パンジャンドラムにチート勇者をやらせてみた   作:蝋燭機関

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魔王

「それでは、国王陛下、これより勇者召喚の儀式を始めます」

 

「よろしい、許可しよう」

 

 

 王国の都、その中心地にある聖堂にて、儀式が行われようとしていた。

 時刻は深夜。

 聖堂のステンドグラスは既に魔王軍のドラゴンによる爆撃で粉々に砕け散り、寒い風が内部まで入り込む。

 

 この国の国王、心労でやや窶れてはいるが、端正な顔立ちをした初老の美丈夫の許可を受け、白い祭服で身を包んだ少女が、聖堂の床に描かれた複雑な紋様――魔法陣の一角へと向かった。

 

 

 いや、少女というよりは、少女から女性に変わろうかという年齢の女性であった。

 その祭服から出るその手や顔には火傷や傷の跡があり、頭には包帯が巻かれていた。

 

 しかし、それらを含めても、彼女は美しいと言えた。

 新大陸からもたらされる良質な銀を思わせるきめ細やかな銀髪。紫電を思わせる紫の瞳から発せられる眼光は鋭く、気の強く苛烈な印象を与える。

 彼女は、前任者が悉く戦死したとはいえ、最年少で王国親衛魔導師団の長に就任し、数々の戦線を生き残った猛者であり、聖女とも呼ばれる実力者だった。

 

 

「国王より裁可を頂いた。これより勇者召喚の儀式を執り行う!総員、術式の発動準備にかかれ!」

 

 彼女の号令を受け、白いローブを身にまとった親衛魔導師団のメンバーが魔法陣の周囲、各個に定められた位置へと移動する

 

 

 禁術に分類されるその魔法陣は、王国の宝物庫で見つかった。

 そこには、王国がこれまでにコレクションした美術品や工芸品、魔剣などの魔弓、または特殊な杖などの魔導具、他には禁術に指定された魔術などが記された魔導書など様々なものが収蔵されていた。

 

 国家危急に際しては、戦力になりそうなものはないかと宝物庫の中身を調べている際に、この魔法が記された魔導書が見つかったのだ。

 

 

 それは異世界、この世界とは決して相容れることなどない世界から、力を持ったもの、『勇者』を呼び寄せる術。

 過去に何度か使用したとされ、伝説や寓話でも多く登場する魔法だ。

 

 ただ呼び出すことはできても、送り返すことは出来ない一方通行の魔法。

 召喚される側にしてみれば、それは拉致と言っていい。 

 

 これはこの魔術最大の欠点とされる。

 強力な力を持った存在が必ずしも召喚した側に友好的な存在とは限らないため、召喚者に害をなそうとしたときに送り返すこともできない。

 

 仮に友好的であっても、この魔術で召喚される存在が魔王と戦ってくれるのか?

 

 「○○を倒したら元の世界に戻ることができる」と、勇者を騙くらかし、全てが終わった後で真実を伝えると勇者が激高し、滅んだ国があるとの伝説もある。

 

 

 また仮に勇者が戦ってくれて、そして魔王に勝利することが出来たとしても、それほどの能力を持った個人をその後どうするのかという問題がある。

 

 

 そしてこれは最悪の場合だが、召喚された勇者を取り戻すべく異世界の国家が攻めてくるということすらありうる。

 これは、勇者召喚で生じる影響に関する想定研究で出た話である。

 

 この魔法の性質上、当然勇者も異世界の存在であり、ほぼ確実にどこか国家の国民だ。

 それが召喚により忽然と消えたとなれば、大騒ぎになることは想像に難くない。

 それが召喚されて魔王を倒す役目を課せられる、悪くいえば拉致され対した保証もないのに(異世界国家目線)、命がけの強制労働を課せられる。

 先進的な人権意識を持ち、我々以上の魔法技術を持った国家ならば、異世界の壁を越えて国民奪還のために攻め入ってくる可能性もある。

 

 

 しかし、そのような話は過去の伝説を含めた文献には存在せず、そのリスクは排除された。

 

 そして勇者召喚に対する反対意見もあったが、それらの意見は軽視され、勇者召喚の儀式はこの日、行われることとなった。

 

 

 

 ここは、この世界とは異なる世界。

 例え人類が太陽の重力を振り切り、果てに光の速さを超える術を身につけようと決して辿り着くいことなどない世界。

 

 

 その世界にはゆっくりとではあるが確実に滅びの足音が迫っていた。

 

 その滅びの運び屋の名は『魔王』という

 

 人ならざる異形の存在からなる勢力、魔王軍を率いて人類の根絶を目論む悪鬼の総大将である。

 魔族とは、魔獣の中でも人間種に匹敵する高い知能を持つ存在だ。

 

 この魔獣というのは、この世界の各地に棲息する生まれながらにして魔力を有する生物の総称である。彼らは個として優れた能力を持つが、大概にして知性を持たず、人間のような文明社会を築くこともない。

 

 また個としてその能力に優れるといっても、それは動物と比べての場合。

 一部の例外を除いて、大多数の魔獣は、より魔力の扱いを得意とし、文明社会の利器を用いる万物の霊長たる人間に、体内に存在する魔石や、その身体部位を資源として狙って、狩られる存在だ。

 

 魔獣は普通の動物のような生殖によりその数を増やすが、霊脈が新たに発生すると、そこから滾々と湧き出る魔力に当てられてどこからともなく発生することが知られている。  

 その氾濫は時として軍事力に乏しく、その版図も狭い小国や零細国家群を滅ぼすこともある。

 だが統治組織が腐りきって賄賂が横行し、悪性が敷かれた瀕死の病人と化した大国の滅亡の要因となることこそあるが、人類滅亡の原因になる程の大規模な大量発生を引き起こすほどの強力な霊脈が自然発生的に誕生することは、それこそ天文学的な確率であり、魔獣の大量発生が人類滅亡の原因になると考えるのは、一部のパルプ・フィクションを真に受けた者だけだろう。

 

 しかし、現在人類は滅亡の危機に追い詰めているその原因は魔獣の一種に分類される魔族によるものであった。

 

 何故このような事態が生じるに至ったか?

 

 ことの発端は、今から20年ほど前に遡る。

 

 

◇◆◇

 

かつてこの世界では、大戦争が起こった。

 

 

『世界戦争』とも形容されたその破滅的な大戦争に勝利した王国とその同盟国は、敵対陣営の盟主である第二帝国に、苛烈な講和条約を押しつけた。

 

 その主な内容は以下の通り。

 

・海外領土および権益の完全放棄

・本国の領土や権益の譲渡

・陸軍及び水軍の兵数制限

・死霊魔術・地竜*1・合成魔獣・海魔の保有および研究の禁止

・高位魔導師に関する制限

・保有する軍艦の制限

・ドラゴンを運用する竜騎士団の保持禁止

・孫の代になっても払い切れなさそうな賠償金

・他色々

 

 

どこかで聞いたような内容である。

 

 ただ、苛烈といっても王国の同盟国のある将軍が「これは和平ではない。20年ばかりの停戦となるだろう」と述べたように、文字通り国家そのものを解体し、国家の基盤を崩壊させて二度と戦争を起こせなくなるほど徹底的なものではなかった。

 そもそもそんなことをすれば、第二帝国の賠償能力が大きく損なわれることは必至であり、世界戦争により大きな被害を受けた王国もその同盟国の望むところではないので、現実的ではないのだが。

  

 しかしこの中途半端に懲罰的な条約は、第二帝国臣民に憎悪の念を募らせ、その復讐を誓わせるには十分だった。

 

 このままでは海外資本の流入で一時的に経済は回復するが、そのうち大恐慌が起こってやっぱり経済がダメになって、隣国出身の伍長が政権を奪取し、もう一度世界大戦を引き起こしそうな塩梅である。

 

 

 そして、ある将軍の予言はほぼ的中し、世界戦争の講和条約締結からほぼ20年後、再び世界を巻き込んだ大戦争が始まった。

 震源地は第二帝国。世界戦争の敗戦国にして、未だに強大な国力を有する大国だ。

 

 

 だが、新たなる世界戦争を引き起こしたのは第二帝国の臣民ではなかった。

 王国と、その同盟国と対峙するのは魔獣の中に生まれた最悪の特異点『魔王』と、それに率いられた人ならざる軍勢により引き起こされたのだ。。

 

 しかし、第二帝国の民は遺伝学的にも交配可能であり、間違いなく王国と同じ人類によって構成されている。

 ならば何故第二帝国からその世界戦争が始まったのに、その勢力が生物学的見地からも人間ではないと考えられている魔王と魔族からなる勢力となっているのか?

 

 それは、王国とは海を挟んで存在した第二帝国の存在した場所は、今では第二帝国跡地と呼ばれ、魔王軍の本拠地となっているからだ。

 

 第二帝国は魔物により滅亡したのだ。

 

 

 しかし、軍備が制限されていたとはいえ、そこいらの弱小国よりは強力な軍備を有していた第二帝国である。

 先にも述べたように、霊脈が新たに生じることで起こる魔物の大量発生で滅びることなど、ありえないはずだった。

 だが、今回の魔物の大量発生は少し状況が違った。

 

 天文学的な超低確率で起こりえるとされた超大規模魔獣発生災害が起こったのか、それは否だ。

 この人類存亡の危機は、第二帝国にあった魔導教団と呼ばれる集団により引き起こされたのだ。

 

 

 この魔導教団というのは、『今の人類は間違っており、魔術で人類を正しい道へと矯正する人造神を作り出さねばならない』と考える飛びきりのヤベーカルト教団である。

 

 しかし、第二帝国の経済的混乱と教団のトップである大神官の巧みな話術により多数の信者を獲得した。

 これら教団信者の中には、国立魔導学院出身の所謂エリート層や、資金力のある大商人や、国政に携わる官僚や軍人なども含まれ、彼らの存在もあって教団の勢力は急速に拡大、「人造神」を作り出すという研究も加速度的に進んだ。

 

 本来なら、この手の危険思想を持った組織は第二帝国の治安警察により解体されるハズであったが、第二帝国は王国で発生した世界的な大恐慌のモロに受け、経済のみならず政情も不安定になっており、またこの危険組織に先の大戦での英雄とされた人物などが支持を表明していることもあって手が出せなかった。

 

 これが悲劇を生んだ。

 

 ついに人の手で神を作り出すという最終目的のために、魔導教団はその本拠地が存在した都市ミルヘンで、儀式魔術と呼ばれる大規模魔術を実行した。

 

 その魔術は、以前より秘密裏に行われていたミルヘンの町の直下に存在する大霊脈に周辺の小規模霊脈を合流させることで、人為的に作り出された大規模霊脈から供給される魔力をエネルギーとして、膨大な魔力が必要とされた魔法陣を発動させんとするものだった。

 

 その魔法陣とは、魔導教団に集った各分野の英才たちにより作られた人造神の錬成術式であり、この魔法陣が無事発動すれば第二帝国はおろか、全世界に存在する全人類を導く神がこの世界に降臨するはずであった。

 

 

 しかし、実験は失敗。

 人造神の錬成術式は崩壊し、人造神の錬成術式の中心であり、魔導教団の総本山として利用されていた古城は爆発四散、人造神の代わりに生まれたのが後に『魔王』と呼ばれることになる存在だ。

 

 この世に生まれ落ちた魔王は、燃えさかる古城跡から現れると、都市ミルヘンの市民の虐殺を開始した。女子供も見境なくの鏖殺であった。

 

 勿論第二帝国側も黙っているわけがなく直ちに討伐部隊を編成、魔王の駆除に向かわせた。

 

 しかし、この魔王はハイエルフの大魔導師すらも凌ぐ隔絶した魔力を有した恐るべき生体兵器であり、大魔導師がダース単位で襲いかかっても敵わない化け物だった。

 貧弱な軍備の保持しか許されなかった第二帝国の軍で対抗できるわけもなく、討伐部隊は壊滅した。

 

 しかし、第二帝国の悲劇はそれだけに終わらなかった。

 魔王はミルヘン市跡地に残された大規模霊脈と、自らを生み出した人造神の錬成術式の失敗作を改良し、廉価型の量産に適した魔王とでも言うべき、自らのように高度な知能を持った魔獣、魔族を大量生産する術を生み出したのだ。

 

 これら魔族には、その魂と脳に魔王に対する絶対隷従が刻まれており、決して魔王を裏切らない忠臣だ。

 中でも特に強力な4体の個体は四天王と呼ばれ、高度な知能を持ち、魔王に準ずる強力な戦力。

 

 魔王はこれら配下の魔族を組織的に運用、魔王軍と呼ばれる勢力を作り上げ、第二帝国の正規軍を次々と打ち破っていった。

 だが、周辺諸国は、先の大戦での恨みや憎しみから、第二帝国が苦しんでいるのを聞いて酒の肴とし、その猛威を正しく認識することができなかった。

 

 彼ら周辺諸国が魔王軍を明確な自国への脅威であると感じ始めた頃には、第二帝国の帝都ヴェアリーンが陥落した頃であり、腐っても世界では列強の一角と認識されていた第二帝国が滅ぶ一ヶ月前であった。

 そしてそのときには何もかもが遅すぎた。

 

 帝都ヴェアリーンを陥落させた魔王は自らを『魔王』と、その手勢を魔王軍と称し、全人類の隷属化を掲げて周辺諸国へと侵攻を開始した。

 

 魔王軍はいつの間にか組織した竜騎士団の援護の下、地竜や魔獣を集中運用し、敵の防衛ラインを食い破り、要塞などの防御が強固な地点は迂回して進撃。敵の補給線や司令部などといった重要地点を攻撃した。

 魔王軍の血管や神経を切り裂くかの如き戦術により、各国の軍隊はその機能を失い、周辺諸国は次々と敗れ去っていった。

 

 その手際は見事というほかなかった。

 

 陥落した国の中には王国の有力な同盟国も含まれていた。

 魔王軍の戦力は、周辺諸国にある霊脈を接収することで、より増強され、大陸にあった国々はその悉くが滅ぼされるか、降伏が秒読みと言われる程までに戦力をすり減らしていた。

 

 王国も同盟を理由に魔王軍と戦ったが結果は惨敗。

 王国が組織した大陸遠征軍は敗北して大陸から弾き出されてしまった。

 

 今では魔王軍の海魔が王国の周辺海域に跋扈して、商船を片っ端から沈めまくっている。

 王国はシーレーン防衛のために、護送船団を組織したり、海魔の根城となっている魔王軍支配地域に対して攻撃を行うが、まともな戦果はあがらなかった。

 大陸からは、魔王軍の大型ドラゴンが飛来し、都市や人を焼いていく。

 

 その間にも魔王軍は他の国々を次々と併呑し、遂にはその戦力を結集させ、王国へとの上陸を目論んでいた。

 既に魔王軍の艨艟を阻むべき王国の艦隊は、そのほとんどが暗い海の底へと送られ、残りも魔王軍の艦隊を阻むには少なすぎる。艦隊保全主義をとることすらできない戦力。

 

 

 だが、王国はまだ諦めてなどいなかった。

 

 

 何故なら、最早世界には王国以外に、魔王軍に抗いうる有力な国家は存在しないからだ。

 

 自分たちが負けるようなことがあれば、未だ魔王軍の支配下に下っていない地域を含めた全世界が、我々が守ろうとしたものが、何もかもが歪んだ魔導の光によって暗黒時代へと突入してしまうのだ。

 とすれば、死力を尽くしてこの魔王軍の邪悪な企てを防ぐより他ない。遠い未来、そう千年先人々にも、「この時が彼らにとって最良の時だった」と言わせられるように――

 

 魔王軍の支配地域では、人々は奴隷以下の家畜へと落とされ、その尊厳を徹底的に辱められる。

 生かされてこそいるが、それを人間と言えるのかとというような扱い。

 

 

 万物の霊長たらしめるものを完全に奪い去られた、『ソレ』は人間では、ない。

 

 肉体が生きていても精神が、心が死んでいては意味がない。

 国民の戦意も未だ健在であり、皆手に武器をとり、徹底抗戦する構えだった。

 

 だが、武器は当然足りず、代わりに持たされるのは農具であったらまだ良い方といった有様で、練度は足りず、組織としての運用も怪しい、平時なら戦力としてまともに期待できない素人集団。

 

 王国軍人が教官として、少しでもマシになるよう訓練をしているが焼け石に水。

 

 

 魔王軍上陸のX-Dayは確実に迫っている。

 状況は絶望的。

 

 

 

 そんな時だ。

 王国の宝物庫すらひっくり返して武器になりそうなものはないかと探しているときに、勇者召喚のための魔法陣の存在を記した書物が発見されたのは。

*1
地上に生息する竜。飛ぶことはできないが、強力な火炎放射、鎧のように堅い体表、高い不整地走破能力を持つ。

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