パンジャンドラムにチート勇者をやらせてみた   作:蝋燭機関

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魔界首都

 旧第二帝国 帝都ヴェアリーン跡地

 

 

 かつてこの世界において二番目の国力を誇り、王国と覇権を巡って幾度となく衝突を繰り返した国家があった。

 

 その名を第二帝国。

 

 帝国は王国との度重なる軍事的衝突の最中勃発した『世界戦争』と呼ばれる大戦争にて、王国とその同盟国に対し自らが率いる愉快な仲間たちと共に直接対決を挑んだが、屈辱的な講和条約を飲まされてしまった。

 

 国家としての存続こそ許されたものの、海外領土は全てが放棄させられ、本国の領土も多く削られた。これに加えて膨大な賠償金、極端な軍備制限が課された。

 

 

 特に最後の軍備制限は致命的で、後の魔王降誕騒動では第二帝国は魔王軍に対して有効な抵抗ができなかった。その国土は蹂躙され尽くし、第二帝国は帝都に残存兵力を結集させ最後の抵抗を行ったが、それも魔王軍の圧倒的な兵力によって捻り潰されて帝都は陥落し、国家として完全に消滅してしまった。

 

 その第二帝国の帝都であった都市ヴェアリーンは、第二帝国に残った最後の抵抗拠点として第二帝国陸軍と魔王軍の間で激しい市街戦が展開された。苛烈な砲爆撃に晒された町並みは徹底的に破壊された。敵の防衛側の拠点を陥落させるためには、攻略側は相手の三倍の兵力が必要と言われるが、ヴェアリーン市街戦では三倍を遙かに超える戦力が投じられ、第二帝国軍は早々に壊乱した。

 旧帝都には敗残兵も残っていたが、指揮系統も補給も存在しない組織的な戦闘能力を喪失した彼らの抵抗など、高が知れたものであり掃討の完了までそうはかからなかった。

 

 

 斯くして、第二帝国は地図上から消滅し、その首都である世界に冠たる大都市ヴェアリーンは無"人"地帯と成り果てたのだが、代わりに新たな住民を迎え入れていた。

 その住民とは第二帝国を滅ぼした張本人たる魔族である。

 

 彼らの長である魔王は、何を思ったか熾烈な市街戦のために荒廃した帝都ヴェアリーンを、魔王国の首都として定め、その復旧を命じたのだ。

 

 魔王国は魔王を行政府の長とする国であり、魔王軍はその国軍ということになっている。その人民として認められるのは魔族のみであり、人間は家畜扱いである。なお国と名乗ってはいるが、魔族は魔王に対する隷従せよというプログラムが本能に刻まれている以上、国家かどうかすら怪しい存在なのだが。

 

 こうして、ヴェアリーンの再建計画が動きだしたのだが、すぐに大きな障害が生じた。

 ヴェアリーン市街戦が行われている頃になると魔王軍による一連の騒動を、所詮は魔物の氾濫という災害として捉え、憎き第二帝国が苦しんでいるのを見て悦に入っていた周辺諸国も流石に事態の異常さに気づき始めていたのだ。

 

 腐っても第二帝国は並の中小国よりは強力な軍備を持っていた。

 当の第二帝国も最初は魔王軍を魔物の軍勢に毛の生えたものとして捉え(都市一つが陥落しているのに、想定が甘すぎるとも言える)、序盤では戦力の逐次投入という愚策を犯したが、それから体制を立て直して迎え撃った第二帝国の正規軍が敗北したというのは、周辺諸国に強烈なメッセージとなった。

 彼らは魔王軍を国防上の明確な脅威として動員を開始した。

 

 

 これに魔王軍首脳部は大いに頭を悩ませた。

 魔王軍は第二帝国を圧倒することこそできたが、それは何度も言っているように第二帝国が先の世界戦争の敗北で呑まされた講和条約により、その軍備が著しく制限されているためであった。

 

 これに対して第二帝国の周辺国は、世界戦争を引き起こし、国土を蹂躙した第二帝国に対する警戒を完全には解いてはおらず、中でも『共和国』や『連邦』は強力な軍事力を有していた。

 この二つの大国以外の第二帝国に軍事力で劣る中小国や零細国家も、その戦力を糾合すれば、それなりの脅威となり得た。

 

 これらと正面から向き合えば魔王軍の戦力を大きく削られることは間違いない。そうなれば魔王の野望である世界征服計画の大幅な遅延は確実であった。

 

 

 よって諸国の中でも強力な力を持つ『共和国』が攻勢の準備を整える前に、急襲し、制圧することが決定された。『共和国』以外にも大国は存在するが、それは本土が海の向こうであったり、動員が遅れるだろうと考えられた。

 そのため『共和国』との戦線に魔王軍の主力を投じて早期に陥落させ、海を挟んだ大国、即ち『王国』の戦力の展開を不可能とするのだ。『連邦』による攻勢も予想されるが、これが始まる前に共和国を破った兵力を移動させて『連邦』を叩けばいいとされ、実際そのように魔王軍は行動した。

 

 

 このような作戦を立てることからもわかるように、この頃の魔王軍の戦力にはあまり余力がなかった。

 

 魔族はこの世に生まれ落ちた瞬間から、魔王への絶対隷従を定められており、魔族の数=魔王軍の戦力となる。

 しかし魔王軍も軍隊というだけあって、正面戦力の他にも後方支援部門が必要であり、一時的とはいえ複数の戦線を構え、大国である『共和国』を破るためには、魔王軍の戦力はギリギリ、もしくは足りないぐらいであった。

 

 そのため全ての魔族を戦線と銃後での支援に使う必要があるため、帝都の復旧作業には使えない。

 だが問題はない。

 当時はタダで使える労働力(旧第二帝国臣民)が腐るほどあったのだ。

 使わない手はなかった。

 

 勿論その労働環境は劣悪そのものであり、バタバタと人が倒れていっているが、所詮は魔王軍が周辺諸国を併呑するまでのつなぎである。正確には共和国軍を粉砕し、二正面作戦を強いられる心配が無くなるまで持てばいい、と考えられていたため問題は(魔王軍にとっては)何も無かった。

 

 

 そして作戦通り魔王軍が共和国を電撃戦で打ち破ると、魔王軍は動員が遅れていた他国への対処のため転進したが、これにより大きな戦線が一つ消滅したため、魔王軍側には余力が生じ、ヴェアリーンの復旧にはこれまで強制労働をさせていた第二帝国の臣民に加え、魔族も加わり復興作業は加速された。

 

 正確には復旧というより、新たな都の建設にこの頃から工事の目的は変質していた。

 ヴェアリーンは、たかだか世界の一地域を支配する列強の首都であった頃から、雑多で醜い建築物がまるで無秩序に立ち並んでおり、都市として洗練されていないと言われていた。

 それを焼き直しただけでは、いずれはこの星の全土をその版図とする大帝国の首都たり得るだろうか? 否、たり得るわけがない。

 

 この今は亡き老帝国の都は、魔王国によって世界の首都として政治・経済・文化の中心となるのだ。それに相応しい機能と規模を持った都市に生まれ変わらなければならない。

 

 前々から構想の進められていた都市改造計画は即座に承認され、それに従った工事が始まった。議会や法律などの民主主義国家ならあるものが機能していない魔王国らしい超スピードである。

 

 その傍らで、魔王軍は陸続きの国々に連戦連勝、次々と打ち破っていった。

 この世界で主だった大国は、そのほとんどが第二帝国が存在した大陸にあり、例外というと王国くらいなものである。

 この大陸の外にあるのはこれら大国の海外領土や、弱小な国々ばかりであり、大陸が魔王軍に席巻されれば、世界征服はほぼ達成されたと言っていい。

 

 尤もその王国も共和国に増援として送られていた大陸派遣軍が共和国諸共魔王軍により殲滅されたことで陸上兵力は崩壊していた。

 大陸との間には海という天然の要害が存在し、魔王軍が開戦初期においてはまともな海上戦力を持たなかったこともあり、大陸で魔王軍が暴れ回っている間も大型ドラゴンによる空襲に対しての対処くらいしかなく、比較的平和な状況であった。

 

 だが戦争の中期頃になると、魔王軍は海魔の群狼戦術による王国のシーレーンへの攻撃を本格化させる一方で、多数の空母を擁する機動部隊を作り上げ、それをもって王国海軍を壊滅させていった。

 これに加え、王国各都市には大型ドラゴンの大編隊による絨毯爆撃が連日行われ、王国の航空戦力や生産力は削ぎ落とされていった。

 

 結果王国の戦力や資源、食料の備蓄は底が見え始め、旧ルーキ市にはどう見ても王国上陸を企図した魔王軍の戦力や物資が集積され始めるという有様だった。

 

 王国の地上兵力は今に至るまでに回復したとは言い難く、魔王軍が王国に上陸すれば、鎧袖一触とばかりに蹴散らされるだろう。

 王国攻略の暁には、魔王はヴェアリーンの名前を『魔界首都パンデモニア』と改め、我らこそが世界を征服する覇者であり、パンデモニアこそが世界を支配する魔族たちの首都であると示すのだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そのヴェアリーンの一角にある豪奢な建物、魔王官邸とも呼ばれる建物、その一室に"それ"はいた。真っ暗闇が人を象ったものが、仕立てのよい椅子に腰掛けていた。その闇は光を反射を一切しないもので、星の世界に存在するとされる極めて強力な重力のため光すらも脱出できないという牢獄のような大質量天体を思わせた。

 

 しかし勿論、それは天体ではない。

 

 心臓を拍動させ、呼吸をし、思考し、地に二本の足をついて動く生命体。

 十二年前、第二帝国の都市ミルヘンに生まれ落ち、その後は帝国とその周辺諸国を次々と併呑し、その民を隷属させていった魔族の最高指揮官。魔王である。

 

 類い希なる指揮能力と組織運用能力、そして奇術の如き戦術によって列強に数えられるような国々を討ち取っていた彼、あるいは彼女は通信機を手に怒鳴り散らしていた。

 

 

「直ちに報告せよ! 救援軍(第十二軍)の先頭は今どこにいる!?」

 

「攻撃の再開はいつからだ!?」

 

「第九軍の所在と進撃方向を伝えろ!!」

 

 

 魔王国……もとい魔王軍の占領地域では、重大な問題が発生していた。

 

 王国が大反抗作戦を開始したらしく、それにより魔王軍が短期間のうちに大損害を被っているということに全ては端を発する。

 

 ことの始まりはおよそ二週間前、ヒルネムが行った王国への空爆作戦からだった。この空爆は、ナゴンによる王国上陸作戦への支援の一環として立案されたものだった。

 ヒルネム率いる大型ドラゴンの編隊は、爆撃の命中率を上げるために、低空での爆撃を行っていたが、既に王国の航空戦力は一連の航空戦でその大部分が失われ、対空魔法などというものはバカみたいに当たらないものなので、爆撃部隊への損害などほぼ考えられなかった。

 

 それが壊滅したのだ。

 損耗率は驚異の9割越え、指揮官である四天王ヒルネムもMIAと相成った。

 

 これに加えその翌日に飛び込んできたのは、四天王ナゴンが司令官を務める王国攻略艦隊の全滅の報。

 それも組織が戦闘能力を失う全滅ではなく、文字通りの全滅である。フリゲートの一隻すら残さず沈められた。

 

 この情報に魔王軍統合参謀本部が脳震盪のような衝撃を受け混乱しているなか、更なる悲劇の報が舞い込む。

 

 

 軍港都市ルーキの消滅である。

 かつて第二帝国の主力艦隊が母港としていた町であったルーキ市は、第二帝国軍と魔王軍の地上戦により少なくないダメージを受けていた。

 その後魔王軍が海の向こうへと兵力を展開するために、再整備がなされ、魔王軍占領地域最大の要港として機能していた。

 

 殲滅された四天王ナゴン旗下の王国攻略艦隊もこの港から出撃している。

 

 

 それが消滅したらしいという連絡が入ってきたのだ。

 空爆や艦砲射撃、侵入した特殊コマンド部隊による破壊工作を受けたというのではなく、消滅したという要領の得ないものである。しかも「らしい」だのという不正確さのおまけ付きである。

 

 それもこれも、その消滅したとされる時間を境に、ルーキ市との一切の通信が途絶しており正確な情報が入ってこないからだった。

 よって情報はルーキ市近郊に展開する魔王軍から手に入れるよりほかないが、入ってくる情報が、

 

 

『地上に太陽が出現した』

『ルーキ市の方から一瞬の閃光が走ったと思ったら、地獄の業火のような爆風が出現した』

『町の方からは天を貫く巨大な茸雲が立ち上っていた』

 

 

 だのというもので、まるで状況がわからなかった。

 

 ルーキ市には四天王の一角であるスオードが腰を据えていたが、今日に至るまで一切の連絡はない。

 ヴェアリーンに届く断片的な情報から、ルーキ市の壊滅は確実視されており、スオードは同市と運命をともにしたと考えられた。

 

 

 これだけでも発狂ものの大損害であるが、まだよかった。

 戦略爆撃用の大型ドラゴン部隊とその搭乗員にしろ、隻数にして1000を超える王国攻略艦隊とそれに輸送されていた陸上部隊にしろ、どうやら文字通り吹き飛んだらしい軍港とそこに集約されていた戦力にしろ、悲観的に見積もっても5年程度で再建が可能である。

 

 これらを率いていた四天王たちに関しては残念ではあるが、それらを含めても人類にほぼ戦力らしい戦力が残っていない現状では、多少の質の低下や軍が削られようが許容範囲である。

 

 問題は、どこからかこれらの情報が漏れ出し、占領地域でのパルチザン活動が活発化しているのだ。物資集積所には火炎瓶が投げ込まれ、鉄道は脱線し、飛行場のドラゴンが殺害される。

 既に主だった大国を全て屈従させ、王国を含めた人類圏の全兵力を糾合させようと遠く及ばない兵力を持つ魔王軍にとっては些細なことではある。

 

 然りとて看過することはできぬ。

 

 このような者たちが出てこないよう魔王軍特別行動隊が存在したはずだが、全く何をやっているのやら。

 

 駐留する魔王軍の規模の少ない一部の小都市はこららパルチザンに掌握されたりもしていた。

 蜂起の中には地下に潜伏していた魔王軍に滅ぼされた国の軍人が指揮を執っているらしいものもあり、それなりに立派な装備を持っていることもあって、魔王軍の後方警備部隊で相手取るのは少々厳しかった。

 

 そこで軍主力をぶつけることになったが、魔王軍地上兵力からは相当数が王国攻略艦隊に引き抜かれていたことや、大国らしい大国が消滅したことで魔王軍が規模を縮小させ始めていたこともあり、大陸に残された兵力は未だに残る戦線に投じられているものと要衝の防備のために動かせないものばかりであった。

 

 仕方なく大陸前線の予備兵力から一部を引き抜き、これらパルチザンの掃討にあたらせることにしたが、巨大な組織の行動には時間がかかるもの。それも当初想定すらしていなかったものとなれば尚更である。

 

 おかげでパルチザンがその活動領域を拡大させているが、規模や装備もパルチザンにしては良いものを持っているだけで魔王軍のそれと比べるまでもなく貧相だ。

  

 

 故にその命運も魔王軍の部隊が到着するまでだろう。

 

 

 などと思っていたら、大陸に残った中小国どもが、こちらの動きを感づいたのか攻勢に打って出てきたため、魔王軍大陸前線部隊も混乱に襲われた。

 こちらは事態収束の目処は立ちつつあるそうだが、大国を落してからは戦術レベルですら連戦連勝だったことや、上述の魔王軍の戦力が割で計れるような損害を受けたこともあって、魔王は気が立っていた。

 

 

「第十二軍第二十軍団の先頭の所在は………」

 

 

 だから前線部隊からの報告に苛立ちを隠す余裕もなく、現在の状況を報告させていた。

 だがその直後、魔王は思わず口を止めてしまった。

 

 

 

 ヴェアリーンを南北に縦貫する大通りと東西を横断する大通りとが丁字に交わる地点。

 そこには『伏魔殿』と名付けられた巨大な建物が存在した。

 コリント式の列柱や大きなドームを持つそれは、魔王国の国会議事堂として建てられた新古典主義風味の建物である。

 

 現在魔王国では魔王の専政が行われており、魔族は魔王に対して絶対の服従を誓っているため、議会は機能していない。

 だが魔王もまた自身を、命に限りある生物の枠に捕らわれた存在であると直感しており、魔王亡き後は魔族たちが魔王国を運営していかなければならない。

 そのために伏魔殿は建てられたのだ。

 

 今はただのオブジェに過ぎないが、やがては世界から魔族の代表たちが集い、議論の場となる。

 魔王軍の四天王最後の一人ベアマンは、魔王により後継者として指名されており、そこでごっこ遊びと一部魔族からは皮肉られるが、未来のために議会の運用の練習をしていた。

 

 

 それが吹き飛んだ。

 

 

 官邸の魔王の執務室からも目にできた伏魔殿。

 そこから目の眩むような強烈な閃光が走り、直後に議事堂が木っ端みじんに爆発する。

 建物の直下、基礎部分が突如として爆ぜて、荘厳な殿堂が崩れ去る。

 かつてイギリスでは火薬陰謀事件などという未遂に終わった議会爆破計画があったが、規模では比べものにならないだろう

 議事堂を跡形もなく粉砕した衝撃波は、そのままヴェアリーン市街へと雪崩れ込む。

 町の硝子という硝子が割れ、固定されていないものはその尽くが吹き飛び、爆発で破壊された無数の建物の破片が超音速の弾丸となって飛翔し、往来の魔族たちを貫いていく。

 

 思わず目も覆いたくなるような酸鼻極まる光景が戦線から遠く離れた都に出現するが、それに対して魔王が何かしらの思考をする余裕は無かった

 

 魔王官邸の方へ、伏魔殿の一部であったであろう巨大な石材が飛んできていたのだ。このまま何もしなければ官邸はあの石材で大きく損傷するだろう。

 

(まぁ、させんがな…)

 

 魔王は何もない空中に手を掲げるると、どこからともなく現れた真っ黒な闇、そうとしか形容のできない無数の真っ黒な球体が魔王の正面に集まり、棒のような形となった。

 

 

 

 魔剣『ヴンダーヴァッフェ』

 

 

 全長にして2メートル以上はあるその大剣は、魔王の体と同じく全く光を反射しない。

 それは魔王が第二帝国に生まれ落ちた瞬間から手にしていた魔剣であり、恐るべき魔力を秘めている。

 魔王軍が軍隊と呼べるような程の勢力でなかった頃に魔王が振るい、第二帝国が擁した高位の魔導師を打ち破った剣である。

 

 初代四天王が任命され、魔王軍が統率のとれた組織として機能し始めてからは魔王は軍の最高指揮官として前線に赴くことも少なくなり、自ずと振るうこともなくなっていった。

 魔王にとってこの大剣は自らの半身であり、誰かに貸すこともなかった。

 

 

 だが今回図らずも使う機会ができた。

 久方ぶりに愛剣を構えると、人型の闇は飛来する瓦礫を一瞥すると剣を振るった。

 

 闇の力を凝縮した禍々しい剣が豪速で振るわれ、その軌道から黒い斬撃が生じた。

 その斬撃は官邸の壁を切り裂き、飛翔する石材へと一直線に向かっていって……切り裂いた。

 

 真っ二つに両断された瓦礫は、その軌道を変えて官邸の庭と水路へと落ちていった。

 

 

(うむ……やはり鈍っているな)

 

 

 その気になれば、あの程度の岩塊、真っ二つどころか完全に消滅させることすら可能だったはずだ。

 出来なかったのは、咄嗟の事態に慌てて、反射的に斬撃を放ったからに過ぎない。

 長らく戦場に出ることもなく、後方で事務仕事ばかりしていて腕や勘が鈍ってしまっていた。

 仕方ないとはいえ自らの力量が落ちていた、その事実魔王は思わず気を落とした。

 

(致し方ないこととはいえ、やはり来るものがあるな……ん!?)

 

 

 砂塵の中から不意を突くように放たれた光の矢を魔剣ヴンダーヴァッフェで切断する。

 攻撃の行われた方位に視線を向けると、炎をその身から吹き出す巨大な二つの円環を持った、ボビン状の物体が猛烈な速度で向かってきていた……

 


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