カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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 ~~ホウエンニュース 各地でアブソルを観測~~

 

 日の入りも過ぎ、沢山の会社員が足早に商店街を通って帰宅していく。そんな中、街頭に置かれたテレビが、どこか時代を感じさせる青背景に白のテロップでスポンサー情報を流し始めた。主にホウエン地方全体のニュースを取り扱っているホウエンニュースの時間だ。BGMも昔から変わることもなく、妙なテクノポップの効いた独特なもの。この音楽が流れ始めると一日が終わってしまったという印象を与えてくる。

 

「こんばんは。19:00になりました」

 

 笑顔が特徴的な男性アナウンサーがお辞儀をし、本日のニュースの放送が始まる。

 

「ホウエンニュースのお時間です。まだまだ暑い日が続きますが皆様いかがでしょうか?」

 

「最初のニュースです。ホウエン地方の各地でアブソルの姿を観測しています」

 

 画面が切り替わり、ホウエン地方の地図がアップで映し出される。

 

「観測された町についてお伝え致します。トウカシティ、カナズミシティ、ファウンス、キンセツシティ、フエンタウン、ルイボスタウン、ラルースシティ、ミナモシティ、ルネシティ、キナギタウンです」

 

 名前が呼ばれるごとに、対応する場所にデフォルメされたアブソルの絵が現れる。その数はどんどん増えてゆき、珊瑚と桟橋でできた町にさえ表示された。

 

「本来山岳に生息しているはずのアブソルが山を降りたどころか、本来生息していないキナギタウンでも観測されています。お住まいの町が含まれていた方は、避難経路の確認と帰宅困難になった場合の対策を行ってください。命あっての物種です」

 

「古来よりアブソルはその姿を現す際、必ず大きな災害が起きると記録されてきました。それ故に自然災害の予兆を感じ取れるポケモンと言われており、集中豪雨や日照過多と言った異常気象由来の事件が観測され続けている昨今、市民の間では不安が広がり始めています」

 

「特に、キンセツシティは依然として黒い稲妻現象が、天候に関係なく多数確認されております。たとえ晴れていても雷が鳴り始めた際は付近の建物に避難するなどの対策と取ることをオススメいたします。また、これに伴い、キンセツシティの市長は複数の研究所に調査を依頼したとのことです」

 

 表示されたキンセツシティの画像は、街の様々な場所で、雨晴れ関係なく黒い稲妻が落ちた瞬間を写したものだった。

 

 しかも、どうやら街だけでなく、周辺の道路でも確認されているようだ。 直撃を受けた物は大半が避雷針や木々、建造物であったものの、落雷時の衝撃波や粉々になった破片による人的影響も出ているらしい。

 

「次のニュースです……」

 

 

 

 ~~マグマ団の被害と報告~~

 

 重厚な扉が閉鎖的な印象を与えてくる研究室の片隅で、白色蛍光灯が目の覚めるような眩い光を降り注がせている。自分一人しかいない研究室で、聴こえてくるのは研究用機材冷却ファンの低い稼動音。BGMの代わりにぶんぶんと不協和音が小さく奏でられている。

 

 座り心地を重視した革製の椅子は腰と尻に優しく、姿勢にさえ気をつければ長時間座り続けても苦にはならない。自分が納得できる程度に片付けられたデスクの上で、久方ぶりに手記の内容を再確認する。精神を安定させる為に体に染み付いてしまったルーティーン。これを読む時は、大抵が重大な問題が発生した場合だ。

 

 博士から引き継いだ大切な物。博士の死を目撃したあの日、人として外道に落ちてでも奴らを滅ぼすと決めた我々の決意の象徴であり――――同時に贖えない罪の結晶。

 

 手元の手記は新品だった頃とその姿を大きく変えており、いつの間にやら経年劣化と日焼けと手垢でボロボロになってしまった。いくら補修したとしてもこればかりは仕方がないものだ。

 

 暫くの間一心に読み返していると不意に、冷却ファンの音がシャラシャラと何か細かい異物を噛んだような音に変化していることに気がついてしまった。

 

 視線を横にスライドすると研究機械が目に入る。現在の研究室には電気駆動の精密機器が所狭しと配置されており、そのそれぞれが石版について調査中を示す緑色のランプを怪しく明滅させていた。

 

 冷却ファンの排出部分からは排熱によってゆらゆらと揺らめいている。すると、今度はファンの音よりも、機器からの排熱の方が気になり始めてしまった。

 

「暑いな……」

 

 一度気が付いてしまえば部屋全体を温めるじわりとした暑さを無視できなくなってしまう。時間短縮の為とはいえ、ここで作業するのは失敗だったか?

 

 若干後悔しながらつつっと垂れた汗を丁寧にハンカチで拭ってゆく。ただでさえ地下空間で蒸しやすいのに、最近空調の様子がおかしいという報告が上がってきていた。

 

 職場環境や機材のためにも早急に対処すべき案件なのだが、以前の襲撃のせいで偽装室外機の費用を捻出できなかったことが痛い。交換パーツが完成するまで、もう暫くの間今の状態のまま騙し騙し使っていくしかない。

 

 古くなった手記を閉じ、ゆっくりと椅子へ背中を預けて視線を天井へ向ける。これから先の組織の行動について考えていると、不意に誰かの来訪告げる電子ベルが鳴り響いた。誰が訪ねて来たのか……予想に反していて欲しいと願いながら、インターホン越しに入室を促す。

 

「……入れ」

 

「はい。失礼いたします」

 

 厳重な機械式の自動扉を潜って視界に現れたのは、どこかマクノシタに近い太った男。

 

 律儀に形式張った礼法を行いながらも、それが嫌味と感じさせないのはエリートだった経験や元々持ち合わせていた教養の賜物だろう。おまけに修羅場をくぐり抜けてきたせいか、風格だけならハリテヤマだ。これで少しでも痩せれば女性からも好かれるだろうに。

 

「ホムラか。お前が来たということは……」

 

「予想通りです。カガリは当分行動不能ですね。まぁ、最近は無茶な出撃が多かったので、この機にしっかり休養を取って頂こうと考えています。カガリはこういった状態にでもならないと、体と精神を酷使し続けるでしょうから。そしてこちらが今回の調査報告書です」

 

 第五探索部隊に参加していたホムラから今回行った幻影の塔の調査報告書を受け取る。渡されたソレに軽く目を通しながらもうひとつの要件を尋ねた。

 

「それで、負傷したカガリの容態は?」

 

 尋ねながらちらりとホムラの顔色を伺うと、ほんの少し顔を(しか)めたような面をしていたがすぐに生真面目な表情に戻った。

 

 その視線の先にはデスクに置いた手記と、普段から持ち歩いている書きかけのノートが一冊開かれている。

 

 大方、偏執的なまでに書き込まれている冒涜的な知識や、犠牲者の羅列を見たからだろう。私自身も、ある程度は異様だと理解しているつもりだ。だが、最早この癖は自分の意思でも止められない。

 

 すぐに頭を切り替えて資料を読み始める。

 

「はい。第一報通り右足とあばら骨3本を折る重体です。ただ、所属している医師の診断によりますと、カガリが基地到着時に倒れた一番の理由は、極度の精神疲労から解放された事で、今までピンと張り詰められていた緊張の糸が途切れたからではないかとのことです」

 

 今回の任務において、カガリがここまで負傷するのは想定の範囲外だった…………いや、カガリだけではない。目の前にいるホムラとて身体のあちこちに軽傷を負っている。他の部下達もだ。

 

「資料に記載されておりますが、今回の調査で私の所属していた第五探索部隊を含めて、第六、第七が壊滅。第三に限っては殲滅された為、早期の組織的行動は絶望的と言わざるを得ないです」

 

「そうか……」

 

 これは想定されていた被害よりも3割増となってしまっている…………任務達成のために犠牲となった者が多すぎるな。再編成にも時間がかかるだろう。それにしても、だ。

 

「なぜここまで被害が増大したのだ?」

 

 ショゴス相手だけならこうはならない。たとえ実験失敗となっていても、失敗原因に対応するリカバリーの準備を整えておいた。挽回から最小の犠牲での撤退は可能だったはず。

 

「言い訳になってしまいますが、調査3日目に男女2人のポケモントレーナーに強襲されました。その際に構築していた防衛網が破壊され、その防衛網の再構築中に隙を突かれて2匹のショゴスとフライゴンから奇襲されたからです」

 

 奴ら、ショゴスが襲撃をしてきたのは理解できる。だが……。

 

「この男女2人のトレーナーは奴ら側の関係者か?」

 

「判断がつきかねます。ただ、偶然居合わせた訳ではないかと。女……終ぞ顔こそ見えませんでしたが、声や体格からしてチャイルドと言ってもいいでしょう。このチャイルドが、塔の外部でショゴスと敵対しているのを、隊員が目撃しています」

 

 チャイルド……?

 

「子供なのか?」

 

「少女と言っていい年齢でしょうね。ただし、修羅場を潜って来たのかトレーナーとしての腕前は我々幹部クラスに並ぶと思っています。なので、年齢だけで判断して侮ることは下策かと」

 

 それは強いな……しかし、たとえどれほど強かろうとも、なぜそんな年端の行かないような娘があんな場所に居る?

 

 協会ですら遠巻きに警戒網を敷いているだけの場所だ。ホムラの言う通り、それは決して偶然ではないはず。ソコには何か目的がある。しかし――――ホムラの表情は、少女などどうでもいいとばかりに切り捨てている。

 

「もう一人の男の方は?」

 

 ならば、現場に居合わせていたホムラからすれば、おそらく主体は少女ではないのだろう。今回の犠牲を強いてきた原因であろう者の事を聞くと、ホムラの顔色が苦々しげに変化した。

 

「被害が拡大した原因はその男なのです。カガリが言うには長時間に渡り戦闘を行った際に、その男に【被害を逸らす】を封じ込めた魔道具を破壊されたそうですが……」

 

「なんだと!? ショゴス相手に破壊された訳ではなかったのか!」

 

 予想を超えていたその一言を聞いて、驚きのあまり発言に割り込むように声を上げながらその場で立ち上がってしまった。今まで、カガリに渡した魔道具はショゴスに破壊されたのだと考えていたが、まさかポケモンバトルの最中に破壊されていたとは。

 

 初見でカガリの操るあのレジロックに対応し、尚且つポケモンでトレーナーに直接攻撃を与えるような非情を実行できる人間か。

 

 思考が我々に近い分厄介だな……やはり協会から送られてきた本職の人間か? いや、だがそれだと年端の行かない少女を連れ出す理由がわからない。少女は男の後継者か?

 

「……男の方は、カガリがあのレジロックを用いてなお、手こずる相手か……」

 

「確かに使用してきたポケモンの練度も高かったのですが、一番の問題点は()()()()()()()()()()()です」

 

 どういうことだ? よく理解できないという表情が表れていたのか、ホムラ自身も信じられないといった表情で報告を続けた。

 

「【被害を逸らす】を込めた魔道具は……その男本人に――――()()()()()()()()、破壊されたとのことです。しかも、これはカガリの装備していた物だけでなく、レジロックに装備させていた物もです」

 

 ホムラの発言内容は瞬間的に理解できなかった。呆然としたまま驚きで目が見開かれる。言葉が出ない。数瞬の後、ようやくその意味を噛み砕いて理解した。

 

「……あ、ありえん! ただの人間がアレを破壊するなど出来る訳がない! しかも両方だと!? な、何かの間違いではないのか?」

 

 呼吸を上手く行えない口から無理やり声を絞り出すが、その声は自制したにも関わらず震えていた。

 

 そうだ、ありえない。無意識からの声に対し納得する。実験を行った際には、試作品でさえも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()3()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()5()0()()()使()()()のだ。それを踏まえた上で作られた正式採用品が、試作品よりも効果が低かったなどということはありえない。

 

 またそれに加えて、レジロックに装備させた魔道具には、()()()()()()()()()()()()()()()()()2()0()0()()()()()()()()()()()()()()。たとえグラードンが攻撃してきたとしても、数時間は持たせられるはずだ。

 

 それこそまともな方法での破壊など、絶対に不可能であると断言できる。

 

 それを……それをただの男が、攻撃を行っただけで破壊しただと? 魔術の効果そのものとて、単純故に無効化するのは難しい。

 

 ――――それこそ、奴らの知識無しでは無理だ。いやしかし、いくら知識があったところで、レジロックからの猛攻を防ぎながら対抗呪文を行使するなど……。

 

「また、その男はレジロックからの直撃を受けて、ボロボロになるほどの大怪我をしたものの生きて逃げられたとのことです。少なくとも、ただの人間ではないことは明白と言っていいでしょう」

 

 ……それは、つまりだ。

 

「奴ら以外にも、まだ怪物が潜り込んでいると?」

 

「はい。現在は男について目下の急務として、全力で調査中です」

 

 ショゴスと敵対していたというのならば、チャンピオン以外の協会の隠し札か? ……調べたら分かることか。まだ先入観を持つべきではない。確実なことは一つだ。

 

「対処すべき事が増えたな……」

 

 

 

~~幻影の塔調査における報告書 一部抜粋~~

 

 7月20日から23日に行われた幻影の塔での調査について纏める。調査は現地での碑文の解読及び機材を用いた音波検査を行った。

 

 今回の調査は想定されていた日数よりも短縮された物にも関わらず、主目標であった幻影の塔の内部調査は無事成功を収めた。これにより、今まで駆逐してきた古く小さな巣だけでなく、大規模な巣を効率的に駆逐する方法を確立可能と推測されている。

 

 また、今現在における生き残りの居場所を推測することが可能となったと言えるだろう。

 

 副目標であった音を使ったショゴスへの弱体化検証実験も成功し、実証データを取得した。実験データや考察、結論については付属資料p.22にて記述する。

 

 これにより、【ちょうおんぱ】や電子アプリポケモンの笛を改造したもので、ショゴスを一時的に混乱させて行動の自由を奪うことが可能であるという結果を得られた。今後は音や波動を使った効率の良い破壊方法の実験に移行する。

 

 また、試作の戦闘用薬品は10種中7種が不適合となったが、3種(№2 ヨクアタール改、№3 クリティカッター改、№9 スピーダー改)は従来の物よりも効果が高いことが判明された。

 

 詳しい実験データや考察、結論については付属資料p.37にて記述する。これらの薬品は使用後に強い酩酊感を引き起こす副作用及び中毒性があるものの、安価な戦力向上要因足りうる為、更なる改良が期待されている。

 

 また、既に効果が確認されていた【戦略物資R】の量産化に成功。液体・気体・カプセル型の3種類を全幹部に支給することが決定された。

 

 その他の発見物として塔上層階に碑文として現存していた特殊合金の製造方法を獲得した。以降、この特殊金属のことをヒヒイロカネと呼称する。

 

 ヒヒイロカネも上記の通りプロトモデルの実験データや考察、結論については付属資料p.53にて記述する。この製造法で作られたプロトモデルは、これから先マグマ団の活動をより広範囲に及ぼすことが出来る重要な物資になり得るだろう。

 

 

 

~~とある美食家の決意~~

 

 

 大好きな美食家仲間が泣いていた。自らと競えるほどに大好きなはずの食事すら行えずに。そして、今も恐怖と狂気で苦しみ続けている。

 

 

 ――――自分には何ができるのだろうか。解決策を探して、宿を歩けど見つからず。

 

 

 ゴンべは、ロコンから貰った温泉饅頭片手に縁側から足を投げ出して座り込み、じっと庭を眺めてみる。しかし、やはりと言うべきか、それだけでは問題の解決方法は何も思いつかなかった。庭には砂の模様と岩と木が自己主張している。枯山水と言うらしく何かを表しているらしいが、ゴンべにはよくわからなかった。

 

 

 するすると視線は下に向かい、自らの毛むくじゃらな手をじっと見つめてみる。温泉饅頭を持った手は、記憶の中の父親(カビゴン)の手とは大違いだ。もっと指を細やかに動かせなければ、多くの料理を食べることに適しているなどとは言えない。ナイフとフォークを持つので精一杯だ。大賀(ハスブレロ)のように指の訓練を重ねて、箸を使えるようにならなければいけない。何よりも、この大きさでは、かつて自分が得られた安心感が得られないような気がした。

 

 

 顔をあげて空を見上げてみる。恐怖に負けて混乱し、挙句の果てに暴走して自滅したあの日。もう少し心と身体が強ければ、あの日の結果は何か変わっていたのだろうか?

 

 

 視線を庭へ戻してぼんやりと眺めていると、不思議と昔のことが浮かび上がってきた。かつてのあの家に似たような庭があったからだろうか?

 

 

「お前たちが学ぶべき技術は全て与えた! 故、あとは己で舌と知識を磨き上げろ! 自らの美食家としての道を極めに行け!」

 

 

 生まれ故郷であるカナズミシティにある閑静な住宅街の一角、2軒分はあるであろう伝統的な和風建築の家を囲う立派な木製の門構えの前。主人である甚平を着こなした恰幅の良い男の低い声が、早朝の街に飲まれて、朝冷えする空気の中消えてゆく。

 

 

 地主か、あるいは名士だろうか。ゴンべには詳しく理解することはできなかったが、お金やコネはあったのだろう。少なくとも、父親を含め同族6匹全員が1年以上食うに困ることだけはなかった。

 

 

「ゴンゴン!」

 

 

 男の後ろでどっしりと構えていたカビゴンが、腹を叩きながら力強く頷く。食べるという行為に対して、とても厳しい師匠であり、外で生きる術を教えてくれた優しい父。そんな父親の元から後継者と見初められた者以外の4匹が旅立つのだ。自らの信じる美食家を目指すために。正直初心の頃は、そんな志よりも明日の食事をどうするかに比重が偏っていた気もするが、最早過ぎた事だ。誰も気にしていない。ゴンベ自身も。

 

 

 そんな風に旅立ちの日を思い出した所で、ふと気がついてしまった。

 

 

 ――――今の自分は、本当に美食家を目指して行動しているのだろうか?

 

 

 食べることは大好きだ。そこに変わりはない。美味しいものを食べることができれば気分が上がるし、作り手の創意工夫を感じることがとても楽しかった。そして、空腹を満たすという事自体が、生の喜びに満ち満ちた事だった。食に対する誇りだって持っている。それは間違いない。でも、彼女に出会ってから、そちらの道の訓練を進んで行ってきただろうか?

 

 

 ……答えは否だ。最初の方こそ磨いていたが、今では食事技術は錆びない程度にしか使っておらず、もっぱら戦うことに集中していた。勉強だって戦闘に関してばかりだった。そして何よりも、覚えた技術を使って、小さな身なれど体を張って他者を守れることが誇らしかった。

 

 

 改めて思い返してみて愕然とした。要するに、自分は進むべき道を見つけていたのによそ見をして、その結果目的に迷い、技術と心が必要な時に足りず、失敗してしまったのだと。

 

 

 ――――要は慢心していたのだ。あっちもこっちも手を出して、中途半端になっている事にさえ気が付かない程に。ただ、失敗したところは今見つけた。ならばどうするか。

 

 

 彼女を守護する力が必要だ。彼女を悪意と害意から守るような、そんな力が。それこそ【アレ】の下にいる御神木様(テッシード)のように。自分の意志で、付いて行きたいと思ったのだから。

 

 

 うむ。道は定まった。今度こそ道を見誤らない。ならば後は行動し、術を身に付けるだけだ。そう確信して立ち上がると、不思議と視界が広がったような気持ちになる。夕方の空を見るとどんよりとした雲が覆っていた。明日は雨だろう。雨が降るのはいいことだ。作物が育つ。

 

 

 縁側から立ち上がって振り返る。すると、廊下の奥にロコンが1匹座り込んでゴンベを見つめていた。先程までは人間がポツポツと確認出来ていたはずなのに。気が付くと、どうしてか今は周囲に誰もいない。怪しく光る目と目が合うや否や、灯りの代わりに【おにび】を灯したロコンがゆっくりと薄暗い通路の奥へ向かって動き始めた。3歩進んだ所でゴンベに顔だけ向けて付いて来いと促してくる。

 

 僅かな逡巡。まず彼女に伝えるべきではないかと考えたが、今の彼女の状態ではまともにコミュニケーションを行えそうにないという結論に至る。ならばと覚悟を決めて、ゴンべはロコンの後ろに付いて行くことにした。そこに求める力があると信じて。

 

 

 




戦略物資Rは破壊の遺伝子を利用した薬となっております。

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