パンジャンドラムにチート勇者をやらせてみた 作:蝋燭機関
旧第二帝国帝都/現魔王軍(国)首都 ヴェアリーン
港湾都市ルーキより魔王軍占領地域に侵入したパンジャンドラムは、帝都周囲の厳重な警備を地下を進むことで躱していた。
英仏海峡に穿たれ、今も多くの列車が往来するドーバー・トンネル。それを採掘したシールドマシンを優に上回る速度で、旧第二帝国の大地を掘り進んだのだ。そしてその日の当たらぬ旅路の終着点と定めた魔王国の議事堂である伏魔殿直下で多数の分身体を一斉に自爆させ、都市に甚大な被害をもたらした。
市街には建物の一部だったレンガや木材、石材などがバラバラになって散乱し、庁舎や家屋は屋根や窓が爆風によって吹き飛ばされた。悲鳴や怒号、助けを呼ぶ声などを綯い交ぜにした恐ろしい混声合唱が町の至る所で響いていた。それらの一部は、どうも倒壊した建物の瓦礫の下にその音源があるようであった。
この酸鼻極まる光景を生み出した自走式爆雷の本体は、爆発により生じたクレーターから飛び出した。その向かう先は、この世界に十二年前に現れ、世界を席巻した異型の軍勢『魔王軍』、その総大将たる魔王である。
砂塵を背にして、その身に括り付けられた無数のロケットから全力で火を噴かせ、己を徹甲爆弾として突撃する。
「そんな明け透けな攻撃を、この私が大人しく食らうとでも思っているのかね?」
魔王は、その身の丈ほどもある自身の体と同じ漆黒の魔剣『ヴンダーヴァッフェ』の剣先をパンジャンドラムへと指向し、その剣先を中心として、同心円状に複雑な魔方陣を複数展開した。その数、実に八。
魔方陣は一瞬強く発光すると、そこから光り輝く球体が出現する。
七色の光、目のくらむような強い光を纏った八つの真球である。
「消し飛べ」
次の瞬間、それら球体たちは先端の尖った空気抵抗の少なそうな形状に姿を変える。直径38センチ、風防のついた徹甲弾のような形状だ。それを秒速820メートルという超高速で天へと打ち出した。
これは魔王の膨大な魔力を質量へと変換、それを単純に高速で打ち出すという至極単純な攻撃である。だが放たれる魔力の塊は質量換算で800キログラムに相当し、それが音速の2倍超の速度で放たれるのだ。その威力は、超弩級戦艦の主砲一斉射にも匹敵する。だが、精度は遙かに上回る。
先ほど伏魔殿の破片を消し飛ばした斬撃が児戯としか思えないような破壊の一撃。油断さえしていなければこの規模の魔法を容易く発動する存在、それが魔王である。
このような攻撃を至近距離から食らえば、いくら魔王軍四天王の面々を葬ってきたパンジャンドラムと言えど、無事では済まない。
推力の向きを偏向し、その軌道を僅かにずらして回避を試みる。
その魔王が放った8発の魔力弾。
それらは一見して動じに放たれたかのように見えたが、実際はコンマ数秒という僅かな時間ずらされて放たれていた。
それは魔力弾がもし真に同時に投射されていれば、つけた狙いからズレてしまうからだ。
これは魔力弾が放たれる場所があまりに近すぎた場合、魔力の砲弾が相互に干渉し、軌道に悪影響を与えるのだ。
故に、コンマ数秒という僅かな差をつけて放たれる。
魔王の放つ魔力弾の初速は毎秒820メートル。
発射に、ほんの少しの時間差をつけるだけで、魔力弾は互いに十二分な距離をとることができ、互いに影響を与えることがなくなるからだ。
これを回避する。
彼あるいは彼女の高い推力重量比を持つロケットには推力偏向装置が備えられていた。それらは一斉に噴射方向を変更し、数百メートルの間隔をおいて迫る八発の破壊の砲弾の射線軸から逃れるのだ。
だが、魔王の放った魔力弾はただの純粋な運動エネルギー弾のようなものではなく、榴弾様のものではあるが、かといって触発あるいは時限式のものでも無かった。
飛翔する魔力弾が魔力波を輻射し、魔力弾が目標に近接すると爆発する手の込んだ仕掛けが仕込まれていた。四天王ナゴンが用いたマジック・ヒューズと同様の仕組みだ。
そのため本来ならば、アニメ染みた紙一重の回避など無意味。
そして、今から飛来する魔力弾、そのすべてから満足な距離をとることなど不可能であった。
「なっ…!!」
これに対し、パンジャンドラムは単純明快な回答を提示した。
マジック・ヒューズとて、目標を検知し、それから起爆し、炸裂により魔力弾の外殻が破片効果の要領で飛び散り、目標に到達するまでは一定の時間差が存在する。
これら時間は、想定された目標の速度を元に適切に調整され、効果的な範囲で魔力弾が炸裂することを可能とする。
故に、
ロケットの推力を一気に上昇させて、急加速。
目の眩むような輝きを放つ噴射装置は、パンジャンドラムに音を置き去りにする速度を与えた。
飛来する8発の魔力弾の合間を縫うようにして回避する。そして一直線に吶喊し、魔力波に捉えられてから、魔力弾が起爆するまでのタイム・ラグの間に、弾片の散布界を駆け抜ける。
捉えるべき目標が通過してから遅まきに魔力弾が炸裂する。その様は、ひどく間抜けに見えた。
速度をそのままに、魔王の立っている場所、官邸の一角に巨大な金属塊が突き刺さった。
衝撃とともに建物に大穴が穿たれ、それを構成していた石材が砕け散る。
だが、どうにも様子がおかしかった。
穿孔散らばるのは、木材、石材、壊れた機械……バラバラになった魔王の執務室に備えられていた調度品や通信装置の残骸こそあれど、そこに魔王の姿は無かった。
「よそ見していていいのかな?」
パンジャンドラムは、いつのまにか頭上を陣取っていた魔王への反応が遅れた。
先ほど挽き潰したのは魔王ではなく、魔王が幻影魔法により生み出した魔王の幻影であった。
戦艦主砲に匹敵する魔力弾に対してパンジャンドラムが回避行動に入った僅かな隙をつき、幻影と入れ替わっていたのだ。
上空へと飛び上がった魔王は、大剣を振り上げていた。
金よりも重い比重の物質で構成された魔剣。それを己の体の一部であるかのように操り、魔力を込めてパンジャンドラム目がけて振り下ろす。
そして空中に小さな結界を張り、それを足場として蹴り飛ばし、急降下する。
衝突の後、パンジャンドラムの推進用ロケットは一度燃焼を止めていた。今からでは回避は間に合わないだろう。
だが魔王の刃が目標へ突き立てられることはなかった。
攻撃態勢に入った魔王へ新たなパンジャンドラムが突撃を仕掛けてきたためであった。
パンジャンドラムが魔王への突撃に前おいて、遊撃のため後方に留め置いていた分身体であった。
それが本体の危機に際し、自爆攻撃を仕掛けてきたのだ。
「くっ…!!」
これを魔王は、勢いそのままに、分身体を切り裂くことにした。
再び空中に結界を展開し、それを蹴り飛ばすことで更に加速する。
次の瞬間には金属と金属とが搗ち合う音が帝都に木霊した。
パンジャンドラムは分身体というだけあって、オリジナルよりその戦闘能力は大きく劣っているらしかった。それに相対するのは魔王軍最高の実力者である。
魔剣『ヴンダーヴァッフェ』は、分身体のボビンで言うところの糸を巻く円筒状の部位を一文字に切り裂いた。
両断された車輪の合間を、魔王が通り過ぎる。
分身体は遅まきながら、爆発するが、『遅まき』過ぎた。
背後の叩ききった自走爆雷の分身体と己の体の間に、淡い輝きを帯びた半透明の光の幕が形成される。無論、その正体は魔王の結界だ。
だが、その性質はつい先ほど魔王が使ったものとは仕様が微妙に異なっていた。
あの結界は、踏み台として蹴飛ばし、加速することを目的としていたため、結界の使用者を展開する中心としたものではなく、何もない空中の指定座標に固定して展開するものだった。ちなみに燃費という側面では後者は劣悪極まり、この世界で戦闘に際して、それも咄嗟に使えるようなものとなるとほとんどいない。
勿論、この世界で魔法の使用の燃料とも言うべき魔力を湯水のごとく使用でき、繊細な操作にも優れる魔王は、簡単に使用できた。しかし、今回使ったのは前者の結界。術者を中心として展開する方のものであった。
「ぬぅっ…!!」
結界の向こう側で、分身体が炸裂する。
パンジャンドラムが本来ドイツ軍が築いていた『太平洋の壁』と呼ばれる沿岸要塞線の破壊を企図しており、2トン近い爆薬を搭載することになっていたと言われているが、分身体の爆発の規模は、その程度のものではなかった。
解き放たれたエネルギーが生み出した爆炎は、
閑話休題。
魔王の張った結界は、この恐るべき破壊の暴風にも耐えて見せた。
そして爆発のエネルギーを運動エネルギーに変換し、魔王へと与える。
これが魔王の狙いであった。
特定空間に結界を展開するのではなく、己を中心として展開することで、相手の攻撃によって生じた爆風を己の攻撃へと繋げる。
分身体の切断によりわずかに速度は落ちたが、これにより加速がなされた。
そのまま官邸に突き刺さった金属塊へと突撃するが、
「やはり、そう簡単にはいかぬか」
地上に留まっていたパンジャンドラムは、その両面に魔法陣を展開、そこから上空の魔王に対して『モンスの天使』による邀撃を行うと同時に、車輪の噴射装置を一斉点火した。
噴射炎を見るからに強力で、ほぼ完全に静止していたパンジャンドラムを急加速させ、官邸跡から離れさせようとしていた。
魔王の予想よりその動きは軽やかで、大剣の間合いには収められそうになかった。今の速度では速すぎて空中に結界で足場を形成し、進路を修正することも叶いそうになかった。
(思ったより軽快な動きをする…加速距離を取り過ぎたか……)
光の矢を切り払いながら直接攻撃が不可能と悟った魔王は、込めた魔力を散らさぬように大剣の向きを変えながら、官邸の残骸に着地する。
「ハァッ!!!」
大剣を横薙ぎに振るい、横一文字の斬撃を放つ。
生じた斬撃は、遁走する大車輪を追い縋る。
だがこれを、パンジャンドラムはバンクして回避、斬撃はそのまま飛んでいって、帝都の景観には不釣り合いな塔へと飛んでいった。
そしてこの巨塔を真っ二つにした。
自らを支持するものを失った上半分が不気味な音を建てながらずり落ちていく。
「高射砲塔が落ちてくるぞ!!!」
「た、退避!!!!! 逃げろぉ!」
付近にいた魔族たちが頭上から落ちてくるコンクリートの塊から逃げるために一斉に走り出す。
この塔は、まだ魔王軍の航空戦力が貧弱な頃に帝都防空のために高射魔法を放つ砲台として建設された高射砲塔である。竹筋コンクリートと幾重もの防御魔法をかけられ、航空攻撃ではまず撃破できないほどの堅牢さを持った建築物であった。
尤も、完成する頃には帝都に満足な爆撃を行えるような勢力はどこにもなかったのだが。
本来期待された役割を果たす機会も今後ありそうになく、明らかに無骨で帝都の景観を破壊するものだったのだが、一応戦時中扱いであるため破壊するわけにもいかず放置されていたのだが、今回魔王の攻撃に巻き込まれ大破と相成った。
崩壊に巻き込まれ、多くの魔族が命を落としたが、そんなことを気にかける余裕は今の魔王にはない。
斬撃より逃れたパンジャンドラムが、大回りして再びこちらへと舞い戻ってきたためだ。
建物の上スレスレを飛行し、猛烈な速度でもって突撃してくる。
振り抜いた魔剣『ヴンダーヴァッフェ』を構え直し、魔王は金属塊を迎え撃つ。
「はぁぁぁっ!!!」
異世界の自走式爆雷と魔王の漆黒の魔剣が激突する。
両者の力は拮抗し、その間には激しい火花が飛び散る。
魔王は大剣を振り払うと同時に後方へと跳ぶが、そこに再びパンジャンドラムが突進し、再度つばぜり合いの様相となる。
(軽いな…やはり上空からの加速なしでは奴に力負けすることはあるまい…)
魔王は推進剤を激しく燃やし、回転する金属塊の猛攻を受けつつ、そのような革新を抱きつつあった。
パンジャンドラムはその図体と攻撃方法のために小回りがほとんど聞かない。戦略爆撃用の大型ドラゴンや、軍船を相手とするならともかく、魔王は人間の範疇に収まる程度の大きさでしかない。そして、そんな小さなサイズであるのに、それらを超える攻撃能力と防御力を持つ恐るべき生命体なのだ。それをわずかな加速で踏み潰すのは不可能に近い。
異型の王は、両腕に一層の力を込め、突進するパンジャンドラムを大剣で上方へと跳ね上げる。
そして振り抜いた魔剣『ヴンダーヴァッフェ』を構え直し、大地を踏み抜き、大通りを駛走するパンジャンドラムを追撃する。ついに漆黒の魔剣が回転する金属塊を捉えた。大剣の切っ先が片方の車輪を切り裂き、その表面塗装に僅かな切り傷を作る。
(どうやら臂力と瞬発力では私の方に分がある。このまま押せば……ん?)
だが、この競り合いで相手側も、魔王と同じように自分の力の不足を悟ったらしかった。
パンジャンドラムはその車輪の両側に魔方陣を展開、白く光り輝く矢を魔王に対して射出しながら、距離を取り始めた。
魔王もこれを追うべく大剣を右へ左へと振りまわし、光の矢を切断しながら走りぬく。
切断された矢は、その制御を失いあさっての方向へと飛んでいき小規模な爆発を起こした。
だが、この動作により魔王の足取りは遅れ、パンジャンドラムと距離を取られる。
(やはり本土で地上戦などというのはやるものではないな……付随被害が多すぎる……急がざるを得ぬか……)
魔王は自らへと飛来する全て矢を切り裂くのを止めて、そのまま突撃することを選択した。
彼あるいは彼女は結界抜きでも、火力を犠牲にして重防御を確保したことでで知られるKGV級戦艦(二代目の方)の司令塔に匹敵する防御力を誇る。この司令塔とは、
この程度の攻撃なら、その身体に深刻なダメージを与えることなどできない。
故に爆発で足を取られたり、速度を減殺するような矢だけに狙いを絞って両断し、パンジャンドラムを追って、メインストリートを疾走する。
そして矢を放ちながら逃げるパンジャンドラムまで距離50メートル程まで接近すると、両手で構えていた魔剣『ヴンダーヴァッフェ』を片手に持たせ、あいたもう一方の手のひらを前方へと向けた。
「逃がさん! 『龍の歯』!!!」
前方の大地が変形てできた無数の鋭利な土の槍が石畳を穿ち、パンジャンドラム目掛けて伸びて行く。
土の槍は、パンジャンドラムの進路の先にも伸びており、そのまま進めば貫かれてしまうだろう。
パンジャンドラムはこれを躱すため、バウンドするような動作をする。そして迫る槍をから上空へと逃れ高度をとっていく。
「フッ! 愚か者め、かかったな!!!」
表情すら窺えぬ人型の闇の顔に、笑みが浮かんだような気がした。
戦闘描写というのは本当に難しいですね
躍動感のある戦闘シーンを想起させる他作者様の技量には本当に脱帽します
ちなみに多分次で終わります