カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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幻影と赤い月(中)

 ウインディの遠吠えが微かに聞こえた。それだけウインディとの距離が離れているのだろう。今までウインディやガーディを使っているマグマ団の団員を見た覚えはない。絶対にいないとは限らないが、状況的に十中八九ハルカのウインディだな。

 

 ウインディの遠吠えの方角は……今俺達がいる幻影の塔の通路の丁度反対側か? いつの間にか聞こえていた不思議な笛の音のせいで、ハルカ達の位置が大まかにしか特定できそうにない。

 

 ――――さて、考えよう。遠吠えをする理由は何だ?

 

 敵対者への威嚇ならもっと声が低い。ここにいるぞとばかりに大声を上げる必要はないはずだ。となれば……何かを知らせたい? 

 

 脱出の合図か?

 

 ならこっちも本腰入れて攻略しないとな。今までとは異なる行動をする為に思考を切り替えよう。それを踏まえて今までの事を再度頭の中で整理する。

 

 もうすっかりレジロックに対する行動はパターン化してしまった。何度繰り返したか忘れたが、最初は【ロックカット】からの【うちおとす】だったはずだ。その次はそのまま殴りかかってきたんだったか。

 

 かれこれもう18回ぐらいはあの【ロックカット】を見ている気がする。あれ、もっと多かったっけ? ぐるぐると移動しすぎて現在が何階かもわからない。とりあえず15階より上なのは確かだな。まだまだ先は長い。紐なしバンジーを体験するには高すぎる。

 

 今は下からマグマ団が上がってこないことがせめてもの救いだ。おかげで網代笠をルート指定要員として活用出来ている。ここまで暴れてマグマ団が来ないという事は、ショゴス相手に全滅したか、まだ戦闘しているのか……どちらだろうな。戦線を保ってくれているのならありがたいのだが。

 

 ハルカが戦線を抜けたとなると、もしかするともう前線の戦闘は終わったのか? ……いや、なら謎の笛の音の説明がつかない。恐らくハルカは無理やり突破したんだろう。

 

 ちらりと後ろを確認する。まだレジロックとカガリは追いついていない。レジロックの沈み込むような重たい足音からして、逆走している訳でもなさそうだ。今までよりも少し歩みが遅めだな。攻撃なんてほとんど効かないだろうに……なんでだ?

 

 とりあえず、カガリはあのバリアに慢心して楽に勝たせてくれるような相手ではない。そも、最初に危機感を煽ったのだから当然とも言えるが。だからこそ、こうして繰り返しているのは何かしらの意図があるはずだ。

 

 アナライズだの言っていたから、こっちも観察されているのだろう。大方、俺がどうやってバリアにヒビを入れたのか気になっているんだな。向こうからしてみれば、アレこそが俺にとっての切り札だと映るはず。

 

 それにたぶん、カガリはまだいくつか手札を隠している。全力を出してこない事を吉と思うべきか、長時間いたぶられる事を凶と思うべきか。

 

 ……反撃する機会を伺えるだけマシかねぇ。

 

 まだまだ検証不足とはいえ、俺が直接殴る事であのバリアに有効なダメージを出せるのならば、ソレを上手く使えばかなり有利にはなる。

 

 ――問題は、俺自身もあの現象がよくわからないから困っているのだが。まぁ、盲信しすぎずに搦手を使う方がベターだろう。アレはリスクが大きすぎる。相手への見せ札として使えるだけで十分だな。鬼札は別にある。

 

「撤去……して……【うちおとす】」

 

 頭の中で如何にしてレジロックに鬼札を叩きつけるか案を練っていると、微かにレジロックの技名が聞こえた気がした。言葉の意味を頭で理解する前に、反射的に前方へ転がってその場から飛び退く。

 

「スブブブブ!」

 

 声が聞こえていたのは俺だけではなかったらしい。近くにいた大賀も御神木様を抱えた状態で、一緒になって転がるように飛び退く。

 

「ざ……ざり……」

 

 安全圏へ逃げて安心したのも束の間、1テンポ遅れて風と共に巨大な質量の物体がすぐ後を通り抜けた。【うちおとす】によって打ち出された岩は、御神木様達の攻撃でもビクともしないほど硬い砂岩でできた壁をいとも簡単に貫通し、破壊音を響かせながら幻影の塔の外へ吹き飛んでゆく。その光景を確認しつつ、飛び散った破片から身を守りながら転がり起きる。

 

「一撃で出していい威力じゃないだろう。チクショウめ」

 

 T字路が元T字路になってしまった。一気に風通しが良くなったせいか、塔の外から熱気を孕んだ砂が入り込んでくる。

 

 薄暗い夕空を一望できるような特等席を一瞬にして作り出す威力だ。やはり一直線の状態を長く維持するべきではないな。万が一でも逸らしきれずに直撃してしまったら、みんな纏めて合挽き肉に強制変身させられてしまう。そもそもあんな攻撃を御神木様が逸らせること自体、おかしい気がしなくもないが。

 

 くだらない事に思考を割いた刹那、先ほど御神木様が仕掛けた【タネばくだん 地雷】の内の一つが、【うちおとす】によって破壊された壁の破片に巻き込まれたのか、その場で爆発を引き起こした。結果、他の【タネばくだん 地雷】が巻き込まれるように誘爆し、景気よくボンボンと音を立て、衝撃で床に亀裂を刻み込みながら連鎖爆発を強めていく。

 

 不意に、爆風で好き勝手に転がった【タネばくだん 地雷】の一つが反対側にあった壁の薄そうな突き当たり付近で爆発した。もともと他の壁よりも薄いと見ていたが、実際にかなり薄かったのだろう。簡単に壁が崩壊し、新たに景色を一望できそうな風通しのよい特等席がもう一つ形成されてしまった。予想はしていたけど、やっぱりあの辺り一帯は危険地域だな。

 

 これで仕掛けたダメージ源兼時間稼ぎの罠が、一瞬にしてなくなってしまった。まーた考えていた計画を直す必要があるじゃないか。

 

 それにしても本当に火力がダンチだな。種族値の暴力とはこういうものだと心の奥底に刻み込まれている気分だ。

 

 こうして壁を破壊しながら大暴れしているレジロックは、こちらからの攻撃や状態異常を受け付けない代わりに、能力変化も長持ちしないことがわかっている。だいたい10秒前後だろうか。これのせいで、夕立が囮役兼回復役という無茶な構成になってしまっているのが辛い。

 

 そんな機動要塞を撃破する為に【れいとうビーム】で地面を凍らせて、転ばせた状態にして上から殴る作戦だって実行してみたけれども、現実は予想の斜め上を行った。普通、あんな巨体で重量が重めなのだから、ちょっとした重心の移動でひっくり返す事ができるはずだろうに。凍った砂岩の上でも転ばないとはどういうことなのか。それどころか、自重で氷を砕きやがったし。

 

 ……相手は特性:浮遊のように、浮かんでいる訳ではないという情報が手に入っただけでも行幸と考えるべきだな。

 

 とりあえず妨害すらできない状態で、ここの分厚い壁すら破壊できる腕力のままで、更に速度までもを一気に上げられるとなると凄まじく対処に困るな。これで一手でも対処にミスが発生したり、入る部屋を間違えて袋小路になった瞬間詰んで死が確定する。

 

 そこまで考えてふと、先ほどまで盛大に賑わっていた元T字であり現十字となった通路が目に入った。未だに周囲へモクモクと黒い煙を外へ撒き散らしている場所。俺自身が危険地帯と決めた場所。そこには多少ではあるが、床に()()()()()()()()が入っている。

 

 状況を踏まえて思考する。薄い床、手持ちのポケモンの技、レジロックのバリアの特性、水の特性……アレは使えるぞ!

 

 考えが綺麗に纏まった瞬間、黒ヤギマスクの下で口角が釣り上がるのを感じた。レジロックは自分で穴を空けた場所で脱落してもらう予定だったが変更しよう。かなりぎりぎりの読みではある。一手ミスするだけで取り返しがつかなくなるし、成功しても時間制限が発生するだけだ。しかし、それだけでも十分……いや、十二分に勝機はある。何よりも必ず通る元T字路というのが素晴らしい。あそこで完全に決めれるはずだ。

 

「おもてなしの用意だ。亀裂に向かって【ねっとう】! その後すぐに【みずあそび】!」

 

「スブブッ!」

 

 亀裂の入った床へ大賀の口から出た【ねっとう】が勢いよく注がれてゆく。床の亀裂を覆うようにして注がれた【ねっとう】は、多少外に溢れた後にヒビの中央へ集まるように溜まった。都合のいいことに少しだが陥没しているらしい。黒い煙も洗い流してしまうが、今回はそのほうがいい。【ねっとう】の重さにも耐えられたようだし目論見通りだ。

 

 また、踊るように【みずあそび】を行わせた事で、周囲一帯の空気に湿度を与えてゆく。ただ、大きな換気穴が2箇所もあるから【みずあそび】の効果はあまり過度な期待をするべきではないだろう。無病息災のお守りを買った時のように気休め程度だ。

 

「御神木様は、また【のろい】を積めるだけ積んでおいてくれ」

 

「クギュルルルルルッ!」

 

 御神木様の回転数が上がる毎にじわじわと周囲の湿度も上がっていく。じっとりとした空気が砂漠の熱く乾いた空気と混じり合う。湿気側が優ったようで、服が肌に張り付いてくる。まるで日本の夏みたいな状態だ。

 

「夕立は【かげぶんしん】を数体作ってくれ。あとすぐに動ける状態を維持しつつ部屋で待機!」

 

「ブイッ!」

 

 呼吸を整えて、最終確認だ。

 

 俺のすぐ横には御神木様を抱えた大賀がいる。この位置ならすぐに攻撃に移れるだろう。通路の少し奥には網代笠が待機していて、バックアタックを受けないように警戒を続けながら、ナビゲーションしている。離れすぎていないから攻撃に参加する事もできるだろう。最後に夕立は通路に繋がっている部屋から顔を出して、【かげぶんしん】が即座に潰されないように待機してもらう。

 

 緊張した空気が漂う。ここまでピリピリした空気は俺達では珍しいな。精神がそれだけ追い詰められているって訳だが。普通ならこんな無茶なバトルをすることなんてないだろう。良い経験とするか運が悪いとするか判断に困るな。

 

 レジロックが通路から現れるまであとほんの少ししかないだろう。だが、その少しの時間が経てばある程度【ねっとう】や呼び寄せた湿度が床へ染み込んでくれる。

 

 ――――これで罠が完成だ。成功に必要なのは大賀の集中力とタイミング。援護をすれば成功率更にアップってな。お手軽だが、手間をかければいいという訳でもない。今はまだカガリから手帳を奪えておらず、一刻を争う状態。後のことを考えると奪うならば早い方がいいはずだ。あれだけは確実に奪わないといけない。

 

 最上階でカガリ達は何かを叩きつけていた。最初こそよく見えなくてわからなかったが、あの部屋から撤退する際に叩きつけていた場所をちらりと見て、ようやくアレが何かわかった。アレは石版の欠片だ。となると、大方あそこに鎮座していたものをカガリ達が砕いたのだろう。

 

 一番の問題は、マグマ団はあそこにあった石版を砕いて自分達で独占しようとしている事だ。

 

 今までの歴史的発見とも言える石版だって、マグマ団は持ち帰ることでそこに記された情報を独占してきた。現にダイゴさん達が襲撃したマグマ団基地には、いくつもの石版が一箇所に収集されていたらしいし。

 

 しかし、今回はそれをしなかった。何故あの石版は運び出さずに破壊したのか。運び出す時間がなかった? 確かに運び出すとなるとそれ相応の時間がかかるだろう。しかし、それだけなら態々破壊する必要はないはずだ。事実、マグマ団は砂漠の遺跡にあった石版を破壊していない。

 

 レジロックを発掘している時は戦闘があった。あの場の状況から考えて、あそこでの戦闘は最終的にマグマ団が勝ったのだろう。となれば戦闘後には石版を破壊することができる程度には時間があったはずだ。しかし全ての石版を破壊して帰らなかった。きっとあの場所にあった石版は、マグマ団にとって特別必要でもないと判断されたのだろう。

 

 なのに今回は態々時間を消費してでも破壊する必要があった……それはつまり、石版という形で記されていた情報をこの場に残したくなかったのではないだろうか。更に言うと、マグマ団だけで完全に独占したくなるような価値が有るモノが記されているということにならないか?

 

 ……そして、もしかするとダイゴさんやデボンコーポレーションもそれを欲していて、だから俺達を差し向けたのかもしれない。やっぱり全方位信用できない状態だと思うね、これは。

 

 ここまで理解してしまったら、奪わずに逃げる事を選択するには相当な犠牲を払ってからでないと無理だ。自分で状況を再確認するが、やはりどうにかして奪わないと。

 

 覚悟を決めて姿勢を低くする。

 

 すると、1m程の岩と共にレジロックの右腕だけが通路の先から生えるように現れた。どしんと岩を下に置き、そのままゆっくりと右腕を振り上げてゆく。次に相手が何をするのか予想して背筋が凍る。【タネばくだん 地雷】は相当嫌がらせ出来ていたらしい。さっきもそうだったが、もう【タネばくだん 地雷】を食らいたくないのだろう。

 

 ――――ここが勝負所だ! レジロックの行動は慎重故に多少時間がかかる。これを乗り切れば勝利がほぼ確定できるはず。

 

「御神木様は【こうそくスピン】! 夕立は【てだすけ】!」

 

「ブイィィィィイッ!」

 

 言うが早いか、夕立の本体が四足の速さを活かして通路を走り出した。そのまま一息で御神木様の隣へ移動し、【てだすけ】で【こうそくスピン】の威力を引き上げる。

 

「クギュルルルルル!」

 

 御神木様の回転もしっかりと勢いが乗り、風を切り裂くような重たい回転音がだんだんと高くなってゆく。その凄まじい回転は風を生み出し、軽く砂を巻き上げ始めた。砂の敷かれた床に独特な風紋が作り出されてゆく。

 

 レジロックとの単純な力比べなら【ジャイロボール】こそが今一番威力のある技となるだろう。しかし、【ジャイロボール】では岩を迎撃した後で、相手との距離が近くなりすぎる。レジロックからの追撃を貰わずに、【うちおとす】を逸らす事ができる技は【こうそくスピン】しかない。

 

「……【うちおとす】」

 

 こちらが指示を出し終えるよりも早く、レジロックはカガリの号令を受けた。振り上げていた右腕で勢いよくスイングし、ガツンッと重量のある轟音と共にとてつもない速度で岩を打ち出す。

 

 高速で移動する岩が視界を埋め尽くそうと迫ってくる。風を纏い、真っ直ぐに飛んでくる運動エネルギー弾は車が突っ込んでくるよりもとても恐ろしい。何よりも相手はひき殺す気満々なのが嫌になるね。

 

 そんな凶器を打ち出した本人達はまだ完全に通路から出てきていない。もう少し。

 

「クギュルッ!」

 

 俺と岩の間に割って入るように御神木様が飛び出すと、そのまま岩と回転体が正面衝突した。鈍い音が腹の底を揺らす。

 

 そのまま衝突し続けていると、金属を電動ヤスリで削るようなけたたましい轟音が響き始めた。今の御神木様は小さな嵐と言い換えてもいい。そんな御神木様が体を張って打ち出された岩を弾き返そうと力を込めている。

 

「く、クギュルルルルル!」

 

 しかし、ここまで【のろい】で強化してもまだ完全には岩の勢いを殺せていない。それどころか勢いで負けて押されてしまっている。力負けしたせいか、岩に砕かれた御神木様の棘の破片が勢いよく腕を掠めた。このままだと御神木様の棘がボロボロになるまで酷使して、やっと相殺できるかどうかだろう。最後の一撃が足りていない!

 

 ――――ならば、もう一撃加えよう。

 

「大賀は【かわらわり】で迎撃しろ!」

 

 待ってましたと言わんばかりに大賀が御神木様を飛び越えて、空中で岩に対して姿勢を整えた。そのまま、重力に従いながら血気を送って少し巨大化させた右腕を、全身の力を込めながらねじるように振るう。大賀の【かわらわり】が直撃すると、硬い物が叩きつけられた時のような音を響かせながら岩はバラバラに砕けて周囲に散った。

 

 いい威力だ! コンビネーションの勝利だな。

 

 だがしかし、これは相手の攻撃をしのぎ切っただけに過ぎない。本番はこれからだ。御神木様達もそれがわかっているのか、飛び散った岩の欠片を避けつつ先ほどまでいた定位置に戻りはじめている。

 

 俺も元T字へ意識を集中させよう。

 

 同様にちらりとレジロックを見る。レジロックは――ポイントの上に乗っかった。次にカガリは――こちらから隠れるようにレジロックの少し離れた後にいる。カガリの足元には【ねっとう】だったものに浸されていない。これでいい。条件は整った! 

 

「調査対象を殺す気満々なのはどうなんだ?」

 

「…………驚愕…………でも……エクスペリメントは……既に完了……した」

 

「あとは…………キャプチャー……するだけ」

 

 ああそうかい。こっちも今が好機だぞ。

 

「さっきの行動と今の言葉は矛盾してねぇか?」

 

「……?」

 

 なんでそこで不思議そうな顔してるんだよ。それともあれか? あの一撃程度じゃ俺は死なないとでも思っているのか? 俺をなんだと思っているんだ。スーパーマンじゃないんだぞ。

 

「まぁいいや。むしろ俺がお前を捕獲して、そのまま動けないように磔にしてからダイゴさんにつき出してやんよ。床へ【れいとうビーム】!」

 

「スブブブブブゥ!」

 

 レジロックの足元へ【れいとうビーム】が直撃するが、予想通り避ける素振りすらしない。そりゃあそうだ。今までだってそうだったのだから。コレが危険だと少しも思っていないのだ。急にこの技だけ避ける必要性は感じないだろう。

 

「夕立!」

 

「ブイッ!」

 

 何度目になるかもわからないが、【かげぶんしん】で作り出した夕立の群れがレジロックへ向かって突っ込んでゆく。しかしこれまた今までと同じように、レジロックが大きく一歩踏み込んで腕を振り、夕立の影は一掃された。

 

「無…………駄」

 

「果たしてそうかな?」

 

 レジロックの足元に溜まった【ねっとう】だったものが、【れいとうビーム】によって一気に冷却されてゆく。あわよくばレジロックの足も凍らせようと考えていたが、やはりそういった事は無理なようだ。

 

 【れいとうビーム】を無視したレジロックが凍りついた床の上で更に一歩踏み出した瞬間、ミシリと床から嫌な音が漏れ出た。

 

「…………何?」

 

 一瞬、カガリが怪訝な顔をする。今更動きを緩めてももう遅い!

 

 なんてことはない、理科の実験だ。水が凍るとその体積は約9%ほど増加する。いわゆる凍結膨張だ。ヒビから入り込んだ水が氷になった瞬間、一気に膨張してただでさえ薄い床を圧迫するように氷が破壊してゆく。ただ、それだけでは力が足りないだろうから、そこにレジロックの重さを加えることで負荷を足す。

 

「レジロックを観察して気がついたことがある。お前らのバリアみたいなのはダメージを打ち消すのではなく受け流す、あるいは被害を別のモノへ逸らしているんだろう?」

 

「……!」

 

 無表情だったカガリの表情が少しだが変わった。ビンゴか?

 

「その顔、図星か。要はだ、直接ダメージを受けるような衝撃なんかは他へ移す事は出来るかもしれないが、衝撃が発生する現象そのものを消し去る訳じゃない。それができるなら設置していた【タネばくだん 地雷】にここまで引っかかるはずがない」

 

 氷の上では滑って転ぶような()()こそ受けないが、しっかりと氷の上で体重をかけている。だからレジロックの自重で氷が割れるんだ。

 

 だんだんと床から聞こえてくる音が大きくなってゆく……そろそろか。

 

「さて、ここで質問だが――――レジロックがその場で()()した場合、そのバリアはどう判断する?」

 

「なッ!? 【ロックカット】!」

 

 なんだ、早口で喋る事もできるんじゃないか。レジロックが落とし穴から一気に抜け出そうと動き始めた。しかし、崩れるであろうエリアから出るには動きが遅すぎるな。

 

 この瞬間を待っていた! たとえ被害を逸らされたとしても、衝撃は全方向へ広がる。【タネばくだん】でチェックメイトだ。相手が倒せないのなら、一時的でもいいからその厄介な相手を除外してしまえばいい。

 

「全員、【タネばk――」

 

「フラ゛ァ゛ァアアアァァアアアアア゛ッ!!!」

 

 ――――技を号令しようとした刹那、塔の外から体の芯から震えてくるような獣の咆哮が轟いた。

 

 その刹那、幻影の塔全体が激しく揺れ始める。揺れは完全に立っていられなくなる程大きくなって、その上で塔全体が振り回されるように上下左右に揺れ動かされてゆく。

 

 重たい地響きが幻影の塔全体に伝染したかのように、四方八方から響き渡って五感と共に平衡感覚を狂わせる。まるで直下型地震が直撃したかのようだ。この激しい揺れは、塔が高ければ高いほどしなりによって苛烈になっているのだろう。

 

「クギュッ!?」

 

「スブボッ!?」

 

「キノォッ!?」

 

「ブイッ!?」

 

 御神木様、大賀、網代笠の【タネばくだん】は狙いから大きく外れ、すぐ手前の床や壁に直撃した。また、地震の震度がどんどんと大きくなるせいで今までの隊列が完全に崩壊し、皆が隙だらけの死に体になってしまっている。拙いとはわかっているのに振動が長く、強すぎてまともに行動する事ができそうにない。

 

「~~~~ッ!?」

 

 そう考えている間にも左半身に壁の破片が突き刺さり激痛が走った。鈍い痛みを訴えてくる左腕に力を入れようとするが、上手く力を入れられない。これは関節が外れたか。カナズミシティの時も外れたのは左肩だったな……変なクセがついてしまったのだろう。

 

 なんだこれは。どうしてこうなった。

 

 降って沸いた災害によって、全てが詰む。なんと運のない事か。自分の事のはずなのに、他人事のように感じ始めてしまっている。これはダメなパターンだ。

 

『あなたの未来を暗示するカード…………死神の正位置。意味は決着、風前の灯火――――あなたの死の予兆』

 

 イツキさんの言葉を思い出す。やはり、よく当たるとか噂になるだけの事はあるらしい。俺はレジロックの事を指して言っているのだと勘違いしていた。あれは単純に生物としての差を見せつけられただけに過ぎないのだ。

 

 今ならばわかる。なんという事はない。予言は今この瞬間の事を指していたのだろう。

 

 ――――真の敵はレジロックではなく、この天災(大地震)だった!

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 地震で頭でも打ったのか、激痛と共にまたも意識が飛んだ。すぐに意識を再起動することができたが、抵抗しようにも未だに地震によって幻影の塔は大きく揺れ続けている。至る所に亀裂が入り、ズレ込みが発生しているのが見えた。

 

 そしてとうとう、一切の妨害を受けずにキルゾーン(凍らせた床)を切り抜けた死神が目の前に現れた。揺れ動く床を重たい体で踏みしめながら、俺達を迎えに来たのだ。

 

 


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