殺するように膨張しながら入口に張り付き、粘体の体が勢いよく部屋に入り込んでくる。入口が小さくて一気に入れないことをまどろっこしいと思ったのか、ミシミシと重たい音を立てて部屋の入口を破壊してゆく。

 

 ここで長居をするつもりなんてない! 振り返るのを止め、そのまま勢いを殺さずに床を蹴って空中へ全力で駆け出し、全身のバネを使って砂嵐の吹く光の中に跳躍した。それでも横への勢いはすぐに衰え、一瞬の浮遊感の後に落下し始める。

 

 やった! 完全に幻影の塔から脱出できた! ショゴスからも逃げ切れたんだ! 脱力とまではいかないが、達成感が全身にこみ上げてくる――――しかし、その達成感は即座に否定された。

 

「ム――――ン゛ン゛ン゛ン゛!」

 

 背中からの絶叫地味た悲鳴と共に、大きな影が上を覆った。諦めきれなかったショゴスがそのまま降りかかって来たらしい。今までの達成感が一気に奈落へ落ち、絶望的な状況であることを悟る。上に現れたショゴスはラフレシアの花のように広がり始め、ウインディごと飲み込もうと歪な形に膨張を続ける。

 

 ここまで来て飲み込まれるだなんて絶対に認められない。ウインディに中央へ狙いを定めさせ、迎撃の準備を行う。目の前を埋め尽くさんとばかりに増大してゆく粘体の花に飲み込まれかけた刹那、一気にウインディが溜め込んでいた力を開放させる。

 

「全力の【オーバーヒート】!」

 

「ガァァァァァアアアアアアアアアッ!」

 

 ウインディが文字通り全力で迎撃を行ったせいか、今までのような赤い炎ではなく青白くなった最大火力の業炎の塊がウインディから放たれる。そのまま飲み込もうと広がっていた花弁を焼き払いながら直進し、中央の粘体の全てを焼き尽くしてゆく。

 

「足り……ない……?」

 

 その余波だけでもショゴスを焼き潰してゆくが、ショゴスの体である粘体が膨大な量のせいか、熱自体がどんどんと奪われてしまいその全てを焼き尽くす事まではできそうにない。焼け残った粘体が触手となって、一番近くに居た縛られた女親衛隊に絡みつく。

 

 そして、そのままショゴスの触手は凄まじい力で上へ引き寄せ始めた。当然、ロープで繋がっているウインディも無理やりお尻が上の状態で引き上げられてしまい、わたしもバランスを崩してしまった。これじゃあどうやっても残りの触手に攻撃できない!

 

 無理やり引っ張られる起点となってしまった女親衛隊には、ウインディやわたしの重さが一気に降りかかり、体に引きちぎられかねない負荷が襲いかかる。どうにかしようにも手立てがない。こっちに触手を伸ばす前にロープを切って見捨てる……だめ。彼女がいないと情報が! 他に何か他に方法は?

 

 わたしが直接攻撃は? ……ダメ。逆に絡め取られてしまう可能性が高い。ならナックラーでは? ……だめだ下手に攻撃したら女親衛隊に直撃してしまう……ない。何もできない。ぐにゃりと視界が歪む。

 

「ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 女親衛隊の全身がくの字に曲がり、目や耳から血が垂れ始め、ロープの結ばれている両手足が青く鬱血してゆく。つけていた猿轡(さるぐつわ)が外れてしまったのか、女親衛隊の絶叫が砂漠に響き続けている。

 

 今すぐにでも動かなければならない状態なのに、目を覆いたくなるような光景なのに、絶望からか体が固まってしまって人の死から目を離すことができない。

 

「ギ……ギギギ……」

 

 女親衛隊の絶叫を聞いたショゴスが触手に付いた口から愉快そうな声を出す。こんなにも憤りを感じているのに何もできない。手段が何もないとこんなにも無力なのか。

 

 早くロープを焼き切らないとわたしも死ぬよ? 

 

 悪魔の囁きのようなものが聞こえて来る。手汗がベタベタする。心臓の鼓動が五月蝿い。こういう時、キョウヘイ先生ならどうする……?

 

「フラァアッ!」

 

「……え?」

 

 不意に何かが高速で目の前を通り過ぎ、バツンと音を立ててロープが切れた。笛の音のような不思議な音が聞こえた途端に、重力によって再びウインディと共に落下し始める。

 

「やだッ! 置いて行かないで! 助けて! やだやだやだy」

 

 落下しながら最後に見た光景は、ゆっくりと触手に飲み込まれてゆく女親衛隊の絶望したような表情と、水気のある何かが潰れた音。そしてショゴスと対峙するフライゴンの背中だった。

 

 




2匹目のショゴス、出現。
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